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平成18年に一代目うさこが亡くなり、翌 19年にわんわんが亡くなり、昨年9月には二代目うさこも逝ってしまった。もうこんなにつらい別れは・・・などと思っていたが 2011年11月14日に我が家にやってきた額に白い毛束がぽっちりとある、毛色はアイアングレー(鉄灰色)・・・額の星・・・星一徹タジャレ的に命名一鉄(いってつ)2011年10月11日生性別不明性格 甘えん坊 やんちゃ 大胆 昨年から続く、子育てラストスパート期のトラブル(長男22歳 若干鬱、二男20歳 原因不明の微熱・体調不良 三男17歳 高校卒業を目前に進路未定)に心も胃も相当なダメージを受けているが、かわいい一鉄に癒されて何とか綱渡りな日々をやり過ごしている。明けない夜はない!やまない雨はない!良くも悪くも時間が経てば笑える思い出になる!そんな強がりが言えるのも一鉄あればこそとは言え、我が家の春は焦がれるほどに遠い―――――――――――――――――――――――――――つづく
February 3, 2012
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7か月ぶりの更新です。春先から動物病院通いをしていた二代目うさこが看病の甲斐なく9月18日に亡くなってしまいました。ペットの弔いに四十九日というものがあるのかもわからないけれど、11月5日が四十九日、立ち直らないといけないなぁって思っていました。弱り目に祟り目というのでしょうか、どうやら長男が鬱になっているらしく、ずっと仕事に出ません。アパートでの一人住まいなので、さぼり癖がついているのだとばかり思っていた。先日、旦那が呼び出して、居間で説教・・・する間もなく、べしょべしょと泣きながら『朝はちゃんと起きるんだけど、どうしても仕事へ出かけられない』と泣き崩れる・・・健康で、仕事もある、どこがどうしたらそうなるんだろう旦那は鬱に対しての認識が薄い、自分の妹が鬱になったと連絡があった時も『お前は母親だろ!しっかりしないでどうする!』と一番やってはいけないことをしでかしていた。今年の夏に、その妹の息子、すなわち甥っ子が鬱で仕事を辞めたと一騒ぎあったばかりで、よもや我が家の長男がそんなことになるなんて夢にも思っていなかった。早期発見早期治療とは言うけれど、病院選びに失敗すると悪化する。良い病院はずいぶん待たないと予約も取れない。本当に鬱なのかという疑問もある。なぜなら、ちょいと悪いものに取りつかれている節もあるのだ。魔払いしてもらうのか、病院に行くのか、そう思い悩んでいたら、突然今日は長男が仕事へ向かった。信じる者は救われるのかも知れない。実は私は今年に入ってから、いわゆるパワーストーンのアクセサリーを制作をしている。一昨日、長男のアパートへ行き、浄化用のさざれ水晶を置き、鬱に効くブレスレットをつけさせ、魔払い用に水晶のブレスレットとネックレスをつけさせて来たのだ。そんなものでは一時しのぎだと思う。根本的に解決するには、まず、病院で鬱かどうかの診察を受けさせなくてはいけない。でも、今日からの様子を見なくては、本人を説得できそうもない。生きていると色々なことがあるのもんだ。きっともっと長生きしたら、全部昔話になるんだろうな・・・―――――――――――――――――――――――――――――――――つづく
November 10, 2011
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毎日の余震で地震酔い状態の日々、ストレスで持病が頭をもたげ、左の肘の関節痛でフライパンを持ち上げるのもやっとで日々の家事にもイラつき、益々ストレスがたまるという悪循環。テレビの報道もできれば見聞きしたくないような現実を突き付けられ、本当に心が折れそうになる。原発事故がレベル7だと発表されたと思ったら、今度は首相が『あの地域はしばらく住めない』と言ったとか言わないとか。政府発表なんて、もはや信頼する価値を失っているのだから、失言だか妄言だかなどと騒ぎ立てる価値もない。震災から1か月が経ち、復興へと気持ちを切り替えたくても、被災地は1か月前とほとんど変わりがないという。避難所生活、ライフラインの復旧のめど立たず・・・現場で動いている自衛官も消防官も警察官もちゃんと仕事はしている。なのに何が進まないのか?ひとえにこの国の行方を決めるべき政府が右往左往しているのだ。その上、未だに内輪もめ・・・先を見据えたビジョンを持ったリーダーが必要なのだ。何もできない私だけど、こんな私にも考えることはできる。提案してみよう仮設住宅は障害者や老人が優先となっているが、そういう手厚い保護を必要とする方々にはライフラインも病院もしっかりと機能している地域に仮設住宅を作り、現地の仮設住宅には復興に力を発揮できる人材に住んでもらい、がれきの処分だけでも20年近くかかるというのならば、その撤去や処分を仕事として提供すればよいだろう。被災地では動きたくても、そうする資金を持たない方々がたくさんいるのだから、早く仮払いを開始するべきだ。不況で一般庶民はすでに困窮しているのに、増税なんてもってのほか!災害復興にかかる歳費のめどが立たないのならば、不況を改善できない国会議員の給与や特別手当の何パーセントかカットをすれば良い。被災地から関東圏に職を求めても、現状でも雇用不足なのだから、現地に雇用先を生み出さなくてはいけない。放射能汚染だと騒いで、これ以上食料を輸入するようなまねはするな。今まで作りたくても制限されていた農家にどんどん作物を育ててもらい、そこで雇用口を確立すればよい。復興に必要な建築木材を、花粉症の元である杉の木を使うことで林業を活性化して、雇用口を確立すればよい。被災地が復興すれば、また元の仕事へ戻ることができるし、それまでは復興に必要な仕事に就くことができるような対策が必要だろう。東京都がオリンピック招致の時に、人が歩くと発電する床を披露していた。その技術を、湾岸に当たる波や河川に架かる橋の橋げたに当たる水の勢いを使って(応用して)電気を作ることができないのか?原発1基分をいっぺんに作るのではなく、チリも積もれば方式で、小規模で安全なエネルギーを作ればよいのだ。そして政府は腹を括って、国民の幸福を追求しろ!!!『まずは復興の為に皆様には我慢をしていただいて、復興税を・・・』そんなことしか発想できないリーダーなど無用だ!!!!!つづく――――――――――――――――――――
April 14, 2011
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我が家に2代目のうさこが来て1年強。初代のうさこは10年間病気らしい病気もせずに天寿を全うしてクリスマスイブに旅立った。2代目はとっても病弱鼻の周りの毛が抜けたり、ひきつけの様な症状を起こしたり、今回は食欲不振・・・3月11日の地震の後から、あまり粒餌を食べなくなった。牧草は食べていたけれど、突然壁紙をかじりだし、それからは普通の2割くらいしか食べない。毛艶も悪くなり、体つきも一回り小さくなり、ここ1週間は糞すらほとんどしない。いよいよ心配なので、動物病院へ連れて行った。うさこのかかり付けの動物病院は本に載るくらい評判の良い先生がいる。亡くなったわんわんのかかっていた病院はそれこそいつだってお財布に1万円札を用意しなくては行けなかったが、うさこの病院の先生は『様子を見ましょう』と薬も診察もしないときにはお会計はかからないことがある。本当に動物が好きでたまらないという感じが、診てもらう方としても安心感がある。1週間ろくに食べないし、壁紙を食べているので、今回はレントゲンを撮ってもらった。胃にも腸にも食べたものがあるので、腸の働きをよくする薬をもらって様子を見ることになった。『生野菜でもいいから食べるものを多く上げてみてください。』と言われた。普段、粒餌と牧草が主食なので、生野菜やおやつはほんの少ししか食べさせていないが、食べてくれるならばとうさこの大好きな大根の葉っぱを食べさせた。まだ1歳3か月なのに、元気な時と比べたら毛艶が悪くて老けて見える。病院の待合室で隣り合わせた犬の飼い主さんの女性と話をしたら、やっぱり地震以来様子がおかしいとのこと。話を聞いていた猫の飼い主さんも『うちも・・・』と話に入ってきた。今回の震災で、被災していないペットにも色々とストレスがかかっているのかもしれない。これが被災地のペットだったらもっと辛いのだろうと思う。東日本は当然ながら、どうも日本全体が暗い感じになっている。どこかで、経済が動かないと益々困った状況になりそうで不安になる。テレビでは、電気ガス水道の公共料金が上がると報道している。“被災地復興”の為に税を引き上げるんじゃないかなんて噂も耳に入る。税金あげる前に、国の歳出を引き締めてほしいものだわ!ペットどころか人間も病んでしまいそう。―――――――――――――――――つづく
April 1, 2011
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私の近所に東電の借り上げ社宅がある。もちろん、友達がいたりもする。仲良くしている東電社員の奥さんに、何度も連絡したけど、『今は、あまり出たくないから、また連絡します。』とずいぶんと引きこもっている。今日、ようやく会うことができた。彼女の話では東電社員の家族が住んでいるいわき市では、福島原発事故により物資が届かずに生活が困難なので、親兄弟から説得されて帰郷するのにさえ気を使っているという。幼い子供や育ちざかりの子供のために、食べ物を調達したくても、ガソリンが手に入らず動きが取れない。やむなく、実家へ身を寄せようと動けば、今までお付き合いのあった人から『あの家は東電だから、きっと放射能のことがよくわかってるから、とっとと逃げるんだよ。』と後ろ指を指されると言うのだ。結局その家族は周囲に何も言わずにいわき市を後にしたそうだ。今回の原発事故は起きてしまったし、予断を許さない状態だけれど、それは東電社員の家族には何の責任もないだろう。風評被害で生活が困難ないわき市民のやりどころのない怒りや追い詰められた心情は察するに余りあるけれど、たまたま東電社員の家族なだけで、同じように困難な状況にあるに変わりはない。そんな話を聞いていれば、夫が東電の社員というだけで、肩身の狭い思いをしながら引きこもる友人の気持ちもわかる。誰も予測し得なかった未曽有の大災害の被害企業である東電は、二次的に加害企業になってしまった。原発はいらないというのなら、その恩恵で繁栄してきたこの国の成長も手放さなくてはいけないのかもしれない。先日のテレビで『エネルギーを欲しいときに欲しいだけ使えるのが先進国だ』と言っていた。石油が底をつくのは目に見えている。次なる安全なエネルギーを手に入れなければ、日本はどうなるのだろう?未来を担う子供が減り、その働き手を補うためにロボットや機械に頼る、それには動力が必要だ。今回の災害でガソリンが不足した途端に、物流がとまり、電気が不足して生産が滞り、“普通の生活”が困難になってしまった。やはりエネルギーが不足しては立ち行かない。原子力発電はクリーンで効率が良いが、ひとたび事故が起これば町が一つ二つと危険地域になる。火力発電はそのために石油など、別のエネルギーが必要になる。風力や太陽光発電はコストが高く安定性に欠ける。コストが上がれば、それが料金に乗ってくるのは当然のこと。安全を買うために、今よりも高い電気料金を払えるのかな?それとも“普通の生活”を手放すことになるのかな?―――――――――――――――――――――つづく
March 30, 2011
