「きらりの旅日記」

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ほしのきらり。

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2016.10.02
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韓国のソウル【世界遺産】宗廟へ行ったのは、2016年9月1日(木)の事です♪

宗廟の参道は、とても長く幼稚園の子どもたちが、先生と遊んでおりました。


【世界遺産】宗廟の正門「蒼葉門」チャンヨッムン

とてもお天気が良くて・・・気持ちの良いお墓参りになりそうです。


チケット売り場は、「蒼葉門」チャンヨッムンの右にあります。


宗廟は、ガイド付きでないと・・・一般の入場ができません!


おや、もしかして・・・ここも入れない?


とチケット売り場の窓口へ行くと

「日本語ガイドですか・・・急いで下さい!」





しかし、タイミングが良いです・・・待ち時間ゼロですから☆


現在=11:47  11:45は、そこに

日本語は、12:40 これは、次の「日本語ガイド」の表示ですね!


11:40からの「日本語ガイド」は・・・


20m先まで進んでおりました。



説明は、始まっています・・・


ガイドさんは、帽子に民族衣装のユニフォームを着ております。


「日本語グループ」は、13人位でしょうか?


中に西洋人女性一人と、


タイ人男性が、一人加わっております。


エミchanときらり。20mのダッシュで間に合いました(^-^)V






しかし、日本語ガイドさんは、ここをスルー



「望廟楼」マンミョル・・・祭礼を行う時に王が休息をとる場所


中池塘(チュンジダン)

1443年(世宋25年)に人工的に造られた池です♪

四角形の池の中央には、丸い島があります。



丸い島は「天」を象徴すると同時に『陽』を意味するのだとか・・・



路の中央は、少し高くなっていて「神香道」シンヒャンノ・・・神様が通る道で

東側を「御路」オロ

西側を「世子路」セジャロ と言います。



私たちは、道の中央を歩いちゃいますけど~♪



正殿の神主(位牌)を移し祀るために1421年に新たに建てられた別廟で

永寧殿の名前は王家の先祖と子孫が共に長らく平安せよと言う意味である。


「南側の門」


ここが正面ですが・・・

私たちは「東側の門」から入ります。



「版位台」パンウィデ

祭礼を行う時に準備をしたり、準備が終わるまでここで待機していました。


それでは、いよいよ・・・


階段に上る時にも決まりがあります↑必ず右足から上がり、そして左足をのせて並べ、

次の段には、また右足から上がり、左足をのせて階段を上がります。

ガイドさんに習い・・・私たちも同じように

段々と、厳かな気持ちになって来ました。

そして門の敷居は、乗らない事。

そうして、入ってみると


一期一会・・・「日本語ガイド」に参加した方々


見上げているのは東の端



この石段は、登れませんので・・・芝生から前に周ります



この角度でないと「宗廟」の全景が撮影できないのだとか!

流石です~確かに全部、治まります。



宗廟 종묘(チョンミョ) は、

歴代の王と王妃の神主を安置し、祭祀を行う国家最高祠堂である。

朝鮮の太祖が漢陽を

新しい国の都として決めてからすぐに建て初めて

1395年に景福宮より先に完成した。

宮廷の左側の東に宗廟を

右側の西に社稷壇を置くべきであるという

古代中国の都城計画の原則に基づいて増えるにつれ

数回に渡って建物の増築が行われ、今の姿になった。

王や王妃が崩御すると、宮廷で三年の喪を行った後

その神主を宗廟に移して祀る。

正殿には功徳に優れた王様の神主を永久に祀り

永寧殿には太祖の4代祖など、没後

王に追尊された方々の神主を正殿から移して祀る。

現在、正殿の神室19間には太祖をはじめ

王と王妃の神主が合わせて49位

永寧殿の16間には34位が安置されている。

王位を追われた燕山君と光海君の神主は宗廟に祀られなかった。

宗廟大祭は、王様をはじめ、世子と文武百官が参加し

音楽、歌、舞が一体化した宗廟祭礼楽に合わせて執り行われた。

現在の宗廟大祭は毎年5月の第一日曜日と11月の第一土曜日に行われてる。

大祭のほか、

宗廟では、国の重要なことを知らせたり、祈願する儀式も行った。

宗廟のすべての建物は装飾と技巧を排除して

単純で厳粛な雰囲気を醸し出す。

単純さの中で生と死の奥深い意味を

厳粛の中で王朝の神聖な権威を読み取ることができる。

中国やベトナムとは異なり、韓国の宗廟は、建築物に加え

祭礼と祭礼楽の本来の姿をそのまま保存して

今日まで継承している唯一の場所である。

宗廟は、1995年にユネスコの世界遺産に

宗廟祭礼楽は2001年に人類の口承及び無形遺産に関する傑作に登録された。



「正面」左右に16に区切られた部屋があります。



ここが中央です。歴代の王さまが、崩御されると左右に増築をされました。



しっかりと錠前があって、それぞれの部屋は、通り抜ける事ができません!

一部屋毎に簾があって巻き上げています。



右側(東側の門)私たちが、入って来た門の方角


左側(西側の門)の方向です・・・ここから私たちは、出ました。



正殿の神主(位牌)を移し祀るために1421年に新たに建てられた別廟で

永寧殿の名前は王家の先祖と子孫が共に長らく平安せよと言う意味である。

施設と空間の形式は、正殿一円と似ているが

正殿より規模が小さく、より親密さを感じる。

正殿と同様に2重になった月台を塀を巡らして、

東、南、西の三か所に門を置いた。

もともと6間規模だったが、何度も左右に・・・・室を増やし

現在の神室はすべて16間である。

中央の4間は、太祖の4代祖を祀ったところで屋根が高い。

東に祭祀道具を補完する祭器庫を

西南の外に祭礼楽を準備する小楽工庁を置いた。



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最終更新日  2016.10.02 13:46:58
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