
Oさんとは泉南の走友会で一緒だったが、神戸に引っ越してからはたまにマラソン大会で出会うくらいである。スパルタスロン大会に出場する資格のひとつである100km10時間半をクリアしたあと体調をこわしてあまり走れなくなった。荷物を預け、仮設トイレに並んで話しているうちにお父さんの年齢が私と同じであることを知った。8時50分までにスタートブロックに並ばないと最後尾に並ぶようにとアナウンスがあった。もう8時45分になっていた。前には10人ほどランナーが並んでいる。一人1分としても間に合わない。「大」がいたらアウトである。Oさんはたまらず「またこのあたりで会いましょう」と言い残して公園のどこかへ走って行った。あきらめて列から離れるランナーが出始めた。20mほど離れたトイレの方が空いてきたのでそちらに行くと並ばずにトイレに入れた。これまで40分近く並んだのはいったい何だったのか。
OさんとBブロックの最後尾に入ったのはスタート10分前だった。ストレッチする隙間もなくあわただしくスタートとなった。5分ほどでスタートラインを通過しても狭い道をランナーが埋め尽くしていて、なかなか自分のペースにならなかった。
2kmでAブロックからスタートしたK子さんに追いついた。2、3日前から風邪をひいていて熱が下がらないということだったがもう汗をかいていて辛そうだった。5kmで今朝、新快速の中で知り合ったHさんの背中が見えた。チャリティランナーは背中に本名が大きく書かれたゼッケンをしているのですぐにわかる。走り始めて3年で69歳ということだった。先月の大阪マラソンを4時間40分くらいで走っているそうだが、4時間を切るくらいのペースでなかなか追いつかなかったが鉄人28号のモニュメントの付近で追いついた。明石海峡大橋を折り返してすぐに橋に向かうOさんに会った。キロ9分で完走を目指している割には速い。自分の方が遅いのか。
5分のロスタイムを入れてグロスタイムで4時間切りが目標だった。直前のLT練習からの予想タイムはは3時間57分で、体重も理想体重の59kgを割り込む日も増えた。20kmまでは予定どおりだったのだが、中間点で2時間をわずかに越していた。須磨浦公園を越えたからキロ当たり6分を超すようになり望みがなくなった。4時間切りどころか今年のワーストタイムで4時間20分もかかってしまった。ゴール後はやばやと会場を後にしたので、Oさんは4:48、K子さんはワーストタイムながら5:55くらいで完走したことを後でメールで知った。
初めての神戸マラソンだったが楽しく走ることができた。沿道の応援が途切れなかった。須磨浦海岸には大漁旗をあげた船がいく艘も見えた。貨物列車が汽笛を鳴らしながら通過た。ポートアイランドも神戸の雰囲気を堪能できた。神戸には片道2時間かけて3年間通勤していたのだが、こんな素晴らしいコースがあるのになぜ神戸の街を走らなかったのだろうか。


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