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日曜日にパラダイス孤児院で、村人や孤児院の子どもたちといっしょに賛美し、英語で礼拝メッセージでした。詩篇105:1~5105:1 主に感謝して、御名を呼び求めよ。そのみわざを国々の民の中に知らせよ。 105:2 主に歌え。主にほめ歌を歌え。そのすべての奇しいみわざに思いを潜めよ。 105:3 主の聖なる名を誇りとせよ。主を慕い求める者の心を喜ばせよ。 105:4 主とその御力を尋ね求めよ。絶えず御顔を慕い求めよ。 105:5 主が行なわれた奇しいみわざを思い起こせ。その奇蹟と御口のさばきとを。
2011/07/31
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車で孤児たちの備品を買うため、キスムの町を回りました。インドの店に行った時、可愛い娘さんがいたので、女子神学生が自慢の風船芸で花や犬を細工すると、もっと欲しいと何べんも求め、大喜びでした。どこの国でも幼子は可愛いものです。詩篇8篇指揮者のために。ギテトの調べに合わせて。ダビデの賛歌 8:1 私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。あなたはご威光を天に置かれました。 8:2 あなたは幼子と乳飲み子たちの口によって、力を打ち建てられました。それは、あなたに敵対する者のため、敵と復讐する者とをしずめるためでした。 8:3 あなたの指のわざである天を見、あなたが整えられた月や星を見ますのに、 8:4 人とは、何者なのでしょう。あなたがこれを心に留められるとは。人の子とは、何者なのでしょう。あなたがこれを顧みられるとは。 8:5 あなたは、人を、神よりいくらか劣るものとし、これに栄光と誉れの冠をかぶらせました。 8:6 あなたの御手の多くのわざを人に治めさせ、万物を彼の足の下に置かれました。 8:7 すべて、羊も牛も、また、野の獣も、 8:8 空の鳥、海の魚、海路を通うものも。 8:9 私たちの主、主よ。あなたの御名は全地にわたり、なんと力強いことでしょう。
2011/07/30
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前は広場に蓆を広げただけの市場でした。今年は屋根のある市場になっていました。ここで4か月分に食糧(米・ト―モロコシ・大豆やその他の豆類等)をトラック一杯買いました詩篇4篇指揮者のために。弦楽器に合わせて。ダビデの賛歌 4:1 私が呼ぶとき、答えてください。私の義なる神。あなたは、私の苦しみのときにゆとりを与えてくださいました。私をあわれみ、私の祈りを聞いてください。 4:2 人の子たちよ。いつまでわたしの栄光をはずかしめ、むなしいものを愛し、まやかしものを慕い求めるのか。セラ 4:3 知れ。主は、ご自分の聖徒を特別に扱われるのだ。私が呼ぶとき、主は聞いてくださる。 4:4 恐れおののけ。そして罪を犯すな。床の上で自分の心に語り、静まれ。セラ 4:5 義のいけにえをささげ、主に拠り頼め。 4:6 多くの者は言っています。「だれかわれわれに良い目を見せてくれないものか。」主よ。どうか、あなたの御顔の光を、私たちの上に照らしてください。 4:7 あなたは私の心に喜びを下さいました。それは穀物と新しいぶどう酒が豊かにあるときにもまさっています。 4:8 平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。
2011/07/29
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ナクル湖はフラミンゴやペリカンの集結する湖です。同時にサファリには珍しく、白いサイを多く見かけるナショナルパークです。詩篇3篇ダビデがその子アブシャロムからのがれたときの賛歌 3:1 主よ。なんと私の敵がふえてきたことでしょう。私に立ち向かう者が多くいます。 3:2 多くの者が私のたましいのことを言っています。「彼に神の救いはない。」と。セラ 3:3 しかし、主よ。あなたは私の回りを囲む盾、私の栄光、そして私のかしらを高く上げてくださる方です。 3:4 私は声をあげて、主に呼ばわる。すると、聖なる山から私に答えてくださる。セラ 3:5 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。 3:6 私を取り囲んでいる幾万の民をも私は恐れない。 3:7 主よ。立ち上がってください。私の神。私をお救いください。あなたは私のすべての敵の頬を打ち、悪者の歯を打ち砕いてくださいます。 3:8 救いは主にあります。あなたの祝福があなたの民の上にありますように。セラ
2011/07/28
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ナクル湖国立公園で観光客に手品を披露し、大喜びされている生駒聖書学院神学生。詩篇 1:1 幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。 1:2 まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。 1:3 その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。 1:4 悪者は、それとは違い、まさしく、風が吹き飛ばすもみがらのようだ。 1:5 それゆえ、悪者は、さばきの中に立ちおおせず、罪人は、正しい者のつどいに立てない。 1:6 まことに、主は、正しい者の道を知っておられる。しかし、悪者の道は滅びうせる。
2011/07/27
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昨夜遅く種子島から電話があり、31日(日)の夜の集会は、生まれ育った小村の公民館で話をとの連絡がありました。 西之表市中割生姜山という小さな集落です。子どものときは30軒くらいでしたが、今は15軒もないほどになっています。 ただ生姜山には鴻峰小学校があり、周辺の万波や千段ノ峯、16番、13番、また中種子町の砂中や20番などから生姜山の小学校に通ってきました。家が学校の近くだったので楽でした。 古田中学へ行くのですが、父が勝手に中種子町の星原中学に越境入学手続きをしてくれたので、片道9キロを一人で黙々と休まず、差年間ほとんど裸足で通学しました。 歌も歌わず、運動もせず、物も言わないままでの小学・中学時代でした。検索で鴻峰小学校校歌を見つけ懐かしく、歌ったことはなかたのでメロディは覚えてないけれども、口ずさんでいます。 昭和23年一年生、28年卒業で中学生です。校歌を覚えている方があればお会いしたいと思います。鴻峰小学校校歌一 黒潮しぶく南の 種子島ねの頂に 大正三年の噴煙で 礎なりし学び舎は 希望の光映える窓 われらの誇り鴻峰校二 れい明告ぐる中割は 視界は広し犬城と 七尋五葉の音も高く 美まし園生は三州の 黄金の波に愛と汗 ともに手をとる鴻峰校三 緑の高峰吹く風に 文化のかおりただよいて 平和の郷土に花とさく 学びの道にいそしびて 強く正しく生きぬかん 永久にはばたけ鴻峰校 小学校はもう7~8年休校中です。多くの学校が閉校(星原中学は2003年)になりましたが、鴻峯小学校はまだです。近くに新空港ができにぎわう日を待っているのかも?と思ったりですが・・・・。 なぜ生姜山と言うのかさっぱりわかりませんでした。中割地区は、大正3年桜島噴火の被害を受けた村人に、県が島の真ん中(中割)の過疎地区を移住地として提供したものです。 土地も痩せていて落花生や生姜の生息に良かったのかもしれません。子どもの時生姜栽培をしている家は一軒もありませんでした。 現在は町おこしで生姜山に生姜栽培園ができているとのことで、今回は訪ねて見ようと願っています。 ある神学校に青雲の志に燃える青年がしました。しかし、卒業と同時に結核にかかり、失意の中で種子島の中割に転地療養を余儀なくされました。 けれどもイエス様の十字架の救いを伝える思いに駆られて、村角に立ち誰も聞かないけれども、かすれた声で十字架と復活の福音を伝え続けました。 著名になり、日本キリスト教団の修養会に招かれ、「私は失敗者です。種子島で一人も導くこともできませんでした」と語るアライアンス教団の大江邦治牧師でした。 話が終わると一人の牧師がつかつかと進み出て、「大江先生は成功者です。私は種子島の村で隠れてメッセージを聞き救われました。今では一族郎党で25名以上の牧師がおります」との言葉でした。 満丸茂牧師の文章を検索で見つけたので転載します。福音の継承家族伝道の恵み満丸 茂著 [本書「あとがき」より] 思えば、生まれて以来85年間、神から頂いた恵みはとても言い尽くす事はできません。 家族の中で最初に救いの恵みを頂いた者として、まず兄に、妹に、母に伝えました。昭和9年に結婚し、私の子供が生まれました。これが家族伝道となり、私共の信仰は子から孫へ、親戚から姻戚へと伝えられたのです。私の上の兄や妹たちもそうでした。全ては神の恵みであり、キリストの御業です。私共のした事は、愛する家族をキリストの所に連れて来て、キリストのみ手に委ねただけです。そして多くの先生方や信仰の先輩、友人の愛の業ゆえでした。本当に有難うございました。 今回、ご多忙の中から大谷先生が推薦のことばを書いてくださいましたが、感謝なことです。また親戚の多くの方々が忙しい中で、それぞれの証詞を書くことに、快く協力してくれた事を感謝します。 第一の感謝と讃美はすべて神に対してです。キリストにお礼申し上げます。また、いろいろお世話になりました教会の牧師先生方にお礼を申しあげます。そして種子島に居た私たちの救いのために祈ってくださった、大江邦治先生に心からお礼を申し上げます。 この本が、読者の家族、親戚一人残らず救われる為に、お役に立つならこれに越す幸いはありません。 昭和62年7月 満丸 茂 種子島の福音を伝えた、アルビン・ハモンド先生が召された知らせを今朝アメリカより知らせが届きました。 高校生の時、英会話クラスでハモンド先生に出会い、イエス様をアーメンと信じバプテスマを受けクリスチャンになりました。わずか2年間の種子島宣教でしたが、私が牧師になったことをとても喜んでくださり、生駒聖書学院にも訪ねてくれました。 生駒聖書学院卒業で牧師になったり、あるいはエリムキリスト教会で救われた教会員、またラジオ放送やインターネットで導かれた多くん方々、一人のアメリカ人が種子島で蒔いた福音の実りであると言っても良いと思います。 今していることが目に見える結果が見えないからと言って、失望したり自暴自棄になったりしないで、福音の種をまき続けましょう。そんなことを祈らされながら、九州巡回に今日から出発します。 ブログでは明日から8月2日まで、アフリカ・ケニア宣教の写真を毎日ご紹介します。イザヤ書55:8 「わたしの思いは、あなたがたの思いと異なり、わたしの道は、あなたがたの道と異なるからだ。――主の御告げ。―― 55:9 天が地よりも高いように、わたしの道は、あなたがたの道よりも高く、わたしの思いは、あなたがたの思いよりも高い。 55:10 雨や雪が天から降ってもとに戻らず、必ず地を潤し、それに物を生えさせ、芽を出させ、種蒔く者には種を与え、食べる者にはパンを与える。 55:11 そのように、わたしの口から出るわたしのことばも、むなしく、わたしのところに帰っては来ない。必ず、わたしの望む事を成し遂げ、わたしの言い送った事を成功させる。 55:12 まことに、あなたは喜びをもって出て行き、安らかに導かれて行く。山と丘は、あなたがたの前で喜びの歌声をあげ、野の木々もみな、手を打ち鳴らす。 55:13 いばらの代わりにもみの木が生え、おどろの代わりにミルトスが生える。これは主の記念となり、絶えることのない永遠のしるしとなる。」
2011/07/26
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6日~14日までアフリカに行って来ました。暑かったでしょうとよく言われますが、ケニアは7月が最高の好季節。ナイロビは朝13~5度くらい、一番長く滞在したキスムはビクトリア湖のほとりの都市。やはり朝は14度前後、長そでのシャツだけでは肌寒くジャンパーを着て朝の散歩でした。 マサイマラのサファリも同じくらいの肌寒さ、日中でも22度前後でした。帰国便に乗り遅れた神学生たちが一日滞在したドーハは、44~5度もあり日本の暑さが涼しく?感じたなどど笑っていました。 日本の夏は高温多湿で、疲れやすく体へのダメージもあり、睡眠不足や食欲不振になったり、夏バテに注意しながら、今日もまた天国の一日です!、と元気で乗り越えたいものです。 明日から九州へ向け出発。今年も種子島まで行くので体調も守られるよう、夏バテ予防で乗り越えるよう願っています。 身体を締め付ける衣服は、血管を圧迫し、血流の循環を妨げるので、説教の時だけネクタイ着用です。それ以外はクールビズのシャツで動きます。 食べる者も夏バテしないように海藻類や根菜類、豆類、発酵食品などをできるだけ取るようにしています。幸い酒やタバコはたしなまないし、香辛料や化学調味料も使わず、身体を冷やす食品をほとんど愛用しないので、夏にふさわしい健康体で守られています。 幸い熟睡型なので平安の中に眠り、スキッと今日もまた天国の一日です!と毎朝、さわやかな目覚めです。 眠れない方は聖書の睡眠薬を取り、安眠で熟睡で夏バテを乗り越えてください。詩篇3:5 私は身を横たえて、眠る。私はまた目をさます。主がささえてくださるから。4:8 平安のうちに私は身を横たえ、すぐ、眠りにつきます。主よ。あなただけが、私を安らかに住まわせてくださいます。 また熱い熱いと冷房だけの部屋に閉じこもらないで(「節電ですから冷房も節約ですが)、適度な運動にでの汗は、健康維持に繋がります。とは言っても普段から汗をかく習慣がない人が突然、運動したり走ったりすると、熱中症などを起こす恐れがあるので、ムリしないように日ごろから少しでも歩いたり、身体を動かしたりしないようにしたいものです。 ゆとりの一万歩は相変わらず続け、今月で7年9ケ月を越えました。今週は九州を歩きながらの巡回伝道です。種子島を歩くのも楽しみにしています。帽子を被り、水も適量に取りながら・・・・。
2011/07/25
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イエス様は、「あなたの信じるとおりになります」と教えました。神様は人の心に信じると言う法則を与えてくださいました。信じる心が信頼を生み、信頼するところに確信があります。確信があると恐れは消え平安が支配します。平安があると心配は消え、喜びと感謝があふれます。 娘に男の子が生まれて4カ月過ぎます。今日も富雄キリスト教会礼拝で会います。可愛くてじじバカです。抱き上げるとニコニコと笑ってくれます。目がきれいに澄んで美しく輝いています。その清らかさは特別です。 大阪エリムに生後三週間目から出席している女の子は、ママが洗礼を受け24時間目に生まれました。8カ月が過ぎました。手を出すと抱っこされます。何の疑いもなくニコニコと微笑みかけます。 イエス様は幼子のように素直な心が神の国に入ると教えてくださいました。「神の国は、このような者たちのものです。まことに、あなたがたに告げます。子どものように神の国を受け入れる者でなければ、決してそこに、はいることはできません」(マルコ10:14-15)素直にアーメン信じますと、イエス様を受け入れるだけで救われます。16歳の時、種子島の小さなキリスト教会でアーメンと信じてクリスチャンになりました。それ以来、信じることの素晴らしさを体験し続けています。 昨日、引力の法則を書きましたが、法則は誰であれその力に委ねられます。イエス様の十字架と復活の福音をアーメンと信じれば、だれでもその瞬間に救われます。信じ続ける恵みも聖霊が与えてくださいます。赤ちゃんが母乳で育つように、聖書の言葉を読み続ける時、信じる心が豊かになります。 リビングバイブルを書斎で読んでいたとき、幼い娘が大きな声で、おっぱいよう!おっぱいよう!と叫ぶ声が聞こえました。ちょうど「泣いてミルクを欲しがる赤ん坊のように、霊の乳を慕い求めなさい!」と言うペテロ第一の手紙2章の個所で、聖書のみことばが実感として迫ってきたことを覚えています。その娘も今は母乳で長男を大事に育てているから、神様の大きな愛と恵みに感謝あるのみです。 今朝も幼子のような心で、イエス様の十字架をアーメンと信じ、今も生きておられる復活のイエス様を心にお迎えください。ローマ人への手紙 10:8 では、どう言っていますか。「みことばはあなたの近くにある。あなたの口にあり、あなたの心にある。」これは私たちの宣べ伝えている信仰のことばのことです。 10:9 なぜなら、もしあなたの口でイエスを主と告白し、あなたの心で神はイエスを死者の中からよみがえらせてくださったと信じるなら、あなたは救われるからです。 10:10 人は心に信じて義と認められ、口で告白して救われるのです。 10:11 聖書はこう言っています。「彼に信頼する者は、失望させられることがない。」 10:12 ユダヤ人とギリシヤ人との区別はありません。同じ主が、すべての人の主であり、主を呼び求めるすべての人に対して恵み深くあられるからです。 10:13 「主の御名を呼び求める者は、だれでも救われる。」のです。 10:14 しかし、信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう。聞いたことのない方を、どうして信じることができるでしょう。宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。 10:15 遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。次のように書かれているとおりです。「良いことの知らせを伝える人々の足は、なんとりっぱでしょう。」
2011/07/24
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ケニアのナクル湖は、世界一のフラミゴ生息地です。多い時には200万羽も集結し、湖の岸辺が全部ピンクに染まりました。今年はペリカンの真っ白さが目立つナクル湖で、神学生たちがもうペリカンは見たくないと言っていました。
2011/07/23
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ニュートンは木から落ちるリンゴを見て、万有引力の法則を発見したと言われています。 万有引力(ばんゆういんりょく、英語: universal gravitation)もしくは万有引力の法則(ばんゆういんりょくのほうそく、英語: law of universal gravitation)とは、「地上において質点(物体)が地球に引き寄せられるだけではなく、この宇宙においてはどこでも全ての質点(物体)は互いに gravitation(=引き寄せる作用、引力、重力)を及ぼしあっている」とする考え方、概念、法則のことである(ウィキペディア) 法則とは状況に関係なく、どんなときにもその現象が起こることです。法則は、そうですね、大統領であれ、赤ちゃんであれ、金持ちだろうとスカンピンだろうと、関係なく働きます。誰であっても高い所から飛び降りたら、地面にたたきつけられます。例外はありません。 イエス・キリストは、人生の法則をゴールデンルールで教えてくださいました。「それで、何事でも、自分にしてもらいたいことは、ほかの人にもそのようにしなさい。これが律法であり預言者です」(マタイの福音書7:12)「与えなさい。そうすれば、自分も与えられます。人々は量りをよくして、押しつけ、揺すり入れ、あふれるまでにして、ふところに入れてくれるでしょう。あなたがたは、人を量る量りで、自分も量り返してもらうからです」(ルカの福音書6:38)「このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです」(使徒の働き20:35) 「受けるよりも与えるほうが幸いである」人生の黄金法則です。そのことを実践した、フランチェスコの祈りがあります。フランチェスコの祈り私をあなたの平和の道具としてください 憎しみのあるところには愛を 諍いのあるところには許しを 分裂のあるところには一致を 疑いのあるところに信仰を 誤っているところに真理を 絶望のあるところに希望を 闇に光を 悲しみのあるところに喜びを もたらす者としてください 慰められるよりは慰めることを 理解されるよりは理解することを 愛されるよりは愛することを 私が求めますように 私たちは与えるから受け 許すから許され 自分を捨てて死に 永遠の命を頂くのですから まず気持ちよくおはようございます!と挨拶をすることから、そしてほほ笑みを、穏やかさや前向きの明るいことばを出すようにしてみましょう。 今日もまた天国の一日です!感謝します。詩篇 34:1 私はあらゆる時に主をほめたたえる。私の口には、いつも、主への賛美がある。 34:2 私のたましいは主を誇る。貧しい者はそれを聞いて喜ぶ。 34:3 私とともに主をほめよ。共に、御名をあがめよう。 34:4 私が主を求めると、主は答えてくださった。私をすべての恐怖から救い出してくださった。 34:5 彼らが主を仰ぎ見ると、彼らは輝いた。「彼らの顔をはずかしめないでください。」 34:6 この悩む者が呼ばわったとき、主は聞かれた。こうして、彼らはすべての苦しみから救われた。 34:7 主の使いは主を恐れる者の回りに陣を張り、彼らを助け出される。 34:8 主のすばらしさを味わい、これを見つめよ。幸いなことよ。彼に身を避ける者は。 34:9 主を恐れよ。その聖徒たちよ。彼を恐れる者には乏しいことはないからだ。 34:10 若い獅子も乏しくなって飢える。しかし、主を尋ね求める者は、良いものに何一つ欠けることはない。
2011/07/23
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聖書のことばとともに目覚め、健やかに輝く人生を、今日もまた天国の一日です!とスタートしています。 「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります」(新改訳) 「愛する者よ。あなたが、たましいに幸いを得ているようにすべての点でも幸いを得、また健康であるように祈ります」(口語訳) 「愛する者よ、あなたの魂が恵まれているように、あなたがすべての面で恵まれ、健康であるようにと祈っています」(新共同訳)ヨハネの第三の手紙1:2 恵まれ、栄え、幸い=真実の祝福!ハレルヤ! テレビ番組で平均睡眠時間7時間半の人は長生きすると聞いた。60代を過ぎると6時間でも良いとも話していた。アフリカ時間から解放され、曇天の道さわやかにを歩く朝です。 睡眠時間にしろ、健康食品や薬などでも、専門家のいろんな意見があり、いつも間にかそれがストレスとなり、否定的な考えに支配されてしまうから、自然のままが良いと思います。 自分の健康は、自分が思い願ったとおりに変化していくものです。年を重ねると老化現象が進んでいき、様々なアドバイスをいただき感謝しています。 それをすべて実行したからと言ってどうなるものでもないし、あっあれ食べたから?食べなかったから?と毎日考えていたら、それこそストレスの塊になり、身体はそのままその考えを吸収してしまいます。 それでも、むちゃくちゃが良いというわけではありません。継続は力なりで、贅沢はせず粗食で塩辛い者や濃い味付けの食生活を改善することぐらいは当たり前です。 そのほかにもいろいろありですが、健康と美しさを手に入れるための秘訣は、考え方が(信じ方が)身体の健康状態に反映されることを知ることです。それは食事制限や運動と同じほどか、それ以上に驚くほどの効果があります。 「力の限り、見張って、あなたの心を見守れ。いのちの泉はこれからわく」=「あなたの考え方があなたの生活全体に影響を与えます」と箴言4章23節に書かれています。 あなたの考え方が健康にも影響を与えます。 自分は最高の健康を維持している!こんなに美しくすばらしい健康な身体、神様が住んでくださる家を与えられ嬉しい!神様。ありがとうございます。この身体を神の家としてくださったことを感謝します。聖書の書いてある通りです!信じます。アーメン。 あなたがたは神の神殿であり、神の御霊があなたがたに宿っておられることを知らないのですか。もし、だれかが神の神殿をこわすなら、神がその人を滅ぼされます。神の神殿は聖なるものだからです。あなたがたがその神殿です。(コリント人への第一の手紙3章16-17節) あなたがたのからだは、あなたがたのうちに住まれる、神から受けた聖霊の宮であり、あなたがたは、もはや自分自身のものではないことを、知らないのですか。 あなたがたは、代価を払って買い取られたのです。ですから自分のからだをもって、神の栄光を現わしなさい。(6章19-20節) 心と身体のつながりは、現代では医学的にも科学的にも、特に遺伝子や脳生理学的にも、明確にされています。 信じるとおりになるとイエス様は教えましたが、現代科学はそれを証明し、だから神はいないのだなどと言い始めていますが、そんな高慢なサタン的考えに毒されないようにしましょう。 あなたの信じるとおりになる、そんなことはないと言うかもしれませんが、その場合はまったく逆のことを信じ考えているだけだからです。うまくいかない。この病が治るはずがない。楽しくなんか生きられない!上げたらキリがないほどマイナスだけを考えているから、信じている結果が身体にも生活にも現れているのです。 何を食べようとそれが健康で幸せな細胞に変えてしまいます。ただ、不健康な思いを捨ててしまえば、何を食べてもすべてを健康に変える力が働き始めます。イエス様は毒を飲んでも害を受けないと保証しました。それは感謝して食べるから、健康を害するものは全部外へ処理されると言う意味です。す。 だから使徒パウロは、「疑いを感じる人が食べるなら、罪に定められます。なぜなら、それが信仰から出ていないからです。信仰から出ていないことは、みな罪です」(ローマ書14章23節)と書いています。 自分の身体を神の神殿だと受け入れ、身体は神聖なものだと尊敬すればするほど、この世の流行に流されないでバランスの良い健康を保つことができます。 そう信じることによって、自分の身体と親しく健康的な関係を持つことができるようになり、自分の体をないがしろにしていた行動も食生活も変わってきます。 信じていることが変わると必ず行動も変わります。聖書は、わたしの目には、あなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している。だからわたしは人をあなたの代わりにし、国民をあなたのいのちの代わりにするのだ。恐れるな。わたしがあなたとともにいるからだ。わたしは東から、あなたの子孫を来させ、西から、あなたを集める。(イザヤ書43章4-5節)と宣言しています。 そればかりではなくその約束の言葉は、イエス・キリストの十字架により明確に証明されました。 私たちすべてのために、ご自分の御子をさえ惜しまずに死に渡された方が、どうして、御子といっしょにすべてのものを、私たちに恵んでくださらないことがありましょう。(ローマ書8章32節) そのことを本気で信じるとき、あなたの霊も心も身体も、自然と人生を楽しむようになります。不安や罪責感、心配や恐れを呼び起こす古い考えを捨ててしまうと、あなたの遺伝子も脳も、身体全体の細胞も、愛なる神によって創造された元のバランスを取り戻して、神の神殿にふさわしい健康体にするための化学物質を創り始めるのです。 あなたの信仰を健康でいたいと言う祈りに委ねるとき、病を引き起こす不健康な行動を変えることができるようになります。 だからと言って、何を飲み何を食べようとそれは自分に勝手だと、バランスを崩した身体をそのまま暴飲暴食に委ねるのではありません。 ありのままの自分を許容して、自分がいやされ健康であり、元気も良いと告白し始めると、もうひとつの変化が起こり始めるのです。それは行動が自分の体は神の神殿であり、自分が大切に守らなければならない。大切にしようという強い願いが起こってきます。 かん私はすばらしく健康です。今日もまた天国の一日です!ありがとうございます。素晴らしい健康が与えられました!感謝します。そう信じて告白を始めると、日々に変えられていく自分の健康を感謝できます。自然に食生活も身体に良い物を食べるようになり回復が早まります。 少し散歩でもしようかとか、食べすぎに注意しようとか・・・・いろいろと良い行動がスタートします。 変化はゆっくりかもしれませんが、しかし確実に起こります。今までいつも恐れの中に生きていたり、自分の姿かたちにばかりこだわり、ダイエットの事ばかり考えていたりすることから解放されます。 そのままの自分を丸ごと受け入れるすばらしい感謝が、当然のように自分の体を神に神殿として、大切にきれいにしたいという願いに変わり、気が付いたら見違えるような姿になっているでしょう。 イエス・キリストを信じる人生は、心も身体も、聖霊のより健全に変えられて行きます。アーメン。コリント人への第二の手紙3:15-18 今日まで、彼らの心にはおおいが掛かっているのです。しかし、人が主に向くなら、そのおおいは取り除かれるのです。主は御霊です。そして、主の御霊のあるところには自由があります。私たちはみな、顔のおおいを取りのけられて、鏡のように主の栄光を反映させながら、栄光から栄光へと、主と同じかたちに姿を変えられて行きます。これはまさに、御霊なる主の働きによるのです。健康で美しく生きる生活の秘訣 聖霊に満たされることです。アーメンと信じた時から、イエス様はあなたの中に聖霊により住んでくださっています。コロサイ人への手紙1:27 神は聖徒たちに、この奥義が異邦人の間にあってどのように栄光に富んだものであるかを、知らせたいと思われたのです。この奥義とは、あなたがたの中におられるキリスト、栄光の望みのことです。2:3 このキリストのうちに、知恵と知識との宝がすべて隠されているのです。2:9 キリストのうちにこそ、神の満ち満ちたご性質が形をとって宿っています。2:10 そしてあなたがたは、キリストにあって、満ち満ちているのです。キリストはすべての支配と権威のかしらです。 そのことを認めることが大切です。そして、できないとか足りないとか言わないことも大切です。神は全能であり、信じる者にはどんなことでもできるのです。あなたが信じて告白した事は必ず実現します。時が来ると実がなり、その人は何をしても栄えるのです。いつも信じ告白しましょう。ピリピ人への手紙4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。さあ今日も告白しましょう!・・・・よって、健康で美しく生きることができるのです。アーメン。ありがとうございます。美しく健康になりました!感謝します。・・・・よって、霊的に恵まれ精神的に幸いになり、すべてのことに栄えます。アーメン。ありがとうございます!霊艇に恵まれ、精神的に幸いになり、すべてのことに栄えました。感謝します。・・・・よって、知恵と知識に満たされ、信仰の確信が強められ、恐れずにすべてのことを実行します。アーメン。ありがとうございます。知恵と知識に満たされ、信仰の確信が強くなり、恐れずにすべてのことを実行しました!感謝します。伝道者の書5:18 見よ。私がよいと見たこと、好ましいことは、神がその人に許されるいのちの日数の間、日の下で骨折るすべての労苦のうちに、しあわせを見つけて、食べたり飲んだりすることだ。これが人の受ける分なのだ。 5:19 実に神はすべての人間に富と財宝を与え、これを楽しむことを許し、自分の受ける分を受け、自分の労苦を喜ぶようにされた。これこそが神の賜物である。 5:20 こういう人は、自分の生涯のことをくよくよ思わない。神が彼の心を喜びで満たされるからだ。
2011/07/22
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ピリピ人への手紙は大好きな聖書の個所です。使徒パウロはローマの獄中から手紙を送りました。 人間的に考えるなら最悪、最低の状態でした。そんな中で書かれた手紙ですが、喜ぶということばが26回(英語訳)も使われております。それは使徒パウロが、イエス様の約束を信じていたからです。イエス様は、マタイの福音書で招いておられます。「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。 わたしは心優しく、へりくだっているから、あなたがたもわたしのくびきを負って、わたしから学びなさい。そうすればたましいに安らぎが来ます。わたしのくびきは負いやすく、わたしの荷は軽いからです」(11:28-30)と。 「わたしから学びなさい」とあるように、パウロはイエス様を信じると同時に、イエス様に学びました。そのことがピリピ人へ手紙でわかります。ピリピ人への手紙4:9 あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、今ついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜んでいます。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 満ち足りる秘訣は学んで心得ることができます。 学べる必修科目、試練や艱難、苦しみや悩みなど、この世にあって出会うすべてのことを乗り切り、勇気を与えられ勝利す続けることです。 ローマ5:-4 そればかりではなく、患難さえも喜んでいます。それは、患難が忍耐を生み出し、忍耐が練られた品性を生み出し、練られた品性が希望を生み出すと知っているからです。8:35 私たちをキリストの愛から引き離すのはだれですか。患難ですか、苦しみですか、迫害ですか、飢えですか、裸ですか、危険ですか、剣ですか。箴言30:7-9 二つのことをあなたにお願いします。私が死なないうちに、それをかなえてください。不信実と偽りとを私から遠ざけてください。貧しさも富も私に与えず、ただ、私に定められた分の食物で私を養ってください。私が食べ飽きて、あなたを否み、「主とはだれだ。」と言わないために。また、私が貧しくて、盗みをし、私の神の御名を汚すことのないために。その秘訣は下記のとおりです。イエス様をアーメン信じますと、心にお迎えした時から新しい人生がスタートし、天国に行くまで楽しい学びが続きます。喜んで学べば喜び着いてきます。 聖書のみことばと共に生き満ち足りるから幸いですマタイ4:4 イエスは答えて言われた。「『人はパンだけで生きるのではなく、神の口から出る一つ一つのことばによる。』と書いてある。」 聖書のことばを信じる信仰で満ち足りるから幸いです。ローマ10:17 そのように、信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみことばによるのです。第二コリント1:20 神の約束はことごとく、この方において「しかり。」となりました。それで私たちは、この方によって「アーメン。」と言い、神に栄光を帰するのです。アーメンの祈りと共に満ち足りるから幸いです。ヨハネ14:13 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。14:14 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。何よりもイエス・キリストと共に満ち足りるから幸いです。ピリピ4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。ヘブル13:5 金銭を愛する生活をしてはいけません。いま持っているもので満足しなさい。主ご自身がこう言われるのです。「わたしは決してあなたを離れず、また、あなたを捨てない。」13:6 そこで、私たちは確信に満ちてこう言います。「主は私の助け手です。私は恐れません。人間が、私に対して何ができましょう。」13:8 イエス・キリストは、きのうもきょうも、いつまでも、同じです。第二コリント9:8 神は、あなたがたを、常にすべてのことに満ちたりて、すべての良いわざにあふれる者とするために、あらゆる恵みをあふれるばかり与えることのできる方です。 すべてのことに感謝することと、喜んで与えることで満ち足りるから幸いです。第一テサロニケ5:16-18 いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。 すべての事について、感謝しなさい。これが、キリスト・イエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。 神様に全面的に信頼することで、現実的にも満ち足りるから幸いです。ピリピ4:19 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。 常に聖霊に満たされ導かれ満ち足りるから幸いです。エペソ5:18 また、酒に酔ってはいけません。そこには放蕩があるからです。御霊に満たされなさい。5:19 詩と賛美と霊の歌とをもって、互いに語り、主に向かって、心から歌い、また賛美しなさい。5:20 いつでも、すべてのことについて、私たちの主イエス・キリストの名によって父なる神に感謝しなさい。ありがとうございます。今日もまた天国の一日です! 感謝します。アーメン。
