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金魚草昨日は滋賀県に住む息子が関東方面への出張があり、東京に勤めている孫と新宿駅で合流して一泊二日で山梨の我が家に来てくれる予定だった。妻は布団を干したり買い物したりその準備におおわらわだった。昨夜8時11分に甲府駅に着くとのことで私が迎えに行って来たが、客人を乗せて自宅に着いたら妻はご馳走を並べ始めてくれていた。ビールを飲んだり手作り料理を食べながら談笑した。「おとうさんピアノ発表会どうだったの」と聞かれたので、「リポビタンDを飲んで記憶が飛んだり指が動かなかったりして散々だった」と答えたら「ただ下手だっただけではないの?リポビタンDのせいだなんて聞いたことがないよ」と笑われた。信じてもらえるか否かは別としてその時の状況と心の動きを書いて置こうと思う。今年運転免許を返納することにしたので、それに伴い発表会出場も最後と決めていた。曲目は「美しき青きドナウ」の易しく編曲されたものだ。今年最後だからと、特別な思いで1年間、寸暇を見つけて練習してきた。7月12日の発表会に向けて、6月に入ってからは楽譜を見ないで何百、何千回と練習してきた。繰り返しの個所が2か所あり、1回目か2回目かが分からなくなることがあり、その2か所の繰り返しの所は特に念入りに練習した。先生からも褒められてまあまあの自信はついてきた。そして会場への出発直前に、少しでも頭がシャープになって上手に弾けるようにとリポビタンDを飲んで出かけた。そしてリハーサルに臨んだ。少し弾いたら何百回も弾いてきた曲なのにつかえてしまい前に進めない。すごく焦ったが、本番になればなんとかなるだろうと思った。しかし本番ではリハーサルの時よりさらにひどくて、いっぱい練習してきた繰り返しの所など一回も弾けない状態で、茫然自失してすごすごと舞台を降りた。有終の美を飾ろうと必死で練習してきた結果がこの結末で、落ち込みの極だった。「あれだけ練習してきたのにこの結果とは」と完全に自信を無くしてしまった。「家ではあれだけ弾けていたのに何てこと!」と家族も呆れてしまい、二の句がなかった。あんな状態になってしまった原因を色々な方面から調べてみたら、結構よくあることのようだった。緊張状態にある人が、カフェインを摂取すると相乗効果で交感神経が過緊張の状態になり、腕や指の筋肉がガチガチにロックされてしまい、脳では記憶が飛んで覚えていたことがが出てこない時があるとのことだった。リポビタンDには無水カフェインが50mg含まれており、その症状を引き起こすには十分な量と思われた。感受性の問題があり、必ずしもすべての人にこのような症状が起こるとは限らないが、発表会前のような極度の緊張状態にある人は、カフェインは避けた方が良いとは以前から注意喚起されていたとのことだった。1年間の集大成である発表会が終わった今、すこし心が落ち着いてきた。緊張しすぎの原因が分かってほっとしている。緊張を取ろうとコーヒーを飲んだりリポビタンD(カフェイン含有)を飲んで失敗た事例として今後の教訓になればいいと思う。本番では失敗したが、家では「美しき青きドナウ」もそれなりに弾ける。落ち込みから立ち直り、今はユモレスクを練習している。老人の最後の大きな夢は粉々に打ち砕かれたが、時間が経てばそれ程のことでもなかったと思えてきた。発表会の為でなく、楽しみとして気楽にピアノを弾いていこうと思っている。息子とその娘はその後寝室の天井の壊れた蛍光灯の取り換えや浴室の天井の掃除など大活躍してくれて本日の午後7時45分の電車で滋賀に帰る予定である。私は高い所の作業は殆ど無理になってきているので2人に心から感謝している。
2026.07.26
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ツルバギア安青錦が昨日の相撲で勝って10勝を挙げ、規約により大関復帰を一発で決めた。大関になるころは強くても大関になってから勝ち越し基準の8勝を挙げられないと、次の場所はカド番大関と言われ、その場所でも勝ち越せない時は関脇に陥落する。今場所では大関琴桜がカド番大関で今6勝しているのであと2勝すると大関に残れるが、難しそうだ。一旦大関から陥落すると大関に返り咲くのは極めて難しい。最近では返り咲いた力士は貴景勝と霧島の二人しかいない。朝乃山、御嶽海、正代、高安は大関陥落組だが長年経っても大関には復帰できていない。安青錦が10勝して大関に復帰できることは大変なことで今後の活躍が期待される。昨日の試合では反則の髷を掴んだように見えた場面もあったが物言い付かず勝利になって幸運だった。試合後のインタビューで「自分を信じてきた結果だと思います」と述べていた。自分を信じるとは自信を持つことだと思うが、上記朝乃山以下4名の力士は自分を信ずる力が弱いのかも知れない。相撲に限らず野球やサッカーそれに私達の日常生活にも言えるのではないかと思う。この頃の世の中を見ると、私を含めて自信を無くしている人が多いと思う。自分を信じて突き進んでいくことが大切だと思うので、強い力で自分を信じて仕事や家庭生活をしていこうと思う。
2026.07.23
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こぼれ種から庭のあちこちに咲いているペチュニア7月17日が医学論文の締め切りで当日の17日に直接医師会本部の受け取りポストに投函してきたことは当日のブログに書いたが、その後本部からメールがあり、原稿は受け取ったがこれから査読に入るに際し、原稿と図表をメールで送って欲しいとの要請だった。今時は原稿を一々読まずにパソコンの中で査読していくのだろうなと思い、本日は海の日で休日だったので野菜畑の中の草を取る予定だったが、急遽原稿送りを優先して取り組んだ。論文は直ぐ送れたが、写真を送るのは少し苦労したがこれも何とか遅れた。問題は表である。コピーしてヤフーの送信画面に貼り付けると表の線が消えてしまって文字だけがずらずら並ぶ形になってしまい表は3枚だけだったが3時間が過ぎ5時間が過ぎ7時間も過ぎてしまった。今日やる予定だった野菜畑の草取りは諦めることにした。AIに聞いたらヤフーメールは線が苦手で線なしでぐちゃぐちゃになることが多いとのことだった。それでもAIは熱心に色々教えてくれたが駄目だった。それなら添付ファイルで送ればいいのだと気づいて添付することにしたがワードやエクセルは添付ファイルとして選択できなくてマイドキュメントに保存されていなければダメだった。マイドキュメントに保存できるようになるまでに数時間かかってしまった。論文送信作業を始めたのが1時半位で無事全部遅れたのが8時半位で7時間位かかってしまった。本日は祝日休日で色々やりたいことが沢山あったがパソコンとにらめっこで惨めな悲しい午後から夜にかけての時間だった。明日は勤めである。今日の時間の無駄使いは忘れて頑張ろうと思う。
2026.07.20
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マーガレットコスモス大河ドラマの「豊臣兄弟」が前回と今回でクライマックスを迎え、信長が織田家の重鎮明智光秀に京都本能寺で討たれる場面が放映された。信長を慕っていた秀吉、小一郎兄弟の驚きと悲しみは想像を絶する状態だったが最終的には秀吉の主君を思う気持ちが光秀の正義心より勝って光秀は討たれてしまうが、光秀の果たした役割も大きかったと思われる。歴史の大きな転換機だったが、光秀がもう少し用意周到に計画していたなら簡単に秀吉に敗れなかったと思われ、信長の光秀への扱いにかっとなって起こした行動が自らを破滅に導いたともいえる。史実によると1582年(天正10年)5月上旬信長から中国攻め(毛利との戦い)の総司令官に任命されたが、5月中旬信長は家康を京都観光に招待してその供応役を光秀に命じた。家康の接待は大変なことで、強度のストレスにさらされたと思われる。そして5月下旬に家康が京都を離れた後には、再度中国攻めの軍事侵攻を命じられ、その準備のために亀山城に入った時に信長討伐を決断したと思われる。その原因は5月上旬に中国攻めの総司令官に任命され、その準備に悩殺されていた最中に家康の接待役を命じられ、最高度のストレスの中でその業務をこなしてほっとしたのもつかの間、再度中国攻めを命じられ、神経質で几帳面な性格の光秀が「やってられないよ」と爆発したのではないかとみられているが、それまでの信長への積もり積もった不満の鬱積も関係していたのではないかと思われる。
2026.07.19
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白のインパチェンス、6月中旬頃私も手伝って植えた花大きなストレスがかかった二つのイベントは昨日で終わった。今朝起きた時は何となく気が抜けたようだった。ストレスはあったが、到達しなければならない目標になり、それが生きがいになっていた。80歳を過ぎて半ばに差し掛かっている今、同じ年代の方々は認知症になったり、お亡くなりになられている方が多い。私のように常勤医師として雇って頂いて、毎日出勤している人間は少ないと思う。でも最近は体力の衰えからあちこちの不調が感じられ、退職の時期を考えるようになっている。でもその日までは元気で働いて勤めを全うしようと思っている。それには目標を持つことが必須だと思っている。ストレスは大きかったが次の論文を書くことを目標にかかげてもいいと思う。ピアノ発表会にはもう出ないことは決めているが、ユモレスクが弾けるようになることを目標に掲げたいと思う。朝と夜の体操は引き続いて必ず継続していこうと思っている。今日を境に新たな目標を掲げて、退職まで頑張ろうと思う。
