Break Time Cafe

Break Time Cafe

PR

×

キーワードサーチ

▼キーワード検索

プロフィール

ニコデモ0514

ニコデモ0514

カレンダー

お気に入りブログ

まりまむ日記 まりまむ1108さん
The lamb world Ag・nus De・i loveVvさん
健康 Gift Maripyさん
日本修練空手道 巧… Y. Coyoteさん
【楽天市場】セレブ… 広告収入アフィリエイト楽天ポイントさん
牛乳飲め牛乳 牛乳飲め牛乳さん
les etoil… nanairo*さん

コメント新着

ゆう@ とうとう出ちゃったね うわさは本当だったよ。 <small> <a hre…
チャー1979 @ Re:僕の日記。(04/16) おひさしぶり!?です♪ >柔らかな答えは…
ニコデモ @ コメントありがとうございます。 >どちらが人生を豊かにするかと言えばど…
shimoohri @ 2択問題 &gt;悲しみに沈み心しおれ涙する1年間。 …
Maripy @ 僕の日記 人に読んで貰えるような、語りかけるよう…
せんとりす @ 日記のスタンスによって使い分けてもいいと思いますよ アピールしたいことがあるのであれば、語…
TamakawaFeeling @ Re:僕の日記。 日記の書き方も、いろいろありますよね。 …
shimoohri @ どうすればいいのかわかりません >そういうわけだから、何を食べるか、何…
まりまむ1108 @ 神様はご存知だものねっ♪ 主と共に、青春の日に悩む事が出来るなん…
kenboh1129 @ 君の年頃でしょ? なんとなく悩みの内容がわかる気がする。 …
2005年04月08日
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
新しいクラス。
今日から僕は3年生になるらしい。
担任が昨年と同じためか新鮮味なく、イマイチ実感が湧かない。
新しいクラスの顔ぶれは大きく変わった。
知らない人ばかりだ。新鮮なのかもしれない。
僅かにいた既知の友人もみんな良くしてくれる人でよかった。
春休みのあいだ、新しいクラスでよい友人が与えられるようによく祈っていた。
それが実現されているのだと感じる。
こういう時、人は神への感謝を忘れやすく、気をつける必要がある。

主に祈り、信頼することは大切なことであり、それは主に喜ばれることだ。
聖書を読むとそれを知ることができる。

 望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励みなさい。
                                      ローマ人への手紙 十二章十二節

 何も思い煩わないで、あらゆるばあいに、
 感謝をもってささげる祈りと願いによって、
 あなたがたの願い事を神に知っていただきなさい。
                                       ピリピ人への手紙 四章六節

 あなたがたの思い煩いを、いっさい神にゆだねなさい。
 神があなたがたのことを心配してくださるからです。
                                       ペテロの手紙 第一 五章七節


 主に信頼せよ。主が成し遂げてくださる。
                                         詩篇 三十七章五節

 あなたの行く所どこにおいても、主を認めよ。
 そうすれば、主はあなたの道をまっすぐにされる。
                                          箴言 三章六節


 悪者どもが襲いかかってもおびえるな。
 主があなたのわきにおられ、あなたの足がわなにかからないように、
 守ってくださるからだ。
                                      箴言 三章二十五節から二十六節

 人を恐れるとわなにかかる。
 しかし主に信頼する者は守られる。
                                        箴言 二十九章二十五節

 あなたがたは心を騒がしてはなりません。
 神を信じ、またわたしを信じなさい。
                                      ヨハネによる福音書 十四章一節

 立ち返って静かにすれば、あなたがたは救われ、
 落ち着いて、信頼すれば、あなたがたは力を得る。
                                        イザヤ書 三十章十五節

これらの聖句から何を学べるだろうか。
主なる神は祈りに答えてくださる方だということがわかる。

人は困難や不安があると、まず神以外の人に頼ろうとしてしまう。
家族や恋人、友人、同僚、以前助けてくれた者。
人は浅はかなことに、これら自分と同じ人に頼ろうとしてしまうのだ。

まず最初に主である神を頼りにして、助けを求めなくてはいけない。
そして、もし主が助け手を備えてくださるなら、最適の者を遣わしてくださる。
その順序を誤ると不適切な人の助けを受けることになってしまう。
そういう時、人はさらに転び深みにはまってしまう。
人の助けは賭け事のようで確かではないからだ。

また、人は愛する家族から助けを求められたら、すぐに応えようとしてしまう。
しかし、真に神を愛し真に家族を愛するなら、まずこう言いたい。
「最初に誰を頼りましたか?私ではなく、まず第一に主なる神に頼るべきです。」
厳しいかもしれないが、これほど正しく安全な助言はない。
「主に頼れ。」
やはりこれ以上の助言はない。そしてこう言おう。
「神があなたに最良の助け、或いは助け手を与えられるでしょう。」
そして、もし自分がそのために遣わされたと思ったらどうするか。
そのときは、祈り、愛と感謝と謙遜の心を持って仕えよう。
それはキリストを証しすることであり、主は良い報いを与えてくださる。

いつも最初に誰を頼みとするか。
こんな小さなことであっても信仰を鍛えることに繋がると思う。





お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2005年04月09日 06時18分03秒
コメント(0) | コメントを書く


■コメント

お名前
タイトル
メッセージ
画像認証
上の画像で表示されている数字を入力して下さい。


利用規約 に同意してコメントを
※コメントに関するよくある質問は、 こちら をご確認ください。


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: