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おかしい。いつもなら爆睡しておる「公休日」のはずなのに、もう目が覚めてしまった(>_
2006年10月30日
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全部で5日あった休みであったが、旅行に行ったあとの2日間も外出したので結局出っぱなしの5日間(*_*)なわけで、給料日前だってのに、お金はどんどん減っていくばかり....(T_T)昨日は1泊だけの勤務であったが、早出依頼の電話がかかってきていたのでいつもよりも1時間ほど早く家を出た。全部で4つの仕事にテレビ局スタッフの自宅送りと、1泊のわりにはなんだかんだ忙しい勤務であった。それらの内訳は....M氏をテレビ局からテレビ局へ送る仕事に始まって、某球団のシニアディレクターを空港から都内ホテルへ送り、テレビ出演者を早稲田大学構内へ迎えに行き、そこからテレビ局へ送り、最後は親会社からの仕事で接待客の送り。それが終わってテレビ局スタッフの自宅送り....昨日は雨だったので、気分的にもあまりいいものではなかった。いつもより車は多いし、そのため時間もいつもよりかかり気味。迎え場所に行くにも、道が混んでいるところもあって、少々「冷や汗もの」であった「急ぎの仕事」はなかったので気分的には楽ではあったが、こんな日に「急げ急げ!」と言われてもねぇ、ってな感じ。ところで話は変わるが....前にいた会社の運営サポート会社に外資系ホテルの資本が参加して、順次名称を変えることになったと新聞が報じた。前にいた会社とは全日空系ホテルなのだが、イギリスのインターコンチネンタルホテルズが資本参加して、運営面をサポートしていくことになったそうな。インターコンチネンタルホテルズの中にホリディインが入っていることを初めて知ったのだがそこを含め、加盟ホテルが増えるので、彼らにとっては日本展開には都合がいいらしい。もともと運営は全日空系の運営会社が国内ホテルの運営サポートにあたっていたのだが、その会社の株式の一部をインターコンチネンタルホテルズが買い取って運営に参加するということだそうだ。前々から提携先的な会社を探しているということは聞いていたが、ようやく決まったという感じ。運営会社にいる元上司と電話で話したところ、忙しくなるのはまだまだこれからのようだ。運営会社が変われば、ホテルのオペレーション方法も変わってくる。コンピューターシステムもしかり、いろんなところで「インターコンチネンタルホテル流」が出てくるだろうな....いまも働いている「元同僚」たち、いろいろ大変だろうけどガンバッテほしい。
2006年10月25日
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「夕べは勝手にさっさと寝て~っ!」と奥さんに怒られて目が覚めた最終日の朝....朝食前に、いつもは通り過ぎていた今井浜の海岸へ生まれて初めて散歩に行った。今井浜東急リゾートというそこそこ大きなホテルももあるこの海岸、意外にこじんまりしていた。散歩しているのは、我々夫婦のほかに初老のご夫婦数組に、海岸を走り回る犬たち.... 散歩から帰ってまもなく、朝ご飯の時間.... 献立は「鯵の干物・温泉玉子・納豆・味付海苔・マグロのとろろがけ・豆腐の上にしらす・香の物・しじみの味噌汁・ご飯」といたって普通のご飯であった。食後にへいすけは一風呂あびて、宿を出発。相談して城ヶ崎海岸に行くことにしたのだが、その前に、宿で予め聞いておいた魚屋さんに立ち寄った。そこは宿で出している魚類の仕入れ先とのことだが、ホントに地元の魚屋さん!水槽にはイサキやイセエビもいたが、予算の都合上、さざえ2個と金目鯛の干物を1枚買った。すでに食べてしまったが、特に干物は脂ものっていて美味しかったぞ(^_^)v途中立ち寄った城ヶ崎海岸は、ちょっと国道から脇道にそれて海岸方面にある。土曜日だったせいか、駐車場に入ると車が結構多く、団体も来ていたりして観光客は多かった。