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夕食どき、
息子の帰り時間を 気にしながら、
能天気で、
おかず作りに あたふた、あたふた、している わたくしを、
台所のテーブルで、ビールを飲みながら、家人 見ていて、
何故か 知らないが、
「おまえは、可哀そうだな。」
と、驚いたことに、2度も 言った。
自分の奥さんに、こんなこと言う夫が、いるのだろうか。
(そんな風に言うなら、幸せにしてちょうだい。と、言いたいが、)
前にも、「おまえは、可哀そうだな。」と
言われたような 記憶もあるけれど、
「あら、どうして? そんなこと ないわよ。 おとうさん。 どうして そんなこと、言うの。」 と、
家人に、問うたが、
明快な 解答なし。
まあ、いいか。
可哀そうな奥さんは、世の中、あふれているから。
「かわいそう。」
「可哀そう。」
それで、思い出した、
夏目漱石先生の作品
「三四郎」 の 中の言葉。
「かわいそうだたあ、ほれたってことよ」
そう。そう。 漱石先生が、おっしゃっているのだから、
あながち、ウソではないのだろう。
ということは、
お父さん、
もしや、
わたくしに、「ほれったてことよ。」で、
心底 惚れているのかな?
一応、戸籍上、妻である わたくしを、
家人、無意識に、
「かわいそう。」 なんて、言うなんて、
漱石流に 解釈すれば、
「ほれている。」 って いうことだ。
それは、我が家の子供たちにとっては、
良いことで、幸せなことに 違いない。
でも、わたくし、
「 じぇ、じぇ、じぇ、」 の 無限大。