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2008年01月23日
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宮崎哲弥とは、一体何者?

以前から、不思議な印象を抱いていた。



1971年9月22日設立。代表取締役は蓮見清一。当時は自治体向けのPR誌や地図など下請けを中心とした事業を行っていた(株)ジェー・アイ・シー・シー(JICC出版局、通称“ジック”)だったが、 1974年6月に晶文社から版権譲渡を受けた月刊誌『宝島』(植草甚一が創刊・編集していた『ワンダーランド』が前身)を復刊 。若い世代を対象とした先進的な編集方針による斬新な切り口は以後の出版界に少なからぬ影響を及ぼす。1993年4月に現社名となるが、復刊当初は編集は赤坂の(株)宝島社、発行は飯田橋の(株)JICC出版局、と別会社になっていた。



あの植草甚一の、「ワンダーランド」の流れをくむ「宝島社」という存在がちょっと気がかりだ。宮崎は、この宝島社のライターからの成りあがりらしい。

読書家で、なにか正体の分からない論旨でまくしたてる雰囲気に不思議な気分が湧いて仕方がなかった。これは、星条旗のエージェントだろう?


植草甚一についても、その生涯について検証する必要があると思う。生前、すでにCIAのエージェントとしての生活を噂されていたが、本人がその気があってもなくてもスリーパーとして重用されそうなキャラクターだった。CIAが直接、諜報工作を第一線で氏のような人物に仮託することはないとしても、彼のキャラクターが出版界に隠然と影響行使を行える背景に、星条旗が同伴していた可能性は、意外に否定しズらいものがあるのではないだろうか。


例の、United States Information Service (USIS) の流れもある。



【ワシントン21日共同=杉田弘毅】 一九五○年代に日本の左傾化を恐れた米広報文化交流局(USIS)が日本で行った世論工作を詳述した 報告書が二十一日までに米国立公文書館で見つかった。左派勢力が強かった京都大学の教授陣を対象にした反共工作のほか、日本映画やラジオ番組の制作、出版物刊行をひそかに援助、米国が望む方向への世論誘導を図った実態が細かく描かれている。

 報告書は、米政府情報顧問委員長(当時)を務めたエール大学の故マーク・メイ教授が五九年、日本に五週間滞在しまとめた。フロリダ・アトランティック大学のケネス・オズグッド助教授が発見、冷戦時代の米対外世論工作をテーマにした著書「トータル・コールドウォー」の中で明らかにしている。




USISは、かのアイゼンハゥワー将軍が指導して作った機関で日本では相当この工作が網の目になって投網がかけられている。植草甚一→宝島社→宮崎哲弥という「星条旗」の爪跡は、なるほど補助線として有効そうだ。



宮崎哲弥も、油断したな。うっかりテレビで口走ったために私に見抜かれてしまった。視聴者を舐めるのもいい加減にしたまえ。それとも、操られていることすら自覚がないのかな?
















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最終更新日  2008年01月25日 19時14分53秒
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