灯台に登ったり(これがまた、階段が急でキツイ)、つり橋を渡ったり、また断崖絶壁を上から覗いたり.... 左の写真はつり橋の上から下を撮ったもの。橋も揺れたりして、けっこう撮るときには冷や汗をかいた。右の写真はつり橋に関する注意書きなのだが、定員が100名との記載の隣に、「許容重量」という意味なのか、「小錦関26名分」とあった。奥さんと「小錦って体重何kgだっけ(?_?)」という会話になったのは言うまでもない....グルグル歩き回ったあと、ここを出て、伊東の近くにある「道の駅 伊東マリンタウン」に向かった。この旅行で3箇所目になる道の駅であるが、ここが一番規模も施設も立派なものであった。もともとあるマリーナに隣接しているこの施設、お土産屋さんや飲食施設はそこそこ充実していて、立ち寄りの温泉施設もあるのだ。ここで時間も時間だったのでお昼ご飯にした。ワタシはお寿司、奥さんは天丼。 天丼の写真はないが、海老が2本に烏賊、きす天が入っており、衣がサクサクしていてなかなか美味しかった。 お寿司は「マグロ、鯵、金目鯛、ムツ、イナダ、カワハギ、メダイ、鉄火巻」に「カニ汁」がついて2000円也。午後2時過ぎに伊東を出たあと、途中の西湘バイパス石橋IC近くの鈴廣かまぼこの出店で「豪華かまぼこ」と「板わさ用わさび漬け」を買って、帰路についたのだった。途中、ワタシの実家に寄ったために千葉に帰りついたのは20時ごろだった。走った距離は約500kmだったが、ガソリンは30Lほどしか使わなかった。小さい車、万歳!って、ホントに思った次第。これにて、おしまい!
2006年10月23日
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♪あなた~とぉ 越えたい~っっ あまぎぃ~ごぉ~え~♪の旧天城トンネルから再び宿泊地の伊豆を目指すべく、せま~い道を戻った。国道との分岐点に戻るまで2回も車とすれ違い(>__
2006年10月23日
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2人してマッサージをやりにいったためにやや遅めに寝たのだが、8時前には起床して朝ご飯を取りにレストランへ行った。 朝ごはんも「和・洋・中」が用意されておる。「中」にいたっては「おかゆ」がなんと3種類もあった。「和」では、さすがに干物はなかったもののシャケの切り身はあり、生玉子の代わりに温泉玉子、味付海苔等々、「旅館の朝ご飯の定番アイテム」はちゃんとあった。実演コーナーでは「フレンチトースト」を調理スタッフが作っていた。個人的には玉子料理をリクエストベースで作って欲しかったなあ....朝食後は庭園を散歩したが、椿山荘も手がけている藤田観光のせいなのか、場所柄もあってかとても綺麗に整備されている。で、10時前にはホテルを出発して次なる目的地の伊豆へ向かった。ワタシ自身、箱根から伊豆へ行くこと自体が初体験で、どのくらい時間がかかるか皆目見当がつかない(>__
2006年10月23日
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会社に3泊4日したことから、勤務調整で19日から23日まで連休となった。なので、家を空けた罪滅ぼしということで、奥さんとともに「箱根・伊豆 2泊3日の旅」へ行くことにした。行き先については、事前に「もし連休になったら何処に行きたいか」を聞いておいてこの2ヶ所に決め、宿泊先は楽天トラベルから調べだして決定した。さて、前日夜遅くに帰宅したわりには翌朝は意外にスパッと目が覚めて....でも結局家を出たのは9時半過ぎ。まずは、奥さんが前から行きたがっていた御殿場のアウトレットモールに向かった。途中で渋滞にあったものの、着いたのはちょうどお昼ごろ。中を廻る前に、駐車場で奥さんが作ったお昼ご飯「おいなりさん3種類」を食べた。 少々薄味であったけど、それはそれは美味しいお昼ご飯。その後にアウトレット内を探索したが、とにかく広い。