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ちょっと日にちが経ってしまったのですが…2012年12月12日に、無事第三子(三女)を3430gで出産しました(^-^)ゴッドハンドの先生によるリードで、陣痛のないところから4時間半。産んだ自分もびっくりの摩訶不思議出産でした。へその緒が首にまきついていて、それがなければ2時間で出てきたとのこと。とにかく無事に、元気に生まれてくれて嬉しいです。夫と、長女サツキも次女メイも皆で立ち合いできて、私は念願かなって感無量!座位出産で、二人は正面からバッチリ赤ちゃんが出てくるのが見れたはず!後産の胎盤も、へその緒を夫が切るところもしっかり見た。二人の記憶にどんなふうに残るのかなぁ…(=^-^=)名前は…義両親に大反対されたのを、半ば強引に押し切って出生届出してしまいました。夫が一生懸命説得したけどダメだったみたい。最初からケチがついてしまったみたでちょっと悲しかった…。義両親にはサツキもメイも名前でいろいろ言われたので、(メイに至っては予定の名前から変更してしまった)もうブレたくなかった。3人ともそれほど珍しい名前ではないのだけど、好みが違うんだなぁ…。(三女のネットネームはジブリつながりで『キキ』)産後の入院時期から母乳がうまく飲めず、体重も増えず。先週末は乳腺炎で高熱、頭も腰も節々も、体中が痛くて…。とにかくおっぱいで格闘して、マッサージも連日受けて、やっと昨日あたりから落ち着いてきました。産後あっというまに2週間経ったけど、もう少しリズムができたら、日常を記録しないと!(=^▽^=)ひとまず報告です!
2012年12月28日
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昨日は37週と5日で助産院の検診。12日に産みたいです!と先生に前から言ってあるのだが、まだまだ子宮口が厚くて、すぐってことはなさそうとのこと。それでも百戦錬磨の先生、グイグイと子宮口を刺激!これが痛いんだ…(;→д←) 次女メイの時も早く産みたくて、3週連続やったけど、結局出てきたのは予定日から一週間後。痛いばかりで効き目なかったのでした。が、帰宅して夕食後、おりものに血がまじり、そのあとジワジワと生理痛のような子宮の張りと痛みが…。ただ波はなく、ずーっと鈍痛があるので、これは陣痛じゃないだろうなと。しばらく横になってたら1時間ほどで治まっちゃった。やはりまだまだか。次は火曜日に来るよう言われているので、その時はどうなることやら…。でも昨日の夜そんなことがあって、まだいろいろ準備ができてないことを再確認!夫にも私が入院中のいろんな雑務や、モノの場所を教えていないし、学校のある子どもたちの生活のあれこれも教えてない。だいたい、入院準備もまだ中途半端(^^;)今日も胎動元気なので、今のうちにちゃんと準備しないとなぁ。
2012年12月08日
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現在妊娠37週に入ったところ。順調!そしてカウントダウン!ブログに書きたいことはたくさんあるのに、気付くとどんどん日が経ってしまっている。あっという間に臨月。夏休みに入る頃は、出血がひどくてほぼ一月寝たきり…。8月に入ってしばらくしたらそれも落ち着き、そこからは順調にここまでくることができた。昨年の流産もあって、なるべく周りにはわからないように過ごしていたけど、9ヶ月入る頃にはさすがに気付く人も増えた。ぼちぼちと皆さんにお知らせもしつつ、生まれたらよろしくねと声をかけていたら、小さい洋服がたくさん!それからベビーチェアやベビーベッドなどの赤ちゃん用品が回ってくる。本当に本当に助かる…。もう赤ちゃんのものなんて何もなかったから。それでもチャイルドシートやら紙おむつやら、懐かしの「赤ちゃん本舗」でいろいろ見ながら買うのは結構楽しい。次女メイを育てていた頃からもう10年近く。赤ちゃんグッズもいろいろ進化しているのね。ここ1ヶ月くらいは、日々強くなる胎動を感じつつ、今が一番いいのかもしれないと思ったりもする。元気に生まれるといいな、生まれたら可愛いだろうな、名前は何にしようかな、またお乳を飲ませられるんだな、成長に一喜一憂できるんだな、姉妹たちに可愛がられたり、焼きもち焼かれるんだろうな(笑)まだ見ぬ未来に、いろんな希望を感じる。生まれたらきっと、しばらくは怒濤の日々なんだろうけど、それすら楽しみに感じる。二人の娘もスクスク元気に可愛く育ち、何も不満もないが、それほど余裕もない。それなのにまた3人目を望むなんて、贅沢かなぁ、罰が当たるかな、と思ったけど、欲望に忠実になって良かったと思う。こんなに単純に純粋に求められて生まれてくるなんて、なんて幸せな子だろう!(^-^)というわけで、今は妊婦特有の幸せホルモン?が分泌しまくり中。無事出産できるよう、家族共々、体調管理気を付けます!
2012年12月02日
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現在妊娠5ヶ月半。明後日で19週目。順調!と言いたいところだけど、なんと安定期入ったとたんに出血。切迫流産・絨毛膜下血腫で見事に動けずもう3週間。出血落ち着いたと思ってちょっと歩くとぶり返すの繰り返し。夏休みに入ったというのに、どこにも行けず…。大人しく寝ているだけ、というのが本当に苦痛。実際は寝ていられなくて、動いてしまうのでダメなんだと思う…。今までこの時期に出血することなんてなかったのでびっくりだ。高齢出産だからってわけでもないだろうけど、妊娠ってやっぱり油断できないな。助産院で産むつもりだったけど、念の為大きな病院に平行して診てもらうことになり、先週まで体調も悪いのにバタバタ。安静にしてても張りがあるので不安で一杯。張り止めを処方してもらったが、あまり効いてないみたい。飲むと動悸がめちゃめちゃ激しくなるので怖い。人によっては助産院では不安と思うだろうけど、私にとっては大きな病院がとても不安。受付から各種検査、診察まであちこちシステマチックに回されるし、先生がいつも違う。なんというか、病院の先生は人間対人間という感じがまったくせず、信頼しきれないのだ。たぶん出産まで私の名前何て覚えてくれない。出産しても覚えてくれないだろうね。それに分娩台での出産は、自分がまな板の上の鯉になったような気分になりそう。(私は長女を水中四つん這い、次女を便座型椅子に座って出産)医療技術や設備に対する信頼感よりも、私にとってはメンタル的な信頼感の方が大事なんだと思う。出血1つにしても、病院の先生と助産婦さんの言うことはまるで見方が違って、どっちが正しいのかわからないけど、私にとっては助産婦さんの説明の方が遥かに安心できる。産みたいのは断然助産院だけど、万が一の時には赤ちゃんの命が最優先だから、出産時すぐに赤ちゃんを診ることのできる環境は整えておきたい。今回の出産はギリギリまでどうなるかわからないな…。お金も普通よりずいぶんかかってしまって、もう、まいったね!幸いお腹の中身は順調に成長しているらしく、この時期にしては大きめなくらいだ。なんとかこのまま大人しくして、落ち着いてくれればと思っている。7月21日、長女サツキの13歳の誕生日に始めて胎動も感じることができて、それが救いだ。妊娠に気付いたGW以降、娘たちの反応や変化、日常の成長もいろいろあって、「あ~、ブログに書き残しておきたいな!」と思っていたのに、あっという間に時間は流れてしまう。最後の妊娠生活になると思うし、子どもたちの成長はできるだけ書き残したいなぁ。水曜日から娘たちは実家が預かってくれているのだが、先程、次女メイ(8歳)から「帰りたいよ~~」とメールがきた。メイの赤ちゃん返りは相当面白いので、絶対書き残したい(笑)とりあえず長くなったので、今日はここまで。
2012年07月28日
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怒濤のGWが終わり、3月から続いていたバタバタな雰囲気もようやく終息かな?GWはここ5年くらい続けてる短期のバイト。某子ども向け施設で、お弁当やスナック、かき氷売りをしていたのでした。毎年「もう来年は絶対来ない!」と思うほど混んで疲れるのだが、やはりちょっとした臨時収入が嬉しくて、そして一年経つとしんどいのを忘れて、また頼まれちゃうのであった。今年の臨時収入は、サツキの夏用制服と、追加購入の体操着などなどで消えそうだけどね…。で、毎年GWは娘たちを丸々実家に預けて、1週間、早朝から働いて夜はぐったりして酒とつまみで晩酌→寝るという生活なのだけど、去年まではけっこうそれが楽しかったのに、今年は娘たちがいない夜がけっこう寂しかった。もう大きくなっちゃって、あまり手もかからないし、いないのが楽でセイセイする、って感じでもなくなってきたんだなぁ。この春休みでついに(やっと!)子ども部屋と大人部屋を完全分離し、まぁまだメイが添い寝してとうるさいが、家の中が落ち着いた感もある。さみしいな~さみしいな~と思っていたんだろうね、私。ここ半年、なんとなくゆるい感じに「できたら産むか~」と子作りチャレンジしていたのだが、ようやく妊娠。まだ7週に入ったところで、今回は前のこともあるので、4ヶ月入るまではあまり考えず言わずで、と思っているけど、やっぱり嬉しいのでここに書いちゃう。37歳での出産、上の子と一回り以上の歳の差など、いろいろ考えると考えちゃうので、ただやっぱり私は欲しかったんだな~と感じて、じっくり、じっくり、待とうと思う。今月末には病院に行ってきます!
2012年05月07日
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とっくに終わっているが、受験について。長女の公立中高一貫校の受験は、残念ながら落ちちゃった。12月からの遅いスタートとはいえ、模試も問題によっては合格ラインの高得点もあって、もしかして…受かったらラッキーじゃん!という気分だったけど、やはり世の中そんなに甘くない。女子は8倍以上の倍率というから、すごい人気だ。高校受験でリベンジ、頑張りたまえ。塾通いは楽しいらしく、とりあえずそのまま続けることになった。週に3日で夜も遅いので心配だけど、本人がやりたいと言うのだから仕方ない。惰性になって成績が芳しくないようならやめてもらう(逆?)半月たって、本人もすっかり気持ちを切り替えて(それほど落ち込んだ様子もなかったが)今は部活は何に入ろうかと悩み中。近所の公立中学校の制服も作った。成長期なので、大きめにしたけど、ジャケットが165センチ用だったのにびっくり。まぁ、横に大きいので実際の身長はぜんぜんだけど…。この一年で本当に大きくなって、なんというか、とても不思議な気分だ。小学校6年間って、体も心も恐ろしいほど成長するんだな。ここからまた6年も経てば、サツキはすっかり大人になっちゃう。ひえ~~(;゜∇゜)私もがんばろ…(>_
2012年02月28日
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すっかり体調は戻りつつある…と思っていたら風邪を引いてしまった。のど風邪流行ってるみたい。でもそれとは別に、外に出ると何やら口の中がかゆくて、くしゃみがでる。まさか秋の花粉、出ちゃったのかね、いやまさか、そんなはずは…もうこれ以上アレルギーは嫌だなぁ(´Д`)さて、11月の最初の土日に長女サツキと山形へ行って来た。サツキの山村留学先で、同窓会があったのだ。過去20年の留学生たちも出席する大きな同窓会。もう結婚して子どもを産んだ子もいたりして、現地の里親さんたちも感慨深そうだった。団体旅行でスケジュールもびっしり詰まって忙しかったが、懐かしい友達やお世話になった方に会えて、サツキは嬉しかったようだ。ここでの一年間は、親子共々良い経験になった。サツキは長期の休みのたびにここに里帰りしていて、本当に第二の故郷のようだ。田舎のない私たちには本当にありがたい。で、タイトルの話なのだが、旅行で同行したサツキの1つ上の女の子が、いろいろ話を聞いていたら公立中高一貫校に通っているという。最初はまったく興味なかったのだが、よくよく聞いてみると受験内容がなかなか興味深いではないか。いわゆる私立受験と違って、入試ではなく「適性検査1・2」というのを受けて合否が決まるらしい。それも算数・理科・社会・国語、などに別れているのではなく、数問しかない問題にすべてが盛り込まれていて、文章で答えるらしい。適性検査2の方は、完全に作文。文章を読んで、自分の体験を踏まえた上での感想や考えを書く、というもの。すごくおもしろそう。その女の子に「例えば私のときは、~~って問題が出たよ」と教えてもらい、帰りの新幹線は、サツキとその問題にどういう内容の作文を書くか話した。そういう内容のテストで合格する子たちが集まる学校は楽しそうだね、と話していたら、サツキが興味を持って受けたいと言い出した。と言っても、まずサツキは作文が大の苦手なので難しいだろう。読書感想文を書かせると、あまりのつまらなさに涙がでるくらいだ(笑)それに、倍率10倍!!そうそう簡単に合格するものでもない。でも本人が「受けてみたい!」と言うんだもん。受けるだけなら二千円。ぜひともやってもらおうじゃないか!と思っている。様々な話題に興味を持って、自分の考えを文章にまとめる勉強なら、今後何をするにもきっと役立つと思う。そんなわけで、試験日まで3ヶ月もない今頃になって、その学校の過去問を買ってきた。サツキと2人で、「それは違う」とか「いいかも!」とかいいながら一緒に問題に向かい合う近頃なのである。
2011年11月14日
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子どもを授かり物とよく言うが、まさにそうなんだな。当たり前のように子どもができて無事産まれるってのは、とてもラッキーだ。やはり今回の妊娠は初期流産となり、9週目で流産の診断。自然に流れるのを待たず、金土と一泊入院して掻爬手術を受けた。娘たちには数日前に事情を話したが、やはり残念がっていた。長女は前から赤ちゃんを産んで欲しいと言っていたのでガッカリ。次女は私のお腹をさすりながら、「赤ちゃん頑張れ~」と何度も言う。そのたび「いやぁ、もう赤ちゃん天国行っちゃったんだよね」と説明したりして。ほんと、残念だなぁ…。入院は個室だと寂しすぎるので大部屋にしてもらった。前の流産の時、ひとりぼっちの部屋で眠れなくて寂しかったので。あとで「あれ、周りが気をつかうかな?」と思ったけど、実際はどのベッドもカーテンをきっちり閉め切ってて、気配は感じるけど個々で過ごせるので関係なかった。それに病院側が気を利かせて、まだ出産してない妊婦の大部屋に入れてくれたようだ。たぶん切迫流産で絶対安静の人たちなんだろう。それも大変そうだな…。産科の入院病棟って、無事出産した人もいれば、私みたいな流産手術を受ける人もいるし、切迫流産で不安な人もいるし、いろいろだね。喜びも悲しみもごちゃまぜですごいところだ。手術室に入ってから先生がくるまで時間があって、2人の看護士さんたちと30分ほど話したんだけど、私と同い年の看護士さんも、一回り年上の看護士さんも、2人とも流産の経験があるって。意外と多いんだよね。こういう職場で働いているせいもあるだろうけど、気遣いを感じさせない気遣いで会話してくれて、本当看護士ってすごいな!と思う。仕事だからなの? だとしてもすごい。尊敬してしまう。甘くないけど(ちょっと怖いけど)誠実な感じがした。たまたまかな。手術はあっというま。全身麻酔が入ってから1時間もしないうちに、お腹の痛みで目が覚めた。夫が心配そうに覗き込んでた。手術のあと3時間ほど休んで、診察受けてそのまま退院。自宅まで歩いて15分ほどの距離なので、夫に迎えに来てもらうのも悪いなーと思って歩いて帰る。そしたら途中でお腹が痛くなってきて、精神的にも体も大丈夫だと思ってたけど、ちょっと弱気になって泣きそうになったりした。でも道の途中、宝くじ売り場があったので、「こんな思いしたんだから当たってもいいだろ!」と思って10枚だけ宝くじを購入…。いや~なタフさを自分に感じる(笑)入院中赤ちゃんが見れなくて残念だな~と思っていたが、帰り際にナースステーションに寄ったら、窓越しにちっこいのが2人見れた。ちっこくてちっこくて、ホントにかわいかった!それが見れて、一瞬なんだかホワっとした気持ちになれて良かった。私のところには今回縁がなかったけど、その分、どっかで元気な赤ちゃんが生まれているといいな。今は先のことを考えられないけど、授かり物。もしうちに来てくれたら、みんなで歓迎します。
2011年10月30日
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計算上は今日で9週目。でも3日ほど前からうっすら出血があったりなかったり、と続いている。高めだった熱が下がってきていて、なんとなく子宮に違和感。水が入った小さめの水風船(コドモがよく遊ぶヤツ)が入っているみたい。薄い皮が今にも弾けてしまいそうでこわい。医者には来週来るように言われてるけど、出血がやっぱり気になるので明日、夫に付き合ってもらって病院に行くことにした。気持ちは安定してるつもり。でも嫌な予感はやっぱり嫌な予感。私の取り越し苦労でありますように。
2011年10月24日
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家で大人しくしていると、いろいろ考えちゃうので結局PCの前にはりついてる。久々に自分のブログをパラパラと最初の方から見ていたら、あまりにも神経質な女でびっくり。そう思えるくらいにちょっとは神経太くなってきたのかな。ブログ更新しなくなるくらいズボラになったし( ̄∀ ̄)でもこうやって記録を付けるのはやっぱりいいなと思う。子育て時期は特に、子どもの成長がめまぐるしくていろんなことがどんどん忘れられていくしな。なにより自分の思考言動がおもしろい。ちょうど十年前、今と同じくらいの時期にやっぱり妊娠が順調じゃなくて、結局流産しちゃったんだけど、その時に比べたら、不安は一緒だけど、気分は前より余程落ち着いてると思う。順調じゃないことが心配は心配だけど、なるようにしかならないし。あの頃みたいに自分を責めまくったり、(なんか悲劇のヒロインみたいに!)マイナス思考どん底まで突き進むってこともない。この腹の子は、私がそのくらい成長するまで待ってたのかしらん。ところで、今の妊娠が発覚するちょうど10日くらい前に、前の流産の夢を見たんだよね。すごい初期だったから性別だってわからなかったし、あっという間だったんだけど、何故か夢の中では出産時くらいの大きさの姿で流産してて、誰かに「残念だったね」って言われてるの。それで、その人に「男の子だったの?女の子だったの?」って聞かれてるのに、私はそれがわからなくて答えられなくて、混乱してるの。なんでそんなことすら覚えててあげられないんだ!って愕然としてるの。目覚めてしばらく「私ってひどい」と思ってて、でもフと、あれ、性別知らないじゃんって気付いた。ヘンな夢で、なんか悲しいし、でもなんか自分の黒いとこ見られた感じで後ろめたいような、罪悪感とかもあって、ドロドロした気持ちで、しばらくその気分が抜けなくてしんどかった。あれはなんだったんだろうな・・・。あんた妊娠してるけど、自分のことを忘れんなよとでも言われてるような。「天使ちゃんになったあのコが戻って来てくれた」なんて能天気な話じゃない。もっとドス黒い。「あんた言っとくけど黒いよ。忘れるなよ。」って感じかな。忠告?あの流産のときの私は、サツキが2歳になる頃で余裕なくて、夫ともあまりうまくいってなくて不安で、最初から時々出血したりするから怖かったんだよね。もし障害のある子が産まれたらどうしようとか考えた。それで、いっそのこと・・・って、意識してなかったけど心のどこかで産まれて来ない事を願ったりした。だから流産したときは、悲しかったけどホッとした気持ちもあって、そんな自分が汚く思えて罪悪感で一杯で、でもやっぱりホッとしてるし、ひどい、ひどい、ひどい、でもよかった。でもひどい、って、そんな感じだった。今は違うよ。いや、今だって障害のある子だったら大変だ、やだなと思うけど、そんな自分を責めたりしない。この10年で、よくも悪くもドロっとしたものを認められるようになって、まぁ、ドロっとしてますわな、みたいな、なんか上手く言えないけど・・・。何が違ってきたんだろう?よくわからないけど。まぁそんなこともあったんだけど、今なら、きっと前よりずっとのんびり力抜いて子育てできると思う。なんか話がうまくつながってないけど(笑)あの夢、やっぱり忠告だな。ヘンにキレイにやろうとするなって。とにかく、成長するのが遅くてもいいから、しっかり育てよ!くるならこい!ただ待ってる。そんな感じ。日によって揺れるけどさ!