2011/07/21
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先週は10日間のアフリカでした。ケニアの肉は堅くて噛むのが大変です。堅い肉が平気ですねと言うと、白い歯をニッと見せて、昔は人を食べていたので平気ですと、」すごいブラックユーモアで返され笑いが弾けることもあります。 だからケニアではビクトリア湖のテラピア(鯉のように美味しく、さすがに生では食べなかったが、煮たり焼いたり揚げたり)を毎日のように食べていました。 夕食で口に異物を感じてそっと出して見ると、奥歯に付けていた金属が出てきました。神学生の一人は入れ歯で接着材持参でしたが、うまくいかず気をつけながらの食事でした。 帰国してすぐにと思いつつ、土曜、日曜、祭日と続き、昨日大阪集会前に堺市上野芝駅前の歯科医まで出かけました。外れものをはめるだけと思ったのですが、しっかり一時間もかけて治療してくださり、来週月曜日に完治することになります。 ちょうど九州&種子島巡回前日で、ホッと安心して来週に備えています。 時差ぼけなど関係なく世界を動いていましたが、今回は朝の目覚めがまだケニア時間で、ついブログ更新も遅くなったり、手紙やお礼状の発送が遅れたりしています。目が覚めた直後にインターネット礼拝メッセージをする朝もあったり・・・・・。今日もまた天国の一日です!感謝します。ピリピ人への手紙おはようございます。ケニア時差で今朝も9時前に起きました。今日もまた天国の一日です!起きるとすぐ朝ご飯も食べずにインターネットメッセージがやっと終わりメールを開いています。昨日からたくさんのメールをいただいています。昨日は歯医者に行きその足で大阪エリム集会でした。帰宅するとそのまま眠ってしまい、久しぶりに長時間の睡眠でした。私たちの回りには多くの人々がいます。その方々ひとり一人のことを気にしていたら、どこも行くところがなくなります。全能の愛なる神様の御手に委ねながら、満ち足りる秘訣(23日のインターネット放送で話します)を心得ていたいものです。学兄とともに平安な一日をお過ごしください。ピリピ人への手紙4:4 いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。 4:5 あなたがたの寛容な心を、すべての人に知らせなさい。主は近いのです。 4:6 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、感謝をもってささげる祈りと願いによって、あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。 4:7 そうすれば、人のすべての考えにまさる神の平安が、あなたがたの心と思いをキリスト・イエスにあって守ってくれます。 4:8 最後に、兄弟たち。すべての真実なこと、すべての誉れあること、すべての正しいこと、すべての清いこと、すべての愛すべきこと、すべての評判の良いこと、そのほか徳と言われること、称賛に値することがあるならば、そのようなことに心を留めなさい。 4:9 あなたがたが私から学び、受け、聞き、また見たことを実行しなさい。そうすれば、平和の神があなたがたとともにいてくださいます。 4:10 私のことを心配してくれるあなたがたの心が、今ついによみがえって来たことを、私は主にあって非常に喜んでいます。あなたがたは心にかけてはいたのですが、機会がなかったのです。 4:11 乏しいからこう言うのではありません。私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。 4:12 私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。また、飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。 4:13 私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。 4:14 それにしても、あなたがたは、よく私と困難を分け合ってくれました。 4:15 ピリピの人たち。あなたがたも知っているとおり、私が福音を宣べ伝え始めたころ、マケドニヤを離れて行ったときには、私の働きのために、物をやり取りしてくれた教会は、あなたがたのほかには一つもありませんでした。 4:16 テサロニケにいたときでさえ、あなたがたは一度ならず二度までも物を送って、私の乏しさを補ってくれました。 4:17 私は贈り物を求めているのではありません。私のほしいのは、あなたがたの収支を償わせて余りある霊的祝福なのです。 4:18 私は、すべての物を受けて、満ちあふれています。エパフロデトからあなたがたの贈り物を受けたので、満ち足りています。それは香ばしいかおりであって、神が喜んで受けてくださる供え物です。 4:19 また、私の神は、キリスト・イエスにあるご自身の栄光の富をもって、あなたがたの必要をすべて満たしてくださいます。 4:20 どうか、私たちの父なる神に御栄えがとこしえにありますように。アーメン。
2011/07/20
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女子サッカーワールドシリーズで、なでしこジャパンが決勝戦PKを制してアメリカを破り優勝を決めました。 神学生にもっといろんなことで感動してもいのではないですかと言われ、試合を見たわけではないけれども優勝のニュースを知り、全国のファンだけでなく被災地にも大きな希望を与えたことを知り、女子サッカーの快挙に感謝しています。 日本だけでなく、全世界にその快挙が報じられていることを知り感動です。下記は、産経新聞号外・なでしこ世界制覇より転載です。 サッカーの女子ワールドカップ(W杯)の日本代表「なでしこジャパン」の初優勝を各国の有力メディアは一斉に速報。果敢かつ粘り強いプレーで、頂点を制した快挙に惜しみない祝福や称賛を寄せ、東日本大震災からの復興途上にある日本にとって大きな意味を持つ勝利などと論評した。 米国 なでしこジャパンに惜敗した米国の主要メディアは17日(現地時間)、「日本、米国に衝撃を与える」(AP通信)などと速報。死闘の結果、世界一になった日本人選手たちを祝福した。 ニューヨーク・タイムズ紙(電子版)は「日本、米国を倒す」の見出しを掲げた記事で、沢穂希選手の延長後半の同点ゴールをたたえ、「“絶対に負けない”精神を象徴するゴールだった。それはまた、今年初めの破壊的な地震から立ち直りつつある日本の姿勢をも示した」と賛辞を贈った。 ウォールストリート・ジャーナル紙は「復興の過程にある国民にとっては、特に感動的な優勝」と記述。 CNNテレビは優勝を速報するとともに日本代表チームの「力強いプレーと意表を突く走りが大震災からの復興を図る日本国民を勇気づけた」と論評、電子版には「われわれは偉大なチームに負けた」との見出しも躍った。(ニューヨーク 黒沢潤) 中国 中国の各ポータルサイトは18日、日本の優勝を「アジア勢初の快挙」「粘り強さが世界を征服した」「日本チームはまるで女子サッカー界の(スペインの名門チーム)FCバルセロナだった」などと最大級の表現で大きく報道した。 著名なスポーツ評論家、韓喬生氏は自身のブログで「ドラマチックな試合展開だった。米国はパワーで2点をとったが、日本は信じられないような精神力で2度も追い付いた。その粘り強さは全世界の尊敬に値する」と記した。 イエス・キリストの十字架と復活の出来事が、アーメンと信じるすべての人々の人生に、救いと勝利の輝きを与えることをもっと広く伝わるよう祈りつつの朝です。 今日もまた天国の一日です!マタイの福音書24:14 この御国の福音は全世界に宣べ伝えられて、すべての国民にあかしされ、それから、終わりの日が来ます。28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」マルコの福音書16:15 それから、イエスは彼らにこう言われた。「全世界に出て行き、すべての造られた者に、福音を宣べ伝えなさい。 16:16 信じてバプテスマを受ける者は、救われます。しかし、信じない者は罪に定められます。 16:17 信じる人々には次のようなしるしが伴います。すなわち、わたしの名によって悪霊を追い出し、新しいことばを語り、16:18 蛇をもつかみ、たとい毒を飲んでも決して害を受けず、また、病人に手を置けば病人はいやされます。」16:19 主イエスは、彼らにこう話されて後、天に上げられて神の右の座に着かれた。16:20 そこで、彼らは出て行って、至る所で福音を宣べ伝えた。主は彼らとともに働き、みことばに伴うしるしをもって、みことばを確かなものとされた。〕16:21 〔さて、女たちは、命じられたすべてのことを、ペテロとその仲間の人々にさっそく知らせた。その後、イエスご自身、彼らによって、きよく、朽ちることのない、永遠の救いのおとずれを、東の果てから、西の果てまで送り届けられた。〕
2011/07/19
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大学付属中学音楽部の部員生(1年生~3年生)32名が、生駒聖書学院教会の礼拝奏楽と同時に、日ごろの練習曲を思い切り演奏してくれました。 朝早くから生駒駅まで6台の車で送迎し、生徒だけと聞いていたのですが、次々と参列するご家族でチャペルが立ち見がでるほどの盛況でした。 富雄キリスト教会で開拓伝道をを始めたころからの夢は、オーケストラとともに礼拝をささげる教会となることでした。 音楽にはまったく関係なく青春を生きてきました。高校生まで歌わないで授業に参加するだけ。キリスト教会へ行きクリスチャンになっても最初は口パクだけでした。 神学生時代もほとんで歌わずで、礼拝司会当番も回ってこない状態でした。日曜学校だけは子どもたちに一所懸命教えて歌いました。音程はずれで恥ずかしい思いでです。 幸い、富雄キリスト教会ではアンサンブルがあり、リハビリセンターや、介護施設慰問演奏で活躍しています。さらに本格的な演奏活動になると期待しています。 夢は叶うとありますが、突然でしたがオーケストラ演奏の礼拝が行われ、これからは教会員たちによるオーケストラが結成される期待が膨らみ喜んでおります。 天国での天使たちや、十字架の救いを受けた全世界のクリスチャンたちの賛美に包まれての熟睡の目覚めの朝です。 お祈りありがとうございます。若者たちの救いを期待し祈りながらの朝です。 今日もまた天国の一日です!ハレルヤ。ヨハネの黙示録 5:1 また、私は、御座にすわっておられる方の右の手に巻き物があるのを見た。それは内側にも外側にも文字が書きしるされ、七つの封印で封じられていた。 5:2 また私は、ひとりの強い御使いが、大声でふれ広めて、「巻き物を開いて、封印を解くのにふさわしい者はだれか。」と言っているのを見た。 5:3 しかし、天にも、地にも、地の下にも、だれひとりその巻き物を開くことのできる者はなく、見ることのできる者もいなかった。 5:4 巻き物を開くのにも、見るのにも、ふさわしい者がだれも見つからなかったので、私は激しく泣いていた。 5:5 すると、長老のひとりが、私に言った。「泣いてはいけない。見なさい。ユダ族から出たしし、ダビデの根が勝利を得たので、その巻き物を開いて、七つの封印を解くことができます。」 5:6 さらに私は、御座――そこには、四つの生き物がいる。――と、長老たちとの間に、ほふられたと見える小羊が立っているのを見た。これに七つの角と七つの目があった。その目は、全世界に遣わされた神の七つの御霊である。 5:7 小羊は近づいて、御座にすわる方の右の手から、巻き物を受け取った。 5:8 彼が巻き物を受け取ったとき、四つの生き物と二十四人の長老は、おのおの、立琴と、香のいっぱいはいった金の鉢とを持って、小羊の前にひれ伏した。この香は聖徒たちの祈りである。 5:9 彼らは、新しい歌を歌って言った。「あなたは、巻き物を受け取って、その封印を解くのにふさわしい方です。あなたは、ほふられて、その血により、あらゆる部族、国語、民族、国民の中から、神のために人々を贖い、 5:10 私たちの神のために、この人々を王国とし、祭司とされました。彼らは地上を治めるのです。」 5:11 また私は見た。私は、御座と生き物と長老たちとの回りに、多くの御使いたちの声を聞いた。その数は万の幾万倍、千の幾千倍であった。 5:12 彼らは大声で言った。「ほふられた小羊は、力と、富と、知恵と、勢いと、誉れと、栄光と、賛美を受けるにふさわしい方です。」 5:13 また私は、天と地と、地の下と、海の上のあらゆる造られたもの、およびその中にある生き物がこう言うのを聞いた。「御座にすわる方と、小羊とに、賛美と誉れと栄光と力が永遠にあるように。」 5:14 また、四つの生き物はアーメンと言い、長老たちはひれ伏して拝んだ。
