2025 年 11 月 16 日(日)快晴

神戸新聞から(右から2番目が私)
午前 5 時 31 分、熊取駅発の天王寺行き電車に乗った。前日の受付は、西九条から阪神電車を利用した。運賃が少し安くなるからだ。前日と当日で神戸に 2 往復することになる。 AI に「熊取から三宮まで安く行く方法」を尋ねたところ、「大阪駅で乗り換えるのがよい」との答え。しかし「西九条でJRから阪神に乗り換えた方が安いのでは?」と問い返すと、「よく気づきましたね」と褒められた。
現役時代、熊取から神戸まで片道 2 時間、往復 4 時間かけて通勤していた。定期券も「熊取〜大阪」「大阪〜三宮」と分割することで、 6 か月で 3 万円近く節約できた。通勤時間が長いことの唯一の利点は、読書の時間がたっぷり取れたことだ。
スタートは L ブロック、後ろから 2 番目のグループ。第 2 ウェーブのスタートは 10 分遅れで、スタート地点にたどり着くまでに 24 分かかった。この時点で、トップグループはすでに 8km ほど先を走っていた。
神戸には 3 年ほど通っていたが、通勤の往復だけで、街中を歩いたことはほとんどなかった。当時はまだ走ってもいなかった。今思えば、六甲山から海岸まで、いくらでもジョギングコースがあったのにと、少し悔やまれる。
このコースは第 3 回神戸マラソンで走って以来、 12 年ぶりとなる。もともとは、酒造会社に勤める娘婿やたまたま同じ部署にいる走友が会社で団体エントリーするというので申し込んだのだが、団体エントリーは抽選に外れ、結局、私一人で走ることになった。
前回の秋田内陸 50km や四万十 60km では、序盤をキロ 6 分前半で入って後半に失速した反省から、今回はペースを抑えて走り出した。ところが、鉄人 28 号のモニュメントを過ぎた 9km 付近で、突然右膝に痛みが走った。医師からは「軟骨がすり減っていて、骨と骨がぶつかって痛みが出る」と言われていた。ペースはキロ 8 分近くまで落ちた。リタイアも頭をよぎったが、これまでも痛みが出た後しばらく走ると消えることがあったので、もう少し様子を見ることにした。
須磨は、入社当時の上司が住んでいた場所で、ヨットに乗せてもらった思い出がある。その上司も、今はもうこの世にいない。 10km
も行かないうちに、トップグループの 2
人が折り返してきた。テレビカメラに映ろうと道路の中央に寄ったが、夜にビデオを確認したところ、映ってはいなかった。快速電車が警笛を鳴らし、海では大漁旗が振られていた。どこかの大会でも同じような光景を見た気がするが、思い出せなかった。 11km
付近の関門は 15
分前に通過。スタート時のロスタイム 24
分は考慮されないため、最後尾スタートのランナーには厳しい設定だ。
膝の痛みはやがて消えた。折り返しまではキロ 7 分 30 秒ほどのペースで走れていたが、今度は左の腰に痛みが出て、走れず歩くことが多くなった。前週の和歌山ジャズマラソン以来、左の背中に違和感があった。前半を抑えて後半にペースを上げるつもりだったが、逆にキロ 10 分近くまで落ちてしまった。折り返し地点で、最後尾のランナーとは 2km も離れていないように感じた。収容車がそのすぐ後ろを走っていた。
ゴールのハーバーランド・モザイクは、かつて勤めていた会社が空調工事を担当した場所だが、訪れるのは今回が初めてだった。かつて女性マラソンの選手が「 4
時間以上走ることができるのはすごい」と言っていたが、 6
時間以上走るのは本当に疲れる。


びわ湖マラソン2026 完走記 ~ コロナ禍… 2026年03月13日
北九州マラソン2026完走記 ~100回目のフ… 2026年03月03日 コメント(2)
北九州マラソン2026完走記 ~100回目のフ… 2026年02月18日
PR
コメント新着
カレンダー
キーワードサーチ
購入履歴