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ども!しょぼしょぼ雨の18度の台北から大忙しのみっち総裁なりなり!!年末年始は体調を崩し、やっと本調子ぃー?とズンダレていたらギャッ!今週末から丸々1週間オカンが花博を見物するため乗り込んでくるぢゃんよー!ってことで慌ててあちこち大掃除。オカンが帰ったら旧正月なので年末大掃除も兼ねててちょうどいいか。まずは倉庫部屋になっている部屋の片づけから!何しろ我が家のつくりはかなり変わっていてその部屋に行くには一回通称外リビング、屋根つきのひろーいバルコニーを通っていかなきゃならん。なのであまり行きもしないため季節外の服やおびただしい数の本、DVD、電化製品はたまた我輩の商売道具などが詰め込まれている。部屋には普段物置と化しているシングルベッドがあるのでオカンや親友が来て泊まる際にはそこがお客さん部屋になるのぢゃがその部屋を片付けて人が休める空間を作らなきゃならん。が・・・・・最近は要らない棚と棚板を使って我輩のミシン机とかこさえてしまっていてさらにスペースがなく半日かかってようやくオカン部屋をこさえた。何しろかなりの綺麗好きなオカンなので普通の掃除ではおっつかん。もう半場ヤケっぱち。まぁジャクソンがやってきてから毎日掃除機かけて掃除してるので寝室やリビングは我輩があちこちに放置している小物類を片付けりゃいいしー。小言がうるさかったらどっか台北の片隅に放置して置いて来ればいいかー。ぎゃはははははその合間を見て独眼流ジャクソンのバルコニーに自由に出入りするための猫ドアを製作し設置。いいぞー。うつくしいわー。ついでにくたびれかけていたシャワーカーテンも交換し締まりが悪かった洗面台の蛇口も交換。これは締まりだけでなく出も悪い蛇口だったが何しろ最上階なので水圧だろうと思っていたら!!なんと蛇口を新品に換えたらジャンジャカ!!あまりの嬉しさにその日は2人とも意味もなく手を洗いまくってしまった。おほほほほほ今は狭いバスルームにおいているトイレもそのうちバルコニーに出してバルコニーで用を足してもらおうと思っているので新しいトイレも。今は市販の屋根つきドア付のトイレなのぢゃが5キロ超えているジャクソンにはかなり窮屈そうだし家中に撒き散らす猫砂の掃除も大変。ネットで調べているとイケアの衣装ケースを利用してDIYした見た目もシンプルでいいやつの情報が。早速近所のイケアでケースを購入し製作。いいぞー。掃除も簡単ぢゃー。撒き散らしも少ないしー。これでバスルームはかなりすっきりしたぞ!ま、蛇口も猫ドアもトイレも案を出すのは我輩で作るのはコブなんだけどさ。ぎゃははははその方が時間はかかるけど本当に綺麗にできるのよー。我輩は早いけど雑なのよー。曲がってても別にいいぢゃんって感じでフリーハンドで切っちゃうだよー。ぎゃははははで、その新品の快適トイレを手に入れたすでに早いもので1ヶ月以上我が家にいるジャクソン。気付けば呼べば答える喋り猫になり、あれだけ嫌がっていた抱っこもさせてくれるようになっていてこうやって我輩がPCをいじっていると小さな可愛らしい声でミーミーと呼びに来る。体重も増えまくっている。(これはいかん)喋るでかい猫の製造人か?我輩は。ま、そうだな。間違いない。ぎゃははははは今では施設にいたのが嘘のように我が家に馴染んでくつろぐジャクソン。ソファーの上で口を開けて腹を出して寝ている猫ジャクソン。警戒心まるでなし。日本名も梅吉と命名。由来は目が梅干みたいだから。(笑)昨晩は近所の野良猫がけんかしている声を聞いて落ち込んだ梅吉。しばらく抱っこして慰めが必要なくらい。猫がこんなに落ち込むのか!文字通りガックリ、しょぼーん。ふぢヲじゃ考えられん!あいつなら見物に行ってしまって巻き込まれるのがオチ。(笑)何しろ長い施設暮らしで一回も喧嘩をせずどんな猫でも仲良しになっていたらしい平和主義な男だからのぅ。梅吉は。ま、そんな感じで週末から来週末まではおかん襲撃で忙しい予定。前回予告した台東ベトナム料理屋事件はまたのちほど!!注意!写真はジャクソン・梅吉ではありません!