2011年10月19日
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本日計算だと8週目で2度目の検診。今日心音確認で確定となるはずであったが・・・。前回と比べて、明らかに「成長している」とは言えない感じであった。心音・・・?か?これがそうかも?なんか小さくチコチコ点滅しているようなしていないような。先生も「う~ん」って。それでまた2週間様子見ということに。あぁ、ままならないね。間は空いたけどやっぱり赤ちゃん来るのは嬉しいよねと、楽しみな気持ちが素直に沸き上がって来てるのに、しかも9月に結婚した弟夫婦も、なんと同じ時期の妊娠が発覚したというのに。無事に成長してくれないと悲しすぎるなぁ。胸は張ってるし、体温も高いままなので、中身は頑張って成長しようとしているんだと思う。検診に付いて来てくれた夫は、帰り道で「まぁ、心をフラットにして気長に様子見ようよ」と。一人だったらかなり心細かったと思うので、付いて来てくれて本当によかった。ここまで2週間、ジムでの運動も控えてかなり大人しくしていたつもりだけど、ここから2週間をどう過ごそうか。安静、安静と寝たきりになっててどうにかなるもんなんだろうか。無理はもちろんダメけど、普通に過ごした方がいいのかな。とりあえずまだまだスッキリしない日々は続く。早く娘たちに良い報告ができて、一緒に喜べたらいいのになぁ。
2011年10月17日
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本日、夫と近所の産院に行ってきた。最終生理日から計算すると6週目だが、大きさとしては5週くらい。まだ心音も姿も確認できないほど小さいが、先生は妊娠しているだろうって。改めて2週後にまた検診して、確定かな。ちょっと小さいというのが気になる。以前流産した時もそうだった気がする…。ハッキリしないのが一番嫌だ。この3日間、過去の出産育児を思い出しては、気が遠くなったり、途方に暮れたり(あ、同じか(笑))長い長いあの日々がまた来るのかと思うと、ゲンナリするのはやはり否めない。ため息が出て、グチっぽくなる私に夫が一言。「そんなに言われるとこっちがなんか申し訳なくなるからさー…」ぜひとも、そうなって欲しいもんです。これから私は、想像するだけでもグッタリするような体の変化と痛みと寝不足と不自由と劣化をしなくちゃいけないんだから、ちょっとくらいグチったっていいじゃない!大きな喜びの反対側にどれだけの苦労があると思っているんじゃ。まったく。こんなグチくらい聞いたって、ヘでもないっちゅーの。まぁ、夫も死ぬまで働かざるを得なくなったので、責めないであげるけどね。嬉しい気持ちがないわけじゃない。もちろん欲しい気持ちもあったし、だからこそ作ったのだし。欲しいけどもう間あいちゃったし、いまさらイチからって辛いし、すっかり自由を満喫するクセもついちゃったしな~って。それにもう、充分幸せなのに、これ以上求めていいのか?複雑な気分。ほんっと、自分、ギャンブラーだなって思う。自分に呆れる。なんてね、いろいろ考えちゃうからもう早くハッキリして、スパッと受け入れて、皆で楽しんで迎えたいのよ。可愛くないわけがないんだから。とまぁ、まだまだハッキリスッキリしないのでした。次の検診で確定してから娘たちには知らせようと思います。あそうだ、今日の病院は近いし評判も悪くないから行ってみたけど、私が過去二回、助産院で出産した話で先生は眉間にシワ寄せてた。その様子に私も心の中で眉間にシワ(笑)とても充実した出産だったし、不安はなかったのにさ!どうせ産むなら娘たちに立ち会わせたいんだよね。近いし病院だからいろいろ安心かもしれないけど、やっぱり産むのは前と同じ助産院がいいかな。でも高齢出産に片足突っ込んでるし、近いとこがいいかな…これもまた悩むのです。
2011年10月03日
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生理が遅れて1週間。心当たりアリアリで冷や汗。まさかまさか、でもいやありうる。夫と「もう一人いてもいいね。」と話していたけれど、いざその可能性ができるとそりゃいろいろ考えるよな。長女12歳。次女8歳。2人とも健康でかわいくて申し分無い。すっかり育児の手も離れて私はお気楽専業主婦生活を満喫中。でもあのちびっこいの、また抱っこできる日が来ちゃうのかね?それは目尻が下がるほど、よだれが出るほど嬉しいことだけど。だけど、でも…なんて思ってモジモジしていたけれど、思い切って先程、8年前の使い残しの妊娠検査薬、試してみました。結果ぱんぱかぱーーーーん!ご懐妊~~!!(まだそれから1時間も経ってません)夫に速攻メールで知らせる。「本当だとしたらとても嬉しい!」と言ってくれてホッとする。でも私は嬉しさより不安の方が大きい。自分の体がこれからどんな変化をするのか、わかってるから余計。2人育ててきて、大変さも身にしみてる。今36歳じゃん。産むときは37か?子が20歳になる頃は60近い…長女が成人式でやっと小学校入学?!嘘でしょ…と、とりあえず考え出すとキリがないので来週病院行ってきます。
2011年09月30日
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来年いよいよ次女メイが小学校に上がるので、子ども部屋を本格的に機能させたいなぁと思う。現在子ども部屋に長女サツキの机と2段ベッドがあるものの、サツキは留学中で家にいないし、和室に布団を敷いて家族で寝ている。子ども部屋といいつつ、物置状態。うちはマンションで、オーソドックスな間取りの3LDK。狭い5.5畳に二人を押し込めるため、サイズを厳選したのがこれ。ラチス ライティングデスク FDW-89☆2段ベッドで、メイの机も同じものを購入して並べようと思って、物置部屋となっている子ども部屋を掃除。…やっぱり狭い。狭すぎる!5.5畳に二人って、やっぱりかわいそうだよね…。というわけで、ゆくゆくは夫婦の寝室にしようとしていた7畳を子ども部屋にすることにした。7畳にはすでに、入居の時に安く買ってあったシングルベッドが2台。悩んだけど、これを5.5畳に入れるのは無理なので、思い切って処分しようと思う。夏の暑い時期(涼しい部屋に置いてあるので)や、インフルエンザで隔離する時、来客時にしか使っていなかったのでまだまだきれいだけど、使えないものをいつまでも置いておくのはいろんな意味でムダだ。お片づけモードに入ってる時は、こういうものの取捨選択が潔くできる。というわけで、来週の粗大ゴミ回収までに、解体しなければ。それならついでにあれも、これも…。こんなふうに、あれこれ部屋の配置替えを考えながら必要・不要品を選別していくのは、とてもストレス発散になる。年に一度はこういうモードになる。日常のバタバタでこんがらがった家の中の配線を、丁寧にほどいて整理してシンプルにする作業。生活する場はどうしたってごちゃごちゃとしていくもんだけど、時々は振り返って、シンプルに、シンプルに。ついでに言うと、5年続けてきた読書会を、来年度はやめることにした。得るものは多かったけど、だんだん自分のペースでできなくなって、楽しむより義務感の方が強くなってしまったのだ。理由はそれだけでないけど、少し立ち止まって考えたい。3月末にサツキが帰ってきたら、また新しい家族のスタートだ。散らかっている家の中のように、散らかっている私の心の中も、すこし整理したいのだ。
2009年12月12日
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東北地方の小学校へ、4月から単身山村留学している長女の話(小学4年生)。(注※ 一応書いておくが、この留学は本人の強い希望で送り出したものである)1学期を無事に終えて、夏休みに一時帰省していた長女サツキ。このまま1年間大丈夫かな…とまた送り出したのが8月半ば。今回は東京駅の新幹線ホームまで私が送り、そこからは一人で行ってもらうことに。楽しい夏休みを過ごしたせいか、家族のありがたみがわかったせいか(?)最後別れ際に、ちょびっと静かに涙していた。それでも笑顔で出発した、はずなのだが…。この1ヶ月弱の休みの間に、サツキとはいろんな話ができた。山村留学での学校や友達、里親さんご家族のこと、楽しいこと、しんどいこと。いろんなことを経験して、感じているようだった。まぁ楽しいことばかりではないようだけど、頑張っている。次女メイも夏休み中ずっとサツキにへばりつき、小さいケンカをしつつもお姉ちゃんのありがたみを存分に感じていた様子。最後の夜は布団に入ってからおねえちゃんにしがみつき、突然泣き出して大騒ぎ。あげくのぼせて鼻血大量出血(゚Д゚|||)止まるまでおねえちゃんに絵本を読んでもらって、やっと寝たのは0時…。(別れも壮絶だった( ̄ー ̄°))家族が離ればなれに暮らすって、こういうことかぁと実感。いろいろと思うところがある。何はともあれ、サツキにとって良い経験になって欲しい。で、向こうに帰って早々。毎日夕方になるとサツキから泣き声の電話が…。どうやら下校後、一人でお留守番することが続いたらしく、夏休みの余韻ひきずりまくりの彼女はホームシックも相まって寂しくなっちゃった模様。困ったね、こりゃ!遅いよホームシック(でもちょっとホッとした)平気そうに見えて実はそうじゃない。でも言い出せないでガマンしちゃってたらしく、私にも言い出せないまま2学期を迎えてしまったようだ。里親さんも、サツキが弱音を吐かないので油断してたんだろうと思われる。人なつこく、順応力も高そうだけど、やっぱりまだ子ども…。いろいろタイミングが重なって、途端に弱気になった彼女は半分パニック。こんなふうになることは今までなかった。私が甘えさせないし、こちらにいる時はそれでも我慢できたのだろう。電話の向こうで泣きじゃくりながら「帰りたい」と訴えられて、むぉ~~~、まいった。飛んで行けるわけでなし、途中でやめさせるわけにはいかないし…。はてさて。とりあえず本人には「誰でも良いから、そばにいる大人に相談してごらん。そちらの人たちは村ぐるみで受け入れてくださってるから、ちゃんと聞いてくれるよ。もっと信頼して甘えてごらん?」と説得してなんとか電話を切る。その後、里親のおばあちゃんに電話で相談。しかし相手はなんだかんだ言っても素人。私もちょっと焦っていたか?向こうの返答がなんとなく要領を得ない感じで、不安になってしまう。向こうでは里親に丸投げなのか?サツキの心を察知して、積極的にサポートしてくれているのだろうか?夫と相談し、とりあえず土曜日にたまたまあった、長期留学親の会(過去の長期留学経験者の親の集まり)の会議で相談してみることに。ただ飲み会の口実にできた会かと思っていたが…(;^ω^A そこはさすが、長期留学に子どもを送り出した親たちの集まり。私の話に真剣に耳を傾けて、一緒に考えてくれた。本当の解決策とは何か。問題を取り除くことではない。(そもそも問題はひとつではない)壁があって当たり前で、子どもがそれを自分の力で乗り越えることが肝心。個人のレベルではなく、里親も学校も地域も、こちらにいる親も親の会も、皆でどうするのがいいか考えて対策を立てる。誰かが孤立することのないよう、問題を共有し合う。お互いにサポートし合う。なんだか当たり前のことかもしれないけど、実際こんな経験は初めてだ。結局、私たち夫婦が直接山村留学協力会に相談するのではなく、親の会の会長が向こうの代表者に連絡をとってくれることに。一人の子どもを皆でサポートし、見守る。こういうこと、どうしてこっちの学校でも普通にできないんだろう。問題が起きたら誰が原因か悪者か、誰かのせいにすることに躍起になっていないだろうか。疑心暗鬼の渦に巻き込まれて、大事なことを忘れてないか?自問。その後もらった連絡では、学校でも地域でも長女の話を聞いてくれたようで、だいぶ落ち着いていたとのこと。電話もこなくなった。もちろん、問題が解決したわけじゃない。これからも大変だろうなと思う。でもまわりがこうしたサポートをしてくれるということがわかると、親としては本当に心強い。あとサツキがこの壁を自分でぶち破れるかどうか。そして、親の私もジッと堪えて黙って見守れるかどうか(笑)とりあえず今回は夫がサツキに手紙をかいた。どんな形でも、今のサツキは私に突き放されることが一番怖いと思うから。かーなーり、切ないです。密着母子解消のチャンス。頑張ります。あんたサツキも頑張れ!あー、長ったらしいまとまりのない文章ですみません…。
2009年09月05日
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久しぶりの投稿。3月頃からだからもう半年になるけど、今アメピグ(アバターが動くチャット)にどっぷりハマっている。時々脳みそが現実とネット世界の境でフラついていてキケン(-_-;)圧倒的に睡眠時間が減ってしまった。でもチャットの世界では年齢も性別も立場も様々な人たちがいて、というか、そんなものは自己申告であてにならないので、そこでの会話がすべてになるのがシンプルでおもしろい。特に、リアルで人とコミュニケーションするのが下手そうな人との会話がおもしろい。ほとんどはふざけた会話だし、危うい時もしょっちゅうあるのだけど、時々、物理的な距離を無視して、体も一気に飛び越して、相手の心にびっくりするほど接近できたと思う瞬間がある。もちろん、それはもしかしたらだまされてるだけかもしれないし、私の勘違いかもしれないけど、これがまたやみつきになるのだ。また、アバターからその人の公開情報やブログも見れるので、直接会話した人の書いた文章が読めるのも楽しい。使い方さえ間違わなければ、とても優れたコミュニケーションツールだと思う。(時々危うい小中学生がいて心配になるけど…)毎日やっていると、使っているアバターにキャラができてくる。私のアバターは実際の私とは似ても似つかない風貌だけど、それでもなぜかだんだん、私になっていく。リアルでは性別や年齢、外見、立場などの情報が相手に先入観や偏見を持たせる。でもチャットのキャラでは、そういうものから解き放たれる。誰も私を見ても、取っ付きにくそうとは思わないでくれる(笑)いや、危険!私、ちょっと危ないかも…(笑)まぁいいや。自分が飽きるまで、しばらくは放っときます。
2009年09月05日
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今日はポッカリと暇になって、テレビとPC漬けだったのだが、 どこもかしこも藤原紀香と陣内智則の離婚と、WBC優勝のニュースばかり。 暇に任せてちょっと一言。(長い一言…) 藤原紀香と陣内智則の離婚。 まず、どちらの両親もメディアにコメントが出ているのはなんだ? なんで40も近いような大人の問題に親が出てくるんだ? 「二人の問題ですから、二人の判断にまかせます」でいいんじゃないの? 陣内一人の会見も、なんだよそりゃ~って感じだ。 二人揃って離婚会見なんてする必要ないけど、、 陣内が全部悪いみたいなあの感じ、ウソ臭い。ウソ臭すぎる。 藤原紀香にも原因があるでしょう。 結婚は一人じゃできないんだから。 当事者同士にしかわからないことなんだろうから、全部説明する必要なんてないけど、 あまりにもウソ臭くて苛ついてしまった。 私の勝手な意見だけど、この離婚には紀香側に大きく原因があると思う。 結婚した時に紀香が、「陣内さんについて行きます」「お供します」 みたいなこと言ってたけど…なんじゃそれ!って思った。 女は3歩下がって…的な物言い。 なんか猛烈に白々しかった。 容姿を磨く努力も、年下で格下と言われる男との結婚も、 彼女の理想に近づくための手段。 私の想像だけど、紀香は自分のような容姿端麗でしっかりしている「いいオンナ」が 「男として立てる」ことで、陣内を誰からも一目置かれる「いいオトコ」に仕立てて、 夫として自分のそばに置きたかったんじゃないかな。 そうすることで自分の「いいオンナ」度も上がる、ってね。 彼女の思い描く理想の姿が圧倒的で、思い通りにならなかったから離婚。 もちろん陣内の浮気はダメだと思うけど、紀香のベタに「男を立てる」的なやり方が、 陣内に勘違いさせた面があるんじゃないだろうか、なーんて思っちゃう。 なんだか、たっぷりジェンダーバイアスかかっちゃってる感じ。 そこからして、彼女はかなりズレちゃってるんじゃないかな。 せっかく持って生まれた容姿の美しさや、努力家な気質を ムダにしちゃってる気がする。 藤原紀香がイマイチ一流になりそこねている原因は、どこかウソ臭いからだ。 まったく個性の見えない人だと思う。 頑張ってるんだろうけど、なんか彼女の価値観じゃないところで戦ってる感じ。 だから魅力を感じないのだ。 別に彼女を嫌いなわけではなくて、ただただもったいないよなぁ、と思う。 せっかく能力のある女性なんだろうに、もっと別の生き方があるだろうに…って。 すんごい上から目線だけど(笑)
