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一身上の都合で、しばらくブランクを作ってしまいました。第2部は、ご要望次第ですが、いずれにしてももうしばらくお待ちください。第3部は、すでに「主婦」による楽天日記として始まっています。そこは更新されていないようなので、先に書いてしまいますと、もうとれないと思われていた養育費の支払いについて、先日、とうとう「夫」が、「(支払いに)異議はありません」と回答をしてきました。どのような経緯と内容かは、第3部をご覧いただくとして、その内容で法的能力を持った書類が完成すれば、一段落となります。それにしても、夫婦ってえのは別れてからも大変ですねえ。
2003.10.21
メールや掲示板での質問やご意見にお答えします。この日記は「主人公」の主婦や夫は見ているの?主婦は見ています。夫には知らせていません。が、日記では書ききれなかったり、書き漏らしたりしたことを加え、よりリアルに再編集して作品として完成させたいと思っているので、上梓ということになれば、その前後で知らせることになるでしょう。最終的には、今の夫の私生活まで明らかにする予定です。本人を特定できるリアルさなら、「石に泳ぐ魚」(柳美里作)事件を見るとおり、向こうに私を訴えるチャンスが生じるかもしれませんが、それはむしろ書き屋にとっては本望です。だいたい、「事実無根」で訴えるならともかく、本当のことを書かれて「虚名の保護」のもとに訴えるというのは、わざわざ「それは私のリアルすぎる姿です」と本人が認めるようなものですから。それだけに、こちらが気をつけたいのはリアルに経過を書くことです。いつの話なの? 二部はどうなるの?今から7年前になります。二部は、現在までの7年間について書きます。簡単に言うと、主婦が(母)親離れ、姉離れをして、雑音に惑わされず過去ときちんと向き合い、養育費請求を決意するまでです。浮気調査に夫が妻のメールをのぞき見ることは許されているから、夫が主婦のメールを覗いたことは「信書の開披」にはあたらないのではないのか?そもそも、本当に法的に「許されている」と断言できるかどうかは私はわかりません。が、少なくとも、「シロ」であった「のぞき見」の結果を、第三者に一方的な注釈付きでクロと見えるように誘導しながら公開することは、「信書の開披」であるばかりでなく、それが複数を対象にした場合、「名誉毀損」にもあたる疑いがあります。 ちなみに、事実経過から申し上げておくと、メールをやりとりしていたときは、私は主婦と会ったこともないし電話もかけたことも(かけられたことも)ありません。それは夫も当然わかっていることです。主婦は浮かれて勝手に家出したのではないのか?浮かれていたかどうかはわかりませんが、少なくとも「勝手に家出」したわけではありません。夫が主婦の姉を介して追い出したのです。そして、夫は私にもその件でメールを送りつけ、「自分が何をするかわからないからそうしたんだ」という弁明と、「夫婦破綻の責任を認めろ」という責任転嫁の要求を行いました。私はその時点で、夫婦間に嫁姑問題があることを聞いていたので、「私に責任転嫁するなら出るところに出よう」と返事をしたら、慌てて弁明の電話を掛けてきました。この夫にとっては、何しろ自分の母親を聖域に置くことが第一だったようです。今後、この件でもめることがあれば、私は「搦め手」としてこの母親を使って相手を責めるつもりです。
2003.05.09
子どもが戻ってきてからの主婦は多忙を極めた。 まず翌日、図書館に調べものをする用事があった。当然、子どもを連れて行ったが、子どもは図書館が主婦の仕事場と思ったという。 翌日は保育園等、諸手続きを行った。公立保育園は、月途中からの入園を認めないため、それまでの「つなぎ」も見つけなければならなかった。そこでその足でみつけたのが、赤ん坊の死亡事故で問題になった某園。マンションの一室にあり、その前を歩くと、外に出られない子ども達が顔だけ出している胸詰まる光景は主婦の気分をめいらせた。 主婦の母親は、一緒に住んで寝食を共にすること以外の協力はしてくれなかった。少なくとも元夫のもとにいれば、夫と夫の母親の二人で面倒を見ることになる。母親がこれでは、主婦の元に引き取ることがよかったかどうかも疑わしくなってしまう。それもわざわざ弁護士まで使って、だ。 子どもを奪還したらそれで終わりではなく、そこからどう育てるかが大切ではないのか。 その翌日は、子どもを区の温水プールに連れて行って遊ばせた。子どもをとられている間、主婦が子どもを連れて行くことを何度も夢想した所である。これだけで七ヶ月半の埋め合わせができるわけではないが、まずはここから、といったところだ。 帰り道、私たちが打ち合わせで何度も使っているチャンポンの店に来たが、主婦は我慢して通り過ぎた。 そのまた翌日、子どもにビデオを見せようとしたところ、ビデオが壊れたことに気がついた。団地から持ってきたものだが、すでに団地にあった頃から壊れていたのかもしれない。主婦は私のところに電話をよこした。「ビデオのデッキが壊れてしまったので、量販店に連れて行って欲しいんだけど」「車を出して欲しいのか」「配達だといつになるかわからないし、持ち帰りにはちょっと重いし。申し訳ないんですけど」「いいよ」 私は愛車、セフィーロで彼女のアパートに向かった。いよいよ子どもと会うわけだ。別に私がドキドキする必要はないのだが、意識しないといえば嘘になる。 今まで、私が元夫の子供じみた態度に腹を立てても、ギリギリのところでおおごとにせず止まってきたのは、この子どものことがあったからだ。大人になって経過を知ったときを斟酌したのだ。 といっても、別に私は子どものことをうらんでいるわけでもないし、大きくなってから事情を話して恩に着せようとも思ってもいない。写真でしか知らないが、何ともがんぜない坊やが、他人ながら見返りなしに愛おしく思えただけである。たったそれだけのことである。赤くあたたかい血の流れる人間なら当たり前の情ではないのか。 アパートにつき、ブザーを押すと奥から母子のバラバラな足音が聞こえ、それは玄関の前で止まった。ドアが開くと、正面にはさっそく坊やが仁王立ちしている。「こんにちは」と私が言うと、「こんにちは」と少しだけ微笑んで坊やは答えた。 顔は写真でみるよりも一回り太っているように感じた。あとで主婦が言うには、ババアの味付けで味の濃いものを食べ過ぎてむくんでいたらしい。ボサボサで多い髪は父親譲りか。少しイカった肩とちょんと突き出た腹は今も変わらない体型だ。 私は初対面で拒絶反応をされないことにちょっとだけホッとした。話によると、坊やは、男性を怖がりバスでも隣に座らないと聞いていたからだ。そして、まさか四歳児にとは思ったが、もし元夫が変なことを吹き込んでいたらという心配もあった。しかし、それはさすがに杞憂だった。「お兄ちゃんが来たからビデオを買いに行こうね」 主婦が坊やに言うと、坊やは頷いて「どこに行くの」などと聞いていた。 主婦が坊やの上着を取りに行く間、私はこの子と歩きたくなって、「先行ってようね」と言って車に向かうことにした。主婦の住むアパートの前は、国道の裏道でバス通りへのバイパスになっており、車両の通行量が多かった。坊やは来て間もないのにそれをわきまえており、門の前で立ち止まって車がこないかどうかを確認していた。なかなかやるじゃないか。 私は、坊やの手をとって車を止めてある所まで歩いた。途中、「気をつけてな」という一言しか会話はなかったが、手をつなぐことも嫌がらずに歩いていた。車の前に来ると、私は「ちょっと待ってね」といいながらキーをさしてドアを開け、「こっち(前の座席)に乗る?」と聞いてみた。安全上、四歳児にそれは反則なのだが、反応を見たくなってしまったのだ。坊やは「えっ?」と戸惑いながらも、喜んでいるようだった。元夫はペーパーだったらしいが、どうやら、この子は車が好きらしい。行く先は歩いても行けるディスカウントショップなので、シートベルトを締めて徐行すれば何とかなる。今は子どもが王様だ。子どもが喜ぶのなら、それで行こうと思った。 店で、適当なデッキを選び、レジに向かうとき、主婦が小声で尋ねた。「持ち合わせがないんだけど、お金、ある?」 私は、最初から息子奪還祝いで買ってあげようと思っていたが、主婦はそこまでしてくれなくていいと言った。「一万円だけ貸してください。後日返しますから」 チャンポンも我慢する人から金なんか取れるか。 デッキを買ってから来た道を戻り、二人を降ろして私も車を降りると、主婦は「後は大丈夫」と私を制して坊やとアパートに戻っていった。デッキを買った坊やはすっかり上機嫌で、ゴジラの歌を歌いながら足取りも軽かった。二人がアパートに入るまでの後ろ姿を見届けてから、私は再び車に乗り込み、エンジンを吹かした。 季節は晩秋になっていた。加速する車のフロントガラスには幾度となく落ち葉がぶつかり、その都度弾かれていった。 ずいぶん色々あったし、また、これから先、どうなるかわからないが、無邪気な坊やの笑顔は何よりの収穫であり、また救いでもあった。(第一部 おわり)
2002.11.13
土曜日の昼過ぎ、起きたばかりで何となく新聞をめくっていたところに主婦から電話がかかってきた。背後からは子どもを含めた複数の人の声が聞こえる。「無事、子どもは戻ってきました」 そう。この日は子どもが姉に引き取られて戻ってくる日だった。「姉が夫の所まで引き取りに行ったんだろう。今のあんたのアパートを姉は知っているのか」「最寄りの駅まで私が行ったの」 主婦の声はもちろん暗いはずはなかった。が、興奮のまっただ中というより、目的を達成し、ひとまず落ち着いたという趣だった。子どもとの再会が「案ずるより産むが易し」だったからかもしれない。これからのことを考えていたのかもしれない。「あんたが心配したように、子どもはあんたのことを忘れたり怒ったりしていたか?」「うぅん。姉に連れられて向こうの家を出るときは、『どこへ行くの?』という感じだったらしいけど、私と会ってもすぐにわかって手をつないでくれたし。大丈夫だった」「子どもは純朴だからさ。そんなもんだよ。だからね……」 と言いかけて、私は後のことばをのみこんだ。 せっかく子どもを奪還してホッとしている日ぐらい、文句を言うのはやめておこう。 あと、ほんのちょっとだけ辛抱すれば、向こうがギブアップしていたのに、という無念さは、後で冷静に事を振り返るようになったとき、主婦自身が感じるだろう。「これから、こっちの保育園の手続きもするんだけど、たぶん、息子は、私がまたいなくなってしまうのではないかと心配して、当分私のもとを離れたがらないと思うの。それで、派遣先にお願いしてしばらく休みをとることにしたわ。だから、こっちの仕事も少し滞ることになるかもしれないけど、許して欲しいの」「ああ、構わないよ。そういう『リハビリ』は当然だと思う」 こうやって話している間も、何か子どもが言い、母親や姉が答えているのが聞こえてくる。七ヶ月待った主婦こそが、その相手をしたいはずだ。 私は話をその程度で切り上げた。 主婦の家では、元夫の家のことが話題になっていた。「一軒家だった。わりと大きかったみたい。家賃は八万五千円と言っていた。二階もあったわ」と興奮気味に報告する姉。 自分のところはなさぬ仲の四人が、都営の2kでブロイラーのような生活をしている。彼我の差を感じたのか。「東京じゃないから家賃も安いんでしょう」 主婦が冷徹に言うとー「きっと、あんたとヨリを戻してもいいように、そういう大きな家にしたんだよ」 などと元夫を美化する。知恵のない姉は、この期に及んで、まだ元夫に幻想を抱いていた。 しかし、主婦には想像がついていた。そもそも、自分で何もできない元夫が、土地勘のないところにそんな家を見つけて借りられるはずがない。しかも、同じ町には社長も住んでいる。 つまり、新居は社長の娘あたりがすべての手はずを整えてくれたのだ。だから、社長はともかく、少なくとも元夫には、家に対してそうした思惑などもってはいないはずだと。「子どもと別れるとき、泣いてたわよ」「あの人は涙が得意だし、雰囲気で泣いただけでしょう。そんなに可愛い子どもなら、なぜ離婚交渉の取引に使ったりなんかするのよ」「でもね、保育園も退園じゃなくて休園だったでしょう。きっと、はじめから子どもを取り上げる気なんかなかったんだよ。だからきっと優しい人なんだよ」 姉は粘った。元夫を庇うというより、元夫を正当化しないと、元夫を助けるようなことをしてきた自分の行動が正当化できないという彼女の本音が見えてくる。 しかし、そのために自分の妹を苦しめた相手を美化するのはいかがなものか。つくづくおかしな思考をする人だと私は思った。 姉の粘りにいらだった主婦は、今までためていた不満の一部分を姉に切り出した。「そういうことなら言わせてもらうけど、最初に向こうが私を追い出すと言ったとき、向こうがお願いしたわけでもないのに、おねえちゃんは事情も聞かずに即答で自分から受け皿を引き受けたでしょう。あれで私が出て行かなければならないきっかけができてしまったのよ。あの人も、安心して追い出せたわけよ」 事なかれ主義の主婦にとっては思い切った発言だった。「あのとき、『夫婦間のトラブルには干渉も協力もしません』と突っぱねてくれれば、気の弱いあの人は、いくら何でも私を追い出すことはしなかったんだと思うわ。少なくとも、私が喜んで出て行ったような言われ方はしなかった。当事者である私が言うと責任転嫁のように聞こえるかもしれないけど、姉として軽率じゃないの?」 主婦の話の限りでは、もっともなことである。この「追い出し」の一件さえなければ、「主婦は只野を頼って団地を出て行った」などという言いがかりを、私は受けずにすんだのである。「それだけじゃないわ。私が団地を出て行ってからも、おねえちゃんが息子の面倒を見なければ、向こうだってそんなに長い間別居はできなかったはずよ。向こうは、自分一人で子どもを育てたようなこと言っているのよ」「だって、しょうがないじゃない。向こうから来られれば私は断れないのよ」「只野さんに夜中に失礼な電話をしたときだって……」「だからあれは、私は寝てたから知らないって言ってるでしょう!」 姉は言い訳はしたが、結局最後まで謝らず、帰っていった。
2002.11.09
