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2011.07.22
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カテゴリ: みちのく一人旅
こんばんわ~、ニコライです~
今週は、どうも調子がでなかった。
台風が来てたこともあるしね。
でも、先週の木曜日に行った、涌谷町のレポートをしなきゃ、
と、ずっと思っていたんだよ。

遠田郡涌谷町は、沿岸部じゃないよ。
内陸部のレポートをするのは、実は初めてかな?(・・)?
津波被害があまりに凄まじいのは確かで、
沿岸部の方ばかり報道されるから、
「地震だけだったら、大丈夫だよね」

こちらでもねぇ、
地震だけだったら大したことないのに
地震だけの被災者も支援を受けるのは、なんかオカシクない?

みたいな意見を言う人がいる。
でもさ、地震被害だって、
以前とは光景が変わってしまったには違いないんだよ。

今回、涌谷には、
30分車検の店があるんで、それで行ったんだけど・・・
古川を通って、石巻方面へ。その途中に涌谷がある。
古川の辺りが、特に凄かったねぇ。
地面が波打ってて、陥没も多かった。
でも、車で移動中だったから、写真撮ってこなかったんだ。
今度、また古川メインに見に行くよ~。


大崎(古川)、涌谷あたりもそれに続いたのだって。
宮城は北部の方が揺れるのかな?
だけども、3月11日は、
宮城県内あちこちの震度計が振り切れてしまって、
本当の震度は、結局わかんないんだって話なんだけどね・・・。



『樅の木は残った』
の、伊達騒動の中心人物「伊達安芸宗重」の涌谷伊達家の要害があったとこ。

もともと、蝦夷討伐で、坂上田村麻呂が拠点としたとこで、
田村麻呂の碑 戦勝祈願の碑みたいのがある。
なんで、涌谷の山に陣を設けたかというと、
竹 竹がいっぱい採れたから。
つまり、矢の材料に事欠かなかったからなんだってさ。
地名の 「涌谷」は「湧く矢」から来てる らしい。

坂上田村麻呂の碑のある山には、
おくのほそ道展望台 おくのほそ道展望台 がある。
芭蕉は、涌谷を通りはしなかったんだけど、
確かに、この展望台からは、
芭蕉と曽良が歩いただろう川沿いの道(登米)が見下ろせる。
だから、「おくのほそ道展望台」というネーミングは、嘘では無いのだ。

この山は、箟峯寺(こんぽうじ)っていうお寺なんだよ。
箟峯寺3箟峯寺1 なにげに立派
坂上田村麻呂が、京都の清水寺から十一面観音をこちらに運んで、
お堂を創建したのが興り、という伝えがあるんだって。
ここの十一面観音は、奥州三観音の一つでもあるらしい。
箟峯寺の絵馬 絵馬はこんな図柄♪

このお寺、昔は、女人禁制の聖地だったらしいんだけども、
その割に・・・
箟峯寺2 仁王様の顔がシマラナイ。
黒目がちな、カワイイ顔をしておいでだ・・・。(^^;)

詳しくは、↓ガイドブックをダウンロードしてね。
■ 観光ガイドブック「涌谷を遊び・訪ねる」


今日の紹介では、
「やっぱ、涌谷、全然大丈夫じゃん」
みたいな感じだよね・・・
思うにね、内陸は、ホント地盤によるんだよ。
お堂も潰れてなかったし、箟峯寺のお山は、地盤がしっかりしてたんだろうね。
じゃ、次号





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Last updated  2011.07.22 20:10:43 コメントを書く


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