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さんざん引っ張ってきた「ジュニアユースに悩む」ですが、ついに答えが出ましたYチームに決めました12月初めにCチームのセレクションを受けてから、あれこれ考えた2カ月間。ちょこ坊が出した結論です。決め手は「やっぱりYチームのサッカーが好きだから」ちょこ坊の中で、ごく自然に答えが見つかったようです。1月の終わり、Cチームの練習に参加した時、中学1年生と練習試合をさせてもらいました。Cチームのサッカーは強くて速い、まるで高校生のようなスタイル。しっかり守り、いくつもの攻撃パターンをミスなく行える、高い技術を持っています。即席の小6チームとは、力の差も体格も全然違います。ちょこ坊はサイドバックで出場(いつもはセンターバックです)。果敢にサイドを駆け上がり、ボールを持ったら、フェイントを仕掛け(ちょこ坊ごときのフェイントに引っかかる選手はいませんが)ドリブルで上がり、シュートを打ち、パスカットをねらい、時には得意の(!?)スルーパスを放ち(ばっちりカットされましたが)ともかく、中1に臆することなくいろんな事を試みていました3ゲーム目はセンターバックを務め、インターセプトをねらうものの、素速い動きの相手FWにさんざん裏をとられて終了。それでも、何だか意気揚々と引き上げてきましたそして帰り道に言った言葉が、「やっぱりYチームに行く。今日ゲームでボクができたことは、全部Yチームで身に付けた力だもん。Yチームならもっと上手くなれる。ボクはYチームのサッカーが好きなんだ」予感はありました。先週あたりから、「やっぱりYチームのサッカーは面白いなぁ」とつぶやいていました。でも、「何を今さら」と、取り合いませんでした。だって、泣いてCチームに行かせてくださいと頼んだのは、ついこの間のことなのですから。1月にYチームの練習試合があった時も、試合の合間にチームメートとじゃれ合うこともなく、1人でぽつんと座っている姿が見られました。「もう気持ちがYチームにはないのかな?」と、母はすっかりCチームへ行くものと思っていました。しかし、Cチームの練習に通いながら、ちょこ坊なりに感じたことがいくつもあったようです。それに、Yチーム内での人間関係もずいぶん良くなってきたようなのです。(コーチが何か言ってくれたのかしら…??)「人間関係さえ良くなれば、もともとYチームに行きたかったんだ」そんな脳天気な発言さえ飛び出しましたちょこ坊がCチームに行きたいとコーチに話した翌週、トレセンの練習がありました(冬場のトレセンは、市内を何チームかに分けてゲーム形式の練習をしています。Yチームのコーチは、トレセンのコーチも務めており、ちょこ坊はコーチ推薦でこの冬からトレセンに入れてもらっています)。練習の最後にコーチから、「ちょこ坊はCチームでも十分やっていけるだけの力がある。どこに行っても頑張れよ」と、声を掛けてもらったそうです。もともとYチームびいきの私と夫は、このコーチの言葉を聞いて、「いい人じゃん」と、ますますほれ込んだのでした(かなり個性的なので、好き嫌いが分かれる感じの人です)何はともあれ、ちょこ坊が自分で考えて、自分で決めたことこれですっきりサッカーの練習に打ち込めます。モヤモヤした毎日ともおさらばですまずはCチームの事務局の方に事情を話して、丁寧にお断りをし、翌日、Yチームのコーチに「中学3年間、よろしくお願いします」と告げたのでした。Cチームの方から言われたことは、おまけとして次回に。
2007.01.31
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1月から、早くもCチームの練習が始まりました週3日~4日、夜、体育館など室内での練習です。みんな“我こそは!”って子供ばかりで、厳しい雰囲気だったらどうしよう…のんき者で、基礎のしっかりしていないちょこ坊は、やっていけるのかしら…ちょこ坊は身長158cm、体重42kg。ずば抜けて大きくはないけど、そこそこ体も強く、足もまあまあ速いCチームは体重視といううわさなので、今後の身長の伸びを期待して(夫180cm)受かったに違いない…練習はラダーを使ったステップ練習やリフティング、パス、ミニゲームなど、基礎の復習といった感じ。リフティングによるリレーでは、ちょこ坊は何度やっても成功せず、チームは罰ゲームをやるはめに2回目。ちょこ坊はなんと先頭で挑戦。