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Jan 16, 2017
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カテゴリ: 格闘技
ものすごい選手でした。。。
いまでこそ、大柄で飛ぶ選手はいるけど、当時は、あんなに飛ぶのは、ジュニアの選手くらいでしたもんね。。。

そうか、もう73歳だったんだ。。。

殺人事件とか、末期がんとか、いろいろあったんですね。。。

御冥福をお祈りいたします。


“スーパーフライ”ジミー・スヌーカ死去――「気楽にいこうよ」のハンドゼスチャーが忘れられない東京での一夜【フミ斎藤のプロレス講座】

2017.01.16 スポーツ
スーパーフライSUPERFLY

写真はジミー・スヌーカの伝記本『スーパーフライSUPERFLY』(ジョン・チャットマンと共著)の表紙から
 “スーパーフライ”ジミー・スヌーカが死去した。73歳だった。スヌーカの娘で、WWEではタミーナのリングネームで活躍しているソローナさんが1月15日、みずからのインスタグラムInsragramで公表。つづいてWWEオフィシャル・サイトがこれをニュースとして伝え、ドゥエイン・ジョンソン(ザ・ロック)も公式ツイッターで哀悼の意ををつづった。



 日本ではブルーザー・ブロディのタッグ・パートナーとしてのイメージが強い。1981年(昭和56年)12月の全日本プロレスの『世界最強タッグ』決勝戦では、新日本プロレスから電撃移籍のスタン・ハンセンの“乱入”というビッグ・サプライズとともにブロディ&スヌーカがドリー&テリーのザ・ファンクスを下しリーグ戦優勝。

 新日本プロレスでもブロディとのコンビを再結成したが、『85IWGPタッグ・リーグ戦』決勝戦の当日、新日本プロレスのフロントと衝突したブロディが試合出場を一方的にキャンセルし、仙台駅で新幹線を降り、東京行きの新幹線に乗り換えたことで知られる“ボイコット事件”という歴史的な事件が起きたときも、スヌーカはブロティと行動をともにした(1985年=昭和60年12月12日)。

 それから2年後、ブロディが古巣・全日本プロレスにUターンしたときも、ブロディは『87世界最強タッグ』のパートナーにスヌーカを指名。この年のリーグ戦・公式戦ではハンセン&テリー・ゴーディ対ブロディ&スヌーカという、ハンセン対ブロディのシングルマッチのさわりがちょっとだけ実現した。チームリーダーはブロディだったが、じつはプロレスのキャリアではスヌーカが6年先輩、年齢でもスヌーカのほうが3歳年上だった。


スヌーカはアメリカではシングルプレーヤーとして活動。1970年代後半はNWAミッド・アトランティック地区でのリッキー・スティムボートとの因縁の対決が南部一帯のドル箱カードだった。1982年、WWEと契約。ニューヨークのファンのあいだでいまも「心に残るワンシーン」として語り継がれる“マグニフィセント”ドン・ムラコとのケージ・マッチ(1983年10月17日=マディソン・スクウェア・ガーデン)では、金網の最上段から30フィート(約9メートル)飛行の伝説のスーパーフライを披露した。

 WWE史においては、ボブ・バックランド政権時代のエピローグをささえた隠れた主役、“1984体制”から“レッスルマニア”第1回大会までのハルク・ホーガン政権誕生のプロローグでは“助演男優賞”的なポジションに立っていた。1996年、WWEホール・オブ・フェームで殿堂入りした。

 1983年に全米ツアー中に死亡したスヌーカの元交際相手(当時)の死因が“事故死”ではなく、スヌーカによる“第3級殺人”または“過失致死”だったとして、事件・事故から33年を経て捜査が再開された「ナンシー・アージェンティーナさん事件」で、昨年、スヌーカは逮捕・起訴された。

 しかし、2016年12月の裁判では、ケリー・L・バナック裁判長(ペンシルベニア州アレンタン地方裁判所)が「スヌーカの認知症」と「健康上の問題=末期ガン」を理由に審理不能で結審。裁判そのものがおこなわれなかったことで、スヌーカは事実上の無罪となった。