2011/07/18
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ケニアの朝は14度前後。ジャンパーやセーターがないと寒い朝です。7月&8月が一番良い気候で、日差しはきついけれも日中でも23度くらいまでです。 乗り遅れた神学生たちはカタールのドーハで一日過ごしましたが、45度近くもあり日本の暑さに慣れるために乗り遅れたと感謝していました。 金曜夜スッキリ寝たので、土曜の朝目覚めた時10時過ぎでした。昨日は大阪府立病院集中治療室に緊急入院した高齢の方の見舞いがあり、大慌てでテレフォンメッセージや朝の用事を済ませ、約束の時間に間に合うように病院へ出かけました。 幸いとても血色もよく、祈りにもアーメン・アーメンと応答してくださり、家族の方といっしょに集中治療室を後にしました。 午後3時過ぎに奈良健康ランドへ。長旅の疲れと汗を洗い流そうと出かけました。万歩計を見ると何と2000歩も歩いていなくて、風呂に入る前にできるだけ日陰を選んで汗ぐっしょりのゆとりの一万歩。 垢すりをしてもらったら出る出る、心の垢も毎週一回はキリスト教会で、イエス様の知によって洗いきよめてくださいと、苦し紛れの弁明をしながらスッキリ、アフリカの疲れを流し去りました。 今日は、奈良教育大学付属中学ブラスバンド部32名を学院教会礼拝に迎えます。奏楽と同時にオーケストラ演奏タイムもあり、午前9時に生駒駅まで車5台で迎えに行き、昼食は手作りのカレーライスで歓迎します。 礼拝メッセージも中学生に分かりやすく語ろうと祈りつつ深夜になり、日付けが変わったのでブログを書いて就寝です。 10日間留守にしたので、手紙やメールなど山積みですが、今日もまた天国の一日でした!感謝します。お祈りとご支援に心から感謝いたしております。詩篇84:1 万軍の主。あなたのお住まいはなんと、慕わしいことでしょう。 84:2 私のたましいは、主の大庭を恋い慕って絶え入るばかりです。私の心も、身も、生ける神に喜びの歌を歌います。 84:3 雀さえも、住みかを見つけました。つばめも、ひなを入れる巣、あなたの祭壇を見つけました。万軍の主。私の王、私の神よ。 84:4 なんと幸いなことでしょう。あなたの家に住む人たちは。彼らは、いつも、あなたをほめたたえています。セラ 84:5 なんと幸いなことでしょう。その力が、あなたにあり、その心の中にシオンへの大路のある人は。 84:6 彼らは涙の谷を過ぎるときも、そこを泉のわく所とします。初めの雨もまたそこを祝福でおおいます。 84:7 彼らは、力から力へと進み、シオンにおいて、神の御前に現われます。 84:8 万軍の神、主よ。私の祈りを聞いてください。ヤコブの神よ。耳を傾けてください。セラ 84:9 神よ。われらの盾をご覧ください。あなたに油そそがれた者の顔に目を注いでください。 84:10 まことに、あなたの大庭にいる一日は千日にまさります。私は悪の天幕に住むよりはむしろ神の宮の門口に立ちたいのです。 84:11 まことに、神なる主は太陽です。盾です。主は恵みと栄光を授け、正しく歩く者たちに、良いものを拒まれません。 84:12 万軍の主よ。なんと幸いなことでしょう。あなたに信頼するその人は。
2011/07/16
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14日(木)にアフリカより帰国便は北ウイングへ到着した。帰国便へ乗り遅れた神学生3名を迎えに、昨日再び関空へ。 朝はゆとりの一万歩もままならず17日(日)の礼拝準備に奔走。オーケストラ演奏をする中学生30名を迎えるので大わらわです。ケニアからの絵葉書も30枚用意したり、珍しい?ケニアのお菓子やキャンデーもいっぱい買ってきたので、少しでも世界を感じてもらいたい。 あっと言う間にお昼になり、久しぶりに国産牛のステーキを用意してくれた家内が、放射能の影響で牛肉も問題が山積みになってきていることを話してくれた。 ケニアではテラピアという淡水魚だけを毎日食べていたので、肉は久しぶりでものすごく美味しかった。イエス様は毒を飲むとも害を受けないとおっしゃっり、聖書には感謝して食べるなら捨てる物は一つもないとある。手元にある健康読本にも、喜んで食べるなら毒も薬にと書いている。気をつけなければならないが、あまり神経質すぎると、フラストレーションが起こりストレスが及ぼす害の方が大きくなる。ありがとうございます。感謝!感謝! 阪神高速、近畿自動車道、阪和道経由で関空へ。阪和道のサービスエリアで車を止め、ゆとりの一万歩。高速道路下のトンネルを越えて反対側のサービスエリアまで行き、涼しい山道を見つけて祈りつつ歩く。関空へ着き待ち時間を利用し、ゆとりの一万歩達成。 南ウイングで到着便からの神学生の帰りを待つがなかなか出て来ない。もしかしたらと携帯を鳴らすが応答もなし。やっとへ携帯が通じ北ウイングへ。一日をドーハのホテルで過ごし、元気な顔に出会いほっと一安心。一人は金曜夜の集会にギリギリ間に合う?かどうかで急いで大阪へ電車で直行。 関空道、阪和道、近畿自動車道、阪神高速、第二阪奈経由で生駒まで一時間余。ラーメンが食べたいとのことで来来軒で、餃子やチャーハンといっしょにラーメンを美味しくいただく。おかえりなさい。ご苦労さまでした。 携帯に、母親が緊急入院との留守電があり、面会時間に集中治療室へお訪ねする約束。新しい一日に備えて熟睡し、夜中に目覚めケニア宣教を楽しく思いながら、朝までさらに安眠の、今日もま新しい天国の一日です。 詩篇 67:1 どうか、神が私たちをあわれみ、祝福し、み顔を私たちの上に照り輝かしてくださるように。セラ 67:2 それは、あなたの道が地の上に、あなたの御救いがすべての国々の間に知られるためです。 67:3 神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。 67:4 国民が喜び、また、喜び歌いますように。それはあなたが公正をもって国々の民をさばかれ、地の国民を導かれるからです。セラ 67:5 神よ。国々の民があなたをほめたたえ、国々の民がこぞってあなたをほめたたえますように。 67:6 地はその産物を出しました。神、私たちの神が、私たちを祝福してくださいますように。 67:7 神が私たちを祝福してくださって、地の果て果てが、ことごとく神を恐れますように。
2011/07/15
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ありがとうございます。アフリカ宣教のためにお祈りとご支援、感謝いたします。(昨日、アフリカ53番目の国、南スーダン共和国が誕生しました) 5日(火)ABCスタジオで8月ラジオ放送の録音。夜は、大阪エリムキリスト教会の集会を終え関西空港へ。 カタール航空でドーハ経由ナイロビ・ジョモ国際空港へ向かいました。同行の神学生三名も元気でケニアへ到着。6日の夜はナイロビのホテルへ一泊。 7日(木)朝早くホテルの周りをゆとりの一万歩。目的地のキスムへ、レンタカー(運転手同行)で向かいました。 途中ナクル湖ナショナルパークへ。ナクル湖はフラミンゴのピンクで湖が染まるほど有名です。今回はフラミンゴより、ペリカンが多く、神学生たちはペリカンは見あきたと大喜びでした。 ナクル湖には白サイが生息し、どっしりとした身体で歩く姿にヨブ記を思い、しばらく走るとキリンの群れがゆっくりと食事中。25頭も数えることができ、キリン大好きの姉妹は興奮し放し。ハイシーズンで入園料も一人80ドルと高くなっていました。 ナクルのホテル?でビュッフェスタイルの昼食。トマトスープが抜群に美味しく、アフリカ料理に舌鼓み。若い二人はト―モロコシの粉でケニアの主食のウガリを、手でちぎりながら美味しく食べて続けている。 藤神学生は持参の手品でレストランにいるケニア人を煙に巻きながら、驚きと笑いの渦が彼の周りに広がり、マジシャンの一行と思われながらの旅でした。 英語ができればすばらしい福音宣教のチャンスだと思いながら、ジャンボ!ジャンボ!ハレルヤと、ケニアの人々との楽し交流のきっかけになり感謝でした。 昼食後、世界一の紅茶生産地ケリチョを通過。ケリチョの紅茶ホテルでいつもは小休止するが、今年は通り過ぎてしまい、若い二人に紅茶タイムを失念したので叱られてしまいました。ほんとうは休憩するか?と聞いたのに、いいですと答えたので通り過ぎたのだと言うと、紅茶ホテルで休憩するかと丁寧に言わなかったからだとしきりに言われ続けました。 コミュニケーションは一方的ではダメだと人間学で教えているのに!何でことばが少ないのか。聞く者は悟りなさい!と答えておいた。 ケニアのお土産は紅茶。産地よりもスーパーの方が安いしたくさんあるからと。しばらくは紅茶論議が続くうちに、ビクトリア湖のほとりキスムの到着。 キスムの高級ホテル、インペリアルへチェックイン。高級とは言っても8000円くらいだ。ここからマンブレオ村のパラダイス孤児院までは車で30分弱です。 金曜~日曜日までパラダイス孤児院での奉仕とショッピング、また集会などが続くので長旅の疲れを癒しつつ明日に備えました。 昨夜(14日)に全員帰国の予定でしたが、一人だけ帰って来ました。ナイロビからのフライトに3名が遅れ、飛行機のドーハ着が遅れてしまいました。たまたま効用のパスポート持参の国から派遣された方といっしょだったので、特別待遇で帰国便に搭乗でした。 飛行機の中で三人を探したが見つからず、関空帰着で国際電話を掛けたら、カルカッタ航空ホテルで一泊滞在となり、今日の夕方一日遅れで帰国予定で、罪滅ぼしに今日は関空まで出迎えです。お知らせ 7月17日(日)午前10時の生駒聖書学院教会礼拝はスペシャルゲストたちです。 奈良教育大学付属中学校ブラスバンド部30名が、礼拝の奏楽とともにクラッシック演奏で参加してくれます。 若いいのちが音楽を通して弾けるような楽しい礼拝です。ぜひご参加くださり、若さ弾ける演奏で感動に包まれてください。詩篇 63:1 神よ。あなたは私の神。私はあなたを切に求めます。水のない、砂漠の衰え果てた地で、私のたましいは、あなたに渇き、私の身も、あなたを慕って気を失うばかりです。 63:2 私は、あなたの力と栄光を見るために、こうして聖所で、あなたを仰ぎ見ています。 63:3 あなたの恵みは、いのちにもまさるゆえ、私のくちびるは、あなたを賛美します。 63:4 それゆえ私は生きているかぎり、あなたをほめたたえ、あなたの御名により、両手を上げて祈ります。 63:5 私のたましいが脂肪と髄に満ち足りるかのように、私のくちびるは喜びにあふれて賛美します。 63:6 ああ、私は床の上であなたを思い出し、夜ふけて私はあなたを思います。 63:7 あなたは私の助けでした。御翼の陰で、私は喜び歌います。 63:8 私のたましいは、あなたにすがり、あなたの右の手は、私をささえてくださいます。 63:9 しかし、私のいのちを求める者らは滅んでしまい、地の深い所に行くでしょう。 63:10 彼らは、剣の力に渡され、きつねのえじきとなるのです。 63:11 しかし王は、神にあって喜び、神にかけて誓う者は、みな誇ります。偽りを言う者の口は封じられるからです。
2011/07/14