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朝から大きな余震と津波注意報が発令されて、被災地も心配だし、こちらの水事情も心にかかる。しかし、月末からは決算業務に集中しなくてはいけない。なのに、パソコンは旦那の許可が出ないので買えない。月曜日だというのに旦那は朝食の後、のんびりと居眠りを始めた。毎年この時期には仕事が一段落して、出かける先もないのだ。茶の間で旦那の相手をしている場合ではないので、友人を誘って秋葉原へと出かけた。家を出る前に『欲しいパソコンが見つからなければ20万でもネットで買う!』と宣言した。Webマートで注文したパソコンは本体だけのカスタムモデルで10万円だったが、もはや工場の復旧を待てる余裕もないし、返金処理も済んだ。だったら新しいパソコンを入手するしかない。お昼を少し回ったくらいに秋葉原についた。お天気が良くて、ぽかぽかの春らしい街中には、明らかに外国の人がいっぱい。春休みの生徒や学生もたくさんいた。電気街口に降り立つのは何年振りだろう?あまりの変貌ぶりに浦島太郎気分だった。そこはナカウラ電機だったし、こっちはヤマギワだったし、たぶんそこは石丸だったはず・・・オタクな店がわんさかあって、どこがどこだかわからない!うろ覚えの店を訪ねながら、友人とひたすら歩いて7軒目、ツクモにありました!最近の流行りはモニタ一体型のテレビが見られるパソコン、地デジダブルチューナー搭載でブルーレイに読み書きできるタイプ。でもそれって、仕事には必要ない機能なのよね。 私の希望は本体とモニタが別になっているセパレートタイプ、HDD500G以上、CPUはi―7、メモリは最大8G、スーパーマルチドライブ搭載(ブルーレイはいらない)をクリアする機種で富士通製、予算は10万円以内!ツクモ電機は10数年前に初めて富士通製のWindows機を購入した店。ご縁があったのね。プライスカードには 本日限定 FMVD707AY ¥89800―眼を疑った。『これはモニタは別の金額ですか?』と聞くと『いいえ、モニタもついてこの値段です。』ま、2010年春モデルだし、ヤマダオリジナルモデルってことは、量販店向け製品の売れ残りってことね。(ツクモ電機はヤマダ電機グループ系列です)それでも、私の希望はすべてそろっている。配送料と延長保証料を足しても10万円を切りました。あまりの安さにスペックの細かいところは見逃してしまったけど、十分事足りる品だと思われる。明日には配送されるとのこと。明日は初期設定やらしてると、パソコンの前に座りっぱなしかもしれない。それがすんだら決算業務だぁ~!でも、今日はとっても疲れた。腰から下が全部痛む・・・―――――――――――――つづく
March 28, 2011
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金曜日の真夜中、うっかりコタツで寝倒れていて気がつくとテレビがつけっ放しだった。たまたまテレビ朝日の朝まで生テレビを放送していた。今回の震災がテーマで、出演者も猪瀬東京都副知事、片山さつき議員、厚生労働副大臣、ほりえもん、勝間和代 となんだか思わず見てしまった。番組の後半に東電の執行役員営業部長という方が出てきて、今回の計画停電の説明をしていた。そういう番組だから仕方のないことかもしれないけれど、視聴者の私が知りたい内容に耳を傾けていると、テレビでよく見る方々が被せるようにモノを言うのでなかなか聞き取れない。番組終了まで見て私に分ったこと民主党と自民党は未曾有の災害のもとでも、国民のためよりも自分の党のことを優先していること政府は今を対応するのが精いっぱいで、今後のビジョンなどなさそうなこと菅総理をトップリーダーにした、その下にサブリーダーがいっぱいいて、あっちこっちにバラバラの命令系統が存在すること福島原発事故の初期対応が悪かったのは、マニュアルを使いこなせなかった政府の対応にあること一企業にすぎない東電は計画停電について、利用者にお願いする立場にあり、偏った地域で停電が起こるのは、政府からの要望(指導)を優先しているからであることこれよりしばらくは放射能と共存して行かなくてはいけないことと、私的にはこんな感じだった。番組の中で我が我がと自分の主張ばかりする出演者の中で、学者や東電社員さんがしどろもどろに話す中、冷めた目線で客観的にフォローを入れるほりえもんはやっぱ賢いんだと妙に感心してしまった。見ていた私が言うのもなんだけど、深夜放送するテレビ局の使用電力を輪番制で、復興に必要な物資を製造する工場へまわしてあげれば良いのに・・・東京でテレビを見ている限り、NHK 以外はすでに普段の放送と変わりないのだ。被災地や被災者の為になる番組もほとんど見られない。もちろんテレビ局も一企業として活動しなくちゃいけないのだろうけれど、公共性の高い鉄道会社が節電に協力いしているのに、電気使用量は相当だと思われるテレビ局は協力しないのだろうか?たとえば真夏のクーラーによる電気需要を考えて、テレビ局は深夜帯の番組放送時間を短縮するとか、サービスプロバイダは一般向けのネットサービスを休むとか、業界ごとに何ができるか考えてくれたらいいのに。日本列島に連日30度を超える様な猛暑がやってくる前に、考えられることをやってほしい。節電やら、停電やらに乗っかるように『私ども政府のほうから広報するように言われて、太陽光発電のご案内をしております。』って電話がかかってきた。それって詐欺商法かもしれない。人の弱みに付け込む輩や火事場泥棒には、特別に重い罪を課する立法も必要かもしれない。色々な意味でこの震災から日本は変わるだろう。良い未来に向かってくれることを祈るばかりだ。――――――――――――――――――――――――つづく
March 27, 2011
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7日に壊れて 『事務の私にとってのパソコンは、職人のあなたにとっての鏝と一緒、なくちゃ仕事にならないでしょ!』 と、旦那を説得して、注文にこぎつけたのに、9日に注文しておいたパソコンが来ないと確定した。 『工場が被災して納品のメドが立たない。注文品相当の代替品を探しましたが、ご提案出来るものがみつからず、申し訳ありませんが、この度は返金処理にさせて下さい。』と、連絡があった。 待ちたい旨申し出たけれど、工場復旧の見込みが立たないので、今回はそのようにと言われて、返金処理に応じることにした。 起動しなくなったパソコンの、配線をつなぎなおして、カバーを外してホコリを取り除いて、やれる事をしたけれどだめなので、カスタマーへ電話したら『メインボードかハードディスクが故障したと思われます。』 修理には5万円強かかると言われた(T-T) 壊れたパソコンは5年前に購入した。パソコンは年に2回くらい新しいモデルが出るから、ざっくり数えて10モデル前のXP機だ。 壊れなければ2014年にマイクロソフトがサポート終了するまでは使うつもりだった。 が、購入するならもちろんW7機、CPUもそこそこで、でも巷で流行りの大きなモニタやブルーレイや地デジのダブルチューナーは要らない。 パソコンなんて家電量販店に行けばいくらでも売っているけど、私は毎回Webマートでカスタマイズ品を購入している。 欲しいスペックと要らない機能を取捨選択して、納得の金額で購入したいからだ。 ネットショップや、家電量販店のチラシを探しても、やっぱり私の思う品は存在しなかった。 妥協して、欲しいスペックだけど、要らないブルーレイ・大きなモニタ付きのパソコンをみつけた。 価格はWebマートで入金した2倍… 当然、旦那が『うん』とは言ってくれない。 困った! ここ暫くは、旦那が月に数日使うノートパソコンを借りて、必要最低限の事を済ませてきた。 が、今月末には決算、これから暫くは年間でもパソコンを一番必要とする。 旦那のノートパソコンは私の入力速度に変換が追いつかないし、キーボードが違うので、タッチパネルに触れると入力先が飛んでしまう、それだけでも支障があるのに、旦那が『俺のパソコン勝手に使うな』と文句を言うのが更にうっとうしい。 理由は、旦那がひらがな入力、私がローマ字入力だから、うっかり終了させると、旦那が起動した時に文字入力が出来ないからだ。 何度教えても切替方を忘れて怒る(逆ギレ状態) それを解消する為に、私用の起動パスワードを設定したらそれも面白くないらしい… その上、更に処理速度が落ちたみたい(+_+) だったら、新規購入させてくれ! 仕事にならん! ―――――――つづく
March 26, 2011
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昨日、三男の高校の合唱コンクールに行ってきました。節電の折に、区民公会堂小ホールを借りての大掛かりなコンクール。被災地では卒業式も本来の状態ではできずにいるのに、良いのかしら?と首をかしげながらも、わが子の高校での最後の合唱コンクールなのでしっかりと見てきましした。震災の影響で例年よりも練習時間が取れなかったことを、先生方も心配していたけれど、どのクラスも一生懸命で、優勝したクラスの合唱は鳥肌が立つほどの出来栄えでした。2年前に高校へ入学してから、学校へ直行直帰の三男に、いつ辞めたいといわれるかと心配し続けたけれど、2年生になってベテランの担任に受け持たれたせいなのか、クラスの雰囲気が良いらしく、1年生の時ほどはつらくなさそうだった。春の体育祭、秋の文化祭、冬のマラソン大会と行事があるたびにクラスの皆で打ち上げが行われていたのは知っていたけれど、三男は絶対に参加してこなかった。行事にはそれなりに参加しているのに、どうしたものか『面倒くさい』と言うばかりだった。ところが、昨日は『19時から牛角だって、行ってくるわ。』とあっさり参加。帰宅は22時半・・・普段だったら、21時の時点でメールを入れる母だけれど、今回は初の打ち上げ参加なので様子を見てみた。帰宅するなり、30分間打ち上げの顛末を話してくれた。30名で予約したのに、ドタキャンした生徒がいたので、キャンセル料込みで一人頭4500円くらいかかったとか、終り頃に到着したから外で待っていたやつがいたとか、楽しそうに話をしてくれた。『腹いっぱい食った。ま、楽しかったからね』と、小遣いの大半を払い込んできたのに機嫌が良かった。鬱々としながら通っていた1年前を思えば、母としてはうれしい。『小銭が足りなくて50円借りたから、明日返すから50円玉1枚ちょうだい。』と言われ、思わず渡してしまった。いつもならば、しっかりと両替なのに。新学期にクラス替えがある。『また、同じ担任の先生だったらいいね。』と言ったら、『うん。あの人なら、雰囲気いいからね。』との返事。あ、母が1年生の時に、からからと空回りする担任に抱いていた不安は的中していたのね。あと1年、楽しくすごして、しっかりと自分の進路を見つけてね!―――――――――――――――――――つづく
March 25, 2011
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金町浄水場から放射性ヨウ素が検出されたとテレビで発表があった。 それから1時間後くらいに、スーパーの2階にあるスポーツショップへ買い物に行っていた三男が『いや~、おばちゃん達がすっごい並んで、鬼のように水のペットボトル買ってたよ』 踊る阿呆である。 あくまでも1歳未満の乳児には水道水を飲ませてはいけないのだ。 きっとこの買い占めで、ミルクを飲ませる事に困る家庭が出るだろう。 テレビも発表の内容が、視聴者目線じゃない! 私が知りたいのは、1年間365日、1日に何リットルの水を飲んだら危険なのか、ボーダーラインが知りたいのだ。 1日あたりが数十リットルなんて言われたら、笑って『飲めるか!』と言える。 が、『今の数値は安全です』と言うだけでは、そのうち突然『もうだめです』って事になるんじゃないかと疑心暗鬼に陥るのだ。 プチパニックの原因は、信頼性のない政府からの中途半端な発表に不安になる国民の行動なんだよね。 もっと国民が正しい判断と行動が出来る情報を発表して欲しいものだ! ―――――――つづく
