四万十川ウルトラマラソン60kmの部に参加した。大阪を出発してちょうど10日目になる。8泊9日で四国遍路ランをしていたが、途中足のマメがつぶれて予定の1日平均60km、計480kmの半分も行かなかった。昨年から7人で始めた四国お遍路ランは今回は1人で第19番札所の立江寺から再開して39番延光寺で高知県を済ませてしまおうとしたのだが第32番札所の禅師峰寺と第33番札所の中間の桂浜で今回のお遍路ランを中断した。第5日目は完全に歩き遍路になりその後3日間ほぼ休養したのが結果的には幸いした。
2016年10月6日(木)
熊取~徳島
昼前に家を出て、なんばから高速バスで徳島に。明日からお遍路ランが始まる。前回の中断ポイント19立江寺から桂浜まで265.5kmを5日間で走る予定だ。
2016年10月7日(金)
ビジネスホテル近藤~23薬王子
JR
始発の
牟岐線
に乗り
の
から立江駅に向かった。列車は1時間に1本しかないのでこれに乗るしかな
逆打ちが多い。
20鶴林寺~23薬王子までは
外人が多かった。特に若い女性が大きなリュックを担いでいた。21大龍寺はロープウエーがあるが歩き遍路にはきつかった。薬王寺会館というところに泊まった。
54.5㎞、10:41:59(11:47)
2016年10月8日(土)
23薬王子~民宿徳増
札所はなく移動のみで累積高度は3,000m近かった。走っても歩いても変わらない。足の裏が痛かった。
62.35km、11:41:36(11:15)
2016年10月9日(日)
徳増~ホテルなはり
遍路休憩所にクーラーボックスがおいてあり、中にオロナミンCがいくつか入っていた。お接待とのことで1本頂いた。甲浦を通過していよいよ高知県(修行の道場)に入った。
24最御崎寺、25津照寺、26金剛頂寺と予定通り三つの札所を訪れることができた。
15km(キラメッセ~奈半利)ワープ。後日走ることにする。
32.84km、8:03:53(14:44)
2016年10月10日(月)
ホテルなはり~ベストプライス高知
27上峯寺、28大日寺、29国分寺、31竹林寺、32禅師峰寺
ワープ
25km
(安芸~野市)後日走ることにする。
49.23km、11:39:45(14:13)
2016年10月11日(火)
ベストプライス高知~桂浜
33雪蹊寺、34種間寺を巡って桂浜まで行った。須崎泊まり。
19.35km、5:20:03(16:32)
2016年10月12日(水)
須崎の駅からすぐのところに37岩本寺があるのだが、順番に札所をまわっているのでここに来るのは来年である。昼食をとり外に出て目の異常が起こった。もともと飛蚊症なのだが、左目に粟の粒のようなものが無数に見えてスマホの画面が見えなくなった。近くに公立病院があったので見てもらうことにした。いろいろな検査をしてもらい目薬をさしてもらってなんとか不自由はなくなった。
四万十川ウルトラマラソン100kmの部の定宿である民宿たかはまに泊まった。いつもは車で行くのだが初めて有井川という駅で降りた。
2016年10月13日(木)
15km(キラメッセ~奈半利)ワープ区間を走った。
2016年10月14日(金)
25km
(安芸~野市)ワープ区間を走った。
野良時計を見学。
2016年10月16日
(日)
午前8時20分に大会会場行きのバスが民宿に来るまで対岸の100kmの部のランナーが次々に通過して行くのを見ていた。トップの選手はすでに通過していた。40km少し手前をつぎつぎと通過して行く。100kmの部は午前5時30分スタートだからまだ3時間たっていない。歩いているランナーでも凄い人だ。バスでスタート会場へ行く途中もランナーが見えた。
