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なかなかコメントにレスできず、すいません…。いまだに1週間ずつ、埼玉と岡山を行き来しています。手続きなどは、大きなものに関しては、やっとほぼ片付きました。あとは、店関係。司法書士にやってもらえばチャッチャと済みますが……せっかくの機会なので、自分で法務局に行ったり、書類を作成したりして、akikki、頑張ってみます!……なんてのは、タテマエ。司法書士さんに手数料を20万お支払いするのは、今の我が家には痛いので、自分でやるだけです。マァ……書類に不備があっても、逮捕はされないし。なんとかなるでしょう……多分。で!表題の「パパりんレシピ」ですが……店の食器棚の引き出しに、レシピノート発見!……しかし!ほとんど真っ白!サワラの味噌漬けの味噌の配合と、酢味噌の配合と……わすか数点のみ。そして、最後のページには、パパりん特製の『ホウ酸団子』のレシピ……。ゴキちゃん一撃な、高性能兵器として、かなり重宝されていたようですが……パパりん……もっと料理レシピを書いてて欲しかった……私の作ったソバつゆ……それ自体は、普通にソバつゆとしては美味しいけど、パパりんのとは、別もの。店の冷蔵庫に残っていたパパりんのソバつゆを舐めながら作りましたが・・・・・・まだ遠いようです。で、ママりんが思い出した!長年うちで働いていたオバサンが、よく父にレシピを聞いてはメモしてた…らしい。もちろん、速攻で電話!私も小さい頃から可愛がってもらった人なので、そのメモを見せてもらうことも、快諾してくれました!!どのくらいメモがあるのか分からないけど……パパりんの味、ちょっとだけ復活しそうです!
Sep 27, 2008
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月曜日ので実家に帰り、火~木曜は、みっちりと各種手続きなどなどに駆け回ってきました。そして、今日、朝一番ので東京へ。実家にいる間は、朝は遅くとも8時に起床し、9時には活動開始。夜はその日やったことの報告会の後、翌日のスケジュールを組み、準備をし、そして、自分のお仕事もね…やらなきゃね……。ってことで、毎日2時間睡眠って感じでした。ちょっと体調、やばくなったきたかな~?と、さすがに、うすうす感じていたんですが……昨晩2時過ぎ……真っ直ぐに立てなくなってしまいました。どうも、右の腰の筋肉がギックリいってしまったようです。前日、ブラザーテツの腰をマッサージしてあげながら、「あんた。気をつけなよ~」とか言ってて……自分かい……ところで、この夏、楽しみにしていたアレ!!アンディの自伝!「Wild Boys」うっかりしていましたが……アマゾンから、またまた発売延期のお知らせメールが来ていました。う~~~ん。本当に出るのかな???Rock Affairsのことで、加筆や訂正があったんだろうな~~と思うんですが、どうでしょう??
Sep 12, 2008
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励ましの言葉、お悔やみの言葉……本当にみなさん、ありがとうございました。ちゃんとコメントのひとつひとつにレスをと思ったんですが……泣けてくるので、ここでのお礼で許してください。みなさんの言葉に、本当に励まされ、慰められました。優しい言葉、本当にありがとうございました!日曜日の夜、東京に戻りました。1週間、こっちにいてまた実家に戻ります。仕事のほとんどは人に代わってもらっていましたが、いくつか「お休み」状態にしてもらっていたものがあったので。あぁ……2ヵ月後の収入がコワイ……(TV業界では、ギャラが支払われるのが だいたい2ヵ月後なんです。 フリーだと…働かなきゃ、収入は『ゼロ』なわけです)岡山を離れる日、母と弟一家が駅近くまで送ってくれました。そして、車の後ろのトランクから、私がバッグを取り出している時……一番後ろの席で、「行ってらっしゃい~」と、元気に手を振る姪と「気をつけて」とブラザーテツ妻。その二人の肩越しに……不安そうな……悲しそうな……ママりんの顔。この写真の顔と同じでした……。前に↑上の写真を紹介したことがありますが、母自身が、「見て悲しくなる顔」の象徴…。(前の日記はコチラです)ここでは泣いちゃいけないと思い、笑顔で車を見送りましたが、新幹線に乗って一人になったら、ボロボロと涙がこぼれました。で、岡山を離れる日の午前中、パパりんがずっとかかっていたマッサージ師さんが我が家に弔問に来てくれたのです。涙ながらにお線香をあげたマッサージ師さんが、私を見て……「あなたが自慢の娘さんなのね」と。パパりんは、照れ屋なので、めったに自慢話なんてしません。「男は黙って…」タイプのパパりんです。でも、そんなパパりんが、私のことは超自慢していたんだとか……。『文章を書くのが好きで、 自分がやりたい仕事を頑張っててエライ!』とか言いながら、私のやった番組を宣伝したりして、しきりに自慢していたそうです。そして……「オレの心を本当に分かってくれる娘なんだ」って。この言葉を聞いて、私は本当に嬉しくて、本当に悔しくて、涙が止まりませんでした。たしかに……私は、パパりんと同じような考え方をし、性格もパパりんに似ています。お互いに言葉にしなくても、思っていることを感じられる『一卵性父娘』でした。葬儀の最中に、一度だけ、パパりんの声が聞こえた気がしました。告別式が始まり、お焼香の順番がまわってくる前。本気で、「パパを焼けない!」「お棺になんて、入れておけない!」と、思いつめていた私。その時、パパりんの声が真上からしました。頑張れ! 頑張れ!アッコネーチャン!我が家では、私が頑張ることは『当然』のことで、ママりんは、あまり「頑張れ」と私に言いません。とは言っても、ママりんが放任主義というわけでも、私の自主性に任せているというわけでもなく……どちらかというと、ママりんは、自分の期待した通りの私であることを強いたし、私もそれに応えようともがいたり、反発したり……でも、パパりんは、私が頑張っていることを分かっている上で、応援し、ちょっとふざけた風を装って、エールを送ってくれる人だったのです。パパりんの声が聞こえたと言っても、空耳かも知れないし、私の思い込みかもしれないけど……でも、パパりんに「頑張れ」と言われたら、私は、頑張らないわけにはいきません。告別式でも、焼き場でも……頑張りました。これから、まだまだいろんな手続きがあって……そのたびに……パパりんがもうこの世にいないということを何度も何度も思い知らされて、それが堪らなく寂しいけど……でも、頑張ります。パパりんが、そう望むなら。パパりんの分まで、頑張ります。パパりんのように、頑張ります。
Sep 4, 2008
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