March 23, 2011
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緊急エリアメールの甲高い音に心拍数が上がる。 その度に体を強張らせて身構える。 震災の前だったら、東京で震度3はとても怖かった。 11日の震度5強を体感して以来、震度3はそれほどの揺れに感じられなくなった。 でも、被災地の方々は、余震でも震度4や震度5を耐えている。 昼夜を問わずに訪れる余震には心身ともにストレスを抱いているのでしょう。 私に何ができるだろう? そう思いながら、テレビから流れる情報を見ている。 専門家と称される色々な先生方が、各番組毎に出演し、いわゆる提言をしている。 そんなにすごい先生ならば、少しもビジョンのハッキリしない政府に直接提言すればいいのに。 島田紳助さんが番組で教育についての意見(?)を言い、番組から文科省まできちんと届けていた。 あっちの局、こっちの局で別々の先生がバラバラに言った提言も、まとまって然るべきところへ集まれば、不定形なビジョンが少しは見える形になるのではないのだろうか? 10日以上経ったのに、全体も把握しきれず、最低限の暖房も、食事も、物資も提供出来ない政府って… 総理だろうが、大臣だろうが、危機管理も対処も度素人ならば、せめて優秀なブレーンくらい集める能力が必須だろう。 こんなに大変な時に、与党だの野党だのと反目している場合ではないのに、内閣からの要請を蹴る輩なんて果たして国会議員でよいのかと、不信感さえ増して行く。 がんばろう日本とかバラバラのスローガンを立ててるテレビ局が、一斉に通常の番組へと戻った。 被災地へのメッセージを冒頭に伝えたり、応援番組などに内容が変更されていたりはするが、もっとテレビに出来る事は無いのだろうか? 一視聴者として、一国民として、今、何を見て、今後どうして行くかを考えさせられる。 私に何ができるだろう? 今日は街で募金をした。 私に何ができるだろう? ――――――つづく
March 22, 2011
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東北関東大震災で被災した皆様に心よりお見舞い申し上げます生きていると毎日嫌なことが多くて、それを面白く書いてきたのだけど、面白いと思っているのは自分だけのような気がした。時折、のぞいては更新しようと思ったけれど、うまく書けなかった。その間にPCが不調になり、仕事以外ではPCの前に座らずにいた。そのPCも3月7日に完全に動かなくなり、9日には新しいPC本体を注文した。で、11日に起こった大震災、交通網のマヒ、配送の困難で、決算が眼の前なのに、未だに新しいPCは届かない。この更新も旦那のノートPCから投稿している、故に自分のIDやらパスワードを探す羽目になった。宮城の愛菜恵さんは無事だろうか?とても心配です。こうして更新したら、もしかしたら携帯から見てくれるかもしれない。旦那の実家は岩手県だ。地震発生当日、何度も何度も電話をかけたがつながらない。義妹も岩手にいる。メールを入れたら、返事が来たのでひとまず安心。ようやく電話で連絡がついたのは13日の日曜日。旦那が義母と話をしたところによると、停電したのでずっと家にいたという。旦那の母は85歳、同居の兄は62歳。古い家屋は軋んだけれど持ちこたえたという。この1週間、ずっとテレビにくぎ付けだった。マスコミが放つ何気ない一言で、被災地でもない我が家の付近では、スーパーやコンビニから物が消えた。23区内なので計画停電から外れている、電池も懐中電灯も買い占める必要があるのだろうか?水道も止まる予定がないのに、ペットボトルの水は12.13の土日で店舗から消えた。11日にテレビで言った『この震災で物流にも大きな影響があるでしょう。おおきな余震に備えてください』これが元凶だ。今更、『買占めをやめて下さい。』『買い控えて下さい』などと言ったところで、転がりだした購買意欲に物流が追い付かず、ますます不安に駆られて買い占めるといったデススパイラルは止まらないのだ。そこへ福島原発の日に日に不安になる状況。政府の後手後手の対応が国民を不安と恐怖に陥れている。東京電力は民間会社だから、いろいろな責任はあるかもしれない。でも、原発の事故となれば、政府が主導で事態を理解して、早め早めの対応を取るべきだろう、危機管理が甘すぎる!東電の職員も、消防庁の隊員も、自衛隊の隊員も、こんなに危険にさらされなくても済んだはずなのだ。最悪の事態になれば、東京はおろか日本はどうなる?私にできることはなんだろう?とりあえずポイントサイトのポイントを募金した。日中寒くても電力消費の大きい暖房をやめた。スーパーで、必要な食材を少しだけ買った。なるべくPCの電源を入れないようにした。どれもこれも、ほんのわずかなことだけど、一人の人間にできることなど本来ささやかなことなのだ。私にできることはなんだろう?―――――――――――――――――――――――――――――――――――つづく
March 19, 2011
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2ヶ月ぶりの更新です。このところ友人と歯科医院についての評判を確認していました。実は昨年・一昨年とかかりつけの歯医者に行きだすと、ある友人の家の揉め事に呼ばれ、通院を断念すると言うことが続き、今後は別の歯科医院を探して行こうとGWの前から友人に話していた。やっとよさ気な歯医者がわかり、GWが明けたら行ってみようかと決めたところでした。ところがGW最終日の5日の朝、歯間ブラシをかけていたら、根元からぽっきり折れてしまい、折れたブラシ部分が歯の間から出てこない・・・痛みも無いので仕方なく1日放置、GW明けの6日に新しい歯医者に行こうとしたら、“木曜定休日”ほかにめぼしい歯科医院も無いので仕方なくかかりつけの歯医者へ電話して行き、結局、歯間ブラシは見つからず、親知らずを1本抜いてきた。腫れる事も無く、翌日も消毒に来るようにと言われただけで何事も無いと思っていたけれど、今朝、例の友人から『相談に乗ってほしいから来て』と連絡があった。3度目の正直?2度あることは3度ある?とにかく、今回もあの歯医者に行き、あの友人が相談を持ちかけてきた。何のたたりだろう?また、昨年や一昨年のように振り回されてくたくたになるんだろうか?さすがに気味が悪い!つづく―――――――――――――――――――――――――――――――――
May 7, 2010
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今日はとても風が強く吹いています。その上、次男はすでに学校が休み。でも、登録サイトから、『お布団干し日和メール』が届き、布団が干せると言う。渋る次男をなだめすかして、旦那と次男、三男の布団を干した。3階の南向きのベランダは日当たり良好♪、でもやっぱり風が強く、心配なので気にしながら2階の居間にいた。その時、明らかに大きなものが舞った影が窓をかすめた。2階のベランダに出て下をみると布団が落ちた様子は無い。ふと、目を上げると、電柱から我が家に引き込まれた電話線やらなんやらのケーブルに旦那の敷布団がきれいに引っかかり干されている。う~ん、ミラクル!日当たりも風通しも申し分ないけど、このままにするわけに行かず、ベランダに踏み台を出して取り込み、もう一度3階のベランダへ干した。西側から、次男、旦那、三男の順に干してあった敷布団が、なぜに真ん中から飛んだのだろう?ところが、1時間もしない間に、突風が吹いたらしく、今度は旦那と次男の敷布団が路上へ落下。物干しにかけておいた3人分の掛け布団も3階のベランダ内に落下・・・埃だけはたいて、えっちらおっちらと3階へ運び、そのまま部屋へ投げ込んだ(>_<)晴れても、春の嵐じゃ布団は干せないわね。登録サイトにクレーム言うべきかしら・・・つづく―――――――――――――――――――――――――――
March 11, 2010
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我が家にうさこがやって来て10日経ちました。好奇心が旺盛な子らしく、ケージを開けておくと部屋中をあっちへこっちへと走り回ります。本来ならば、場所に慣れるまでは抱いたりせずに、1週間ほどケージに覆いを被せて静かに過ごさせるってのが仔ウサギを買ってきた時の育て方らしいのですが、我が家の旦那には通用しないのよね。ま、うさこも10センチ四方くらいずつ、様子を見ながらわくわく探検。最近では、転がっている私の足から上って胸や背中までやってきます。誰もいない時には部屋をぐるぐる爆走!跳ねたり止まったりめまぐるしく動いています。うさこ探検隊が見つけたお気に入りスポットは“テレビの後ろ”テレビ台の後ろが配線用にぽっかり開いているので、そのままテレビ台の中へ入り込む、程よく暗くて落ち着くらしく、しばらくはまったりと出てこない。そして、明るいほうへ出ようとして脱出できずに、正面のガラス越しに慌てている・・・仕方ないので、マグネット式のガラスの留めがつかないようにしてやると、自分で扉を押して出ることを覚えた。(閉めることは出来ない)でも、見えないところで配線などをかじっては大変と、ダンボールやひざ掛けを使ってもぐりこめないようにガードを強化する。でも、どうしても入りたいらしく、うさこも必死に入り込める隙を探す。うさぎ相手にイタチゴッコ食欲旺盛で元気だから、ま、いいか♪つづく―――――――――――――――――――――――――――
March 2, 2010
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またまた久しぶりの更新です。血圧が安定することも無く、次男の野菜生活に追われ、三男の遅刻指導に鬱々としながら日々が過ぎ去っておりました。先代のうさこが無くなったのは平成18年12月、追うように半年後の平成19年5月にわんわんにも旅立たれ寂しい限りでした。昨年末から旦那が『うさぎでも飼うか?』と度々言い、その度にわくわくしていましたが、言うだけの旦那にそろそろノーリアクションな私と三男でした。その旦那がいよいよ意を決したらしく、先週末に『(先代のうさこを購入した)ペットショップへ行くぞ』と仕事先からメールをよこしました。で、ペットショップのある駅で待ち合わせ。ところが、先代のうさこ購入から13年・・・時は移ろい、またペットショップも消えていました。帰路の電車の中で、携帯検索したけっか、地元駅を乗り越した先にある“小動物館”と言うところなら、うさぎを販売していることが判明。早速そちらへ向かいました。シマリスやハムスターなど、小動物や小鳥がいっぱい。そのなかにうさぎが3羽、グレー、茶、白ぶち・・・グレーのうさぎに先代うさこの面影があり、気に入りましたが商談中の札があり断念。白ぶちはちょっと趣が我が家向きではない・・・消去法で茶のうさぎを連れて帰ることにしました。旦那は『2番手なんだよな』と不満げでしたが、私は茶のうさぎもかわいいと思ったので満足。やわらかくて、温かくて、愛らしい!!!!すでに親バカです。我が家のアイドル、ミニうさぎのうさこです♪つづく――――――――――――――――
February 25, 2010
