今が生死

今が生死

2026.06.04
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カテゴリ: 生き方
スパティフィラム

今朝の朝日新聞朝刊の鷲田清一さんの「折々のことば」に古井由吉さんの随筆「裸々虫記」からの引用で「人は過去に引っ張られ、未来に引っ張られ、いわば前後に存在を広げて生きている。だがその広がりが急に狭まると人は「現在地、現在時」を見定められずに前後不覚に陥ると述べていた。
私達は過去と未来の広がりの中で生きているが、年齢によって未来の広がりが大きく感じられる時と過去の広がりが大きく感じられる時がある。子供の時は過去の広がりはほんのわずかで未来の広がりが殆どである。年とると反対に過去の広がりが大半で未来の広がりはほんの少しになってしまう。
今の自分がそうで、昔のことをよく思い出し、あれもできた、これもできた、あの人と会って話をして楽しかったなど過去の事ばかりが思い浮かぶ。あの頃は若くて何でもできた。でも今は未来に向かっては何もできそうにない、広がりが急に狭まっていて窒息しそうになる。
「折々のことば」の中で鷲田さんが言いたかったのは高齢になっても生きる空間を狭めないで特に未来の広がりを広げようではないかと言うことだと思う。私を含めて老人には未来はないと思っていた人が多いと思うが、そういう人達に目覚ましの一撃を加えてくれたのではないかと思った。その目で見れば老人には老人なりの未来があるはずだと言いたいのだと思った。私は今老年時代の真っただ中にいる。過去の事ばかりが広がっている状況にあるが、この際、古井さんや鷲田さんの言葉を足がかりにして、過去のことは切り捨てて未来を広げて生きて行こうと思った。





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Last updated  2026.06.04 22:14:43 コメント(6) | コメントを書く


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