今が生死

今が生死

2021.11.03
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カテゴリ: 生き方
前回のブログで恋愛、結婚、仕事のこと、受験の事、選挙の事、病気治癒など心から願ってきたのに一向にその願いが叶わない時に人々はどうしているだろうか?という事を書いた。多くの人は諦めると思われるが中には諦めきれずに思いつめて自殺したり、破れかぶれになって電車の中で殺傷事件を起こしたり、願いを叶えてくれなかったアニメ会社に恨みを積もらせて火を放って多くの人を死に至らしめたりした。
今回は選挙に落選した一人の想像上の中年男性を例に挙げて書いてみようと思う。彼は世のため人のために尽くしたいと思い製造業の会社に勤めながら自治会の役員や民生委員などをしていた。市会議員にもなって将来は国会議員になって国のため世界のために尽くしたいという願いを持っていた。そして最終的には総理大臣になるのが夢だった。県会議員にもなり次はいよいよ国政に挑戦した。
党派の問題や選挙制度の問題で最初の選挙では落選した。次も落ちた。そして今度の選挙でも落ちた。自分の今までの行動や選挙運動方法を反省したが、それと同時に国や国民のために命をかけて尽くす自分の気持ちを理解してくれない選挙民は無知蒙昧でどうしょうもない人達だと軽蔑した。自分が当選できないのは選挙制度が悪いからだとも思った。神仏にも願ってきたのでこの世には神も仏もないと思った。前に落選した時は元働いていた会社で再就職を受け入れてくれたので何とか選挙の供託金は貯蓄していたが選挙運動費はなかった。こんなに一生懸命願ってきたのに願いは叶わない。自分にはその資格がないのであろうか?破れかぶれになり死にたくなった。自分を落選させたのに人々は平気な顔をして笑いながら歩いている。憎らしいと思った。落ちれば落ちるものである。いくら高邁な理想や夢を持っていても自分が置かれた境遇によって人間なんてこうも変わってしまうものなのだ。もし当選して国会議員になっていたらきっと国民のために粉骨砕身して真っ黒になって働いていたと思われ残念だった。敗残者としてその後の人生に希望が持てずに自殺してしまったのだろうか。その時以前読んだ「何があっても信じ抜けば願いは必ずかなうものだ」の言葉を思ひ出した。
こんなに頑張ったのに3回も落選した。もう次に立候補しても当選するとはとても思えなかったので失望、落胆して死んでしまおうかとも思ったが上記の言葉で目を覚ました。国会議員になるのだ、なれるのだと信ずることが重要だと気付いたのである。客観的にみて3回も落選するような人は4回目も落選する可能性の方が高いが彼が死ぬか生きるかの観点からみると次回は必ず当選すると信ずることによって状況は変わってくる。
自らの選挙運動のやり方を反省し、今回はコロナで街頭にあまり出れなかったが次の選挙に向けて選挙区全域を回って街頭演説していこうと決意した。精気がよみがえってきたのである。結果当選できれば良いが落選するかも知れない。それでもその人の人生は信じるか信じないかで180度違う。人間は信じて生きるべきだなと思った。





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Last updated  2021.11.03 22:27:31
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