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2013.04.02
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天平の丘公園地図

『天平の丘公園』の地図さ見っと、

 真ん中に道路さいっぽん通ってる。


 そこさ境にして、北半分が『国分寺・尼寺』さある史跡公園になんだ。



 今日は南半分の森林公園部分さ、書いて見るべ。


 公園内にゃ、復元した昔の建物や、民家もある。

 けんど、メインは森林だな。



 道は土道が多いけど、のんびり森林浴さ楽しめる。

 小鳥もいっぱい、いる場所なんだ。




 南側の中央辺りに、ひときわ目立小山さある。



天平の丘

 お!古墳だ!

 と、初めて見たときは感動しちまったんだけど。


 これ、古墳じゃないんだ。



『国見山』っつう山でな。

 ん~。塚みたいなもんかな。



天平の丘2

 正面からみたとこ。

 写真じゃわかりづらいけど。

 横からみっと『前方後円墳』の形に整備されてる。


 地図の、真ん中んとこに、書かれてんだけど。

 そこにも『前方後円墳』の形に書かれてる。



 丘の周りにゃ、『周湟』っていう古墳につきものの堀も、巡らしてある。


 でも、古墳じゃないんだよ。




 遺体さ埋葬するための『玄室』もないし。


 古墳だって証明する、『土師器や須恵器』、

『埴輪』や『装飾品』の類いは、出てないみたいだかんな。




 なんで、古墳みたいな形に整備したんだべ?

 公園化したときに、こしゃったんだよね。



 紛らわしいど!






 てもな。全く歴史に関係ないってわけじゃ、ないんだ。


 公園整備んときに、この辺りさ掘ったらな。

『常滑焼の壺』に入った『渡来銭』が、見っかったんだと。



 発見された『渡来銭』は『唐の開元通宝(621年ごろのもの)』から

『明の宣徳通宝(1426年ごろのもの)』まで、59種類。

 全部で、12,441枚、出てきたんだ。




 埋蔵金け?

 なんか、すごい数だっぺ。




『常滑焼きの壺』や『渡来銭』さ調べたら、

 大体15世紀前半。

 室町時代のころに埋められたもんたって、わかったんだと。



 そんでな。

『渡来銭』さ発見されたことで、

 室町時代の下野国で、銭が使われていた事実が、

 はっきりしたんだよ。



 下野国は、都から遠いかんな。

 銭の流通も、遅かったんだな。


 取引は、まだまだ米が主流品。

 銭は貴重品の時代。



 だもんで。

 ここさ埋められた『渡来銭』は、

 贈答品や貴重品として備蓄されていたものじゃないか、

 っていわれてんだと。



 あるいは。

『国分寺や尼寺』の修復費用として、

 近所の人たちが集めた銭を埋めておいた、

 って説もあるらしいど。




 それって、へそくり?

 違うかw。




 でもな。

 掘り出して使わなかった、ってことは、

 盗賊が埋めた戦利品、だったりしてw。



 それとも、埋めた場所さ忘れちまって、

 掘り出せなかったとか?





 や~。当時の人が、なんで埋めたんか。

 想像してみっと、結構いろいろ出てきそうだなw。





 今んとこ、これだ!って有力な説は、ないみたいだど。

 さてさて。真実は、いったい、どうだったんだべな。






《参考》



 ホームページ・下野市の文化財

http://www.shimotsuke-bunkazai.com/culturalassets.php?id=42









 最後まで読んでもらって、うれしい~ど~♪ あんがと~。


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最終更新日  2013.04.04 00:10:45
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