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本日は次男を連れてかかりつけの病院で栄養指導を受けてきました。昨年秋、年に一度の喘息の検査の時に『先生、次男が太りすぎて心配なんです。』と言ったところ、先生が『では血液検査と尿検査もやりましょう。』と検査項目を増やしてくれました。軽い気持ちでお願いしたのだけれど、検査結果を見た先生は『空腹で血液検査をしたいから、もう一度年内に来てください。』と再検査を通達された。12月初旬に再検査を受けた時に『どんな食生活ですか?』と聞かれ、私が『休日は夜中は起きていて、朝方に寝て、夕方に1食ドンと食べる感じです。』『・・・栄養士の栄養指導を受けたほうが良いですね。予約をとって行ってください。』で、今日がその予約日でした。『君の検査結果から推測できることは、間違いなくこのままなら糖尿病になります。肝機能の数値も肝臓に脂肪がついていると思われるし、尿酸値が高いのは腎臓に負担がかかっている証拠です。コレステロール比も3.2は問題です。ダイエットしましょう!』18歳で血液検査の数値は“オヤジ並み”と言われてしまった。次男は苦笑い。で、指導されたのは“糖尿病食のカロリー換算”の方法でした。80キロカロリーを1単位として、糖質・脂質・タンバク質あわせて25単位、1日あたりの総摂取カロリーを2000キロカロリーにするようにと指導されました。ほとんど動かない次男に『毎日継続的な運動もあわせてやらないとだめだよ。』と先生・・・それはねぇ~・・・『おかあさん、糖尿病食の本がたくさん出てますから、わかりやすい物を買って、やって下さい。』・・・はいはい、私がやらなくちゃ、ダメよね。本格的に親子でダイエットを始める時が来たようです。つづく―――――――――――――――――――――――――――
January 5, 2010
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今日は恒例になりつつある、Mちゃんとの“正月休み散歩”に出掛けました。鎌倉駅からバスに乗り、11時2分に小坪の停留所で降りた。そこからは徒歩。逗子マリーナの外周を歩き、海岸沿いの道を江の島方面へ向かった。材木座海岸・由比ヶ浜海岸・稲村ヶ崎・腰越海岸前回美味しかった“しらすのかき揚げ”が食べたくて腰越の【しらすや】に行ってみたが休みだった。13時30分に海岸沿いの池田丸でお刺身定食としらすのかき揚げの昼ご飯をいただいた。カンパチ・クロダイ・スズキ・サワラが三切れずつ、どれも歯ごたえがあって美味♪ちょっと早めに帰路につき、江ノ電・腰越駅から鎌倉行きに乗った。鎌倉の一つ手前の和田塚駅で線路際にある甘味処で、デザートに田舎しるこをいただき、一駅歩いた。鎌倉駅で家族へのおみやげを買い、横須賀線で家路についた。どのくらい歩いたかしら?久々の運動で、体は軋み、足にはマメが出来ました。明日、筋肉痛だったら哀しいかも…(@_@)つづく―――――――――
January 4, 2010
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年末28日に暇だった旦那がカレーを作った。毎年そんな感じで年末の台所に割り込んでは、正月の準備の邪魔をする。例年だったら冷凍庫もそこそこいっぱいで、カレーを食べきらなくては大きな鍋が使えずに困るところだけれど、今回は買出し前の30日に旦那がカレーを冷凍した。で、今日の晩御飯はカレーだった。ここ3日間『晩飯を食いに来い』と言われていた長男がちゃんと夕飯時にはやって来て、今日も『俺、飲み会があるんだけど・・・』と言いつつもしっかりカレーを食べて行った。『うめ~!』そりゃそうだろう。一人暮らしを始めてから、自炊はしない長男の食事はどこぞの牛丼とかコンビに弁当なのだ。『今年からはちゃんと働くから!』と、当たり前のことを偉そうに言う長男。そうしてくれなくては母の寿命は縮むばかりだよ!!!つづく――――――――――――――――――――――――
January 3, 2010
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元旦早朝から三男の友達としゃべって過ごし、寝不足の元日は辛うじて早寝することが出来た。正月2日の本日も朝から三男が友達を呼び、我が家集合で買い物に出かけたが、2時間ほどで帰宅。わちゃわちゃと楽しそうにしている。昨年の春、高校に入学してから、学校での友達の名前が未だに一人も出ない。もちろん、直行直帰状態で、パソコンかゲームをし、時折中学校の友達と遊び、思い立ったように卒業した中学校の部活へひょっこり顔を出してボールを蹴って来る。こんな状態で面白いこともないのは当たり前。『学校、面倒臭い。つまんない。』と淀んだ声で言われると、私も頭が痛い。普段忙しい友達がのんびり遊べる正月休み、本当ならば我が家だって家族でのんびりしたいところだけど、旦那もさすがに文句を言わない。今年こそは三男に、やりたいことを見つけてほしいと切に願う母です。つづく――――――――――――――――――――――
January 2, 2010
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新年明けましておめでとうございます2010年が始まりました。例年にどおり、旦那と飲んでは寝、寝ては飲みの元日です。明け方の2時半に三男が友達と玄関前で話しこんでいたので、家の中へ招きました。そのまま、午前7時までみんなで話し込み、結局ほとんど寝ないまま、元日の恒例“初詣”に出かけ、帰宅して旦那と飲んでしまいました。夜には長男も来て、穏やかな歳の初めとなりました。皆様、本年もよろしくお願いいたします。つづく――――――――――――――――――――――
January 1, 2010
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いよいよ本年も残すところ数時間となりました。色々なことがあり、思うようにブログは更新できなかったけれど、時間は過ぎてしまうものです。長男の独立、ふがいない生活、それに振り回されてここ数ヶ月の体調不良。まだもう少し続きそうな気配。大学病院へいったけれど、診察にかけた時間がなんだか無駄だったと感じてしまった。それでも、ささやかながら笑うことの出来る日々を過ごせることに感謝して、来年はもう少し良い年になるようにがんばりたいです。来訪してくれた皆さん、コメントを書いてくださった皆さんありがとうございました。皆様よいお年をお迎えくださいm(__)m来年につづく―――――――――――――――――――――
December 31, 2009
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長男が一人暮らしを始めて1月半、やっと独り立ちしてくれたとほっとしたのもつかの間、長男の同級生がひっきりなしに泊まりに来るらしく、生活は・・・理由をつけては仕事を休み始めた。やってられん!旦那に話をしても『自分の考えで行動して失敗するならそれも仕方の無いことだ。』などと言いつつ、何かあると『お前から言っておけ』なんて自分では何も言わない。長男は長男で『とうちゃんとは話したくない。』と、旦那がいない時を見計らって、生活費が足りないとお金を借りに来たりする。どちらにも『直接話し合ってくれる?』と言っては見るが、どちらの答えも『言っても聞かないからヤダ』・・・どこまでそっくりな親子なんだ!!間に入った私はストレスが高じて、血圧が上がる一方。このところ、上が170~185、下が110~120・・・病的に高いです。もちろん体調もガタガタ、そこへ低気圧で喘息発作・・・いっそ私が倒れて入院でもしたら、少しは状況が変わるのかしら?つづく――――――――――――――――――――
November 3, 2009
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誕生日から2週間、旦那と長男は全く話し合うことなく、明日、長男が新居に移ります。自宅から徒歩5分、1Kの6畳の木造アパートは、近所の不動産屋で私と一緒に探しました。家賃が安いことと、内覧して日当たりが良さそうな1階の角部屋だったので決めました。本当は長男に全部任せようと思っていましたが、長男が携帯で検索してくる物件は“敷金礼金無し”と言ううたい文句だけど、相場よりも高めのものばかり。二十歳に成ったとは言え、やっぱりまだまだ心配な長男です。明日は、教習所に行く合間に引越しをするという。友人の車で運んでもらうからと言ったものの、荷造りはまだされていない・・・不器用でうまく表現できない旦那と長男、どちらもおとなげ無いので、ずいぶんと溝が深まっている。心配の種は尽きることが無い(>_<)つづく――――――――――――――――
September 16, 2009
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1989年9月3日長男誕生あれから20年・・・あっという間の出来事のような、長かったような、振り返ると自分が年をとったと感じる。2日の夜、旦那が残業で23時くらいに二人で晩御飯を食べていた。そこへ普段よりも少し早く長男が帰宅。旦那が寝てしまってから、久しぶりに長男と話し込んだ。友だちのこと、一人暮らしのこと、家族についてのこと、途中で日付が変わり『20歳おめでとう』なんて話しながら2時間ほど過ごした。友だちから電話があり、再び長男が出かけたのは深夜1時。同級生はまだ未成年。『仕事に間に合うように帰って来いよ!』と声をかけて、明日の準備をして寝た。昨日の長男も今日の長男も明日の長男も何の変わりがある訳でもないが、息子一人を成人させたと思うと、私の人生も一段落付いたような気持ちになった。つづく――――――――――――――――――――――
September 3, 2009
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『大変な状況だと気がついた』と言った長男が、重い腰を上げて携帯で部屋探し。『携帯に載っているような物件は高いから、近所の不動産屋に行って探すほうが良いんじゃないの?』と一声かけたが、『人と話をしたくないから携帯で探してるんじゃん』なんて情けないヤツ。け、27日に仕事を休んで、携帯で予約した部屋を見に行った。30分後に電話があり『見たいなら来れば』なんて言い草!母はとっくに場所の確認をし、航空写真の地図で家からの経路も確認済みさ。『5分で来てね。』あほ!徒歩でも3分じゃ!長男が値段と距離で選んだ物件は、住宅街の中でも四方を家々に囲まれた2階建てアパート。心配性で超過保護のかあちゃんとしては『火事や災害があったら逃げられないだろう!』と不満。部屋の中もこぎれいではあるが、あまり良い感じがしない・・・『どうするの?』『俺はここで良いと思う。』『“ここが”いいのと、“ここで”いいのじゃ違うんだぞ!』『ここでいい♪』浅い思いではあるけれど長男がそういうならばと、複雑な心境ながらだめだしはしなかった。案内のお姉さんと一緒に不動産屋に戻った長男から『とうちゃんの生年月日は?収入は?』と電話が鳴りっぱなし。ん?誕生日まで1週間、未成年ゆえ契約には保護者の名前が必要だけど、『契約にはとうちゃんは来てくれないだろうから、かあちゃんの名前でやっとくね。』って言ってたはずなのに?一通りの申請(保障制度を使わされるので審査がある)を済ませて長男が帰宅。すでに帰宅していた旦那は知らん顔。そこへ不動産屋から電話があった。『とうちゃんの確定申告書のコピーをファックスして欲しいって。』『何だよ。』『契約が決まったら一緒に行ってね。』『ふざけるな!俺は行かない!』・・・予想通りの展開が繰り広げられる。『とうちゃんじゃなくて、かあちゃんの名前で申請するんじゃなかったの?』『間違ってとうちゃんの名前書いちゃったし、かあちゃんは収入とかあるのかわからなかったから・・・』『あほか!』『俺は行かない!誕生日過ぎてからやれば良いだろ!』『じゃぁもういいよ!!!』というわけで、長男の部屋探しは振り出しに戻った(>_<)あほの親子が意地を張り合って・・・とうちゃん、大人気ないだろ?長男よ、お願いから始めなくちゃだめだろ?ふてくされた長男は不動産屋にひとまず申請のキャンセルを入れた。そいでもって、部屋探しはまた棚に上げられてしまった。つづく―――――――――――――――――――――――