協定書と離婚届に署名・捺印をもらってきた老弁護士は、主婦にその旨連絡した。「子どもさんの引き取りですが、夫だった方は、あなたのお姉さんにお願いしたいそうです。それと、何かあった場合の窓口も、すべてお姉さんにお願いしたいそうです。その件、よろしいですか」「はい、わかりました」 最後まで姉が絡むのか、と思いながらも、子どもの奪還まであと一歩と迫った主婦は、異論を述べなかった。「私の意見では、お子さんが大きくなったときに、わだかまりなくお父さんに会えるようにしておいた方がいいと思います。だから、あまりお子さんには、大きくなっても今回のことはいろいろ言わない方がいい。あなたも仕事、がんばらなくてはだめだよ」 老弁護士は、依頼者の主婦に対してそう因果を含めた。 一見、年長者としてのアドバイスに聞こえるが、私は、この老弁護士に全く賛成しない。 考えてもみるがいい。自分が死んでも連絡をよこすなという「覚え書き」まで送りつけ、自分を人質にして養育費「免除」をかすめ取った父親に対して、そもそも子どもが「わだかまりなく」会える道理がなかろう。そうした「父親の真実」は、わざわざ話さなくても、子どもが成長するにつれて自然とわかってくることだ。 子どもにとって父親に対する心情的余地を確保するには、そうした事実経過をいっさい隠すだけでなく、歪曲や捏造を加えて、主婦を不条理に悪役にしたてあげて父親を美化しなければ不可能である。 では、そこまでして守る「父親像」に果たして何の意味があるのか。 子どもは、これから女手ひとつで育ててくれる母親を、一方的に悪者にしてまで偽造した「真実」によって作られた父親像を決して欲しないだろう。 たしかに父親は大切だが、真実を曲げてまで無謬としなければならないというものではないし、母親の立場や主張と両立できないなら、なおさら曖昧にしてはならないのだ。事実をありのまま話せばいい。その上で、子どもが判断すればいい。そういうものだろう。そういうものじゃないのか、老弁護士よ。 法律事務所に行って離婚届を受け取った主婦は、その足で役所に届け出た。そして、長く別居生活で使ったアパートを本籍地とし、新たに子どもを迎え入れられるもう少し広いアパートに転居した。 新しいアパートは、若干日当たりは悪いが2DKで家賃七万円。もとのアパートから一〇分ほど歩いたところにあるが、町名は変わらない。そこには主婦の母親も当分一緒に住むことになった。 母親は商売を従来通り続けるので、片道約一時間半をかけた通勤となるが、実の娘や孫と直系親族だけで水入らずの暮らしが実現したことで、たいそう喜んでいるように私には見えた。 以前、主婦がしばらく母親の自宅兼仕事場に厄介になったときも、母親はやけに張り切っているように見えたが、やはり同じような理由で喜んでいたのかもしれない。 引っ越した主婦は、姉に息子の引き取りを依頼した。人からありがたがられることが生き甲斐の姉は、喜んで引き受けた。 姉は、さっそく夫に電話を掛け、引き取りの日時を約束した。 そう。姉は夫の新居の電話番号を知っていたのだ。主婦はもちろん知らない。しかし、姉は決して主婦に番号を教えなかった。もとい、これは過去形ではない。現在も教えられていない。 夫を「舎弟」などとして事情も知らずに庇い立てている、同居人のマッサージ師の影響や圧力もあるのかもしれない。しかし、どちらにしてもおかしな話である。 普通、たとえ夫から「教えないでくれ」と頼まれていたとしても、妹から聞かれたのなら、こっそりでも番号を教えてやるのが身内として当然の情ではないのか。 ましてや、もう離婚しているのである。今や夫は義弟でもなんでもない、たんに自分の妹に嫌な思いをさせて借金を踏み倒し、養育費も払わず逃げた男に過ぎないのだ。自分の妹をないがしろにしてまで、なぜそんな奴を守る必要があるのだろう。情がない、といってしまえばそれまでたが、この人の思考回路は人間として理解できないと私は思った。 ことほどさように、姉は終始、夫の協力者、もとい共犯の役割を果たしてきた。 主婦が私を信用していることに対して姉は嫉妬していたが、自分のとっている行動を考えれば、私に関係なく、主婦が信用したくてもできないことに、この姉はなぜ気がつかないのだろう。 こんな姉に介入された主婦は、自業自得な面もあるが、やはり身内に恵まれない気の毒な人だなあ、と私は改めて思った。
2002.11.05
夫婦の離婚問題の方は、いよいよ大詰めを迎えていた。 弁護士は、相手方に次のような内容による離婚協定書作成を文書で提案した。・社長からの手紙の言い分は協定書に採り入れない。そんなことを言うのだったら、主婦にも言い分がある。・子どもの親権は主婦側とする・離婚にあたって養育費は請求しない・借金その他も主婦が精算する 私に対する誹謗中傷や、デタラメな経過の主張を「採り入れない」のは当然としても、後ろの二項は何だ。 子ども(それも我が子!)を人質にし、「相談役」まで使って、養育費と親権を相殺することを求めた、夫側の公序良俗に反する主張が全面的に通ったことになるではないか。 これほど夫に譲歩した協定書なら、何もわざわざ弁護士が間に入らなくたって作れたはずだ。 弁護士を使うからには、養育費とか、子どものための権利をきちんと取り決めるのが当然の要求だろう。 養育費を取るというのは、何も、夫が憎いとか、夫をとっちめたいとかいう一時的な感情がおおもとになるものではない。これは子どもの権利なのである。 別の言い方をすれば、大人(親やその取り巻き)の駆け引きや取引きでどうこうするものではなく、どんな事情で離婚しようが、協議の中できちんと取り決めなければならないことである。 いったい、主婦の側は、弁護士まで使って何をやりたかったのだろう。 私は内心、歯がみする思いだった。 もともと、兜や人形を団地においていったことに対して主婦が予想した通り、そして私がその前から予想していた通り、夫と夫の母親は、離婚後、子どもを自分のところで引き取って育てる意志はなかったと見るのが自然だった。 たとえば、子どもが通っていた団地近くの保育園は、「退園」ではなく「休園」扱いになっていた。つまり、子どもはすぐにでも保育園生活に復帰できた。実際にそうするかどうかは別として。 その一方で、千葉の新居に子どもを強奪はしたものの、一ヶ月近くもどこの保育園にも入れていなかった。 子どもはいずれ団地に戻る(戻さざるを得ない)と、夫は観念していたのだろう。 無能で小心な夫と夫の母親は、七ヶ月に渡る主婦不在の生活を続ける中で、子どもの母親不在の不自由、そして主婦を追い出した後ろめたさという二つの理由から、もう心身ともにクタクタに疲弊していたと思われる。この上、主婦から強奪した子どもを離婚後も何年にも渡って育て続ける、という図太い意欲や展望はもてなかったのではないだろうか。 だから私は思うのだ。別居中、主婦の姉が団地に顔を出して子育てを助けるようなことさえしなければ、もっとはやく夫はギブアップしていた。そうすれば、少なくともこんな事態にまで至らずに子どもの問題は解決できたのではないか。 なぜ姉は、私につまらない嫉妬をせず私を信用し、力を合わせてくれなかったのか。 私は今でも、それが悔やまれてならない。 数日後、弁護士は夫の会社に電話した。そして協定書の合意を得、あわせて離婚届に夫の署名・捺印をもらうことを決めて会社に出向いた。 会社では、社長や夫とともに、またしても恥ずかしげもなくインスタント名刺を用意した「相談役」ががんばっていた。 書面のやりとりを終えると、社長は夫を代弁して、弁護士相手に法律相談を始めた。「あの、相手の依頼人である先生にこんなこと聞ける立場ではないんですが、夫は本当に只野に訴えられてしまうんでしょうか?」「う~ん、どうですかねえ」 おい、そんなこと、そこで聞いても仕方ないだろう。弁護士は私の代理人でもないし、そもそも私に関する事情だって知り尽くしているわけではないのだから。 「夫はもう、今にも自殺しそうで、私どもも見ていられないんです。だから何とかしてやりたいのです」 粋がっていたこいつらも、要するに私の出方をそれほど恐れていたのだろう。「う~ん。まあ、そうならないように私からも言っておきますけどねえ」 老弁護士は相手に調子をあわせて答えた。 それにしても、この代言屋もかなりいい加減である。私が訴えようが訴えまいが、このジジイには何の関係もないことだ。いったいいかなる権利と根拠で何を「言ってお」くというのだ。お前は誰の代理人なんだ? こんな間抜けな弁護士を紹介した自分も腹立たしくて仕方なかった。 だいたい、社長の言い分の通りなら、自殺さえほのめかせば、どんな迷惑もやった者勝ちになってしまう。そういうことを私は性分として許せないのだ。 もっとも、肝心の損害賠償問題は解決していた。社長が弁護士に宛てた私の実名入りの手紙は、この時点で名誉毀損と侮辱を問える可能性があったが、結局はしなかった。 理由の一つは、私自身、この件に深く関わりすぎてしまったのではないかという迷いや反省があり、何が何でも夫をつぶしたいという方向に自分の心を集中することができなかったこと。 もうひとつは、この老弁護士が、「夫は本当に自殺しそうな感じだったよ」という話を聞いていたので、私もちょっとひるんでしまったことにある。 普通に考えれば、人間はそう簡単に自殺などはしない。しかし、ちょっとした気分とタイミングの一致で、事に及んでしまうという可能性もないとはいえない。 私は声だけしか聞いたことはないが、がんぜない四歳児の息子のことが頭に浮かんだ。その子はただでさえ、本人には何の責任もないのにこれから母子家庭の子どもとして生きていかなければならないのだ。その上、父親が自殺をしたらどうなるのか。大きくなってその経過を知ったときのことを考えると、さすがに気の毒だと思ったのだ。 しかし、これは毎度お馴染みの夫の「お涙頂戴」の芝居だったようだ。つまり杞憂だった。 後で判明したのだが、実はこの頃、夫は、自分の離婚問題を社長や「相談役」に任せっきりにし、麻布に住むウェブデザイナーを自称するガールフレンドのアパートに入り浸っていたのである。 弁護士や私は、まんまとこの夫に騙されたわけだ。
2002.10.23
一軒家を借り切ったクライアントのオフィスを訪ねると、玄関には、それまで納品で何度も顔を合わせている若い女性スタッフが出てきた。「約束があってお訪ねしました。社長はいらっしゃいますか?」と私が尋ねると、「あ、今日は何でしたっけ。新しい仕事の打ち合わせですか?」などと彼女はトンチンカンな返答をした。 どうやら、社内の従業員にも、必ずしも今回のことが知れ渡っているわけではないらしい。私はてっきり、社員たちの白眼視による出迎えがあると思っていたから、ちょっと拍子抜けした。 最初の面接では入らなかった社長室に通されると、部屋では、電話中の社長がいた。私たちが通されるとチラリと横目でこちらを確認し、主婦が会釈すると、そこにかけるようにとソファを指した。 ソファの前のテーブルクロスには、子ども向けの絵が描いてある。そういえばここの社長は、もともと童話作家が本業だったが、今は編集プロダクションの方が本業になってしまったと言っていた。 電話を切り上げた童話作家は、仕事の資料らしき定型外の大きな封筒をソファの前のテーブルにドンと音がするようにおき、最初は呆れたように苦笑しながら話を始めた。「毎日毎日ファックスは送ってくるし、こっちが返事をしようとすると連絡はないしで……。ホントもう、あなたのとこはどうなってるの、一体」 主婦は二度ほど頭を下げていたが、私はヘラヘラと笑って意に介さずという態度をとった。 今まで礼節を捨ててやってきたのだ。その路線で突っ張るしかない。かといって、最初から喧嘩を売るような態度を取って逆効果になってもいけない。とりあえず出だしは、へらへら笑って「どうも」と言っておけばいい。最初からそう決めていた。 童話作家は、封筒から書類を取り出して本題に入った。「四割引といったのはね、ウチの担当の話では、あなた方は仕事を完了していないんですよ。そうじゃないんですか?」「あー、そうでしたっけ。うーん」などととぼける私。「だから最初は、あなた方に減額を自主申告してもらおうと思ったんだ。減額そのものは契約書にもあるわけだし」 具体的な提出点数、未提出点数なども上げてきた。それを出されると何も言えない。しかし、「すみません、減額で結構です」とも言わなかった。「問題集については、DTPソフトのクォークを使えないのに、できると偽って仕事を請けた疑いがあるという報告も担当者から入ってますが? 嘘をついて仕事を請けたというのはいかがお考えなんですか」 これもその通りだった。主婦はその頃、DTPソフトは「ページメーカー」しか使えなかった。しかし、あとで裁判にでもなったときの言質を取られてたまるかと思い、私はここでも居直った。「『嘘』なんて人聞きの悪いことを言わないでください。失礼じゃないですか。証拠はあるんですか。ちゃんと途中までは提出していたんだからいいでしょう。何なら、ここでそのソフトを操作させましょうか。逆にお尋ねしますが、もし操作できたらどうしますか」 私はふてぶてしく相手を睥睨した。童話作家もにらみ返し、しばし緊張が走った。「では、できると仰るんですね」と念を押す童話作家。「できるんですよ」と身を乗り出して再度答える私。 自分で自分を「よく言うよ」と思った。請けた当時にできたのかどうかという話をしているのだから、たとえ、今操作したところで、「嘘」でないという答えにもなっていないのに。 まさに「なぁによぉ」で開き直る野球監督夫人顔負けだ。 私はかねてから、理路整然、正々堂々とした生き方をしたいと思っていたから、黒のものを白にするための「ああいえば、こういう」は大変に苦痛だった。自分の哲学が許さなかった。しかし、背に腹はかえられない。そのギリギリの選択で、てのひらには脂汗がにじみ、そのたびに何度も握り拳を作って汗を薄く広げていた。 主婦は、頭を垂れて黙って話を聞いている。どんな気持ちだったのだろう。「それにしてもね、請求書の出し方もどうかと思いますよ」 童話作家は今度は交渉方法に話を移した。「普通はね、『請求書をお出ししてもよろしいでしょうか』って尋ねるぐらいしませんか? いきなりぽーんと送りつけてくる。その上で連日一方的なファックス。コソコソコソコソと、もう忍者みたいにこっちが連絡すると隠れる。連絡が取れない。コミュニケーションがとれない。言ったきりで逃げる。おたくはちゃんと会社として機能しているんですか?」 大きなお世話なので返答せず黙りこくった。「それでこっちがひいたらまたででくる。その上で、どこで調べたか知らないけど版元の名前まで調べて、どこぞの協会ではこの件を注目してるって……。今度は脅しですか」 これもシカトだ。 最初こそ苦笑混じりに話していた童話作家も、私がペースに乗らないこともあってだんだん興奮し、最後には涙までためていた。「いいですか。ぼくはねえ、騙すよりも騙された方がいいという考えなんですよ。だから金が欲しければいくらでも差し上げますよ。好きなだけ金額を言いなさいって連絡したでしょう?」 請求書を手に取り「いくらだって? 二三〇万? わかりましたよ」 えっ? そうなの? 本当にいいの?「只野さん。あなた、金を払えばそれで気が済むんですね。本当に気が済むんですね?」 うん。気が済む。 私が「ええ」とはっきり答えると、童話作家は内線電話をして小切手帳と印鑑を持ってくるよう言いつけた。「とにかくね、誠実に仕事をすれば仕事はついてくる。だから、ぼくの会社は二五人も社員がいるのに営業が一人もいないんですよ。営業なんかいなくても仕事が来るんだよ。あなたがたみたいに、おかしな手を使って金をむしりとらなくっても仕事が来るんだよ。仕事は信用なんだよ!」 小切手帳と印鑑が来ると、童話作家はチェックライターでガシャガシャと数字を打ち込んだが、興奮したためか、数円だが数字を間違って多く打ち込んでいた。 打ち込んでから請求書を見て気づいたようだが、「あ、まあいいや。サービスだ」 などと呟き、書損にせずそのまま私に手渡した。私は「横線でお願いします」と差し戻し、小切手に二条の線を引かせた。 今度はこっちが領収書を作成する番だ。しかし、ここで印紙を忘れたことに気づいた。集金で頭がいっぱいになっていて、印紙のことまで気が回らなかった。 どうしましょうか? という表情で童話作家を見ると、「あぁん」と、イライラしたようなうなり声を上げて印紙をくれた。「もう、大サービスだね、ホント」 童話作家は呆れていた。その通りだ。 何はともあれ、とにかく満額プラスアルファの集金だ。この時点で、夫への損害賠償は消滅した。 別に夫のために集金をがんばったわけではないが、結果として夫は助かったわけだ。 ま、とれるかどうかわからない裁判よりは、クライアントからきちんと頂く方がいいに決まっている。 私たちは小切手を受け取り、オフィスを出ると、近くにあるファミリーレストランに入り、ジュースで乾杯した。