衣服ブランドを中心に店舗があるのだが、有名ブランドはアウトレットであってもやっぱり高い!(T_T)その後、2時過ぎにそこを出て、今度は乙女峠、仙石原を経由して大涌谷へ向かった。このコースはくしくも以前に大渋滞でヘトヘトになったコースであったが、今回は全く問題なく早くに着けた。駐車場に車を入れようとして入口に向かうと「無料でどうぞ!」と係員氏。あれ?何でだろうと見回して、営業時間を見ると17時には閉まる様子。入ったのは4時近くだったので、1時間も停めないお客から駐車料金を取るわけにもいかなかったのであろう。これはラッキー!と思って大涌谷の見学コースを歩き始めた。ところが途中にある売店と、見学場所のもっとも遠いところにあるお店がなぜかいつもよりも早仕舞いしていた。次の日にここに来る予定がないので、大涌谷といえばコレ!を買いに駐車場近くの売店まで戻った。他の売店が早々に閉まっているために、どんどん売れてしまっていて、我々が買ったのがナントその日最後の1つだったのだ。これまたラッキー!(^^)再び見学コースに戻って、足早に進む。すれ違う人々から聞こえてくる言葉、日本語はほとんど聞かれず、英語、中国語に韓国語、僧衣をまとったタイかインドネシアあたり....不思議と外国人客が多かった。早くに閉まった御茶屋の前で食べたのはコレ。 2つほど平らげたころには少々頭が痛くなってきたので、下山することにした。途中で大涌谷登山に関する注意事項の看板を見つけたのだが、「入場が禁止されている人」のなかに「酒気を帯びている方」という表記があった。大抵ならバスの中でしこたまお酒を飲んだ酔ったオジサン方が行く場所なのに何でだろう....(?_?)17時頃に大涌谷を出た我々は、さほどそこから遠くない宿泊先へと向かった。そこの名は「箱根ホテル小涌園」。 たまたま、16日から19日までの期間限定で朝食付きの安いプランが出ていたのでそこに決めた。そんな値段なので、もちろん部屋は期待していない。5階のフロントでチェックイン後に向かったのは3階。ソファーベッド付きのツインルームで、それがスタンダードツインルームらしい。広さは3人が使っても、窮屈感は感じさせないくらいであったから2人では充分すぎる広さ。でもトイレと洗面とユニットバスはえらくまた細長いところにあって、こちらは窮屈間があった。もっとも大浴場があるのだから、ユニットバスなど使うこともないか。窓を開けると目の前は岩で光がかろうじて入ってくるくらいで、いかにも「団体客向け」という感じ。で、今回泊まった部屋の一番の利点。それは大浴場に一番近い部屋だったこと!廊下を大浴場に向かう宿泊客の声でうるさくて眠れないかと心配したが、部屋の構造がうまくできていてそんなことはなかった。夕食は、和食堂やら寿司割烹やらがあったが、いろいろなものが食べられるバイキングに。おかげで和・洋・中といろいろなものを食べることができたが、お値段はなかなかのものだった(>_
2006年10月21日
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某会社の外国人様ご一行の仕事が16日から昨日の18日まであった。この仕事、1日がとてもなが~~い仕事なのだ。前回は朝7時過ぎにホテルへ迎えに行った後、本部へ移動して会議、その後は店舗廻り。でもってホテルに戻ったかと思うと、今度はディナータイムで再び外出してホテルに戻るのが夜10時近く。なんていうのが前回3日ほど続いたことがあって、今回はどうなることやらと思っていたところ....今回、予定が変更になったのが3日間のうちで、なんと毎日であった。2日目なんて、毎朝しているらしい会議が終わらず、9時出発が14時出発に変更になったとの連絡。それも連絡が来たのが、なんとお昼近くだった。車に缶詰状態で約4時間近くになっており、待ちくたびれ状態。出発まで時間もたっぷりあるし、せっかくだからホテルでお昼を食べようと思って、車を駐車場に入れて館内を歩き出したのだが....それもつかの間、携帯が鳴ったので出ると某会社の担当氏から。