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斉藤一人さんは言葉の意味解き名人です。「品物(食べ物)を山ほど食べるから癌になる。」と過食を戒めています。朝は抜くぐらいで丁度よいとも言っています。また、「命を得ると、人は一度は叩かれる=命」とも言っています。なるほど、漢字には意味があるんだな。自分も一つくらいは漢字の意味をと思い、「許す」という言葉を紐解く。「午」とは丁度とか真ん中という意味である。つまり、「許す」とは「言葉の中核」つまり、「言葉の中の言葉」。「言葉は神である:ヨハネの福音書より」。ヨハネの福音のことばとはイエスキリストを指すとの解釈が書かれている。この解釈を見ないで素直に読むと、言葉=神となる。そして、その「中心=ハート」が「許す」という漢字の意味するところとなる。言葉=神=宇宙。つまり、宇宙の中心、神の心が「許す」ということになる。この世で最も大切なことは「許す」ことである。従って、人を「許す」のがいかに大切かということになる。
2005.08.29
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「出し切る」シリーズは100日修行中です。今日は昨日の「宝探し」の続編です。どうも最も大切なものを忘れていたような気がします。確かに昨日の下記の3つは金持ちになるために必要な3要素だと思いますが、どうも金持ちになるための”魂(たましい)”を入れ忘れたような気がします。1)金持ちになることを”真剣に企てる”。2)企てたことへの”燃えるような執着心”を持ち続け、途中で諦めない。3)絶対にこの”企て”は成功すると最後まで信じ、必ず成功させる。金持ちになるための宝物の箱を開けるための鍵(キー)【Keyとは英語で鍵という意味と{最も重要なもの}の意味があります。まさにそのキーですね】は、、、コミットメント です!自分は金持ちになるんだ! 絶対に金持ちになるんだ! というコミットメントです。斉藤一人さんは恐らく、自分は必ず日本一の金持ちになるんだ!とコミットしたのです!だから、そのとおりになったのです!例えば、明朝は朝7時に会合があるとします。その会合に出ようとします。出席するかどうかは”あなたの意志に任されている”とします。でも、自分はその会合にでようと考えています。スケジュールしています。さて、結果はどうなったでしょうか?コミットメントが強ければその人はその会合に出席できます。コミットメントが弱ければ、その人はその会合に出席できません。つまり、なにがなんでもその会合に明朝出席しようと思えば、前の夜は朝起きられる時間に寝ます。ただ、出ようと考えているだけであれば、前の夜はいつもどおり夜更かしして朝起きられません。つまり、出席できないという結果を得るのです。コミットメントが弱いと夢は絶対にかなわないのです。コミットメントが強いととても無理と思えるような夢も実現するのです。どうも人生のキーワードを一言で表すとしたら、『コミットメント』です。コミットメントとは約束とか日本語に訳しますが、そんなもんじゃないんです。約束なんて破るためにあるとか言いますよね。コミットメントとは約束したら、なにがなんでも守る、なにがなんでも実現させる。実現すると決めたことを絶対に実現させることなんです。この世で一番ものすごい言葉なんです。これ以上、凄い言葉はありません。
2005.08.21
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「出し切る」シリーズは100日修行中です。今日は「宝探し」です。斉藤一人さんは何故日本一の金持ちになったのだろう?いろいろなことを教えてくれ、いろいろなことをデスクロージャーしてます。それこそ、出し切って、自分が金持ちになれたのはこういう考え方をしたからなんだよ。とか、こういうことを言ったからなんだよ。とか、こういうことをしたからなんだよ。とか、包み隠さず全部教えてくれます。でも、あまりにも多くのことを聞いているので、それでは一体、山のような沢山の教えの中の一体どれが斉藤一人さんを日本一の金持ちにしたんだろう?どこを真似すれば、金持ちになれるんだろう?まるで宝探しですね。おそらく、総合的に判断しますと、次の三つのような気がします。1)金持ちになることを”真剣に企てる”。2)企てたことへの”燃えるような執着心”を持ち続け、途中で諦めない。3)絶対にこの”企て”は成功すると最後まで信じ、必ず成功させる。おそらく、金持ちになったのはこの三つの”実践”にあったのだと思う。