August 28, 2009
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先日、間違って取り付けられたエアコンを3階に上げ、もう一台のエアコンを取り付ける工事。一昨日から、次男と三男に『2階・3階で工事があるから掃除して、当日は早起きしてね。』と言っておいた。夏休みが40日、そのほとんどを家の中で過ごす兄弟にとって、2階も3階も居場所が無いとなるととても大変なことになる。『ありえねぇし!』『寝てらんないじゃん!』と口々に文句をたっぷり。それでも、工事が出来るようにと部屋の家具を寄せたり、掃除機をかけたり、ちゃんとやってくれました。10時少し過ぎに、電気屋さんが二人連れでやって来た。7年前に新築のこの家に家電を設置してくれた二人、エアコン1台外して、1台移動して、2台目を設置。13時を回ってようやく工事完了。3時間の間、次男と三男は1階の事務所部屋で待機していた。当然、この時間でお腹もすいている。が、私もとっても気疲れしたので、お昼ご飯を作る気力が・・・『ハンバーガー食いてぇ。』と言うことになり、長男に頼まれていた銀行での現金引き出しついでにファーストフードへバーガーを買いに行った。帰宅して3人でお昼ご飯が済んだのは15時。次男も三男もそれぞれ3階でのんびり。そんなところへ長男が出張先から電話をしてきた。我が家では『二十歳を過ぎてちゃんと仕事と収入があるのなら家を出て自活する』と言う約束事があり、来月3日に二十歳の誕生日を迎える長男は自活の準備を始めるように言われていた。『気がついたら大変な状況なんだよね。』春から(半年前)自立の準備について何度も声をかけていたのに、半月前になってようやく自分の置かれている立場を把握したみたい・・・携帯サイトで部屋を見つけたらしく『インターネットで住所の地図を出しておいて。』とお願いの電話。『来週の木曜日に部屋を見に行って、早かったら30日には引っ越すから。』なるほど。引越しどころか資金の準備もしていない長男・・・本当にできるのか?明日は出張から帰ってくる。家に居るより友達と遊ぶことに忙しい長男。自活出来るのかなぁ~(--;つづく―――――――――――――――――――――――――――――
August 21, 2009
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来た!8月初旬に携帯を買い替えた。キャンペーンで三男が引いたクジが当たり、店員さんに『おめでとうございます!AQUOS26型が当たりました!!』と言われた。半信半疑で待っていたら、たった今届きました。感動~(^O^)つづく
August 20, 2009
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我が家には2台のエアコンがある。3階の旦那が寝る部屋に1台。これは前の借家から使っているもので、12年くらい経つシロモノだ。4畳半の部屋に6畳用のサイズをつけていて引越しの時に持ってきた。今の部屋が6畳なので利きがいまひとつ、しかも日中30度を超えると全く役に立たない。3階のエアコンを今年の秋の頃には買い換えようという話しが出ていた矢先に、2階の居間にあるエアコンが7年目にして壊れた。そう、昨日取り外してもらっていたエアコンだ。15時の約束で少し早めに着てくれた電気屋さん。省エネ対策として、ベランダにブロックをベタ積みして室外機を高くすることで、排気を逃がし易くしたり、心持ち“エコ”を意識しての今回の設置。狭いベランダで一生懸命に作業してくれた。今回のエアコンを選ぶ時に私がとてもこだわった事は“空気清浄機能付き”と言うところ。年末に、職人さんがやって来ての忘年会では15人中半数が喫煙者、エアコンを回さなくても空気清浄機能だけはフル稼働なのだ。馴染みの電気屋さんのおばちゃん(社長)と息子さんと、チラシを前に時間をかけて選びに選んだ。最近の(東芝)エアコンは“空気清浄機能”が付いた機種だと、“お掃除機能”や“人感センサー機能”が必ず付いてしまい高額だと言う。12畳タイプ 定価198000円のところ、取り外した機器の引き取りから取り外し取り付け料金を全てコミコミで195000円にしてくれるという。たぶん巷の家電量販店ならば半額で済むだろうが、町の電気屋さんは『困った!』と言えばすっ飛んで来て、ほとんどの修理は部品代だけでやってくれる。たとえば保障期間が切れてから、家電量販店に連絡しても直接メーカーのお客様センターに電話しても、出張費・技術料・部品代で2万円を下回ることは少ない。だから“アフターサービス料金”込みって思えば、自力で動かすことの出来ない大型家電は馴染みの電気屋さんで買うほうが安心なのだ。事実12年使っているエアコンはリモコンの受信部分が結露で壊れて2~3回取り替えてもらっているが、総額5000円程で済んでいる。長く使う気がある家電はやっぱり町の電気屋さん♪・・・なのだけど、設置が終わった17時半、電気屋さんが困った顔で言った。『こちらの手違いで、カタログで選んだときから“空気清浄機能”がついてない型番を進めていたみたいで、値段も本当なら20万円を超えるのだけど、こちらの手違いだから、希望されたエアコンを取り付けなおさせて下さい。』『・・・』『値段はそのままでいいんです。こちらのミスですから。取替えまで、このエアコンは使っていて下さい。』『申し訳ないけど、お願いします。』なんといっても絶対に絶対に譲れない“空気清浄機能”たぶん電気屋さんは大赤字だけど、そうしてくれるならお願いするしかない。夜になって旦那に相談した。『・・・と言う理由で、今ついてるエアコンは取り替えてくれるらしい。値段もそのままで良いと言うので、同じ値段で良いと言ってくれたら、このエアコンを引き取って3階に付けてもらってはどうだろう?』3階に付けるにはちょっと高価なエアコンだ。本当は同じくらい冷えれば“お掃除機能”も“人感センサー機能”も必要ないので半額くらいのもので十分だった。『新品なら返品なり、別に売ればよいけど、数日でもうちが使ったら、もう売れない在庫になっちゃうし、来年買うつもりだったから思い切ってそうしてみない?』『いいんじゃないか。』『よっ!とうちゃん太っ腹!!』旦那の二つ返事で、もう一台お買い上げの方向で決まった。で、つい今しがた、電気屋さんに行って事の成り行きを話して交渉を成立させて来た。おばちゃん(社長)は何度も何度も頭を下げてくれた。ついでに買いに行った電球をプレゼントされ、私も恐縮してしまった。エアコン2台で約40万円・・・定期をひとつ解約しました(T_T)再来年にはテレビの“地デジ”化が待ち受けていて、アンテナからテレビまでの資金の準備を考えていたのに、それもちょっと厳しく考えなくちゃいけないかも知れない。ま、ここ2年間は子どもの進学も無いから、倹約してがんばればなんとか・・・冷蔵庫・エアコン・洗濯機、そしてテレビは必要な家電なんだよねぇ~(^_^;しばらくどれも壊れないでいてね!!(>_<)つづく――――――――――――――――――――――
August 19, 2009
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またまた1ヶ月を超えた更新です。14日にMちゃんと“いきあたりばったり珍道中”で、高尾山に行って来た。街中はうだるような暑さだったけれど、山道は鬱蒼とした木々に囲まれ涼しい風すら吹き抜けるしストレスフリーな道中でした。 ま、運動不足の私には険しい道程でもありました。なんだか“充電”した心持ちで帰宅したら、旦那のご機嫌が斜め…理由は『エアコンが効かない!』折しも金曜日の夕刻、更には巷は盆休み真っ只中…暑い暑い土・日を我慢して月曜日の朝一で馴染みの電気屋さんへ連絡。すっ飛んで来てくれたけど、エアコンはもはや手の施しようもない状態で買い替えとなった(>_<)只今、取り付け施工中です。新しいエアコンはエコだし嬉しいけど、スイッチいれる前から私の懐まで冷やすなんて(>_<)予定外の超出費…お財布にも優しかったらいいのに!!つづく
August 18, 2009
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ずいぶんとご無沙汰の更新です。三男の入学から3ヶ月・・・色々なことがあり、ちょっと疲れています。今日は思い切って散髪してきました。背中まであった髪をバッサリ、小学生の時以来のショートカットにしました。5月中旬に予定通り6年間つとめたPTA役員を無事に退任した。本当ならばまだ色々とお手伝いが残っていたけれど、会長との折り合いが悪かったので、サックリとはずされた。ま、それはそれで楽になったので良かった。その後、家庭に問題を抱えた、三男の中学校からの友だちJ君に振り回されている。父の連れ子のJ君は、元々実母と暮らしていたが、実母が病死したので別れた父に引き取られ、3年前から7歳年下の異母弟と継母と暮らし始めた。更に事情があり、継母の実家に転がり込み現在は6人家族として暮らしている。父は暴力的で、継母はそんな父親からJ君をかばうようにしていたが、反抗期のJ君の態度に父親の暴力的な気質を見つけて、現在は“半ネグレクト”状態。家に居場所が無いので、とにかく我が家に入り浸る。同情した旦那が夕飯を食べさせたら、それから毎日、平日だろうが土日だろうが夕飯までには現れる・・・すでにそんな状態が続いている。J君はファミレスで週3回のバイトをしていたが、我が家で食事が出来るとなったら、ほとんどバイトにも行かなくなり、私は困惑している。その上、自分を良く見せるために、三男を貶める言動が目立つようになった。・・・三男の友だちだから夕飯を食べさせたりしてきたが、もやは三男も嫌がる様子。普通ならば、家に連絡して話をするのだろうけれど、うかつに連絡したらJ君が暴力を受けるか、逆切れした父親に怒鳴り込まれるのは想像がつく。J君が同情を引こうとして話す『夕飯は自分で作って自室で食べる。』『弁当を毎朝作っている。』そしていつでも『腹減った。』は、もはや家族と住んでいる15歳の子どもの内容ではない。これまでに継母と2度ほど話をしたけれど、J君についての悪口と思える内容しか聞かされなかった。そして『バイトに行こうが行くまいが、学校に遅刻しようがしまいが、何時に帰ってこようが、自分の責任だから私は知らない。』と言われた・・・無責任極まりないのだ。私はどうしたものかと困惑している。つづく――――――――――――――――――――――
July 10, 2009
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本日は三男の高校の入学式でした。4月下旬並みの暖かい陽気に、満開の桜、本当に入学式日和でした。入学式も終わり、全体保護者会での恐怖の委員決めをやり過ごし、クラス担任懇談会を終えて、やっと学校を出たのは12時半・・・三男は1時間前には終わっていて、近くのコンビニでずっと待っていました。おなかはペコペコだし、精神的にもクタクタ。でも、三男は『バスは嫌だから歩いて帰ろう』言う。『本当に歩いて帰れるんだな?』と確認すると『平気』との返事。明日からはバス電車ではなく自転車で登校することになるので、学校から家まで一緒に歩いた。でもね、自転車で25分~30分・・・約7キロの道のりです。しかも今日は当然スカートにパンプス歩きにくいし、足も痛む(T_T)河川敷の桜並木や、近くの公園の桜を楽しみながらひたすら歩く・・・1時間半を経過した頃にようやく見覚えのある建物や鉄橋が目に入ってきた。が、その頃には、目で確認しなくても明らかに“足にマメ”出来たとわかるでも、歩かないと家に着かない2時間弱を歩ききって帰宅『高校入学式の日に母と二人で桜の咲く道をテクテクと歩いたなんて、きっと一生の思い出になるぞ!』と大笑いしながら三男に言った。でも、相当疲れた~!!つづく―――――――――――――――