2009年03月24日
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今日は年中のメイの懇談会だった。 (久々にメイの話(^_^;))一年間を振り返りつつ、先生や保護者の方々のコメントを聞き、なかなか面白かった。 先生は勤め始めて4年目にして、初めて一人でクラスを受けもったことあり、 いろいろと思いのこもった話をして下さって、改めてありがたさを感じる。 5歳児30人相手に一人…それだけでも本当に感謝感謝!だ。 先生の話の中で、つい先日、ある男の子が些細な事で激怒して、 先生に食って掛かってきた、というのがあった。 「先生なんて出て行け!」と、どうにも騒いで手におえないので、試しに 「わかった。それなら先生はもう、お隣のクラスの先生になります!」と タンカを切って出て行ったそうだ。 2人の子どもが、それを聞いて泣き出した。(先生行かないで~、って) 出て行ったあとは、子ども達の何人かが入れ替わり立ち替わり 隣のクラスに行ってしまった先生の様子を、心配そうにチラチラ見に来る。 数分して、ほとぼりが冷めたかと思って教室に戻ってみると、 なんとクラスの大半がワーワーと大声をあげて泣いていたと言う。 先生はそれを見て思わず感動して、自分も号泣してしまったらしい。 (怒っていた男の子も、結局気が済んだらしい) まぁ、なんとも微笑ましい話だが、うちのメイはどうしてたんだ? そういう集団的な感傷ムードに流される一面もあるのだろうか…? さっそく夜、お風呂に入っている時にその話をして、 「メイは泣いたの?」と聞いてみた。 「泣かないよ?皆が泣いてるの見てた。 ○○くんの泣いてる顔が面白かった(≧∇≦)メイはね、ちょっとのことでは泣かないの。(ウソつけ!) なんで皆あんなことで泣くのかわかんない」 なんと彼女は、泣かずにいた数人の子と、先生がいなくなったから、 次は誰が先生になるか相談していたという。 「先生になるのはね、○○ちゃんか、○○ちゃんか、 ○○ちゃんか(全部女の子かい!)、あとメイも言われたんだよね」 心なしか嬉しそう。 自分が怒られたわけじゃないし、 先生がいなくなった事はぜんぜん淋しくなかったそうだ…。 (先生ごめんね~(^_^;)先生のことは好きだそうです) ナイス次女! さすがだぜ。 長女サツキが同じ場面に遭遇してたら、間違いなくつられ泣きしてるタイプ まぁそれもカワイイっちゃぁカワイイが…う~ん。(実は私もそのタイプだけど) ワガママ・自己中で、自分のことではすぐ泣く次女だが、雰囲気に流されず、 あくまでも自分の感覚に正直なところは、ある意味尊敬に値する。彼女は彼女の基準で喜んだり、悲しんだりする。時に非情だし、こちらの思い通りにはならないが、 その分諦めもついて楽に見守れるのだ。 年少の頃はあんなに嫌がっていた幼稚園も、 好きな男の子ができたとたん、嬉々として通うようになった。 相手の男の子はめちゃモテで、ライバルが掃いて捨てるほどいるらしいのだが、 そんなことはぜんぜんおかまいなしな様子。 毎日ウハウハ! 写真見てニヤニヤ! あくまでも自分の気持ちが大事っつーことだ。 彼女はそれこそ寝返りも打てない頃から、何も変わってないのだ。 まわりは振り回されるが、とても羨ましい。 夫がまさにこのタイプだと思う。こういうタイプって、間違えると単なる自己中心的でヒドイやつになると思うけど、きちんと大事なところを押さえて育てて行けば、とても幸せな人生を送れるんじゃないかと思う。いろんな制約のある中で、それでもなんとか自分の気持ちに正直に生きることって大事だと思う。KYなんて言葉が流行る時代だけど、そんなものばかり気にして自分に嘘付くなんて、いったい何のために生きてるんだろうか。自分にこそ聞いてみたい(笑)友だちが、長島(元監督)さんは『AKY』=敢えて空気を読まない、と言っていた。大物になるには、この気質が欠かせないのかも。次女よ、これからもゴーング・マイウェイで痛快にいっとくれ~!母も応援します。
2009年03月19日
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先ほどの話。子ども達を布団に入れた直後、サツキの友だち、ミドリちゃんのママ・ルウコさんが「ピンポーン」とうちにやってきた。(同じマンションの2軒隣)ルウコさんは私の数少ないママ友で、普段から親子共々仲良くさせてもらっている人だ。ざっくばらんだが決しておおざっぱではなく、交友関係も驚くほど多くてなんとなくまわりから一目置かれている人だと思う。ママ付き合いの苦手な私にとっては、唯一の情報源にもなってくれている人だ。ミドリちゃんとサツキは毎日お互いの家に入り浸っているが、決してベッタリしているわけでもなく、気の置けない幼なじみ、といった感じだ。私は女の子特有の媚びたところのないミドリちゃんをすごく気に入っていて、ミドリちゃんもサツキがいなくても私と遊びに来るくらいだ。そんで、ルウコさんが夜遅くにうちに来て、「ちょっとサツキと話させてもらっていい~?それからヒバちゃんに話すね」と言って、今日サツキとミドリちゃんが他数人と一緒に遊んでいたA君について聞いてきた。ルウコさん「今日さ、サツキ遊んでる時、A君のお腹蹴った?」サツキ 「…うん」ルウコさん「そっか。どういう時に蹴っちゃったかな? A君が家に帰った後、ミドリやサツキに叩かれたり蹴られて、 お腹が痛いって言ってるんだって。」どうやらそれを聞いたA君のママが、あまりにA君が訴えるので、知り合いだったルウコさんに直接電話してきたらしい。サツキに蹴られたみぞおちが一番痛かった!今も痛い!と母親に訴えたA君。サツキが空手をやっている子だというのも気になるらしい。(実際は1年前に、あまりに弱っちくてやめてるけど…)ルウコさんには「わかった。ちょっとサツキと話をして、それからA君のところに連絡させてもらうね」と言い、後でサツキにじっくり話を聞いてみた。すると、そうなったのにはもちろん、些細な事ながらサツキなりの理由があり、どっちに非があるかというと…そんなん知るか!って感じ(笑)なんて言うか…コミュニケーション不足?(^_^;)A君は自分に都合の悪い話は一切母親にしていなかったようだ。最初に自分がサツキを引っ張って転ばせた事や、自分も叩いたり蹴り返したことも。おまけにその後も普通に遊んでいたことも。A君も笑っていたので、サツキもミドリちゃんも深くは考えていなかったようだ。もー本当にバカバカしいのだが、サツキが蹴ったのは事実だし、それが痛いと言われれば、そりゃぁサツキが悪い。あちらの親に出てこられては「子どものケンカなんて放っておけ!」とも言えず。子ども同士で直接話をさせたいと思ったが、わざわざこちらから出向いて行くのも大げさになるし、向こうの親御さんもそこまで望んでいないとのこと。(それじゃどうしたかったんだろう?)サツキはどうしたいか聞いてみると、「蹴っちゃった事をあやまりたい」と言っているので、明日学校に行ったら自分でA君にあやまることを約束した。そして、とりあえず私はA君ママに電話。サツキがA君を蹴っちゃった事をあやまり、家でもきちんと話し合います、言った上で、子どもの言い分には食い違いがあることも伝えた。向こうもなんとなくわかっていたようで、たぶん理解してもらえたと思う。今回はあちらが男の子ということで、ジェンダーが有利になったかな(笑)まぁ、そうやって親に訴える子は大抵、自分に都合の悪い事は言わないもんだ。親に自分の悔しい気持ちを理解して欲しいが為に、大げさになったりウソもついたりする。それを100%信じちゃうか、それとも子どもの気持ちをちゃんと見抜いてあげられるかって、すごく難しいと思う。私もあんまり自信がないけど、子どものことを考えたらやっぱり冷静になるしかない。子どものケンカ、泣いたもん勝ちにならないようにしないと。それぞれにそれぞれの理由がある。どちらかが100%悪いなんて、めったにあり得ない。それにしても、娘の男の子に対する暴力で頭を悩ます日が来るとは。夫と思わず笑ってしまった。聞けば夫もサツキと同じ年頃に、生意気な女の子を口で言い負かして泣かせた事があったとか。あんまりその子が泣くもんで親が動いて、結局首根っこつかまれて謝りに行かされたそうだ。血は争えない、ってやつか?!( ̄Д ̄;)
2009年03月16日
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この土日、サツキが4月からお世話になる里親さんのお宅に家族でご挨拶に伺って来た。電車を乗り継ぎ、新幹線も利用し4時間ちょっと。やっぱり遠いなぁ…。東京ではすっかり見ることのなくなった雪がたくさんで、子ども達は大喜び。(それでも例年の半分以下だというが)2日間とも、ヒマを見つけるとすぐに外で雪遊びをしていた。里親さんちの高校生のお兄ちゃんがとても優しい子で、寒い中ずっと娘たちと遊んでくれた。5歳のメイまでが「帰りたくない」と言い出す始末だ。サツキはわかるけど、わがままで甘ったれなメイまで、4年後には山村留学すると言い出すのかな。サツキは傍目には淡々としていて、緊張している風でもなかった。まったく、いったい何を考えているんだか。挨拶やら転校やら引っ越しやら、こっちは『山村留学親の会』みたいなのにも参加するハメになって、そういうの苦手なのに…ふぅ。里親さんはまだ若いご夫婦(30代)と旦那さんのお母さんで、実直で優しそうな方達だった。昔の隣組のような、地元住民の共同意識が強い土地柄で、子どもの数が少ない事もあるがどこのお宅のお父さんも一度はPTA会長の経験があるようだ。サツキもきっとすぐに地元の方たちに覚えてもらって、声をかけてもらえるようになるだろう。学校で山村留学協力会の会長さん、校長先生、教頭先生、里親会の代表の方、里親さん、そして私たち夫婦が揃って契約を交わし、学校見学もさせて頂いた。まわりの環境は(まだ雪だらけでよくわからないが)田んぼや自然だけ!という感じで、子どもにとっては申し分ないと思う。里親さんのお宅ではたくさんの料理でもてなして下さって、調子に乗ってお酒まで飲んでいろいろと話したが、正直私は、サツキが本当にここに一人でやってくるのかと思うと実感が湧かず、落ち着かない気分だった。里親さんたちは良い人そうだし、想像力を働かせて遊ぶにはもってこいの場所だし、きっとサツキにとってここで過ごす一年はいい経験になるだろうけど、それでも私は不安。というか、不安だらけだった。契約内容に「万が一の事があっても、里親と協力会には一切責任を問わない」というのがあった。もちろん、そんなことのないように充分注意してくれるとは思うが、それでも万が一のことはいつ起きるかわからない。それは私のところで生活していても同じだけど…。もしもそんなことがあったらって、どうしても考えてしまう。通学路になる道を歩きながら、もしここでサツキが交通事故に合ってしまったら…人通りも少ないし、急に知らない車に連れ込まれてしまったら…後悔してもしきれない。そんなことばかり考えてしまう。不安の中身を突き詰めて考えてみれば、結局はそこなんだと思う。夫も、そしてどの親でもそれは当たり前に思うことだ。まぁ考えても仕方のないことで、日頃から言い聞かせるしかないよね。こればっかりは。子どもを産んでしまった以上、失うことへの不安は一生付きまとう。人間関係や思い通りに行かない事では、考えてみればどんどん悩んでくれて結構だし、一人の部屋で寝る淋しさもいいと思う。心配は心配だけど、そういうサツキの辛さがそばで見れない事は、私にとってもサツキにとっても、きっとラッキーだ。私はすぐに同調してあれこれ干渉してしまうから!そばにいると余計な不安にかられて、ついつい口出ししてしまうダメな母親。こうなったらベッタリ密着母娘は一旦解消して、サツキはサツキを、私は私を頑張る一年にしよう。身を引き裂かれるような思いは幻だ。私たちは最初から別なんだから。と、心を無視して書いておくとする(笑)今日、学校で三学期に習った漢字のまとめテストがあると言って、サツキは夕食前後に復習していた。私も付き合って問題を出したりしてたんだけど、何十個もの漢字をスラスラ書いて行く姿を見ていて、ちょっと感動してしまった。ちょっと前まで私のおっぱいにしがみついて、私がいなければ何にもできなかったくせに!(笑)
2009年03月10日
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この時期はいつもこうだった気がするが、やっぱり今年は特別に忙しい。毎年そんなふうに思って焦る時期なんだよな。忙しい、忙しい、忙しい…と気ばかり焦って落ち着かない。でも今年はやっぱり特別だ。イレギュラーな用事に追われるだけならいつもと同じだけど、今年は長女サツキ(今年4年生)が、4月から東北地方の小学校に山村留学することになった。もちろん、親元を離れて一人で行くのだ。その準備も大変だけど、ようするに私の心が、忙しさとは別のところで忙しいのだ。未だに「本当に行かせて良いのか?」と悩んでいるのが本音だが、そんな思いとはウラハラにどんどん話が進んでいく。今週末は里親になるお宅に家族で伺い、一泊させていただくことになっている。発端は昨年の夏休みに行った短期留学(5日間の山村ホームステイ)に参加した事。サツキは普通のお宅に子どもだけで泊めてもらい、プチ田舎生活をしてきたのだ。現地の小学生たちとの交流もあり、楽しかったので長期留学もやってみたいと言い出した。サツキの学校は一クラス30人前後で3クラス、全学年だと500人以上の規模なのに比べ、留学先の学校は全校生徒が35人だという。人数が少な過ぎて、2学年を一人の先生が受け持って授業している。と言っても、勉強については正直どうでもいいというか、あまり気にならない。サツキは器用なので、なんとかソツなくやるだろう。友だちもあっという間にできるだろう。問題は、最長で1年間という長期にわたって家族と離れて暮らすということだ。一応一学期ごとの契約更新となっているが、20年近いこの山村留学の歴史ではほとんどの子が一年を過ごしたという。サツキもたぶん、行けばそうなるだろう。当の本人はいたって能天気に「楽しそうだから行く!」という感じ。自然がいっぱいあるし、転校生は目立つし、というあまりにも幼い理由だ。説明会で「あっちの子どもは太陽が山に沈むまで外で遊ぶんだよ」と聞いて、目がキラキラしちゃってた。私たちが住んでいるところは住宅がひしめいて、本当の自然は探してもなかなか見つからないようなところだ。子どもは皆、習い事をしているのが当たり前で、3つ4つ掛け持ちの子はまったく珍しくない。(サツキも3つしてる。ピアノ・体操・水泳)遊びたい友だちと予定が合わなかったり、みんなゲーム持参だったり、遊ぶ場所もとても限られている。夫は自分が小学生の頃は、毎年長野の伯父の家に夏休み中居候していたそうで、その時の経験がすごく印象に残っているという。だからきっとサツキには良い経験になるとすんなり賛成し、渋る義両親も説得した。私は?私は…うーん、サツキが自分の気持ちに素直で単純なうちに、いろんなことを経験させてあげたい。あれもこれも失敗したらどうしようと、考えすぎて何もできない子にはなって欲しくない。だから行かせてあげるのがいい、と思ってる。でも10歳って、本当の意味で子どもと大人の境目じゃないかって思う。いつまでも子どもではいられないって、おぼろげながらにわかる年頃だと思う。きっとサツキにも、いろんな変化・成長がある年になると思う。だからこそ、この大切な時期に親が見守れない環境でいいのか?そうでなくたって、親子が離れて生活するってどうなんだろう?でもサツキはきっと行ってしまえば楽しいだろうし、いろんな人と関って、自分で考えるだろう。子どもは親がおもうよりずっと順応力が高くてタフだ。サツキは自分で選んで行くのだから、プラスになることの方が多いに違いない。結局、私は淋しいんだと思う。サツキがそばにいないなんて、考えただけでも身を裂かれるような気持ちだ。この話が具体的になってきてから、夜中布団に入ってもなかなか寝付けない。不安で不安で淋しい。私はずっと自分でもわかってたつもりだけど、サツキを一人の人間というよりも、自分のことのように思い込んでしまっているんだと思う。サツキが生まれてからずっと、そういうのは危険だと自分に言い聞かせるようにしてきたつもりだし、夫に言われてムカっとしつつも認めて、なんとかしなくてはと思ってきた。頭でわかっていても難しくて、彼女が成長するたびに、嬉しいのと同じくらい淋しい気持ちを、少しずつ少しずつ乗り越えて来た。夫は「サツキよりヒバちゃんの方が問題なんじゃない?」と言っていたけど、その通りだと思う。私のサツキへの思い入れは、ある意味病的かもしれない。自覚があるから踏ん張ってなんとかやってるけど、これから思春期を向かえることを考えると、この山村留学は良いワンクッションになるかもしれない。私とサツキの間のワンクッション。とりあえず、今週末は現地を自分の目で見て、里親さんといろいろ話してみようと思う。まぁそんなわけで、長くなったけど…今年はそれにしてもイレギュラーな予定が多い。その山村留学の手続き(転校・転居・荷物・お金の問題等々)、それまでにサツキの歯の治療を済ませたり、懇談会やら保護者会やら、3~4月は法事が2回、結婚式が2回(どれも遠方!)義両親との旅行、年度末の幼稚園行事のお手伝い、サツキのピアノ発表会、通ってる吊り雛教室の展覧会出品、来年度からまた別の新しい学習会の代表になっちまったよ!…等々、そこに花粉症が追い打ちをかける…それにしたって、4月に結婚式はやめてくれと言いたくなる(^_^;)ご祝儀の出費は仕方ないけど、家族全員の着るもの考えるだけでもゲッソリ(´Д`)サツキのフォーマル靴、去年買ったばかりなのにもう履けないし!私の着物着付けはどこでやるの?いくらかかるかなぁ~現地までの交通は、新幹線か、高速道路か…夫は夫で忙しくて、まっったくあてにならない。ただでさえ忙しいこの時期に、そんなことを考える余裕はないのだ。読みたい本やDVDも相変わらず山積み。弟が『江頭2:50のピーピーピーするぞ!』を貸してくれた。早くみたい!“江頭2:50のピーピーピーするぞ!始末書覚悟の逆修正バージョン DVD ASBY-4115 江頭2:50のピーピーピーするぞ!(2)逆修正バージョン~ノークレーム・ノーリターン~やばい!朝までに一冊読破しないと……明日は読書会だった……