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カタール航空でナイロビからドーハまで6時間、2時間のウエイト(ゆとりの一万歩で空港内をナイロビとドーハでもさ迷い歩き)で関空への帰路となりました。5日(火)にラジオ放送8月分の録音を朝日放送スタジオで済ませ、大阪エリムキリスト教会集会説教を終え、その足で関空から出国で、今夜の帰国になります。 四年前にムラサキスポーツ会長と出かけた時、ビジネスクラスでいっしょでした。昨年はケニア宣教の前にすごい頭痛が続き、教会員がビジネスクラスを用意しくれました。今年は神学生もいっしょだからとエコノミーでと思っていましたが、やはり教会員がアドナイ・イルエのビジネス料金を用意してくれたので、ほとんど疲れなしのでのケニア宣教でした。神学生たちは若いし元気だし、長旅も平気だし、割り切ってのビジネスクラスを感謝して元気での帰国になります。お祈りくださりありがとうございます。 来週17日(日)生駒聖書学院教会礼拝(午前10時)二は、奈良教育大付属中学生22名が、教会音楽体験をかねオーケストラ演奏で奏楽も担当してくれます。歌わない歌えない牧師でしたが、開拓伝道当初からの夢は、教会でオーケストラ演奏の礼拝をすることを祈ってきました。 富雄キリスト教会にはアンサンブルがあり、礼拝奏楽はこれからもますますオーケストラになって行きます。またリハビリセンターや福祉施設でも慰問演奏で用いられて行くよう祈っています。 聖書学院教会は思いがけずの申し出で、17日が楽しみです。ぜひ演奏とともに、アフリカ宣教報告もありますので、礼拝にお出かけください。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!感謝します。ハレルヤ。
2011/07/14
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サファリの朝食を終えると、レンタカーで一路ナイロビへ。またデコボコ道をほこりまみれで走り続ける。途中立ち寄る土産物店では、何とか売り込もうと安いよ、安いよと高い値段で売り込むマサイの売り子たち。値切って何ぼの御土産店。日本人は珍しいと思ったら買うので、一番のお客みたいです。その売り上げで生活しているから、言い値で買うのもケニア経済協力だと思うが、10倍もふっかけられれば値切らないと損だとも思う。結局欲しい物もなく、小さな木彫りを付き合いで買ったりです。 ナイロビで日本食レストランへ。その足で大きなスーパーマーケットへ寄り、ナイロビと到着以来行動を共にしてくれたドライバー氏と家族に、果物やお菓子を買ったりしながら空港へ。帰路になるさらばケニアよ。また来る日まで!今日もまた天国の一日でした!明日は日本です。お祈りありがとうございます。 イザヤ書60:1 起きよ。光を放て。あなたの光が来て、主の栄光があなたの上に輝いているからだ。 60:2 見よ。やみが地をおおい、暗やみが諸国の民をおおっている。しかし、あなたの上には主が輝き、その栄光があなたの上に現われる。 60:3 国々はあなたの光のうちに歩み、王たちはあなたの輝きに照らされて歩む。 60:4 目を上げて、あたりを見よ。彼らはみな集まって、あなたのもとに来る。あなたの息子たちは遠くから来、娘たちはわきに抱かれて来る。 60:5 そのとき、あなたはこれを見て、晴れやかになり、心は震えて、喜ぶ。海の富はあなたのところに移され、国々の財宝はあなたのものとなるからだ。
2011/07/12
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サファリの朝は15度くらいと肌寒く、ジャンパーを羽織って朝6時のサファリドライブです。日の出はもうすぐで、きょうもまた朝日とともに天国の一日です!ライオンやゾウの群れ、キリンやシマウマ、さらに多くの小動物が自由におおらかに生息するサファリに、神学生たちが驚嘆に感激する姿を見ると、ケニアへ誘って良かったと嬉しくなる一日中です。朝食後はいつものように、マサイマラのガイドに案内されサファリウォークです。ガイド料20ドルでロッジの外を約一時間の散歩です。ゆっくり歩くので一万歩には程遠く、後はロッジの中(ケニアで一番安全な場所です)をゆっくり歩き続けて、今日もゆとりの一万歩達成。また午後にはマサイの村を訪問。やはり20ドル支払うと写真も自由に撮影して怒られるどころか、ポーズまでしての大サービスです。 午後4時からは日没までのサファリカ―でのドライブ。昨日見れなかったチ―ターのハンティングもあるかもしれないと期待し、ハイエナやジャッカルの姿に大はしゃぎの神学生たち。良い写真がとれるかな? 広大なサファリに沈む夕日を見ながらロッジに帰り、今夜はマサイダンスも披露され、サファリロッジの夜が静かに眠りに落ちて行きます。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!サファリに祝福あれ。感謝します。 イザヤ書65:16 この世にあって祝福される者は、まことの神によって祝福され、この世にあって誓う者は、まことの神によって誓う。先の苦難は忘れられ、わたしの目から隠されるからだ。 65:17 見よ。まことにわたしは新しい天と新しい地を創造する。先の事は思い出されず、心に上ることもない。 65:18 だから、わたしの創造するものを、いついつまでも楽しみ喜べ。見よ。わたしはエルサレムを創造して喜びとし、その民を楽しみとする。 65:19 わたしはエルサレムを喜び、わたしの民を楽しむ。そこにはもう、泣き声も叫び声も聞かれない。 65:20 そこにはもう、数日しか生きない乳飲み子も、寿命の満ちない老人もない。百歳で死ぬ者は若かったとされ、百歳にならないで死ぬ者は、のろわれた者とされる。 65:21 彼らは家を建てて住み、ぶどう畑を作って、その実を食べる。 65:22 彼らが建てて他人が住むことはなく、彼らが植えて他人が食べることはない。わたしの民の寿命は、木の寿命に等しく、わたしの選んだ者は、自分の手で作った物を存分に用いることができるからだ。
2011/07/12
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キスムでの4日間、パラダイス孤児院の慰問を終え、今朝6時にマサイマラに向かって出発です。サファリカ―で約7時間、砂ぼこりの舞うがたがた道をロッジに向かいます。最初の頃のケニア宣教はピストンのようでした。ケニアに来ては帰る、目的を果たせばそれで良いのですが、ふと気付きました。アフリカに来て像もキリンもライオンも見ないで帰る神学生。二度と来ないかもしれない、いや来たとしても私と一緒だったら何べん来てもピストンのようだと気付かされました。宣教の目的を終えたら、少しでも良いからサファリ観光をしようと決めました。サファリはたくさんありますが、やはりライオンの王国マサイマラです。キリマンジェロが見えるアンボセリ・ナショナルパークにも行きました。野生の王国で像やカバがたくさんいます。残念ながらライオンンがいません。 マサイマラには何回も行きましたが、毎回ライオンとの出会いがあり、多くの動物と巡り会うことができます。 午後一時すぎにマサイマラに着きバイキングの昼食を終え、夕方にサファリカ―で日没まで、動物を求めながらサファリをドライブです。朝日ともにキスムを出て、サファリの壮大な落日とともに、今日もまた天国の一日でした!感謝します。 イザヤ書11:1 エッサイの根株から新芽が生え、その根から若枝が出て実を結ぶ。 11:2 その上に、主の霊がとどまる。それは知恵と悟りの霊、はかりごとと能力の霊、主を知る知識と主を恐れる霊である。 11:3 この方は主を恐れることを喜び、その目の見るところによってさばかず、その耳の聞くところによって判決を下さず、 11:4 正義をもって寄るべのない者をさばき、公正をもって国の貧しい者のために判決を下し、口のむちで国を打ち、くちびるの息で悪者を殺す。 11:5 正義はその腰の帯となり、真実はその胴の帯となる。 11:6 狼は子羊とともに宿り、ひょうは子やぎとともに伏し、子牛、若獅子、肥えた家畜が共にいて、小さい子どもがこれを追っていく。 11:7 雌牛と熊とは共に草を食べ、その子らは共に伏し、獅子も牛のようにわらを食う。 11:8 乳飲み子はコブラの穴の上で戯れ、乳離れした子はまむしの子に手を伸べる。 11:9 わたしの聖なる山のどこにおいても、これらは害を加えず、そこなわない。主を知ることが、海をおおう水のように、地を満たすからである。
2011/07/10
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10日(日)今日は礼拝の日です。パラダイス孤児院のチャペルに、村の人も三々五々集まり、元気な歌声が響いています。大人も子どももみんないっしょの礼拝です。 今日は日本から来た牧師の説教で、英語で話してスワヒリ語の通訳です。ケニアのキリスト教会はほとんどバイリンガル説教です。通常はスワヒリ語―英語です。部族の中では、英語―スワヒリ語―部族語と三人が立つ場合もあります。日本語で話すとスワヒリ語で通訳ですが、できるだけ英語で話すようにしています。 説教が終わると神学生とともに、礼拝参列者全員のために、手を置いて祝福の祈りや、病からに祈ります。祈り終えたらもう午後一時です。朝、スーパーで用意した昼食を全員で食べ、交わりの時間です。ここでもマジックは大人気で、藤神学生の周りは一杯の人です。 礼拝を終えるとここは赤道直下の国、せっかくのアフリカ・ケニアなので赤道までドライブです。道案内はいつも私です。赤道まで期待して行きますが、ここですと言うとあれっていう顔をします。何にもありません。あろうとなかろうと赤道を越えたことは事実です。アーメンと信じて、滅びから天国へ移されました。自分の目には何も見えないし、救われた感じもしないかもしれません。どうであれ赤道を越えた以上に確実なのは、救われたのです。神のことばは生きていて力があるので、そのことばにアーメンと言えば救われるのです。帰り路にカバのいるビクトリア湖の岸辺までも周り、今日もまた天国の一日でした!感謝します。 イザヤ書40:1 「慰めよ。慰めよ。わたしの民を。」とあなたがたの神は仰せられる。 40:2 「エルサレムに優しく語りかけよ。これに呼びかけよ。その労苦は終わり、その咎は償われた。そのすべての罪に引き替え、二倍のものを主の手から受けたと。」 40:3 荒野に呼ばわる者の声がする。「主の道を整えよ。荒地で、私たちの神のために、大路を平らにせよ。 40:4 すべての谷は埋め立てられ、すべての山や丘は低くなる。盛り上がった地は平地に、険しい地は平野となる。 40:5 このようにして、主の栄光が現わされると、すべての者が共にこれを見る。主の口が語られたからだ。」 40:6 「呼ばわれ。」と言う者の声がする。私は、「何と呼ばわりましょう。」と答えた。「すべての人は草、その栄光は、みな野の花のようだ。 40:7 主のいぶきがその上に吹くと、草は枯れ、花はしぼむ。まことに、民は草だ。 40:8 草は枯れ、花はしぼむ。だが、私たちの神のことばは永遠に立つ。」 40:9 シオンに良い知らせを伝える者よ。高い山に登れ。エルサレムに良い知らせを伝える者よ。力の限り声をあげよ。声をあげよ。恐れるな。ユダの町々に言え。「見よ。あなたがたの神を。」 40:10 見よ。神である主は力をもって来られ、その御腕で統べ治める。見よ。その報いは主とともにあり、その報酬は主の前にある。 40:11 主は羊飼いのように、その群れを飼い、御腕に子羊を引き寄せ、ふところに抱き、乳を飲ませる羊を優しく導く。
2011/07/10