2026.07.18
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かがやき。1970年に鈴木省三氏によって製作されたバラで季節に関係なく時々このような赤い花を咲かせている。恐らく妻がどなたかに頂いたバラだと思うが未だに細々と咲いてくれる。ストレスはいけない。ストレスを抱え込まないようにしよう。ストレスとの上手な付き合い方などと様々な方々がアドバイスを書いたり喋ったりしているがストレスの渦中にある人にはあまり参考にならないかもしれない。私の場合は7月12日がピアノ発表会、7月17日の今日が医学論文の締め切り、各々単独でもストレスが大きいのにそれが二つも重なってストレスは極度に達し食欲はなくなり体重は3Kg減った。おまけに最初の難関だった発表会で大失敗して終わってストレスが軽減するどころか倍加されてしまった。そして本日の論文締め切り、昨夜医師会の本部郵便箱まで直接投函に行く予定だったが間に合わなくて今朝6時50分頃直接本部の郵便受けに投函して、今勤務先の病院に到着したところである。これですべてが終了してストレスも終わるはずだがどうなるか分からない。勤務そのものがストレスの多い職場でストレスのない人生なんて夢物語かも知れない。もう回診の時間になってしまった。以前「心」が最も大事だと書いた。心が揺れていればストレスは襲い掛かってくる。心が平静ならばストレスは逃げていく。心を強くしたいと思う。
2026.07.17
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まだ咲き続けている松葉ハルシャギク昨日の発表会の翌日、成功ならニコニコ、まあまあの出来でもそれなりの達成感が得られたと思うが、大失敗だったので気持ちは暗かった。あれだけ努力したのにあの始末、リポビタンDの影響があったかもしれないが失敗感、屈辱感、絶望感をどうすることも出来なかった。でも日課の朝の回診を終えてきた今、患者さんに救われたと心から思った。患者さんは私の失敗を知らない。ニコニコしながら応答してくれる。私の絶望感を1枚1枚剥がしてくれた。有り難い方々だと思った。この仕事もやがて卒業することにしているのでその後はこういう機会はなくなる。その時は一人で絶望感を抱えて生きていかなければならないが今は患者さんがいて助かった。持ちつもたれずのこの世界である、患者さんに勇気づけられ、私も患者さんのためにいい医療を行い、激励してあげようと思った。
2026.07.13
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エキナセア7月12日のピアノ発表会のため課題曲「美しき青きドナウ」を何千回と練習してきた。そして楽譜を見ないで5分間でスラスラと演奏できるまでになった。昨日はかなりの自信があり、練習の合間に野菜に水やりなどもしてかなりの余裕であった。ところが本日のリハーサルでつまずき、本番ではなおさら弾けない状態で失意も失意、無惨な敗残者になってしまった。練習に練習を重ね、全力を注いだつもりだがリハーサルと本番で実力を発揮することが出来なかった。付いてきてくれた家族からは「家ではあんなに上手く弾いていたのに本番でのつかえつかえの弾き方には呆れた」と非難され、指導してくれた先生に申し訳ないと思い、どうしてよいか分からない状態になってしまった。緊張で上がってしまったからと思ったが、家に帰って真因を調べてみた。緊張状態で上がったことは確かだがそれを助長したものがあった。本番1時間30分前にリポビタンDを飲んで生命力をつけようと思った。リポビタンDはカフェイン50mgを含有しており普段コーヒーをほんの少ししか飲めない私がコーヒー一杯分の50mgを飲んだら過覚醒+記憶検索障害になるとのことだった。疲れがとれた感じになるかも知れないが、高度の緊張状態にある人には交感神経緊張の過覚醒状態になり、記憶検索障害も起こすとのことだった。ピアノ曲を思い出すことが出来なかったことと関係あるとのことだ。リポビタンDが悪いのでなくそれを超緊張状態の時に摂取したことが今回の惨めな結果の最大要因と思われた。病人に悪いタイミングで処方する悪処方の典型例と思われた。
2026.07.12
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クロコスミア(姫扇スイセン) 畑でやっと一個膨らんできたスイカ(毎朝見に行っています)21人の出演者は殆どが小学生か中学生で、老人は私一人。老人と言っても彼らからみたら大人である。大人の人があまり間違えては示しがつかないと思うので緊張している。これから最後の追い込みの練習をしようと思う。曲目は「美しき青きドナウ」のやさしい版である。
2026.07.11
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ベゴニアの寄せ植え昔の友人から電話があった。軽い脳梗塞後で家でのんびり暮らしている状態だという。もう63年前の話である。私は感ずることがあって静岡大学理学部を中退して東京に出て晴見港で沖仲仕をしていた。大きな貨物船は岸には直接接岸できないので遠洋に停泊して荷物を艀に移して陸揚げしていたが、その艀の荷揚げ人夫を沖仲仕といった。今では人夫も沖仲仕も差別用語とされ辞書を引いても出てこない。沖仲仕は下層階級の人間とされ、油で汚れたボロボロの服を着て、陸上の人間より一段下の人間だと自らを卑下していた。私もいつしか仲間と同化して陸上の人間とは違うという意識を持っていた。その時信州大学工学部学生だった彼が陸上の岸壁から手を振って何やら叫んでくれたのである。こちらは沖仲仕なので陸上の白いワイシャツを着た彼は輝いており眩しかった。本日の電話で、その時は身分の違う者同士だったので陸上の君を「崇めて見ていた」よと言ったら、彼は艀内の私を「決して蔑んではいなかったよ」と言った。その時は大学中退して仕送りもなく生活のために沖仲仕をしていたが、将来のことは全く分からなかった。陸上の人達とは違った生活をして社会の片隅で暮らしている人たちが多く、自分もそういう人たちに染まった状態で、ひ弱な青年だった。ただ中退した動機が医学部に行きたいだったので、沖仲仕をしながらもそのことは考えていた。しかし医学部は難関で行きたいと思えば誰でもすぐ行けるような所ではなく、その思いが叶えられるのはほんの一部の人間だけであるということは知っていた。そのような状態での彼との出会いだったが、その後私は医学部に合格して人生は一変した。彼との付き合いも60年以上になる。お互いの余生が今後どうなるか分からないが、この時点で元気な声で会話ができたことを喜んだ。
2026.07.10
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千日紅が咲き始めたいよいよピアノ発表会の7月12日が迫ってきた。毎日練習しているが中々スムーズに弾けない。今日最後のレッスンに行って来た。美しき青きドナウはワルツの曲で3拍子だ、一拍目を強く打って2,3拍目と打つのが正しいが私の場合は3拍目が強くて長い、4拍子のように聞こえる所があるとのことで指導を受けた。家に帰ってきてその修正を試みて何度も練習したが難しい。当日までに修正できるかまた課題が増えた。ピアノに限らずスポーツや踊り、歌唱などの発表会に出演なさった経験のある方は如何にストレスがかかり緊張するかご存じだと思う。当日の出演者は21人で、小学生14人、中学生5人、高校生1人、老人が一人でその老人一人が私である。今頃皆さん緊張して大変だろうなと思った。緊張するのは小学生も中学生も老人も同じだと思う。苦しい状態だが何とか練習して当日を迎えたいと思う。
2026.07.08
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チェリーセージサンパラソル前回のブログで金や名誉や外観よりも心が大事と書いたらある人から「毎日毎日の積み重ねが大事」とのコメントを頂いた。その通りだなと思って1日を充実した気持ちで送ろうと思ったが、日によって体調の善し悪しはあるし、1日単位では生活の充実感が得られないと感じていた。そして今朝突然ひらめいた。瞬間瞬間が大切なのだということに気が付いたのである。朝出勤してすれ違うスタッフたちとの挨拶の声の調子から違ってきた。回診で患者さんを励ますエネルギーも違ってきたように感じられた。廊下を歩く時も今までは疲れてどうしょうもないように感じていたが、瞬間が勝負なので一足一足より先に心が元気だよとの指令をくれる。少しも疲れないで歩けるようになったのである。万能の杖を手に入れて怖いものなしの気持ちになったが、三日坊主で終わるいつものくせ、明日以後については分からないが、人生の極意であることには変わりないと思う。この世にはそのような極意で、三日坊主にならないで成功人生を歩んでいる人も多いと思うが、私もその仲間に入って心輝く人生を歩んで行こうと思う。
2026.07.07