Jan 20, 2011
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ようやくこじらせていた風邪も完治に近づいて気付くともう1月も中盤。本当に猫らしく独立心旺盛だったジャクソンもなぜか甘えん坊の喋り男になっていた喋る猫製造人・みっち総裁なりなり。さて先日半分報告済みのプユマ族豊年祭。風邪の完治に専念していて気付いたらもう10日なので報告はどうでも良くなったちゅーか記憶もあいまいになってきたが(笑)とりあえずザーッと。今年の豊年祭は日本でも天気があれた原因の大寒波の影響で台湾全体も例年になく冷え込み豊年祭の会場である部族の集会場バラクワンも北風がビュービュー吹きつける状態。そんな中でも部族の長老衆は会場を見舞わせる壇上に座って部族のみんなを見守り、暴走する人がいないかなど目を光らせている。微熱はあるは咳は止まらんわ、最悪の状態の我輩は会場のベンチにすわりこみ凍えながらのんびりと和気藹々すすんでいく祭りを眺めていたが突然Cちゃんが「姐さん!せっかくきたからナンか参加しましょー!」とテンション高く言い出した。よくきくと今から粟もちつきがはじまるのでその参加者を2名1組で募集しているらしい。勢いにおされて渋々受付にいくとそこに居たスタッフの若者が「おまいら日本人が出ても出来んから辞めたほうがいいわー」この言葉にCちゃんがカチン。この時点では中国語全く駄目の我輩はヘラヘラ。Cちゃんに聞いて今度は我輩がカチン。「大和魂なめんなー!」2人でチッといいながらブー垂れているとそこにまたまたカメラを首から下げたマサオさん1号登場!我輩らには優しい好々爺そのもののマサオさん1号は実は今回の祭りの副会長。(会長はマサオさん2号)部族では一目も二目もおかれる存在で「たのしんでるかー」とやってきたマサオさん1号にせこく言いつけた我輩とCちゃん。(爆)「参加しようと思っていったらおまいらどうせ出来んからだめっていわれたー」「なに!まってろ!話つけてくる!それはおかしい!」とっくに餅つきは始まっているのにさすがはマサオさん!あっというまに話をつけてきた。やる気がなかったのに俄然張り切る我輩。いやね、駄目って言われたらやりたくなるもんよ。人間ね。するといきなりマサオさん1号による餅つきのレッスン開始。腰の入れかた、リズムの取りかた、日本とは違う杵のもちかたなどなど。会場入りもマサオさんの指示で餅つきを元々仕切っていた人らはあくまでおまけ状態で華々しく登場した我輩たち。プユマの伝統的なノンビリしたリズムにあわせるだけではなくさらに裏も打ったため凄まじい倍速でキビキビと餅をつく我輩ら。日本の餅つきの場合は裏(リズム)は餅を返したり水をつけたりするがこちらはそれがないので延々と倍速打ち。おかげで終了したときには二の腕はパンパン。息も絶え絶えの状態。しかし2人ともやけに勝ち誇った気分でお前らにはできんといったプユマの若造(通称オレンジ。オレンジの袖のTシャツだったため)を横目でみる。参加賞にタオル&石鹸とあんこ入りの粟餅をいただき美味しく頂く。・・・・・が病身の年寄りは即座に胸焼け。とほほ・・・・その後は日が暮れだしなんかまとまりなく雑然としたかとおもったら台湾のアムロちゃんとも呼ばれる阿妹が取り巻き&観光バスで乗りつけたファンと引きつれ登場!ファンやメディアで雑然とするなか訳のわからんうちに頭目であるクマドゥさんちへ晩御飯へ。トイレに行ったりしながら待っているとリビングには車椅子に乗ったおばあちゃま。こんばんわ。お邪魔しますというが全く無反応。観察していると固まった状態のおばあちゃま。どうも魂が肉体と完全にずれておる。聞くとクマドゥ夫人で日本語で話しかけるとちゃんと答えるから話しかけてあげてとのことでMちゃんが正月ですよーなどと話すが無反応。(苦笑)いきなりどうかと思ったが意を決して手を握ってみると氷のように冷たくて気が全く通っていない状態でチャネリングチャクラに触れたとたん思わずこっちが泣いてしまいそうなほどの悲しみが伝わってきた。いったいドンだけの悲しみをためて生きてきたんだろう。気合入れてエネルギーワークをしつつ手をマッサージしながら話しかけてみた。「ばあちゃん、寒くないね?」「寒いけどなれてるから」ぎゃ!凄い効き目!我ながらすごい!