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7月9日(土)ケニア四日目に朝です。インペリアルホテル前はきれいな公園があり、朝の散歩の人々。ジャンボ!と声をかけると、ジャンボ!と声が返ってきます。挨拶はどこの国でも明るく元気に声を出すことです。今朝も近くの朝早く開いている市場でパンと飲み物を買うと、ストリート・チルドレンを探しに町へ。肌寒さの中で身を寄せ合って眠っている子どもたちに声をかけ、仲良く分けて食べるように言うが、パンを手にすると分けないで走って仲間から遠ざかる者もいます。こちらで分けてそれぞれに渡すと、何べんも手を出したくさん手に入れようとする姿に悲しさを覚えるときもあります。一年に一度遠い日本から来て、二度と会えない子どもたちだが、それでも毎年継続しています。 ケニアは孤児が多く、政府も行政も援助は一切なく、それぞれの孤児院が頑張っているのが現状です。パラダイスも自給自立を目指していても、スタッフに余り自覚がなく、エリム宣教会の側面からの援助を待つ状態です。 MFA(ミッション・アフリカ)の代表を5年前に退き、それまでも側面からの支援でしたが、教育費や年一回のアフリカ宣教で側面からの支援に徹しています。 今日の昼食タイムは、子どもたちが待ちに待った御馳走の日です。準備の都合でいつも午後一時ころになります。それまでチャペルで思いきり歌い賛美します。また短い話をしたりで時が過ぎ、お腹が空きに空いた頃、やっと昼食の時間。貴重な水を手にかけてもらい、大盛りのごちそうとソフトドリンクの飲み物(一年に一回)コーラ、スプライト、オレンジ、グレープをそれぞれに嬉しそうに飲んでいる。この子らに幸あれ!今日もまた天国の一でした!感謝します。 イザヤ書35:1 荒野と砂漠は楽しみ、荒地は喜び、サフランのように花を咲かせる。 35:2 盛んに花を咲かせ、喜び喜んで歌う。レバノンの栄光と、カルメルやシャロンの威光をこれに賜わるので、彼らは主の栄光、私たちの神の威光を見る。 35:3 弱った手を強め、よろめくひざをしっかりさせよ。 35:4 心騒ぐ者たちに言え。「強くあれ、恐れるな。見よ、あなたがたの神を。復讐が、神の報いが来る。神は来て、あなたがたを救われる。」 35:5 そのとき、盲人の目は開かれ、耳しいた者の耳はあけられる。 35:6 そのとき、足なえは鹿のようにとびはね、おしの舌は喜び歌う。荒野に水がわき出し、荒地に川が流れるからだ。 35:7 焼けた地は沢となり潤いのない地は水のわく所となり、ジャッカルの伏したねぐらは、葦やパピルスの茂みとなる。 35:8 そこに大路があり、その道は聖なる道と呼ばれる。汚れた者はそこを通れない。これは、贖われた者たちのもの。旅人も愚か者も、これに迷い込むことはない。 35:9 そこには獅子もおらず、猛獣もそこに上って来ず、そこで出会うこともない。ただ、贖われた者たちがそこを歩む。 35:10 主に贖われた者たちは帰って来る。彼らは喜び歌いながらシオンにはいり、その頭にはとこしえの喜びをいただく。楽しみと喜びがついて来、嘆きと悲しみとは逃げ去る。
2011/07/08
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朝早く起きてキスムの町をゆとりの1万歩。ここは人口70万弱の都市ですが、今まで一度も危険な目に合ったことがないので、早朝に市場まで歩き、パンや飲み物を持てるだけ買うと、まだ道端や軒先で寝ているストリート・チルドレンを探しながら歩きます。一年に一回くらいで何になると言われたが、毎年キスムに来るたびの朝の習慣です。古着を着せかけたり、アーメンと言えば救われるよと声をかけ、ともに祈るキスムの肌寒い(15度くらい)朝です。 午前中にホテルから30分くらいのところにあるマンブレオ村へ。そこにパラダイス孤児院があります。2000年にケニア共和国より100年間無償で提供された広い敷地に、エリム宣教会が2003年に建設した施設が建っています。夏休みの子どもたちがレンタカーを見ると走り出て来て歓迎です。藤神学生は今年も得意の手品で子どもたちに取り巻かれ満足です。柴田共子神学生も子どもたちに囲まれ、美しい顔を輝かせて対応しています。内藤希代神学生は、風船で芸術品を作る特技があり、子どもたちが膨らませた風船で次々に作り出し、美しい顔がさらに美しく輝いています。 その間にスタッフと町へ買い物に行きます。4か月分の食料品(ト―モロコシ、大豆や小豆、米等主食品、砂糖、オイルや調味料などトラック1台分くらい)だけでなく、通学用の靴や孤児院内の普段履きサンダル、服やシャツなどの衣類、キスムは世界一のマラリヤ発生地で蚊帳も必要です。マットレスにジャケット、調理器具まで限りないリクエストです。すべての必要に答えるわけにもいかず、アドナイ・イルエの神に祈る信仰を持つようチャレンジし続けです。イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン。その後に必ず、ありがとうございます。」答えられ与えられました!感謝します。と宣言するようケニアでも毎年語り続けています。あっと言う間に一日が過ぎ、インペリアルホテルで感謝の夕食会。今日もまた天国の一日でした! イザヤ書 30:18 それゆえ、主はあなたがたに恵もうと待っておられ、あなたがたをあわれもうと立ち上がられる。主は正義の神であるからだ。幸いなことよ。主を待ち望むすべての者は。 30:19 ああ、シオンの民、エルサレムに住む者。もうあなたは泣くことはない。あなたの叫び声に応じて、主は必ずあなたに恵み、それを聞かれるとすぐ、あなたに答えてくださる。 30:20 たとい主があなたがたに、乏しいパンとわずかな水とを賜わっても、あなたの教師はもう隠れることなく、あなたの目はあなたの教師を見続けよう。 30:21 あなたが右に行くにも左に行くにも、あなたの耳はうしろから「これが道だ。これに歩め。」と言うことばを聞く。 30:22 あなたは、銀をかぶせた刻んだ像と、金をかぶせた鋳物の像を汚し、汚れた物としてそれをまき散らし、これに「出て行け。」と言うであろう。 30:23 主は、あなたが畑に蒔く種に雨を降らせ、その土地の産する食物は豊かで滋養がある。その日、あなたの家畜の群れは、広々とした牧場で草をはみ、 30:24 畑を耕す牛やろばは、シャベルや熊手でふるい分けられた味の良いまぐさを食べる。
2011/07/07
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7月7日(木) ケニア2日目の朝。ゆとりの一万歩は93年のケニア宣教で二人組の強盗に襲われ、ナイフを突きつけられてお金(ポケットに入っていた700円くらい)を奪われて以来、ホテルの中を朝早く歩くことにしています。いつもは20階建てのヒルトンホテル宿泊ですが、今年は一泊500ドルと言われ、150ドルの郊外のホテルにチェックインでしす。早い朝食を終え、ビクトリア湖畔の大都市キスムへ向かって、レンタカーで出発。途中世界一の紅茶産地ケリチョと、ナクル湖ナショナルパーク(フラミンゴ集結地で多い時は200万羽で湖の岸部がピンクに染まります。またペリカンやその他の野鳥がたくさん。またサイを見ることもできます)に立ち寄ります。ナクルの町で軽いランチタイム後、さらに走り続けて9時間。目的地のキスム、インペリアルホテルにチェックインし、ここで4日間滞在します。 イザヤ書26:1 その日、ユダの国でこの歌が歌われる。私たちには強い町がある。神はその城壁と塁で私たちを救ってくださる。 26:2 城門をあけて、誠実を守る正しい民をはいらせよ。 26:3 志の堅固な者を、あなたは全き平安のうちに守られます。その人があなたに信頼しているからです。 26:4 いつまでも主に信頼せよ。ヤハ、主は、とこしえの岩だから。
2011/07/07
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今日はケニアのナイロビに到着。パソコンを持たない旅ですが、毎日お祈りで応援していただければ幸いです。昨夜、大阪エリムキリスト教会のリバイバル集会を終え、関空からカタール航空でドーハへ。乗り換えてナイロビ着。24時間で到着です。 レンタカーの迎えを受けて、ナイロビ市内で旅行社に支払いや両替。時間があるのでボーマス・ケニアへ行き、部族の住居見学と部族ダンスを観賞し、ナイロビ市内のホテルで一泊。明日からの長旅に備えます。 イザヤ書12:1 その日、あなたは言おう。「主よ。感謝します。あなたは、私を怒られたのに、あなたの怒りは去り、私を慰めてくださいました。」 12:2 見よ。神は私の救い。私は信頼して恐れることはない。ヤハ、主は、私の力、私のほめ歌。私のために救いとなられた。 12:3 あなたがたは喜びながら救いの泉から水を汲む。 12:4 その日、あなたがたは言う。「主に感謝せよ。その御名を呼び求めよ。そのみわざを、国々の民の中に知らせよ。御名があがめられていることを語り告げよ。 12:5 主をほめ歌え。主はすばらしいことをされた。これを、全世界に知らせよ。 12:6 シオンに住む者。大声をあげて、喜び歌え。イスラエルの聖なる方は、あなたの中におられる、大いなる方。」
2011/07/06
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アフリカには国連加盟国が53ヶ国、加盟していない国やイギリス領、フランス領、スペイン領自治国もあり、60近い国になります。 アフリカ宣教とは言ってもケニアだけですが、早いもので23年目になります。最初は現地教会でのセミナーや教会建設(5つの教会)や、最悪の飢餓地帯トルカナ地方に食糧を11年運びました。 どんな悪路も猛暑も平気でしたが、12年前に左脳内出血で倒れた時も、医者の制止を無視して出かけました。ただその時以来トルカナ地方への食糧運びはせず、17年前からスタートしたパラダイス孤児院慰問に限定しています。 今日は8月放送のラジオ録音日です。朝日放送スタジオでの収録を終え、午後7時からの大阪エリムキリスト教会火曜集会で説教します。その足で関西空港へ向かい、カタール航空でドーハで乗換え、ナイロビ・ジョモ国際空港へ明日の午後1時着です。時差が6時間あるので、フライトとウエイト時間を入れて日本から24時間かかります。 今回は神学生が三名いっしょです。うち二人は初めてのアフリカなので、宣教予定が終わるとサファリ観光もスケジュールに入れました。 最初のころはピストンのようなアフリカ宣教で、せっかくのアフリカで象もキリンもライオンも見ることなくとんぼ帰りでした。 一生に一度のアフリカの者もあることに気づき、サファリ観光を予定に入れ、マサイマラのロッジに泊まることにし、野生の動物たちをサファリカーで見るようにしています。 今回、初めての七月ハイシーズンになり、気候的にはいちばん素晴らしいけれど、コスト的には一番高くなり驚いています。 14日(木)夜遅くには帰りますが、ケニア宣教とパラダイス孤児院の子どもたちのためにお祈りくだされば幸いです。 また私と神学生たちの奉仕が守られ、主の栄光が輝きますようにも覚えてお祈りください。 今日もまた天国の一日です。明日からのブログもアクセスお願いします。マルコの福音書16:15 それから、イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。16:16 信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。16:17 信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。16:18 手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」16:19 主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。16:20 一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。〕16:20 〔婦人たちは、命じられたことをすべてペトロとその仲間たちに手短に伝えた。その後、イエス御自身も、東から西まで、彼らを通して、永遠の救いに関する聖なる朽ちることのない福音を広められた。アーメン。〕
2011/07/05