でも、やっぱりできなくて、「お前はもういい」とコーチから引導を渡されちゃいましたこんなんで、この先やっていけるのか、ちょこ坊それでも、ちょこ坊はいつもみんなの真ん中で笑っていて、チームメートにも「ちょこ坊」と親しく呼ばれて、「やっぱりこういう仲間に囲まれてサッカーするのが一番なのかな~」と、ちょっとほろり親への説明会では、チーム発足の経緯から、1年間のスケジュールの流れ、会費などの説明がありました。お盆もお正月も練習or練習試合。「あぁ、もう旅行には行けないのね~」と、ちょっとがっかり月謝のほかに、ユニフォームレンタル代(月2000円)があったり、毎月、県外に遠征があったり、ジャージや練習着(夏冬・ホーム&アウェイ用)をそろえたりなんとも出費がかさみそう全国大会に出場の際は、寄付もあるそうです(1家庭5~10万円)→お兄ちゃんが在籍していたお母さんに教えてもらいました。その後も練習のたび、「体育館を借りる費用として、3月までは1カ月6000円徴収します」(え~、そんなことは最初の説明会で言ってよ~)「学年で5号球をそろえます」(そんなぁ 12月に買ったばっかりなのに…おっと、サンタさんにもらったばっかりなのにぃ)など、お金のかかる話ばかり…強くなるためには、お金がかかるのも致し方ないのかなぁもともとCチームはお金がかかるって言われていたけど、うわさは本当だったんだな~と、母は今さらながらショックを受けたのでした。※今気付いたのですが、Cチーム、Yチームではなく、Cクラブ、Yクラブとした方が良かったのかしら。書き始めたころは、まだ気持ちが定まっていなかったので、ほかにもへんてこな表現があったかもしれません。ごめんなさい。
2007.01.24
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遠征の日の朝夫が「今日の遠征はお休みします。それと、お話ししたいことがあるので、お時間をいただきたいのですが…」と、コーチに電話をしましたさすがに何か感じるものがあったのか、その後しばらくして、もう一人のコーチから電話がかかってきましたそこで、違うチームに進むことを考えていること。現在のチーム内で、ちょこ坊がどんな目に遭っていて、それでつらい思いをしていること。コーチにこれまでの経緯やちょこ坊の気持ちを全部お話ししました。夕方、待ち合わせ場所に家族3人で向かうと、コーチはまず、コーチの息子さん(小6、チームメイト)とちょこ坊と話をさせました。実はちょこ坊が感じている”嫌だな”ということは、ほかの何人かも感じているということ。そんな時は自分も助けるから、中学でも一緒にサッカーをやろうということその後で、コーチからは「今すぐ結論を出さず、もう一度、両方のサッカーを比べて、どちらでやりたいか考えてほしい」「チーム内の人間関係については、いい機会なので、みんなで考えたい。自分もこれから気を付けるようにするし、みんなもだんだん大人になってくるので、変わってくると思う」「Yチームのサッカーが好きか嫌いか。最後はその部分で判断してほしい」と、言われました。実は12月には、「ほかのチームに進む人は1月からはスクール生と同じ扱いになる」と、言われていたし、去年は、手塩にかけた子供たちをよそのチームに引き抜かれて、かなりガックリしていたことを知っているので、こんなにありがたい言葉をかけてもらえるとは思っていませんでしたということで、わが家としては期限を1カ月と決め、それまでの間に、結論を出すことにしたのです。翌日はCチームの第1回目の練習と保護者説明会。ちょこ坊は、ほっとしたような、すっかり気分はCチーム?のような、なんとも晴れやかな顔つきでした。
2007.01.23
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12月24日(日)クリスマスイブの夜。スポーツ店で「そろそろ5号球を欲しいね」なんて、家族で楽しく買い物をしていた時。(結局、サンタさんが5号球をプレゼントしてくれたのですが)「Cチームに合格しました」私の携帯が鳴り、チームの事務局から連絡が入りました。まさにクリスマスプレゼントと、喜んでいいのか…つい先日、「Yチーム(現在、ちょこ坊が所属するチーム)に行きます」と言い切ってしまった手前、心が揺れました。考えがまとまらないまま、とりあえず、ちょこ坊には内緒に。翌日から3日間、サッカーの遠征(Cチームのスクール生主体)があるので、そこから帰ってからもう一度、話し合おうと夫と決めました。ところが、ちょこ坊が帰ってくる日に私が感染性胃腸炎で倒れ、とても大事な話が出来る状態ではなくなってしまいました。私は3日間寝込み、その後は韓国旅行へ出発。旅行中、「いつ切り出そうか…」と、悶々と過ごしました。