今が生死

今が生死

2018.03.04
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カテゴリ: 政治
テレビでは西郷吉之助のために多くの友達が江戸へ行くためのお金を集めてくれて吉之助がやっと江戸に到着して江戸での新しい生活が始まったばかりだがこれから江戸でいろいろ勉強してやがて上司であり師である島津斉彬の急死を受けて苦難の道を歩んでいくことになる。
どこで学んできたのか知らないが南洲遺訓(西郷隆盛遺訓)を読むと西郷は人生や政治、兵法などについてかなり深く広い知識を持っていたことが伺われる。
「文明とは道のあまねく行われるを称賛せる言」の章では文明とは道理が広く行きわたっていることであり建物が立派だとか衣服が美しくてあでやかであるなどを言うことではない。西洋は一見華やかで文明が進んでいるように見えるが実際はそうではない。文明国なら未開の国に対して自愛の心をもって接して懇々と説諭を加えて開明に導くはずなのに現実には相手が未開蒙昧の国であればあるほどむごく残忍に振る舞ってきた。彼らは文明国どころか野蛮国であると述べている。そのような立派な考えを持っていた西郷の征韓論は理解できないという人が多い。
彼は無礼な常識を知らない朝鮮に自分が使節として出向いて説諭してもきっと彼らは自分を殺すだろう。その時に朝鮮を攻撃するなら諸外国からも支持が得られると主張していたが、彼は朝鮮説諭に命をかけることを決意していたのだと思う。彼が使節になることは大久保などの反対で取りやめられてしまったが彼が使節になっていたら日韓関係はもっと別の形になっていたと思う。彼の本心は決して韓国をやっつけることではなかったと私は思っている。





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Last updated  2018.03.04 23:53:50
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