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新年明けましておめでとうございます。昨年は、たくさんの出会いがあり、たくさんの学びをさせていただきました。昨日、新しい年に向けてのアファーメーションを書いていました。「私は、感謝しています。存在していることに。生きていることに。」と書いていて、ふっと、「生きている、じゃない・・・。生かされている」ということばが浮かびました。そうしたら、テレビで、細木和子さんが、「人は、生きているんじゃなくて 生かされているのよ」といっていました。なんか、リンクしています。今年は、自分の中のより深い部分を向上させたいと思っています。「生きているのではなく 生かされている」ことの、深い意味を、探って生きたいです。今年もよろしくお願いいたします。
2006.12.31
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3月11日、マインドマップインストラクター 伊藤賢さんによるマインドマップのセミナーが開催されます。「マインド・マップ」は英国のトニー・ブザンにより開発された脳の思考方法にそって、絵や言葉でノートを取る方法です。 企画書づくり、学習のためのノート、授業案作り、読書記録、議事録・・・もうなんでも使えて、五感をフルに使ったこの方法は、世界で大きな評価を受けています。え?そんなこと、知ってるって?ごめんなさい。詳しいことは、また、お知らせします!受講料もかなりお得な設定になっているみたいです。詳細がわかったら、このブログでもお知らせしますね。マインドマップ関連の本はこちら!
2006.12.27
23,24日、TPIのIIE研修二日間コース(講師:大江亞紀香さん)を受けてきました。 この研修の案内をもらって、なんだか引き込まれるようにすぐに申込みをしました。直感的になんだか、すごく意味があるような気がしたのです。 うーーん。内なる宇宙の導きですね。 それで、感想は・・・。 講師が大江さんだったということもあり、もう、心にバンバン響く素晴らしい内容でした。 二日間の詳しい気づきは、姫先生のおめめ 23日記事 24日記事に書きました。 すばらしいクリスマスプレゼントを心の中にたくさんいただきました。 感謝!感謝! 私ってホントにツイテル!ありがとう!!!
2006.12.24
ある方に、天職リーディングをしていただきました。 7つのチャクラの状態を全部見ていただき、今の状況、今後の方向性について、アドバイスをいただきました。 天職に関わる方向性 セミナー講師 10段階の10 メディアでの活動 10段階の10 執筆活動 10段階の7.5 リーダーシップ 10段階の10 行動力 10段階の10 調整する力 10段階の8 まとめる力 10段階の6(やっぱ、これ低かった) まとめる力が弱いので、これを補助してくれる人がいると鬼に金棒らしい。 天職がうまく開けるポイント 今は、休養 (エネルギーが4年前の半分になってしまっている) がんばりすぎて、疲れてしまっている・・・(確かに!養護教諭として24年間、あまりにも走り続けていた・・・) そして、主人との関係・・・(納得) 今は、ゆっくり休んで自分の本質に向かうこと。 チャクラは、1,3,5という奇数のチャクラが強力なエネルギーを持ち、 2,4,5という偶数のチャクラが繊細で高い能力を示している。 よく、オーラとか見える友達に、 「相反する二つのものが見える」という意味のことを言われます。(複数の人が同じことを言う)それは、「水と炎」といわれたり「ファイティングと天使」といわれたり「青と赤」といわれたりする。 そうした二面性が、私の中で統合されていないことを、なんとなく感じてきました。 チャクラからもそれは現れていたんですね。ビックリ!! この相反する二つの面がうまく行っているときはよいが、バランスを崩すと葛藤に苦しむ。 まさに、今の状況ではないですか・・・!!! 具体的なアドバイスをたくさんいただいたので、これから先の人生の折り返しの時期において、参考にしようと思います。 この1年、ほんとうにすばらしい出会いがたくさんありました。 感謝。感謝。感謝。感謝。
2006.12.21
今日はレイキヒーリングセミナーでした。 ひかり。先生のセミナー、再受講。 NLPやスリーインワンでの学びとしっかりリンクしています。 やはりそこでも、「スキルではなく、あり方」であると感じました。 スピリチュアルな時代に移行しつつある今、本当にいいものを選び取って行く目も必要だと思いました。 昨日、受けるはずだったとある個人セッションが、ある理由で中止になりました。その意味もわかりました。 愛を送ろう。 人間の深い部分に忘れ去られた大切なものを呼び起こそう。 自分に愛を。 周りに愛を。 社会に愛を。 世界に愛を。 地球に愛を。 宇宙の理にかなった希望を持とう。
2006.12.17
友達が作家としてデビュー。1月に出版される本を持って、たずねてきてくれた。きれいな、すてきな本です。タイトル「純粋な人は生きにくい」 (水野なす 文芸社) 1月発売です。彼女が帰宅して、さっそく本を読もうとしたら、すでに、娘が読み始めていて、返してくれない。楽しみだなぁ。読後の感想は、また、ブログで発表します~!今日は、わざわざ遠くまできてくれてありがとう。そして、元気が出る楽しい話をありがとう。次女談「なんで、あんた、そんなすごい友達がおるの・・・?」今日も、宇宙人の次女でした。
2006.12.14
