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2005年09月11日
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カテゴリ: カテゴリ未分類
こんなことありませんでしたか?
クラスとかで、ほとんどの人が自分と違う答えを出しているのに、自分はどうしてもそれに納得できなかったこと。
そして、結果自分が出した答えが正解だった事。

僕は、何度かあります。

一昨年の同じ日付。丁度今頃の時間、僕はテレビを見てて思ったことがあります。

もし、この世の大半が信じている正義が、もしかしたら間違っているのなら。
もし、彼らの考えていることが、行っていることが、本当の正義だったなら。


去年の同じ日付。丁度今頃の時間、僕はテレビを見てて思ったことがあります。

もし、この世の大半が信じている宗教が、イスラム教徒だったら。



ほとんどの人間が信じているものが、「正しい」と判断してしまわれることは、恐らくほとんどの人が抵抗もなく受け入れられてしまうのでしょう。
それは、事が大きくなればなるほどそうなってしまうのかもしれません。
疑う余地がないのです。

もちろん僕だって、その判断に完全に身をゆだねて生きている。
だけど、立ち止まって考えてみたら、すげー恐ろしいことで。



小学6年生の時、国語の時間、誰もが僕と違う答えを出した。
だけど、僕の答えが正解だった。
誰もが驚いた。僕も驚いた。
誰もが、答えを訂正した。
なんとなく、気持ち悪かった。


世の中なんか都合のいいもんで、

そういったもので正しいものなんか変わってしまう。


国の指導者が変われば、そこに存在する正義すら変わる。
異論を唱える人間が少しいたって、それは当たり前のように浸透していってしまう。


今日、僕は赤坂の上り坂を進みながら思ったことがあります。

力があるから争いが起きるのか、争いがあるから力が必要なのか。



チャンネルを変えても、どこもかしこも選挙。
4年も経つと、あの悲劇はつまらん席争いにかき消されてしまうのか。
そんなもんなんですかね。


来年の同じ日付、僕は何を思うだろうか。
自分の人生の転機となったこの日に、何を思うのだろう。


僕は、僕のまま、どこまでいけるのだろう。









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最終更新日  2005年09月12日 01時02分17秒
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