2002.10.21
外注のうちの一人から、「請求書をお出ししてもいいですか?」という連絡がきた。自分の担当のデータを提出して一ヶ月近くたっており、さすがに気になって連絡してきたのだろう。その人には四〇万近い発注をしていた。 東京・恵比寿の瀟洒なマンションに住む三〇代の女性だった。連れ合いはカメラマン。羽振りはいいのかも知れないが収入は不安定だ。年末に向けてお金も欲しかったのだろう。 主婦は正直に、「クライアントとは支払いでモメており、まだ集金金額が確定していないから待って欲しい」という報告をした。 その後、また別の外注である美術大学の院生から催促があった。その人は三〇万程度の発注をしていた。同じように主婦が事情を話すと、その人は、とりあえず怒りをクライアントの方に向けていた。「御社も被害者なのですから、弁護士なりに相談して動くべきです」 これがいつ、私を直接罵倒することになるかわからない。 院生は大阪の大学に在籍していたが、この仕事をしたいばかりに、実家のある埼玉在住ということにして応募してきた。打ち合わせの時は、高速道路を徹夜で突っ走り、さも埼玉から来たようにしていたという。ある程度仕事が軌道に乗ってから、「実は……」と告白されてこちらもビックリした。 何でも美術系大学の場合、教員になるためには論文ではなく、商業的作品の実績が求められるのだという。高校の副教材である世界史の地図作成というのは、実績としてはどうしても欲しいものだったらしい。 だからといって、ガソリン代や制作の手間を考えれば、無給というわけにはいかない。 その後も半月近く連絡をしなかっため、三〇代の女性からまた連絡があった。「いったん請求書を出させていただきます。何か交渉事があれば、その後ですればいいわけですし」と言われた。仕事をしたという事実をごまかされないように、ということなのだろう。 そもそも、私の会社がその人に発注したわけだから、クライアントからの集金具合にかかわらず、その人は私の会社に堂々と請求できるのだ。 彼女の態度はビジネスの手順として全く当たり前のことなのだが、私は情けなかった。 とにかく、クライアントとは交渉しなければならない。私が主婦に言い聞かせたのは、プライドを捨ててお金をもぎ取れ、ということだった。「ゴネるんだ。実際に仕事をしていないんだからそれしかない。法律スレスレでも何でもいい。その上で成り行き任せだ。より満額に近い債権を回収するんだ」 債権回収、といえばもっともらしい権利闘争に聞こえるが、実態は、完了もしていない仕事に対していかに満額に近い集金をするかという、ゴロツキのような「闘争」だった。 私はまず、満額の請求書を先方に送りつけた。自分からわざわざ値引きは主張する必要はないと思っていたし、げんに向こうの値引き案に対して承諾はしていないのだからこれ自体は違法ではない。 しかし、初めての取引で、かつ「四割減」の提案をうけている最中に一方的に満額の請求書を送りつけるという行為は、商慣行上ぶしつけである。私が逆のことをされたら不快になるだろう。事実、先方から文句の電話が入ったが、出ないようにした。 次に、ファックスで、契約書に対する文句を送りつけた。あらかじめ固定した減額を明記しているのはおかしいという趣旨だ。一度ではなく一日おきに送った。 ファックスは二種類送った。もうひとつは、制作会社の協会が目安として出している金額を「資料」と称して送りつけた。要するに、「お前の所は安いんだから、その上値引きなんてするな」というアピールである。 しかし、いかに不当な契約だろうが、いったん合意して署名捺印した以上、遵守すべきであり、結果が出ないからと言って後から文句を言うのはたんなるゴネである。わかっていてもゴネるしかなかった。しかも、私の会社はその協会に加盟していないから、他人のフンドシで相撲をとるようなものである。 ファックスは何度も送った。それに対する先方の返事の電話にも出なかった。向こうからきたら逃げるというのも、相手をイライラさせる戦略だった。 こういうことが続くと、相手はだんだんイライラする。しかし、こちらが居留守を使って肩すかしを食らうことで先方の交渉する意欲をそいでいく。向こうは私たちに「バカ負け」した状態になってくる。どうにでもしてくれよ、という気分になっていくまで揺さぶろうと思った。 そして、これが一番きいたようだが、向こうから来たまま返していない資料を隅から隅まで見直し、版元の担当編集者らしき名前を発見した。これを利用することにした。 わかりにくいかもしれないので整理しておくと、この地図製作は、ある教材出版社が編集プロダクションに委託し、そこからさらに私のところが孫請けで仕事をしていた。その出版社の担当者を知ったというわけだ。そこは、フリーランス組合が調べてくれた通りの会社だった。 私は、その人が実在するかどうか、その出版社に偽名で電話をして存在を確認した。いることを確認すると、今度は主婦がファックスをクライアントに送りつけた。「私どもの仕事が本当に減額されねばならないものなのか、版元の○○出版社の××さんに今回のことを相談してもいい」 さらに、フリーランス組合の名前も出して、そこではおたくのこんな情報までわかっているし、今回のこともそこの執行部はみんな注目しているんだよ、などとだめ押しした。 外注とのゴタゴタなど版元に好んで見せたいものではないだろう。だから、モノは試しの嫌がらせとしてやってみたわけだ。ホント、よくやるよ(笑) こっちも必死だったが、やられた方はたまらないだろう。こんなこと、ひと頃、ワイドショーの主役だった野球監督夫人だってやらないんじゃないのか? 半月ほどこれをくり返すと、呆れたクライアントから、ファックスが来た。「コソコソ忍者のような真似ばかりしていないで、領収書を持って堂々といらっしゃい。そちらの好きなだけの金額で決済しましょう」 堂々と……。それはいみじくも、私が夫を非難するときに何度も使ったフレーズだった。私たちはこの件で、本質的には夫と同じことをしているのだろう。「好きなだけ」というのが気持ち悪かったが、何か悪くない方向に話がいきそうだったので、主婦と二人でクライアントのもとに向かった。
2002.10.20
無駄遣いせずにチマチマやっていたって、お金はかかる。主婦とこなした他の仕事の売り上げは、とっくに人件費や経費に回していた。当時、国民金融公庫への借金返済とパソコンのリース代金、業者関連の集まりの会費などが毎月出て行く支出だった。それに加えて、主婦と仕事をするにあたってプリンタ等機械類を現金で購入していた。その頃は、パソコンにしても周辺機器にしても今より高かった。ポストスクリプトのプリンタが量販店で買いたたいて一台五〇万の頃の話だ。 いくら、主婦が一人前になるまで一定期間は持ちだしを覚悟していたといっても、この時点で、本来とれるはずの集金が、九二万も少なくなったら困るに決まっている。正確に言えば弊社はいわゆる消費税免税業者であったため、九二万プラスその五%が「うべかりし利益」だった。 そう、ほぼ一〇〇万がパーになるかどうかの瀬戸際だったのである。 しかも、もしこのまま交渉が長引いたら、一円も入らないまま外注に支払いを始めなければならない。これを考えるとぞっとした。「少なく入る」だけでなく、「出るものが先」という状況だったわけだ。 つなぎ資金を借りるあてもなかった。残高と事業年数の関係で、取引銀行は小切手帳も手形帳も出してくれない。この頃から「貸し渋り」は始まっており、金を貸すなんてとんでもないという状況だった。国民金融公庫は貸してくれそうだったが、わずかな借り入れで個人の預金残高や自宅調査、挙げ句の果ては連帯保証人の家まで調査するので借りたくなかった。 そりゃ、仕事を妨害してくれた夫を訴えたくもなるだろう。 この危機で私がまず考えたのは、法人会に相談することだった。しかし、「商行為のトラブルは当事者が話し合ってやってくれ」と門前払いで話も聞いてもらえなかった。私は以来、法人会なるものは入っていない。こんなものは会費を払うだけ無駄である。げんに入らなくても、こんにちまで何も困ることはない。 次に、主婦の問題で世話になった無料法律相談にも行った。 このとき相談を受けてくれたのは、膝上まで見えるミニスカートをはいた四〇前後の女性弁護士だった。弁護士は契約書を見て、「ははあ、なるほど。たしかに『三割ないし五割の減額』は書いてありますねえ」などと見たままの感想を言いながら、ちょっと間をおいてこう回答した。「この契約書によれば、下限は『三割』なわけですから、あなたの言われた『四割』との差額は一割です。そこに近づくよう、相手の方とねばり強く交渉をなさってください」 おい、バカにしてんのか、女弁護士。 方程式そのままの答えでは相談した甲斐がないだろう。 結局、法は万人に平等である。つまり、収奪者である側も零細労働者も法の前では権利は「平等」なのである。弁護士は、その前提で方程式通りの解釈をするに過ぎない。弁護士というと、まるで社会正義の代名詞のような職業に見られるが、それはたまたま司法という近代社会を支える仕組みに関わっているからに過ぎず、弁護士の全てがそのような価値観で仕事をしているとは限らない。しょせん、その基本は代書屋、代言屋に過ぎないということも思い知らされた。 しょんぼりと下を向いて話を聞いていた私は、諦めて顔を上げたところ、途中で視線が女弁護士の足下を通過した。すると、彼女は慌ててスカートを右手で刷り下げていた。 そんなに見られたくなかったら、ミニスカートなんかはいてくるなよな。 三つ目に行ったのが、出版労連傘下となっているフリーランスの労働組合だった。 私は、仕事柄、新聞を朝夕刊で合計六紙購読している。うち一紙に、その組合が女性ライターの債権回収に成功した記事が出ていた。 私は一縷の望みというやつで、その記事を見た日にさっそく組合を訪ねることにした。 実は、私はこのときまで労働組合というものに入った経験がなかった。出版労連はどこのナショナルセンターの傘下でもないが、全労連系の全印総連と友好関係を維持し、機関誌を見ても階級闘争を感じさせる文言が目につく。その点に「一縷」の望みをかけたわけだ。 会社形態で仕事をしている私が労働組合というのもおかしな話だが、フリーランスには、実際には個人でも法人としての登記を行っている「一人取締役兼従業員」の人は少なくない。かくいう私も、主婦と合流するまではそうだったわけだ。この組合は、そういった人たちの加盟も認めていた。 東京・文京区にある出版労連のビルに行くと、書記次長という人が名刺をくれた。そして、加盟についての説明とともに、「何か困っていることはありませんか?」と尋ねてきた。 私は待ってましたとばかりに、今度の件を話した。 書記次長はメモを取りながら、「只野さんは、そことまた取引をしたいなどということは思ってませんよね?」などと確認してきた。「全く思っていません」と私は答えた。 金でモメれば、普通は取引なんかできないだろう。だいたい、こっちは原稿を引き上げられているんだから、金の問題以前に能力的に先方から見限られているのだ。 書記次長は、私に対して組合をずいぶんと大仰にPRしていた。「家永教科書裁判が何十年にもわたって続けられるのはどうしてか。この出版労連の力があればこそです。組合員がカンパすれば、一人では少額でも大きな活動資金ができる。団結こそ力です。幸い、大手中小の出版社の編集者がここの組合員になっているので、その下請けプロダクションの情報などは得やすい環境になっています。只野さんを苦しめる制作会社のこともすぐにわかるでしょう」 書記次長は私に握手を求め、「明日の役員会で報告します。債権はきっと取りましょう」などと調子よく私を煽っていた。 しかし、翌日になっても翌々日になっても、ちっとも連絡はこなかった。 三日目になって、しびれをきらした私の方から電話を入れると、電話に出た書記次長は、そのときに比べて声の威勢も格段によくない。「役員会で話したところ、普通は契約書がないために泣き寝入りするところを、契約書があるために困っているという珍しいケースだという意見が執行部から出ました」 おいおい、ここも女弁護士と同じで「見たまんまの感想」だけかよ。「それで結論ですが、絶対訴訟をしてはダメだ、ということです。訴訟をしたら負けだと思ってください。『費用対効果』を考えるのです」「団結は力」の結論がそれか。どうやったらとれるか、という話はないのか。 思うに、しょせんここは組合員もみなフリーランスである。正面きって同業者のために自分が業界に敵を作るようなことをするはずがないのだ。 法人会のように門前払いではなかったものの、新聞記事やこの人の前宣伝があっただけに失望感も大きかった。 やはり、自分のことは自分の力で何とかするしかない。私はここに及んで、やっと悟った。 書記次長はついでのように、発注者の情報が入ったからご参考までに、という報告を加えた。「従業員は二五名。年商四億円。社長は警察関係に強いようですね。クライアントは○○が主で、他には△△などの仕事も定期的に請けているようです」 私が奔走した中で、唯一得られた有効な情報がこれだった。あまりたいした話ではないから、「ついで」のように言うしかなかったのかもしれない。 しかし、これは結果的に望外の成果を得る糸口となった。
2002.10.07
トレースの発注元から主婦の所に電話がかかってきた。 発注時には顔を見せなかった社長自らの電話である。いい話であるはずがない。「今般、お願いしたトレースその他の仕事ですが、契約書の第八条に明記していたように、お金について見直しをしたいと思っています。契約書には、『三割ないし五割の減額』を明記していたはずです。つきましては、そちらの方で、値引き額について妥当と思われる額を考えておいてください」 とうとうきたか、というのが正直なところだった。 減額の通告自体は覚悟していた。それはそうだ。何しろ弊社は再校のデータの一部を最後まで提出していない、つまり「校了」と言われるところまで仕事をしていないのである。 当初の約束では、印刷所に放り込めるまでの完全データを提出することになっていた。具体的には最低でも再校(二度の校正)までは行うことになっていた。 弊社では、再校の一部を残したまま、締め切りまで間に合わなかったのである。 また、トレース以外には、問題集のレイアウトも発注されていたが、これもできるメドが立たずに発注元に引き上げられていた。 ただ、契約書に書かれている「三割ないし五割」という減額がもしそのまま適用されると、再校の大部分を提出していることを考えれば、ちょっと厳しいのではないかと思った。 よく、SOHOという名の零細事業者(とくに主婦の内職)を支援するホームページや書物、またはその方面の人たちの談話には、「下請けは弱い者だから、契約書を作るべき」などということを主張する向きがある。 一見もっともだが、それだけでは現実的ではないし不親切でもある。 資本を持つ者が労働力を収奪して経済を動かす資本主義社会は、そもそも構造的に、労働してお金をいただく側の大部分が弱者であるようにできている。それは構造の問題であり、契約書の有無という個々の商行為のありようは基本的に関係ない。契約書がたとえあったとしても、資本側に有利なように契約書が作られれば同じことだからである。むしろ、不合理な収奪を合理化するという意味で、契約書はより厄介な存在として労働者を締め付ける場合すらあるのだ。 今回などがそうであろう。つまり、実際の提出や作品の質を見てから減額の調整を話し合うことなく、問答無用に「三割減」から査定を始められるようになっているからだ。発注側からすれば、こんなに楽な話はないだろう。 もちろん、主婦一人では判断できず、私に相談の電話が来た。「どうしたらいいのかしら」「強引と見られてもわがままと思われてもいいから、とにかくゴネるしかないだろう」 馬鹿正直でクリーンであれとつねに言い聞かせていた私には、何とも情けない苦渋の選択だった。しかし、「三割ないし五割の減額」を飲んだら、もう立ちゆかなくなってしまうところまで追い込まれていたのだ。 たとえば五割の減額では、外注に支払う分だけで赤字になる。三割でも、機械類や諸経費を考えると利益が出ない。 派遣は週四日しかはたらいていない主婦は、月々赤字がふくらんでいたし、ほとんど無給の私は会社の経費を自腹で賄っていたこともあり、これまたせっぱ詰まった状態だった。「自分の方から値切りなんかすることはない。しらばっくれていよう」 私は主婦にそう指示した。 返事をしないまま一週間が過ぎ、再び発注元から電話がかかってきた。「結論は出ましたか?」「当方から減額は申し上げるつもりはありません」「なるほど、そうですか」 主婦の回答を予定していたように受け流した発注元の社長はこう通告してきた。「では仕方ない。発注に対する支払い予定額の四割引きということでどうでしょうか」「その根拠は何ですか?」「もろもろを総合的に考えた結果です。契約書の第八条で示した数字の範囲内ですから、合意していただけますね」「考えさせてください」 二三〇万の四割は九二万である。私には、それだけ引かれても大丈夫と言える余裕はなかった。 何とかしなければならない。私は翌日から、相談先を奔走した。
2002.10.05
弁護士が先方に挨拶をしてからすぐ、社長を差出人として、二通の文書が入った封筒が弁護士宛に送られてきた。「文書」は、一通が「経緯の説明」なる手紙で、もう一通は「覚え書き」である。「経緯」といったって、こいつは今回の経過について肝心なことは何も知っちゃいない。夫本人だってわかっていないと思う。なぜなら、夫婦は私を介してやりとりをしていた時期があり、私の方が当事者よりも経過に詳しいという奇妙な事態こそが、何より今件の問題の一つであったからだ。 ましてや、夫のことだからどうせ自分に都合の悪いことは言っていないだろう。いくら社長が「説明」したところで、何も今件の真実など見えては来ない。 それでもそのような手紙が来たというのは、おそらく「相談役」の恫喝事件の後に、主婦の代理人として弁護士が出てきたために、夫側は後ろめたさとともに、いよいよ追いつめられたような気分になっていたのではないだろうか。 中身は、予想通り、夫にとって都合の悪い事実は全て落としたり歪曲したりした「経過」になっており、夫がいかに「迫害」と「強要」を受けたかという内容が、私を名指しして書かれていた。 パソコン通信が媒体(ママ)して、主婦は只野から知己を得て関係を生じた。 今回の事態に至るまで半年以上にわたり、両者は相談して角度を変え ながら夫に精神的迫害と強要を加えてきた。 夫は自殺寸前にまで追いつめられている。 主婦は只野を頼って家出をしたあと、我が子を放棄し別の男の言い分 のみを聞いていた。 今更親権は渡したくないが、両者の変な強要から逃れるためならば 仕方ない。「家出」ではないことはそもそも明々白々だし、私を頼ったのではないことも夫は知っている。肝心な夫婦の不仲の原因である「嫁姑問題」も一言も書かれていない。 また、私は主婦に「インターネット」でメル友を求められたのは事実だが、「メル友」の時点では、結局一度も彼女とは会わずに終わっていた。これも夫は承知している。 にもかかわらず、禁じられている方法でわざわざ私の住所を調べた夫が、夜中に私の家まで勝手に主婦を送り出しているのが真実である。もちろんそれも書かれていない。「知己を得た」「関係を生じた」とストーリーを作っているが、夫自身が何をしたのかを書かなければ説明にならないだろう。 さらに、「迫害」「強要」の具体例が何も書かれていない。そもそも夫婦の離婚問題がどう転がろうが、第三者である私には何の利益も生じないのだから、「脅迫」「強要」の類は法的にも論理的にも成立しない。げんに、私は夫に、暴力もふるっていなければ金銭要求もしていないのだから書きようがないだろう。「抗議」と「強要」は全く別物だ。 もちろん、夫がなぜ「迫害」なるものを受けるに至ったかは何も書かれていない。姉とマッサージ師を使った仕事の妨害などは今更隠しようもないだろうに。「我が子を放棄し」というのもタチの悪い煽りだ。子どもの手を引っ張って強奪していったことは許されるのか。 だいたい何人がかりだろうが、角度をいかに変えようが、事実関係を争うなら真実は一つである。やましいところがなければ堂々とすればいい。夫は十分やましいことを再生産しているから、自業自得で苦しんでいるだけだろう。それを「迫害」とは何事だ! ことほどさように、夫側の主張は、「ここを反論してください」と言わんばかりに、わざと間違った事実をちりばめ、不快な気持ちを煽っているようにすら見えた。こんなばかげたものなら、調停や本訴訟などで、私が証人になるまでもなく、主婦一人でも十分に反駁できるものである。 私は最初、あまりのばかばかしさに、「これは、何かのワナではないか」と疑ったほどである。つまり、私を煽って怒らせて、たとえば行きすぎた攻撃にエスカレートさせるとか、何か落とし穴にでもはめるつもりだったのではないかと考えたぐらいだ。 いくら何でも、ここまで幼稚では私も怒る気にもなれない。同じ土俵には乗れないよ。 ただ、問題は、もう一通の「覚え書き」である。主婦に、次のことを約束しろという。内容がまさに夫の人格を象徴していた 息子のことで、養育料、冠婚葬祭、入学卒業等一切の金銭的、物的、 精神的負担となる請求をしません 息子が満18歳になるまで一切迷惑をかけません これらに違約したときはいかなる処分も受けます そして、そこに署名と捺印を要求しているが、弁護士が間に入って署名捺印させるなら印鑑証明はいらないなどとかいてある。まだ印鑑証明にこだわっているんだ。知恵のない奴は滑稽だな。弁護士センセイを相手に印鑑証明はマズイだろう。 子どもを人質に「養育料」を請求させないことの方が、日本の法律では公序良俗に反する「違約」なのだが、それはおくとして、「冠婚葬祭」が入っているというのが問題だった。 それは何を意味するか。つまり、息子が不幸にして亡くなっても知らせるな、ということである。 これは、さすがに弁護士も主婦の母親も驚き、呆れたようだ。 離婚しようが親権がどうなろうが、父親はどこまでいっても父親である。そもそも離婚交渉は夫婦の問題であり、息子には何の責任もない。離婚の「怒り」を息子に向けるなんていうのは、まともな人間のすることではない。 けだし、主婦を「殺した方が良かった」と無表情に言い放つ夫の真骨頂がここに表れている。 手紙を主婦に渡した弁護士は、主婦をこう諭した。「調停をやった方がいいと思うんだけどねえ。親権もあなたが勝つよ。こんな『覚え書き』を送りつけてくるようでは、問題にならない。調停でケリをつけた方が後々のことを考えるといいと思う」 弁護士は、夫の人格を信用していないようである。そりや、当然だよな。「でも……」 弱気になっている主婦に、弁護士はこうも言った。「まあ、こっちには損害賠償という攻め方もあるんだし……」 この「損害賠償」が具体的に何を意味するのかは、今もわからない。私が夫に仕事を妨害されたことを指すのか、この手紙で私と主婦が「関係」と書かれたことをもって、私が間男呼ばわりされてきたことの証明となるからそこから名誉毀損として争うのか。 いずれにしても、この時点で弁護士は、調停でも、私を有効に使う方法でもどちらでもいけるよ、ということを主婦に教えたわけである。 ところが、主婦はどちらも選択しなかった。「私は子どもが帰ってくればそれでいいんです。親権と養育費を相殺というのならそれでもいいです。借金も私が全て受けます」 弁護士は、う~ん、と唸ってしまった。 この主婦の回答から、弁護士は、たたかうのではなく、とことん事なかれで解決する方針を選択したようである。「わかりました。では、その内容で協定書を作ります」「あの、今日の手紙は……」「ああ、これ? こんなものは、ただの手紙です。ふ~ん、と読んで、それでおしまい」「覚え書きは?」「これも手紙だから、読んでおしまい。協定書には、こういうものは一切盛り込みません」 私はそれを聞かされて、主婦に対してホントにイライラした。 向こうは、息子をかっさらったものの、老婆だけでは面倒は見きれない。引っ越したばかりで土地勘もなく近所の人をあてにできない。何よりも、自滅としかいえないような知恵のない今回の手紙を送りつけてきた。 ここまできたら、もう、待っているだけで「勝ち」が転がり込んでくるたたかいではないか。 それでも主婦は、何でも向こうの言うことを聞く、などと言っている。 口を出すなと言われたが、私は自分のことのように食い下がった。だって、このままじゃ、主婦だけじゃなく子どもまで可哀想じゃないか。「なぜ、そんなに弱気になるんだ。待ってれば解決は間近じゃないか。あの手紙は、後ろめたい職工たちの最後の悪あがきだぞ」「でも、私の母親に聞いたらね……」「また母親か。何だって」「養育費なしなら親権渡すと言われたと報告したら、それでいいじゃないかって言うし」「そんな……」「それに、私も疲れてしまったということもあるの」 私は、彼女のこういう親離れできない信念のなさは、とりわけ後半の混乱を招いたものだと思う。 彼女の姉や母親たちは、自分の肉親でありながら、それぞれの思惑や立場から、主婦の方が悪い、という立場から彼女にあれこれものを言っていた。姉に至っては、直接電話攻勢で仕事の妨害までしていた。 そういう期間が半年以上も続き、主婦は疲弊し、自分に自信がもてなくなっていたのだろう。 たしかに、主婦にも浮ついたところはあったかもしれない。しかし、夫の態度は、個人的な好き嫌いや評価の問題ではなく、明らかに人の道を外れる行為をくり返している。 しかし、事実に根ざした説明をしようとすると、母親や姉は聞こうとせず逃げてばかりいた。自分の意見が否定されるのが嫌なら、最初から関わらなければよかったのである。 肉親なら、もっと彼女を信頼して話をちゃんと聞いてやり、彼女の幸せを願う方向で事態の収拾に汗を流したっていいではないか。 主婦は、「負の家族」の一員ではあるが、同時に被害者でもあるような気がする。 アカの他人の私が、いいことなんかひとつもないのに彼女を守ってきたことは、結局、彼女のこういう気の毒なところを見ていたからかも知れない
2002.09.25
やれ調停だ、やれ養育費だ、やれ公正証書だ、といった主婦の責め口上から逃げてきた夫にとって、主婦が弁護士を使うということは、逃げ道を失ったという感じがしたのかもしれない。 今回の「相談役」による恫喝も、それが引き金になった居直りともいえた。 いずれにしても、仕事は一刻の猶予も許されないが、私は自分の机で仕事をしていても全く手につかない。結局、彼女のアパートの前で彼女の帰りを待つことにした。 彼女が戻ってきたのは夕方だった。 部屋の中に入るなり、私はすぐに成り行きを尋ねた。「どうなったんだ」「これから、印鑑証明をとりに世田谷の等々力に行ってきます」「印鑑証明?」「親権がほしけりゃ、養育費を諦めろって。誓約書を作るのに、印鑑証明をつけろと言われて」「印鑑証明なんていかなる法的な意味があるんだ?」「私の言うことがコロコロ変わるからって」「印鑑証明があると変わらなくなるのか」「でも、向こうが欲しがってるんだから仕方ないのよ」 主婦は、私とは目を合わせないような淡々と話した。「だいたい、そいつは何者なんだ。名前は何て言うんだ。弁護士なのか」「会社の相談役だって」 名刺を見ると、コピー機か何かでこしらえたような作り方をしていた。本当に会社の関係者かどうかも怪しい。「何でそんな奴と、大事な離婚についての話を決めなきゃならないんだ。おかしいと思わないのか?」「いろいろ言われてもがんばったんだけど、子どもを取られているし、どうしようもないのよ」 彼女はフローリングにしゃがみこみ、顔を抱えた膝に埋めてしまった。 こもった嗚咽が聞こえてくる。 私は、主婦を椅子に座らせてから、喫茶店での経過を聞いた。「口を出すなって言われてるけど、常識で考えてもちょっとおかしいんじゃないのか。だいいち、弁護士を立てたのに、何で直接会ってしまうんだ」「……」「養育費は親権と相殺できるものなんだろうか。どうもそこが腑に落ちないんだが」 彼女は少し落ち着きを取り戻した。「でも、向こうには、印鑑証明を取ってくると言ってしまったのよ。相談役とかいう人も、まだ喫茶店で待っていると思うわ」「何時間でも勝手に待たせとけばいいじゃないか」「もし、ここで約束を破ると、向こうの主張の正当性はどうであろうと、私が話し合いを放棄したという口実にされないかしら」 「まあ、そういうことはあるだろうな。だからこそ、弁護士と相談もせずに向こうと勝手に会ってはいけないんだよ。それにしても、その場に夫がいないというのは呆れた。責任感も誠意もない人間だな」 ま、そんなことは今にわかったことではないんだけどね。 しばらく沈黙の後、彼女は「一応、印鑑証明は取りに行くわ。取ってからまた考える。そうでないと、何か後悔しそうで」と言い出した。「仕事はどうするんだ。もう一刻の猶予も許されないんだぞ」 冗談ではないのだ。今晩納品できなければ減額は必至だ。「ご迷惑をかけていることはわかっています。いろいろよくしていただいたのに、こんな結果になって申し訳ありません。損害賠償は私に求めてください」「え?」「姉からは三日と開けず中傷の電話が入るし、その都度気の弱い私は、動揺していつも折り返しあなたに電話をして相談をしてしまい、結局あなたを道連れにする形で妨害に負けちゃった。もうここ何ヶ月も続いているし、母親のところに行ったりしたこともあったし、それで仕事に影響があったのは事実だもの」「納品日はそれを証明しているよね」 彼女が母親の実家に行った頃は、全く納品できていなかった。「しかし、その頃私は、事情を説明した上で夫に善処を求めている事実もある。夫の不誠実さは、もはや私の責めを免れるものではないよ」「もちろん、法的に立証できればやっちゃって構わないけど、そうでない場合の話。どちらにしてもあなたの被害は事実だし、因果関係もあるから」「うん」「夫にしろ姉にしろ、結局、私の側の人間だし、私がきちんと説明しておかなかったことが原因なんで、あなたの損害については私が責任を負うものだと思うの。その上で改めて、私の損害を夫に問えるかどうかは弁護士に相談してみるわ」 そこまできっぱり言われてしまうと、私はもう何も言えなかった。 主婦は、印鑑証明の登録カードを持って、私と一緒にアパートを出た。 あーあ、これでもう、仕事もパァだな。 そう考えると、何かここ数ヶ月維持してきた緊張のタガがプツン、と切れてしまった。もう、私一人だけでもがんばって、出せるものだけでも出そう、という気にはなれなかった。 再校分の納品を諦めたわけだ。ということは、初校までしか関わっていないということになるから、もう減額も必至である。減額は受注したもののトータルで行われるので、外注の支払いを考えると足が出る可能性もあった。 私との話が長くなったために、結局、主婦はその日の区役所の受付が間に合わなかった。 主婦はそこで、今度はちゃんと依頼した老弁護士に連絡した。「印鑑証明なんて、そんなものが要るなんて話は初耳だねえ」と老弁護士は「相談役」の要求をコバカにしていた。「でも、そう約束してしまったんで、こちらが約束を守るという意味で、取った方がいいと思ったんですが」「いや、それには及びません。必要ない物を要求する方がおかしい。そんな要求に従う必要はなし」 老弁護士にしてはめずらしく、この点だけはきっぱり言った。「とにかく、今後は私が話を進めますから、あなたは帰ってきて構いませんし、明日以降も印鑑証明の申請をする必要はありません」 いったん自宅に帰っていた私も主婦から電話を受け、また彼女のアパートに向かった。「弁護士の先生はそう言ってるんだけど、向こうには何て言ったらいいのかな」 彼女に聞かれた私は、こう答えた。「この件は弁護士に任せると通告したはずです。それとも、あなたは弁護士なのですか? と尋ね返したらいい」 主婦は喫茶店に電話をすると、「相談役」はまだ待機していた。 いくら自分から要求したとはいえ、もう六時間近くその喫茶店に居座っていることになる。 店だって迷惑だよな。どうせコーヒー一杯で粘っているんだろうし。「印鑑証明はとれませんでした。明日以降もお渡しできません」「ほう、じゃあ、子どもはどうなってもいいんだな」 主婦は、私の指示通りに返答した。すると、相談役はまた慌てて早口で「そんなことはどうでもいいだろう。弁護士がどうしたというんだ。法律が子どもの幸せを決めるのか。あんたは何を言ってるんだ」などと一方的にまくし立てて電話を切ってしまった。 全く知恵のない奴だ。ちょっと揺さぶるとすぐにボロが出る。 翌日、老弁護士は夫の会社に電話をし、協議離婚のための話し合いと協定書作りを主婦から依頼された旨を社長に告げた。 私の予想通り、社長は「何でこんなことぐらいで弁護士を」というニュアンスで警戒するような対応だったという。喫茶店での一件もあって、バツが悪かったのかも知れない。
2002.09.21
トレースの締め切りが今日いっぱいに迫った。もうかなり前からクライアントに、この日が最終期限と申し渡されていた。 出版社への最終的な入稿まではまだ何日かあるのだろうが、クライアントがチェックし、他の外注が制作した分との調整も行わなければならない。いずれにしても、この日までにできなければ、あとはクライアントが引き上げますという最後の日だった。 外注を使ったこともあり、普通にやっていれば何とかクリアできた仕事だった。しかし、あまりにも離婚問題に関したあれこれで時間とエネルギーを奪われすぎた。 それでも何とか再校までたどり着いた。この日、提出できれば、約束は守ったことになる。出来が悪いからと値引きされることはあるかも知れないが、とりあえず提出の約束さえ守っていれば、あとは話し合いだ。三校という猶予だってもえるかもしれない。 しかし、提出できないまま引き上げということになれば、「初校までしかやらなかった」ということになり、客観的に見て仕事を完了できなかったということになる。そうなれば、同社との請負契約書に従えば、三~五割の減額を言い渡される。 それは、今日一日で、あと二〇点ほどの校正ができるかどうかにかかっていた。 そんな大事な日の昼過ぎ、主婦から電話がかかってきた。「社長に離婚のことで呼ばれたんですが、行ってきていいでしょうか」という。「仕事中だろう。非常識だな」「私もそう言ったんだけど、『子どもの問題が大事だと思ったらすぐ来い』と言われてしまったの」 恫喝のような物言いだ。「おい、何もそれは今日でなくてもいいんだろう。こっちは一刻の猶予も許されないんだ。今晩ギリギリの締め切り納品に行くことはわかっているだろう?」「ええ」「これまで、どれだけあんたの夫に邪魔されてきたと思ってるんだ。リミットは夕方だぞ」「先方にそれはちゃんと話して、夕方になったら翌日にしてもらうか、こっちの納品がすんでからにしてもらいます」 主婦は、この数日前に社長宛に手紙を出していた。内容は私に言ったことと同じ。つまり、「当事者同士で話し合わせろ」というものだ。そして、協議離婚のための協定書作成書は弁護士を代理人とすることも表明していた。 それを受けての呼び出しだったので、主婦としては、今度こそきちんと話し合えるという期待があったのだろう。だからこそ、仕事がタイトな状況の中でも呼び出しに応じる気になったのだと思う。 しかし、「当事者同士で話し合わせろ」と言った挙げ句、弁護士が間に入るということは、本来なら社長のこの件における存在が否定されたことを意味する。社長の立場に立てば面白いはずがなかろう。 主婦が、先日四人で会った喫茶店に行くと、肝心の夫は姿を見せず、かわりに会社の「相談役」を名乗る柄の悪い男が社長とともに待っていた。 男は、目つきの悪い相好で主婦をじろりと睨むと、威圧的に切り出した。「養育費は要りませんという誓約書を書かないと息子は渡さない。そして、印鑑証明を持ってこい」「何でそんなものが要るんですか?」「あんたの言うことがコロコロ変わらないように担保を取るんだ」 落ち着きがなく滑舌も悪い話し方だが、知恵もなかった。協議離婚の協定書に印鑑証明が必要という法的根拠はどこにもない。さすが、夫の一派だけのことはある。 さらに男は、「何なら、子どもに親を選ばせてもいいんだぞ」 などと言って、鼻にかかったような笑い方をした。 七ヶ月も一緒に暮らしたから、父親の方を選ぶ自信でもあったのだろう。しかし、子どもが四歳児ということを考えたら、これもまともな人間の言うことではない。 主婦は、「一五歳にならなければそういうことはできないんですよ」とたしなめるように言うと、バツが悪くなったのか、男は急に不愉快な表情になり、「あんたはいろいろ調べてくわしいようだな」などと言って体裁を取り繕っていた。 その間、社長は隣に座って黙って話を聞いていた。自分が手を下さないつもりらしい。卑怯なオヤジだ。「相談役」は夫の代弁者を気取って、しばしまくし立てた。「今までのことも全部、女房であるあんたが悪いことにしろ」「そんなことできません」「子どもが帰ってこなくていいのか」「……」「親権が欲しいんだろう。それはあんた次第だといってるんだ」「……」「それから、あんたの後ろにいる、只野という男に謝らせて言い分を引っ込めさせろ。私の命令ということにしないで、あんたから説得しろ」「そんな。今までもさんざん迷惑をかけているし、只野さんは只野さんの体験や立場で腹を立てているのですから、そんなことできるわけないでしょう」「それでもやれ。やらないと息子は帰さない」「夫がそういっているのですか?」「相談役」はちょっと詰まってから、鼻の穴を広げて早口でまくしたてた。「……う、うるさいな。そんなことはどうだっていいだろう。何を言ってるんだ。そんなことを言い出すのはおかしいんじゃないのか。私がそういっていると言うことは、あんたの夫もそう言っているということだ。決まってるだろう」「子どもの問題と、只野さんの抗議がいったい何の関係があるんですか。不満があるのなら、夫が直接只野さんと話せばすむことではないんですか。少なくとも只野さんは夫と話したがっていますけど」 主婦もがんばっている。男は、ちょっと声を低くして「彼は、何も話すことはないと言っている」などと言った。「いえ、只野さんの方にあると言ってるんです。只野さんにはずいぶんご迷惑をかけてるんですよ」「それは、あんたとの別居問題で動揺していたときだから、彼は彼であって彼ではなかったんだ。動揺したときの行動は別人格だから、責任といわれてもそんなことは知ったことではない」 おいおい、四〇近い夫のはた迷惑な迷走の言い訳がそれか? そんなことで免罪されるんなら、世の中、警察も裁判所も要らないだろう。 男は、自分のくだらない回答に多少は自己嫌悪の気持ちがあったのか、話を打ち切るように手で振り払うような仕草をしてどなった。「ああ、もういい。それなら、私から只野に一言言ってやる。電話をかけろ」「今、仕事が大変なときなんでやめてください。それに、たぶん通話は録音されるから、後々もつれたら後悔することになりますよ」 それを聞くと、この男は急に話を変え、「ちぇ、もういいよ。どうせあんたら、一緒に暮らしてるんだろう? わかってるんだよ」などと中傷に移った。「只野さんは何度も夫に、『アパートに来て仕事ぶりを見るように』と言ってたんですよ。それでも夫は来なかったんです。見もしないで、そういう中傷はやめてください」「そりゃ、あんた方は夫婦喧嘩してるんだからな。わざわざ喧嘩相手のアパートなんか見に行くはずないだろう」 おい、「相談役」とやら。お前は脳みそがないのか? 主婦は、見てないんなら中傷するなって言ってるんだ。見ない言い訳なんか聞いてないんだよ。 次々言い負かされることが不愉快になったのか、「相談役」は急に声を荒げた。「おい、そうやってあんたが只野の肩ばかりもつから、あんたの夫は追い込まれるんだ。なんで夫の肩を持たないんだ」 こいつは、直前に自分の言った言い訳を忘れたようである。それがそのまま当てはまることだろう。誰が喧嘩相手の肩を持つか、アホか。 電話は、かけさせればよかったのだ。こんな知恵のない野蛮人を興奮させるのは私には朝飯前だ。興奮させて自滅させればいいのだ。 そもそも私は一人暮らしではなく、主婦は私の自宅の電話番号すら知らなかった。そう、私はこの「負の家族」のゴタゴタを一切家族には知らせていなかったのである。私は愚直だから関わっているが、普通なら話すらも聞きたくないようなばからしい出来事だから、私はこの件を自分の家族に聞かせる気などは全くなかった。 だから、私の家族にとって、彼女は取引相手の主婦の一人、という程度の認識しかなかった。私の自宅がいくら一戸建てといっても、ごく普通の民家だ。家族に内緒で「主婦と一緒に暮らす」などという芸当できるはずがないだろう。 ことほどさように、知恵のない「相談役」の話は不毛だったが、驚くべきは、夫がこのときその場に全く姿を現さなかったことである。自分自身の離婚問題なのに他人に女房を恫喝させ、自分は姿を隠す。 夫の人格を雄弁に物語る光景ではないか。 夫よ。お前は、自分の子どもに対してこうした態度をどう説明するつもりなんだ。「お父さんは、こうやってお母さんをやっつけたんだよ」とでも説明するつもりなのか。
2002.09.20