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黙示録3:8 「わたしは、あなたの行ないを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。なぜなら、あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。ルカ12:32 小さな群れよ。恐れることはありません。あなたがたの父である神は、喜んであなたがたに御国をお与えになるからです。コリント人への第一の手紙1:26 兄弟たち、あなたがたの召しのことを考えてごらんなさい。この世の知者は多くはなく、権力者も多くはなく、身分の高い者も多くはありません。1:27 しかし神は、知恵ある者をはずかしめるために、この世の愚かな者を選び、強い者をはずかしめるために、この世の弱い者を選ばれたのです。1:28 また、この世の取るに足りない者や見下されている者を、神は選ばれました。すなわち、有るものをない者のようにするため、無に等しいものを選ばれたのです。1:29 これは、神の御前でだれをも誇らせないためです。1:30 しかしあなたがたは、神によってキリスト・イエスのうちにあるのです。キリストは、私たちにとって、神の知恵となり、また、義と聖めと、贖いとになられました。1:31 まさしく、「誇る者は主にあって誇れ。」と書かれているとおりになるためです。5:8 そして、最後に、月足らずで生まれた者と同様な私にも、現われてくださいました。15:9 私は使徒の中では最も小さい者であって、使徒と呼ばれる価値のない者です。なぜなら、私は神の教会を迫害したからです。エペソ人への手紙3:8 -9すべての聖徒たちのうちで一番小さな私に、この恵みが与えられたのは、私がキリストの測りがたい富を異邦人に宣べ伝え、また、万物を創造された神の中に世々隠されていた奥義を実行に移す務めが何であるかを明らかにするためにほかなりません。テモテへの第一の手紙1:15 「キリスト・イエスは、罪人を救うためにこの世に来られた。」ということばは、まことであり、そのまま受け入れるに値するものです。私はその罪人のかしらです。1:16 しかし、そのような私があわれみを受けたのは、イエス・キリストが、今後彼を信じて永遠のいのちを得ようとしている人々の見本にしようと、まず私に対してこの上ない寛容を示してくださったからです。マタイ24:35 この天地は滅び去ります。しかし、わたしのことばは決して滅びることがありません。ヘブル4:12 神のことばは生きていて、力があり、両刃の剣よりも鋭く、たましいと霊、関節と骨髄の分かれ目さえも刺し通し、心のいろいろな考えやはかりごとを判別することができます。マタイ28:18 イエスは近づいて来て、彼らにこう言われた。「わたしには天においても、地においても、いっさいの権威が与えられています。28:19 それゆえ、あなたがたは行って、あらゆる国の人々を弟子としなさい。そして、父、子、聖霊の御名によってバプテスマを授け、28:20 また、わたしがあなたがたに命じておいたすべてのことを守るように、彼らを教えなさい。見よ。わたしは、世の終わりまで、いつも、あなたがたとともにいます。」ヨハネ14:13 またわたしは、あなたがたがわたしの名によって求めることは何でも、それをしましょう。父が子によって栄光をお受けになるためです。14:14 あなたがたが、わたしの名によって何かをわたしに求めるなら、わたしはそれをしましょう。だれも閉じることのできない門ラジオ放送希望の声がスタートして39ねんめになります。すべての門が開くために、イエス・キリストのお名前によってお祈りいたします。アーメン。開かれました!感謝します。すべてのことが、聖霊により永遠に祝福され続け、開き続ける感謝の門が大きく開かれ、永遠の天国の門に入るまで、今日また天国の一日です!感謝します。
2011/07/04
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カギは普通個々に違いますよね。それが20室あった場合それ全てをあけることができるものがマスターキーといわれます。マスターキーの上にはグランドマスターキーなどまだまだ種類はあります。 鍵穴の構造は複雑です。マスターキーが設定されている場合はマスターキーが存在しない鍵穴と中の構造が違います。構造を理解すると感心してしまいます。 ホテルや、賃貸アパート・マンションや学校など、あるいは銀行などでもマスターキーがあります。 当然、生駒死書学院にもあり、マスターキーを持っているのは学院長だけです。 一般的には、カギだけを見てもマスターキーか普通のかぎかの区別はつません。専門のカギ屋さんは区別がすぐつきます。 マスターキーは全部の鍵に合わせてから作るものではなく、最初にマスターキーがあって、それに合わせせてそのあとで、1,2,3・・と個別の鍵が作成されるのです。 マスターキーは個別の鍵の情報を全部持っているので、すべてのドアを開けることができるのです。幸い神学生たちがシッカリ管理しているので、マスターキーはめったに使うことはありません。 しかし万一鍵を紛失したりした時は、バールでこじ開けたり、窓ガラスを割ったり、便利屋に来てもらう代わりに、マスターキーがあるのをしてさえいれば、お願いしますの一言で解決します。 知らなければ大騒ぎをして、多くの方に迷惑をかけたり、修理代に大出費をしたりで、時間を損したり大変です。 人生も同じではないでしょうか。真の神様は人それぞれにいのちと言う大切な鍵を渡されました。いのちは全世界よりも重く尊いものです。その与えられたいのちを輝かせ、神の栄光を現わすのが人生のほんとうの目的です。 しかし、最初の人間(アダム)その鍵を失ってしまいました。その日から人間は鍵を失って部屋に入ることんできない人のように、様々なもので人生の幸せの部屋を開けようとして来ました。 イエス・キリストはマスターキーを持つお方としてこの世に生まれ、十字架のいのちを捨て、墓に葬ら三日目に復活されました。 「わたしは道であり、真理であり,いのちである」と宣言されたイエス・キリストこそ、人生のマスターキーを持つ唯一の主、救い主です。 その方をアーメン信じますと、心にお迎えするとき、すべての扉が開かれます。神の子となり、聖とされ儀と認められ、健やかに歌かに祝福され、何をしても栄え(繁栄)しつつ、神の栄光を現わしつつ天国に行くことができるのです。 今日、あなたの人生のマスターキーを持つ主イエス・キリストをを救い主としてお迎えなさいませんか。アーメンと言えば救われます。 愛する主イエス様。あなたを私の心にお迎えいたします。今までの不信仰や罪を赦してください。十字架のよりすべての罪も汚れも。病も呪いも貧乏も死も贖われたことを感謝します。 今から神の子どもとして天国に行くまで、清く正しく祝福されながら、健康で豊かな人生を永遠のいのちを与えられ天国に召されるときまで幸せにお導きください。 イエス様のお名前によってお祈りいたします。アーメン(本音で真実その通りです)ありがとうございます。今日、私の人生ンマスターキーを持つイエス様を心にお迎えし、救われました!感謝します。アーメン。ヨハネの黙示録 3:7 また、フィラデルフィヤにある教会の御使いに書き送れ。『聖なる方、真実な方、ダビデのかぎを持っている方、彼が開くとだれも閉じる者がなく、彼が閉じるとだれも開く者がない、その方がこう言われる。 3:8 「わたしは、あなたの行ないを知っている。見よ。わたしは、だれも閉じることのできない門を、あなたの前に開いておいた。なぜなら、あなたには少しばかりの力があって、わたしのことばを守り、わたしの名を否まなかったからである。
2011/07/03
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五月に続いて、学期終了とともに神学生を被災地へ派遣しました。行きに13時間以上かかり、帰りは名古屋で途中下車する者がありましたが、やはり同じ時間くらいでの帰院でした。 今朝三時頃、目が覚めると寮に電気が着いていました。電話すると帰りに車の中で寝たのでまだ目がさえているので寝ていないとのこと。 早くやすむように語り、そのままゆとりの一万歩の散歩へ。 来週はアフリカへ行くので、インターネット礼拝10回分録画撮り、月曜日は牧師会、火曜日は八月放送のラジオ録音でスタジオへ。夜はリバイバル集会を終えその足で関空です。 それまでブログ10日分の原稿書き、ラジオメッセージ四本分準備、明日の礼拝説教、お便りへの返事やメールへの返信、電話応対など山積みで、飛行機の中で熟睡することを楽しみにしています。 お祈りに支えられながら、今日もまた天国の一日です!と、猛暑の中ですが元気で過ごしています。 ケニア宣教は7月5日~14日です。パラダイス孤児院(40名)の子どもたちの健康と守りをお祈りください。 ご支援いただけるときは、郵便振替口座にお願いいたします。エリム宣教会 0990=5=245213ヤコブの手紙1:21 ですから、すべての汚れやあふれる悪を捨て去り、心に植えつけられたみことばを、すなおに受け入れなさい。みことばは、あなたがたのたましいを救うことができます。 1:22 また、みことばを実行する人になりなさい。自分を欺いて、ただ聞くだけの者であってはいけません。 1:23 みことばを聞いても行なわない人がいるなら、その人は自分の生まれつきの顔を鏡で見る人のようです。 1:24 自分をながめてから立ち去ると、すぐにそれがどのようであったかを忘れてしまいます。 1:25 ところが、完全な律法、すなわち自由の律法を一心に見つめて離れない人は、すぐに忘れる聞き手にはならないで、事を実行する人になります。こういう人は、その行ないによって祝福されます。 1:26 自分は宗教に熱心であると思っても、自分の舌にくつわをかけず、自分の心を欺いているなら、そのような人の宗教はむなしいものです。 1:27 父なる神の御前できよく汚れのない宗教は、孤児や、やもめたちが困っているときに世話をし、この世から自分をきよく守ることです。
2011/07/02
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朝、すごく気持ちよく目覚め、今日もまた天国の一日です!と元気よく外へ出ました。 あれ!雨?ポツン・ポツン傘がいるかなと思ったが、家に引き返すのも面倒で、そのまま歩き続けゆとりの一万歩。 さてブログを書こうと思い書斎に行こうとしたが、大阪の教会に忘れ物を思い出し、車の少ない時にと長居公園を回って大阪エリムまで。すぐ高速に乗り第二阪奈経由で帰宅。 朝食を済ませて書斎へ入った途端、インターネット礼拝の録画で巣との電話。すぐチャペルへ行きアフリカ宣教の間の10本分を録画。 マンガを読んで大阪から来訪の方があり、水曜日も生駒駅まで来られたけれども、先約があり来られても会えないので帰ってもらった。 駅前でお会いし車で院長室へ。質問を受けながら、イエス様の十字架の救いと復活のいのちについて聖書を開き、アーメンと信じてバプテスマを受けるだけで救われますと言うと、素直に信じる決心をされました。 前々から洗礼を受けたい希望のあり、」今日のうちにというので水のバプテスマを受け、喜びに輝いてお帰りになりました。 昨日も若いお医者さんがバプテスマを受け、新しい人生にスタートでした。信じる方を毎日くわえられる恵みに感謝の昨日、今日でした。 ありがとうございます。今日もまた天国の一日でした!感謝します。使徒の働き 8:26 ところが、主の使いがピリポに向かってこう言った。「立って南へ行き、エルサレムからガザに下る道に出なさい。」(このガザは今、荒れ果てている。) 8:27 そこで、彼は立って出かけた。すると、そこに、エチオピヤ人の女王カンダケの高官で、女王の財産全部を管理していた宦官のエチオピヤ人がいた。彼は礼拝のためエルサレムに上り、 8:28 いま帰る途中であった。彼は馬車に乗って、預言者イザヤの書を読んでいた。 8:29 御霊がピリポに「近寄って、あの馬車といっしょに行きなさい。」と言われた。 8:30 そこでピリポが走って行くと、預言者イザヤの書を読んでいるのが聞こえたので、「あなたは、読んでいることが、わかりますか。」と言った。 8:31 すると、その人は、「導く人がなければ、どうしてわかりましょう。」と言った。そして馬車に乗っていっしょにすわるように、ピリポに頼んだ。 8:32 彼が読んでいた聖書の個所には、こう書いてあった。「ほふり場に連れて行かれる羊のように、また、黙々として毛を刈る者の前に立つ小羊のように、彼は口を開かなかった。 8:33 彼は、卑しめられ、そのさばきも取り上げられた。彼の時代のことを、だれが話すことができようか。彼のいのちは地上から取り去られたのである。」 8:34 宦官はピリポに向かって言った。「預言者はだれについて、こう言っているのですか。どうか教えてください。自分についてですか。それとも、だれかほかの人についてですか。」 8:35 ピリポは口を開き、この聖句から始めて、イエスのことを彼に宣べ伝えた。 8:36 道を進んで行くうちに、水のある所に来たので、宦官は言った。「ご覧なさい。水があります。私がバプテスマを受けるのに、何かさしつかえがあるでしょうか。」 8:37 [本節欠如] 8:38 そして馬車を止めさせ、ピリポも宦官も水の中へ降りて行き、ピリポは宦官にバプテスマを授けた。 8:39 水から上がって来たとき、主の霊がピリポを連れ去られたので、宦官はそれから後彼を見なかったが、喜びながら帰って行った。
2011/07/01
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