旅行の最終日、夕食の時に思い切って「Cチーム合格おめでとう」と、話してみました。ちょこ坊はビックリ、そしてニッコリ遠征の時も、ほかの6年生が「合格した」と言う中、「ぼく落ちたんだ」と、話していたんだと言います。しかし、単純に喜んでばかり入られません。家に戻った翌日、家族3人でじっくり話し合ってみました。夫が大事にしたいのは「責任」ということ。・セレクションを2日間受けなかった(1日は遊びを優先した)責任・Yチームに行くとコーチに話してしまった責任私はその上で、「本気」かどうかと、「誠意」について問いただしました。さらに、私たち両親は、Yチームのコーチも、指導方針も、練習の環境も気に入っていること。この時点で、Cチームに行くと言うこと、そして3年間続けるには、親もそれなりの覚悟が必要なこと。Yチームのコーチは地区トレセンの担当者で、現在のやり方だとトレセンでの活動が続けられないかもしれないこと。ちょこ坊にとっては、かなり厳しい内容を話しましたCチームは昨年のほとんどの県大会で優勝を果たし、一昨年、昨年と連続して全国大会に出場した強豪チーム生活態度にも厳しく、成績表も毎回提出。遠征も多く、費用もこのあたりでは倍近くかかるという話しばらく考えたちょこ坊は、それでも泣きながら「お父さん、お母さんに迷惑をかけるけど、やっぱりCチームに行かせてください」実はYチームに入った昨年夏から、チームの特定の子に意地悪をされていたらしい。仲間はずれにされたり、ビブスの片付け中に、わざと違う方に放り投げられたりミスするとあからさまに「お前のせいだ」となじられたり…。どんな集団でも仲良くなれるのがちょこ坊の唯一の特技だったはず。まさか、そんなつらい目に遭っていたとは…。何度も「やめてよ」とか、「何でそんなことをするのか」「仲間に入れて」と、ちょこ坊なりに頑張ってきたらしいその上、「ほかにも意地悪されている子がいて、そういう姿を見るのもつらい」とちょこ坊。生活態度に厳しく、「チームメイトを大事にする」ことを掲げるCチームなら、「サッカー以外のことに患わされずに、サッカーに打ち込めるだろう」と、ちょこ坊は思っている様子でした。意地悪の度合いはよく分からないけれど、これだけ言って考えた中で、“Cチーム”だと言うなら仕方がない…サッカーをやるのは、ちょこ坊なのだから、ちょこ坊の好きなところでやらせてあげよう翌日はYチームの遠征が予定されていましたが、「この練習試合は、中学もYチームに行く人のための試合。ぼくは行かない」決意も固そうなちょこ坊。親も腹をくくり、Yチームのコーチに連絡を取ることにしました
2007.01.22
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6年生の夏に、地元のクラブチームに移籍したのには、もう一つ理由があります。それはトレセンのセレクションに落ちちゃったからなのです別に受かることが名誉とか思っていたわけではなく、今の少年団でお友達と仲良くサッカーをする一方で、ちゃんとしたコーチに、きちんとした指導を受けたかったからです。5年生のころからトレセンに行っていた2人だけでなく、幼なじみ君も受かったと聞き、ちょこ坊は初めて悔し涙を流しました(それもお風呂と布団の中で)「このまま少年団にいたら、中学に上がる時にクラブチームのセレクションにも受からないかも…」こんな不安が、母の中に立ちこめてきましたそんなこんなで、8月からYチームのジュニアに入れてもらうこととなりました。Yチームの子供たちは、ともかく足元の技術が格段に上手く、試合でもしっかりボールをキープして、パスをつなげて、つなげて、ゴールへ結びつける感じ。いつでもボールに連動して、選手が動いている様子は今までの少年団には見られなかったものです。練習もテーマがはっきりしていて、スピーディー。常にアイデアを出すことを要求されます。集中した練習は、見ていて楽しいものでしたそんな中で、足の速さと体の強さでサッカーをしていたちょこ坊も、少しずつボール扱いが上手になってきました。そして、12月いよいよ中学の進路を決める季節になりました。親が尋ねる前にちょこ坊は「Yチームに行くよ」と、さも当たり前のように言っていました。私にはその言葉がちょっと意外でした。だって、Yチームに入る前までは、「県内の強豪チーム“Cチーム”に行きたい!」て、いつも言っていたから。5年の夏から、Cチーム主催のサッカースクールにも通っていたし。それでも、「Yチームに加入して、このチームが気に入ったのなら良かったわ」とのんきに考えていました。進路が決まったのんきさから、私のとった行動が今思えば間違いの元だったかも。