今日のお昼はカレーライス。 宇宙人の次女が、ずっと前からリクエストしていました。 今日は、大なべで思いっきりたくさん作ってやりました。(これでもか~!とばかりに) 上の娘の彼氏も遊びに来ていたので、(ほぼ毎日彼はうちに来ていて、時々、この子はうちの子だったかと思うほど、いつもいる) ランチーサービス。←ホテルかっ!!! お礼に、なぜか下の娘に「ケーキ」を買ってくれた。 しかし、カレーを食べ過ぎておなかが痛いといっていたので、 私が食べた。 我が家のカレーは、 おいしいチョコレートケーキとなって戻ってきた。 幸せなことだ。
2006.12.10
昨日、下の娘の個人懇談にいって来ました。 中3なので、三者面談です。 同じ顔をして(彼女は私のコピー)担任の先生の前に座りました。 事前に、せっかく同じ顔だから、先生の前で「芸」をしようと二人で考えていたのですが、さすがにやめました 先生が、娘の志望校を聞いて「意外とシンチョウなんだね。石橋をたたいて渡るという感じですね」 娘の顔を見ると、あきらかに「シンチョウ」という意味を履き違えて理解できていない様子・・・。(へんなことをいわなければよいが・・・・)と思っていた。 担任の先生がさらに「お母さんに似てないのかな」 このことばに、娘はさらに混乱したようすだった。 首をかしげていた。 後から聞いてみた。 「あんた、シンチョウって意味とか石橋をたたいて渡るって意味を理解してなかったでしょう?」 「うん。シンチョウ=身長のことだと思って、なんのこと言ってるんだろうと思ってた。身長が低いって言ってるのかと思って(なんでや)と、思っとった。で、お母さんに似てないっていったから、はぁ?私のほうがお母さんより高いのにってわからんかった。」 「進路の話に身長は関係ないしょ・・・。なんでそう考えるかなぁ」 やはり・・・・・。 こいつは・・・・。 宇宙人だ・・・・。
2006.12.08
一見、素晴らしいと思えることなのに、何かが違う、と直感的に感じることがあります。 そうした思いに駆られる時、「これは、私が未熟だから?」とか「一時的に浮かんでくるものを信用してよいのか」と、考えることがありました。 でも、そのとき、そのときの自分の感覚を大切にしたいと思うようになりました。 自分の中にくるフィット感、違和感を大切にしたい。 そう思えるようになりました。 世界最高のコーチといわれるアンソニーロビンスの本を、ひさびさに読み返し、「自分で納得できるものを、自分でつくりたい」と、強く思いました。 目の前で起こっている「おかしい。」と思えることは、そこから新しいものを生み出して行く力となる。いままで「でも、そんなこと、自分ではできないしな~。とりあえず、今あるものにぶらさがってみるか」という思いが自分の中にあることに気づきました。 自分で道を開拓したい。 誰かの指示で動きたくない。 明確なアウトカムが同じならば、どんな関係であれ、どんな場であれ、それは納得して動くことができます。しかし、そうではないと、同じメッセージが自分の中に繰り返し起こってくるのなら、私は、そのメッセージにしたがって生きてみたい。 へたにいろいろなスキルを持っていたり。へたにいろいろな資格を持っていることで、コントロールしたり、コントロールされたりする場は、どうしても自分の心が、魂がなっとくしないです。自分の内面からの気づきではなく、知っているスキルを、ただ伝えるだけで、目の前の人間を尊重しないようなことはできないと感じました。 いろいろなものを手放して、一から自分で何かを作ることは大変なことです。しかし、あえてそれをやってみたい、と心から思えるようになりました。 そのことに気づかせてくれた 大切な3人の友人に感謝です。
2006.12.06
やりたいことをやることができる時というのは、人はむちゃ楽しい。 でも、自分がやりたいと思ってやっていることが、相手が求めているものと違っていると、だれのためのものなのかわからなくなってしまいます。 以前、いろいろな新しい授業を作り出していくことに喜びを感じていた時期に、このサイクルにはいっていたことがありました。 「相手にとってほんとうに必要なこと」であるかどうかの検討が不十分で、「自分がやってみたいこと」に意識が集中していました。 すると、何が起きるかというと、受身の相手・相手のニーズが見えない先生という構図になってしまいます。相手が見えないと、自己満足。 学校現場では、しばしば、「研究のため」とか「実績のため」に、新しい授業や手法などが使われます。ほんとうに目の前の子どもたちに寄り添ったものである場合もあれば、「この手法を見てほしい。評価して欲しい。」という教師側の思いが一番だったりする。 有料のセミナーに、自腹を切ってやってくる人は、求めるものもはっきりしているし、レベルも高い。しかし、学校現場では、けっしてそういう生徒ばかりではない。 さまざまな価値観、興味、学習意欲をもった集団としての相手を、45分なり50分のあいだ、意欲を継続させていくかということがとても大事であると思います。さらには、それを1日5時間6時間、意欲を継続させなければならないのです。こんなことを考えていると、最近は授業をあまりやっていないので、うずうずしてきます。 頭の中には、アイディアが一杯。 目の前には、「もっと自分の価値を見つけたい」と思っている生徒がたくさんいるのに。 保健室の対応だけでは、対処療法が中心となってしまう。 私は授業に出かけて、彼らが求めるものを提供したい。彼らが人生において「生きる力」となるものを。
2006.12.05
「おれ、教師なんて嫌いだな。なんかうざいんだ」ある男子生徒が、保健室でつぶやきました。「あら、教師、嫌いなんだ。」「うん、なんかうざいよ。」「ごめん、私もいちおう、教師なんだけど・・・・」「あ、おれ、姫先生のこと教師って思ってないもん。」「は?」「(笑)」「すると、わたしゃ、なんじゃらほい」「わからん」あ、そ・・・。まぁ、いいかぁ。教師である前に、人間だし。
2006.12.01
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