2005.08.20
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「出し切る」シリーズは100日修行中です。今日は「諸行無常」です。斉藤一人さんは「諸行無常」を「むなしい」とは捉えていません。「諸行無常」を「人生の希望」と捉えています。例えば、斉藤一人さんは人生を「公園の散歩」に例え、公園には綺麗な花が咲いています。また、公園には犬の糞も落ちています。要は「公園」という「人生」をどう捉えるかがその人の人生を決めるのです。どうせなら、「綺麗な花」を思いましょう!と。私は以前、「諸行無常」、「般若心経」を勉強した時、「諸行無常とはすべてが常ならず、移ろい行く。若い人もいつか花が枯れるように年をとり、死んでいく。人生って空しいな。と思いました。」しかし、「諸行無常」のもう一つの側面があったのです。「今日ダメな人でも明日はダメでない人に変身するかもしれない。こう諸行無常を捉えることも出来る」貧乏人は顔が既に貧乏人です。確かに今日も貧乏人の顔をして明日も貧乏人の顔をします。金持ちは顔が既に金持ちです。確かに今日も金持ちの顔をして明日も金持ちの顔をします。これは金持ちは金持ちだと思っているから顔がそのようになります。貧乏人は貧乏だと思っているから貧乏人の顔をしてます。「これはおかしいのです。人生の真実から外れた現象なのです。諸行常になっているではありませんか!おかしいのです!諸行無常なんだから、今日貧乏人でも明日は金持ちになるかもしれないというのが諸行無常なのですから。」だから、貧乏人は「金持ちだと言い続け、金持ちだと思い続ければ、金持ちにいつかなるのです。」不幸せな人は幸せだと、ついてない場合はついてると、すべて、天国行き言葉を言い続け、思い続ければ、「諸行無常」の原理で、どんどん幸せになるのです。
2005.08.16
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おとといからテーマは「許します」です。このテーマは今までになく重要かつ大きく究極のテーマと思えます。従いまして、今日も「許します」です。実は、斉藤一人さんの天国行き言葉と地獄行き言葉に最初は「許します」、「許せません」が入っていなかったのです。UPDATE Versionに初めて登場したのです。最も重要な天国行き言葉「許します」。 【毎日、これを唱え、これを実践すれば、間違いなく天国にいけます】最も重要な地獄行き言葉「許せません」。 【これはガンで言えば、ピーナッツのカビに含まれているアフトラキシンのようなもので、いちころでガンになり、地獄へ行く猛毒です。間違いなく地獄へ行きます。】許せないと何が起きるか?Just imagine... 夫婦は別れる【お互いに相手の欠点を絶対に許せない結果、夫婦は別れます。】。友達は別れる【お互いに相手の欠点を絶対に許せない結果、友達は別れます。】。恋人同士は別れる【お互いに相手の欠点を絶対に許せない結果、恋人同士は別れます。】。許せない人の顔には棘が生えてくる。顔に表れるだけでなく人格に現れ、次第に隠せなくなり、他のすべての人がそれに気づいているのに本人だけがそれに気づかなくなる。即ち、孤独になり、孤立する。ちょっと考えただけで恐ろしいことが次から次へと起きる。今度は許せた例です。例1)キリストは人の罪をすべて許すために自分の命を十字架にかけたと聖書では言われております。自分の命を投げ捨ててでも人を許すというキリストは究極の「許す」を実践している。例2と3とは菊池寛の小説から)例2)「恩讐の彼方に」に”青の洞門”がでてくる。人を殺した罪を償おうと自分の残りの人生をかけて人のために生きようと考える。そんなときに、人が崖から毎年落ちて命を失うということを聞いて、トンネルを掘ることに自分の人生のすべてをかける。そんなときに、父の仇と殺した人の息子が訪ねてくる。