「お昼ご飯を食べに六本木へ行きたいそうなので、正面にすぐ車を廻して!」「オイ!オレの昼飯はどうなるの!」とは言えず、すぐさま車に戻って正面に車を廻す....(T_T)乗ってきたのは通訳さんと某会社の雇っているSP氏と外国人1人。六本木ヒルズへ車を走らせ、冬になるとイルミネーションが綺麗な「けやき坂通り」で彼らを降ろし、寂しくコンビニのおにぎりで空腹をしのぐ。「ホテルでお昼の豪華バイキング」の夢は、はかなく散ったのであった....その後ホテルに舞い戻り、全員を乗せて、店舗見学に向かった。3店舗の見学予定が1店舗だけ。そりゃそうだわな、全部廻っていたら夜ご飯の予定まで大幅変更になっちゃうんだから。今回の仕事でホントに助かったこと。それは、首都高速も含めて道路が空いていたこと。いつもならどこかが大渋滞で仕方なく予定変更!になるのが常なのだが、今回は道路事情によるのはいっさいなし。ラッキーであった。最終日の昨日は、成田まで送り届けて、営業所戻りが21時過ぎ。自宅帰宅は24時ごろ....予定変更になったおかげで、会社に3泊4日となった今回の仕事はようやく一段落したのであった。そうそう、赤坂の某放送局近くで待機中に、マネージャーらしき人とともに歩いている「関根 勤」を見つけた。最初は暗がりでよくわからなかったのだが、近くに来てやっとわかった。この人、「小堺 一機」と、時間帯等は変わったものの25年も「コサキン」というコンビでラジオ番組をやっている。もっとも、番組内容がちょっとマニアックなために、なかなか慣れるのには時間がかかるのだが(苦笑)でも、慣れるとコレが面白い。でもテレビ向けではなく、以前テレビでやってみたが世間に受け入れられずに3ヶ月で撤退....そうだ、あのマツケンサンバなんて、リスナーからの投稿があって流行りだすかなり前から曲を流していたのだ。2人で始めた当初は「コサラビ(←関根 勤の前が芸名で「ラビット関根」であったのよ。古っ!)」だった番組も、引越ししたり時間が短くなったりして25年。はたしていつまで続くことやら....
2006年10月19日
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ブログを更新すると必ず現れる、楽天の「ブログ開設xxx日目」の表示。よくよくみたら、365日目だそうである。開設したのは昨年の10月15日なので、日付が15日に変わると2年目に突入となるわけ。ということは、去年、あわただしく転職してから丸一年になるわけだ....人生の中で「転職」を初体験し、異業種の世界に入ったワタシ。これからどうなっていくんだろうと思いながら、仕事と並行してブログをやってきたのだが、自分でも感心するくらい、1年もよく続いたものだ。それよりもなによりも、おいでいただく皆さんに支えていただいたからこそ続いたのだ。毎日のアクセス記録に一喜一憂しながら(^^;そもそも、ブログを始めるきっかけになったのは、楽天に「先輩ブロガー」がいらっしゃったわけで、いろいろ教えてもらったのは韓国つながりの知り合いであるこぐまっちさんである。それをきっかけにいろいろな方々のところにお邪魔しながら少しずつ個人的な輪を広げてきたのだが、この9月に行った旅行ではパンダさん親子さんと悪妻さん、そしてpoppoyaさんに大変お忙しいなか時間を割いていただいた。ここに改めてお礼申し上げる次第である。そうそう、いまの勤務先にぱちくんさんという先輩ドライバー&ブロガーもいたりする。さあて、明日は仕事である....今後、ワタシ自身どうなっていくのかわからないが、これからもよろしくお願いしますm(__)m
2006年10月14日