2009年03月04日
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母には14歳年の離れた兄がいて(私の伯父)、ごくごく軽い知的障害がある。温厚な性格だが人とのコミュニケーションが上手くなく、私が生まれる前に両親を亡くした母は、結婚してもずっと一緒に暮らして世話してきた。伯父は大学病院の掃除夫として働いていたこともあったが、今から20年ほど前に体調を崩して以来、ほとんど隠居生活をしていた。一昨年の10月頃に倒れてからは、どんどん体力がなくなり、70歳になった去年は介護認定を受け、肺や気管支が弱く、誤飲の危険から経口チューブの流動食になり、10月には胃ろう(胃に直接チューブを差し込んでの流動食)になった。流動食になってからは毎食に2時間かかり、目も離せなくなり、デイサービスも利用しながら母がつきっきりの介護となった。もともと痩せている体はますます痩せて、母は養育里親業と介護に追われるようになり、私も見るに見かねて夏にヘルパ-2級の資格を取り、頻繁に実家へ通うようになった。母方の親戚は事情でほとんど絶縁状態なので、母にとって伯父は、夫と子ども以外の唯一の肉親。金銭的にも余裕のない中、必死に世話してきたのは、一緒に暮らしていたからよくわかる。年末にその伯父がまた倒れ、救急車で担ぎ込まれて入院し、何度も危なくなりつつ、なんとかその度に持ち直してきたのだが、昨夜とうとう亡くなってしまった。夜の11時半頃に母から電話で「危ないみたいなので、できたら来て」と言われて、夫に子どもをまかせて車をかっ飛ばしたが、死に目には残念ながら会えなかった。伯父の遺体のそばには、父母と里子のチビタ(14歳)が座っており、チビタと母は泣いていた。いつもぼーっとしていて、耳もほとんど聞こえなくて、存在感の薄い伯父だったが、それでも私が小学生の頃には、よく弟と一緒に新宿まで映画を見に連れて行ってもらったり、話しかけるとニコニコと嬉しそうに答えてくれたり、結婚してからは、私の娘たちをかわいがってくれた。いつも実家に遊びに行くと、ソファに座って水戸黄門や映画をウトウトしながら見ていて、膝の上には20歳になるネコがいつも丸くなっていた。あの当たり前の光景が、もう見られないんだなーーー。ここ2ヶ月の伯父はとにかく苦しそうで、意識があれば痛がって、なければ朦朧としていて、とにかく辛そうだった。治る見込みはなく、緩やかにロウソクの火が消えていくように弱っていくのがわかった。病院の看護士さんたちも本当に良くして下さり、母も毎日通って何時間も付き添っていたが、転院を促されていて、行く宛もなく、金銭的にも精神的にも辛そうだった。そんな状況だったので、伯父は亡くなったけど、あの辛さから解放されて、楽になれのではと思う。母もやるだけのことはやったので、今は辛くてもたぶん大丈夫だと思う。そのまま深夜、私は先に実家に帰り、部屋を片付け受け入れの準備をし、父母と伯父が帰宅してからは、葬儀屋との打ち合わせや細かい手配を相談したりで、夕方になってやっと自分のうちに帰って来た。外とはあまり付き合いのない伯父だったので、葬儀は身内のみでささやかにすることになった。明日通夜、明後日が葬式。今日は猛烈に疲れたが、なんだか眠れずPCに向かっている。
2009年02月19日
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書きたい思いは山ほどあるのだが、いざ書くとなるとなんだか難しい。ボチボチとやっていこうと思う。昨日観た映画。 中古》【DVD】となり町戦争邦画『となり町戦争』2006/日本原作はまだ読んでないけどこちら↓となり町戦争ある日、突然にとなり町との戦争がはじまった。だが、銃声も聞こえず、目に見える流血もなく、人々は平穏な日常を送っていた。それでも、町の広報紙に発表される戦死者数は静かに増え続ける。そんな戦争に現実感を抱けずにいた「僕」に、町役場から一通の任命書が届いた…。(楽天ブックスより)登場人物も少なくて、ハデな戦闘シーンもまったくなくてごく日常的な生活の場面が多かったのに、なんだかやたらと恐い映画だった…。第二次世界大戦以後、世界に戦争がなかった時期は1年もないという。そう考えると戦争って人間世界にとって、とても日常的なことだ。毎日報道で見る戦争はいつも別世界の話で、ぜんぜん現実感がないし、自分にはぜんぜん関係ないこととして暮らしていけるけど、ちゃんと考えれば自分だって確実に戦争と関係している。自分や大切な人が当事者になってみないとその恐ろしさ、不条理さがわからないってのは本当に恐いことだ。なんて、小学生みたいな感想文になっちゃうけど…この映画、やたらにリアルで本当に恐かった。見ようとしてないだけで、自分の今いる現実も同じだってことを突きつけられる。ところでこの映画には瑛太が出てるんだけど、昨日は偶然、瑛太が出る作品を立て続けに見た。ドラマ『ヴォイス~命なき者の声~』(フジテレビ)『嫌われ松子の一生』そしてこの『となり町戦争』あんまりハンサムじゃなし、ピンとこないんだけど、すごい人気あるんだよなぁ。なんでだろうなぁ。
2009年02月13日
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最近読んだ本、見た映画の覚え書き…………………………………『歌う船』アン・マキャフリー
2009年01月10日
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【ポイント5倍★29日am9:59迄】崖の上のポニョ サウンドトラック/久石譲[CD] ←歌は本当にかわいいね!先日、家族で観てきた。 観る前は「見たくない!」と大騒ぎだった4歳のメイも、 見始めたら、楽しそうに最後まで集中していた。 これはとても珍しい。 1時間を超える映画では、はじめてじゃないかな。いつもモジモジして落ち着かないサツキも、今回は見入っていたようだ。 私はといえば、…映画の間中、なぜか涙がとまらなくてびっくりした。 映画のストーリーや設定、理屈なんかをいちいち考えると 「???」ってなっちゃうんだけど、 そういうことをすべて、頭のどこかぼんやりしたところでとらえて観ると、 どわ~っと何かが込み上げてくる。 「不可解だ」とか「テーマがわかりにくい」とも言われてるみたいだけど、そもそもそういうことを楽しむように作られた作品じゃないような気がする。あれはなんだったんだろうな?うまく説明できないけど、ストン、っと映画の中に入り込んでいた。いろいろ前情報がなかったのも良かったのかな。とても心地よい感じだった。すべて手描きというのも、懐かしさも手伝ってか、私はとても好きだ。 あの手触りが柔らかく温かい感じのおかげで、 映画の世界観にすんなり入り込めた気がする。たとえば、主人公そうすけの母親リサが、台所で料理をするシーン。アニメにありがちな動かない背景と、動く人物の違和感がまったくなかった。ちょっと歪んだ線で描かれた台所に、リサの動きがとても生き生きして見えた。内容ははネタバレになるので書かないけど、登場人物の細かい動きや感情表現が、不思議な感じにリアルなところはさすが宮崎アニメって感じ。私の期待は裏切られなかった。あ、ただ、主人公そうすけは、ちょっと素直過ぎ、いい子過ぎな気もしたけど…同じ5歳なら、トトロのメイの方が「あー、いるいる」って感じかも。わからん。私の周りにそうすけみたいな子がいないだけかも…(;^ω^A
2008年07月27日
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今朝、洗面所で顔を洗っていたら、サツキがむちゃくちゃに泣きながら起きてきた。びっくりして抱っこして(26キロ!)トントン背中をたたいたりなでたりしてやったが、しばらく泣き止まない。たぶん恐い夢でも見たのだろう。ソファに座ってヨシヨシしつつ、あー、顔に早く化粧水付けないとひからびる~(^^;)と思っていた。落ち着いたようなので、化粧水をつけに洗面所へ移動し、そのまま朝の準備をバタバタと。ふと見ると、ソファでまた泣いている。涙が止まらないようだ。「あのね…学校から帰ったらママがいなくて…仕方ないからメイの幼稚園のお迎えに行って、それで帰ってきてもママがいなくて、お手紙が置いてあったのを読んだら、ママが死んじゃったって…(また泣く)」たぶん、一昨日見た『ホームレス中学生(ドラマ)』のせいだろう。3人で見たのだ。メイはとにかく泣きまくりで大変な騒ぎで、見ていて笑えるほどだった。すぐに感情移入してしまうようで、泣きっぷりが良くて(?)面白い。わがままとも言うが、感情をストレートに出せるメイ。こういうタイプはいろんな意味で、心配ないような気がする。サツキも泣くには泣くのだが、「感動しちゃった~」とか「泣いちゃったっ☆」などのセリフ付きで、どこか他人の目を気にしていて、いつもなんだかわざとらしい。感動しても悲しくても、「感動している自分」や「悲しんでる自分」を意識してしまうようで、かなり面倒なタイプだ。(それで、わかりやすいのが好きな夫や義父からかわいがられないんだよね…)朝からびっくりしたけど、無意識の夢の中で素直に感情を出す事ができたのは良かったな。こういう泣き方の時の涙は、体の中のモヤモヤしたものを体の外に流してくれるものだ。私が死んだってのが、ちょっとアレだけど(^×^;)
2008年07月15日
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うちの辺りでは、小学生は3年生から一人で自転車に乗ってもいいというルールがある。(皆がなんとなく言っているだけで、具体的に学校から指示されたわけではないが。)長女のサツキも今年で3年生になり、7月が誕生月ということもあって、プレゼントは自転車になった。先日の土曜日に家族で自転車屋に行き、あれこれ試乗させてもらって彼女が決めたのは、24インチの水色の自転車。ピカピカの自転車をさっそく道路で乗りたいというので、帰宅早々、二人で近所の線路沿いの道を散歩に出かけた。見通しの良い一本道なので、「あの端の踏切まで行って、帰っておいで。後ろからの車に注意してよ。」と、一人で走らせた。ちょっとした上り坂なので、ギアをガチャガチャと変えながら、えっちらおっちら進んで行く。登り切ったところからはぐんぐんスピードを出して、見る間に遠ざかって行ってしまった。ずっと遠くの踏切でUターンすると、今度はどんどんこちらに向かって大きくなってくる。顔が見えるところまで来ると、ニコニコ笑っているのが見える。すごく嬉しそうだ。「今度は、大通りまでグルっと一人で回って、ここに戻っておいで」と言うと、また嬉しそうにのろりのろりと坂を登り、角を曲がって見えなくなった。距離にしてわずか400メートルくらいだが、娘の姿が見えなくなると、とたんに不安になる。道路の真ん中を走ってないかとか、横から出てきた車に驚いて転んでないかとか。娘は私から離れて行くスピードが、だんだん早くなり、遠くなっていく。あっと言う間に、見えないところにいってしまうようになりつつある。今はまだ、何も(事故など)なければ必ず私のところに戻ってくるけど、いつかは、完全に離れていくんだなと思う。考えるだけで淋しい。本当に、淋しい。断乳した時や、保育園に初めて預けた時、小学校に通うようになった時にも、こんなふうに淋しさを感じたけど、まだこの先にもあるんだろうな。今年で9歳。来年で10歳。ますます体も、心も大きくなる。子どもって、どんどん遠くに行っちゃうんだな。大通りを走って、娘がまた角を曲がって戻ってくる。なんとなく得意気な様子。「ちゃんと渡る時は、止まって右左見たよ!」あまりにも不十分な母で、悪いなぁって思う。でもこんなに淋しく、幸せな気持ちにさせてくれる娘に、心から感謝してる。
2008年07月07日
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『西の魔女が死んだ』梨木香歩/新潮社/2001水曜日は映画館のレディース・デー。(女性は千円)ここ数ヶ月は、月に一度はかならず水曜日に映画を観に行くようになった。と言っても、子ども達が帰ってくるまでに帰宅しなくてはならないから、近場のシネコンしか行けない。単館や少数館上映で気になる作品は観れないが、昼間から映画を観れるのだから贅沢な悩みか。『西の魔女が死んだ』の原作小説は、ものすごく忙しい時期にある書評で知り、無事仕事が終わったら読もうと思い購入。しかしいざ読もうと思ったら、なんと3冊も買っていたことが判明! 昔よく、忙しい母が忘れて同じ本を2冊買っていたのを「なにやってんの~」と笑っていたが、私も同じ事をしていた。しかも3冊も…!(苦笑)それはさておき映画は、舞台になった山の中の風景が美しく(ロケ地は軽井沢らしい)目に気持ちが良かった。サチ・パーカー(イギリス人のおばあちゃん役)の日本語が完璧でびっくり。基本的に映画は原作をそのまま映像にした感じだった。ただ、まい役の女の子の顔がどうしてもなじめず、最後まで違和感があった。演技力は悪くないと思うんだけどな…。ーーーーあらすじーーーー中学に進んでまもなく、どうしても学校へ足が向かなくなった少女まいは、季節が初夏へと移り変るひと月あまりを、西の魔女のもとで過した。西の魔女、つまり大好きなおばあちゃんから、まいは魔女の手ほどきを受けるのだが、魔女修行の肝心かなめは、何でも自分で決める、ということだった。喜びも希望も、もちろん幸せも…(楽天ブックスより)ーーーーーーーーーーーー私が一番印象に残ったところは、いつでもマイを肯定してくれて、「自分で決めることが大切」と言うおばあちゃんに、マイが「おばあちゃんはいつもわたしに自分で決めろと言うけれど、わたし、何だかいつもおばあちゃんの思う方向にうまく誘導されているような気がする」と言い返す場面。そして、仕事を辞めて家族揃って暮らす事を決めたママが、おばあちゃんに言った言葉。「私は私の人生を生きるし、おばあちゃんだからといって私にもマイにも自分の生き方を押し付けることはできないはずよ」 おばあちゃんがどんなに正しくても、おばあちゃんの生き方を真似ることが「自分で決めること」ではないと、ママもマイも言っている。それはおばあちゃんの望むところでありながら、なぜか淋しそうなおばあちゃんの心情が、苦しいくらい伝わってきて、切ない気持ちになる。登場人物が個々に抱える問題はあまり詳しく描かれていないので、そこが物足りないと言う人もいる。(例えばいじめについて。ママが働くことについて)でも私は、この物語はそれでいいような気がする。「自分で決めて生きていく」ことが、必ずしも大切な人と相容れるとは限らない。しかしそれでいいのだ、ということが、この物語のメッセージかなって思う。私も母に対して同じように思う事があるし、これから娘たちが成長すれば、きっと私もはがゆい思いをするのだろう。それでも大切な人。なんか切ないなぁ。それにしても、この映画のロケ地はとてもきれいだった。今の便利さも捨てがたいけど、できれば自然が豊かなところに住んでみたいな。せめてちょっとでもいいから、窓から緑が見えるようなところがいいなぁ。