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アメリカフヨウ松葉牡丹人生にはそれぞれの人が宝物と思っているものがある。ある人はお金と思っているかもしれない。ある人にとっては才能であり技術の高さかも知れない。ある人は外見や容貌が最も大事と思っているかもしれない。自分には地位も名誉も金もなく、才能もなくて顔も悪くて何もない。と悲観している人がいるかも知れない。しかしよく考えてもらいたい。地位や名誉,財宝、以下全てが揃っていても心が悪かったら幸せではない。心とは何か。幸福の根源である。貧乏でも才能がなくても外見が悪くても心さえ輝いていれば、誰よりも幸せなのである。幸せな心は誰でもが手にいれることが出来るものである。心は若くても年寄りでも経験がなくても磨くことが出来るものである。自分さえ得すればいい、自分さえ儲かればいい、という思いをすてて皆が楽しみ健康になれるように配慮することである。自分勝手な人もいる。相手の都合よりも自分の都合で弱い立場の人に接している人もいる。その場合心の中はくしゃくしゃしていて幸せではない。相手が幸せになるよう相手の立場で接することによってこちらの心は幸せになる。地位も学問も才能がなくても心が幸せになる道があるのだ。振る舞いとはそのような心を持てば自然に表れる行動であり、心と振る舞いは一体のもので、心は振る舞いをリードして、その振る舞いによってさらに心が磨かれるのである。
2026.07.05
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半夏生(ハンゲショウ)ブルースター廊下を忙しげに歩いているスタッフを見て自分も彼らと同じように歩きたいと思い、速足で歩こうとする。どんなに難しい症例に当たっても若い時の自分は時間に関係なく夢中で対応してきたし疲れることはなかった。それが今ではチョッとしたことでも疲れてしまう。他人に憧れ、自分に失望した状態で生きてきた。しかし誰にも使命はあるはずだ。命尽きるまでそのような状態で生きていたら使命も果たせないかもしれないし自分自身も不幸だと気が付いた。他人が軽々と歩いていてもいい。自分も若い時には軽々と歩けたのにと思ってもいい。でも今の自分と比べないことにした。他人は他人、過去の自分はもう今の自分とは違うのだ。今の自分のままで出来るだけのことをして明るく生きようと決意した。
2026.07.02
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バラ:新雪昨日テレビのクローズアップ現在で看護師が足りなくて病棟閉鎖や病床数減少を余儀なくされている問題が取り上げられていた。当院でも看護師数が足りなくて基準に達していないとして病棟のいくつかはベッド数だけ入院させられない状況になっている。近隣の病院のほとんどが同じ悩みを抱えている。看護学校で定員に満たない学校も増えているとのことだ。最大の要因は少子化でどこの分野も定員不足をきたしている状況の中にあるが、その中でも看護科は厳しい労働条件などがあり志望者の減少幅が大きいとのことである。今朝看護婦事務所でカルテにデーターを記入していたら耳元で「お世話になりました。今日が最後の勤めになります」と言われた。寝耳に水で冗談かと思った。最も信頼していた看護師の一人でその人がいなくなるショックははかり知れない。ご主人が神奈川県に転勤になってそのために当院を辞めるとのことだが悲しくてどうしてよいか分からなかった。ただでさえ定員不足で困っているのに優秀な看護師が止めていく。悲しくてもどうすることも出来なかった。残った人達とより一層団結して頑張っていくしかないと思った。
2026.06.30
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紫陽花(フエアリーアイブルー)サンパチェンス・ピンク昨夜晩酌をしようと清酒久保田の栓を抜いた。私は先日スーパーで久保田を買ってきたように思っていたのでその酒がそうだと思った。妻は娘が父の日に送ってくれた酒だという。娘が送ってくれたことは覚えていたが、自分も買ってきたことは確か(どこかに保存してあるのかも知れないが)で、これは娘が送ってくれたものだ、いや私が買ってきたものだと激しく言い争った。どちらかがどこかに保存してある可能性があり、それを探せば解決できたのかも知れないがそれもしないで各自の主張を言い合った。7月12日にピアノの発表会があり、7月17日が医学論文の締めきりで、そのことが頭にあって他のことは上の空でその間妻からも色々手伝ってくれの要請もあり、超多忙を極めており、日常生活の記憶がおろそかになり、言い争いになることが結構あった。今朝になってよく考えてみたら妻の言う方が正しかったと思い、詫びたら、「ああよかった認知症になってしまったのかと思った」と笑いながら応じてくれたので助かった。今後は自分の思い込みをあまり主張しないようにしようと思った。
2026.06.29
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今咲いている赤いアジサイ(ハイドランジア)右は昨年挿し木で育てたものグロリオサ、球根でも種子で増えて庭のあちこちで咲いている私は健康管理センターに20年勤めて定年になり、その後急性期病院に12年勤めて退職後、誘われて6年間リハビリ病院に勤めているが体力が衰え最終段階にきていることを自覚している。先日健康管理センターに勤めていた頃の常務さんの奥さんのお悔やみ記事を新聞で見て告別式に参加してきたが、当時の常務さんは椅子に座っておられて参列者の方もあまり見ておらず、私が参列したこともお気づきになられていないようだった。後で電話してみたが家電はもう使われておりませんとのことで、連絡のつけようがなく、ご高齢で認知力も衰えた状態なのだろうと思ったが、住所が昔のままかどうかわからないが、ハガキを書いてみた。連絡はつかないだろうと思ってその後は忘れていたが、なんと昨日その人が自分で運転してわが家を訪ねてきてくれたのである。股関節の手術は何度かしたが、多少フラフラしても立って歩くことが出来で元気ですとのことだった。もう寝たり起きたりで言葉さえ障害されていると思っていたので驚き、大喜びした。奥さんの告別式の時の印象では昨日の姿はとても想像できなかたので、お元気な姿をみて本当に良かったtと思った。知人等で長年消息が分からなかった人で80歳過ぎていると生死が分からず、生きていたとしても認知症で話も出来ない状態の人が多く、このように健康な姿でお会いできたことは稀で、喜びがあふれた。
2026.06.28
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サフィニアヤブカンゾウ昨日は東京勤めで一人暮らしの孫が来るとのことで駅まで迎えに行かなくてはと思って急いで家に帰ったが、日程間違いで来月になったとのことだった。妻は孫が来てくれるのが嬉しくていつもご馳走を作って待っているが、今回も痛い腰をかばいながら彼女が好きそうなものを作って待っていたが、残念だった。でも明るく、「私達二人で食べればいいんだから」と言いながら寸暇を惜しんで宿題の習字を書いていた。夜入浴しようとしたら山梨が震源地という大地震に見舞われた。震度6弱とのことで、家がミシミシいってどうなることかと思った。このまま家が潰れてしまったらどうしようと思ったが、その大きな揺れの後は静かになってくれてよかった。妻はその時も習字を書いていたので「呑気に習字を書いている場合ではない」と言ったら「そうですね」と言って声をたてて笑った。呑気な人だと思った。
2026.06.27
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エキナセア花ザクロ 亡き父が40年前息子夫婦と一緒に住むために田舎から甲府に引っ越してきた時に田舎から持参した花昨夜遅く60年程前に東京都中野区上高田の安下宿で一緒だった仲間から電話がかかってきた。元気にやっているのであの頃の下宿仲間でまた一度会おうではないかという電話だった。彼はパーキンソン病を患っており心臓も悪く、ペースメーカーを装着している。足腰も悪くなって車いすを常用しているのではないかと思うが、発病から20年くらい過ぎて、80歳を超えても今も元気である。数ヶ月前にマンションの自室周囲の廊下を掃除していたら、通りがかった50歳代と思われるご婦人が「ご不自由なお体なのに皆さんのために掃除をして下さってありがとうございます」とお礼を言われた。自分は大それた気持ちでなく当たり前のことをしていただけなので戸惑ったが嬉しかった。そのことをきっかけにその人との交流がはじまり、その人の人柄の良さに感動し、毎日が楽しいとのことだった。体の不自由な自分に気を使ってくれるだけでなく、誰に対しても全く隔てなく親切で、こんな人が世の中にいたのかと驚きの連続とのことだった。人の一生には様々な事象が起こるが何と言っても人との出会いが最大の出来事だと思う。卑怯な人やずるい人、自分勝手な人など様々な人がいて人間とはそういう者と思って暮らしている人が大半だと思うが、彼は自分の命が終わる前に素晴らしい人に出会い、人間に対する見方が変ってきたとのことである。長生きしてよかったとの喜びに溢れていた。その話を聞いて私まで嬉しくなり、生きがいが見つかったような気がした。
2026.06.24
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バラ:アルテシモ ポーチュラカ昨日はサッカーワールドカップのチュニジア戦で日本は4対ゼロで勝利した。監督や選手たちの意気込みや個人プレイでなく、チームの一員としての動きの中で見事な勝利をかざり、素晴らしい試合だった。次の6月26日のスエーデン戦でもチームワークをしっかり固めていい試合をしてもらいたいと願っている。妻が育てたバラのアルテシモやポーチュラカが咲いていたので写真を撮った。昨日の朝7時に多発性骨髄腫で様々な症状、特に心不全で苦しそうだった82歳の女性患者さんが亡くなった。最後には呼吸が苦しそうだったが家族に見守られながら静かに息を引き取った。心臓も肺も骨髄腫細胞に浸潤されて助かる見込みのない経過の中で逝かれたが、この世とのお別れは悲しく辛いものだったろうなと思った。多くの臨終の場に立ち会わせて頂いてきたが、若い時には自然の流れの中で死を迎える方々を自然に受け入れられてきたが、高齢になり自分もその時を迎えようとしている年齢になり、この世との別れの感情が患者さんと同じように感じられるようになり、そこまで年取ったのだなと感じている。