トレースの方は、ゴタゴタが続き、いよいよ一刻の猶予も許さないという状況になってきた。発注された分のデータはすでに提出していたが、その校正に往生した。 地図という精緻な制作物は、この校正が一苦労だ。海岸線などちょっとした狂いに対しても容赦なく朱が入ってくる。自分の担当分を直すだけでなく、外注とのミーティングもあった。朱が入ったデータは、連日バイク便で届き、こちらは外注と途中でおちあって、そのときの提出分と次の直しの分を受け渡してからクライアントにできた分を届ける。 毎日のように夜中に原稿を提出したので、外注の人たちもずいぶん苦労しただろうが、何より大変だったのは、全く未経験なのにディレクションを行う主婦だ。全く頭が下がる思いだった。ただ、考えてみると、私もMacintoshのイラストレーターは初体験だった。私も我ながらよくやったなあと思う。みんな大変だったんだ。 夫が自業自得で悩みを大きくして仕事を休んだり社長に迷惑をかけたりしている一方で、こちらは仕事に対しても必死だった。あんなとっちゃんぼうやとは、心構えも人間の出来も違うのだ。少なくとも私はそう考えてがんばった。誰もそれには文句を言えまい。 何度目かの校正が主婦のアパートにバイク便で届いたと連絡があり、私が取りに行ったとき、「離婚問題」の今後について話が出た。 切り出したのは主婦の方だ。「私は子どもさえ戻ってくれば、向こうのどんな条件でも飲もうと思うの」「向こうが養育費を払わないとか、謝れとか言っても、それを飲むということか?」 私は少し気色ばんで詰問すると、彼女は「仕方ないのよ」というニュアンスで、何度もカクカクと首を縦に振った。 私は「冗談じゃないよ」と思った。 そりゃあそうだろう。亭主の軍門に下るくらいなら、いったい今までの苦労は何だったんだ。「この前、団地でも言ったけど、向こうは結構追い込まれているはずなんで、あとはもうちょっと辛抱して待てばいいんじゃないのかなあ」 私はそう言ったが、主婦は頷いてはくれなかった。そればかりか、私を傷つける言葉すら口にした。「いろいろ考えたんだけど、あなたと結託していることがマイナスになっているかもしれないから、第三者のあなたはタッチしないで、当事者だけで話し合わせて欲しい」「え?」 私はこの瞬間、夢か幻聴かと思いたくなった。 それほど、この一言が悲しく悔しかった。 夫婦の問題なのだから、夫婦当事者で話すというのは当たり前の話である。もとより、私が夫婦のあり方を指図するつもりは毛頭ない。 しかし、それはむしろ私がこれまで口をすっぱくして言ってきたことであり、それをしなかったのは、姉たちを利用してきた夫の方なのである。 なのに、なぜ、今更、まるで私が干渉してきたからおかしくなったように言うのか。それが悲しかったのである。それはあんまりじゃないのか。 もともと私は、夫婦と無関係な立場であったのに巻き込まれて振り回されたのである。その立場から主婦の立場も思いやって抗議をしたら今度は邪魔だから消えてくれ、と言われているのだ。「あんたは身勝手すぎるよ。ご都合主義なんだよ」「……」「また母親か姉にネジをまかれたのか。あの人達はそんなに私が憎いのか」「……」 主婦よ、よく考えてみろ。もし、私が夫に睨みをきかせていなかったらいったいどうなっていたのだ。お前は夫とまともなコミュニケーションもないまま、もっとはやく夫の軍門に下り、しこりを残したまま団地の生活に戻るか、団地まで取り上げられて放り出されるか、そのどちらかが関の山だったのではないのか。 私も正直言って、「あのときああすればよかった」というこまかい作戦上の失敗や後悔はある。しかし、こんにち、お前が仕事をある程度覚え、夫の本性を知り、自分の頭で自分の幸せを考えて夫との離婚を決断したことは、長い目で見るといい方向であることは間違いないだろう。それは、たしかにお前自身の功績だ。しかし、私だってその道筋を掃き清める程度の貢献はしているんじゃないのか? 私がいなかったら、そういう現実はなかったんじゃないのか? だいたい、お前にとって本当の「マイナス」というのは、お前の身内でありながら夫を助けてきたお前の姉やその同居人ではないのか? 私はそんな内容で彼女をなじりながら思った。これはもう私に対する裏切りではないか。 そういう了見なら、仕事がコケたら、夫ではなく、額面通り責任者であるこの主婦に責任をとってもらおうか。私はそこまで本気で考えた。 思えば、この主婦をはじめとした「負の家族」たちとの縁を切るチャンスはここにあったのかもしれない。 だが、私はその通告をしようと彼女を見据え、「だったらお前に責任を……」と言いかけた瞬間、疲弊しきっている彼女の顔を見て、結局その場で三行半を突きつけることはできなかった。 私も結局は、気が弱い人間なのかもしれない。 別居以来、夫と姉のタッグによる中傷と私との板挟み、未経験の上に外注まで使って後には引けない過酷な仕事、そして七ヶ月待った挙げ句に連れて行かれた子ども……。 これらのことが重なれば、彼女がかなり疲弊するのも無理はないと同情してしまったのである。 疲れと動揺が言わせているのであって、彼女に「恩知らず」のレッテルはまだはれない。私は自分自身にそう言い聞かせた。 何より、今、私が彼女と喧嘩別れしたら、あの夫を喜ばせるだけである。 私がこの件に関わってきたのは、彼女の仕事の手助けと、人間のクズのようなふるまいを恥じない夫から降りかかった火の粉を振り払って糾弾することだった。 彼女の発言は悔しいが我慢しよう。そもそも、私が彼女にそこまで踏み込んでも、彼女に対して責任をとれるわけではない。「全面的に信じて私の胸に飛び込んでくれ」と本心からは言えなかった。「わかった。今後、夫婦の問題には何も口を出さないよ。しかし、これ以上仕事の邪魔をされたら、離婚問題がどうなろうが、その限りにおいて私の行動は保証できないよ」「すみません」 彼女は儀礼的に私に頭を下げた。 翌日、主婦の母親から電話がかかってきた。相談があるのだという。私に相談するとは、この母親もずいぶんかわったものだ。「ご存じの通りの状態なんで、私としては、弁護士を使って事態を打開しようと思っているのですが、どんなもんなんでしょうねえ」 向こうは、夫のことも主婦のことも知っている社長が出てきている。「元のサヤ」を希望する動機に限って言えば、私よりも純粋な人だろう。 それなのに、主婦がここで弁護士なんか使ったら、相手は態度を硬化させるのではないか。私はそんなふうに考えたが、母親には言わなかった。 主婦に「夫婦の問題に口を挟むな」と言われて白けてしまっていた私は、あまり真剣に相談に乗る気がしなかったのである。私抜きでやれるならやってみろ。そういう気分もあった。「まあ、いいんじゃないんですかねえ」 こういうのを「気のない返事」というのだろう。「どなたか、いい弁護士さんをご存じありませんか」「だったら、私が無料相談した弁護士なんかいいんじゃないですか。私の側からですが多少は今回の事情を知っているから、話も通りやすいでしょう」 私は、いつぞや相談した無気力な老弁護士を紹介した。
2002.09.16
鬼婆が息子を連れ去ってだいぶたってから、主婦と主婦の姉がかけつけ、夜まで待機した。しかし、鬼婆はもちろんのこと、夫もその日は団地に戻ってこなかった。 三人はミーティングを兼ね、最後の「東京の牧場」だった四谷軒牧場の跡地に建てられたファミリーレストランに入って遅い夕食を摂った。 心配した私は、主婦の携帯電話をならし、彼女が折り返しレストランから電話をよこして事情を説明してくれた。 電話がすんで、席に戻った主婦に、母親が呟いた。「只野さんという人を私はよく知らないけど、ずいぶんなトバッチリで嫌な思いもしたろうに、本当にお前のことを思いやっているようだね」 おっかさん。もっと早く気づいて欲しかったなあ。もう少し早く私を信頼して一丸となっていたら、こんなことにはならなかったのに……。 その日は、主婦と主婦の母親が団地に泊まることになった。多少神経質で寝付きが悪い母親は、「埃っぽくて汚い部屋だねえ」 などと文句を言いながら客用の布団にくるまった。 そりゃ、「夜逃げ」で荷物をまとめた状態なんだから、「埃っぽくて汚い」のは当然だ。もちろん母親だってそんなことはわかっている。ただ、部屋にでもあたらないとやっていられない心境だったのだろう。「あんたの夫は誠のない人間だよ」 母親はその日、枕元で何度も主婦に呟いた。 翌朝、主婦はそこから派遣元に向かい、夕方はいったんアパートに帰って着替えをし、今度は私が主婦を車に乗せて団地に向かった。 家賃一二万円の公団住宅は、玄関を入ると両脇に五畳の洋室と台所、さらに進むと六畳の和室が二間並んでいる。奥の向かって左側を姑に与えていたそうだ。何より新築で入っただけにこぎれいで広い。これだけの3DKなら、今なら分譲で三~四〇〇〇万程度はするだろう。 すでに荷物の一部は運び出されていた。夫は昼間、引っ越しを始めたらしい。 私はその点、すぐに注意をした。「おい、これはおかしいぞ」「何が?」「離婚も成立していない。財産の分与も決まっていない段階で、夫婦として買った物をあんたに何の許可もなく持ち出すことは許されないんだ。そりゃ、泥棒と一緒だよ。なめた真似しやがって。奴はどこまでふざければ気が済むんだ」「そうなの?」「セロテープとフェルトペン、あと赤い紙があったら出してくれ」 主婦がそれらを持ってくると、私は紙に次々「禁帯出」と書き殴り、それを家具にベタベタ貼り付けた。「赤い紙」というところがミソだ。「ついでに私の名前も書いてやろうか。お守りになるかもよ」「でもこういうものの権利は、早い者勝ちじゃないの」「早いもなにも、離婚も成立していないんだぞ。勝手に持ち出していいわけがないだろう。そんなお人好しを言っていたら、親権だって『早い者勝ち』と言われてしまうぞ」「それもそうね」 奥にある姑の部屋ではない方には、おいていった家具に混じって、子どもに買ったと思われる、兜や太鼓などがバラバラに飾られていたまま残されていた。「子どもを連れて行ったのに、これはおいていったのね。もしかしたら、出て行くのは自分たちだけで子どもは帰すという意思表示なのかな」 主婦が期待を込めるように呟いた。しかし、そうとは限らないので、馬鹿正直な私は「うん」とは言えなかった。「まだ引っ越し荷物は残っているだろう。第二弾で持って行く予定かもしれない」「そうか……」とガッカリする主婦。 この期に及んで、無根拠な慰めは意味がない。というより、その必要もないと私は考えていた。「でもね、私の予想ではかなり向こうは追いつめられていると思うね」「そうかしら」「考えてもみなよ。あんたを追い出してから七ヶ月。夫が、手のかかる小さな子どもを母親から引き離しても何とか無事に育てつつ強情をはれたのは、あんたの姉がいたからだ」「そうね」「あんたの姉さえ最初から手を引いていてくれれば、夫はもっとはやくギブアップしていたと思う。その頃、夫は私とメールをやりとりしていた。夫は私を恐れてはいたけれども、一方ではあんたとの間接的な交渉に私を使っていたという面もある。だからこそ、メールをやめたといいながら、まだ電話ではやりとりをしていた」「そういえば、マッサージ師の電話までは、たしかにそういう微妙な関係を維持してきたと思うわ」「そう。それが崩れた以上、いずれはこうなるしかなかったし、土地勘のない新しい引っ越し先では誰も面倒を見てくれないから、息子を人質にがんばっても、そう長続きしないと思う」「向こうでは保育園の手続きなんかもできないんでしょうね」 寂しそうにため息をつく主婦。 部屋には、夫婦のアルバムもそのまま残されていた。私はその中の一冊を手にして中をパラパラとめくると、まだ出会った頃であろう主婦と夫の楽しそうなツーショットの写真が何枚も貼られていた。 結局、その晩も夫は団地には泊まらず、私たちは深夜、諦めて団地を後にした。 翌日、夫から姉の家に連絡があり、「もう団地に戻ることはない」と言って、一気に残りの荷物を運んでいったという。 マッサージ師が、また夫の援軍を気取って文句を言っているらしい。曰く「赤紙を貼るとは何事だ。我が舎弟の稼いだものを舎弟が持って行って何が悪いのか」 マッサージ師よ。お前なんか誰も相手にしていないんだよ。もはや夫だってな。 もともとこの夫が姉とマッサージ師を頼ったのは、自分に都合がいいから利用しただけの話である。別にマッサージ師に友情なんか感じちゃいない。 私の予想では、マッサージ師はそれもわかっていた。わかっていても「舎弟」と言っているこの酔っぱらいが、むしろ私には哀れに見えた。 だが、こっちの話は我慢がならなかった。 その後、姉はわざわざ団地に出向き、せっせと「夜逃げ」後の掃除までしてやったという。 私はさすがに頭に来た。「あんたの姉という人は、いったい何なんだ。何で子どもまでさらって自分の妹と敵対する人間の、夜逃げの後始末までするんだ」「ごめんなさい。姉はそういう人なの。全体から見た善悪や事態の流れを読む判断力が欠落していて、そのときどきの雰囲気でしか動けない人なの」「だけど、今回の場合、ただごとではないんだぞ。あんたは子どもまでさらわれているんだぞ」「今まで黙ってたけど、春に私が追い出されたときだって、夫は『今日は家に入れたくない』と言っただけなのに、『じゃあ、家に泊めるわ』って二つ返事で自主的に別居の受け皿を引き受けたらしいの」 この話も私は初耳だったが、さもありなんだ。「それじゃあ、こんにちの事態を招いた張本人じゃないか。社長じゃないけど、姉の責任は重いね。もちろん、おおもとは夫だけど、諫言をしてこなかった責任は重いよ」「同居人のマッサージ師も、ああいうふうだから、気の弱さと無責任さから、姉を諫めることができずに、同調することしかできないの」 思うに、この姉は、「自分を必要としてくれる人がいい人」であり、その人のために動くべきである、という「奉仕」的価値観を持っているのだろう。たとえ、それが自分の身内の敵であろうが、自分を利用する人間であろうが、そんなことはどちらでもいいらしい。だから、夫の要求で何でも言うことを聞く。その一方で、もし、私が夫を名誉毀損で訴えるので姉に証人を依頼しても、姉はそれを引き受けるだろう。 こういう人間て、結局は誰にも信用されなくなってしまうのだが、それでもこういう生き方を改めることはできないんだろうな。どういう価値観で生きるかはその人の自由だが、マッサージ師同様、可哀想な人だと私は思っている。
2002.09.14
