知らない道を走ってみたい(新館)

知らない道を走ってみたい(新館)

2017年11月11日
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カテゴリ: 旅
2017年11月10日(金)快晴

淀川についてのいろいろな疑問が解けた。

訪れたのは毛馬の淀川記念館である。一つの建物の中に国交省と大阪市が同居している。このため、いろいろとしがらみがあるようだ。トイレにしても同じフロアにそれぞれ分かれている。我々は国交省の記念館に来ているので奥の国交省用を使用するように言われた。国交省の職員二人が約40分間淀川の歴史や、現在の洪水対策などを説明してくれる。山麓会はとある地方の国立大学の関西在住のOBのウオーキング会である。皆さんもう80歳前後で私より一回り上である。口は健在だが寄る年波で歩く距離は次第に短くなりアルコール会に変わりつつある。この日は8人が集まった。




古代、大阪は河内湾であった。湾に突き出した半島が今の上町台地、大阪城の付近だった。湾にはたくさんの島があり大阪の地名に島が付くのはその名残だそうだ。福島、御幣島、島の内,,,。

江戸時代、30石船は上流に向かうときは川岸で3人の忍足が綱を引っ張っていた。地域割りで途中リレーしながら大阪から京都まで12時間かかったそうだ。中間の枚方の伊加賀あたりで乗客にくらわんか船が接近して飲食物を売るに来た。会計はお茶碗の数でするのでごまかして沈めたお椀が今でも見つかるそうだ。

説明はわかりやすく大変ためにだった。しかも無料である。

琵琶湖から流れ出している川は唯一瀬田川である。これに宇治川、桂川、木津川の三川が合流して淀川となる。滋賀県民がよく言う琵琶湖の水を止めれば京都、大阪は干上がるなどというのは正しくないと思う。瀬田川に三川が合流しているわけだから淀川は流れ続けることになる。大阪には他に大和川など無数の川がある。

もう一つが淀川と大川の関係である。昔は天神祭りのある大川が淀川であり、江戸時代洪水対策のため付け替えたのが現在の淀川(新淀川)である。なお、淀川というのは淀んだ川の意味とか。淀競馬場があるから淀川なのではない。



プロジェクターでの説明が終わって施設見学となる。敷地の外は公園になっていて昔の閘門(こうもん)がそのまま残されている。赤レンガの壁に船を係留するための金具が取り付けられていて水深に応じて上下二つずつ取り付けられている。初期のころは手動で開閉していたそうだ。昔の人は偉かった。










毛馬閘門と並んで水門があり淀川と大川を仕切っている。見学しているのは毛馬の水門と直角の位置にある淀川の水門である。なぜこんなややこしいことをするかというと淀川の方は大阪湾からの高潮対策。大川側は流れ込んでいる寝屋川、第2寝屋川などが増水した時大阪市の中心街の洪水を防ぐため淀川に6台のポンプで排水するそうでその能力は1秒で小学校プールを埋めることができる。甲子園をなぜ埋めるかは別として30分で満杯にするそうだ。




見学のあと隣の公園で宴会の予定。





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最終更新日  2017年11月12日 06時25分50秒
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