全て | カテゴリ未分類 | 2 | 3 | 1 | 4 | 5
2007.08.16
XML
カテゴリ: 1
部屋の窓から花火が見えた。川沿いで、大きな打ち上げ花火があがっている。僕はエアコンの冷えた空気を逃したくなかったけど窓を開けて、頬杖をつきながら花火の音を眺め、鮮やかで儚い光を聴いた。


*


ユリと花火を見に行ったのは三年前の八月だった。夕方、いつものセブンイレブンの駐車場で待ち合わせて、いつものようにキスミントを一枚手渡して、それから僕は自転車で、ユリは浴衣だったから自転車の後ろに横向きに座って、川沿いに向かった。蝉の声はずいぶん弱まっていて、生暖かい風も幾分涼しく感じた。


中学生の会話だったのかな、僕たちは川沿いにつくまで太宰治の「斜陽」の話をして、サリンジャーの「ライ麦畑でつかまえて」の話をして、それからカフカの「変身」の話をした。グレーゴル・ザムザの家族はどうして誰にも(たとえば警察とか)に、彼が変身してしまったことを話さなかったのだろうか、という話題で盛り上がっているときに、花火の音が響いた。東側に目をやると、薄暗くなった夏の夕暮れに火花がチリチリと音を立てて散っていた。



「始まっちゃったみたいね」とユリが言った。「そうみたいだね」と僕は答えた。



「ねえ」

「なに?」

「どうしてあたしのことが好きなの?」

「どうしてオレのことが好きなの?」



二発目が飛んだ。バチン、と時代が一気に十年ぐらい変わってしまいそうなくらい明るい花火が、暗闇に咲いた。そんな瞬間の衝撃のあとに、空がドーンという音を跳ね返す。跳ね返った音たちはチリチリと泣きながら川の水面に死んでゆく。僕らは目を合わせて笑った。早く行かなくちゃ、ほら、急いで!とユリは僕の左の耳たぶを引っ張った。




川沿いについたころには、そこは人でごった返していた。橋を含むすべての道が遊歩道となっていて、そこらじゅうに馬鹿高いたこ焼き屋や生臭い金魚すくいの屋台が並んでいた、ちょうちんに照らされた僕らの色のない、薄い影は川沿いの細い砂利道で止まった。「川のそばまで下りようか」と僕が言うとユリは嬉しそうに「うん」と頷いた。



僕たちはコンクリートで舗装された岸に座った。草の匂いとたこ焼きの匂いと煙の匂いと、ユリの匂いがした。花火を見ながら何気なく手を握ると、ユリは微笑んで僕の右手を握り返した。一時間ぐらい、僕たちは無言で花火に降られていた。




「それじゃあ、ね」と、セブンイレブンの駐車場でユリが手を振った。僕は「ああ、またな」と言って自転車を漕いでユリを背後に走り出した。「あ、あのさあ」と声が聞こえた気がしたけれど、僕は振り向かなかった。これ以上会話をしていられそうになかった。僕の中には何か堪えきれずに爆発してしまいそうな何かが住んでいるような気がした。ユリのことは好きだったし、きっとユリだって僕のことを好きだった。それでもそれとは関係のないはずの何かが裏でこっそりと繋がっていて、花火の大げさな叫びで、僕はその影を見てしまったのかもしれない。僕は家に帰ってから無表情で、声を立てずに泣いた。



*


「もう、疲れたんじゃない?」とユリは僕に言った。冬の川沿いのコンクリートはひどく冷たかった。僕は何も言えなかった。それとは関係ないはずの何かが僕を邪魔した。ユリは僕に「さようなら」と言って、歩きだした。雪も降ってないし、雨も降ってこない。僕には涙する環境が備わっていなかった。憐れんでもくれない無感動な冬の雲は霧を作り、やがてユリは霧の中に消えた。


*


花火は終わったのかな、と僕は部屋から考える。それから一連の過去の話を頭を振ってどこかにどける。僕は氷がとけて薄まったアイスコーヒーを飲みながら、あれとは関係のない何かがいまだに僕の体の大半を侵していることを確認して、眉間をおさえる。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2007.08.18 12:40:54
コメント(2) | コメントを書く
[1] カテゴリの最新記事


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


祝 新装開店 と書いた花輪 を送ったつもり  
jovanotti さん
毎日毎日毎日毎日毎日毎日毎日、お暑うございますな。
女の子には一途なのにブログは浮気性な(笑)君の高校初の夏休みも残すところ10日余りか。
身長182を超えたんだって?
ったく最近のわけぇ奴はスクスク伸びるなぁ。
で、骨は丈夫なのか?
地道に小魚を食わない連中はすぐに折れちゃうらしいから、良~く噛みたまえ(笑)
カフカの「変身」ね。シュールリアリズムっていう事になってんだけど、実はあれはギャグ小説っつう説も…。
ぢゃーな。
ホント暑いな。 (2007.08.22 03:49:55)

レス  
>じょばさん
毎日毎日毎日…お暑うございますね。二年とはいってもイギリスの涼しい夏を過ごした直後にこの厳しい暑さはずいぶんしんどいです。

>女の子は一途なのにブログは浮気性
相変わらずじょばさんはうまいこと言いますね 笑
夏休みもあとわずかです。なんだかせめてあと5年ぐらい休みがほしいですね。でもそれが許されたら世界は崩れますね、なんとなく。

>身長
182超えた(みたい)です。イギリスに行った際に母親に測ってもらいました。骨はどうなんでしょうか。東海1のファーストだった僕も(ナルシシズムってやっぱり大事ですよね)、膝の故障で今は老いぼれたダイヤル式の黒電話みたいなもんです、こういうのもまたありかな、なんて。

>シュールリアリズム
カフカの作品はどこかダリの絵画と似通ったところがありますね、確か彼(ダリ)もシュールリアリストだった気が…。ギャグ小説なんですか?確かにそうでもおかしくないですね、ゴキブリですからね(僕が思い浮かべた”巨大な虫”は)。

長いレス、すいません。これからもどうぞよろしくお願いします。

暑いですね。 (2007.08.24 00:37:11)

【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: