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カテゴリ: 香港生活
今日でゴールデンウィークもおしまい。
時間はたっぷりあるので朝からだんなとTSTへぶらぶらお出かけ。
なんだかピントはずれなショッピングになってしまいめちゃくちゃ疲れた。
結局目的を果たすためにそごうへ移動した。やっぱりここにはあるよね。日本人が好きそうなものは何でもね。買い物を済ませ、ランチを食べて2時ごろオフィスに戻りました。
ああ 暑かった。
晩御飯を食べてのらりくらりしてたら実家の父から電話がかかってきた。
父の従兄弟が亡くなられたのでお葬式に行ってきたらしい。
この亡くなられた叔父さんは、うちの母が余命宣告を受けた頃、母と同じ肝臓癌で余命宣告を受け死の渕に立っていたのにもかかわらず、代替治療が成功してとても元気になられた。この噂を聞いた父は藁をもつかむ思いで叔父さんに電話をかけて、是非その治療法と病院を紹介して欲しいとお願いしたのに、叔父さんは腫瘍マーカーの数値など母の詳しい状況ばかりをきいて、本人が告知を受けておらず闘う意識が無い限り意味が無いと言って結局その治療先を教えてはくれなかったのだ。
その話を電話でつたえてきたときの父の、力が抜けたような声は今も忘れられない。

でも実際は違っていたらしい。肝臓癌は抗がん剤とその代替治療と並行して行われており、実際に肝臓の癌はおさまって一時は元気になられたらしいけれど、もともと原発癌は胃にあり、こちらの方はじりじりと悪くなっていたらしい。抗がん剤が効いたなんて話はあまり聞いたことがないのでひょっとしたら代替治療が癌をしばらくおとなしくさせていただけかもしれない。代替治療を行っていたドクターは、「この人にしか効き目はなかったので、効果が出たことを学会で発表するほどではなかった。」と言っていたらしい。
藁をもつかむ思いだったため当時は悔しい思いをしたけれど、万能な代替治療なんてないことがわかったので少しは気が楽になった。父もそう感じていることだろう。
叔父さんは一時的でもとても元気な時間を過ごされて本当に良かったと思う。
ご冥福をお祈りします。

父はお酒がはいっていたのかよくしゃべっていた。
この叔父さんには私と一つ違いの娘さんがいて、高校生のころはよく文通をしていた。
彼女は今ニューヨークで暮らしているそうだ。彼女もちょっとエキセントリックな子だったので何か人と違うことをしていると思っていたけれど、ニューヨークだなんてすごいな。だんなさんはアメリカ人なんだって。
今回は彼女の帰国にあわせてお葬式の日取りを決めたので、亡くなられてからしばらくしてからのお葬式だったみたい。
連絡が取れればおもしろいのにな。今度もう一人の叔父さんに聞いてみよっと。

それから母の妹(私のおばさん)が母の死から立ち直ることがなかなかできず自律神経失調症になっているというのを聞いたのでさっそく電話をしてみた。
まだしょっちゅう涙が出て、体がおかしく、車に飛び出しそうになったりと、不可解な行動をとったりしてしまうんだって。随分楽になったということだったけれど、早く悲しみを乗り越えて元気になって欲しいな。


連休疲れの人が多いだろうけれど、すぐに週末が来るので頑張れ~






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Last updated  2005.05.05 23:44:09
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Re:ゴールデンウィークも終わりですね(05/05)  
Ikukito  さん
こっちはGWがないからうらやましいよ。

でも、でもその叔父さん、別に自分の損得にかかわることでもなく、たとえ効き目がなくたって、もしかしたら命が助かる可能性が与えられるなら教えてくれたっていいじゃない?

そういう簡単な問題じゃなかったのか?
ご冥福をお祈りします。 (2005.05.05 23:51:50)

Re[1]:ゴールデンウィークも終わりですね(05/05)  
Junpei@hksar  さん
Ikukitoさん
>こっちはGWがないからうらやましいよ。
>
>でも、でもその叔父さん、別に自分の損得にかかわることでもなく、たとえ効き目がなくたって、もしかしたら命が助かる可能性が与えられるなら教えてくれたっていいじゃない?

私もそう思いました。
父もその時にどうしてもっと感情的に聞き出せなかったのかわかりませんでした。
でもそういう人なんですよ。今回のお葬式でその話になった時も、電話で交わした内容にはふれなかったみたいです。

>そういう簡単な問題じゃなかったのか?
たぶん、その治療を行ったところが、
ある程度有名な大学の東洋医学と関わっていた為、あまり他言できなかったのかもしれません。


>ご冥福をお祈りします。
ありがとうございます。
(2005.05.06 11:40:28)

Re:GW  
middle-angel さん
明日で一応おしまいです。Akiもホッとしているのでは?(笑)
叔父様が亡くなられたとのこと、ご冥福をお祈りします。抗がん治療のいきさつを拝見していて、友人が亡くなったときのことを思い出しました。「藁をもつかむ」気持ち、みなさんそうですよね。いいと言われるものは何でも試したいし、少し元気になると、あれが効いたのかな?とか、いい方にいい方に解釈したくなりますね。亡くなる少し前は、ロウソクの火が最後に一瞬パーッと明るくなるように、元気になる時期があったりもしますし・・・。
叔母様、早く今の状況から脱せられるといいですね。どなたかそばで支えになれる方はいらっしゃいますか?そこまでではありませんでしたが、義父が亡くなった時、あまりに突然だったため、相棒も少しおかしくなっていました。私も円形脱毛症になったりして。まあAkiの留学と重なったということもありましたが。
留学で思い出しましたが、先日の「バイリンガル」「セミリンガル」に対するみなさんのご意見、興味深く拝見しました。うちはすべて終了しましたが、通算16年間の教育期間のうちの5年間アメリカで教育を受けたこと、また社会人生活を2年間アメリカで送らせていただいたこと、Akiにとってはよかったかなと思っています。本人の希望でしたので。物事を考える時、日本語ベースの時と英語ベースの時があるようで、帰国直後は少しギクシャクしていましたが、今はある程度順応できているようです。個々のケースで展開や結果は大きくことなるので、こういうことは一括りにできないところが難しいですね。 (2005.05.07 08:22:01)

Re[1]:GW(05/05)  
Junpei@hksar  さん
Angelさん書き込みありがとうございます。
藁をもつかむ気持ちになんてなりたくないですね。
でもあの時はみな必死でしたから、とにかくどうすることもできない母のためにいろいろやりました。
今となれば、セカンドオピニオンも行くべきだったのかもと思いますが、結果的には3ヶ月と言われた母が、1年以上生きてくれたことに感謝しています。
ただ、母はそんなはずではないと思っていたと思うので、そこがどうしてもどうしても引っかかるところです。
叔母も同じ気持ちかもしれないんですよ。
悔しいというかなんというか、これはみなそれぞれ心の中でぐっと隠している部分じゃないかな?
父も私もベストを尽くしたということでこれ以上言及はしません。しても仕方がないから。

(2005.05.08 00:41:04)

バイリンガル  
Junpei@hksar  さん
AKIさんは高校生までの教育を日本で終えて、それからの留学だったため、ベストな状態だったのではと思います。
特に大学もあちらで終えられたことで力はつきますよね。そして働くチャンスも得られました。
日本での教育があったため、こちらで就職したおりもそれほど問題なく社会にとけこめらのではないでしょうか?
私も香港生活○年目ぐらいで(いつか覚えていない)日本語を話すときに軽い障害を感じた頃がありました。
それは主人と仕事をするようになってなくなりましたが、あの時は正直しんどかったです。 (2005.05.08 00:47:53)

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