世の中偏見はたくさんあるとは思う。
どんな不条理の中でも生きていかなくてはならないのは世の常であると思う。
だから、きっと普通の人は大抵、なるんべくこの偏見を受けないように受けないように、そういうことがなるべく自分の身に降りかからないように、生きているのではないか・・・。
最近私は今何と闘っているのかと自分自身にずっと問うていました。
そして、 きっとこの世間一般の偏見と闘っているのだ・・と気がつきました。
なかなか、面白いではないか?
UCにいたときも、確かこの”偏見”と闘っていたはず。
だから、迫害を乗り越え、主権復帰やらして、世の中になんとかして認めてもらおうとある意味必死であったような気がする。
いつの日か必ずわかるときが来ると連呼しながら・・。
もちろん、認めてもらうということがとんでもなく方向違いであったけれど。
結局そこから抜け出たって、同じことなんだ。
この偏見のまなざし・・。
これは私が・・、そして娘がずっと背負っていかなければならないものなのか?
仕方が無いことなのか?
娘の4年の学級担任にさえ、こう言われたのを私は忘れることが出来ません。しかも初顔合わせの面談の日。
「お宅、就学援助もらってるんでしょ?そんな家庭が教育に対して関心があるなんて、信じられない。そして今まで見たことも聞いたこともない・・・」
そしてあざ毛笑うような、軽蔑したまなざし・・。
忘れることができません。
その先生は超ベテランの先生で、ここの地域の父兄からも絶大なる信頼を受けていて、生徒にも人気のある女性の先生でした。
その他にも屈辱的なことをたくさん言われました。
娘がどんな扱いを学校で受けているのか、想像付くかと思います。
しかし、娘は頑張っています。
いつかは・・・いつかは・・と思っています。
なんだか・・、UCにいたときみたい・・・。
そんなきっかけが、貧しくても、立派に娘を育てることを強く心に誓うきっかけになっています。
娘を絶対に守る!!
強く雄雄しく生きていきたい・・・・。
PR
キーワードサーチ
カレンダー
コメント新着
フリーページ