全10件 (10件中 1-10件目)
1
よくいる「若者だから改革できるんだ」的で、実は全く違う政治家。中野区議会議員の酒井たくやさん、戸別訪問は公職選挙法第138条で禁じられております。よろしく。http://kugikai.city.nakano.tokyo.jp/shokai2/minshu.htmlhttp://www.city.okayama.okayama.jp/senkyo/siori330.htm
2006年04月24日
コメント(0)
今朝のテレビで、自民党の武部勤幹事長はこう言った。「自民党の利権政治の中枢にいた小沢さんが民主党代表になったが、その代表選挙も昔の自民党の派閥による権力闘争そのものだ。民主党は郵政民営化に反対して自民党を離党した無所属や国民新党などとも連携をはかっていることから、古い体質の政党といえる」これに対して民主党の鳩山由紀夫幹事長は、「かつての自民党の利権政治を知っている小沢さんだからこそ、自民党では改革できないとして自民党をとびだし、思い切ったことをやっている」と弁明。ああ、鳩山さん、ついに言っちゃったねーと思いました。なぜなら、かつて自社さ政権のとき、当時与党の新党さきがけ・鳩山由紀夫代表幹事は、新進党の小沢一郎党首を批判して、今の武部幹事長と全く同じことを言っていました。そして、自自公政権の時には、自民党の人が今の鳩山幹事長と同じことを言っていました。このとき、自民党と自由党は連立組んでいるけれども、小沢さんはかつての小沢さんとは違う、もう変革したいい政治家になったんだとまで、自民党の人々は言っていました。そして、今朝のテレビで武部幹事長の横に、同じく連立与党として座っていた冬柴幹事長は、新進党時代に小沢一郎氏につきしたがった政党です。君たちも、いろいろ芝居が大変ですなー。http://heiwatou.jp
2006年04月16日
コメント(4)
小泉の次は、安倍だの福田だのと言われているが、結局のところ、もう一度小泉純一郎でいけということになる可能性もある。小泉首相に対決した民主党代表は、鳩山由紀夫、菅直人、岡田克也、前原誠司と変遷してきたが、いずれも小泉ランクよりも下の人間ばかりであった。今回、民主党の党首に小沢一郎が選ばれ、小泉首相よりも上手な人間が現れた。はっきりいって、安倍・福田・谷垣・麻生などは小沢よりも下だ。小沢一郎に対峙できる人間は小泉純一郎以外にいないだろう。また、安倍・福田では、この構造改革の延長というよりも一政策分野のプロでしかない。自民党の党則を破って、あるいは例外規則によって小泉氏がみたび自民党総裁に選ばれるのではないだろうか。http://heiwatou.jp
2006年04月14日
コメント(1)
私は、このブログを書き続けてふと思ったのは、ああよかったなあと思うことが一つあります。今でこそ、35歳というおっさんになって永田町も知ってしまったし、百以上の選挙を通じて知っていることもあるし、まして、そのために普通の政治家でない発想ももってもこんにちまで政治活動、平和党ができてからは政党活動もしてきた。しかし、自分を小さい頃からしっている人は、なぜ私が政治などという世界に飛び込んでいるのか不思議に思っている人もいます。なぜなら、私は政治とは全く無縁なところで生きていて、勉強もできず、あるところではリーダーであったけれども優秀な人間としてのリーダーではなく、勉強もできないスポーツもできないガキであったけれども、なんとなく人気者になり、人を笑わせてきた子どもだったのです。政治活動をはじめたころは、笑わせるレベルが昔からすると非常に低まったことから同級生に嘆かれたこともありました。それは、あまりにもまじめに政治をやりはじめたからだとも思います。平和党のブログをはじめて、ふざけたことを書いたら、すぐに島津総裁に記事を消されてしまったこともあります。でも私は、人々に冗談まじりのことを書いて、それでとけこんでほしかったのだと思っています。また、政治以外のどーでもいー、しょーもない話についても積極的に書いています。それが好きだからです。今では、ある程度ふざけたことを書いても総裁には許されているのか、ちゃんとチェックしてないのか知りませんが、とにかく、自分は政治とは、誰もが飛び込める世界であることを知ってほしかったし、普通の人々が知るべきことなのだと思っています。おとといくらいから、ひさしぶりに気合をいれて、ブログ記事を書くようにしましたが、私の対象は政治以外の人々です。なぜなら、政治をよく知っている人はくさっているからです。よけいな知識をつみこんでいるため、いまある常識の考え方からものごとを考えるため、ものごとの解決にはほど遠いんだなあと思っています。だけれども、政治を知らない人は、このブログが非常に難しく思えるようです。だから、いかに簡単に書くかが自分にとって求められているのではないかと考えています。いぇぃ♪http://heiwatou.jp