2026.06.22
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千鳥草ペンタス1984年酒店経営の女性(当時69歳)が殺害された事件で強盗殺人罪で無期懲役となり2011年に75歳で病死した阪原弘さんが再審公判に向けた3者協議で検察側が有罪を表明しないと表明して阪原さんの無罪が確定した。死刑や無期懲役が確定した事件で本人の死後再審が開かれるのは初めてとのことである。息子さん達ご遺族の熱意が実って本当に良かったと思う。冤罪事件の多くは激しい自白強要や証拠の捏造である。捜査官は事件の早期解決を図りたいためにそのような行為に走ると思われるが、無実の罪でそのような拷問や、証拠捏造されたら堪ったものではない。何人かの凶悪事件の犯人が冤罪だったとして無罪として釈放されたが問題は真犯人である。捜査官は早く犯人を挙げて問題解決したいと思っているかも知れないが、そのために無実の人が死刑になったり、何十年間も獄中につながれるのはたまらない。難しい事件の場合、即座に犯人が同定できないかもしれない。それでも安易に犯人を仕立て上げることだけは絶対しないでもらいたい。時間がかかってもいいので、じっくり犯人を捜してもらいたいと思う。
2026.06.20
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ムラサキゴテングロリオサトランプ大統領は自身の80歳の誕生日の今月14日にホワイトハウス南庭でアメリカ建国250年の記念格闘技大会を開催した。4000人の観客を招待し7つの試合が行なわれ、トランプ氏はリングサイドで勝者と握手したとのことである。トランプ氏は格闘技の大フアンで総合格闘技団体UFCのCEOとも昵懇で両者に利益があると判断して開催したと思われるが、由緒あるホワイトハウスで格闘技、普通では考えらえないが、自身を世界の帝王と思っている彼はそれを実現してしまったのである。関税政策やイラン戦争、国際的な平和条約からの脱退等、世界の民や相手国のことを考えての政策ではなく、自国の為、自分の利益のための行動である。反対する人たちもいるが、それらの人達は眼中にないのである。80歳と言えば高齢である。80歳を過ぎた前大統領バイデン氏に対しては老齢で認知症、何の役にも立たない大統領と批判していたが自身が80歳越えの老大統領になって何を考えているであろうか。年齢のみでその人を評価してはいけないと思うが、自身が高齢になったことを十分認識して、アメリカの繁栄だけでなく、その他の国の繁栄をも願って、人類のために余生を燃焼させて頂きたいと願う。
2026.06.19
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カサブランカチロリアンランプ今年のピアノ発表会の日程が7月12日の日曜日に決まった。曲目はオーケストラ曲をピアノ向けにアレンジした「美しき青きドナウ」を弾くことにした。ここ10年位毎年出場してきたがさすがに今回で最後になると思う。運転免許を返上して仕事もやめれば時間に余裕ができるのでピアノ位続けたいと思うが、免許がないので先生の所に通えないのでレッスンも辞めることにしている。ピアノや運動などの趣味は誰でもいつでも始めることができる。上手になるかならないかは別問題で何時でも止めることが出来る。問題は続けるかどうかだが、私の場合はピアノ何年続けても上手になれなかったが、懲りずに続けてきた。今回で一応区切りをつけようとしている時、発表会で緊張して様々な失敗をしてきたが、この「美しき青きドナウ」をお別れ曲として、下手でもいいから心を込めて、思い出の東京エレクトロン韮崎文化ホールで堂々と弾いて来ようと思っている。
2026.06.17
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百合の花、カサブランカが咲き始めたジャガイモを収穫した本日2本目のブログです。ヤクルトがソフトバンクに4対ゼロで勝ち奥川投手が完投勝利した。プロ入り7年目25歳、初めての完投、完封勝利である。ヤクルトは交流戦に入って不調で7連敗もあり、ズルズル負けて最下位まっしぐらになってしまうのではないかと心配したフアンが多いと思う。私が応援している小川投手や奥川投手も良く打たれて試合が作れずチームは負けるし本人は負け投手になることが多く、出だしは良かったが結局今年も最下位かと思い始めていた。昨日も8対1の大差で負けるし、今日もきっと負けているだろうと結果を見る気もなかったが、どんな負け具合かチラッと見て見ようとヤフーでみて見たら何と奥川完封でヤクルトが勝利していたではないか。驚いてしまった。ヤクルトフアンが歓喜して喜びの投稿で溢れていた。交流戦の成績は6勝11敗1引き分けで悪い成績だがもうそんなことはどうでもよくなったのだ。故障に泣いた奥川が立ち直ってくれたのだと喜びが爆発した状況だった。私も嬉しくなり心がウキウキした。庭に出てジャガイモを掘ってみた。菜園の師匠だった義理兄が亡くなってしまい、自己流で育てて見たが思いの外の出来で嬉しかった。3月に学会発表したウエルニッケ脳症について審査で論文掲載が決まったとのことで、締め切りは7月17日とのことだった。喜ばしいことだが論文を書くとなると大変なので、提出するかしないか迷っていた。でも本日は休日なので学会発表時の抄録を基に少し書き始めて見たら論文が書けそうな気がしてきた。夕方には妻の園芸の手伝いもすることが出来て、いつも落ち込み、打ちひしがれていた私も奥川投手の完封勝利に喜び、ジャガイモの豊作や論文書きの手がかりを得たことを喜び、腰痛があるのに花つくりをしている妻の手伝いをすることが出来て今日は良い日だったなと思った。いつも老化現象や体調不良で落ち込んで辛い思いをしていることが多かったが、今日ばかりは大いに喜び、明日以後頑張って行こうとの気力が湧いてきた。良い一日に感謝。
2026.06.14
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ストケシアがんや肺炎など重い病気の進行で亡くなることもあれば、脳卒中や心臓病など急激な発作で亡くなることもあり、難病や老衰など長期の患いの結果として亡くなることもある。重症患者さんのご家族には、前以て急変した場合の人工的延命処置についてお伺いすることになっている。気管内に挿管して人工呼吸器をつけるとか電気ショックをかけてみるとかの延命処置については病気になる前に本人が意思表示していたり、それまでの病状から回復が望めない場合などには「延命処置はしないで静かに見守って頂きたい」方に〇をつけるが、本人の意志表示がなかったり、少しでも延命してもらいたい気持ちが強い場合には、「延命処置を希望します」の方に〇をつけることになるが、時代と共に後者は減少して現在では殆どの家族が前者に〇をつけている。胃ろうや鼻管栄養も延命処置の一つだが、この処置についてはほとんどの家族が食べられなくなったのなら何とかして栄養を入れてやってくださいとその処置を希望する。最近稀なケースに遭遇した。87歳男性、脳梗塞で会話は出来ない。左手だけ動かしているが、意志をもって動かしているのではない。前医から脳梗塞後のリハビリお願いしますと送られてきたが、食べることが出来ないので点滴をして栄養を補いながらリハビリを行ってきた。点滴の針も段々入らなくなってきたので鼻管栄養に切り替える話をご家族にしてみた。多くの場合は「お願いします」になるのだが、このケースでは「もう一度子供達で話し合ってみます」と回答を持って帰られた。鼻管栄養になると記憶も判断力もない今の状態で何か月、何年も生きることになり、それが果たして父親のためにいいことなのだろうかと考えてのことだと思う。話し合った結果はこちらに知らせてくれることになっているのでお待ちしている現状である。
2026.06.14
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南天の花昨日仕事終わって帰ってきて歩数計をみたら、6278歩を歩いたことになっていた。職場内の廊下や階段を歩いた数字である。土日など勤務に出ない日は数十歩くらいで殆どゼロに近い。現在高齢化の波が押し寄せており、定年後とか何らかの理由で仕事を辞めた後の生活が重要視されている。私の場合、定年後、誘いがあって、第2の勤務を続けてきたが、それも間もなく終了するつもりである。仕事に出勤しなくなった後について考えてみた。上記のように仕事している間は自動的に5~6000歩歩くことになるが、仕事が無くなったら家に閉じこもって殆どゼロ歩の生活になってしまうのではないかと思う。仕事がなくてもウオーキングに出かけて5~6000歩歩いている人もいるので、その気になれば運動不足に陥らないで済むかも知れないが、その気になるかが問題である。仕事している時は仕事につられて知らないうちに歩いていたが、今度は自発的に歩かなければならない。この自発が問題だと思う。仕事を辞めればその分自由時間が増えるが、何もしないでぼんやり暮らしていたら老化はどんどん進行していくと思う。散歩や家庭菜園、庭の草取、ピアノや読書などの計画を立て、それをきちんと実行していくようにしようと思っている。