April 7, 2009
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久々に旦那の話です。うちの旦那は“狼が来た少年”タイプです。ま、三兄弟に言わせると『うそつき』と言うらしいですが・・・これまでに酔っ払って何度も口にしてきた『みんなでカラオケ行くぞ!』すでに100回以上は言ってきたけれど、一度だって実現したためしがない。今夜も大騒ぎの挙句に『カラオケ行くぞ!』と言い出した。一緒に居間にいた三男は『行ってくれば』と冷ややかな口調。私はシカトしていました。それでもしつこいので私は『今までどんだけそう言ったって、カラオケに行ったためしが無いじゃん』と言い放った。そういわれるとへそ曲がりで天邪鬼な旦那は止まらない。『今日は行くんだ!ほら行くぞ!』と言う。三男は『はい、行ってらっしゃい。』と3階へ退散。『お前と二人だって今日は行くんだからな!』とターゲットは私になった・・・結局旦那は、嫌がる三男を『歌わなくていいから』と説き伏せ(駄々をこね?)、雨が降り出した夜の街へ出かけることになった。私は学校関係の飲み会で年間5~6回くらいはカラオケに来るが、最低でも10名以上の大きな部屋ばかりだった。でも、今回は3人なので小部屋タイプのブースだった。入るなり旦那は『何だ?せまいなぁ~』と文句を言う。そいでもってカラオケルーム初体験の旦那の為に、私と三男で旦那の歌いたいと言う曲を探して入力する。『スナックのカラオケと違って音がいいなぁ~♪』とご満悦。せっかくなので“採点ボタン”を押して、点数が出るようにしてみた。『俺の点数見てろよ!高いのが出た曲を春の旅行で歌うんだからな!』と嬉々としている。次々と旦那の曲を入れていたら『俺ばっかりじゃなくてお前も歌え!』と言い出す。おいおい、あんたの曲探してたら歌う暇なんて無いだろ?土曜日で込み合っていたので、入店時に『1時間で』といったのが幸いして、あっという間に時間は過ぎ、延長をしなくて済んだ。旦那はそれなりに満足したらしく、雨の上がった夜道を自転車で軽やかに走って帰宅した。旦那がへそ曲がりなのを知っていて、炊きつけるような事を言って墓穴を掘った・・・はっきり言って、旦那とカラオケに行ってもどうしてよいのかわからない。今まで旦那と出かけるのは“通夜・葬儀”“帰省”“知り合いの店”くらいなもので、レジャーはしたことが無いのだ。次回『カラオケ行くぞ!』と旦那が一人で盛り上がった時には・・・さて、どうしたもんだか・・・つづく――――――――――――
April 4, 2009
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合格の桜が咲いてから2週間、来週の木曜日は卒業式です。三男は気の合う友だちとほんわかと日々を過ごしています。それに引き換え私は、相変わらずPTAの仕事に追われている。そこへ持ってきて、三男の入学書類の書き込みや、会社の仕事が入り込み(いつもならこの時期は見ないフリをする)、本籍地から証明書を取り寄せたり、住民票を取りに行ったりと右往左往しています。元々、ひとつのことしか出来ない 性質なので、いっぺんに色んな事を考えなくてはいけないと言うのはしんどいです。しんどいだけなら良いけれど、そろそろ体に変調が・・・血圧の上昇・関節痛・蕁麻疹・・・ストレスが高じているのだと言うことは言うまでも無く・・・それでも先週末、久しぶりに1.2年生ががんばっているサッカー部の応援に行ってきた。南向きの校庭は思ったよりも風も無く、暖かいどころか日焼けしそうなくらいの陽気でした。なんだかとっても幸せ♪自分の居場所に帰ったみたいで、すごくほっとしました。後日、顧問の先生から『33番さんが居て、練習試合をしているとなんだか落ち着きますね。』と言われた。ほぼ6年間、そうやってのんびりと観戦してきたものね。私も学校の中で一番落ち着くし、安らぐのがこの場所で観戦している時だわ。三男の卒業でこんなこともなくなるんだと思っていたら、顧問から『(昨年度卒業生の)弟くん達が入部するみたいだから、またお誘いの連絡が行きますよ。きっと応援に来てるんでしょうね。』と笑われた。『もちろん!お誘いがあれば応援に来ますよ♪』今の1.2年生が在学中だけは、公式戦の応援に行くつもりだったけど、まだ3年間お誘いがありそうです。三男の卒業式まで1週間、私が完全に卒業するのはいつになるかしら?つづく――――――――――――――――――――
March 12, 2009
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お蔭様で三男が無事に都立高校に合格いたしました。滑り止めの“私立”も受けずに望んだ一本勝負だったので、はらはらドキドキしていました。同じように都立一本で勝負した生徒の中で、桜が咲かなかった子が3人いたそうです。人事ではありません(>_<)折も折、都立一般入試発表の当日の夜に、中学校の周年行事実行委員会の初顔合わせがありました。学校の都合を優先したのだろうけれど、受験生の家族のささやかな祝宴の邪魔をするなんて“無粋”です!とはいっても三男は最後の塾の日だったので、我が家では翌日の旦那のお誕生日と重ねての祝いでした。我が家の事情は置き去りに、28日も午前中に役員会がありました。その席で、今年度を持って退任する副会長Iさんが『最後まできっちりやらせてもらいます!』と宣言・・・今年早々には4月から新体制にバトンタッチするものとの話だったので、残留する役員YOUさんは困惑し、Kさんは呆気にとられていました。翌1日には、Iさんが返事のしようが無い文面でYOUさんにメールを送ったからややこしいことになった(>_<)納得行かないYOUさんをなだめ、Kさんに調整を頼み、休日返上でYOUさんと会って話をする羽目に・・・三男も無事合格、卒業式は目の前、役員の仕事も5月の総会までもう少し・・・本当に気持ちはすでに“隠居”じみていたのに、そうは問屋が卸さない!長男入学から7年・・・そろそろ一息つかせてよ(T_T)つづく―――――――――――――――――――――
March 3, 2009
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出願が雨入試は雨の上に電車トラブルで2時間遅れ本日の合格発表は雪が降ってます胃の痛む思いをさせられましたが、三男から『合格』の知らせがありました!桜咲きましたv(^_^)v
February 27, 2009
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今日は入試本番です。東京は夕べ未明からの雨で暗くしっとりと寒いです。土曜日の晩から三男は『眠れないんだけど・・・』と夜中に起き出して来ました。しかも、昨日は英検3級の面接試験があり、昼過ぎからばたばたと出かけなくてはいけない。英検会場が我が家からは交通の便が悪いところにあるので、バスで15分、それから徒歩20分ほどかかります。よほど面倒だと思ったのか、帰りはバスを使わずに、40~50分かけて徒歩で帰宅していました。日ごろから薄着の三男は長袖Tシャツに薄手の綿のパーカー姿・・・そりゃ寒いでしょ!鼻水をすすりながら帰宅したので、私の胃はきゅきゅっと痛みました。本日は都立高校入試本番。どこぞで聞き込んだらしく、朝から『カレーがいいらしい』とレトルトのカレーをしっかり食べで出かけて行きました。もう、祈るしかないです。せめてもの救いは、今日はトレーニングルームへ行く日なので、没頭していればいらぬ不安を抱えていなくて良いと言うことくらいかなぁ~?結果は金曜日・・・桜咲け!!!つづく―――――――――――――――――――――
February 23, 2009
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ここ1ヶ月、胃の痛むことが多いです。17日の火曜日に都立高校一般入試の最終倍率が出ました。三男の志望校は1.8倍・・・ギリギリの学力で目指しているので心穏やかではいられません。そして、受験の苛立ちがピークのくせにダラダラしている三男の中途半端な態度に、旦那が『家の事もやらない!勉強もやらない!ゲームばっかりやってるな!』と切れて、平手打ち5~6発を入れる家庭内騒乱(>△<)三男はふてくされる、旦那はいきり立つ・・・この時期に来て勘弁してよ!そしてその晩、入浴中に胸にシコリを発見(>_<)最悪の事を考えながら、悶々と一晩を過ごしました。翌朝旦那に『胸にシコリがあるんだけど・・・』と言ってみた。返答は『知らねぇ~よ!』・・・ま、こんなモンだろ(--)考えるよりも行動あるのみ!数年間ご無沙汰の婦人科へGO~!結果は“乳腺のう胞”まずは良性と診断された。定期的に診察を受けることになった。ついでに数年ぶりに“子宮がん検診”も受けてきた。こんな中でも週2回のトレーニングルーム通いは続けています。もうすぐ半年♪千里の道も一歩から!と、ほんの少しずつ上がってゆく基礎代謝だけが今の喜び。脇のお肉がすっきりしてきたけど、おなか周りは相変わらずポニョ状態・・・がんばらねば!いよいよ23日(月)に迫った三男の高校入試。発表までしばらく胃の痛みは治まらないかもしれない(>_<)つづく――――――――――――――――――――――――――――
February 19, 2009
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本年3回目の更新です。先週の木曜日・1月22日に次男が学校を早退してきた。39度8分の発熱、寒気、ひじやひざの関節痛、頭痛・・・学校の保健室の先生も『92%インフルエンザだと思うよ。』とのこと。帰宅したのが昼過ぎだったので、夕方の診察開始を待って近所の病院へ・・・A型のインフルエンザと判明(>_<)一大事です!三男と言う受験生を抱える我が家にとってインフルエンザが蔓延することは非常にまずい!ましてや、27日に推薦入試を受けるメンツが毎日のように遊びに来ている。慌てて関係各所へ“出入り禁止令”をばら撒いた!弟思いの次男は熱でうなされながらもちゃんとマスクを着用して就寝。鼻をかんだティッシュも普通のゴミ箱には捨てずに、スーパーの袋へ入れて口を閉じ、インフルエンザウィルスが広がらないようにしている。私は加湿器がわりにと大鍋にたっぷり水を張り、就寝時以外はひたすら家の中に湯気が回る様にと努めた。次男がかかった病院のポリシーで『10代の方にはインフルエンザのお薬は出しません。もしも欲しいなら別な病院を探してください。』と言われた。私としてもタミフルは、昨今の報道を聞いているので不安が大きい。『どんな薬が出ますか?』と尋ねると『抗生物質と関節痛に効くお薬と解熱剤を出します。』とのこと。幸いなことに、高熱による異常行動も無く、解熱剤が効いている間は食欲もあり、日曜日までに37度台まで下がった。インフルエンザは36度台が2日続き、3日目も36度台だったら登校可能となる。しかし、学校へは“登校許可書”と言うのが必要なので、それをもらいに今日、次男を連れて行った。次男の学校は都立なので、26日月曜日は午前授業・27日火曜日は推薦入試で休校・28日水曜日は休校と治ってからも1日休める余裕があった。きっちり1週間休み、家族の誰にもうつることなく、やっと家庭内でのインフルエンザが収まった。推薦受験をしない三男は2月の一般入試まで約3週間ある。近隣の小学校でもはやり始めたし、旦那や長男はマスクもせずに通勤している。まだまだ気が抜けない!家庭内で移らなかったのはお湯を沸かし続けたのが良かったのだろうか?それとも次男以外は『ナントかは風邪引かない』ってやつなのかしら?つづく――――――――――――――――――――――
