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何かを始めるとき 何かが拓けるとき 何かを開くとき いつも私の中に流れるメロディーがあります。 私にそれを気が付かせてくれた 大切な大切なUA(ウーア)の曲をご紹介します。 リズム 作詞 UA 音 大沢伸一 貴方の唇に 終わらない夢を見る 今 聴こえだすのは 永遠のリズム もつれてた毎日や 凍りついた朝に こみあげる憧れを いつも信じていた 何をみて 何を愛して 何に傷ついてきたの 青いバラの灯ともして 語り合おう夜明けまで 怯えてた情熱を 痛い時間達を 言葉にならない想いを もう許してあげましょう 貴方の乾いた孤独に 思い出の花を添えて 溢れている 私の孤独を 埋め込みましょう 貴方の口癖に 飾らない夢を見る 今 聴こえだすのは 永遠のリズム 守られる切なさに 溺れてしまわないで 守ってあげたいと思える 強さに逢えるまで 声の届かないときでも1ぼっちの場所でも 片方の手は 必ず つながっているよ 時間(とき)の波を渡って 繰り返しているメロディー 闇夜に降り注ぐ このリズム抱き締めて 幸せの青い鳥が 海の気持ちを 空に伝えるよ 貴方に抱かれ 眠らない夢を見る 今 聞こえ出すのは 永遠のリズム 時間(とき)の波を渡って 繰り返してるメロディー 闇夜まで降り注ぐ このリズム抱きしめて どうもありがとう^^
2006年11月30日
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一つ前の日記で自分という性格に痛手を受けて 撃沈していたのですが とっても幸せな夢を見ました。 設定は何処かの土地を離れる私がいて 別れる前にログハウスのような場所で 会う約束をしていたのでした・・・ ある1人と会う約束をしていた記憶なのですが 何故か子ども~おとな~ご老人まで 人が集まっていて 唄をうたおう!!ということになり 私が指揮者をしているのですが みんなで唄うと音程がばらばらになるので 私がアカペラで音をとって音程を教えていました。 そして夢の中で 音程をとる楽器を買わないとなぁ・・・なんて つぶやいて・・・目が覚め・・・ 早速隣に居たパートナーにシェアしました・・・ すごーくさりげない夢なのですが 私の「夢」の一つにある「夢」でした。 私は今まで色々やってきたけれど 本当に心からやりたいと想うこと 大好きなワクワクすることを 継続してやり続けられたことがない 生き方を選択していました。 子どものとき 心からやりたいことは 何故か、母親に色々誘導され 出来なくなり塾通いになってしまいました。 風を感じるスピードスケート大好きでした。 小学高学年から中学のとき こちらも風を感じるバスケットボール大好でした。 でも、大病をして出来なくなってしまいました。 それからは 自分が楽しくて心から笑顔になれない分 家族や人の笑顔を見られるように 人の幸せを感じられるような ことをやってきてしまっていたようです。 それでも学生時代ライブに通うことだけは お金がなかったり 可愛い格好が出来なくても 絶対に、絶対に行ってきました。 風を光を鼓動を感じてきました。 働いてからは お金が自由に使える状況になりました。 風を感じるスノーボードが大好きでした。 通いまくりました。 しかし、足の骨を折りました+0+ 母親は涙を流して悲しんで 心臓が止まるようなことは辞めてくれといわれ わたしも母の悲しみを見るのが苦しくて 治ってからスノーボードをすることをしませんでした。 意気地なしといわれましたが 悲しみを見たくないのでやめました。 (私の悲しみはさらにまた増えたことにはことのきは 気が付いていませんでした・・・) 唄や踊りを習いたかったのですが 北海道の地方に住んでいて 通うことに断念しました。 札幌近郊に転勤になってから やりたい事をすることが出来ないくらい 仕事が忙しくなりました。 そして、、、 やりたいことが何かもわからなくなるようになり 心の危機を感じ 忙しい合間、必死で生きようと 心の癒やしと勉強にとりかかりました。 私がどうしても譲れないもの。 それは生きているという心地がしたい!! これに尽きるようです。 これを感じやすいのが 唄、踊り、楽器という音楽のようです。 そして、どうにかやっと 心も回復、健全、まっさらになってきました。 やりたいことがやっと思い出して行動できる余裕が生まれてきました。 愛する人も隣に居て 何故か今東京に居るのです。 やりたいことを選べる環境がある。 またそれを深めることができるくらいの プロフェッショナルを選択できる環境に居るのです^^ 涙が出るほどに嬉しくなってきました。 もう、やりたい事をやれない理由は全くないのです。 私の心が踊るような楽しいことをしても 誰も悲しんだり苦しんだりしないのです。 あとは選択して行動すれば やりたいことが出来てしまうのです☆☆☆ 言い訳はもう出来ない環境なのだぁ~^^v まずは血が騒ぐ 吉祥寺を放浪してきます♪
2006年11月30日
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昨日、職場でどうしても自分の心の傷を 感じずにはならない出来事が起きた。 それも意識してなかったから驚いた。 いつもなら、傷を解消するために 自分を良く見せようと頑張った。 それは傷を取り除くことではなく 傷に蓋をする。 傷のことを忘れるくらいの努力と技を習得する。 そうやって仕事で頑張ってきた過去の生き方があった。 けれども昨日はそういう自分を知っていながら そちらに走るのではなく その傷が痛いことの理由を心の中に探っていった。 自分というキャラクターを何処かの組織に所属したときに どうしても譲れない、どうしても変えられない 何故だかわからないけれど、要求に応えられない自分の心 相手はそれに無意識に気がつき 私の特徴、傷をつついてくる。面白いものです。 それを組織に居るとそれは 良し悪しで判断されることが多いけど そう判断されてしまう内容すら 自分の特徴のように思えた昨日だった。 そして、その特徴を受け入れられないから 自分に鞭をうって、自分を誤魔化して その中に溶け込むように、馴染むように、頑張って居ようとするから 余計に私の特徴が相手に伝わり ばれてしまうのかと想ったのです。 なんと滑稽な出来事なのか=0= 認めたくないあまりに 頑張ってしまい さらには相手に指摘され 余計に傷つき でも、自分で認めていたら 相手に指摘されても あまり傷つかない自分が居るわけで この差は大きいなぁと想いました。 まだ、認めていないのか^0^; 昨夜は悲しみにどっぷり漬かり 目を腫らして寝ました。 正直 嘘をつけないのが私の特徴なのです・・・;ー; 適当にやりゃいいのに、ごまかしゃいいのに 嘘はつけない私の性分をつかれた出来事でした^^; 適当とか誤魔化すことが私にとっては一苦労のようです。 ということで、そういう自分なのだと認めることにしました。 そうしたら、次の日とっても素敵な夢を見たのです^^♪ (次の日記に続く・・・)
2006年11月30日
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碧の村 二日目の日記です^^ やっぱり新しい日記っていいですネ^^ 今までの自分とは何かが違う感じがします☆ 整理整頓が苦手な私は なくなってくれて楽だったのかしら? 必要な大切なことは心の中にある気がするので 必要なときに引き出しが開いてくれる自分の心を信じたいです^^ さて、私の東京でのささやかなチャレンジとは 日常生活を如何にささやかに幸せに 感じられるかを お試しするということです。 以前の私は日常生活に不満だらけでした。 何をどう感じても不満ばかり。 総てが創りもの。嘘。のように感じていたことがありました。 自分も、自分の周りも。 起きていること総てが、どうしてこうなのだと。 現実が何でこうも、満足のいかないものなのかと。 生きている意味は何なのかと。。。 そんなことばかり考えたくなくても 考えてしまうほど、心は迷宮入りだったわけですが あるきっかけで自分の心の探求をすることを 学べることになりました。 様々な人、様々なツール 沢山のこともお試ししました。 そして、あるとき 色々なことを学び経験したけど それらは、何だか最後に結びつく地点が似ていることに気が付きました。 そして、その地点は自分の心の中にあったんですね。 正しいとか、間違っているとか 良いとか、悪いとか無く 何が起こっているか。 自分の中で何が腑に落ちる真実なのか。 そこに幸せの地点があるような気がしました。 実はつい最近まで自分の幸せの地点が セラピーとかカウンセリングとか 癒やし職に付くことなのだと想いたい自分が居ました。 でも、癒やし職にこだわっている自分が居ることに気が付きました。 こだわっている自分のなかに 認められたいという気持ちが眠っていることにも 気がつきました。 そして、職業名は色々在るけれど 癒やし職的要素は 日常生活の様々な職業の中に ささやかに織り成されている。盛り込まれていると 感じている自分がいました。 もちろん日常の社会で自分の身を置くことに 過去の経験から また、同じような自己犠牲の感情が生まれたらどうしようとか もうあんな想いはしたくないのに また同じ状況に自分をはめるのか?という 微細な気持ちもあります。 ただ、今の自分と昔の自分が決定的に違うところは 日常生活を生きる目的や目標が 大きく変化したようです。 以前は手段として仕事をしていました。 手段を得たのだから他は犠牲してもね・・・って感じでした。 けれども今は手段というものはなくなり 今の自分がどれだけ社会で 自分らしく日常生活を過すことができるか。 それを知りたくなりました。 昔の自分が辛く、苦しく感じてしまうパターンも 今の私なら、幻想だったんだって 客観的に感じることが出来るような気がします。 どんな世界が自分の目に映るのか 楽しみです。 私の東京の日常生活は 昔の自分とは違うことを感じる ささやかなチャレンジなのです^^ 見ていてくださいネ~♪
2006年11月27日
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9月に北海道から東京に引っ越しました。 理由は愛する人が住んでいる土地だから。 それだけの理由で引っ越しました。 北海道には大切な家族、親友、友人達が沢山居ました。 生まれて29年間 北海道という土地以外に住んだことがありませんでした。 でも、大好きな人が東京に居る以上 一緒に居ないと意味がない。 私の心はそれが一番大切なことだったので 北海道から東京に思い切って移り住みました。 家族も親友も、友人達も最終的にはみんなが祝福して 見送ってくれました^^ 30歳から東京で第2の人生?のスタートは 毎日が幸せです。 大好きな人と一緒に ご飯を食べて お話して 笑って 寝て 起きたら隣に居て 泣いてるときも 隣に居てくれて 怒っているときも 疲れているときも 隣に居てくれる 北海道では自分がずーっと1人で生きていると思い込んでいました。 いえ、回りの皆さんが支えてくれたことは知っています。 でも、何処かで私はどうせひとりなのだと 強がって、頑張って、寂しくないよと、無理をして 1人を売りに、強がっていた私が居ました。 でも、本当は 人一倍寂しがりやで、弱くて、意地け虫で こーんな私でも 私らしく居られることが幸せな 東京の暮らしがスタートです。 愛する人が居ることに感謝です☆ どうぞよろしくお願いいたします♪
2006年11月25日
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