2026.06.12
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ベルガモット・モナルダ(松明草)終末が迫っている老体の身で何をたわけた事をとお思いかもしれない。歩くのもかなり辛くなってきたし、畑作業などほんの少ししただけで疲れるし、机の上や下に溜まっている書類やガラクタを片づけようと思っていながら3日も4日もそのままになっている。相当重症の老人病だと思う。その、僅かな人生しか残っていない人が生まれ変わった気持ちでとはピンとこないと自分でも思う。しかし先日96歳の方が毎日新幹線で通勤し、常勤医として働いている記事を見て、自分はもうかなり年取ってしばらくしたら終末を迎えるという考えが強すぎると思った。96歳の石岡国春医師にも悩みや苦しみの時もあったかもしれないが、インタビュー記事を見る限り、私のようにもう年寄りだからダメだと思ったことがなさそうなのである。人それぞれ人生について色々感じて色々考えていると思うが、少なくとも96歳の人で、歳を取ったからダメと考えていない人がいたことを知ったのは大きな光明になった。自分も年取ってはいるがあまりそのことは考えないでやれることに取り組んでいこうと思った。生まれ変わると言うのは少し大げさかもしれないが、考え方をがらりと変えて、自分は年寄りだ、年寄りだとあまり思わないようにしようと思った。
2026.06.09
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イトバハルシャギク96歳の現役医師、石岡さんの記事を読んだ。仙台に住んでいて岩手県の花巻市のリハビリ、老人センターに水曜日のみ研究日で、月、火、木、金の4日間新幹線で通勤しているとのことである。自身はペースメーカー装着しており、体力は低下してきているが医療の修行はいつまでも終わりがないと考えており、要請があればどこの病院でもお手伝いする気持ちがあり、未だにいつ辞めると考えたことがないとのことである。私の場合は、体力の衰えを感じて、辞める時期を既に決めているが、私より10歳以上ご高齢の先生が辞めたいと思ったことがないというのだから驚いた。手術とか高度の医療技術を使うことはないが、患者さんを慰め、励ますことは出来るとのことである。歩くことが好きだったので仕事をして新幹線で帰宅後は1日6000歩歩いているとのことである。仕事面で色々な患者さんに対応していくためにも、茶道、お花(華道)、油絵などの趣味にも打ち込み、自身の引き出しを多くして、日頃から徳を積んでいくことで良い医療が実践できると考えているとのことだった。80歳過ぎたら周りにきちんとした医療を続けている人は殆ど見当たらず、誰をお手本に生きて行ったらよいか分からず、苦悩を感じた時もあったと思われるが、淡々と90歳過ぎ、そして95歳過ぎまで現役常勤医師がおられたとは驚きで、私が心に決めた勤務を辞める時には、医師的なことも一切やめると思ってきたが、石岡先生の記事を読み、それでは無責任、自分勝手かなと思えてきた。
2026.06.07
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サントリナ巨人軍阿部監督が退任して橋上代理監督になってから勝ち続けており、以前より勝ちっぷりがよく、強くなったような印象を受ける。安倍フアンにしてみれば複雑な気持ちだと思う。痛ましい事件で辞任した巨人生え抜きの阿部氏に同情している人は多い。どこの馬の骨か分からない橋上氏に代わった途端勝ち続けても素直に喜べない面もあるかも知れない。しかし私は巨人以外のチームのフアンだがフアン心理としては勝つことが第一で、監督がどうの、主力選手がどうの等は考えている余裕がないように思う。贔屓チームが勝てば喜んで安らかに眠れるが、負けると監督の采配や選手の不甲斐なさをあれこれ考えて悔しくて悲しくて中々眠れないものだ。フアンとは不思議なものである。勝敗に一喜一憂して生活や仕事にまで影響する。勝っている時はいいが、負け続けると自暴自棄になったりする。そんなに熱をいれ、悲しんだり、喜んだりしたからといってどうなるものでもない。選手たちにしてみれば「フアンの皆さんがご自分のこと以上に喜んだり悲しんだりしてくれるので頑張ろう」と思うかも知れないが、練習量が足りなかったり、能力がなかったり、監督の采配が悪かったりすると負けてしまう。そしてフアンは悔しがる。どうすることも出来ないのである。心の平安を得るためにはフアンを止めてしまうのが一番だと思うがそれも出来ずに平々凡々と続けてきているのがフアン稼業だと思う。巨人の成績によって世の中の大半の人々の心の状態は決まる。他チームフアンの心の状態もチームの成績によって決まるので、プロ選手はフアンが納得する試合を展開してもらいたいと願う。
2026.06.06
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スパティフィラム今朝の朝日新聞朝刊の鷲田清一さんの「折々のことば」に古井由吉さんの随筆「裸々虫記」からの引用で「人は過去に引っ張られ、未来に引っ張られ、いわば前後に存在を広げて生きている。だがその広がりが急に狭まると人は「現在地、現在時」を見定められずに前後不覚に陥ると述べていた。私達は過去と未来の広がりの中で生きているが、年齢によって未来の広がりが大きく感じられる時と過去の広がりが大きく感じられる時がある。子供の時は過去の広がりはほんのわずかで未来の広がりが殆どである。年とると反対に過去の広がりが大半で未来の広がりはほんの少しになってしまう。今の自分がそうで、昔のことをよく思い出し、あれもできた、これもできた、あの人と会って話をして楽しかったなど過去の事ばかりが思い浮かぶ。あの頃は若くて何でもできた。でも今は未来に向かっては何もできそうにない、広がりが急に狭まっていて窒息しそうになる。「折々のことば」の中で鷲田さんが言いたかったのは高齢になっても生きる空間を狭めないで特に未来の広がりを広げようではないかと言うことだと思う。私を含めて老人には未来はないと思っていた人が多いと思うが、そういう人達に目覚ましの一撃を加えてくれたのではないかと思った。その目で見れば老人には老人なりの未来があるはずだと言いたいのだと思った。私は今老年時代の真っただ中にいる。過去の事ばかりが広がっている状況にあるが、この際、古井さんや鷲田さんの言葉を足がかりにして、過去のことは切り捨てて未来を広げて生きて行こうと思った。
2026.06.04
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アジサイ 咲き始め 他チームの選手には背名前が入っているのに巨人軍選手には背名前が入っていない。私は65年以上前からプロ野球の国鉄スワローズ、サンケイアトムズ、ヤクルトスワローズと名前は変ったが金田投手のいた国鉄スワローズ時代から現代のヤクルトスワローズまでずっと変わらずスワローズフアンである。しかしプロ野球フアンなので球界の盟主である巨人のことはヤクルトの次に気になる球団である。テレビを観るとその巨人選手のみ背中に名前が入っていなくて選手を凄く可哀そうに思う。新人もいれば外人もいる。プロ選手であればだれもが自分を世間で知ってもらってアピールしたい。それを球団によって阻止されているのだ。私は「選手が可哀そうだしフアンも新人選手の名前が分からなくて楽しみが半減している」と球団社長に一昨年手紙を書いた。返事を頂けずそのまま名前なしの状態が続いている。聞くところによると選手の名前を入れてやって欲しいという要望書は一杯届いていいるが球団幹部の伝統への固執と巨人選手なら背名前がなくてもすぐ覚えてもらえるというおごりがあるとのことだ。そのような態度のお陰で、巨人フアンはどんどん減っている現状がある。巨人上層部の選手個人の気持ちを大事にしない態度やフアンの要望も無視している姿勢は成績にも関係してきていると思う。常勝巨人のイメージも薄れつつある。フアンの間ではビジターの試合だけでも背名前を付けてもらいたいという要望があるが、それさえ現時点では取り組んでいるように思えない。これでは球団幹部の伝統への固執によって選手名無しのままの巨人軍はやがてフアンから見放され、消滅していくかも知れない。球団幹部の猛省を望むところである。
2026.06.03
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紫陽花 ダンスパーティーリハビリ病院に勤務しており、重症で手の尽くしようがない患者さんも受け持つことがある。4年前67歳のアル中患者さんを受け持った。進行してウエルニッケコルサコフ症候群になっており、歩くことも出来ないし、意思表示もできない。一般的には回復不可能な状態と言われており、尿路感染や腸閉塞その他の合併症で急性期病院に入院したり当院にも3度入院した。当院入院時にはリハビリを懸命に行ったが進歩は少なく、日常生活への復帰は望めないと思われていた。しかし4年後、家族から聞いた話では、懸命な介護とリハビリで歩けるようになり、友達に会うために外出もするようになったとのことである。ウエルニッケコルサコフ症候群になっても家族や医療者の懸命な努力で社会生活に復帰できることもある貴重な症例と思われた。私達の身の回りには回復は無理だろうと思われる症例も多い。しかし諦めなければかなりの所まで回復できることがあるので、一例、一例に真剣に向き合っていこうと思う。
