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墨堤 散策
>-----#345
龍一郎と佐紀は龍之介を連れて一日休む事にした。
二人は船宿・駒清の裏口から入った。
「おや、まぁ、橘の若様、お久振りで御座います、奥方様も御一緒で、あらまぁ、お坊ちゃまも御一緒ですか、珍しい事で御座います、ちょっとお持ち下さいな、女将さんを呼んで参ります」
「忙しいのに済まぬな」
「いいえ、どう致しまして」
暫くして、清吉とお駒が飛ぶ様にして二人の前に顔を見せた。
「どうかなされましたか」
「何か大事がありましたか」
清吉とお駒が堰を切った様に尋ねた。
「長命寺へ参詣に参りたいと思うてな、墨堤まで船を頼めるかな」
「な~んだ、船の御利用ですかい、何も大事は御座いませんのですかね」
「何か任を下さいますのですか」
「芝の方は良いのかな」
「三郎太さんとお有さんに今日はお任せして御座います」
「左様か、それで船を願えぬかな」
「はい、何を置いてもお乗り頂きます」
「無理はしておらぬかな」
「戯言で御座います、直ぐに向かいますか、座敷で茶など如何ですか」
「出来れば直ぐにも行きたいのだが良かろうか」
「へい、承知致しました」
清吉が前に出て来た。
「何、清吉殿が漕いで下さると申すか」
「へい、ぜひにもご一緒させて下さい」
「願おう」
清吉が先立ち二人、いや龍一郎が背負った龍之介も入れて三人を船へ案内した。
三人が乗り込み清吉が船の支度をしていると竹籠を抱えたお駒も船に乗り込んで来た。
「御一緒させて頂きます、宜しいでしょうか」
「店は良いのかな」
「はい、主と女将が二、三日留守にして潰れる店は長続き致しませぬ、御心配無用に御座います。
軽いお食事とお茶とお酒と甘味をお持ちしました、どうぞ、お召し上がり下さい」
「お駒様、ありがとう御座います。気を使わせましたなぁ~」
「いいえ、お佐紀様、お気になさらないで下さいまし」
龍一郎は背中の龍之介を降し膝に乗せた。
「龍一郎様、私に抱かせて下さいな」
お駒が龍之介に両の手を伸ばすと龍之介がお駒の手に縋った。
清吉が操る船は日本橋
川を下って隅田川に入り、隅田川を上流
(
北
)
へ遡り、
向島
(
墨堤
)
付近の船着き場で龍之介を背負った龍一郎と佐紀を降ろした。途中、船上で龍一郎、佐紀、龍之介はお駒が用意してくれた食べ物を頬張り腹を満たし茶を飲み喉を潤して
いた
。
「まぁ~、お前様、堤が以前とは随分違いますね、桜の樹が随分増えております」
「おぉ~、其方に伝えてなかったのぉ。何時だったか一人で出かけた事があったであろう、その刻にな、上様に言上申し上げた幾つかの事の一つが、この墨堤の桜の植生であった」
「幾つかのと申されましたが、もし宜しければ、他に何を申されましたか、お教え下さいますか」
「花火を打ち上げてはどうかと申した、だが上様は延焼をお気になされてな、持ち越しとなった。他には
長崎奉行への文にて唐を通して天竺から珍奇な生き物を取り寄せることになっておる。後は、火消しじゃな」
「火消しと申しますと定火消しの仕組みを変えますのか」
「そうではない、定火消しは千代田の城を火災から防ぐ為に創設されたもので、火災の際には城の周りの武家屋敷の火災を消す事を勤めとしているようでな。武家屋敷に隣接する町人町は延焼を防ぐためと申し、壊す必要もない家も壊す様だ。そのため町人たちと度々揉めておるようでな」
「延焼を防ぐためには、止むを得ないのではないですか」