「Cチームのセレクションを受けてみない??」どんな子が集まるのか、セレクションってどんなことをやるのか、なんて好奇心から、セレクションに参加させちゃったのです。それに、「強豪チームに入るのもいいかも」なんて母の欲も出ちゃったわけで。例え落ちても行き先はあるしね~。この考えがそもそも間違いの元まるで罰が当たったかのように、ちょこ坊はこのセレクションの最中に、ころんで左手首を痛めてしまったのです。全治約2週間半。サッカーが出来ない間に、Yチームからも進路についてのプリントが配られました。Cチームは2日間、セレクションに参加する決まりのところ、ちょこ坊はケガをしたため、1日しか受けられませんでした。実は後日、もう1回受けるチャンスがあったのですが、おばかなちょこ坊は友達と遊ぶ方を優先して、受けませんでした。これがまた、後々話がややこしくなる元でした。進路プリントの提出締め切り日。何だかはっきりしないちょこ坊。「どうするの」と詰め寄ると、「やっぱりCチームに行きたい」ついこの間、Yチームに行くからCのセレクションは受けないと言ったくせに「今さら何言ってるの。セレクション受けていないんだから、Cに行けるわけないでしょ」ぐずぐず何やらいいわけをするちょこ坊。「だって、Yの仲間が嫌なんだもん」すでに怒りモードの私。「仲間のせいにするんだね。仲良しと楽しくやりたいなら、部活にしなさい!」プリントの“部活”に○をして、「これをコーチに出しなさい」その日はYチームでの練習試合があったのですが、送っていく最中、ずっと怒りっぱなしの私。本当にCチームに行きたいなら、なんでもっと強く主張しないの!?チームメートの悪口を言うなんて、どういうこと!?ところが、練習試合が楽しかったのか、心の整理ができたのか、練習試合終了後、私の所に来て「やっぱり、Yチームに行くよ」プリントを持って、コーチにも「部活に○をしてありますが、Yチームに進みます」と、晴れ晴れと話していましたこれで一件落着。と、思った私ですが、実はちょこ坊の心の中はまだまだ複雑だったのです
2007.01.19
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ちょこ坊(小6)が所属していたスポーツ少年団は、同じ学校のお友達ばかりだったので、気の合う仲間とただただ楽しくサッカーをしていました親も深い考えもなく、通わせていたのですが…。しかし、学年のコーチにはどうも首を傾げることばかり。たまたま5年生の時に、学年代表(役員)をしていたので、すべての練習、試合に参加することとなり、見れば見るほど、その指導法や子供への接し方にマークが増えていきました。ちょこ坊がジャンパー膝を患うと、「ちゃんとストレッチしないちょこ坊が悪い」発言があったり(練習後にクールダウンをさせたことのないコーチに責任はないの??)そもそもジャンパー膝について何にも知らないし…練習もワンパターンで、動くより、話をしている方が時間が長いし試合中も「何で出来ないんだ」「何やっているんだ」「○○(名前を呼ぶのみ)!」怒鳴り続けるばかり全日本の県大会では、試合当日に5年生を2人呼び、いつもとは全く違うポジション(システムも全然別物)で試合をさせ、「負けたのは、DF(ちょこ坊)の運動量が足りなかったから」と責めたてて…いけない、いけない。まあ、ボランティアのお父さんコーチに、多くを望む方が無理といえば無理なのですが。6年生最初の試合から、ずっと1回戦負けで、コーチには叱られるばかり。子供たちも、親もどよ~んとしたムードが漂い始めた夏。わが家は市内クラブチームのジュニアチームへと移籍を決めました。少年団の保護者も子供たちも、コーチさえ「頑張れ!」と応援してくれる、気持ちの良い船出でした(何だか長くなりそうなので、6年生後編は次回へ)
2007.01.18
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ちょこ坊(小6)もいよいよサッカーの進路を決める時が来ました。中学では、部活にするのか、クラブチームにするのか、クラブチームならどこにするのか私たちの住む地域ではほとんどのクラブチームが12月にセレクションを行います。だから、1月の今さら「どこに行くのか?」なんて、言っていること自体、遅すぎるのですが…。ちょこ坊は4年生の秋から、地元のスポーツ少年団に入団しました。学童のお友達がすでに入っていて、少年団主催のサッカーフェスティバルに誘われ「君、上手いね」のひと言であっさり入団を決意しました。もちろん、それまでサッカーをしたこともありませんでした。