2008年07月03日
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もともと私は怒りの沸点が低いのかもしれないが、それにしても最近、腹の立つ事が多い。一度ムカ!っとしている自分に気づくと、グルグルとそのことばかり考えている。ここで書いて怒りの理由を把握している時もあるが、なんだかそれも嫌になってしまった。ブログはしばらく封印することにする。
2008年04月28日
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山口県光市母子殺害事件・被告に死刑判決。この事件が起きた当時、私は結婚して夫と暮らし始めたばかりだった。妊娠6~7ヶ月で、毎日幸せで一杯。希望でいっぱい。こんなに幸せでいいのか?と思うほどだった。そんな時だったので、このニュースのことはよく覚えている。見も知らない土地で、見ず知らずの人の出来事だけど、遺族の本村さんは私と同い年だし、できたてホヤホヤの家族で、幸せで一杯な時だということが、本当によくわかったから。そのあと産まれた私の子どもも今では小学3年生になり、日々学校に遊びに大忙し。心配も尽きないけれど、毎日たくさんの喜びと希望を私たち夫婦に与えてくれている。子ども、そしてその子どものために夫婦で一緒に笑ったり泣いたりすることがどれだけ生きる力になるか、一度知ってしまったら、失うのは死ぬより辛い事かもしれない。私にとっては何にも代え難いこの9年という時間を、本村さんがどんな思いで過ごしていたかと思うと、想像するだけで胸が潰れてしまいそうだ。裁判の結果が出た今も、本村さんは「喜び」とはほど遠い場所にいる。本村さんが「どうすれば死刑のような残虐な判決を下さなくてもいい社会ができるのか」「3人の命を社会は見つめて欲しい」と言った会見の内容を読んで、私も一緒に考えなければと思う。『ツォツィ』2005/南アフリカ・イギリスアパルトヘイト後も続く南アフリカの過酷な現状と、未来への希望を見つめ、第78回アカデミー賞外国語映画賞を受賞。社会の底辺で暴力に明け暮れてきた少年が、生後間もない赤ん坊と出会ったことで人間性に目覚めてゆく姿を描く。(Yahoo!ムービーより)加害者である元少年のこと。人格形成の土台となる家庭、そしてその家族を作った社会を考えると、彼が死刑になったからと言って、問題が解決したとは到底思えない。上記の映画でも「犯罪を犯す人間」ではなく、「その人間を作った社会」の問題に目を向けることの重要性を訴えている。考えだすと問題は山積みで、途方に暮れてしまいそうだ。自分にできることはもちろん自分の子どもを大切に育てることだが、「我が子だけ大切に」ではまったく意味がない。つい「自分だけは、我が子だけは」と思ってしまう心と葛藤するのは、本当に難しい…。実家の両親(養育里親としての)の葛藤ぶりや、児童福祉施設で働いている末弟の話を聞くと、家族だけが人を育てるのではないと本当に思う。両親や兄弟はいるにこしたことはないけれど、もしいなくたって決して『ダメ』なわけじゃない。社会で補い合うことができる。日本は普通に暮らしていると、社会から取り残された人たちの事がまったく見えない。ないことになってしまっているような気がする。無知なことがそれを助長してしまう。知らない事の多すぎる自分が怖い。だから今回の事件の元少年のことも、私だって社会の一員として責任を感じなくてはいけないはずだ。せめて、無関心の怖さだけは忘れないよう、こうして時々自分に言い聞かせていきたい。
2008年04月23日
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昨日はメイの年中クラスの懇談会。同時に役員の選出…。はい、今日もグチになります(^^;)お決まりの自己紹介では「子どものここがかわいいなと思うところ」「自分(ママ)の趣味」をテーマにそれぞれ一人ずつ話し、それなりに盛り上がって面白かったのだが。先生が「では、役員3人を決めたいと思います」と言ってからが、案の定。今年のクラスは前回の役員が多く、年季の入ったお母さん(上が中学生とか)も多く、私も含めて今までに役員やバザー係を経験してきた人もとても多かった。おのずとやるべき人は限られてくるのだが…まず「下の子が小さいから」は理由に成らず。ここの幼稚園は子どもが3人、4人はざらで、子だくさんの家庭が多いので、皆小さい子を抱えながらやっているのだ。実際、私もメイが1~2歳で役員を経験した。「仕事をしているから」これも理由に成らず。月に1度の役員会に出れない仕事をしているママは、幼稚園にほとんどいないはず。もしフルで働いていても、それは自分が選んだ事だよね…役員をすでに経験して、「今年はフルで働こう」と思っている人もいるのにさ。役員を逃れる理由なんて、妊娠していて今年出産するとか、産んだばかりとか、老人介護でつきっきりとか、もしくは自分が病気でそれどころじゃないって人くらいだ。結局、「物理的・状況的にはできるけどやらない。やりたくない」人が残る。役員経験者はもちろん「やってない人がやってよ」と思ってる。トーゼン。いや~な空気が流れる30分間。結局、1歳になったばかりの子を抱えた人が2人、「お兄ちゃんが来年高校受験だから、やるなら今年で…」という年配のお母さんが1人、なんとか立候補という形で決まった。仕事はそれなりに大変だし、共同作業なので、まったくやる気のない人がやるとトラブルになるのは目に見えている。くじ引きで決まらず本当によかった。立候補してくれればなおさら、協力を惜しまないでいられるってもんだ。それにしても。次から次へと言い訳ばかりしている人や、だんまりを決め込んでうつむいている人、明らかにできるのにやらない人たち。できる範囲でやるのは、子どもを持ったなら義務じゃんか。こういう人たちって、やってる人に対しても感謝の気持ちがなかったりする。まぁ、やってないから大変さがわからないんだろうけど。子ども同士のことなんてお互い様だけど、こういう人の子どもが何かすると、どうしても厳しい目で見てしまう。(だからどうこうする、ってこともないが。)親と子は別だと頭ではわかっているけど、どうしても感情は反応してしまうものだ。これが現実だ。でもこれって偏見か?親の周囲との関わり方が、良くも悪くも子どもの人間関係には大きく影響する。具体的に影響するのもあるし、そういう親の姿を見る事が、子どもの心にも影響する。まぁ、いろんな人がいるのは仕方ないんだろうな…。こんなのグチってるのは時間のムダな気もするし。いやいやしかし、どうにも腑に落ちず、腹立ちが治まらないのである。
2008年04月17日
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金曜に学校で熱が出て、お迎え早退になったサツキ。あごのリンパも痛いと言う。そのまま病院に行ったが、おたふくではないとのこと。抗生剤もらって、土日ゆっくり自宅で過ごさせたのだが、結局月曜も熱が下がらずお休み。新学期の疲れが早々に出たのか?リンパの風邪も流行っているらしい。ようやく今日、登校。3日間家に閉じこもっていたのもあるのだろうが、下校後なんだかイライラしている様子。無意味にソファでジタバタ暴れ、めずらしく不機嫌さを露骨にアピールしている。学校はそこそこ面白かったらしいのだが、なんとなくストレスが溜まってるようだ。きっと口では説明できないような、いろんなことがサツキの心の中をかけめぐってるんだろうな。「どうすればスッキリしそう?」と聞くと、「大声を出したらスッキリするかも」と言うので、夕方からメイと3人で近所のカラオケボックスに行ってきた。たった1時間だけど、大声張り上げて大好きな曲を何曲か歌って、帰りには少しスッキリしたようだ。イライラをアピールしても、「ママに邪険にされなかった」ことも大きいかな…(`▽´ゞ私も3曲ほど怒鳴るように歌って、なんだかスッキリ。やっぱり大声を出すって、気持ちいい。※今日のカラオケ代・280円ナリ。
2008年04月15日
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メイの幼稚園もやっと今日から始まった。4月中は慣らし保育で帰宅も早いが、それでもやっぱりホッとする。来週からは読書会の冊子作りに追われることになるだろう。溜まった作業が恐ろしい…( ̄_ ̄;)サツキ(3年生)の保護者会があった。先生は私と同世代か、ちょっと若いくらいの女の先生。ハキハキさっぱりした感じだが、「私って○○な人なんで~」って何度か言っていたのが気になる。例えば「私ってハッキリ物を言う人なんで~」みたいな。先手を打った言い訳に聞こえてしまうが…?ハッキリ言って良い事と悪い事、わかってますよね先生?な~んて意地悪く思ったりして。自分を「私って~な人なんでぇ~」と言う人って、なんかイヤなんだよね…。サツキも「先生ね、普段はですます調でしゃべるのに、怒る時はべらんめぇ調になるんだよ」と言っていた(笑)1・2年を担当してくれた先生があまりに素晴らしい先生だったので、私の中の基準が厳しくなってるかもな。先生、一年間よろしくです!ふー。とにかく4月に入ってから、サツキのことが漠然と心配。当の本人は楽しそうに通っているからいいんだけど。3年生あたりから『ギャングエイジ』と呼ばれる難しい年代に入るらしい。考えるとモクモクと、心に暗雲が垂れこめるようだ。かわいいかわいいサツキ。良いところを伸ばしてあげたいなぁ。
2008年04月10日
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春休みは短いけれど、毎日子どもが一緒だと長く感じる。いろいろとやりたい作業があるけれど、休み中は結局何もできなかった。毎日子どもを連れ出すので精一杯。やっと新学期が始まって、ホッ。(チビメイはまだだけど…(-"-;))今日は始業式と同時に、3年生になるサツキはクラス替えがあった。予想通り、前のクラスでいろいろあった5人組はバラバラに。と言っても3クラスしかないのでサツキは1人、あとは2人ずつに分かれた。先生もいろいろ考えたんだろうなぁ(笑)という感じ。春休み中にそのうちの1人、Yちゃんちに誘われて遊びに行ったのだが、思っていたよりも例のことで、私の中にわだかまりが残っていると痛感。あの問題の最初のきっかけは、Yちゃんが悪口の伝達をしてしまったことだが、それがどんどんこじれたのは、Yちゃんのママも同じように母親間で、八方美人的に振る舞ったからじゃないかと私は思っている。もちろんそれだけじゃないだろうけど…。人当たりが良く、優しい物腰のYちゃんママだけど、あっちでは私の悪口に同調し、こっちではこっちに同調し…。結果的にYちゃんママが、盲目的に我が子の言い分しか信じないMちゃんママを煽ったんじゃないかと思ってしまう。タチが悪いのは、具体的に相手が言っていた悪口を、皆の前で私に教えてくれたこと。「~~って言ってたわよ~(-、-)」って、その内容が悪意に満ちた解釈なのはわかりきっていて、私の人と成りを知っていれば、そんなこと信じないでいてくれると思うようなこと。それが一番ショックだった。知らなくてもいいことだった。誰のためにも。真に受けないように、真に受けないようにと必死になったが、辛かった。そんなこと伝えるより、私の知らないところで庇って欲しかった。私は騒動の相手となったMちゃんとMちゃんママのことを決して悪く言わなかったつもりだけど、Yちゃんママがどう受け取ったか…それもとても心配だ。結局もめた相手とはそりが合わないのだと割り切れたし、今もお互い普通に挨拶を交わしているが、Yちゃんママは信頼していた分、裏切られた気持ちだ。時間が経つほどにその思いが大きくなる。サツキの幼稚園時代から仲良くしてもらっていたんだけどなぁ。どうして私やサツキをかばってくれなかったのかな。心の中で、本当は私たちの事を嫌っていたのかなぁ。考えるほどに悲しくなってくる。表面上は今まで通りのおつきあいをさせてもらっているが、私は内心、YちゃんとYちゃんママをすごく警戒している。一番距離をおかなければいけないのは、こういう人なんだなぁと思う。悪意の伝達をする人。自分さえよければ良いと思っている人…とは言い過ぎか。本人に悪意はないのだろうし、一見良い人。だからこそやっかいだ。メンバーが変わっても人間関係の悩みは尽きない。子どもが大きくなるにつれ、問題も複雑になっていくことを考えると気が重い。でも一番イヤなのは、子どもの人間関係にこんなに神経質に反応してしまった自分。結局そういうことなんだと思う。子どもの成長する力を信じて、どっしり落ち着いて見守ってあげたい。私は片目つぶるくらいがちょうどいいんだろうな。
2008年04月07日
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一昨日の話。最近はミクシィでポツポツと日記を書いているのだが、そのミクシィで10年以上ぶりに中学時代の同級生と再会。もう一人、年末ばったり実家の近くで会い、年明けまた別のところでばったり会った、同じく中学の同級生と、3人で飲みに行った。同級生と言っても同じクラスだっただけで、それほどベッタリではなかった。卒業後も連絡を取り合っていたわけではなく、立場もそれぞれみんな違う。あまりに久々で会う前は緊張してしまったが、お酒も手伝ってけっこう盛り上がった。10年以上経っても、人って根っこのところはあまり変わらないんだなぁと思った。私はどうだろう。主に誰それはどうしているとか、誰と結婚したとか離婚したとか、そんな話が多かったと思う。あとは誰のことが好きだったとか、付き合ってたとか。話しながら、あまりに今の自分とかけ離れていた当時の自分が思い出されて、不思議な気分に。やっぱり私は変わったと思う。なんだかあの頃の自分が別人みたいに感じる。あーだこーだと話しながら、どこかまるで他人のことのように思えて変な感じだ。なーんにも知らなくて、でも知っている気でいて、自信に満ちあふれていて、嫌になるくらい大胆で、素直で、…とにかくすごくエネルギッシュだった。思春期ってすごいんだなぁ…と再確認。今や自分の思春期より娘の思春期の方が近くなっている。あのエネルギーの固まりと、はたして私は向き合っていけるんだろうか??大きな愛で見守ってあげられるのか?なんか冷や汗が出てくるぞ?!(笑)まぁ、楽しみでもあるけどね。
2008年03月31日