January 28, 2009
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我が家のお正月は豚汁とお刺身とキンピラぐらいを用意して、後はお歳暮で頂いたハムや焼き豚を並べる。なぜなら『雑煮はいらない、御節もいらない』と旦那が言うからだ。元日には旦那と二人で、コタツの上に並べた食べ物を食べながら、お酒を頂き、だらだらとテレビを見る。食っちゃ寝、食っちゃ寝するのだから、ダイエットには最悪なパターンで過ごすことになる。幸か不幸か、今年はお酒の所為かおなかを壊した・・・不調ではあるけれど、今朝の体重は昨日より“1.3キロ”減・・・ラッキー♪だけど夜には友人家族を招いてお鍋で一宴会。ま、私は飲まなかったし、あまり食べなかったので増減無しだった。去年の夏に『三年間で20キロ痩せる』と宣言したのだから、思いっきり羽目をはずしては食べられない。今年の減量目標は7キロ~10キロの予定がんばろうっと♪つづく――――――――――――――――――――
January 2, 2009
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あけましておめでとうございます今年の元日は、大晦日の夜に旦那が言った『初詣は6時に出かける』と言った言葉から予定がスタートした。31日最後に時計を確認したのはに23時29分だった。行き倒れて気がつけば午前2時半・・・2008年の通常と同じパターンで年を越した。年越しで友人と遊びに出かけている長男にも旦那から『6時出発!』のお達しが下り、私も元日の5時には起床して旦那を待った。待った。待った。・・・・・・・・『おーし!初詣に行くぞ!』おはようでも無く、おめでとうでも無く、いつものように騒ぎ立てながら旦那が起きてきたのは“午前7時”・・・三兄弟をたたき起こし、ばたばたと洗顔して自分だけ準備完了(-_-;ぶつくさと文句を言いながら、それでも三兄弟は旦那の後に続いた。もちろん、洗顔も歯磨きも無し・・・参詣の帰り道は必ずなじみのコンビニでアイスやお菓子を買うのがお約束。三兄弟はカゴの中に色々放り込む。コンビニを出たところで、元役員のYさんに会った。挨拶をする私には目もくれず家族は帰っていった。年末に学校関係で面倒なお願いをしたこともあり、そのまま20分くらい立ち話をした。帰宅するとすでにお酒を飲んでグチグチと文句を言う旦那が居た。なんだかなぁ~今年もこんな感じで過ごすんだろうなぁ~昔、私の家では『正月は一年の始まりだから、怒らない・お金は使わない』と教えられた。1年間穏やかに笑って過ごせるように、怒られないようにすることも含まれていた。旦那と過ごす元日はいつも通りに自分の感情を出しまくりの旦那に振り回された。今年一年もこんなもんなのだろう。でも家族そろって健康に始まったので、今年もそこそこ幸せに暮らせそうな予感がする。つづく――――――――――――――――
January 1, 2009
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もたもたしているうちに大晦日になっていました。11月初旬に右手首に痛みを感じましたが『そのうちに治るだろう』などとのんきにしていたら、未だに痛みが引きません(>_<)それより以前におかしくなったキーボードも直っておらず、ずいぶんと更新をサボっていました。2008年は色々ありすぎて、本当に疲れた年でした。本年の目標だった減量は5キロの目標を達成!(たぶん正月でリバウンドする・・・)来る年が皆様にとっても私たち家族にとっても良い新年でありますようにお祈り申し上げます。来年につづく――――――――――――――――――――――
December 31, 2008
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一段落は我が家の話ではありません。学校でのイジメ問題です。ある教師が一人の女子生徒に無理な課題を出しました。それについて母親から『うちの子には荷が勝ちすぎているので、もう一度本人をよく見てから考えてください。』と再三のお願いもしていました。ところが、我が子を守ろうと母親ががんばればがんばるほど、その教師は意固地になり、挙句の果てにクラスの全生徒の前で罵倒すると言う暴挙に出た。子供達の中で教師が誰か一人を貶めたら、すなわち“イジメていいよ”とサインを出したも同然なのだ。当然の結果として、その女子生徒は事あるごとにクラスの中でいやみを言われ、つらい立場に追いやられた。課せられた課題のために時間を作る為、早朝4時から起きて作業をするなど、女子生徒は精神的にも肉体的にも限界を迎えつつあった。私が相談を受けたのは夏休み直前くらい、すでに3ヶ月もの間苦しんでいる。最近では課題を押し付けた教師に突き飛ばされて怪我をするという悪夢にうなされ、少ない睡眠時間さえも安息できないと言う。限界です!着々と学校側とどう対処するかを進めてきたので、ここで管理職を交えてその教師と母親が話し合いを持ちました。その教師は『私は言っていない』『私はやっていない』と全面否定。言った言わないというやり取りでは埒が明かないので、母親は『そうおっしゃったのではなくても、子供が精神的にいっぱいいっぱいでそのように受け止めているのです。』と一歩譲って話を進めた。校長はこれまでの聞き取りで、その教師の方に非があることをわかっているので母親寄りで話し合いは進んだと言う。ところが間に入っていた副校長はその教師と“なあなあ”な関係らしく、そちらの擁護に回ったと言う。しかも、話し合いの最中に腕組みをして寝ていたと言う!世も末です!まずは“釘を刺した”と言うことで、一段落だけど、教室内でのイジメがなくなったわけではない。更にはその教師が女子生徒に嫌がらせ続けない保証も無い。今度、何かあったら叩っ切る!!そう心に決めた母親なのでした。つづく―――――――――――――――――
October 23, 2008
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1ヶ月強のご無沙汰更新です。この間も色々とありました(>_<)6月、私の誕生日に旦那が泊りがけの出張に出かけて行きました。家族の誕生日よりも当然仕事のほうが優先です。私も全く気にしていませんでした。ところが出張から帰った旦那は『飲み屋のおねえちゃんが俺の携帯にアドレスと電話番号を入れてくれた』と言う・・・それからどうやら頻繁にメールが来ては返信を繰り返す。飲み屋の営業だろうと思っていたけれど、それから数ヶ月、泊りがけの出張のたびにメールが来るようになり、私は黙って胸を痛めていた。メールが来るたびに話をしてくれる・・・だから信じているけど、面白くない!そして、毎月取引先の上役とゴルフに出かけるようになり、ついには飲み屋のおねえちゃんと約束したからとゴルフバッグを買ってやった。もう私の中の不審はとまらない。10月初旬にまたゴルフに行き、今回は飲み屋のおねえちゃんたちも一緒で、しかもその参加費を接待の一環だから旦那が出すと言う。4ヶ月間我慢してきて、不審は疑惑になった。浮気してるかもしれない。前日から泊りがけで出かけた1泊2日のゴルフからベロベロに酔って最終新幹線で帰ってきた旦那。もう、我慢ができずに旦那の携帯を盗み見た。『もう帰っちゃうの?泊まってゆけばいいじゃん』飲み屋のお姉ちゃんからのメール・・・怒りに震えた。でも、盗み見たので旦那を問いただすわけにも行かず、眠れずに夜を明かした。翌日はちょうど20回目の結婚記念日の1週間前だった。何気ないフリをして、旦那の目の前で『昨日送った私のメールだけど・・・』と旦那の携帯を開いて見せた。『ねぇ、何このメール!うわ、いっぱい着てる!』と切り出してみた。我慢して我慢して信じていたのに、ここで旦那がなんて言うのか?全く予期せず、私は全身が怒りにガタガタと震えている。旦那は怒るわけでもなく、強い口調で『何で人の携帯を開くんだよ。』と言った。私は内容を口に出して読み上げた。『泊まって行けばいいじゃんって、そう言う関係なの!』『何言ってんだよ。こっちに泊まってみんなで飲もうって話だよ。何言ってんの?!』安心感と疑惑の狭間で、私は思いもよらずに大泣きしてしまった。信じたいけど、胸の中は納まらない。『大体、飲み屋のおねえちゃんなんだから営業でメールくらい送ってくるだろ!俺はそんなめんどくさい事はしない!』しゃくりあげながら旦那に抱きついた。結婚して20年、その間に3度くらい泣いただろうか?今までならば、私が泣けば『うっとうしい!』と邪険にされてきた。ただし、今回の私は20年で初めてといっていいほどに感情をあらわにして泣きじゃくった。旦那は背中をなでながら、戸惑ったように『なに?どうした?そんなわけ無いだろう?』と私を落ち着けようと声をかけた。『俺を信じてないのか?』20年間で初めてといっていいほどやさしい言葉だった。『信じてたのに、あんな・・・泊まって行けばなんてメール見たら・・・』しゃくりあげて言葉が続かない。『だったら人のメールなんて見なきゃいいだろ。』『このメール全部消しちゃっていい?』『気の済むようにすれば。』『メアドと携帯番号も全部削除したい!』『取引先の社長の店のおねえちゃんだからそうも行かない。』話はそこまでで、旦那の目の前で、メールを音読しながら消去した。とりあえず現場回りに出かける旦那を送り出した。午後早めに帰宅した旦那とゆっくり話をした。『俺は浮気なんて面倒な事はやらない。お前がよその男とそういうことになったとしても別にかまわないけど、俺はそんなつもりは無い。』『私は絶対に浮気なんてしないモン!!』『別にしたっていいけど・・・ま、きっとちょっとは腹は立つんだろうけどな・・・』『でもね、メール見たけど、あなたがその気が無くても、あんな風に返信してたら、相手が勘違いするよ!』『せっかくメールもらったから、ノリで楽しく返信してただけだよ。でもお前がそう言うのは一理あるかもな。気をつけるわ。』“女房が焼くほど亭主はもてない”と言うけれど、うちの旦那はなぜか玄人(飲み屋の女)にはもてるのだ。結婚直後に私の目の前で、ホステスに言い寄られているのを目撃しているし、知っている店のホステスも『私じゃだめかしら』とほのめかすのに遭遇している(--;それは20年間いつも私の不安だった。数ヶ月間ずっと心配して来たので、実は体調が悪かった。何をしていても集中できず、やる気も起きずにガタガタだった。今回の件で話をして安心した所為か、このところずっと高くてつらかった高血圧もほとんど正常値に近く収まった。拠り所は旦那の言葉だけだけれど、ひとまず信じるしかない。結婚20周年の祝いの食事会も開いた。でも、来月もゴルフがあり、その現場への仕事での出張もある。不安は拭い去れずに心は揺れる・・・私が震えるほど焼いたヤキモチを、どうやら旦那はうれしかった様子・・・信じていいんだよね?(>_<)翌日の昼間、例のおねえちゃんから旦那にメールがあったと旦那が携帯を見せてくれた。『ねぇ、今月はもう来ないの?』旦那の返信は『ようがないから いかない。』実にそっけない返信だった。私の言った事をちゃんとわかって行動してくれたのがとてもうれしかった。信じていいんだよね?つづく―――――――――――――――
October 16, 2008
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今日も区の体育館のトレーニングルームへ運動に出かけた。でも月経痛で体調不良。軽い貧血もあるように感じるので、いつもよりもゆっくり目・軽めにトレーニングをした。1度目に来た時はほぼできなくなっていた腹筋運動もずいぶん楽に体が上がるようになった。調子に乗って15回ほどやってみた。ビデオにあわせてストレッチをしているとなんだか変・・・?あら、足の長さが違うわ(^^;見るとYUさんは骨盤が後ろに倒れていて、前屈がうまくできていない。YUさんと『今度は一緒に整体に通うようかしら?』なんて笑いあった。先週から、サッカー部でにあっちこっちに応援に一緒に行っていたTAKママも来るようになっていて、気が付いたら目の前のエアロバイクをこいでいた。運動後、3人で連れ立ってファミレスへ『こっちのほうがカロリー低めだよね。』などと、少しは食事に気を使いつつ注文。でも、デザートまでいっちゃうんだよね(×_×)何はともあれ、楽しく通えれば何よりと、6度目も約束して別れた。帰宅して夕飯の買出しや支度をしているとなにやら腹痛が・・・月経痛かと思ったら、腹直筋あたりが痛む・・・あ、腹筋15回で筋肉痛になったのね(×_×)高校時代は100回も当たり前だったのにねぇ~・・・地道にがんばろうっと♪つづく―――――――――――――――――
September 8, 2008
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学校選択制になり、この時期は毎年学校公開授業参観が行われる。朝、三男が『今日は1時間目数学だよぉ~、だりぃ~』と言いながら登校した。それって暗に『来てね♪』ってことかしら?反抗期に突入して、何を聞いても『別に』と答えがちな三男が発する言葉には色々な意味があるのではないかと考えさせられる。1時間目は8時45分から・・・土曜日なのに普段より早めの行動開始(--;何とか9時には教室の前にたどり着き、廊下から参観。2時間目は選択授業、三男は【体育・バスケ】蒸し暑い体育館で参観。学校へ行ったついでにPTA室へ寄ったりしながら11時半に帰宅。ずっと寝ていた次男を起こして、帰宅した三男と一緒にカップ焼きそばでお昼ご飯を食べた。週末の疲れもあり、満腹でお昼寝・・・これって絶対太る方程式じゃん(T△T)つづく――――――――――――――
September 6, 2008
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0時半には布団に倒れこんだ私。気がつけば午前5時半・・・やっと絵の具で色を塗り始めた様子の三男が、眠たそうに絵筆を握っていた。進み具合を見てもたぶん8時に家を出るまでには間に合いそうにない(--;夕べ私が眠るか眠らないかぐらいのうつろな時に『冷蔵庫の鶏のひき肉使ってもいい?』と三男が聞いた。『何するの?』『夜食に鶏団子のそばかうどん作る』『・・・好きにすれば・・・』ほとんど意識も飛びかけた状態で聞かれたので、その後貴重な時間をどれだけつぶして夜食を作っていたのかは定かではない(^^;朝起きてみて、シンクに長いもをすりおろした残骸や材料を混ぜたと思われる汚れたボウルがあったので、おそらく作って食べたのだと思う。そんなこんなしていて午前6時、長男が起きだして来た。『今日は曇り時々雨で、仕事ができないから休みね』あら、またお休みなのね(T_T)作業中の三男をおもむろに見て『おまえさぁ、間に合いそうもないのに何で葉っぱの一枚ずつ丁寧に色を入れてんの?』と一言。ここで三男の気持ちをあらされても困る。『お前と違って、三男は繊細なんだからほっとけ!いいからお前は黙って寝てろ!』と一喝。早々に退室してもらった。7時になった時、三男がシャワーを浴びに行く。『間に合わない、間に合わない。ぜってぇ~間に合うはずないし。』とぶつぶつ言っている。結局朝食をとる暇もなく、野菜ジュースを飲んだだけで、完徹の三男は中途半端なままの美術の宿題を抱えて登校していった。すぐに旦那が起き出して来て、9時過ぎには現場回りに出かけた。今日は4度目のトレーニングをすると約束していたので、あわただしく支度をして、洗濯もそこそこに約束の10時には家を出た。前回と同じようなメニューをこなそうとしたけれど、寝不足はつらい!意識と肉体が微妙に重ならずにフワフワと浮いた感じなのだ。勤めて軽めにこなせたのも、トレーナー【度S】氏がお休みだったからかな?今日はやさしい女性トレーナーさんだったので『がんばってくださいね。』『無理しないでくださいね。』と声をかけてもらった。挫けそうになりながらもステッパーを20分踏むと、全身から汗が噴出した。終了後は放心状態(×_×)寝不足はつらすぎる(T_T)次回から何があってもトレーニングの前夜はちゃんと寝ようと心に決めました。つづく――――――――――――――――――
September 4, 2008
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昨日は次男の病院へ検診に行きました。普段は私が薬をもらいに一人で行きますが、年に一度、夏休みには本人を連れて検査に行きます。先週の土曜日から次男は友人のところへ2泊3日で泊まりに行っていたので、出かける前に『来週の火曜日は病院へ行くからね』と言っておいた。でも、お出かけモードの次男は右から左へと聞いていなかったようで、朝『病院へ行くぞ』と言ったら『聞いてないよぉ~』とごねる。何しろ『休みの日は家にいるもんだよ。出かけるなんておかしいでしょ。』と言うのが彼の自論(^_^;ごねる次男に休みだった旦那が『病院なんだから行って来い。』と後押ししてくれて、ようやくギリギリに家を出た。駅のホームで電車を待ちながら『再診受付って11時までだっけ・・・』と私がつぶやいていたら『今からじゃ11時には間に合わないから帰ろう』と次男が言い張る。診察券を見てみると【再診は正午まで】となっている『見てごらん正午までだから受付は11時半くらいまで大丈夫だよ。』と言うと『えぇぇ~、な~んだ』と次男がっかり。年に一度のことだから先生も『呼吸の検査と血液検査しましょう。』久しぶりに次男を見た小児科の看護師さんは『大きくなりましたねぇ~』と微笑む。初診が幼稚園の年長さんの秋だったのだから、思えば10年は通っているのだ。検査も終わり、会計も済ませて帰路につく。『ねぇねぇ、かあちゃんは買い物して帰るから、一緒に行く、それとも先に帰る?』と聞いてみた。『だって、とうちゃん居るんでしょ?一緒に帰ろう。』・・・だってって何よ・・・『だから、買い物して行きたいんだってば。』『帰ってとうちゃんと二人はさぁ~・・・だから一緒に帰ろう。』折角お天気で電車で出かけたのに、自宅へ強制連行されてしまった(×_×)帰宅するとゴロゴロと転がる次男。『やっぱ家っていいなぁ~♪』我が家の座敷ブタは至福の面持ちで大きな体を伸ばしていました。そういえば今日は長男の19の誕生日♪いつものようにデリバリーのおすしをとって、ささやかな誕生会・・・だったはずなのに、塾に出かける三男が旦那を怒らせて、家の中は険悪なムード(T_T)ふてくされた三男はすしも食べずにドカドカと足音を鳴らして出かけていった。旦那を囲んですしを食べていた長男と次男も早々に部屋を出る。残された私は次男のように座敷ブタモードで知らん振りした。旦那も3階へあがり、三男が塾から戻ってきた。『美術の宿題やらなくちゃ・・・』お前!夏休みは8月24日で終わったはずだろう!結局、居間で徹夜作業となり、私は0時過ぎまでお付き合いで夜更かしして、煌々明るい部屋で眠ることとなりました(×_×)つづく――――――――――――――――――――――
September 3, 2008
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昨日、3度目のトレーニングに行ってきました。前回調べてもらった【体組成器】での結果で、腕と体幹部はアスリート表示、足はフィットネス表示になっていたので、私としては目標は足のアスリート化なんですが、トレーナーさんに言わせると『有酸素運動で体脂肪を減らしましょう』と言うことらしい。年齢と共に明らかに痩せ難くなってきているので、筋肉をつけて【基礎代謝】を上げ運動したときの燃焼効率を高めて、ある程度、体重減少してから走ったりしようと言う計画だった。ところが意外と筋肉はアスリートだったりしたので、ぬいぐるみの綿のように詰まった脂肪を何とかしなくてはいけないのだ・・・曜日を違えて3度目の来館だったけれど、最初にいたトレーナーさんは女性が二人、2度目は女性と男性が一人ずつ、3度目は男性が二人と言う構成だった。この2度目3度目に遭遇した男性トレーナーさんは、私たちがトレーニングマシンで必死にもがいている横で『まだまだ行けます。』『もう一息がんばりましょう』『もう一回やりましょう』と囁いてくれる(--;慣れぬ筋肉運動でプルプルと震えながらもがいているのに『もう少し追い込みましょう♪』と嬉々として囁くのだ。スポーツのコーチや監督は【S】じゃないと務まらないと言うけれど、そのトレーナーさんはまさしく【度S】(>_<)トレーニングマシーンの使い方が無駄(筋肉に効いていない)だと、すかさず寄って来て『背筋を伸ばして、肩甲骨を寄せるように!そうそう、いいですねぇ~♪プルプルしてます。それが効いてる証拠ですよ。』と指導してくれる。ありがたいが、寄って来られるとちょっとびびる(^^;毎回最後に腹筋と背筋をするのだけど、この腹筋がきつい。ベンチに、ものすごく浅く腰掛けて足を上げる。ひざと足首を90度に保ったまま、下腹の筋肉を使って足を体に引き寄せる。3回でダウン(×_×)するとトレーナー【度S】がやってきて『もう一回♪もう一回♪』と囁く・・・(T_T)無理なんだってばぁ~つづく―――――――――――――――
September 2, 2008
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7月17日以来の更新です。長い長い夏休みと言ったところでしょうか。夏休みに入ってまもなく、サッカー部のお母さんが逝去され、少々落ち込んでおりました。お話をさせて頂くようになって半年余りでしたが、練習試合にはいつも顔を出してくれて、隣に座っていました。たくさんお話をしたし、試合の合間に一緒に食事に行ったりもしました。知り合ったときにはすでに癌の闘病中だったそうです。一人息子をのこして旅立った彼女は、享年52歳、若すぎます。合掌私はといえば、旦那が『今年は絶対に里帰りする!』と宣言していたので、あっちの口座こっちの口座からなけなしのお金をかき集め、実家1泊・旦那の実家3泊4日の修行の帰省となりました。うちの区では8月25日から新学期が始まります。その直前に、顧問のお父様が逝去され、サッカー部は落ち着かない新学期となりました。秋の新人戦に向けてのシード権大会が31日に予定されていたのに、このところの豪雨で河川敷のグランドは使用不可能になり、突然30日に本校の校庭で行うことになったりしました。結果惨敗(>_<)こんな夏休みを過ごしながらも、仲のよい役員YUさんと『まずい、非常にまずい!運動不足だよね。』と話をしていました。『折角その気になったのだから、区のスポーツセンターのトレーニングルームに行ってみよう。』という事になり、先週までに2度ほど行ってきました。1度目に行った後、旦那に『2年計画で20キロやせようと思ってるのよ。』とさりげなく言ったら『★$Ю』と鼻で失笑されました(--#『ゆ、許せん!』ちくしょう!見てろよ!ぜってぇ~に痩せてやる!今後の目標を定めるためにもと、2度目にトレーニングルームへ行ったときに【体組成器】と言う機械で、体脂肪や四肢・体幹部の筋肉量などを計測してもらった。もちろん私のスコアは【肥満】でした。でも、筋肉量はしっかりとあって、両腕と体幹部はアスリートと表示されていました。目標は両足をアスリートに持って行きながら基礎代謝を上げて、体脂肪を落とすこと!失笑した旦那を絶対に許さん!!つづく――――――――――――――――――
September 1, 2008
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