2006年04月14日
コメント(0)
年金はすでに破綻している。これは与党政府も実は腹の内では認めている周知の事実である。よって、国民の皆さんは年金保険料を支払うことはない。そもそもにおいて国家的詐欺をしているのだから、払う必要などない。受給される可能性が全くないのは、資本主義が拡大膨張を永遠と続けるということに皆が妄想を抱いているからだ。各野党がさまざまな代替案を提示していますが、果たしてそれが本当に成り立つものなのか。民主党案は、厚生労働省の隠し持つ情報にさえぎられ、いろいろな労苦の中、作り上げられた極めて常識的なものであるが、それが機能するという保障はどこにもない。国民年金、共済年金、厚生年金を一元化するというのも小手先の問題。少子高齢化、低利子率、永久不況の下では、いかなる案を提示しても問題の解決しない。これに伴い、消費税増税によって高齢者福祉を支えようという自民・民主の案に共産・社民は反対しているが、財源の問題については共産・社民は道路などの公共事業をやめさせて福祉にあてようとしているが、景気を支える事業が税収を増やすわけで、それは不可能だ。永田町・霞ヶ関では年金問題を単なる財政分配、所得再分配の一分野として考えているに過ぎず、高齢者の老後をどうするかという直接の問題から離れていっている。全ての既成政党は経済に支配されている社会を前提に考えおり、金をどこからどこに動かすのかということだけを追求している。世の中、金が全てであり、金によっていかなる政策をも解決しようとしているところに問題があるのだ。算盤をはじくだけなら、政府・自民党・公明党の案が最適であるが、それとて限界があり、民主党案においても同様だ。共産党や社民党も弱者救済の為に国家財政の負担による年金制度を求めている。もちろん、それは高齢者を大切にしよう、安心して暮らせる社会にしようという気持ちのある政治家・政党もあるかもしれない。しかし、彼らが頼りにするのはお金以外ない。ここで永久に手詰まっているのであるつまり既存の常識の範囲内で考えるから、解決しない。彼らは「抜本的改革」という言葉を好んで使うが、あまりにも頭がよすぎるためか、常識の範疇から超えることができない人たちで、その脳みそでは同じところをグルグル迷うしかなく、ちっとも抜本的ではない。西洋医学のごとく、問題の生じている部分のみをとりあげて削除しようとするから解決しない。東洋医学のごとく、すべての政策課題の大元を見るという視点で考えるのなら、ことは年金だけの問題ではない。例えば財政赤字の問題では、国債・地方債など国の借金は千兆円まで膨れ上がっている。これをどうやって返済するか全く手立てはない。どうするかという議論をしようとは言うが最適な方法について誰も示していないでいる。あるいは景気の問題では、バブル崩壊以後、これから景気がよくなるという感じは何度もあったが、いまだに抜け出せていない。銀行も不良債権を抱え、数多くの統廃合がなされ、大企業であろうとも倒産する時代だ。さらに、話を広げるのなら、世界に誇る日本の警察力と安全のレベルはいまや過去のもの。治安の悪化は、八割以上がお金がらみで経済優先社会が生み出している。少年が殺人を起こすのも人間を物質的に見るようになり、生命の重要性がわからなくなっている。少女は、お金を得るためであるなら援交のどこが悪いのかという論理が成り立つ。彼らはいずれも「経済優先」という親の背中を見て育った。これらの出来事は、今までの経済常識が通用しなくなったことを示している。財政の大赤字は、政府によって景気刺激策のための税金注入、公共事業、所得減税などによって今までは景気回復が可能であったが、今では全く効果がない。これを土木工事・建築工事から福祉予算に切り替えても効果はますますない。そこで、今までの政府介入経済をやめて、与党・小泉内閣や野党・民主党は「官から民へ」ということで政府の規制をはずしていくことを改革だと思い込んでいる。既存の利権を破壊していくことには異論はない。ところが、官であろうと民であろうと貨幣を獲得する方法の手段が違うだけで目的は一緒だ。護送船団方式から弱肉強食経済に改革することによって、今後、ますます高齢者は住みにくくなる。かといって、共産党や社民党に「大きな政府」を期待しても、これだけの赤字財政を抱えるのなら税負担が高まっていくわけで、いずれにしても高齢者の負担は高まるばかりだ。