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昨日というか今朝方に仕事が終わったへいすけ。当然ながら千葉の家まで帰る手段はタクシーか徒歩しかなく、結局会社に泊まって朝帰りをした。それもつかの間、午後は某スーパーの本部へ行って来る仕事の打ち合わせをした。この仕事、前回はウチの所長氏が仕事の数日前になって「こんな仕事が決まっているんだけど、大丈夫だよね?」なんて言ってきた。ところが、すでに決まっていた「奥さんのご両親に結婚の挨拶をする日」が含まれていたので最初は断ったところ、今度は担当である別の営業所長から「できないと本当に大変なことになるので何とかならないか」と頼み込まれて、奥さんに至急連絡を取って挨拶の日時を変更する羽目になったのだった....でも仕事をちゃんとしたおかげで、再びお声をかけてもらえたのだ。休みだった今日、はるばる午後3時からの打ち合わせに行って、そこでわかったこと。それは、まだスケジュールが固まっていないこと。おいおい来週の月曜からだぞ!一緒に仕事をする先輩ドライバーと話をしたものの、スケジュール自体が不完全のために、あまり話が進まず終了することに(>_
2006年10月10日
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今、成田空港にいる。昨日から担当したお客様を成田に送ってきて終わりの予定だったはずが、急遽、別のお客様を成田から都内へ送り届ける仕事が決まったために、時間のことを考えて、営業所に戻らずに空港で待機することにしたのだ。ところで、昨日の仕事であるが、ワタシもそうであったが、お客様からしても、と~ってもハードな行程で翌日に疲れがど~っと残るようなものであった。当初「富士山に行く」だけの予定だったはずが、待ち合わせ場所の新宿某ホテルで話を聞いたら黒玉子でちょっと有名な箱根の「大涌谷」と「芦ノ湖」が追加になっていたのだ。すでに富士山に行くために使う中央高速は25km以上の渋滞が始まっていたので、午前8時に新宿を出た一行は、まず箱根の大涌谷に向かうことにした。首都高速3号線を通り東名高速経由で御殿場インターに向かい、国道138号線を使って乙女峠を越えて、この時期すすきで有名な仙石原を通って行ったわけなのだが....いつもなら1時間ちょっと着けるはずの御殿場まで2時間強、さらに大涌谷近くまでは順調に1時間もかからなかったなのに、そこから駐車場までなんと1時間半近くもかかった!乗っていたお客様は、待ちくたびれて「あと少しだから」ということで歩き出す始末。混雑状況を身をもって体感したせいか、滞在時間を短くすべくお昼ご飯もそこそこに済ませた一行は芦ノ湖はあきらめて富士山に向かうことにした。そのため、とりあえずは来た道を戻って御殿場インター方面に戻った。富士山に行くには一旦そこまで戻って、箱根とは反対側の山梨方面に行かねばならないのだ。御殿場インター近くまではとっても快調だったのに、インター近くになって再び渋滞にはまってしまい、そこで約30分近く無駄な時間を過ごすことに(>_
2006年10月09日
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ワタシの仕事先での大先輩でもあるぱちくんさんのところにもあるが、10月18日再戦予定が左目上裂傷の怪我で延期となった亀田興毅の再戦日が12月20日に決まった。どうも同じ日に兄弟で試合を行なうようで、「亀田のけんか祭り」として行なわれるとのこと。一時はTBS独占の「レコ大」に代わって、なんて可能性もあったようだが結局はこの日に落ち着いたようだ。協栄ジムの金平会長が世界戦延期の記者会見をした際に本人が出席しなかったのでいろいろな憶測が飛び交ったようだが(ワタシですら、ウエイト調整やら心理的なものやらで延期させてしまったんぢゃ?と思ったくらい)今日の新聞によると、金平会長が記者会見を行なう前日に7歳の妹の運動会の綱引きに出てそのあとはカラオケを楽しんだという記事が写真週刊誌に出ているとある。世界戦当日まで何をしていようが、それは本人の自由であるが、何もわざわざマスコミに騒がれるような「格好のネタ」を提供することはないと思う。試合の判定結果でいろいろな物議を醸し出したこの対戦。さあ、今度こそ、白黒をハッキリつけないと、永遠に「疑惑」がついたまま、この世界に残ることになるぞ。ランダエタも手なんざ抜かずに倒せるときに倒しちまえ!