このトンネルを掘ったら私の命は差し上げるので掘りきるまでどうか待って欲しいと懇願する。息子はわかった、それでは早く父の仇が討てるようにトンネル堀りを手伝おうということになった。何年もかかってやっと掘り終わった。これで人の命が少しでも救えるんだねという感激の余りに二人は抱き合った。もう、父の仇はいなくなった。「許した」。例3)「父帰る」で家族を捨てて出て行った父が落ちぶれて家族のもとに帰って来た。家族は口々に父を批判する。こんなダメな父は絶対に許せないと。そこで、父はやむを得ず、家を出て行く。その時、家の奥から、娘が飛び出てきて、「お父さん」と叫ぶ!また叫ぶ!「お父さん」!あれほどまで許せなかった父を「許した」。例4)レミゼラブル「ああ無情」の中で、ジャンバルジャンが牢獄から出てきて、食べるものも泊まるところもなく困っていたときに、ある牧師が夕食をご馳走してあげて、泊めてあげた。この恩をあだで返すかのように銀の燭台を盗んで逃げる。途中、警察に捕まって、牧師の教会まで連行されてくる。警察官が牧師に言う「こいつはあなたの燭台を盗んだ」。すると、牧師は「とんでもありません。それは差し上げたのです。なぜ、あなたはもう一つの燭台も差し上げようとしたのに持って行かなかったのですか」と言ってもう一つの燭台もジャンバルジャンに差し上げる。ジャンバルジャンはこの牧師の「許し」に感激し、改心し、市長まで偉くなり、人のためにつくすようになる。「許さない」から生じる結果と、「許す」から生じる結果と「天国」と「地獄」の違いがある。
2005.08.08
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昨日の許すの続きです。考えてみれば、「許す」って「人生の鍵」を握っていますね。「許せないから、別れが生じる」「許せないから、孤独が生じる」「許せないから、喧嘩が生じる」「許せない」って言葉は「許せない」ね。斉藤一人さんの言うようにすべてを許せるようになりたいですね。
2005.08.07
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斉藤一人さん曰く『人を許します。自分を許します。もし、人も自分も許せないのなら、自分を許せない自分を許しますって言ってごらん。』許すとは英語ではAllow(考慮・斟酌して許容する)、Forgive(罪を神のごとく罪人に対して与えるかのごとく許す)。斉藤一人さんの言っている「許す」は後者のForgiveの方だと思う。許せない人を許すことなのですね。なかなか出来ないですね。これは。誰でもが自分の罪を許して欲しいと思っている。自分の過ちや至らない欠点やいやな性格を許して欲しいと思っている。でも絶対に許してくれない世間もあれば、人も居る。許すって本当に難しいけれど、また許して貰うって許す以上にもっと難しいことだけれど、許して貰いたいんだよね。だれでも。。。斉藤一人さんは『許すことが出来た人から幸せになっていくんだよ。』と言っている。口げんかでも喧嘩でも相手を許せないから起きる。もし、相手を許せたら、喧嘩は起きない。喧嘩をしているうちはだめなんだなあ~。おそらく、相手に完璧を求めるから、相手が許せないんでしょうね。斉藤一人さん曰く『完ぺき主義は疲れます』人を許せるようになるとだいぶ楽になる。でも、楽になるために許すのではなくて結果として楽になる。人を許すと神に近づき、幸せになる。人を許せないと神から遠ざかる、幸せから遠ざかる。
2005.08.06
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斉藤一人さん曰く『完ぺき主義は疲れるな』確かにそうだと思う。人間は不完璧だから人間なのであって、完璧だったら神になってしまう。人間は斉藤一人さんだって神じゃないんだから。斉藤一人さん曰く『一生懸命精進しても、誤りを犯す。しかし、その度、正しい方向に立ち直る。でも、また、誤りを犯す。でも、また、それに気がついて起き上がる。100回でも1万回でもこれを繰り返す。この精進の姿をダルマという。誤りを犯して、ただ、悪い因果を繰り返してだけいるのをカルマという』どちらも、誤りを犯すのだけれど、ダルマは何度でも立ち直ろうとする。