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2012.11.16
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カテゴリ: カテゴリ未分類









 そろそろ『本丸跡』をでて、次さいこうかな。

 と、思ったら。

 新しい情報さ見つかったもんだから、

 今回も『本丸跡』に、いんだw。




皆川の町1

 そして、始まりは、この写真。

 これで3回目だけんど、ここに『皆川陣屋跡』が

 ちょこっと写ってだんだよ。





 写真の右っ側に、四角い空き地みたいな場所さ、見えっかな?



 写真さ、印つけてみたど。

屋敷跡2

 紫の矢印が『本丸跡』

 緑の矢印2つは、皆川城の腰曲輪のだんだん。


 んで、青い矢印が『皆川地区公民館』でな。

 前にブログで紹介した『皆川氏館跡』だど。

 (皆川氏館跡のブログは、 こちら )



 そんで、赤い矢印が、中学校の校庭部分なんだけど。

 この辺りに『皆川陣屋』が、あったんだって。




 話は『皆川城主・皆川広照』が、移封したあとの出来事でな。


 まずは、元和元年(1615)。

 皆川城周辺は、隣の『榎本領主・本多忠純』の支配になんだけど。


『本多忠純』は皆川に屋敷さ、こしゃらなかったんで、

 まだ、陣屋はたってないど。




 ちなみに『本多忠純』のお兄さんは、『本多正純』っつってな。

 宇都宮城で、『将軍・家光暗殺疑惑(釣り天井事件の元ネタ)』さおこして

 失脚した人だど。


『忠純』も疑われたみたいでな。幕府から呼び出しさ受けたんだと。


 だどもな。

 利根川の中田の渡しんとこさきたら、

 対岸の栗橋に、忠純召補の用意さ、されてたんだって。



 んで、船の上から、対岸の様子さ知った『ぞうり取りの半助』が

 主人の忠純さ刺し殺して、自分もあとを追ったんだと。





 な、なんか、よくわかんないけんど。

 兄弟って、大変だな。


 無実だったかもしんないのに・・・

 半助さん、ちと、早とちり、しちゃったんじゃ~ないんかな?



 このあと、どうなったんかな・・・あとで、調べてみよっと。





 さてさて。『皆川陣屋』の話に戻るど。



 う~んとな。

 寛永17年(1640)から、寛文5年(1665)ごろ。

 能見松平氏が陣屋さ構えた、って説があんだけど。

 これは、証拠の記録が見つかってないらしくってな。

 ほんとかどうが、はっきりしないらしど。



 はっきり記録に、残ってるやつだとな。

 元禄12年(1699)に、

『米倉昌尹』って人が、下野国内に五千石さ貰ったんだどもな。

 そんなかに、皆川が入っててな。

 ここに、陣屋さこしゃったらしいど。



 だども。

 享保7年(1722)になると、

 米倉氏は武蔵金沢に屋敷さ移しちまってな。

『皆川陣屋』は、廃止になったんだと。





 もひとつ、おまけ。

 写真の右手、陣屋跡から西の方向には、『金剛寺』があんだけど。

 ここには、代々皆川家のお墓があんだって。


 状態も良く、城跡から500メートルぐらいしか離れてないらしいから、

 行ってみとこれね。






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最終更新日  2012.11.17 00:31:34
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