メールの恋ってやつですか!?

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只野一生

只野一生

2002.06.21
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カテゴリ: カテゴリ未分類
午前中、二度電話が入った。留守番電話のメッセージが回ると切れる。二度目は、「チッ」という舌打ちが入っていた。感じからして夫ではない。

 ちょっと席を外した昼休み、今度はメッセージが入っていた。夫の会社の社長だった。用件があるなら、本人と正々堂々とやれ、というような主旨で、かなりイライラしていた。

 主婦の話によると、夫は別居前後のゴタゴタで仕事にならず、この社長に迷惑をかけていたらしい。といっても、別にそれは主婦の責任でも、もちろん私の責任でもない。夫が勝手に仕事に引きずっているだけの話である。おそらく、このときも仕事に影響し、社長は我慢できなくなってこっちに電話してきたんだろう。それとも、また人任せの好きな夫が涙を流して社長にご出馬願ったのか。

 でもな、社長。勘違いすんなよ。正々堂々としないで逃げ回っているのは夫の方なんだよ。

 私は会社に電話をすると、さっそく社長が出てきた。
「ああ、いま昼休みで出かけているんで、携帯で連絡を取って電話させるように言いますから」

 留守番電話のメッセージとはうってかわって、まことに穏やかなロ調だった。心の中ではどう思っても、表面でソフトに対応するのは、社会人として当たり前の態度かもしれない。だが、私は社長のこういう態度から、「ダブルスタンダード」という言葉をイメージした。

 その後、三〇分ほどしてから、夫が電話をよこした。
「何かご用件ですか?」

「電話をよこしたのはあんたんとこの社長の方だよ」
「かけたという証拠はあるんですか?」
 おい、ふざけんなよ。
「まあいいや、せっかくだからあんたへの用件をいっとこう」
「何でしょうか」
「あなたを訴えます」
「そうですか。どうぞ」
「おい、何の件でどういう理由か聞かなくていいのか?」
 夫は黙ってしまった。どうやら、いつにない頑張りもこのへんが限界らしい。

「マッサージ師の電話はどういうことだ」
「……」

「……」
「彼女の身内を巻き込むなって、あれほど言ったろう」
「……」
「だいたい、自分の問題で周囲に涙の大安売りで相談しまくることを、恥ずかしいと思わないのか。年を考えろよ。四〇近い人間のすることか」
「……」

「……」
「かりに事実であっても、その人に都合の悪いことを公表すること自体、『虚名の保護の原則』から言って、名誉毀損になることはわかっているのか?」
「……」
「わかってんのかきいてんだよ!」
「……わかっています」
「ということはだ。マッサージ師が、団地の権利ドロボーだの、間男だの、電話で脅しているだのと私に言ったことは、事実関係を検証するまでもなく、名誉毀損にあたることはわかるよな」
「……はい」
「名誉毀損とは、複数の第三者が証人になれば成立するわけだ」
「……」
「マッサージ師、同居の姉、団地の近所の人の話も聞いてるよ。あんた、近所の人にも言いふらしたな。どうする。今、こっちが確認できるだけでもう複数になったぞ」
「……」
 正確に言うと、「団地の近所の人」には、夫ではなく夫の母親が言いふらしていた可能性もあった。
「まあ、前にも言ったけど、法的にどうというより、夫婦の問題から逃げ回り、責任を転嫁したり周囲を巻き込んだりするその態度がそもそも私は許せないんだ。トバッチリを受けた被害者という立場からいっても、こっちが文句を言うのは当然のことだろう? なぜ正々堂々と対応しない」
「……」
「あんたの女房は、あんたの願いむなしく、仕事が成功しつつある。しかし、今、あんたの妨害で仕事ができなくなっている。聞いていると思うが、今は母親の家にいる」
「……」
「いいか。間男呼ばわりする前に、まずウチの仕事を見に来い。あんたは女房の仕事の実態を見る責任がある」
「……」
「もちろん、あんたにそれを邪魔する権利はない」
「……」
「邪魔をするときは、当然、私が応分の責任をあんたに求めることになる。ここを忘れるなよ」
「……」

 もう私の独壇場だった。
 夫はウンともスンとも言わなくなってしまった。
 私の頭には、西日が差す窓を背に、受話機を持った風采の上がらない夫が、周囲の目もはばからず涙を流しながら黙ってじっと電話を聞いている光景が浮かんだ。

「まあ、夫婦の問題に限って言えば、あんたにも言い分はあるのだろう。それは否定しない。しかし、だから私に何をしてもいいということにはならないんじゃないのか? 仕事はすでに始まっている。時計の針を戻すことはできないんだ。自分の言葉に責任を持て。女房に仕事をさせてやってくれないか。どうなんだ?」
 私はそう言って、夫に返事を促した。
 そして一分近くの沈黙後、やっとという感じで口を開いた夫は一言。
「そちらの要求は、文書でお願いします」
「!」
 おい、お前は、今言ったことを聞いていなかったのか。
 それとも、いちいち社長にでも相談するのか。
 おそらく、夫の頭の中はパニックだったのかもしれない。もともと自分のことなのに自発的に即答できない人間であることはわかっていたが、こっちも時間がないのだ。
「わかった。じゃあ、送るよ」
 電話も、これ以上、長話になって「仕事の邪魔をした」などと社長にインネンをつけられては困るので、送る気もなかったが、そう言って電話を切りあげた。
 夫は、会社のファックス番号を私に伝えた。

 どうせこいつのことだ。文書を送っても返事をよこさないだろう。
 期待して、また裏切られて時間を損しても困るのはこっちだ。
 言うだけのことを言ったのだから、もう彼女を戻してもいいだろう、と私は判断した。





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Last updated  2003.04.01 16:28:32


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