2006年10月06日
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おととい夜の仕事のとき、顧客を乗せてホテルオークラから帝国ホテルに移動すべく車を出したところ、顧 客:「あ~、どうしようかなあ....ブツブツ....」へいすけ:「どうなさいましたか?」顧 客:「ちょっとお腹にいれたくてね....そうだ、六本木の交差点に向かってもらえます か?」ってなわけで、行き先を変更して六本木交差点に。時間は、そろそろタクシーが客を探しにウロウロし始める午後9時ごろ。混んでいないかなあと内心心配しながら向かったが、思ったほど混んでおらず助かった。で、そのお客様が買いに行くのは「おいなりさん」。このお客様、そこそこ著名な方なので、いったいどんな「おいなりさん」かと思って聞いてみたところ「中身は酢飯だけで、あとは油揚げが裏返しになっているくらいかなあ」とのこと。てっきり油揚げも中身も、「超豪華」だと思ったんだけどなぁ(^^;「買ってくるから待っていて」ということで交差点付近で待つこと20分近く、お客様は包みを2つ持って車に帰ってきた。ドアサービスの際に「これは皆で食べて」と、なんと包みを1つくださったのだ(*_*)渡されたその包み、けっこうずっしりと重くて大きい。まだ仕事は続きそうだったので、しばらくはその「おいなりさん」といっしょに仕事をしたあと、夜11時ごろに帰社。伝票処理を終え、居合わせた先輩ドライバーとともに包みをあけると、ぎっしりと詰まっているではないか!それも2段重ねで!外見上は、裏返っている油揚げ以外には何の変哲もない。食べてみると、油揚げはうっすらと甘いくらいで、酢飯には具はなく、またうっすらとお酢が利いている程度。あとは柚子の風味があったなあ....1つが折りたたまれた携帯電話の一回り小さいくらいの大きさのおいなりさん。味がくどくないので、夜の遅い時間だというのに4、5個が何の抵抗もなくお腹の中に。たいへん美味しくいただきました(^^)ところでお店のことであるが、六本木交差点を旧防衛庁方面にほんの少し行った左側にあり、店名を「おつなずし」という。箸袋をみると六本木の本店に渋谷店の2店舗しかないようだ。おいなりさん一筋で頑張っているらしい。そうそう、ホテルオークラを出た際に、いきなり前方で「ガシャン!」と音が。よ~く見ると、個人タクシーが脇から出てきたタクシーに突っこまれてた。両方ともにお客さんが乗っている状態で、個人タクシーはお客さん側に突っこまれていたが、大丈夫だったかなあ....
2006年10月05日
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お昼前に成田空港へ行って、先ほど帰宅した。奥さんの元職場の同僚さんが家族3人でマレーシアに海外旅行に行くそうで、そのお見送りというわけ(うらやましい....(>_
2006年10月02日
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昨日は、だいたい半年に一度ある「オールスター感謝祭」という番組出演者送り迎えの仕事があった。この番組、番組改編期にやるもので、タレントがその番組内でマラソンしたり相撲とったり....まあ、メインはクイズでお金を獲得!なんだけど(^^;利用基準には番組視聴率が良い悪いも影響しているのかもしれないが、往きは「渡る世間は鬼ばかり」出演者、帰りは局が指定した人を、ってな感じ。ちなみに迎えに行ったのは、「ジタバタするなよ♪」の人と朝番組をやっている奥様をお持ちの方(←って、だ~れだ?)。以前仕事でお送りした中村雅俊さん並に、いい人でした。ハイ。帰りはというと「誰があたるかわからない」状態で、とにかく順番に乗せて帰らせるという感じ。そんななかで送ることになったのは「佐賀県」に関わる人。乗ったときはわからなかったのだが、行き先を聞いたときに何となく「ああ、この人か」と思った次第。でもミーハー運転手になるわけにもいかず、しばらくは黙っていた。するとipodを聞いていたらしいのだが、その音、というか「曲」が漏れてきた。あとで話したときは「あれ~?聞こえちゃいました?」なんて言っていたけど、けっこうな音量だった。で、その曲というのが、近くのスーパーに行くと売場にあるラジカセから必ず流れてくる「○国もやし」のCMソング。以前スポーツ紙に「曲を作った際になかなかOKがもらえず苦労した」という記事があったのを覚えていたのでその話をしたら、「あ、それを知っていてくださったんですね」で会話が始まり、降りるまでず~っと「もやし」の話。本人曰く、曲作り前に商品を見たわけではないそうで、曲が出来てから工場に商品を見に行ったそう。短い時間ではあったが、工場設備や製品が出来るまでの行程について、あつ~く語っていたのが印象的であった。こんどはどんな有名人を乗せることになるのかなあ....
2006年10月01日
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