だからどう考えたって年金制度が成り立つわけがない。どの政党も正直に言えばいいのに、それに代わるものが見つけられないから言い出せない。財政赤字においても同様で、国民に向かって「わが党は財政再建をお約束します」などとよく言えたものだ。これら全ての問題は「お金」に起因している。高齢者はなぜゆえに、年金受給が必要なのか。それはもはや企業が雇わないからだ。自営業においても限界がある。それは経済社会がそうさせている。高齢者は多くの経験をもっており、その経験を講演することができる。庭の手入れだって、将棋を打つ人もいるでしょう。近所でおしゃべりすることもできる。つまり、収入の面では「高齢者のできることがお金にならない」ことが問題なのである。お金の問題は貯蓄・増殖機能があることによって生まれている。それとは逆の機能を果たす自然通貨を使うことによって、流通がなされる。では、支出の面はどうか。何もしていなくても、家賃、光熱費、食費などはかかる。持ち家に住んでいたとしても、今の世の中ではやはり収入がなくてはそれらが支払えない。支出での問題は「食糧・エネルギー・住宅が有償である」ということ。食料、エネルギー、住宅が無償で供給された状態で、自然主義経済を行えば、今まで考えられてきた社会福祉は、政府の力によることなく解決される。これこそが自民・民主の唱える小さな政府よりも、もっと小さな政府であり大きな福祉に相当する。平和党は全ての政策課題を解決する。それができると言えるのは、大元を改革するからである。各政策の個々個別の問題をいくら議論してみてもモグラたたきのごとく、次から次へと出てくるだけで疲れ果てるだけだ。http://heiwatou.jp
2006年04月14日
コメント(4)
http://blog.so-net.ne.jp/mof/2006-03-22これをみてください。わたくしとんでもない間違いを犯しています。ICCを国際刑事裁判所と書かなければならないのに、国際司法裁判所と書いてしまいました。これはどういうことかというと、国際刑事裁判所は任意のため日米は加盟していないが、国際司法裁判所は国連の機関なので国連加盟国が全て入っているということです。それにこの人のおっしゃるとおり、この文章は自分で書いたにも関わらず意味がわかりませぬ。おそらく、何の見直しもせずにブチ書いたのだと思います。この元となっているのがhttp://www.heiwatou.jp/shinbun040929.htmlそれにしても、あいかわらず、なんでもかんでも左だといえば話が済むと思っているのは残念です。http://blogs.yahoo.co.jp/seitouheiwatou/6125187.html
2006年04月08日
コメント(0)
http://blog-search.yahoo.co.jp/bzoom?from=2005-04-08&to=2006-04-09&p=%CA%BF%CF%C2%C5%DEこれをみてください。最近の平和党ブログがいかにサボっているかがよーーーーーくわかるかと思います。最初で最高のピークは、衆議院本会議で郵政民営法案の採決が行われた8月8日から9日にかけて。次に8月12日から13日にかけては、各政党が公認候補者を発表したころ。そして衆議院選挙が公示された際に、全ての候補者の氏名・所属政党などを公表したのが8月30日から31日にかけてで、これが二番目の山をになっています。そして10月31日の内閣改造で閣僚名簿が発表された頃にも突然山ができてます。政治が山を迎えると、影響を受けるようです。
2006年04月08日
コメント(0)
森喜朗前首相は、早稲田大学学生時代に新宿区戸山に住んでおり、近くにはインド大使館があった。若いときの彼はその大使館が気になり、様子を伺っていると、警察官に事情徴収されたという。その人が総理大臣になり、インド政府から賞状をもらうことになるわけだ。その理由は、森内閣の以前、従来からのインドとパキスタンの国際関係に緊張が走り、両国ともに核兵器を開発し核実験するということが起きている。双方に核実験をやめさせたのは森内閣のときであったと思う。森氏は、包括的核実験禁止条約(CTBT)の署名を促したのである。そしてまた、日印関係に力を注いだ。インドの学校教科書には、日本がすばらしい国であると教えている。世界の人類史上で、東洋の国家が西洋に戦争で勝ったのは、日露戦争における日本だけであった。これにより当時、英国の植民地支配下にあったインドの人々は大いに勇気付けられた。日露戦争が独立運動の大きな原動力になり、このためインドでは日本を敬うようになったという。