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2012.03.15
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カテゴリ: カテゴリ未分類
「小山氏の滅亡 小山氏の乱 2。 若犬丸の乱(前篇)」




観晃橋

 (これは祇園城から見た、観晃橋 だど)




 小山義政がなくなったあと、行方不明になっていた若犬丸(政隆)は、元中3年(1386)に蜂起した。

 これが『若犬丸の乱』っていわれる戦の始まりだど。


 若犬丸は昔の家臣たちと供に『祇園城』を奪還!

 続いて、下野守護代・木戸元連を打ち破った!


 だども、またもや足利氏満が登場して、『祇園城』は氏満に取られっちまったんだと。

 この間、だいたい1か月ちょい。




 若犬丸は再び逃亡。行方不明になる。




 ええと。

 前回、行方をくらましたときはな。奥州へ逃げたらしいど。

 あっちに、領地とか知り合いが、いたんだと。


 で、今回は、どこさいったか、っていうと。

 もうちっと近場の、常陸国(茨城県)だったんだ。 



 なんでわかったっていうとな。

 次の蜂起さ、準備してた朋輩たちが、古河代官に捕まって、自白しちゃったんだと。


 かくまっていたのは、常陸の小田孝朝。





 小田氏が何故、若犬丸をかくまったんか?

 理由はここで書くと、ごっちゃになっちゃうから、やめとくど。



 とにかく、情報を得た氏満側は、小田氏の小田城を攻めた。

 小田城は落ちたけんど、若犬丸は、またもや、逃亡!

 行方不明になっちまった。



 逃げたり追っかけたり・・・双方、大変だべな~。




 んで、やっぱし、書ききんなかったんで、後篇へ続くど。




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最終更新日  2012.03.15 23:23:10
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