今が生死

今が生死

2006.07.17
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テーマ: 心の健康法(573)
カテゴリ: 付き合い
今日は海の日で休日だったが仕事として巡回健診に行ってきた。100人以上の裸の人と付き合う(診察する)と一人一人がかけがいのない人でとても重要な人達なのだの感が深くなったが、今日はその人達の人生についても思いが広がった。受診してくれた方々は老いも若きも真面目で素晴らしい人達ばかりだったが、そのバックグランドである各々の人生もまた最高に価値があり素晴らしいものなのだろうかとの疑念が浮かんだ。親や子を殺したり、隣国めざしてミサイルを撃ち込んだりする人達がいる。そういう人達も私が診察すれば、例にもれず素晴らしい人達と映るだろう。人は奴隷も召使も王様も社長も病者も健者も泥棒も強盗も全て健診の場では平等で、皆等しく尊いが、その人の考えや行動によっては峻別されるべきではないかとの考えが浮かんだ。
人を人たらしめているものは、医者の前に並んだ全く平等の各自の肉体と各自の考えと行動によって決まると思えた。
肉体は神から授かったもので自分ではどうすることもできない。しかし心構えや行動は自ら選択できるし、変えることもできる。だとすれば後天的に人間を個別化しているものはその人の考えと行動ではなかろうか。昨日市川三郷町に一般町民を対象に「心と体の健康」について講演に行ってきた。その内容は真の健康とは、心の健康のことであり、「人のために全力を尽くす」を目標に生きることが健康への真道であり、いつしかその考えがそうなりたいではなく、本当にそう考えている自分になれるものだと話してきた。
自分のことを述べて恐縮だが、ラブラブ思考になる前は、自分の性格の悪い所ばかりが目に付いて落ち込んでいた。こんな自分でも人様の役に立つ人間になるのだと思ってみたが、その思いと現実との差は大きく開いていた。しかしラブラブ思考をいつも思念していたら、かなり近づいてきている自分に気づくようになった。もし人間に優劣があるとするなら、金や地位や学歴や遺伝的バックグランドなどは一切関係なく他人に尽くす気持ちがどれだけあるかによって決まるのではないかと思っている。





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Last updated  2018.03.01 13:41:50
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