きっと腕のいい推掌師やセラピストが定期的に施術したらかなりいい状態になるのにとちょっと残念に思ったが単に旅人としてお邪魔した我輩にはそんなことは言えずその場で出来る限りのエネルギーを流しておいた。あとから聞くとおばあちゃまはアルツハイマーでもう何年もそのような状態で何故か夜になると日本語で受け答えをするらしい。すぐにホームや病院に放り込まれる日本と違い一般的な収入の人でもインドネシア人やフィリピン人のヘルパーさんを雇えて住み込みで世話をしてくれて最後まで自宅で過ごせるのは本当に幸せだと思った。その後当のクマドゥさんはおそらく皆と会場そばで夕食&酒盛りのようで不在だコジマさん(いい男・勝手に命名、元日本代表GKコジマ似のため)やクマドゥさんの次男(オサム夫人の弟)などど一緒に車座で鳥の丸焼きなどを美味しく頂く。その後はまるで阿妹の祭り&飲んで踊るための集まりのようになってしまい体調の悪かった我輩はオサム氏にお願いして引き上げた。今回は体調が最悪でほとんど会場のベンチに固まっていた我輩ぢゃが本当は踊りの動きの意味だとかプユマのシャーマンの話とかいろいろと聞きたかったのぢゃが後の祭り。祭りが終了し数日間準備の為にほとんど寝ていないオサム夫人をみるとあまりの疲れっぷりに我慢できず体調不良もなんのそので我輩にはかなり珍しくお疲れ様のヘッドマッサージをちょろっとさせていただいた。朝起きるとオサム氏がコーヒーを栽培するクマドゥさんの農園へ。昔いつも遊んだばあちゃんの葡萄畑のような急斜面の畑で季節は終わったが少し残っていたコーヒーの実を収穫体験。その後2台の車に分乗し台東市内観光へ。そしてその後昼食に寄ったベトナム料理店でその事件はおこった・・・・・。つづく・・・・・・
Jan 10, 2011
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台湾で4回目の新年を迎えたみっち総裁なりなり!!皆の衆!いかがお過ごしか?滑ってこけたり、間抜けな我輩のように風邪を引いてないぢゃろうか?年末から大寒波で冷え込んだ台湾、それ以上に年末年始の日本全体の大雪や世界に比べると雪がない分まだまだましか。2010年最後の満月の日から体調を崩しまだまだ万全ではない体調の中新暦の正月気分は全くない台湾でゲホゲホいっている我輩。兼ねてから予定していた台東のプユマ族の豊年祭という新年の祭りを見物するた1日、2日と一泊二日の旅へ!初めてのコブ抜き国内1泊旅行!ひゃっほーーーー!!プユマ族は台東一体の台湾原住民の一部族で昔からビンナン族とも呼ばれる部族。その中の泰安(村)の部族の新年の行事(豊年祭)を見物に。泰安の女性と結婚し滞在30年を越えるオサム氏にコーディネートをお願いし今回の旅へ!このオサム氏の奥さんは村の長老のリーダー・クマドゥ氏の長女。オサム氏は日本統治時代には盛んだったが今はすっかり廃れてしまったプユマのコーヒー栽培を復活させようと頑張っている人で豊年祭とともにそのコーヒーを味わうのも我輩の今回の旅の楽しみにしていることのひとつ。元日朝の冷え込む台北市内、近所の松山空港より始めての台湾国内線飛行機に乗り50分のフライトで8時過ぎには台東空港到着。お世話になるオサムさんに出迎えられ我ら一行はすぐさまオサム号にて泰安村へ!空港から泰安村までは車で15分。あっという間に到着!オサム邸に到着すると挨拶と荷物置きもそこそこに祭りの会場へ!全く知らなかったがプユマの豊年祭は朝から夜12時まで続く長丁場。しかもその数日前から男たちは山へ狩りに向かい獲物を狩ったり先祖への儀式もあったりして実は数日間に及ぶらしい。ほぉーー。このプユマ族の泰安の部族は台湾および中華圏では絶大な人気を誇る歌手・アーメイの故郷で彼女は毎年この豊年祭には里帰りし歌や踊りを楽しむらしい。自慢ではないが我輩の台湾スターの中で名前と顔が一致するたった4人の中の一人であるからして彼女と記念写真を撮るのも旅の楽しみの1つ。(笑)会場へ行くとすぐに豊年祭開始。しかし会場にいる人は全くまとまりがなく各自お喋りに励む人、準備に走り回る人と様々でまさにゆるゆるな感じでほほえましい。そんな中、日本語世代の長老のじいちゃん達や婦人会のお姉さま方に挨拶をしつつオサム夫人のご好意によりプユマ族の伝統衣装をまとわせていただいた。