すぐに冬が来て、毎週日曜日に小学校の体育館でちょこちょこボールを蹴って過ごしていました。5年生になる直前の春休み。突然、上級生の役員さんからお電話をいただき、「春休みに練習試合があるので、ちょこ坊君参加してください」しかも、GWの遠征も参加することが決まっているとか。何がどうなっているやら分からないまま、それから1年間は6年生の大会に帯同するようになりました。県で優勝経験もある学年なので、試合では「勝つこと」を意識した指導でした。しかし、一学年下のちょこ坊にはそんなに期待していなかったのか、大きなミスをしても叱られることもなく、むしろサッカーの応援を思いっきり楽しませてもらった1年でした。また、6年生とは反対に最弱といわれた5年生(ちょこ坊の学年)でしたが、夏の大会で県大会まで進み、冬のフットサルでも県大会で惜しいところまで勝ち残るなど、「もしかして、このままいけば6年生ではすごいかも」なんて、夢見る雰囲気になってきていました。ちょこ坊は6年生の試合ではFW。5年生ではDF(スイーパー)。試合中は、親もビックリの熱血サッカー少年へと変わりつつありました。(6年生編に続く)
2007.01.16
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2日目は、息子の喜ぶところに行こうと、水族館に行きました。COEXモールという大きなショッピングセンターの中にあります。年末なので、すごい人混みで、水族館にたどり着くまでにすっかり疲れてしまいました。(なので、入り口まで行ったものの、すぐに入らず、アイスなど食べてひと休みしました)水族館も子供連れでいっぱい。そこで思ったこと。韓国の女の子は押しが強い!親にも何やら主張する。私たちが見ていても、ぐいと押しのける。母が「韓国ドラマでも女の人が強いけど、やっぱり子供のころから気が強いのね~」もちろん、そんな子ばかりじゃないと思いますけどね。便器や冷蔵庫型の水槽があったり、皮膚を食べてくれる(?)魚がいたり、十分堪能させていただきました。翌日は夕方からロッテワールドに行ってきました。ジェットコースター(去年事故がありましたよね~)など、ロッテワールドでも怖い系の乗り物ばかり選んで乗りました。午後9時からはレーザーショーがありました。地下のアイススケート場もその間は滑走中止。キラキラのひと時を楽しみました。このロッテワールド、お正月明けに改装のため一時休業と言っていたのが、一転、1月9日から完全休業になってしまいました。日本の遊園地に比べたら大したことがないものの、韓国に行くたびに遊びに行っていたので、ちょっと寂しい感じです。もうやらないのでしょうかTemplate-すず♪♪
2007.01.02
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今回の旅で一番感動して、一番笑ったのは、「Jump」(ジャンプ)の舞台です武術の達人一家(祖父、父母、娘、叔父)が主人公。日々、鍛錬に励むこの家に、娘のおむこさん候補が来たり、泥棒が入ったり…。狭い舞台の上とは思えないほど、ものすごいアクションシーンの連続なのに、なぜか笑えちゃうコメディー仕立て。おかしくって、涙が止まりませんでした。その上、役者さんがかっこいいセリフがないので、韓国語の分からない私たちでも、大丈夫でした前回の旅行で「ナンタ」を観たので、今回は「ジャンプを観られたらいいな~」。でも、ホテルで調べてもらうと、すでに、どの公演もいっぱいとのこと。もう、がっかりでしたでもでも、あきらめきれずに翌日、もう一度、ホテルの担当デスクに問い合わせると、ベルボーイのお兄さんが調べてくれ、「ぼくはこのサイトのメンバーじゃないから、メンバーを連れてくるね」と、フロント係を連れてきてくれて。その人が、さらにあれこれ調べてくれて、最終的には彼の奥さんの加入しているカード会社のサイトから申し込んでくれたのでした。その上、カード会社提携なので、かなりお安い料金になったのです。もう感謝感謝劇場までの行き方も丁寧に教えてくれ、当日はチケット窓口で困らないよう、予約詳細を書いた用紙も手渡してくれました。世宗ホテルのみなさん、ありがとうございましたそして、これからソウルに行かれる方へ。「ジャンプ」お勧めです昨年9月にできたという、専用劇場は360席くらいと狭いので、できれば事前に予約していくと安心です。(反対に狭いので、どの席からも迫力ある演技が観られます)Template-すず♪♪
2007.01.01
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