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2006.11.29
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カテゴリ: 邦書

 推理作家鮎川哲也が本格推理短編を一般公募した結果出版された短編集第10弾。13編収録されている。残りは こちら


粗筋

「冷たい月」:守矢帝
 大学生のグループが山荘に遊びに行く。翌日目を覚ますと昼を過ぎていた。グループの一人は、木の枝から首をつって死んでいた。死んだ女性がいた部屋の窓から木まで、ぬかるんだ地面に足跡が一組あるだけだった。死んだ女性は窓から一直線に木に向かい、首を吊ったように見えた。ただ、踏み台にした椅子には泥がついてなかった。遺体は泥だらけのスリッパを履いていたので、椅子にも泥が付くはず……。
 ……山荘には冬の間に雪を保管して夏にその雪を出せるようにする氷室があった。犯人はその雪をリアカーで運び、山荘から木まで雪の道をこしらえた。女性を絞め殺して木の枝に吊るした後、殺した女のスリッパを履いて窓から木までの足跡をこしらえた。その後、雪の道を経て山荘に戻った。雪が早く解けるよう、雪の道を破壊しながら。
 グループが昼過ぎに目を覚ましたのは、犯人が睡眠薬を飲ませ、雪が解けるまでの時間を作る為だった。
 トリックとしては面白いが、雪の道をこしらえるにはかなりの量の雪が必要で、リアカーで何度も運ばなければならなかった筈。雪は重いので、車輪の後がぬかるんだ地面に深く残るだろう。これはどうやって消したのか。下手に消すと跡が残ってしまい、一発でばれる。
 また、犯人が窓から木まで歩いてスリッパの足跡を残したというが、それだと素人は騙せても、警察は無理。足跡そのものから体重が割り出せる。死んだ女性の体重と足跡を付けた人物の体重が大幅に異なるとなれば、自殺ではないと断定されてしまう。歩幅からは身長がつかめる。身長が被害者と違うと判明する可能性があるのだ。また、犯人は男性。女性がつける足跡と、男性がつける足跡は、骨格の違いから、区別できることが多い。
 犯人はなぜ子供騙しのトリックで、友人たちを巻き込んで殺害したのだろうか。
 犯人が犯人と指摘されたのは、グループの一人が「××が死んでいる」と叫んだ際、被害者の部屋ではなく木がある外に一直線に向かったから。周到に考えた割には最後の最後でずさんである。
 作中では、犯人が殺害の理由を長々というかネチネチと述べているが(被害者の女性は犯人の子を妊娠していた)、殺すまでのことか? と思ってしまった。
 作者の名はモリヤテイと読む。ホームズのライバルであるモリアティをもじったらしい。ふざけたペンネーム。こういうのを読むと萎える。

「透明な鍵」:織月冬馬
 保母とその恋人が結婚の許しを求めるために父親に会いに行く。翌日、父親は密室で撲殺されていた。父が趣味の化学実験で使うその部屋は、荒らされていた。部屋には鍵がかかっており、合い鍵を持っているのは娘である保母と、お手伝い。お手伝いにはアリバイがある。娘にはアリバイがない。
 警察は娘を最有力容疑者とする……。
 ……犯人は娘の恋人。元々金目当てに彼女と付き合っていたのだ。父親と会いに行った際も金をせびり取ろうとしたが、拒否されたので、撲殺した。鍵をかければ密室になり、娘に容疑をかけられると思ったので、「鍵」をかけた。それで密室が完成した。
 その「鍵」とは合い鍵ではなく、換気用ファンによって生じた空気圧だった。つまり、鍵はかかっていなかったが、気圧差のためドアが開き難くなっていただけだったにも拘わらず、鍵がかかっていると思われてしまったのだ。
 部屋が荒らされていたのは、その状態でドアを開けたため、気圧差を正そうとする力で室内の空気が乱れ、部屋が荒らされたのである。
 ファンを点けると気圧差が生じるだろうが、よほど強力なファンでない限り室内を荒らすほどの気圧差は発生しないだろうし、仮に荒らすほど強力であったとしても、これまで何度も荒らされていたことになるだろう。
 空気圧でドアが開かなくなっていたということは、実験室が与圧されていたことになる。しかし、通常は換気用ファンを点けると空気が外に出るので、減圧してしまう筈だが……。
 また、娘を最有力容疑者にしてしまう警察も間抜け。犯人の男は多額の借金をしていたのだ。警察はそのことを怪しいと思わなかったのだろうか。
 被害者である父親はダイイングメッセージを残していた。ドライアイスを掴んでいたのだ。ドライアイスは二酸化炭素。つまりCO2、シーオーツー。犯人の男性の名は塩津だった。……この部分は不要。
 探偵役の園長先生というのがどうも好きになれなかった。

