AT THE FIVE SPOT, VOL.1/ERIC DOLPHY ドルフィーの音楽は定義しがたい。フレーズが特異であることとかマルチリード奏者であることとか、グロテスクな音楽だとかあまり核心的でない批評が多くなされてきた。しかし、この音楽をあれこれ批評しようという試みは無益である。音をそのまま浴びるように聴けばよい。カテゴライズが不可能な独自の音世界がそこにある。楽器を自分の口のように意のままに用いる完璧な操作能力があって、その上でその先にどういう音世界が開けるかを追求している。レベルの高い音楽家である。3The Prophetが白眉。クリフォード・ブラウンと同じく、こんな音楽家は二度と現れないのではないかと思う。ファイブ・スポットのライブ盤には、この盤のみが持ちうる独特の香り、肌ざわり、温度がある。ドルフィーは独自の新しい言葉を作り出していたことがわかる。聴くと外国語や方言を話す人と出会ったときの感覚に近い。言葉自体は聴き慣れなくても、何を言いたいかはわかるのだ。オーバーに言えば、地球外生命体が言葉を使わずに直接我々の意識に語りかけるかのような音楽だ。リトルのトランペットはドルフィーと同じく、表現形式の桎梏を飛び越えて直接聴くもののハートに飛び込んでくる熱を持っている。音には彼らの血液が脈打っているから、我々は目をつぶってその脈動を感じればよいのだ。音がまるで驚くべき新種の生き物のように訴えかけてくる。