「 お佐紀様、ですがどう見ても壊す必要の無い家まで壊すことが良くあ り、町民と揉める のですよ」
船頭をしている清吉が岡っ引きとしての知恵を披露した。
「それで町屋の火事は町人自身の手で始末をと考えておるのだ」
「それは良い考えで御座いますね」
佐紀が龍一郎に賛同を述べた。
「龍一郎様、広い江戸中の全域にですか」
「お駒、そりゃ~無理な話だろう」
「清吉殿、お駒殿、無理かもしれぬが・・・そのつもりじゃ」
「お前さん、龍一郎様はそれで香具師の元締めだけで無く顔役も調べさせたのではないですか」
「お駒殿、其方は頭が良いのぉ~、清吉殿、其方よりお駒殿の方が十手持ちに向いているのではないか」
「あっしも実はそう思っておりやす」
「旦那様、清吉様と小駒様もお連れになってはいかがですか」
「おぅ、そうじゃのぉ~、清吉殿、小駒殿、二人は長命寺への参詣はおありかかな」
「私は御座いませぬ、お前様ばどうですね」
「俺は仕事が仕事だ参詣は二度、門前町は五度程かのぉ~、実はですね、龍一郎様、一月程前から長命寺様の処へ「店賃集めを任せてほしい」との願いに来る者どもが何人かおりましてねぇ、何度断っても来るらしいのです。それで寺社奉行所へ訴えたらしいのですが、寺社方では誰が来ているかが掴めずに町奉行所へ願ったらしいのです。月番が南町でして大岡様が十兵衛様を通して一朗太さんとわっしの出番になりまして・・・」
「 それで何処の者か解りましたか」
「お佐紀様。それがわっしらが見張っています時は現れませんでね」
「 何度も・・・何日も通ったのでしょう」
「はい、何度も何日も一朗太さんと一緒にです」
「宿はどちらでしたか」
「へい、寺の奥で御座いやす」
そこまで聞いた佐紀が龍一郎を見つめて小さく頷くと龍一郎も頷いた。
「お寺さんに僧侶の方と下役の方は何人いらっしゃいますのでしょうか」
「大体、十四、五名で御座いましょうか」
「正確にお解りでは無いのですね、お名前も御存じないのですね」
「はい、左様で御座います」
「お二人がいらっしゃる時にお見えにならない・・・何故でしょうか、偶然でしょうか」
「あぁ、内通者が・・・考えも致しませんでした」
「確実ではありませぬ、かも知れぬと言うだけで御座いますよ」
「お佐紀様、ありがとう存じます。その様に当たらせて頂きます。
それで、厄介事がもう一つ御座いまして、最近、長命寺界隈で巾着切りが多くなっております、どうも、大川西の組織が所場を広げ様としておる様で御座います」
「何処のものとも解らないのですね」
「はい、何人入っているかも掴めておりませぬ」
「人が多くなれば闇も多くなるという事ですか・・・やむを得ない事ですね、旦那様」
「締める者が善の心の者であれば良い事です、そのような者に心当たりは御座いますか、清吉殿」
「旦那様、お話の途中ですが、もう直ぐ着く様です。そこで、 長命寺への参詣にお二人と一緒ではいかがで御座いましょう」
「おおぉ、どうじゃ清吉殿、お駒殿」
「私は一度は参りたいと思うておりましたので願ってもない事です、良いかい、お前さん」
「勿論だとも」
「船は大丈夫かな、清吉殿」
「網元や船頭仲間が見ていてくれますよ、龍一郎様」
「清吉さん、長命寺、桜以外に見所は御座いますか」
「お佐紀様、見所では御座いませぬが、近頃、山本屋と言う露店の桜餅が人を集めております」
「大人気なのね、美味しいのでしょうね、楽しみだわ。旦那様、道場のお土産にどうでしょうか」
「皆が喜ぶだろう、だが、皆は大食漢だからな、一杯いるな」
「参詣前に願って帰りに貰いましょう、龍一郎様、お佐紀様」
「そうして下さいな、清吉さん」