2026
2025
2024
2023
2022
2021
2020
全2件 (2件中 1-2件目)
1

『東村山音頭』 作詞 土屋忠司 作曲 細川潤一 編曲 たかしまあきひこ 歌 志村けん一、まずは四丁目からいってみよ~東村山庭先や多摩湖 狭山 茶どころ情けが厚い東村山四丁目東村山四丁目二、さぁ、つづいて3丁目いってみましょうか東村山三丁目ちょいとちょっくらちょいとちょっときてね一度はおいでよ三丁目一度はおいでよ三丁目三、わぁお、わぁお、東村山一丁目わぁーおいっちょめいっちょめわぁーおいっちょめいっちょめわぁーおひ・が・し・あ、むらやま一っちょめわぁぁあおMIDIです(歌詞のさわりを聴くことができます)。東村山商工会のサイトのMIDIです(メロディを聴くことができます)。「盆踊りの音楽 ベスト」のMIDIです(歌詞を聴くことができます)。『鹿児島県議選買収事件』(平19.2.23)、『富山冤罪事件』(平19・10・10)と、冤罪事件の再審無罪が次々と確定しています。両事件とも、「人びとの記憶に新しく、知名度が高い」ということが、勝因に大きく関わっていることを感じます。狭山事件をはじめ、裁判が長期化し、「人びとの記憶にほとんど残っていなく、知名度も低い」未解決の冤罪事件は、どうすれば有罪判決をくつがえすことができるでしょうか。狭山事件で、何とか、人びとの関心をひき、知名度が高まる訴え方ができないものでしょうか。求められるのは、「2.7狭山事件第一次再審請求棄却のおさらい」 と「パーフォーマンス」だと思いましたよ。 *高判昭55.2.5刑集33-1-1K
2008.02.07
コメント(0)

『おんな三代』小林初枝(1981/朝日選書)より 初版で仮名だった地名を実名に改めたのは、仮名を使うこと自体、被差別部落であることを卑下することに通じないか、部落であることを自ら卑下するようでは、部落解放はあり得ない、との反省からでした。といっても、部落差別が今なお後をたたない状況のなかで、部落から離れて必死に生きている人びとへの気がかりが消えたわけではありません。ただ、一人苦しんでいる人びとも、今の状況から脱出しなければ部落解放はあり得ないと認識していただき、強く生きて欲しいと願っています。・・・『日本古代史入門』八切止夫(2005/作品社)より---部落出身の人は出自を隠すためか、部落の人を非常に嫌うものです。いま何とかリサーチとかいうところで、部落差別のわかる本を何万円で売っていると騒ぎまわっているが、部落出身の社長は、絶対に己が会社には部落の人間は採用したがらぬ方針だそうです。八切 前の己が素性を隠したがるわけです。しかし案外と民間では随筆などで明記しているようです。・・・己らの生まれ育った国は、愛し護ってゆかねばならぬ。それには明治・大正みたいな押しつけの義務教育では駄目。いい加減なごまかし歴史で恰好づけなどせず、真実の古代史をはっきりさせるべきだろう。・・・ みなさんは、2年前の2006年2月1日、大阪市内の興信所で、30年ぶりに新たな『部落地名総鑑』の存在が発覚した事件を覚えていらっしゃるでしょうか。◇知っている◇知らない結果だけをみる 統治者が、統治の必要上「地名」に聖賎の区別をつけたのに慣らされ、現代の『部落地名総鑑』を生んでしまった私たちの歴史を学び、まずひとりひとりが真摯に反省できたらいいですね。 私たちの中に、「地名」を大切にする日本(に住む)人の心がよみがえり、違和感ある『部落地名総鑑』という書物を、即刻この世から葬り去りたいという気持ちが、おのずと湧いてきたらいいですね。 そうして、孤立を恐れ、学校や職場で『部落地名総鑑』をネタにする人たちに右にならえしてきた部落出身者をはじめ、すべての人々が、安心して暮らせるよう、共に『部落地名総鑑』が根絶するまで、抗議の声をあげられたらいいですね。 『こんな差別が』小林初枝(1980/ちくま少年図書館)より 『おんな三代』の出版のときは、字名を仮名にしたのですが、それでも「・・・部落を隠して嫁に行った娘が、あんたが書いたものが原因で離婚にでもなったら、どう責任をとってくれるか」と私の職場にどなりこむ人がいて、・・・地名全部が実名の『被差別部落の世間ばなし』(筑摩書房)の場合はさぞ大変だろうと私は覚悟していましたが、・・・それというのも、差別を掘り起こすことによって、部落の人たちに、差別が重くのしかかるという現実があるからです。・・・場合によっては、内外からの風当たりが私のほうにかえって強いこともありうるのです。・・・ 下町(しもちょう)から立候補した人は、昔からの部落の“お大尽”、いえ町全体でも屈指の地主といわれていた永尾さんという人ですが、恵まれた家庭環境にある者のひとりとして、親の代から部落解放運動をきらい、部落問題については逃げの一手で過ごしてきました。そんな人が立候補したのに、町かどの話題は、部落解放運動や部落の人非難の声があふれたのです。・・・部落の中だけでなく、町全体でも、戦前戦後を通じて、地位と財産のある家と人びとから見られている家です。そういう家に限って、“部落差別なんて感じたことはない”というのが定石なのですが、ひとたび、町を二分した町長選ともなると・・・ N子の父親は、興信所氏がいったように、私たちの町の有力な指導者のひとりに数えられる人でした。部落のなかでは恵まれた者によくありがちな「ねた子を起こすな」の考え方が、N子の父親を先頭に、家族全員がそう思い込み、日ごろから部落解放運動にソッポを向いているのでした。・・・それから半年ばかりたったある日、私は児玉駅へ向って急ぐ彼女の姿を見つけました。・・・休暇を利用しての帰省ではなく、彼女は会社をやめて帰ってきたことを私に告げました。ほんのわずかな立ち話でしたが、私から視線をそらして話す彼女のしぐさに、彼女の悲しい結末が、私にはいやというほど読みとれたのでした。 ところで、「同和」対策事業特別措置法の施行を契機として・・・N子の父親は依然として町議員の職にありましたから、公式の場において、今までのように“ねた子を起こすな”の考えを得々と論じているわけにはいかなくなりました。・・・ 表面上の言動はともあれ、父親の心の中では愛娘の失恋の痛手をかみしめていたのでしょう。と同時に、個人の力で部落差別を葬ることができないことにも気づいたのでしょう。 はじめに、「下町」とか「部落」とかの代わりに、部落の新しい呼び名が生まれているといいましたが、興信所の者がN子のことを「彼女の生まれ育った所は『破戒』に関係ある地域」という表現を用いたのも、その範疇に入ります。・・・私は、こんないいまわしを苦心して考え出さなくて、下町という差別のひびきを持つことばを使ったとしても、「下町の人びとは、かつて差別されたことがあったっけ」と、過去のこととして茶のみ話に語られるようになる社会がきて、はじめて差別がなくなった、差別の心はないといえると思っています。
2008.02.01
コメント(0)
全2件 (2件中 1-2件目)
1
![]()