「大変だ。息子が連れて行かれるよ!」 派遣先の主婦の携帯電話に主婦の母親から連絡が入った。 電話を受けた主婦は、急いで団地に向かった。 主婦と主婦の母親は、この日までに、子どもを強引にでも引き取ることを決断していた。 子どもを強引に引き取れ、というのは、すでに私が四ヶ月も前から彼女に進言していたことだった。彼女はそれに対して「仕事が軌道にのらないうちにそれはできない」と主張し、口論にもなった。 しかし、喫茶店や渋谷での話し合いにおける夫の不誠実な態度に、ついに見切りをつけざるを得ない時期に来たと判断したのだろう。 まず最初に母親が団地に行き、身支度や当面の生活に必要な衣服・道具などをとりまとめた上で、仕事を終えた主婦が駆けつけることになっていた。 母親が団地に行き、ベルを押すと、ドアを少しだけ開けた夫の母親が顔を出した。そして、今まで見せたことのない鬼婆のような形相で母親に連れがいないか左右を確認した後、家の中に入れた。 部屋の中に入った母親は驚いた。何と家財道具の多くは段ボールに梱包され、引っ越しの準備がおおむね完了している。そして、鬼婆は引っ越し先に向かうつもりだったのか、息子に靴を履かせようとしていたところだった。もちろん、この引っ越しは何の予告もない「夜逃げ」に等しいものである。 主婦の母親は引き留めようとして息子の手を引いたが、鬼婆は主婦の母親を小突き、子どもを抱えるようにして玄関を出ようとした。 鬼婆は一六〇センチをゆうに超し、好物の天ぷらを毎日ばくばく食べているせいで体重も七〇キロ近い。女性、とくに老婆としては巨漢の部類に入れてもいい。何しろ、以前盲腸の手術をしたときに、腹の脂肪で傷口がふさがらなかったそうだ。主婦の母親も、マッサージ業を営んでいて肱(かいな)力は強いが、体格的にはずっと華奢である。 母親はまず、説得を試みた。「ちょっと待ってください。娘に無断でこんなことしたら、あとで禍根が残りますよ。この子はあなたの子ではないでしょう。そんな勝手なことをしていいんですか?」 それには答えないで靴を履く鬼婆。 母親は、今度は息子に直接話しかけた。「後でお母さんが来るから、ここで待ってましょうね」 しばらく母親と会っていない息子は、無邪気に「お母さんて、誰のお母さん?」などと答える。「忘れたのかい。お前のお母さんに決まっているじゃないか」 母親も必死だ。「ぼくのお母さんは、お仕事で遠くに行ってるんだよ」 夫と鬼婆は、四歳児にこう言い聞かせて、七ヶ月我慢させてきたのだろう。 靴を履き終えた鬼婆が息子の手を引いて出ようとしたので、主婦の母親は、慌てて子どもを手中に引き込みいったん部屋まで戻した。 すると鬼婆は、腹の底から絞り出したような「キィ~」という唸り声あげて靴を履いたまま部屋まで戻り、息子を取り返そうと乱暴に息子の手を取った。 この瞬間、四歳児は二人の祖母から左右の腕を引っ張られ、まるで体を縦半分に引き裂かれるような状態になった。 身体的ショックとともに、その光景にビックリした息子は火がついたように泣き出した。 息子の反応を見た主婦の母親は、瞬間的に息子を気遣いすぐに手を離したが、知恵のない鬼婆にはそういった細やかな配慮はなく、すさまじい形相のまま息子をひったくるようにして小脇に担ぎ、脱兎ならぬ脱熊のごとく部屋を飛び出して行き、二度とこの団地には戻ってこなかった。 その後鬼婆は、団地の前でタクシーを拾い、何も知らない息子とともに、団地のある世田谷から、転居先である千葉県のベッドタウンまでタクシーで直行した。いったい何万円取られたんだか。…… 時は流れ、六年後、テレビで「嫁姑の対決」番組を観ていた息子は、ポツリとつぶやいた。「嫁姑なんて凡庸だね。姑同士の対決っていうのもあるんだよ」 子どもは決してあの日のことを忘れてはいない。
2002.09.13
社長から主婦のもとに電話がかかってきた。離婚にあたって、養育費など具体的に決めるために夫婦二人だけで会ってみろということだった。 主婦には依存はない。話し合いができなかった原因は、逃げ回っている夫の方にあったのだから。 場所は前回と同じ渋谷。主婦の元に現れた夫は、すでに顔面蒼白で緊張していたという。「離婚の条件は何ですか?」 ろくに挨拶もせず、大学ノートを開いて他人行儀に夫が質問した。「こないだ話したように、養育費の取り決めと団地の立ち退き。子どもの引き渡し。あとは細かいことだけど、今、私のMacintoshに入っているソフトのマスターディスクとシリアル番号。今のままでは不法なコピー使用になってしまうし、今後ハードディスクを再セットアップすることもあるから、マスターディスクをちゃんと欲しいの」 主婦の要求は、もうここ数ヶ月同じことがくり返されている。 夫は、震える唇をやっと動かすように「団地は、私が引き払ったらどうするのですか」などと尋ねた。「それをきちんと言わないと、引き渡しはできないの? さあて、どうしようかしら。今までさんざんお世話になったし、只野さんに使っていただこうかな」 夫は、頭の先から出てきたような声を震わせながら「あ~、そうですか。そういうことなんですね」などといって、震える手で大学ノートにメモをした。 お前の体臭と安タバコの煙が壁や天井に染みついたド田舎の団地なんか、不浄と不便すぎて金をもらったっていらねえんだよ。 これは冗談ではないのだ。私はすでに、都心まで乗り換えなしの地域にある一戸建てに住んでいるし、そもそも書き屋としてはめずらしく、タバコもコーヒーも一切受け付けないクリーンライフである。愛煙家は自家用車にも絶対に乗せないほど徹底していた。「養育費はいくら欲しいんですか」 夫はロボットのように質問をくり返す。主婦は、「一〇万円、と言っとこうかしら」とまず答えた。 それを聞いて顔が引きつる夫。「一〇万円」というのは、夫の母親が田舎にいた頃、家庭生活を犠牲にしても続けさせた仕送りの額である。「母親に一〇万円払えて、息子に一〇万円払えないの?」という皮肉のつもりで主婦は言っただけだったが、知恵のない夫は気がつかなかったようだ。「養育費は払い続けなければならないものだし、支払者の能力や誠意の問題が絡んでくるから、まずそっちが自らの責任できちんと意見を言って欲しい」と主婦は続けたが、夫はそれを無視して、「一〇万円ですね。わかりました」などと言ってプルプルとノートにメモした。手の震えと緊張のあまり、書かれた字は本人でもほとんど判読できないであろうほどゆがんでいる。 しかし、こいつはこれを持ち帰って、社長に「只野と暮らすから団地を出て行けと言われました」「一〇万円払えと脅かされました」などと報告するに決まっている。これまでも、そうやって問題を大きくしてきた。 このとっちゃんぼうやは、いつまで不毛な脚色で同情を引く田舎芝居でもり立ててもらうつもりなのだろう。 主婦は、核心部分に話を移した。「それで、子どもにはいったいいつ会わせてくれるの」 夫は、待ってましたとばかりに急に姿勢を正し「さあ、一〇年先かもしれない。ずっと会わせないかもしれない」 などともったいぶった。「だって、七月の時点で、私の母親や姉にも宣言して、私にも手紙で約束したでしょう。親権も渡すし養育費も払うって……」 夫は、口元に薄ら笑いを浮かべてそれには答えなかった。 こいつには、子どもを人質にして女房に「勝つ」というくだらない目論見があるらしい。 しかし、別居以来七ヶ月。七月以降は交渉を逃げられた挙げ句、この返答では主婦も辛いだろう。 しばしの沈黙の後、主婦はこらえきれずに嗚咽し、涙をリノリュームの床にポタポタ落とした。夫はその落ちた先にちらっと視線を移し、落ちる音を確認するような表情をしてから、また主婦の泣き顔を無表情で見続けた。 その視線は、人間が人間を見る視線ではなかった。 おもむろに、夫はこうつぶやいた。「あのとき、お前を殺していればよかったと思うこともある」 ついに白状した。これが、こいつの人格的本性なのだろう。 主婦は、いたたまれなくなって席を立ち、トイレに駆け込みワンワンと泣いた。そして、気持ちをいったん落ち着かせて席に戻ると、力を振り絞って今度はこう尋ねた。「只野さんの件はどうするの? 今日のことも私は報告するわよ。正義感の強い人だから、たぶんあなたは無傷ではいられないと思うわ。損害賠償は決してハッタリでも強請たかりでもないのよ。自分のしたことには責任もてるんでしょう?」 すると夫は、急に目をつぶり、肩で息をしながら全身が小刻みにふるえ出した。形勢逆転である、「うぅ。今は、今はそのことは言いたくない、言いたくない」 などと独白のように言葉を発し、水を飲もうとコップを握ったが、震えのために水がこぼれて手にかかってしまった。 動揺を見られた夫は気まずくなり、「これで話は終わりだ」 などと言って慌ててノートをしまい、レジで勘定を済ませると彼女を振り返りもせずに早足で雑踏の中に消えてしまった。 その日の夜、主婦の姉から主婦のもとに電話がかかってきた。 渋谷の話し合いの後、また姉の所に寄ったらしい。社長の話では、告げ口は解雇のはずである。もっとも、こちとら、あの「職人ワールド」のおっさんが約束を守るとは思っちゃいないが。 姉は主婦にこう報告してきたという。「もう声もかけられないぐらい真っ暗な表情。うちの娘も、『まるで死刑宣告受けた人みたいだ』って言ってるわ」 バカが。小心なとっちゃんぼうやの分際でイキがるからだ。「どうしてそんなに暗くなるの? 離婚するから?」 主婦が尋ねると姉は「うぅん。何か、養育費に一〇万円とられる話をしてたから、お金のことじゃないのかしらねえ」「一〇万円にしとこうか、と言っただけで、一〇万円を正式に要求なんかしてないわ。何しろ話の途中で、急に席を立ってしまったから、結論も出てないのよ」 こいつは、家庭の崩壊よりも一〇万円の方が大事だったんだなあ。 月謝を払いたくないと言って息子の幼稚園入園に反対したり、赤ん坊が寝ているからとフロッピーディスクの音を注意されただけでむくれたりした話は、こいつならあり得ると私は思った。 こいつは、正真正銘の札が付いた、心の貧乏人なのだろう。
2002.09.11
「そう。絶対なんだな? 絶対に告げ口はしていないと言い切れるか!」 主婦の姉への告げ口を、していないととぼける社長&夫に対して、私は夫を睨みつけて念を押した。 社長は、「絶対」と言われて自信がなかったのだろう。別の逃げ道を提案した。「ではこうしましょう。今後、一切告げ口はさせない。私が約束する。もし告げ口をしたら、この男は解雇しましょう。それで、いいじゃないですか。私に免じてこれで勘弁してくださいよ」 ふん、解雇なんかするつもりないのはお見通しだ。その程度の結びつきなら、仕事ができなくなっていたここ数ヶ月の間に、とっくに解雇していただろう。そもそも、これまでの話をしているので、いきなり「今後」の話なんかされても噛み合わないんだよ。 みえみえの出任せで堂々と論点を逸らす。「解雇」が本当にあるかどうかはどのみち未来のことだから、今の段階では「嘘」とは言いきれない。そしてそれを譲歩するような口ぶりで使うことで事を収めてしまおうとする。 こいつはやはり、侮れないタヌキオヤジだと私は思った。社長は、さらにこうも言った。「只野さん。はっきり言いましょう。私はあなたのメールをこの男から全部見せてもらいました。その上で話をしています」「経緯を全部知っているという意味ですか?」「そうです」「ほぉ~。なら話の通りはいいんでしょうね」「まあ、この男は見た通りの男なんで、ちょっとしたボタンの掛け違いもあるでしょうけど……」「『掛け違い』というより、わざとボタンをはずして騒ぎを作っていると言った方がいいでしょうね」 夫の方を睨み付け「あんた、私より年上なんだろ。範をたれるべき立場ではずかしくないのかい」と吐き捨てるように言った。 社長は、「あれ、お前の方が年上なのか」と、初めて聞いたような反応を示してから夫に確認し、夫は例の姿勢のまま、かすかに頷いていた。 それを見た社長は、小考した後、それ以上は私のことには触れず、話を主婦に向けた。「それで、どうなの。これからのこと。やり直せないの?」 主婦は即答だった。「その気はないですね。別居してからもいろいろあって、どんな人かということがはっきりわかってしまったし」 社長は、それを聞くと、ちょっとだけ寂しい顔をして「そうか」と呟いた。できればもとのサヤに収まって欲しいと思ったらしい。 実を言うと、私も本音ではこの社長と同じ考えだった。「そうすると、別れる条件も決めなくちゃならないね」「いえ、それはもうずっと前に伝えてあります。養育費を決めることとか、団地を出て行って欲しいとか」「だって団地の家賃はこの男が払ってるんだろう」 社長が「仲裁」ではなく夫の立場に立った発言になりかかったので、私も助け船を出した。「そうじゃないでしょう。夫婦生活における財産は共同。つまり、家賃は夫婦で払ってきたんだ。ただし、もともとの権利は主婦のもの。別れるんだったら主婦の元にお返しするのが当然のことでしょう」 社長は言い返せず下を向いた。そして、右手に握り拳を作り、親指と人差し指の腹をこすり合わせながら押し黙っていた。「私個人の意見を言わせてもらえばね、この人は、彼女が東京に出てきて生活の基盤を作ってから、転がり込んできて仕事も面倒見てもらったんでしょう? 彼女にもともと世話になって、かつ自分では何もしようともしない。そんな甘えん坊が何を偉そうにしてるんだってことですよ。 離婚するんなら、それを機に今度は自力で生きてご覧なさいって私は言いたい。いつも女房とか社長さんとか、人に面倒ばかり見てもらっているから、四〇近いのに一人前になれない。社会人としての自覚と責任も持てない。今回だってそうでしょう? 今日の態度だって何だ。すねたガキと同じじゃないか。たぶん、こっちが言っていることも彼は咀嚼できないんじゃないのか? 離婚するんなら、団地は出て、自分で自分の住むところは探すこと。とにかく一からやり直すことを私はお勧めしますよ」 夫が全く手をつけないオレンジジュースは、氷が完全に溶け、コップの外側についた水滴は下のコースターをぐっしょり濡らしていた。 時間が夜の一一時を過ぎ、私たちは喫茶店を出た。夫は、近日中に改めて返事をするということになった。 夜の道を、前列は私と社長、後列に瀬戸際夫婦が続いた。 このときの社長は、すでに商売人の物腰に戻っていた。「いやあ、只野さん。しかし、あんたの手紙を見て感心しましたよ。あんた、相当腕のいい人だねえ」「弁が立つ」とか「筆力がある」ではなく、「腕のいい」という表現は、社長に他意はなかったのかも知れないが失笑を禁じ得なかった。 このおっさんの思考は、どこまでいっても職人のノリなのである。そもそも私信に腕がいいも悪いもないだろう。 後ろの瀬戸際夫婦はこの間、一言も会話がなかった。 車を止めてある十字路になった。 このとき、夫は一応会釈だけはしていたようだが、私たちとは目を合わせず、すぐにコソコソと歩いていってしまった。「いくら瀬戸際夫婦でも、言葉を交わした挨拶ぐらいしろよ」 私はそう思いながら、社長に挨拶をして主婦と車のある方に向かった。 私たちは、特に言葉を交わしたわけではないが並んで歩き、パーキングエリアに止めておいた車のキーを開け、彼女が乗り込んだことを確認してから自分も乗り込もうとした。 そのとき、フッと十字路の方を振り返ると、いつの間にかそこには夫が戻ってきて、仁王立ちでこちらを睨み付けていた。 遠くだったからかもしれないが、このときは、私と目があっても視線を動かすことなく立ち尽くしていた。車が出てからも、ルームミラーからそれをはっきりと確認することができた。