2026.06.01
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玄関前で咲くビョウヤナギ阿部前監督が暴行事件で突然辞任に至り、全国のプロ野球フアンは大きなショックを受けた。翌日の交流戦で巨人は橋上代理監督が指揮を執ったが、気が抜けたような試合で大敗した。しかしその翌日の試合では、気を取り直して見事な勝利をおさめ、巨人フアンはひとまず安心した。所で何故、橋上代理監督に決まったのだろうか。現役時代巨人でプレーしたことがなく、ヤクルト、日本ハムでプレーしたがそれ程の活躍がなく、現役引退後もいくつかのチームの打撃コーチや2軍監督などを歴任したが、目を見張るような業績は上げてこなかった。しかし2025年に阿部前監督の招きで巨人の打撃コーチに就任し、現在はオフェンスチーフコーチという立場だった。緊急事態と言えども、巨人にはそうそうたる有名選手だった人達がおり、現役の2軍監督もいる。それなのになぜ橋上代理監督なのかと怪訝に思った人が多いと思う。私の推測では阿部前監督と橋上さんは同じ高校の卒業生で年齢はかなり違う(阿部47歳、橋上60歳)がお互いに信頼し合っており、阿部前監督の強い推薦があったからだと思われる。阿部前監督の夢の実現のため、橋上代理監督の下で、巨人軍選手は頑張ってもらいたいと思う。ヤクルトの池山監督は現役時代大振りしてホームランは打ったが3振が多く、ブンブン丸と言われていた。現役引退後はヤクルトや楽天その他でコーチをしたりしていたが2020年にヤクルトの2軍監督に迎えられ、2025年まで務めたが2軍の成績はあまり芳しくなかった。2025年に高津一軍監督が辞めて後任監督の選任になり、NHKで解説している宮本とか現役を引退したばかりだが選手にも一般にも人気が高い青木等が次期監督として期待されていた。池山は大雑把なので細かい緻密な野球は無理だろうと専門家やフアンの大半は思っていた。細かい経緯は知らないが池山に決まった時、フアンの多くは失望し、評論家達もこれで最下位間違いないだろうと予想していた。ところが開幕してみたら予想外の展開で勝ち進み、首位争いをしている。バントをしないし、攻撃方法が冴えているとは言えないが、予想とは真反対の結果を出している。殊勲を挙げた選手を迎える時の喜び様は60歳とは思えない位弾んでおり、選手と気持ちが一つになっているのかもしれない。今首位でも今後どのような展開になるか分からないが、いまのところ評論家やフアンの予想を完全にいい方に裏切って善戦している。お二人のチームのご健闘を祈っている。
2026.05.31
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駐車場脇に咲いていたナガミヒナゲシ数週間前に写真を撮り、今は既に枯れてしまっているが、この花も一度は載せさせて頂こうと思って載せた。ヨーロッパの地中海沿岸を原産にする1年草で、繁殖力旺盛で人体に有害な物質を含むとして駆除を指定している市町村が多い。一株で15万粒の種を残す、すさまじい繫殖力だが、「特定外来生物」には指定されていない。上の写真で右端に見える茎の先端にある筒状のものの中に粉のような小さな種が詰まっていたが15万個とは凄い。それが風に乗ったりして全国各地に生えてくるのだが、15万本は生えてこない。着地した種の環境が生育に適していれば生えてきて、花を咲かせて種を実らせるのだろうなと思った。先日アイさん作詞の「まだ旅の途中」という歌に関連して、人生における様々な苦闘や困難は旅の中の出来事であると思えばよいというようなことをブログに書かせて頂いた。ところがヨーガ1950さんのブログを読んだら「人生とは天気のようなもの」という本を読んだと書いてあった。私はまだその本は読んでいないが、人生とは当に天気のようなものだなと思えた。快晴の日もあれば曇りの日もある、雨の日もあれば台風の日もある。まさにその通りだなと思った。体調がいい時もあればどんよりした気分の時もあり、天気に当てはめることができると思った。ところで天気は人智ではどうすることも出来ず、大自然の一環として変化しているが、人生は自然の影響を受けることもあるが、それは一部で大半は自分の心で晴れや曇りを現出している。自分の心で人生の天気は変えることが出来るのである。スカッとした元気満々の日常天気は自分の心で現出できることを悟った。しかし体調は日によって異なり、年齢によっても異なって、どんよりした曇り空ばかりのご老人もいる。しかしそれは自然界の天気と違って自分で変えることができる天気と分かっただけでも救いになると思った。
2026.05.30
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ヒメオウギ今日の回診で87歳の女性患者さんから看護師に対する不満を聞かされた。その患者さんが隣の人との境目のカーテンが変に吊り上がっていて気になると進言しても真面目に取り上げてくれないで、気にしないで下さいとか、横を向いて寝なさいとか怒ったように言われたとのことだった。私は一人一人の患者さんに、いつも優しく、要望にたいしては出来得る限り叶えてやってもらいたいと願っており、実際皆さん親切に対応してくれていると思っていたが、今日はかなり激しい口調で不満を言われた。このような場合、該当すると思われる看護師に厳しく注意する方法があるが、私は生来気が弱くて該当の人に注意できないで来た。「患者さんにはこのように接するのですよ」と身を持って示して、直接注意したり怒鳴ったりはできない性質だった。しかし委員会などではこのような例があったと発言して是正を求めるが直接該当者に注意はできなかった。今回のケースでは患者さんの言い分と看護師の言い分両方を聞いてみないと分からない面もあり、いきなり注意はできない。しかし私は57年間何があっても患者さんのため、患者さんが少しでも良くなることを願って仕事をしてきた。そして今その業務にも終止符を打とうとしている時、医療者としての理想を掲げてきた人間として、自分だけ患者さんに優しくしていればいいのでなく、周りの人も心を合わせて一緒にそれを努力していかなければ意味がないと実感した。長年培った自らの仕事に終止符をうつ期限も迫っている。自分の性格がどうのこうのと言っている場合ではない。自分が、うとまれても、嫌われても、反発を受けようとも、言うべきことはキチンと言って、共に楽しく有意義に仕事できるように努力していこうと思った。
2026.05.29
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カシワバアジサイ昨日の朝の6時25分からのテレビ体操の前にNHKの合唱コンクールの課題曲「まだ旅の途中」という合唱風景が映されていた。作詞は歌手のあいさんで詩の内容はどんなに辛い苦しいことがあってもそれは旅の途中の出来事でそれらはみんな自分の経験になり宝物になっていくのだという内容だった。旅の目的地は何処なのかについては、例えば進学、就職、恋愛、理想の達成など目標を達成した状態と言うことらしかった。様々なことで落ち込み、打ちひしがれている少年少女達に対してそれは旅の途中であり、それはなんら打ちひしがれる必要がないので元気を出しなさいという励ましの歌だった。6時25分のテレビ体操が始まる前の隙間時間の映像だったが妙に私の心に突き刺さった。あいさんが想定していた人達は若者だったと思われるが、老人に対しても同じだと思った。若者たちの旅の途中で起こる出来事は友人とのいさかい、何度も挑戦したが失敗続き、彼氏、彼女に振られた、少しも進歩しない自分の能力に対する失望等だと思われるが、老人になると疲れやすくて思うことがなかなかできない、背中や腰が曲がって北京原人みたいになった、歯や顎が悪くて噛めなくなった、尿が近くて漏らしてしまうのでどこにも行けない、等自分の健康に対する悩みや苦しみが多くなっているが苦しみは同じだと思う。やはり旅の途中なのだと考えると心が軽くなりそうに思えた。老人の場合は旅の目的地は安楽死に定めている人が多いが、その目的地だと未来がパッと開けるというイメージにならない。あいさんは老人の旅の目的地は想定していなかったようだが、老人は自分達でそれを作る必要があると思った。旅には必ず目的地がなければならないとはかぎらない。人に親切して自分もまた他人から親切にされて楽しい旅だったということもある。先が短い老人は壮大な理想とか計画などは描きずらい。その人の満足する生き方が旅の目的地でいいのではないかと思った。老人になっても上記のように、体の悩みを中心に様々な悩みがある。でもそれは旅の途中の出来事でくよくよしたり、落ち込んでばかりいては楽しくないし、いい旅とはいえないと思う。「人生全て旅の途中の出来事と思え」は全ての年代の人に言えることで、この世を少しでも楽しく生きる方便だと思った。
2026.05.27
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赤いバラ チャールストン庭の一角に一輪だけこの赤いバラが咲いていた。植物は季節がくれば枯れて雌伏し、そして芽を出す季節になると蕾をつけて花を咲かせる。昨日は日曜日で午後ピアノレッスンがあり、その後大相撲の千秋楽を観た。小結若隆景が優勝決定戦で大関霧島を破って優勝した。優勝後若隆景の父親が「ケガしたり、大関とりに失敗したり、いろいろありましたけど、常に上を目指して、気持ちで頑張っていたので、頼もしかった。下を向くことが一切なかった。『絶対に勝ってやる』という気持ちで4年間やっていた」と、気持ちの強さに敬意を表していた。親から見て下を向くことが一切なかったとのことだが本人に聞いてみないと分からない。何度も何度も「これでだめか」と思ってきたのかも知れない。結果がすべてなので下を向いたこともあったかもしれないが父親からみたら一切なかったとのことだ。気持ちが揺れるのは人間の常だが、どんな状況になっても心を前向きに戻して挑戦していくことが大事なのだなと思った。