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昨日、年度末に幼稚園の先生に差し上げるアルバム作りの制作会議をメンバーの自宅でやった。基本はクラス役員の仕事で、私が役員だった時には役員のみで作った。今回の役員さんはこういう制作があまり得意でないらしく、手伝ってくれる人がいたらお願いしますとのことだったので、私とワオちゃんママが手伝うことにしたのだ。しかし、この制作作業が本当に進まない…確かに会議後のランチやおしゃべりは楽しいが、仕事があまりにも進まないのにはちょっと疲れて来た。私がせっかちなのかもしれないが、全員でなんでもかんでも決めようとするのが作業を遅らせる原因だと思う。(2つ前の日記と矛盾するけど…)皆であーだこーだ言いながらやるのが楽しいという人もいるだろうが、あまりにもペースが遅くて私はイライラしてくる。リードする人がはっきりしていないのも要因かもしれない。一応ここでは私はお手伝いする側なので、「次の会議までに私がここまで全部やってきましょうか?」と言いたくなるのを我慢する。もしかして私がチャッチャと意見言ったり作業するので、役員さんが遠慮してリーダーシップをとらないのかな。でもそうならそうでハッキリ言ってくれるといいんだけど…言いづらいんだろうなぁ。私はどうすればいいのか? 皆さんどうして欲しいんだろう?こういう時、私に社会人の経験がないことがいけないような気がして辛い。とにかくこのままだと、まだあと3~4回は会議と称した集まりが行われそうだ。皆いい人ばかりだからおしゃべりするのは楽しいのだが、なんだか本当にイライラする。他にもやらなきゃいけない仕事と、読みたい本や映画が山ほどあるっていうのに!!やること具体的に決めてくれたら(もしくは決めさせてくれたら)さっさと片付けてスッキリするのに。そんで、こういう気分の時は必ずあとで後悔するような発言をしてしまったりする。もちろんあからさまに苛立ちを見せたりはしないし、関係ない話題の時だが、やっぱりどこか人に気を遣わせてしまう発言になってしまうのだ。それは本意ではないので、昨日も帰ってから後悔と反省でかなり凹んでもやもや。なんとかして発散させないとと思っても、グチを聞いてくれる夫は徹夜で帰って来ないし、帰って来ても「死にそうな顔でバタンQ」で言えない。お風呂で大声で歌い、早く寝たのに嫌な夢を見てしまい、今朝もモヤモヤ…||||||||_| ̄|●||||||仕事ならこういうこともよくある話なのかなぁ。立場がハッキリしているから、こういうことは起こりにくいのかな?でもハッキリしている分、使えない上司だともっとしんどいだろうな。みんなどうやって対応してるんだろう?こんな気持ちになるのなら、次からはホイホイ「やってもいいよ~(´∀`)」とは言わないようにしよう。一人でやる作業だけ手伝おう…。うん。
2008年02月22日
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今日もバザー準備のため、朝9時から買い出しに制作に大忙し。ただのクラスのバザー係だが、その稼働日数や労力はけっこうなものだ。幼稚園も小学校も、役員や係と名のつくモノは皆無償でやるものだ。やったことがない時はあまりどうとも思わなかったが、いろんな役を引き受けるたびにその大変さに気がついて、他の役員さんに感謝するようになった。幼稚園にもよるが、うちの園は保護者役員の負担がかなり多く、その分子どもも充実した園生活を送れていると思う。やらなくても3年間過ごせてしまう。やる人とやらない人の差を考えると「かなり不平等だ!」と言いたくもなるが、やはりやればやっただけのメリットもある。人間関係が広がったり、園の様子がよくわかったり、「幼稚園にお任せ」ではなく自主的に参加したという充実感も得られる。だからと言って私はもう一度やるのは嫌だ(笑)あの労力を考えると、やらない人がいるのに2度はどうかなと思う…。子どもが「やって!」というのならまだしも。同じバザー係のママが、来年度は小学校(うちと同じ)で役員をやるかやらないか悩んでいると言う。私は昨年度やったので、内部の情報や役職の決め方について根掘り葉掘り聞いてくる。一度はやらなくてはならないので、みんなやるタイミングや一緒にやる人を探っているのだ。(確かに一緒にやる人によってやりやすさは変わるけど、仲良しママと「一緒にやろうね~♪」みたいなのって、私は好きじゃない。女の連れションみたい。こういうふうに何かを始めると、仕事にも自主性が持ちにくくなる気がする)それであーだこーだと同じ話を何度もする。「私はこういうの向いてない」とか「人前で発言するのは苦手」とか「来年度は大きな行事があるから大変らしい」とか「万が一、本部役員になったらどうしよう」とか。そんなもの、言うだけ考えるだけムダだよ。第一、率先してやりたい人なんていないと思う。(たまにはいるかもしれないが)皆自分の子どものためを思って仕方なくやるのだ。これは義務なのだ。そして極めつけはいつも「ヒバさんなら会長とかもできるよ!次は会長だね!」とか言うのだ。今回のバザーで私がパッパと段取りを決め、作業も手配もこなしているのを見て言ったのだろうが、それを「ヒバさんはこういうの得意だからね!」とか言うのだ。これはどうせやるならウダウダ言ってないで、ちゃっちゃか楽しくやってしまおうという気持ちの現れだ。決して得意だったり、好きでやっているわけではないのだ。むしろ人と協調しないとできない作業は苦手分野だ。自分ではけっこうムリしているつもりだ。彼女も本心で言っていないことが伝わってきて、イライラする。自分のことを言いたいがために人を必要以上に持ち上げたり下げたりするのは、聞いていてとても嫌だ。答えに困る。だって本当は私のことなんてどうでもいいんだもん。私を不快にさせようと思って言っているわけじゃないのだろうけど、そんなこと言われたらこっちは身も蓋もない。「え~、そんなことないよぉ(^^;)無理だよぅ」とか言ってみるが、彼女は私の言うことなんてどうでもいいのだ。こんな会話が無性にうっとおしい。つい「子どもを産んだのならグダグダ言わずにやれ!(#゚皿゚)ムキーッ!!」と言いたくなる。ちなみに小学校は「子ども一人につき(6年間で)1回は必ず役員」という暗黙のルールがあるのだが、5、6年生になると毎回役員決めの時にもめたと言う話を聞く。やったことがないのに渋る人がけっこう多いらしい。こういうことはできることを、できる人がやるということでいいと思うが、あの労力と費やす時間を考えると、やはり同じ子どもを持つ親として、基本は平等でなければとも思う。仕事を理由にする人がとても多いのだが、働きながら子どもを育てると決めたのは自分でしょ?と言いたくなる。フルタイムの仕事を持っていても、子育てに積極的な態度のママはいる。できることをきちんとやろうとする姿勢が見えると、絶対に周りも力になろうと思うものだ。経済的な事情があっても、それで役を断るのではなく、まわりに謙虚に理解を求めて、できる範囲でやれば良いのだと思う。やりもしないで「できない」というのはやっぱりおかしい。妊娠出産が控えているから、自身が病気だからまわりに迷惑をかける、というのならまだわかるが、仕事や介護は理由にならないと思う。先日も自治会の子ども会役員選出で、ビックリする話を聞いた。順当に平等に考えれば Bさんなのだが、「仕事(パート)があるし、私こういうの責任とれないけど、それでもいいの?」とボソボソ言ったらしい。みんな内心「そんなの困るに決まってるじゃん」と思ったらしい(笑)で、結局他の人に決まったとか…。万が一その人がなったとしても、一緒にやる人は大変だっただろう(-、-;)まぁ何にしても、どこの場面でもママばっかりで、パパはいったいなにしてんだよ!って思うけどね。(幼稚園は仕方ないけど。)
2008年02月18日
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忙しい、なんだか忙しい…幼稚園のバザー担当になってしまい、その準備に追われている。保護者が中心になる行事なので、細かい段取りや作業が異様に多い。おまけに他の2人のメンバーはバザー自体が初体験なので、どうしても経験者の私が中心になる。段取りがわかっている自分がすべてやったほうが手っ取り早く、他のメンバーに説明するのは面倒だし、彼女たちの手を煩わせるのがなんとなく気兼ねして、「いいよいいよ、私がやっとくよ~」と仕事を一人で抱え込んでいたら、逆に相手が申し訳なさそうにしているのに気がついて反省…。そりゃそうだよね(^^;)それからはなるべく丁寧に説明して、一緒に作業するようにしたら、やっぱり一人でやるより余程効率が良かった。楽しいし。社会に出なかった分、こういうところで協調性を学ぶ私…(笑)仕事はそれだけじゃない。年度末はなんやかやと行事やイベントが多いのだ。うちの園では、3学期の終わりに先生に差し上げるアルバム作りというのがある。市販されている「フエルアルバム」に、児童が描いた先生へのメッセージや写真を一人分ずつ貼付け、「将来の夢は」とか「好きな食べ物は」とかアンケートを取ってまとめたり、赤ちゃんの頃の写真を提出してもらって「これは誰でしょう!?」とクイズ形式にしてみたり、最後にアルバム自体に手作りのカバー(有志のママの技を結集した手作り)をつけてプレゼントする。これの制作メンバーにもなってしまった。PCである程度の作業ができて、縫い物がそこそこできて、絵も描けたりすると重宝がられるのだ。昨夜は夜中に布を測ったり切ったり。今日はミシン。3月頭には児童の写真が撮れるので、それをPCで編集して一枚のコラージュにまとめる作業。もちろんやりたくなければ誰かにやってもらうこともできるのに、なぜ引き受けてしまうのだろうか…。嫌いじゃないんだけど、なぜか忙しい時っていろいろ重なるものだ。でも数年前を考えると、係引き受けるのも、作業1つこなすのも、もっと「おおごと」で大変なことに感じていた。今は顔見知りの友人(ママ友)も増え、この世界の仕組みや段取りもわかってきたので気が楽だ。半分は面倒だけど、半分は楽しんでいる。何でもやってみるものである。そろそろ読書会の冊子編集も始まる。(こちらも年に一度、割と大掛かりな学習記録冊子を作る。私はこの編集担当…)仕事で使う方に比べたら子どもの遊びみたいなものかもしれないけれど、この作業をするためにワードやイラストレーターなどのPCソフトも使えるようになってきた。やってみるまでは不安だけど、やっぱり何でもやってみるもんだな。私がこんなにのんきな成長をしている横で、夫は猛烈激ヤバ状態で働いている。またもや3~4日に一度帰ってくる生活。死んでしまわないか心配。
2008年02月12日
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年明け初日記。書かないとどんどん月日は経ち、覚えておきたいことも忘れてしまう。そのうち何を書き残しておきたいかわからなくなってしまった。こういう時は初心に帰り、育児記録と読書・映画鑑賞の感想だ…(笑)☆『アイ・アム・レジェンド』劇場公開中正月、実家に子どもが泊まったので、夫と2人で観に行った。宣伝には微塵もその気配を感じさせなかったのに、なんとなんとゾンビ映画だった…(Π□Π)確実に寿命が縮んだのを実感。このテの作品はやはりある程度内容がわかるように宣伝してくれないと困る。私の嫌いなモノ、ワースト3…・料理中に食事の献立を聞かれること・意味もなく偉そうで、女性を「おまえ」と呼ぶ男・ホラー映画ただし、映画としてはなかなか面白い作品だと思う。ホラー得意だったら楽しめそう。☆『虹の女神 Rainbow Song』2006/日本話はオーソドックスな純愛系だけど、現在から始まり、過去と現在を行ったり来たりして話が展開するところや、いくつかの章に別れている構成が秀逸。主演の2人(市原隼人・上野樹里)のリアルで自然な演技もいい。なんだかすごく引き込まれてしまった。こういう男の子いるよね。単純で、鈍感で、バカで、根性なくて…でも憎めない。そんな男の子を市原隼人がすごくリアルに演じている。友達だと思っていたヒロインが死んで、実は彼女が自分を好きだったと知って、自分の気持ちにも気づいて…とか、そういうありきたりな話なんだけど、彼の心の成長が違和感なく伝わってくるのはやっぱり市原隼人のすごいところなのかなぁ。『リリィ・シュシュのすべて』の時はまだ14歳で、かわいい男の子だなぁとしか思わなかったけど。しかし気になって彼のプロフを調べてたら、去年交通事故起こして、けっこうやんちゃな発言や行動もあったみたいで…(;^ω^A むしろ演技じゃなくて素なのか?と思ったりもして(笑)どっちにしても、今後の作品が気になるし、過去の作品も見てみたいと思う。上野樹里は『チルソクの夏』『ジョゼと虎と魚たち』『スウィング・ガールズ』を見たが、ダンゼンこの『虹の女神』が良かった!『のだめ』もぜったい見よう。蒼井優。本人は好きじゃないタイプな気がするが、彼女の出ている映画はいつもまぁまぁ面白い。と言っても見たのは『リリィ・シュシュのすべて』と『ハチミツとクローバー』と『フラガール』だけ。(しかもリリィ・シュシュの時の彼女はまったく記憶にない)CMでよく見るせいかなぁ。すごくなじみある顔に感じる。決して美人じゃないけど雰囲気があってまた見たくなる。☆『ただ、君を愛してる』2006/日本いやぁ…、これが好きだと言う人をたくさんミクシィで見かけたので見てみたが…私はダメだわ。と思って調べたらやっぱり原作は『いま、会いにゆきます』の市川拓司。私、あの小説読んで「けっ!なんじゃこりゃ(-_-#)」と思ったんだよね。なんていうか、男の書いた話だなっていうか。こんな女いねーよ!( ̄Д ̄;)みたいな(笑)しかもあの映画もこの映画もミスキャストだと思う。あっちは仲村獅童。こっちは宮崎あおい。というか、宮崎あおいは生理的にダメかも。媚びた感じが。『NANA』もダメだった。何にしたってね、恋愛で片方が死んじゃうっつーのはベタすぎ。しかも2度も続けてかよ!って。このパターン、上の『虹の女神』とか『世界の中心で愛を叫ぶ』『恋空』って近頃多いんだから、あからさま・単純すぎるのはもううんざり。でもこの手の話に簡単に泣けちゃうワカモノが多いんだろうな~…(´_`)これに感動しちゃってる男は、現実世界で女とドロドロ戦いながら生きて行けるのだろうか?!絶対ムリだから!(笑)☆『電車男』2005/日本こちらも純愛モノ…だよね?単純な話だけど痛快で楽しめた。映像のお遊びも豊富でおもしろい。オタク役にしては山田孝之格好良すぎ(^×^;)でもあのモジモジっぷりはさすが。美人でおしゃれでデキるOL、なのにオタクっぷりにまったく引かない優しいエルメスは、これまたありえない女だと思うけど、中谷美紀ステキだった…(=^-^=)舞台版(武田真治)もかなり面白かった。ドラマ版も面白そうだけど、長いのは見るのが億劫だなぁ。ジミで女っ気なくてモテない。でも一途に自分を思って大切にしてくれる。やっぱ結婚するならそんな人だよね~と思いつつ、あれ?…私もそんな人だと思って今の夫を選んだはずなのに…それなのに…( ̄д ̄;)ナゼ??!や、やっぱり騙された?! ☆『マリー・アントワネット』2006/アメリカとにかく衣装や小道具がポップな色でおしゃれだった。目に楽しい。主人公はよく知られた人物だけど、こんな解釈というか、側面もあったかもなと思うと面白い。監督のソフィア・コッポラは14歳の生意気なティーン・エイジャーとして彼女を描いている。内容的な深さはないけれど、なるほどなぁ~という感じ。昔、ロミオとジュリエットを現代版にしたディカプリオ主演の映画があったけど、同じように歴史上の人物を現代の感覚で描いたり、名作の舞台を現代に置き換えた映画がもっと見てみたい。具体的に思い浮かばないけど…
2008年01月21日
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今日は朝から、長女の幼稚園時代からのママ友Mさんとコストコへ買い出しへ。夕方から何人かでMさんの家へ集まって、忘年会をするのだ。サラダや肉、魚、おかし、ケーキにお酒。たくさん買い込んできた。第一子が同い年ということで、共通の話題には事欠かないのもあるが、それ以外でもたくさんのことを学ばせてくれる、私にとっては本当にありがたい人たちだ。私が最年少で、中には10歳も年が離れてる人もいるのに、いつも自然に楽しく話せるのはきっと彼女達が本当の大人だからだ。無知で生意気な私を自然に受け入れてくれて、本当にありがたくて、感謝の気持ちで一杯だ。小学校が皆違うので、下の子の幼稚園でしかなかなか会えなくなったのが寂しい。年を取るに連れて嫌いな人が増えるのは悲しいけど、大好きな人が増えて行くのは嬉しい。今日は久々に皆で楽しい話をたくさんして、おいしいお酒を飲んでこようと思う。
2007年12月21日
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午後になって、夫から謝りのメールが…(^-^)「躾としては最悪だった。気持ちが空回りしていた。深く反省します、ごめんなさい。」と。一日中ずっとそのことでモヤモヤとしていたので、謝ってくれて本当に良かった。夫は夫なりにいろいろ思っているんだと思う。昨夜、余計な文句を言わないでよかった。これからも伝えたい事はきちんと伝えていこうと思う。嬉しいことは嬉しいと。嫌なことはイヤと。信頼し合って、一緒にやっていきたいから。
2007年12月17日
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昨夜のこと。サツキとメイが些細な事でケンカ(というほどでもないが)をしていた。「何をやってるんだ」だか、「どっちが悪いんだ」と夫が言ったら、メイが原因だったらしく、怒られると思ったメイは大泣きで「ごめんなさい~~~。゚(゚´Д`゚)゚。」いつものことだし、悪いと思って謝ってないのをサツキも知っているので半分無視。「いいよ」と言ってもらえないと怒られると思っているメイは、いつまでもギャンギャン泣いている。すると何を思ったか、いきなり夫が寝転んでいたサツキの足を、かなり強く二度も蹴った。「お前、泣いて謝ってんだろ!」といいながら。人を蹴るなんて論外。「しつけ」と言うには明らかにやりすぎだ。私はとっさに「やり過ぎだよ!」と言った。サツキは引きつった顔で向こうを向いて座っている。メイは泣き止んでちゃっかり夫の横に座っている。私は猛烈な不信感と不安で気持ちが悪くなる。何度も「暴力だけはやめて」と言っているのに、夫はこういうのを暴力とは思っていないみたいだ。すぐに子ども達の歯を磨かせて、寝かせる。子どもが寝息をたててからも、私の心には怒りと不信感が渦巻いている。いつも「大げさだ」と彼は言うが、それは暴力を奮った人間と、受けた人間ではまったく感じ方が違うということを理解していない。弱者の気持ちを思い遣る事に欠けている。よりにもよって、蹴るなんて!おしりをバチン!や、頭をゴチン!とはワケが違う。それに、いつものことだが、あからさまにメイをひいきし過ぎだ。でもケンカがしたいわけじゃない。信頼したいからこそ、絶対に暴力だけは止めて欲しいのだ。人間には夫婦でも親子でも、絶対に侵してはいけない尊厳がある。夫のやり方は絶対に間違っている。夜中、夫に「暴力は絶対に止めて欲しい。不安と不信感で苦しくなる。それに、人を足で蹴るなんて絶対にやってはいけない事だと思う。見ていてすごく悲しい。」と言った。私としては言いたい事の5%しか言えてないけど、本当はもっと責めたいくらいだけど、ケンカしたいわけじゃないからしない。とにかく、信頼したいという気持ちを分かって欲しい。夫は「暴力っていうか…」と。やっぱり大げさだと感じているようだ。でも「わかった。」と言っていた。本当にわかっているのか疑問だし、謝って欲しいくらいだ。あの1回でどれだけ信頼が崩れたか、もっと自覚して欲しい。
2007年12月17日
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同じバス停のKちゃんも今週はじめになってたし、もう時間の問題だな…と思っていたのだが。昨夜からメイの高熱。「頭がモヤモヤする~、足と手がイタイ~。゚(゚´Д`゚)゚。」と言ってるので、こりゃ間違いないなと。今朝一番に小児科に並び、検査したらやっぱり『A型』だそうな。タミフルばっちり飲ませたけど、現在も40度のお熱で苦しんでいる。去年は私とサツキ、今年の2月もサツキ、今年はメイだし、やっぱ予防接種必要?いやいや、してもかかる人が多すぎ。軽く済むとか言うけれど、予防接種で高熱出して1週間寝込んだ人も知っている。たぶんこの先も予防接種をすることはないだろうな。
2007年12月08日
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師走に入り、やることはたくさんあるのにカレンダーの予定がいっぱいになってきた…(-、-;)やらなきゃいけないこと、やりたいこと、それからあれこれイベント。優先順位をきちんとつけてこなして行かなきゃ、年内に全部は片付かないな。夫は相変わらず週に3回くらい帰ってくる、という生活。会社に住んでるようなもんだ。体はメタメタだが精神面は好調みたい。毎年恒例の「年末関係修復デート」も、今年は時間がなくてできなさそう。でも今はお互いの関係も良いし、大丈夫かな?考えてみたら今年は結婚してから一番仲良くできた年だったな。(まだ一ヶ月あるけど…(^ー^))10月終わりから心を悩ませたMちゃん事件も、だいぶ落ち着いた。サツキはある日ふと気がついたように、「Yちゃんたちと遊ぶの飽きた!」と連日男の子やら女の子やら、普段遊ばない子達と遊びだした。YちゃんMちゃんたちと遊ぶこともあるようだが、Mちゃんのグチをほとんど言わなくなった。今回のことでは私自身も一瞬かなり落ち込んだが、あるとき急に吹っきれた。あれこれあったし考えたけど、親子共々一歩成長できたような気がする。そうそう、でも先日サツキがまったくも~という調子で、「Mちゃんね、Rちゃんに『背がちっちゃくてかわいいね!』って言われただけで泣いたんだよ~」と言うので、私が「そっかぁ。背が小さいのを気にしてたんだね」と言ったら、横でテレビを見てたメイが、おもむろに「…嬉し泣きじゃな~い?」だって(`▽´ゞまだ「テレビ」を「テビリ」とか言うくせに、トイレでウンコしても自分で拭けないくせに、「嬉し泣き」なんて言葉知ってるのか~、4歳児!!(笑)話も聞いてないようで聞いてるんだなぁと思うと、うかつなこと言えないわぁ(^^;)
2007年12月03日
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幼なじみのKが、めずらしくカラオケに行こうよ!と誘って来た。Kとは、もう一人の幼なじみYと3人で保育園時代から、かれこれ30年近い付き合いになる。小中高大と学校はみんな違ったけど、未だにその頃の仲間とは親子そろってよく集まるので、ちょくちょく連絡を取り合ったり遊んだりしているのだ。皆同じ市内に住んでいるのもあるだろう。Kは既婚だが子どもがいなくて、バイトしながら主婦をしている。Yは去年の暮れに大失恋をしてからすっかり体調を崩してしまって、夏から休職し実家に戻っている。友達とはちょっと違う、姉妹と言ってもいいような関係。学校で出会っていたら友達になんてならないタイプなのに不思議だ。Kはバリバリ体育会系。Yは美大出身の不思議ちゃん系。私は…?美大出身の普通人…と自分では思うけど。それで、今日は朝から3人で待ち合わせてカラオケへ。Yが「9時45分ね!」と言い出したのに、結局本人が来たのは11時だった(^×^;)でも私とKは喫茶店でしゃべってて、そんなことすら気にならない。あたしたちって、あまりにも気が置けない間柄なのだなぁとつくづく思う。喫茶店で待っている間、最近のKの話を聞いていた。Kの旦那さんの仕事があまりうまくいっていないらしく、あからさまに落ち込んでいる夫をどう慰めて力になってあげればいいかわからない、とKは言っていた。何を言っても今は気に障るらしく、ケンカが耐えないのだそうだ。私にも同じような経験あるので、Kの気持ちは痛いほどよくわかる。心配で、どうにかしてあげたい、頼って欲しい、相談して欲しいと思うのだ。でもそう思ってすることはすべて裏目に出てしまう。しまいには怒って相手を追いつめてしまう。どこの夫婦も同じなのかな。私は過去の経験から、夫が落ち込んでいる時はあたらず触らず、そっとしておくようにしている。そしていつも通りに、普通に接する。内心理由がわからなくてイライラしてしまうけど、グッと堪える。どうもそうして欲しいみたいだから。落ち込んでいる方もきっと、本音では悪いなぁと思いつつ、どうにもできないんだと思う。話して欲しいけど、話したくなった時に話してくれればいいや。このやり方にしてからは、今のところうまく行っている。そんなことを思いながら、でもK夫妻にってそれが良い方法かどうかわからないしなぁ…とも思いながら話を聞いていた。Kも旦那さんも、ただ自分なりに相手を大事にしたいだけなのになぁ。Yがやっと来て、またまた痩せたのを見てこれまた心配に。痩せすぎて寒く、ダルダルのパンツの下には、3枚もタイツをはいていると言う。鬱があるので、薬も飲んでいるらしい。Y、Y、あんた大丈夫なの?!そう言いたくなるのを喉もとで押さえる。カラオケへ。2時間歌う。。。。その後も喫茶店であれこれおしゃべり。なんだか落ち着く。ぜんぜんお互い気を使わなくても良い関係。でもお互いを思い遣っているのがわかる。トラベリング・パンツ『トラベリング・パンツ』アン・ブラッシェアーズを思い出した。物心ついてからでは得られない友達。大切な人たちだ。2人とも、本当に幸せになって欲しいな。
2007年11月29日
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心は揺れる、と先日の日記にも書いたが、まさしく揺れているのかな。昨日まではなんだか暗い気分で落ち込んでいたけれど、今日は違う。火曜日に預かったサツキのお友達に髪留めの作り方を教えてあげた。針と糸で縫って作るものだが、サツキと一緒になって初めて針を持ち、頑張って作った。2人はお揃いの髪留めを喜んでいた。次の日それを付けて行った2人を見て、Yちゃんも「教えて!」と遊びに来た。もちろん教えてあげる。その次の日、またまたみどりちゃんが「教えて!」と来た。サツキは外に遊びに行ってしまったのに、私にわざわざ習いに来た。もちろん快く教えてあげる。4人がお揃いになり「うっ、やべぇもしやもしや…また誤解されるかも…?!」やっと気づいたアホな私。案の定、Mちゃんもそれを見て「Mも欲しい~」と言ったらしい。でも「針と糸を使って作るんだよ」と子ども達が言うと、Mちゃんは「恐いからヤダ~。誰か作って!」と言ったらしい。作ってあげるのは簡単だが、一人に作ると他に欲しいと言う子みんなに作らねばならなくなる。Mちゃんが「教えて!」とくれば、快く教えてあげるのだが。そんで、サツキにもMちゃんにそう伝えるよう言った。そしたらMちゃんは来週教わりにくると言ったらしい。良かった。ホッとした。子どもは素直なもんだ。きっとMちゃんも自分で作れば喜び倍増で楽しいだろう。でも、それでもきっと、Mちゃんママはこのことをどうせ良く受け取らないんだろうな。どうにかこうにか悪いように受け取って、あれこれ言うんだろうな~…(-、-;)そんなことを考えていたら、だんだんバカバカしくなってきた。言いたいことがあるなら堂々と面と向かって言え!文句があるなら言ってみろ!陰口言うなら勝手にやってろ!だんだんそんな気持ちが大きくなって、あれこれ思うのもアホらしくなってきた。別に投げやりになってるわけじゃなく、単純に子ども達同士が自然に揉まれ合って成長してくれれば、それでいいやと。いろいろ欲張っても仕方ない。一番大切な目的を見失ってたのかも。本日サツキの学芸会。夫は昨日も徹夜で帰って来ていない。おまけにメイは朝からお熱。やばい、どうしよう。夫に言ったら、ムリして朝9時過ぎに帰って来てくれた。メイを預けて私はサツキの出番だけ観に行き、急いで帰宅。夫は入れ替わりにまた12時に仕事に出かけた。今日も帰って来れないみたい。偉いな…夫。ピンチの時や私がめげた時には必ず助けてくれる。乗りに乗っている夫は完璧で頼もしい!私も元気出して行こう。
2007年11月23日
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ブログを読み直してみると、我ながらここんところずっとこの話ばっかりだな…(^^;)できるだけここに書いて、グチ発散と頭の整理をしようとしているのだが、それでもやはり、気がつくとこのことばかり考えている。夢にも見たし、さっきなんて空想の世界で必死になってMちゃんママを説得していた。自分でも笑えるんだけど、「世の中の戦争は、互いが自分を正義といいながら戦っているんです。お互いがもっと相手の立場に立って思い遣らないと…」とかなんとか(笑)私大丈夫だろうか?(笑)一昨日3人のママ友に話して、なんとか理解者を得たことにはホッとした。その晩、2日ぶりに帰って来た夫にも詳しく話を聞いてもらった。子どものことなので「聞いてもらった」というのもヘンだが、10月頭に退院してから夫の仕事は忙しくなるばかりだ。先週は3日徹夜で、4日目も真夜中の3時ころに帰って来た。行くとやることが多すぎ、疲れきって帰れなくなるらしい。それでも彼曰く、少しずつでも前に進んでいることが実感できているから大丈夫なのだそうだ。きっと私には理解できないような、辛い事も大変な事もあるんだと思う。体も疲れきっているはずだけど、普段聞けなくてごめん!と、根気よく私の話を聞いてくれた。それだけでも本当に嬉しくて、今思い出しても涙が出てくる。お互いの問題を共有しようとする夫の姿勢は、どこの家庭でも同じだと思うが、夫婦関係にとってとても大切なことだ。話を聞いた夫は、「心配な事はただ1つ。そのMちゃんママがサツキやメイに危害を加えないかってこと」私もそう思う。あまりに一方的すぎて、そのくらい鬼気迫る勢いをMちゃんママには感じる。あとのことでは、概ね私のやり方は間違ってないと思うと言ってくれた。そして「因果応報。人の事を悪く言う人を、僕だったら信用できないヤツと思うよ。」とも。私がどうしてそんなふうに、知らないところで一方的に悪く言われたりするのだろうか。私にやっぱりヘンなところがあるのかなと聞いてみたら、夫は「ヒバちゃんはあまりにも輝きを放ちすぎるから、やっぱりそういうのが鼻につく人間はいると思うよ。昔から何度も言っているけど、ヒバちゃんにはそういうところがある。それにポリシーを突き通すとどうしても誤解も受けやすいし、そういうことも覚悟しないとやっていけない」と言った。私は、この「輝きを放ちすぎる」という表現に、本当に本当に感謝している。夫が私を肯定してくれた事をすごく感じた。端で聞いてたら「なにそれ…」って感じかもしれないけれど(=^-^=)今まで夫には同じようなことを何度も言われていた。よくも悪くも私は昔から目立ち、人を威圧する(そんな気はさらさらないが)雰囲気があるのだ。まわりは最初から私のイメージを固定してしまうので、それだけですでに誤解も生まれるし、それ以外の言動をしても誤解を招きやすい。いや、でもそれだけじゃないかも。自分が正しいと思ったことを、今まで何のてらいなく発言しているつもりだったが、そもそも口調はきついし、私にももっと相手の立場に立って優しく話すような思いやりが必要なのかもしれない。そもそもそんなこと人に言う事じゃないのかな。私は内面を隠さず誰にでもさらけ出す事で、敵意がないことをアピールしているつもりだったけど…。もちろん夫をはじめ、そんなイメージと内面のギャップをわかって楽しんでくれる人もいるし、私もそのイメージだって自分だと思うから、それでいいんだと思う。今まで夫はそのことを「威圧的」とか「高圧的」って表現していたけれど、そう言われると自分ではそんな気がない分、否定されているように感じていた。でも夫が今回言ってくれた「輝きを放ちすぎる」という言葉には愛を感じたぞ!(笑)まぁとにかく、私のそういう部分をMちゃんママはすべてと受け止めてしまったんだろうな。直接的な関わりは一切なかったから、こればかりは私にはどうしようもできなかったのだ。先入観になんの疑問も持たないことで、自分も我が子も他人も苦しめるなんて悲しい事だ。「ポリシーを貫くと、誤解も受けやすい」夫はきっと会社でそういうことを体感しているんだろうな。以前、実際それで転職に追い込まれたし、同じ業界で転職したから、未だに前の職場からの悪口が耳に届くらしい。夫も私も自分が正義だと言うつもりはないけれど、少なくとも人を貶めたり、誰かのせいにしたり非難ばかりする人とは一緒にしてもらいたくない。相手を威嚇して吠え立てるのではなく、自分に恥じない自分でいたい。(ただし夫は私よりもっとしたたかで、手八丁口八丁、今までの経験も生かして(?)今の会社ではうまく立ち回っているらしい。なるほどね。)昨日は久々の読書会だった。『フラッシュ』カール・ハイアセン詳しい内容や感想ははぶくけど、テーマは『環境問題』と『正義を貫くということ』いやぁ、読書って不思議で、どんな本でもその時の自分の状況と照らし合わせて感じてしまうのだ。「私は私の正しいと思うことを貫こう」簡単に今の自分の抱えている問題と、自分の思いと本の内容と照らし合わせて話してみたら、メンバーの中にも同じような問題を持っていると話してくれたり、自分の体験を話してくれる人もいて、本の登場人物の言動や人物像もあれこれ話せて楽しかった。ここではどの人も「私」を見てくれる。「ママ」な私でも「妻」な私でもない。私の言葉を、話をきちんと聞いてくれる。ただこの本はヤングアダルトというジャンルで、キャラクターが個性的だったりストーリーも痛快でエンターテインメントとしてはよくできているが、正義vs悪という単純な図式や内容の単純さを考えると、子どもがこのジャンルばかり読むのは考えものだ、という話にもなった。