神との対話と故郷への旅

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ジャッキー35 @ Re:ソフトを知る(06/18) 初めまして! そうですね!確かにソフトで…
iamjoy @ その結果… はい、その結果今のようになりました(^^♪
菜恵ちゃん @ iamjoyさんへ 相手がどう思うかではなくて、iamjoyさん…
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iamjoy

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2006.10.16
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カテゴリ: 思い
ある考え方や信念があって、私達はそれを使いこなしていると思い込んでいる場合が多い。しかし、いざ自分のこととなると、その概念を自分の全ての側面に当てはめることができなくなっていることがしばしばある。これは、恐らく私達が必要な経験を積むために、その時には気づかないようになっているのだろう…


しかし!!
人は特にこれを過去に当てはめたり、また子供時代のトラウマや思いに当てはめるということになると、そこでその概念を忘れてしまうのだ。いきなり苦手モードに入る。多分、この瞬間に「ではやってみよう」と思ってトライしても、全ての過去の懸念事項に気づきを得るのは不可能だ。そう、何をどう当てはめていいのかわからないのだ。いや、自らがわからなくさせているのだ。(なかなかやるじゃないか…)

話を戻そう。私の場合はこうだった。私は姉がいて、少なからず姉妹・兄弟にありがちな嫉妬や劣等感などを持って育った。「おねえちゃんの方がいつも優先だ。私はいつもおさがりばかり。おねえちゃんの方がお金をかけてもらっている。お母さんはいつもおねえちゃんの意見ばかりを聞く…」つまり、私は親から差別されていると感じながら育ったのだ。あれえ?でも、あの概念を使うなら、私も同じように大事にされてたんじゃないのかな…これに気づくのには相当な時間がかかったものだ。まず、これにフォーカスさせてもらえなかったんだよね、実際は。

ああ、また私にまんまとやられた…と思った。
この思い込みから、一体いくつの体験を積めたのだろう?

私達は皆こんなふうに生きているんだな…





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Last updated  2006.10.16 23:41:35
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