2026.05.25
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ラベンダー文化連情報5月号に山形大学医学部の中西淑美さんがトランプ大統領と18-19世紀に人間の理解、感情、社会制度を体系的に発展させた知的運動であるスコットランド啓蒙の中心者アダム・スミスとの比較について書いていた。アダム・スミスは「道徳感情論」と「国富論」を書いており、前者は人間がいかにして道徳的になるかを論じた本であり、後者は世界はどのようにしたら豊かになれるかを論じた本である。其の2冊の本を通じて国富論で描かれる経済人は道徳感情論で説かれた共感や公平な観察者の視点を持った人間でなければならないと論じている。トランプ氏の関税などの経済政策や軍事外交政策、移民対策などを近代経済学の父と言われるスミスの考えと照らし合わせて詳しく述べていた。全てを述べると長くなってしまうので移民、国境問題について紹介させて頂く。トランプ氏の移民抑制政策は「自国民の安全と職を守る」という排他的なエゴに基づくが、スミスの思想では共感が大事になる。人間は他者の苦しみや喜びに共鳴する本能(Sympathy)を持っており、これは本来国境を越える普遍的なものであり、物理的、心理的、に近いものにより強く共感する同心円状の共感も認めていた。トランプ氏的エゴは「自分達の利益が最大化されるなら、他国の窮状や移民の権利は2の次である」との考えだが、スミス的道徳では「もし自分がその移民だったら、あるいはその貿易相手国だったらこの政策を正義と感じるかと自問する必要がある」と相手国との共生を第一に考える必要があると述べていた。人類は進歩していると信じられてきたがスミスの時代より3世紀後に逆にかなり退化しており、反省、修整していく必要があると思われた。
2026.05.23
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キョウカノコ十両最下位の炎鵬が本日明生を破って8勝して勝ち越した。5連勝と最高の出だしだったが、あと1勝になってから3連敗して危機感があったが本日見事な試合で勝ち越した。昨日は土俵際でもつれたが押し出しで炎鵬の勝利と思われ、行事も炎鵬に軍配を上げたが物言いがついて炎鵬の負けになってしまった。本人もフアンもがっかりし、このままずるずると負けて勝ち越せないのかとの不安がよぎったが本日落ち着いた相撲で勝利をつかみ、来場所も十両に留まることが確実になった。炎鵬は幕内時代167㎝と小さな体なのに、果敢に攻めて奮闘し、多くの相撲フアンの心を鷲掴みにしてきたが、無理がたたって頚椎を痛めてしまい殆ど歩けない状態になってしまった。3年間殆ど寝たきりのような状態になってしまい引退も取りざたされたが、熱心で優秀な理学療法士と出会い、不屈の精神でリハビリを続けて奇跡的に復帰し、序の口から勝ち上がり、史上初、幕内まで上がった力士が序の口まで落ちて十両に復帰したのである。昔の炎鵬を知る人は勿論、初めて炎鵬を見る人達も夢中で手に汗握りながら応援してきたが、ひとまず勝ち越せて大喜びしている。十両にカムバックした時の炎鵬の言葉「諦めないで努力してきてこのような栄冠が得られて嬉しい」をさらに輝かしいものにすることが出来て本当に良かった。残り後二日間の試合と来場所の活躍を大いに期待するものである。
2026.05.22
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ホタルブクロトランプ氏は軍事力からみてイランごときは一捻りで潰せると今でも考えているようだ。自分達は保有していてもイランには絶対核兵器は造らせないとする姿勢は世界平和の観点からは支持できるが武力だけでそれを達成しようとするには無理がある。イランをよく知りイスラム原理主義をよく知るべきだと思う。世界各地にイスラム原理主義が広がりを見せており、イランはそれを最も忠実に実践している国家である。アッラーには1日5回礼拝するが他は偶像だから礼拝してはならない。断食月ラマダンの厳守、豚肉を食べてはならない、酒を控えて貧者には施し、一生に一度はメッカ巡礼を実践せよ、コーランの言葉には一言一句違えてはんらない、そのコーランにはイスラムの教えに従わない不敬虔なやからや異教徒を制圧もしくは排除、滅亡させよと命じている。日本の朝ドラ「おしん」の視聴率は90%を超えており、親日国家であるがそれは貧者おしんが健気に生きていく姿に共感したからである。武力でなく、イランの文化をよく知り、平和的に交渉していく術を行うべきだと考える。
2026.05.20
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ゼラニウム最近ではいつも感じていることだが、昨日の有価物当番で特に強く感じたことは体力の衰えである。それに伴って気力も衰えていくものだが、体力の衰えより少し遅れてくることが多く、そのアンバランスで悩んでいる人も多い。こうしたい、ああしたいという気力はまだ残っているのだが、それに体力がついて行けないのである。そのような現実に何度か遭遇することにって次第に気力も衰えていくものと思われるが、心の奥にある感情はそれらの現状をみて寂しさを感ずる。無理して明るく振舞っても、気力を充実させようと神仏に祈っても簡単に解決できる問題ではない。これらを解決するカギは習慣だと思う。毎朝散歩する習慣のある人は、体力、気力の衰えに関係なく周りの花々をみて心を安らげ、体調をも整えることが出来る。私の場合も朝ドラを観ながら朝食を食べ、勤めに出たら掃除のおばさんからリハビリ担当者等全てに丁寧な挨拶をして朝の仕事に入る。これが習慣である。体力、気力が衰えても習慣さえあれば、負けることはないと思えてきた。今からでも遅くないので良い習慣を身につけて行こうと思った。
2026.05.20
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ブルースター自治会で当番を出し、月に一回有価物取集協力の当番がある。誰もが年に一回当番になるが、その当番日が本日であった。朝6時からペットボトル、アルミ缶、鉄缶、色なし瓶、色付き瓶、等を仕分けして袋に詰める作業である。今回5人が当番に当たり、そのうち私が責任者ということになっていた。数日前から緊張し今朝は5時半に目覚まし時計を合わせていたが、4時頃には目を覚まし、責任者が遅れてはならないと顔を洗って5時40分位に現場に到着した。まだ誰も来ていなかったが一人でペットボトルを袋に詰めていたらもう一人の人が来てくれてしばらく2人でしていたら6時になったら残りの3人が来てくれて、あっという間に片付いて6時20分頃にはほぼ終了した。そこで私は皆さんに「まだこれから有価物を持参する人もいるかもしれませんがほゞ終わったのでお終わりにしてよいと思います」と言って解散した。私は責任者なのでしばらくその場に立っていたら一人の女性が「決められた7時まで一人でしてくれるのですか?」と心配そうな顔でのぞき込んでくれた。「いやいやちょっとだけ残って様子見て帰りますよ」と言ったら心残りしながら帰っていった。全部で男3人、女2人の合計5人のチームだったが皆さん協力しながら手際よくパッパと仕事して相手を思いやる共同意識も芽生えていた。私が最年長で、住民持参のビニール袋に入ったペットボトルをビニール袋を破いて取り出す時、他の人達は簡単に破いていたが力のない私は結構大変で、鋏をもってくれば良かったなと思った。7-8分その場にいて、ペットボトルなどを持参する人がいないようだったので私も帰宅してリポビタンDを飲んで休息した。その後はいつもの日と同様、朝ドラ「ひまわり」と「風薫る」を見ながら朝食を食べて出勤した。少し疲れたが気持ちの良い朝であった。
2026.05.19
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スプリングピクシー昨日の新聞に市立札幌開成中高教育学校の栗林 輝(くりばやし ひかる)さんが、 ISEF 2026 の最高賞「ジョージ・ヤンコポーロス革新賞」を受賞し、 日本人として史上初の世界一に輝いたことが載っていた。研究内容はロボットの関節や折り紙で紙を折り曲げる時の曲がり方をコンピューターで全て解明できる方法を発明したものでロボット産業や動的医療機器の開発などに応用できる画期的な研究で世界最高峰の研究を高校生がやり遂げたということで賞金も1600万円とのことだ。凄いことで私もその研究内容を理解しようと何度も読んだが私の理解できる範囲をはるかに超えており、その辺の大学教授の理解をも超えていると思った。いずれにしても凄いことで高校生がノーベル賞を取ったようなものだと思った。我々の理解のレベルからは遥か遠い所にあるが、今後第2、第3の栗林君が出現して科学王国を築いてもらいたいものだと思った。
2026.05.18