ヤングアダルトというジャンルは定義が曖昧で、最近よく聞かれるようになったのだが、海外ではあくまでも子ども向けに書かれたメッセージ性の強い(説教臭い?)ものとされているようだ。日本では大人にこのジャンルを好んで読む人が多いらしく、それも不安だよね、と言う話。うーん、私もそうかも。気をつけよう。人間はもっと複雑で生々しい生き物なのだ。物事のハッキリ見えないところも存在することを、忘れてはいけない。そんな話ができて有意義だったはずなのだが、昨日は一日、朝の幼稚園のバス停で会う他のママたち、マンションですれ違って挨拶するママたち、名前も知らない、ほとんど接点のない人たちまでもが皆、Mちゃんママからあれこれと私のことを聞き、私をひどい人間と思っているんじゃないかと思えてしまう。私は誰にでも自分から挨拶するが、私がしないと絶対にしない人もいる。もしかしてあの人も…って。自分の良心に従って頑張ろう!と思っているのだがら、こんなふうに感じてしまうのが自分でも意外だった。極めつけはメイの幼稚園バスのお迎えの時。ちょうどサツキたちの下校時刻と重なるのだが、ばったりMちゃんママと会ったのだ。どうもまだMちゃんのお迎えをしているみたい。普通に「こんにちは~」と挨拶をしあったのだが、それまで私と話していた他のママが突然無言になった。彼女はMちゃんママとも共通の友人で、それもMちゃんママとは割と仲が良いらしいので、何かしら話しているというのは知っていた。でも私とも普通に接してくれるし、私も何も説明する気はない。その彼女が一瞬、とまどっているのを感じて(考え過ぎかな)、とにかく悲しい気持ちで一杯。気分が落ち込み、どよ~んとしてしまった。そこにサツキが帰って来てまたMちゃんの今日のわがままっぷりを話し、要するに今日はMちゃんとまた揉めたんだなぁと思ったら、どうにも我慢できなくなってしまった。「サツキ、Mちゃんとはしばらく距離をおいたら?Yちゃんと遊ぶとまたMちゃんも絡んでくるから、しばらくYちゃんとも遊ぶの控えてみたら?優しくできないならなるべく近づかないようにしなさいよ。」と言ってしまった。なんで私がこんなこと言わなくちゃいけないんだろう。私のバカーーー!(-_-メ)そんな自分の発言にまたイライラし、モンモンとする。そんで夜、サツキとメイがやったやらないのくだらないケンカをいつまでもしているのを見て、ついに爆発してしまった。無言で2人の腕をつかみ、そのまま引っ張って玄関から強引に追い出してしまった。この1ヶ月、一度もカーッとなって怒らなかったのに!!メイの大泣きの声が廊下に響く。とにかく、数を数える。1、2、3、4、5…自分の心を落ち着けて、1分経った頃にドアを開けたら、なんと裸足のサツキがメイを抱っこしていた。ホッとした。ポリシーを貫くって難しい。心は揺れる。疑心暗鬼になったり、イライラしてしまったり。でもこの2人のためにも、私がめげるわけにはいかないのだ。精神を病んでいるヒマもない。受け止め方はどうでも、私は私。私を見てもらって、感じてもらって、それ以上でもそれ以下でもないのだ。ただもっと、したたかさや柔軟さが必要なのかもしれないとは思うけど。
2007年11月21日
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今の私にとって一番大切なのは、サツキやメイが自分で考え、自分の力で物事を解決し、生きていく力を付けさせることだ。と言ってもできることは、見守り勇気づけることくらい。私自身のことならいろんな困難から逃げてしまったり、言い訳ばかりして何もしないかもしれない。でも子どもは日々、体も精神も大きくなり、待ってはくれない。ウソみたいな理不尽なことがあっても、子どものためだと思うと逃げるわけにはいかない。今回のことで本当に実感したけど、子どもの問題と母親というのは、とても深く深く関わり合っている。みんなそれぞれが子どものために必死だ。どうして皆で協力できないのかなぁと思うと、とても悲しい。諦めないけど。今回またMちゃんママがいろいろ言い出しているということを聞き、しかもそれがかなり一方的なものだったので、とても困惑した。サツキは毎日Mちゃんにかなり理不尽なことをされているとグチってきているし、成長過程としてごく普通で、明らかにお互い様だと私は思っていたからだ。Mちゃんママは本当にMちゃんの言う事しか信じていないようで、サツキがいかにひどい子であるかということを、私のまわりのママたちを片っ端から捕まえて熱く語っているのだ。「あの子こんな子だけど、お宅の子は大丈夫?」って。そして私のことも「自分の子の問題をきちんと認識していない。反省していない」と。幸い、他のママたちはMちゃんママのそんな発言に違和感を感じてくれたようだが、あまりに強く恐ろしげに語るものだから、最初は「本当に?サツキちゃんってそんな子なんだ…」と思ってしまったと言ってくれたママもいた。おまけにMちゃんママは、他のママの言った事をかなりニュアンスを変えて人に言うので、前回の事件以降、ママたちの間には妙な不信感だらけになってしまっていた。皆がちょうどそれに疲れていた事もあるんだと思う。今日、思い切って渦中のママ3人(Mちゃんママはもちろんいない)に来てもらって、具体的な彼女の言動を聞き、サツキの今の現状を聞いてもらった。子どもの言う事だからすべてが本当かわからないと前置きした上で、Mちゃんがサツキにしたというあれこれと、サツキが今毎日『太陽と北風作戦』で頑張っていること。朝はMちゃんに優しくするぞ!と思うのだが、学校であからさまな嫌がらせを受けるとどうしても我慢できなくなると泣いている事。目にチックが出ていて、学校に行きたくないと毎朝グズること。どれもこれも人に言えばMちゃんの悪口になってしまうから、あえて今まで言わなかったということも。何人かは今までMちゃん側からしか話を聞いていなかったので、びっくりしたようだ。そして、Mちゃんが特別悪い子だとは思わないし、サツキにもたくさん非があるのだから、反発しあうことで、いろんな経験をさせてくれる貴重な相手だと。Mちゃんママも彼女なりに一生懸命なのだと思う、と、決して悪くは言わなかった。我ながらちょっといい人ぶり過ぎ?と思ったが、ウソではない。何よりサツキのことを思えばここで彼女を悪く言うのは決してプラスにはならないし、私は彼女と同じにはなりたくなかった。私の話を聞いて、3人のママ達は自分の子どもの言っていた事と同じだと思ってくれたようだ。サツキとMちゃんが学校でいろいろもめていることは、他の子も見ていてそれぞれママたちに話しているから、Mちゃんママがいかに一方的であるか改めて理解してくれたんだと思う。少なくともこれで、確実に現状を理解して、公平な目で見てくれる人たちができたので、私も本当にホッとした。それぞれのママが明日は我が身、他人事ではないと気づいてくれたので、真剣に考えてくれてると思う。解せないのは、Mちゃんママがどうしてそんなに私を一方的に非難するのか、ということだ。彼女とは(同じマンションなのだが、)子どもの幼稚園も違ったし、小学校に上がる前に遊んだ事は一度もなかった。子ども同士が同い年ということで名前と顔は知っていたし、挨拶したりすることはあったが、個人的には知り合いとも呼べない間柄だ。どうもいろんな話を聞いていると、他の人からのうわさ話で私がひどい人間だと思いはじめたようで、最初から悪く思われているのでは、何をしても悪く見られてしまうのも仕方ないのかもしれない。普段悪口は絶対に言わないようにしている私としては、胸が痛く悲しくなるばかりだ。人に恨まれるような心当たりは一切ないし、後ろめたい事もないけれど、10代の頃にも同じような経験があり、その時のことを考えてみれば、「またか」と思った。とにかく誠実であろうとすればするほど、そいう私を生理的にイヤだと思う人がいるのだ。悪口は言わない。群れない。誰にでもフランク。そんな私の言動が鼻につくのだろう。私に何も狙いはないが、いらぬ不信感や誤解を招いているのかもしれない。そんなふうに、よく知らない人から一方的に悪く思われたり言われたりするってことは、悲しくて仕方ないし、悪いところを教えてくれたら直す努力をしたいけど、どうも世の中そんなに簡単ではないらしい。夫もよく「ヒバちゃんの性善説がいつでも通用すると思ったら大間違い」みたいなことを言うのだ。甘いんだって。そんなこと言ってもなぁ…。私は娘に恥じない自分でありたいだけ、正直でありたいだけなのに。とにかく、Mちゃんママは他にもいろんな人に私のことをあれこれ言っているようなので、たぶんぜんぜん知らないところも悪く思われていそうだ。それを思うと気が重い。私はそれでも理解してくれる人が何人かいるからいいが、そのせいでサツキやメイまで悪く言われるのは耐えられない。だから絶対に諦めない。私がめげてなんていられない。Mちゃんママは何が狙いなのかな?私には本当に理解できない。そういうことをすることが、自分やMちゃんのためにならないと気づかないのかな…。自分で自分を苦しめてしまうと思うのに。今日いろいろ話せた事で、その3人のママとはお互い誤解が解けて、また前向きに頑張りましょうということになった。本当に感謝の気持ちで一杯だ。Mちゃんママはこの3人に話してもムダだと気がついたら、きっと他のママを捕まえて、何が何でもサツキと私を悪者にしようと思うだろうな。私もすべての人に理解してもらおうとは思わないが、必要とあらばその都度、丁寧に対処していくつもりだ。世の中そんな簡単に正義と悪に分けられないのだと、Mちゃんママだけでなく私も肝に銘じなくては。とりあえず、サツキが「ママ!今日はMちゃんに優しくできたよ!」と、ニコニコで帰って来たので良かった…!
2007年11月19日
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サツキの宿敵Mちゃんのママ、この一週間ちょっと挙動不審だな~と思ってたら…またもや他のママにグチっていたらしい…(-"-;)Yちゃんのママとさっき所用で電話で話していたら聞いた話。まいったなー…最近サツキのグチを毎日聞いていてなんで気がつかなかったんだろう。サツキがこれだけグチるということは、Mちゃんも相当ママにグチっているってことだ。そんでMちゃんママは子どもの言う事を真に受け、またもやサツキが諸悪の根源のように感じておおいに悩んでいるらしい。火曜、ちょっとした行事の前にMちゃんママが、「サツキちゃん、明日は出席しますか?」とメールしてきた。そんなこと聞く方が不思議なくらい当たり前に出席する行事なので、ちょっとおかしいなぁと思った。「出席しますよ。どうかしましたか?」と返信したら、「Mがサツキちゃんが来ると嬉しいというから…」という返事。いやー、毎日あれだけサツキがMちゃんを嫌がっているのに、あまりにも不自然だなぁと感じた。でも一応「そうですか、ホッとしました。明日は楽しい行事になるといいですね(^O^)」と返信。その後も絵文字満載の「よかった!Mも喜びます!」という内容の返信があり、ますますおかしいなー…と。木曜、Mちゃんママから携帯に着信あり。折り返し電話してみたら、出たとたんにブチっと切られた。ちょっと悩んだけど、メールで「電話もらったみたいだけど、どうしましたか?」と送る。大分経ってから、「ごめんなさい。また連絡します」の返信。挙動不審すぎる~~~( ̄д ̄;)だから、なんかあったな~とは思っていたんだけど。この木曜日にYちゃんママやミドリちゃんママに相談していたらしい。げんなり~~~Yちゃんママは「彼女相当思い詰めちゃって、学校の送り迎えもしてるみたい。」もう私としては、「参ったな~」としか言えない。子どもの人間関係に、どうしてそこまで思い詰めちゃうんだろう。ホント、困ったな。サツキもMちゃんも、お互い相手のすることが気にいらない。サツキに言わせればワガママで理不尽な要求を通そうとするMちゃんが許せない。Mちゃんはハッキリ、キツイ口調で仕切るサツキが気にいらない。どっちもどっちだと思う。自分でそういう相手とどうやって折り合いをつけて行くか、良い勉強ができると思う。親が子どもの状況を把握するのはいいけれど、相手をどうにかしようとするのは間違ってると思う…。私はサツキの話を聞いて、ひたすら聞いて、サツキの思いは受け止めるつもりだ。でも思い通りにならないことなんてこれからいくらでもあるんだから、それで良いんだと思う。サツキの話がすべてだとは、もちろん思わない。きっと自分に都合の悪い事は言わないだろう。そこを感じ取る必要はあると思う。そして、それをわざわざ他の人に言ったりしない。(夫は別だが)言いたくなるけど、言わない。相手の悪口になってしまうし、周りのママも巻き込んで、大人のケンカにするのはバカらしい。そんなふうに悪意をバラまく必要があるだろうか?それが子どものためになるだろうか?Yちゃんママは「彼女(Mちゃんママ)は子どもの言う事真に受け過ぎだし、神経質すぎるわ。私からもやんわり言っておこうか?」と言ってくれたが、もう、ね~…、どうしたものやら。子どもの話を聞く限りでは他の子も密接にからんでいて、Yちゃんも相当きつい事をMちゃんに言っているのだが、なにしろMちゃんはサツキが気にいらないわけで、どうしてもサツキが諸悪の根源になってしまうようだ。まぁそれはいいとする。子ども同士でどうにかするしかない。問題はママの方だ。子どもの問題を自分に置き換え、被害者意識丸出しでこちらを悪者にするのはフェアじゃない。私、そうならないように他のママには一言もグチらなかったのになぁ…。こっちの誠意はまるっきり伝わってないわけだ。毅然としていよう。感情的に相手にならず、どっしりかまえておこう。私がブレるとサツキがブレる。
2007年11月17日
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前回の続き。家に帰って来てから、その日のグチを言いまくることに慣れて来たサツキ。今まではママはメイにかかりっきりだし、言っても「それならこうすればいいじゃない」「あんたもこういうところがいけないんじゃないの」と私に言い返され、きっとそれなりに鬱憤が溜まっていたんだろうな。ひたすら「ええ~!頭にくるねぇ!」「ひどいね~!」と相づちを打ち、聞き役に徹する事1週間。その怒りの勢いは益々強くなるばかりだ。聞いてもらえる事で甘えも出てきているのだろう。私が逆に煽ってしまってたら困るなぁと…(^^;)ちょっと心配に。聞けば、宿敵Mちゃんのワガママっぷりもさることながら、サツキの対抗心も相当強い。Mちゃんを嫌だと思えば思うほど、気になってしまうらしい。大人の目で見れば多少の差はあれど、似た者同士かもしれない。Yちゃんを取り合ってお互い火花バチバチの戦いを繰り広げているようだ。もはやYちゃんと遊びたいというより、相手の鼻を明かしたいって感じ?(笑)そこで昨日はある提案をしてみた。『嫌だ』『嫌いだ』という気持ちは十分に尊重した上で、「そんな大嫌いなMちゃんと同じにはなりたくないよね~?」童話「北風と太陽」の話をし、旅人がMちゃん、旅人が着ているコートがYちゃん、サツキは『北風』と『太陽』どっちになればコートを脱がす事ができるかな?と話してみた。この話はサツキにもわかりやすかったようで、一転、笑いながら話に乗って来た。無理しすぎなくても良いこと、家に帰って来たら思い切り悪口を言っても良いと決め、Mちゃんに思い切って『太陽』のように優しくすると約束した。名付けて『太陽と北風・作戦』ゲーム感覚かもしれないけど、少しでも「嫌で嫌でたまらない!とにかくムカツク!」という今の状況から一歩進ませられるかもしれない。大人にだって難しいことだし、きっと思うようになんてできないだろうけど、怒りも喜びも、その心のエネルギーを殺すことなく、良い方向に向けられるようになってくれるといいな。それからサツキも言っていたが、最近他のお友達とはうまくやれているようだ。Mちゃんの悪口を言わなくなったことが理由だと実感する何かがあったようで、それが本当に嬉しい。こうやって少しずつでも体験したり経験したりして、自分で気づいてくれればいいのだ。いつまでこんな風に母親にいろいろ素直に話してくれるかわからないし、これからどんどん見えない部分が増えて行くと思うけど、私は彼女のいいところも悪いところもすべて尊重していきたい。どういう関わり方が一番良いか、どこまで子どもの事に介入しても良いか悩むけど、結局その都度考えていくしかないな。私が焦ったらダメなのだ。リラックス リラックス
2007年11月13日
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