祭りの最初にはまずは会場の中心で狩って来た獲物を調理したものやチマキ、野菜などの朝食から。これはまずは男性のみでしかもいわゆるしゃがんだ状態で年配の長老以外はお尻を着くことは許されず後ろには棒をもった風紀委員?のような兄ちゃん、おっちゃんがいてちゃんとしゃがんでいないと棒で突いたり、席がない人を棒でちょいちょいと誘導したりと活躍していたり。男性が全て食事をすませるとようやく女性が食事ができる。すでに挨拶を済ましていた長老の一人、まさおさん1号に「たべてるかー?」と気を使っていただきつつ、おさむ夫人の妹さんが内気な我々(何か?)に運んできてくれた粽(月桃の葉にくるんだ餅状のもので中には塩味のきいた豚肉)や高菜炒めやなんとカタツムリの身などを頂く。医者にスパイシーなものや体温より低いものを食うなと厳しく言われていたため味見程度しか食べれなかったが初体験のカタツムリはちょうどサザエの身を調理したものとよく似ていて美味!粽もあっさりしていて美味しくて癖もなくきっと熱々ならもっと美味しいはず!さて我輩がもっとも交流を楽しんだ爺ちゃん軍団こと長老会のリーダーであるクマドゥさん。オサム氏の岳父であり泰安の頭目。ニコニコとした心も肝っ玉もほんとうに大きい雄大な山のような爺ちゃん。なぜか我輩に家族の歴史を語りだしたが、これは我輩が年配の人たちと交流をすると必ず起こる珍現象で全く赤の他人の我輩がなぜかクマドゥさんの子供達のことや家族の歴史に詳しくなるという、身内にすれば「何故におまいがそれを知っているのか?」っちゅー感じで(笑)そのクマドゥさんは国民学校をちょうど卒業したときに日本が敗戦したそうでクマドゥさんはじめ長老たちはみな日本語が流暢で未だに中国語ができない我輩は元々何故かだいすきな爺ちゃんたちとの交流を日本語で楽しめた。そして首からカメラをかけたまさおさん1号。なかなか我輩とCちゃんの区別がつかず名前が結局最後まで入れ替わっていた突っ込みがいのあった面白い爺ちゃん。現役時代は先生だったらしい。そのまさおさんの親戚ですらりとしたまさおさん2号。なんと現役時代は蒋経国のSPをしていたなんとも凄い経歴の持ち主。2人ともまさおサンなので年の順に1号、2号と書くが2人は本当に仲良しでお互いに「奥さんが天国」←本人談。なので毎日のようにつるんでお茶を飲んでいるらしい。まさおさん2号はプユマの伝統的な粟酒つくりの名人でちょうど甘酒のような味の黄色いどぶろくのようなもの。数人の製作した粟酒をご馳走になったが個人的にはまさおさん2号の粟酒が一番美味しく、売っていたら購入していきたいほどの味だった。そしてクマドゥさんの娘の一人のメイリンさん。長女であるオサム夫人にしろこのメイリンさんにしろ本当に美人で美形一家。彼女は韓国人のご主人と子供達と共に韓国に在住で正月の里帰り中。プユマの伝統衣装の着付けを手伝ってくれたり、なにかと我輩ら内気な我輩らを気遣ってくれた優しい女性。そのほかビンロウをくれたなつこさんや勝手に命名したイイ男コジマさん。陽気で楽しい酔っ払った兄さんなどまさにイイ意味で濃い面々が揃っており体調が万全でなく思い切り楽しめなかったのが本当に残念!しかも普段は本当に温暖な気候なのに今年はここも例外ではなく寒くて北風がビュービューの状態で凍えていたがなつこさんがくれたビンロウ、普段この台湾ではあちこちで売っているがまさに我輩初体験!「あったまるよ」の一言を受けてせっかくだからチャレンジ!噛み出したら3分間くらいは吐いちゃいかんよ。んでその汁を飲み込むのはもっと駄目。などのレクチャーを受け恐る恐る口へ放り込むとぐわーーー!かたい!!固かですーー!顎が外れそうなくらいかたいーーー!しかもなんとも表現できん味やー!ほんのちょっと噛んでいるとなにやら頭がポーっとしてポカポカ。そして舌や口がしびれてきた!ひぃーー。話したらよだれでそうやーー!傍からみると我輩の唇は痙攣していたらしい。(笑)そんなことをやっている中も祭りはゆるーく進行中で竹と萱のようなものを使った親子小屋建て競争や綱引き、そしてダンスが行われていく・・・・・・。ちゅー感じでまだまだ祭りは中盤。しかし長くなるので以下続くーーー!!!
Jan 3, 2011
コメント(3)
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