写真は2001年=平成13年11月22日、東京・六本木にてジミー・スヌーカと筆者(右側)
 ぼくの手元に1枚の写真がある。デジタル写真ではなく、サービス版といわれるサイズのカラーの紙焼きで、右下にある日付は2001年11月22日。いまから15年ちょっとまえの写真だ。古い手帳で確認してみたら、2001年(平成13年)の11月22日は木曜日。アメリカのカレンダーでいえばサンクスギビング・デー=感謝祭の夜である。

 スヌーカさんは「オレはサンクスギビング・デーに家にいて、ターキー(七面鳥)を食べたことなんていちどもない」と笑いながら話していた。プロレスラーは、サンクスギビングの夜に家で家族といっしょにターキーを食べることができない職業なのだ。

 ぼくはその日、スヌーカさんとほかの何人かの友人たちといっしょに六本木で待ち合わせをした。翌日はFMWの横浜文化体育館大会。久しぶりの東京の夜だから、スヌーカさんはほんのちょっとっだけナイトクラビングをしたがっていた。スヌーカさんは当時、すでに58歳で、現役選手として日本に来たのはこのときが最後だったような気がする。



気がついたら、スヌーカさんはおとなりのテーブルに座って食事をしていたジョー山中さんと楽しそうにおしゃべりをはじめていた。山中さんは「格闘技は大好き。プロレスも大好き。『あしたのジョー』の主題歌を歌わせてもらったから、ぼくは格闘家とは心が通じ合ってるつもり」といってほほ笑み、スヌーカさんも静かな笑みをたたえて山中さんのほうをみていた。

 ぼくらの世代だと、ジョー山中さんというと映画『人間の証明』の“Mama,Do you remember”という主題歌なのだけれど、そのフレーズをそのまま口ずさむと失礼かもしれないので、それはやめておいた。

 パッとうしろを向いたら、内田裕也さん――子分を何人か引き連れた――が立っていた。山中さんと内田さんは握手をしてハグをして、おたがいにニッコリ笑っておしゃべりをはじめた。山中さんはスヌーカさんを内田さんに紹介し、内田さんとスヌーカさんもニッコリ笑って握手を交わした。とてもゴージャスなシーンだった。

 3人のアーティストたちは、ステージでそれを演じる自己とオーディエンスの関係を語り合っていた。「Vice Versaヴァイス・ヴァーサ(逆もまだ同様に)」とか「 Psychologyサイコロジー(観客心理)」とかキーワードが飛び交っていた。

 スヌーカさんは、そのテーブルに座っていた人びとにハワイのハングルースHang Loose(気楽にいこうよ)のハンドゼスチャーを教えていた。God Bless Him――.


斎藤文彦
文/斎藤文彦 イラスト/おはつ



「スーパーフライ」「飛獣」ジミー・スヌーカ氏が死去 WWE殿堂スポニチアネックス 1/16(月) 8:39配信

「スーパーフライ」「飛獣」ジミー・スヌーカ氏が死去 WWE殿堂
ジミー・スヌーカ氏(AP)
 「スーパーフライ」のニックネームで知られたフィジー出身のプロレスラー、ジミー・スヌーカ氏が15日、死去した。73歳。米メディアが報じた。胃がんで闘病していた。



 1969年にデビュー。跳躍力を生かしたボディープレスは「スーパーフライ」と呼ばれた。83年、米ニューヨークのマディソン・スクエア・ガーデンで行われたドン・ムラコとの金網マッチのおいて、金網最上段から敢行したスーパーフライが有名。

 96年、米プロレス団体のWWE殿堂入り。日本においても活躍し「飛獣」の異名を取った。ブルーザー・ブロディ(88年死去)とのタッグでも知られた。





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Last updated  Jan 16, 2017 11:25:31 PM
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