また、昭和天皇崩御のさいは、日本人のほとんどは何も考えていなかったろうが、インド国民は五日間、喪に服したという。この核実験についても、日本は唯一の被爆国として、インドに忠告したところ、ただちに核実験は中止した。現在インド政府は、「核不拡散条約(NPT)」は、核保有国が核を持ち続けることを保証する一方で、非核保有国の核保有への動きを規制するという不平等な条約であるとし、未加盟。「包括的核実験禁止条約(CTBT)」については、その発効を妨げることはせず、CTBT発効までの間核実験モラトリアムを継続するとしている。 よく、政治家に外交路線を聞くと、アメリカに重きを置くか、アジアに重きを置くかというとき、アジアと答えるのにためらいがちになってしまうのは、東アジアのほとんどは中国を指すからだ。アジア外交の中で、中国や北朝鮮がまともではないことをふまえて、インドという視点もあるのではないかと最近思った。それと今日はお釈迦様の誕生日なので思い出した。平和党http://heiwatou.jp
2006年04月08日
コメント(0)
「日本という国は、資源のない国である。だから外国から材料を輸入し、加工貿易をすることによって成り立つのであるから、経済優先主義をやめろと言われても、それでは国が成り立たなくなるではないか。」という批判がある。「資源がない」などと勘違いするのは、これまた自然破壊型西洋文明の尺度である。自然破壊の思想から考えれば、資源とは、石油、石炭、天然ガスなどの化石燃料をさす。我々は、近代西洋化の中で、土や水に帰らないものを資源と呼び、土や水に戻すことができるものは工業化社会では低価値であるとして、これらを無視・軽視してきた。日本は、国土の七割が山地であり、田畑を潤す川が豊富に与えられており、養分の高い土壌によってそびえる山林がある。水田と山林は貯水機能を持ち、洪水を防いでいた。そして、海に囲まれ、豊富な海産物を採取することができたのである。これが本来の資源であり、自然に基づく八百万の神々を信仰してきたのである。古来日本人は、明治維新で西洋化になるまでは、これらを大切にして生きてきた。明治以降の神道信仰は、もともとの神道ではなく、西洋に対抗するための国家主義に利用された。大日本帝国は資源を獲得するためといって、樺太、満州、朝鮮半島、台湾を自国の領土ないし支配下においたが、これらの土地に食料資源やエネルギー資源がふんだんにあったわけでもない。現在の日本国の領土だけで食糧に関して言えば自足可能なのである。全地球表面上に存在する水のうち、97・5%は海水で、陸水はわずか2・5%しかない。塩分の含む海水がいくらたくさんあっても食糧生産には役立たない。活用できるはずの陸水の中でも、氷床と氷河が1・75%も占めていて活用することはできない。有効利用できるのは地下水0・73%と地表水の0・02%である。さらに、地表水のうち、淡水湖が0・009%、塩湖が0・008%、土壌水が0・002%、水蒸気0・001%、最も少ないのが河川水で0・0001%と、ごくわずかなものである。この地球全体の中で、日本は年1620mmの降水量があり、世界平均の二倍という豊富な水資源をもちながら、人類生存の基盤たる農林水産業を放棄し、意味のない貨幣(と信じ込んでいる紙きれ)奪い合いの経済に参加している。「そうはいっても食糧自給は不可能だ。誰がつらい農業をやるというのか。そんなに農業をやりたいのなら、やりたいやつが勝手に田舎へでも行って農業をやれ。」と言い出す。その心配はご無用である。第一に、近年、就農者が増えていること。第二に、つらい農業を克服できる技術革新に対する道筋がつきつつある。第三に農業法人の法制度化がある。離島農村地域での農林水産業も大切だが、都市機能を充実し、生産物が近い地域で消費することが望ましい。逆に、都市においての第一次産業が重要なのである。食糧自給率を大幅に上げ、全国民が国産の食糧で足りるようにするには、まず生産性を上げることは勿論だが、安全な食品でなければならない。そのためには、無農薬栽培の必要がある。さらに食糧輸入量はかなりの程度下げることにある。国の一部分の問題を取り上げて、治療していく西洋医学的な手法ではなく、全体を捉える東洋医学的方法によって政策解決が為されなければならない。その根源に農林水産業に基づく経済があるといえる。最近では、生産者の個人名を表記する自然食品などが出てきた。これはより一層すすめるべき課題である。経済優先社会から脱却する方法とは、食糧・エネルギーを近隣で自給することであろう。今や交通が整備され、一日以内に各地の名産物を食することができる便利な世の中になっているが、これに警告を発するべきである。