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サツキアメリカはイランとの戦争中でトランプ氏は習近平氏から積極的戦争協力を期待したが、ホルムズ海峡解放、早期戦争終結に向けての協力、農産物や戦闘機の中国への大量輸入協定に留まった。アメリカ有利の協定でトランプ氏は満足してもよい内容だったが、表情は冴えなかった。それはもう一つの難題、台湾問題があったからである。日本の高市総理は台湾有事の場合は緊急事態対応をすると発言したが、それはアメリカも同様歩調を取ってくれると想定しての発言だった。しかしトランプ氏は日本も台湾もそれ程重要には思っていなかったのである。アメリカは既に議会で台湾に約2兆円の武器輸出を決めているが、習近平氏は何があっても台湾は中国の領土であり、その台湾にアメリカが武器を輸出することは大騒動を起こすことになるとトランプ氏に釘を刺したのである。トランプ氏はアメリカファーストであり、アメリカの直接的、間接的利益第一なので同盟国のことも最終的にはどうなっても仕方ないと考える人である。日本が一人台湾に肩入れしていてもトランプ氏にとっては今は中国の方が重要である。大きな摩擦を抱えるよりも中国との良好な関係を築く為に台湾への武器輸出を中止するのではないかとの見方が出ている。世界的戦争回避の観点からは歓迎すべき判断だが、梯子を外される高市政権は今後の中国政策について慎重に対応していく必要があると考える。
2026.05.17
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ドウダンツツジ誰もが不幸な少年少女には「希望を持とう」と呼びかける。それは今がどんなに苦しくて辛くても希望を持てばきっと未来が開けて幸せになれると想像できるからである。しかし惨めな老人達に同じ言葉をかけてもぴんとこない。あと少ししか先がない老人達には希望と言っても実感が湧かないのである。希望とは将来への明るい見通しのことで若者にはそれがあるが高齢になればなるほどそれは見えてこない。私は今、高齢の真っただ中にあり希望のない生活を送っている。しかしそれでいいのだろうかとふと思った。高齢になっているのに若者の望むようなことを望んだら無断にもぶち壊され惨めな思いをするだけである。希望とはその年齢に相応しい希望があるはずだと思った。希望の内容は個人個人で異なるが、それを見つけ出すのが人生ではなかろうかと思った。老人になったら希望は持てないということはなく、その年齢ごとの希望があるものである。全ての老人に「希望を持ちましょう」と呼びかけたい。
2026.05.16
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地植えのアマリリス私は歯というかかみ合わせで悩むことが多い。1年位前に保険が利かないAIを使ったかみ合わせ検査を受けてその結果に基づいて歯を削ってもらった。4000円位だったが結果は少しも良くなっていなかった。別の歯医者さんに行ったら右奥のかみ合わせが低いですねと言われた。AIかみ合わせ検査後の修正はもっぱら削ることなので低いのは治せなかったのだと思った。その頃顎が外れてしまい、口が空けなくなり物が食べられなくなった。歯医者さんに行ったら低い歯が原因で顎が外れたのかも知れないのでその低い所を人工樹脂で埋めて高くしてくれた。それでも顎の痛みは相変わらず続き、医大病院に紹介されて顎のレントゲンを撮ってもらったがレントゲン的には顎には異常はなさそうだとのことだった。でも噛みずらいので2軒の歯医者さんに調整してもらったが一向によくならない。かみ合わせがしっくりしないので顎が痛かったり、寝ている時に歯が触れ合って眠れなかったり、頭痛がしたり人生の苦しみを味わってきた。今日診療の合間に当院併設の歯科受診して右が高くて噛みずらい話をした。担当は若い女医さんだったが前の歯医者さんが低いと判断して高くしてくれたのだからあまり削ると低くなってしまいますので、少しだけ削ってみましようか、と少しだけ削ってくれた。その後昼食を食べてみたら、完全に良くなっていた。あれだけの苦しみが、ほんの数分の、ほんの僅かな削りで治ってしまったのだ。長年の苦しみから解放されたので大きな幸福感に包まれた。ほんの僅かな高くするつ付け足しでも、ほんの少しの削りでも患者を地獄に落としたり、天国の気分にさせたりするものなのだなとつくづく思った。
2026.05.15
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松葉牡丹頸髄損傷で3年間ほぼ寝たきりだった力士が十両に復帰したことだけでも大相撲始まって以来の快挙だが、その小型軽量力士が初日以来大型力士を次から次に破って本日も勝って4連勝とした。勝負の世界だから明日からどうなるか分からないが、凄いことである。土俵上での相手との立ち合いの時には焦る気持ちと勝ちたいの一心で胸はドキドキして硬くなってしまいがちだが炎鵬は落ち着いてしっかり手をつき、相手を見ながら立ち上がって前に突き進んでいる。身長が167㎝と小兵だが、堂々と相撲を取っている。はたから見ると心が澄んで平常心のように見える。想像を絶する苦悩を乗り越えた力士中の力士、炎鵬の活躍を心より祈っている。最近自分も年齢からくる衰えで挫折することが多くなったが、私などよりはるかに厳しい困難を乗り越えた炎鵬が平常心で一番、一番の試合に全力を出し切っている姿を見て、自分もしっかり発心しようと思っている。
2026.05.13
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カルミア11日が母の命日なので昨日の日曜日に田舎にあるお墓に母が植えたシャクヤク、今咲いているカルミア、シラン、アヤメなどの花を持参して墓参りに行って来た。車で50分位かかるところなので、今年の11月には車の免許を返納するので来年からは行けるかどうか分からない。その田舎に私より3歳下の妹が住んでいる。今81歳で10年前にご主人を病気で亡くしているがすこぶる元気で私達が甲府から墓参りに行くと必ず自分一人で作っている野菜をお土産にくれる。昨日はゴボウ、玉ねぎ、フキ、イチゴ、ニンニク、胡麻を用意しておいて渡してくれた。季節のものを作って農協に出荷してお小遣いも稼いでいるとのことだった。それ以外にカラオケに行ったり卓球、ボーリング、体操教室、料理教室、健康講座などで毎日が忙しくて退屈していないとのことだ。ご主人を亡くして子供達も独立して一人になってしまい、寂しい生活をしているかと思いきや、野菜作りや色々な趣味の生活をエンジョイしている。我が夫婦も高齢になり、どちらが先に逝くのかと心配して口に出すことがあるが、問題は残された方だと思う。妹のように一人になっても元気で生き生きした生活ができたらいいなと思った。
2026.05.11
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明日からの大相撲夏場所に炎鵬が十両で帰ってくる。幕内経験者が序二段よりさらにその下の最下位の番付の序の口まで番付を下げた後で十両に復帰するのは史上初めてとのことである。炎鵬は身長167㎝、体重101kgの小兵である。しかし体の大きな力士に対しても怖気ることなく真っ向から勝負して、捻り技を得意技にして土俵を沸かせていた。しかし3年前頸椎ヘルニア、頸髄損傷という大怪我をしてしまい、医師からはもう相撲は無理、病気を治す方に専念した方がいいと言われて殆ど寝たきりの生活になってしまった。ある時有能なリハビリ士に遭遇し、療法を受ける過程で、職場復帰できるかも知れないという希望が湧いてきた。懸命な努力の末、序の口や序二段で相撲が取れるようになり、遂に明日から十両として相撲がとれることになったのである。凄いことだと思う。寝たり起きたりの生活の時も、力士への復帰ばかりを願い、諦めていなかったとのことである。現在31歳でもうそれ程若くない。引退して第2の人生のことを考えたこともあったかもしれないが、十両迄カムバックしてきたということは凄いを超越している。ずば抜けた精神力の持ち主だと思う。なんとか頑張って勝ち越しするように祈っている。今は亡き母が40年前に田舎から甲府に引っ越してきた時に植えたシャクヤク妻がそのシャクヤクを花瓶に挿したところ
2026.05.09
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庭のオオツルボ今「開運なんでも鑑定団」を観終わった所である。太平洋戦争中、日本海軍駆逐艦「天霧」艦長・花見弘平が、若き日のジョン・F・ケネディ中尉の魚雷艇 PT-109 を撃沈した。ケネディは海に投げ出され負傷して泳げない部下にロープをつけてそのロープを口にくわえて泳ぎ、無人島に漂着した。そしてケネディもその部下も数日後に奇跡的に救出された。戦後、ケネディは「自分の船を沈めた艦長を探してほしい」と関係者に依頼した。復讐ではなく、自分が生き残ったことをしらせるためと上院議員選挙に向けた激励文を頂きたいと思った。あの撃沈した魚雷艇の船員が生きていたことに驚いた花見艦長がケネディに送った手紙にケネディは感銘を受け、直筆の返礼手紙と文字(“late enemy and present friend”)入りの自分の写真を贈った。英文の意味は昨日の敵は今日の友である。この友情の証が鑑定団に登場し、2000万円の超絶値がついた。想像を超えた高額だが鑑定士は個人と個人の友情、国と国の友情を示す大変貴重な証拠で公の所で保管してもらうのが良いとコメントしていた。ケネディは後に大統領になり、核戦争の危険もあったキューバ危機を救っている。同じ国の大統領でも現在のトランプ氏とは雲泥の違いがあると思った。
2026.05.07
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