「飢えた天使」:城平京
 夫も妻も画家というカップルがいた。仲が良かった。しかしある日、妻が密室となったトイレで遺体となって発見される。死因は餓死だった。
 夫に容疑がかかるが、夫は直後に交通事故に遭い、記憶を失ってしまった。
 警察は、夫が妻を殴り、妻が病院で治療を受けていた事実を掴む。夫が記憶を失ったというのはただの演技で、夫は妻の方が売れているということと、金銭トラブルが重なって、妻をトイレに閉じ込めて餓死させたと推理した。が、夫は事件後つつましく暮らし、金目当てで殺害したという様子を見せない。性格的にも殺人を犯すようにも思えない。捜査は行き詰まった。
 数カ月後、夫自身が探偵を雇い、事件の真相を突き止めて欲しいと頼む。自分はまだ記憶が戻っておらず、真相が分からないと。探偵は調査を開始した……。
 ……妻は、夫が戻ってくるまで何も食べずにずっと我慢しているという性格だった。頭を殴られた際、脳に障害が発生し、空腹を感じなくなってしまっていた。その為、妻は十日も何も食わずに夫の帰宅を待ち続け、餓死してしまった。ようやく戻ってきた夫は、妻の遺体を発見し、罪悪感のため事故死ではなく自分が殺したように偽装した。
 探偵がこう推理したのは、トイレットペーパーに手が付けられていなかったから。無理矢理閉じ込められたなら、空腹でトイレットペーパーのような紙を食べてしまう筈だと。
 ただ、妻が病院に行くほどの怪我を頭部に負った場合、通常は脳の精密検査を行うのでは? そうしたら脳障害が発見されていただろう。
 本格推理といえば本格推理だが、これといったトリックはない。

「サンタクロースの足跡」:葉月馨
 ある若者がイギリスの親戚の家を訪れる。彼は中学生になるまでサンタクロースを信じていた。子供の頃、この家で起こった出来事のためだ。サンタクロースはいるんだ、親がサンタの振りをしてプレゼントを部屋に置いているのではない、疑うならその証拠を見せよう、と叔父に言われ、その「証拠」を見せつけられたのだ。
 証拠とは、家の中の誰も部屋を出られないようにすることだった。その状態で部屋にプレゼントが置かれていたら、サンタクロースが来たことになる。
 翌日目を覚ますとプレゼントが部屋に置かれてあり、外にはサンタの足跡まであった。無論、家の者は誰も部屋から出られない……。
 ……若者は子供の頃から近視だった。その為、二つ目のドアが実は三つ目のドアだと気付かなかった。二つ目のドアはシーツで覆ってあったのだ。寝入った後に二つ目のドアの部屋に移動された。
 翌日、目を覚ました若者は二つ目のドアの部屋で起きた。その部屋にはプレゼントが前もって用意してあった……。
 よく分からないトリック。足跡の方も結局分からなかった。
 部屋のトリックは、三つ目のドアの部屋で目覚めさせた後一旦部屋の外に誘き出し、二つ目のドアからシーツを外した時点で本当の二つ目の部屋に戻らせる、という方が単純なのでは、と思ってしまうが。
 女性作家らしい、殺人が起こらない作品。

「肖像画」:濱手崇行
 ある画家が殺された。現場は山奥で、容易に近付ける場所ではない。その画家は妹と一緒に住んでいたが、死亡推定時刻には、妹には完璧なアリバイがあった。
 画家の遺体は奇妙なことに水道水でずぶ濡れだった。また、画家が殺されたアトリエには女性の肖像画があった。その画家は肖像画など描かないし、人と会うのが苦手なので、女性のモデルと会う機会もない。肖像画のモデルとなったのは誰か。事件と関係しているのか……。
 ……画家は自殺。肖像画のモデルは女装した自分だった。画家は肖像画で描いた自分自身の姿に恋をした。しかしかなうことのない恋の悩みに苦しんで自殺した。妹に容疑がかからないよう、妹にアリバイがある時を選んで自殺した。
 画家は殺されたように見えるよう、消える凶器を使った。氷の包丁で腹を刺したのである。氷の凶器が解けて水たまりになっても不自然でないよう、水道水を頭から被っておいた。
 画家が女装した自分自身の姿に恋をする、というのがよく分からない。変人として描かれてあったが、そこまでの変人とは思えず、納得できなかった。


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解説

本短編集の末尾には「選者曰く」と「必読本格推理短編リスト」があった。「選者曰く」はともかく、「必読本格推理短編リスト」は蛇足。


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Last updated  2006.11.29 17:16:28
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