このためにも、自然通貨経済が大きな役割を担う。水が豊富な日本をはじめとするアジア地域は米を食べる。これに対して欧米は小麦を食べる。アジアには豊富な水があるため、自然調和型の稲作によって発展してきた。ところがヨーロッパは水資源が豊富ではないので、主食は小麦である。小麦の畑作は、毎年同じ場所で耕すことができないので、いったん休耕地にして別の場所を耕す必要がある。生きるためには他の所有地を犯さざるを得なくなる。そこでヨーロッパの諸国はつねに隣国に侵略しようとか、いつ自国が侵略されるかもしれぬという不安に苛まれることとなる。また、食料資源がアジアに比べて少ないことと、資本主義の発展により貨幣に依存し、アフリカなどからの搾取をしていくこととなる。果てはアメリカ大陸を「発見」したなどと言って多くの自然人・東洋人を殺害したり、苦役を強いたりした。先進国などと言っているが、これら白人文明はアジア、アフリカ、アメリカ・インディオ、オセアニアの犠牲によって築かれた侵略文明である。日本には豊富な水がありながら、「日本には資源がない」などと誰もが言う。陸地にこれだけ水がある国は日本くらいのものであり、地域で言えばアジアくらいのものである。この恵みを人々は忘れ、無益な労働と資本の収奪をしながら、遠くの国からの石油を求める。米を食べ、近海でとれた魚を食べ、畑でとれた野菜を食べ、山でとれた山菜を口にすることができるのに「お金」という人間が勝手につくったルールに縛られて、自ら苦しみを作り出しているのだ。どの政党も経済の問題と、農林水産業の問題をまるで別個の問題のように考えているのは大きな間違いだ。http://www.heiwatou.jphttp://spaces.msn.com/members/heiwatouhttp://blog.goo.ne.jp/heiwatouhttp://blog.livedoor.jp/heiwatou/
2006年04月08日
コメント(0)
民主党の前原代表の辞任表明を受けた後継代表選びで、菅直人・元代表(59)は4日、立候補する意向を固めた。菅氏は5日にも記者会見を行い、出馬を表明する。小沢一郎・前副代表(63)も近く出馬表明する見通し。小沢氏と菅氏は4日、東京・音羽にある「鳩山会館」で開かれた民主党の観桜会に出席し、記者団の前で握手した。菅氏はあいさつで「代表選で(新代表が)決まれば、一兵卒だろうが何でもやる覚悟で、一致結束してやりたい」と述べた。小沢氏は記者団に「どなたでも(代表選に)出たい人は出ればいい。(挙党体制は)できる」と語った。この代表選挙は、菅が勝てば民主党政権にはならず、小沢が勝てば民主党政権になるだろう。菅直人は、歴史の時代の要請から考えると20世紀末までは、「反乱者」として必要な人物であったが、今後は小沢一郎のような「好戦的軍事愛好政治家」が選ばれる。東京都知事が青島幸男から石原慎太郎になったように。小泉内閣から小沢内閣に代わるにしても、小泉政権は反乱型であり、小沢政権は軍事型となる。私は、小沢一郎氏が自由党党首時代から、「やがては民主・自由連立政権により、何かの理由で与党第二党党首の小沢氏が総理大臣になるだろう」とみていたが、それはなくなり、民主・自由の合併となってしまった。したがって、彼は民主党の代表となり、やがて政権をとるだろうと前々から予測していた。小泉内閣のような、既存権力の破壊の次にあるのは、小沢氏のような軍事中心型政治である。世の中を経済以外の部分に目を向けさせる可能性のある政治家として、歴史の一躍を担う人物であるが、その反面マイナスを多く残すのではないだろうか。物事には順序がある。それは歴史の法則、自然の法則であるとしてある程度は逆らわないほうが良い。小沢氏のあと、復権した自民党政権は石原慎太郎内閣になるか、あるいは安倍晋三内閣になるかわからないが、とにかくこの経験を踏まえないと、次に進めないのではないかという気がしている。いずれにせよ、総理大臣を誰がやるかによって日本がどう変わるのかという点では、以前よりもましになってきているといってよい。以前は、田中角栄・竹下登・金丸信・小沢一郎・野中広務に従うロボットたちが総理大臣を担ってきた。それは少数の欲得に絡む利権政治であった。これは事実、変わりつつある。しかしながら、いまだに経済の根本ルールには踏み込めないだろう。平和党はこのタイミングをよく見極めるべきだと思う。http://heiwatou.jphttp://8028.teacup.com/heiwatou/bbs
2006年04月04日
コメント(0)
全10件 (10件中 1-10件目)
1