開会式のゲストは千葉ちゃんだったが、一般でエントリーしていた100km世界記録保持者の砂田さんも壇上に呼ばれて挨拶をさせられていた。午前10時7秒に60kmの部がスタートした。100kmのスタートが7秒遅れたらしい。ゴールタイムを合わせるため60kmの部もそれに合わせた。スタートしてすぐに橋を渡って対岸の100kmのランナーと合流するのだが、すぐには橋を渡らず少し行き過ぎて折り返しする。私のゼッケンは4801だった。ゼッケンは年齢順なので66歳と11日だが65歳~69歳の中ではいちばん若いのではないかと思う。折り返しで出会った4800番台は2人だった。すでに橋を渡っているランナーがいないとしたら現在年齢別では3位となる。うまくいけば入賞できるかも知れない。お遍路ランした後にも関わらず煩悩に満ちているのは前回は6時間18分で60歳台としては6位だったのに、この年から表彰が5歳刻みで3位までと変更になったため入賞できなかった悔しい思いをしたことがあるためである。
今回の作戦は前半キロ6分30秒で押さえておいて、後半できればキロ6分を切るペースに上げることだった。お遍路ランでは3kgのリュックを担いでキロ11分くらいだったが文字通り肩の荷をおろしてずいぶん楽になった。すでに40km、しかも標高600mの峠越えをした後で疲れの見える100kmのランナーを次々に追い抜いて行く。最初飛ばした60kmの若いランナー達も追い抜いて行く。4800番台のゼッケンを探しながら走るがまったく出会わない。15km過ぎ半家の沈下橋の折り返しでも先行する二人はいなかったので二人との差はますます開いていた。沈下橋の先の峠も走って登り歩いているランナーを追い抜いた。22km付近のカヌー館のレストステーションも休憩なしで素早く済ませた。
30km過ぎで作戦とは裏腹に足の痛みがでてきた。つぶれた足裏のマメも再びでき始めた気がする。私のGPS時計は崖の多い四万十ではいつも狂うことが多いがイーブンペースで走っているつもりなのにキロ5分台から8分台まで大きくぶれる。そしてついにキロ2分59秒をたたき出してしまった。それにも関わらず距離表示はほとんど合っている。日本の新製品で発売と同時に購入したものだが、カタログでは電池は15時間持つことになっているが、最近は13時間くらいになり、100kmを走るにはちょっと不安である。そろそろ買い替え時期か。
34kmで初めて4800番台のランナーを見つけた。しかも歩いている。意識的にスピードを上げて追い抜く。カーブで見えなくなったところでゆっくりペースに戻した。すこし元気が出てきた。これで最高で2位も夢ではないと思いながら進んだ。小雨が時折降って暑くもない。給水所もいくつかパスした。
40kmを過ぎて足がますます痛くなってきたが。残り20kmを切ってふだん走る距離となって完走はできると確信した。40kmを4時間15分くらいで通過したので、前回のタイムを切るのは無理で6時間30分くらい、16時台の明るいうちにゴールできると思った。関門通過も3時間以上の余裕があるにも関わらず山道は夕方のように暗かった。道路脇のあちこちに投光器が設置されているがまだ点灯はされていなかった。
50kmを過ぎて前後にはまばらに100kmのランナーしかいなくなった。ほとんど追い越してばかりだが、たまに追い抜かれることがあるが60kmのランナーは見かけない。どの年齢グループも一人くらいは特別速いランナーがいるもので良くて3位くらいかなと思った。残り2kmで住宅街に入り最後の登り坂に差し掛かった。ここでもかがり火の用意がされているがまだ火はつけられていなかった。「おかえり」の応援に手を振りながらゴールを目指す。グラウンドまで前後にランナーはいなかったので名前を呼ばれる中、ゆっくりとゴールテープを切った。高校生がメダルを掛けてくれ、両足のチップ外してくれ、氷の袋を二つ渡してくれた。パイプ椅子にしばらく腰かけて足を冷やした。そして急に雨が激しくなった。
記録証を受け取ったらなんと年代別1位となっていた。掲示されている順位表を確認してもやはり1位となっていた。走り始めて19年、初の入賞だった。昨年の1位は6時間を切っているので、6時間30分超の1位はラッキーだった。これも弘法大師様のご加護かなと思った。

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