カルマはどんどん誤りの輪廻を深くして、輪廻から這い上がろうという努力をやめてしまうことを言う。完ぺき主義者は人の誤りを絶対に許さないし、自分の誤りをも許さない。完璧でない人間という存在に『完璧』を要求するから、疲れるということなのだろう。例えば、『禁酒』を誓うとする。でも、どうしても『酒』を飲まざるを得ないような苦しい状況が生じて、飲んだとする。ダルマはその誤りに気づき、翌日からはまた『禁酒』を守ろうと努力する。カルマはどうせもう一度破ってしまったんだから、もう『禁酒』はやめようということでやめてしまう。悪い因果を深めていく。ダルマってすごいですよね。だれが作ったのでしょうね。正月の縁起物ですけど。確かに、何度、倒しても起き上がるモンね。手も足もなくたって、すごい顔して起き上がるんだよね。何度倒されてもね。ダルマってすごいよね。ダルマは「完ぺきではないんだ」けれど、完璧に「絶対に負けない」主義なんだね。きっと。すごいよね。ダルマは。何度でも挑戦するんだね。しかも、本当にすごい顔してね。ダルマさんが転んだなんて言って笑っちゃいけないんだよ。馬鹿にしちゃいけないんだよ。だって、すぐに立ち上がるんだから、しかも、なんどでも立ち上がるんだから。ダルマさん頑張って!
2005.08.05
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斉藤一人さん曰く『企業とは企てて行なうから企業というのであって、企てないのは企業じゃないんだよ。悪い奴だって企ててるんだから、善人が企てなかったらだめなんだよ。なにも悪いことを企てろって言ってるんじゃないよ。計画しろって言ってるんだよ。計画すれば、不可能な事だって可能になるんだよ。』斉藤一人さん曰く『私は企てたから、成功したんです。核になるものを決めるとどうでもいいものまで売れるようになるんです。先ず、核を決めるんです。核になるものを企てるんです。』斉藤一人さんもPDCA(Plan,Do,Check、Action)を回してきたんですね。
2005.08.04
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斉藤一人さん曰く『斉藤一人さんの本を読んでも幸せにならないのです。うまくいかないのですと言う人が時々居ます。そういう人は私のファンになってはいけないのです!』これはどういう意味かというと、『私の言うことを本当に信じて、私を信じて、そのとおりにすれば、必ず幸せになるとこれほどまでに教えているのにそのとおりにやらないで、それを信じないで、幸せにならないのですと言わないでください。幸せにならないのは当たり前ですから。うまくいっている人だけが私の言っていることを信じてくれた人だから、私のファンですと言う資格があるのです。』と斉藤一人さんは言いたかったのだと思います。聖書(マタイ6章33節)でも言ってます。『神の国とその義とをまず第一に求めなさい。そうすれば、それに加えて、これらのものはすべて与えられます。』これはどういう意味かというと、『「神が我らの罪を許すために自分の命をまで十字架にかけた」ということをまず信じなさい。そのように神を心から信じることが先なんです。神を信じなさい。そうすれば、あなたが求めているものはすべて神が与えてくれるのです。』ということです。聖書を例に挙げましたが、要は、『信じる』ということは本当に信じて、実践することです。例えば、幸せだ、幸せだと言ったくらいで本当に幸せになるんだろうか?等と言っていては、斉藤一人さんファンではないのです。「幸せだ」、「幸せだ」と言えば、言ったそばから、幸せになるんだと信じて疑わないことが一番大切なことです。
2005.08.02
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昨日の日記の続きです。幸せの人生を歩むには「幸せ」と言うこと、「幸せ」と思うことということですが、幸せと思えないときは是非次の一人さんの言葉を口ずさんでください。きっと、幸せって思えます。
2005.08.01
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