2002.09.09
喫茶店で四人が揃った。奥の席には、左から社長、夫が座り、手前側には左から主婦、そして私が座った。 まず、それぞれ飲み物を頼む。社長と主婦はホットを、意外にもコーヒーが苦手な私は紅茶を、夫は低くボソボソと聞き取れない声でオレンジジュースを頼んだ。この日、夫が声を発したのはこのときだけだった。社長が話すことを禁じていたようなのだが、かりに禁じなくても、真ん前に「天敵」の私が座っていたんだから、どのみち満足には話せなかっただろう。 話さないだけでなく、姿勢も同じだった。背中に物差しを入れたようにつっぱらかり、肘はまっすぐ下に伸ばして股のあたりで両手を握った状態。表情もほとんど変えず、視線は天井の一点を凝視したままで四時間近くがんばっていた。自業自得で自分を拷問状態にして、全くもってご苦労なことだ。 出てきたおしぼりで手を拭いていたが、重い沈黙が続いている。先陣を切ったのは社長だった。「まあ、いろいろあっただろうけど、やはり本人同士で、どうしても別れるのか、やり直せるのか、きちんと決めたらいいと思う。何しろ、いろいろプレッシャーがかかっちゃって、本人は満足に話せない状態なんだ」 おっ、社長さん、きっかけを作ってくれたんだね。 私は、フッと聞こえよがしに息をついてから、バカにするように言い捨てた。「それはこの夫さんの自業自得でしょう。私はもともと、この夫婦とは何の関係もないんだから」 それを聞いた社長は、ぷるぷると震える手で私を指さし、目は大きく見開き、沸き上がる感情に言葉が追いつかないように口だけをアワアワと動かす状態を暫し続けてから、「あ、あんたが、し、仕事なんか誘ったからいけないんだ」などと怒鳴っていた。 決して普段ドモる人ではないので、よほど興奮しているのだろう。 私は、怒鳴り返すタイミングを見計らうために、夫を見ながら一発返した。「聞き捨てなりませんね。私は、こちらの方から許可をいただいて仕事を始めたんですよ」 指さしをやめず、しかし、さっきよりは流ちょうに社長が答えた。「しかし、亭主としては建て前と本音というのがあるでしょう。そのへんをひとつ、あなたもわかってやって……」 よし、今がチャンスだ。「甘ったれるんじゃない! だったらこっちに何をしてもいいってぇのかっ!」 私は、腹の底から声を出して、テーブルをドーンと叩いた。 店中に響き渡る怒声で、店内がシーンとしてしまった。社長も指していた手をソロソロと下ろした。 ちと効果がありすぎかな。まあいい。この勢いでいくしかない。 私は心持ち大きな声で一気に続けた。「なんで私がこの男にそこまで配慮しなければならないんだ。その理由は何ですか。あったら言ってみなさい!」 今度は私が社長をスパッと指さした。社長は、指先から視線を逸らしあらぬ方を向いてしまった。「だいたいね、勝手に人の家の住所を調べて、こっちが頼みもしないのに夜中に女房を送り出しといて、この人は何と言ったか。『私は訴える気はありませんからどうぞご安心を』だって。それで周囲には『間男』呼ばわりか? あんたなあ、あんたの言ってることはなあ、勝手に財布を人の家に放り投げて、そこの家の人にf『泥棒というのは勘弁してあげますからご安心を』なんて言っておきながら、近所に人には盗人呼ばわりしているのと同じ事なんだぞ。自分でやってることがわかってるのか?」 ちらっと夫を見るが、夫は相変わらず“幽体離脱”状態だ。「何が『自分の女房に成功してもらいたくないわけがない』だよ。だったら何で、いろいろな嫌がらせをした。ん? あんたの女房は母親の所にいっちまって、こっちは仕事が止まって今でも大変なんだぞ。 それに何だ、あのマッサージ師の電話は。私がいつ、連日のようにポケットベルを鳴らしたんだ。いつ、団地の権利をくすねようとしたんだ。小さいことでも、それを口実に彼女は毎日のように姉から電話で嫌みを言われていたんだぞ。主婦の身内を巻き込むなって私に何度言わせたんだ! 自分のお袋に今回の事情を話せないのは、あんたがだらしないだけの話。あんたの女房が、あんたのお袋が嫌だといってるんだから、お袋を聖域にしていたら何も解決しないだろう。私に酔っぱらいを差し向けて何の意味があるんだ。ふざけんのもたいがいにしろ!」 夫は、マッサージ師の話をしたときだけ、涙ぐんだ視線を私に向け、ちょっと唇をすぼめて何かを話しそうな状態になったが、すぐに元に戻ってしまった。 社長は視線を逸らしながら、私を制すこともなく黙って聞いていた。そりゃそうだ。どうせこの夫は、自分にとって都合の悪いことは社長に言ってないはずだ。社長も初めて聞くことも出てくる、ということは覚悟しているのだろう。「で、彼女が、今、抱えている仕事が約三〇〇万。それが転けたら、私はお手上げだ。だから邪魔はしないで欲しい、ということはもう三ヶ月前からたびたびあんたにお願いしているはずだが、事態はいっこうに改善されない。話し合いといっても逃げてばかり。これはどういうわけだ」 夫に答えさせようとすると、それを制して社長が、「いやあ、すごいなあ。三百万ですか。ウチなんか何円の仕事ばっかりだ」などと茶化した。「こういうときに、つまらない茶化しはやめてもらいましょうか」 私が制すると、社長は、「要するに、それは電話をして仕事の妨害をするこの人のお姉さんがいちばん悪いということだね」などと答えた。「姉にいちいち告げ口して味方につけようとする、この夫がいちばん悪いに決まってるでしょう」と私。「おかしいなあ。私もさっきこの男に聞いてみたんだが、お姉さんには告げ口はしていないと言っているけど。その方の独り相撲ではないんですか? だとすればこの男の方が被害者ですなあ」ととぼける社長。「そう。絶対なんだな? 絶対に告げ口はしていないと言い切れるか!」と夫を睨みつけて念を押す私。 つっぱらかったまま、涙が一筋、つつーっと頬を流れる夫。夫の口元に手をあて、「話すな」という仕草をする社長。姉に責任を押しつけられ、ちょっと気色ばんだ表情の主婦。 何とも重い光景だ。
2002.09.08
例のごとくトレースで悪戦苦闘していると、主婦から電話がかかってきた。「夫の会社の社長から電話がかかってきたわ」 私は、ついに出てきたか、と思った。 夫は逃げる一方で、また半月近く膠着状態が続いていた。 どうせ奴はロクに仕事も手につかないのだろう。そんな状態が数ヶ月続き、社長ももう我慢の限界なのかもしれない。その限りでは社長もこの夫婦問題のトバッチリを食っている人間ということも言える。「そうか。で、用件は?」「私が間に入って話をするって。それで、今度、会社の方に行くことになったんだけど」「そうか。なら、私も行くよ」「いいの?」「ここまでかかわったら仕方ないだろうな。当然、夫も交えた話し合いになるんだろう?」「たぶん」「なら、言いたいこともあるからついていくよ。私は、まだ一度も夫にあったことがないんだ」「ああ、そうだったわね」「今までもいろいろあったし、私だって一言二言、言う資格はあるだろう」 主婦にとって、この社長との付き合いは、東京に出てきて就職した印刷会社にはじまるという。主婦は、この社長について、当時の相場より高い給料を要求したり、社長が新しい会社を作るときも、誘われたにもかかわらず固辞したりしたいきさつがあるからか、あまり悪くは言わない。 それも、私には「ちょっとやりにくくなるかなあ」という思いを抱かせた。 ただ、それ以上に、この社長に対しては、私の留守番電話に入っていたメッセージと、直接話したときのギャップが大きかった「ダブルスタンダード」というイメージがひっかかっていた。 夕方、出向く前にちゃんぽんの店で腹ごしらえをしたが、正直なところ、あまり食は進まなかった。私は、この一連の出来事でトバッチリを食った立場であり、終始余裕綽々だったのだが、このときだけは何か妙な胸騒ぎがして落ち着かなかった。「こいつは百戦錬磨のタヌキオヤジだ。夫とは違い、気をつけなければならない」 私はこの社長を直感的に警戒していた。 会社までは私の車で向かった。心の準備をしておこうと、途中、社長がどんな顔をした人間なのか、主婦に尋ねた。「うーん、頭のはげた、背の小さい人」 私がイメージした、小柄なはげちゃびんオヤジに近い人物が、ちょうど車の横の歩道を歩いていた。開襟シャツを着て、集金用鞄を小脇に抱えている。見た感じ、近くで話すとヤニ臭そうで、やや高めの濁声で話しそうな感じがする。「おい、あんなもんか?」と主婦に聞くと、「ああ、ああいう感じかもね」 と答えた。 私は以後、会社に着くまで、そのオヤジとの脳内ロールプレイングに熱中していた。 そして会社に到着。 ノックして入ると、聞き覚えのある声をした小男が歩み寄ってきた。「ああ、どうもご苦労さん。こっちにかけて」と、応接用のソファを指し、私を見ないようにして主婦に笑顔で声をかけた。「しばらくだったねえ」 どうやら、この男が社長らしい。小男ではあるが、さっきのはげちゃびんオヤジとは全くイメージが違う。開襟シャツではなくネクタイもしていた。少しだけ声が太くなった橋本龍太郎元総理を連想すれば近いのではないか。 主婦は、社長に私を紹介した。私は名刺を出して堂々と挨拶をした。社員たちの視線を感じる。営業と思われる背広を着た男は、薄ら笑いを浮かべながらこちらを見ている。たいした男ではなさそうなので、本当なら、にらみ返すか、文句を言ってやってもいいのだが、場所と用件をわきまえてグッと我慢した。オフィスを見回したが、夫らしき人物は見えない。きっと別の部屋に隠れているのだろう。 社長は、一瞬こわばった表情で名刺を受け取った後は、また相好を戻して名刺をしばらく眺めた後、「ま、ここじゃなんだから、場所を変えよう。駅前のルノアールに行っててくれる?」と、今度は私を見ながら答えた。 車に戻った私は主婦に、喫茶店までの道を尋ねつつ、軽く苦情を言った。「何だ、さっきのオヤジとは全然違うじゃないか。こういう交渉事は気持ちも大事なんだ。せっかく脳内で組み立てたイメージが壊れてしまうと、出鼻をくじかれたような気持ちになって後手後手に回ってしまう」「ごめんなさい。何か忘れちゃったのよ、社長の顔」「忘れたって……。夫よりも付き合い古いんじゃないのか?」「うーん。でも忘れちゃったんだから仕方ないじゃない」 そうだった。この主婦の記憶力を私は忘れていた。この頭の悪さが、気持ちの切り替えの早さにプラスに働くからライター向きだと私は思っていたのだ。うーむ。こんなところでその負の面が出るとは……。 駐車場の場所探しがちょっと手間取ったため、喫茶店に着くと、すでに社長は奥のソファに陣取っていた。 そして、隣には下を向いて緊張している男がいる。 もちろん、夫である。 主婦からは何回か写真を見せてもらっていたので顔はわかっていたが、この日の実物はさすがに若干やつれて見えた。身長一七〇センチ、体重七〇キロというが、もっと背が高く、そしてもっと痩せているように見える。「あんたが夫だね」 私は、ソファに腰掛けながら、思いっきり低く重い声で問いかけ、にらみつけた。 夫は、無表情な顔を上げ、かすかに頷いた。無表情といっても、「アウト・オブ・眼中」というニュアンスのそれではない。もしそれが科学的にあればの話だが、魂がすでにその場から逃げ出してしまっているような無感性な面持ちだった。よほど緊張し、そして私をおそれていたのだろう。 しかしな、夫よ。それは私のせいではなく、みんなあんたの自業自得なんだよ。 怖がっている夫には悪いのだが、主婦の大ボケのおかげでいきなり気持ちが負けていた私は、流れを自分の側に持ってくるために、ちょいと乱暴だが、唐突に夫を怒鳴りつけることで主導権を握ろうと企てた。
2002.09.07
コソコソ逃げ回りながら、その一方で遠吠えをやめない夫に対し、私は仕方なく手紙を書くことにした。電子メールはこれまでにも何通か出していたが、郵送の手紙を出すのは初めてだった。というか、これが最初で最後だったのだが。 私は、できれば手紙は避けたかった。ひとつは、私の場合、どうも表現が厳しくなることと、もうひとつは電話や実際の会話と違い、その場で返事を得られるわけではないので、まどろっこしいという気がしてならなかったからだ。しかし、夫が文書を求め、以降逃げ回っている以上、仕方ない。 私は、次のような内容を記した。マッサージ師は、夫から聞かなければ知り得ないことを以て私に電話をしてきたが、「信書の開披」は立派な刑法上の違法行為であること。仕事を邪魔されて現時点でも当方がピンチであること。 そして私個人の意見として、離婚するのならいっそのこと田舎に帰って欲しい、とも書いた。 もともと主婦は東北出身だが、この夫との不倫が原因で、前夫との離婚の条件として、その土地を出て行くことを言い渡されて上京していた。主婦が東京で働き場所を見つけてやっと暮らしが落ち着いた頃、主婦のアパートに半ば強引に転がり込んだのがこの夫だったという。 この夫は、離婚の原因を作っておきながら、主婦の東京の生活を前もって用意してやるどころか、逆に自分が世話になっていたわけだ(笑) 勤務先もそうだった。もとはといえば、主婦が勤務していた印刷会社に主婦の口利きで夫も世話になり、その会社から分立する形で現在の夫が勤務する会社ができたのだという。 つまり、この夫は、自分の「東京の暮らし」を始める際、何の開拓的努力もせず、主婦の世話になりっぱなしだったのである。それなのに、よくもまあ、あれだけ威張れたものである。まるで自分の団地のようにして主婦を追い出し、私に対しても偉そうな態度と遠吠えをやめず、そのくせ、夫としても父親としても社会人としても何ら責任をはたせない。 こういう男を、日本語では「恥知らず」というのではないのか。 離婚するなら田舎に帰って出直しやがれ、というのは、その意味で、私のこれまでの怒りが込められた罵倒という意味合いが多分にある。それとともに、電車にも乗れない字も読めない何も覚えようとしない夫の母親をこれ以上東京においておくのは酷である、という私なりの思いやりでもあったつもりだ。東京のせちがらさは、夫や夫の母親が住みやすいようにはできていないのである。 田舎で何十年も暮らしてきた人を、年をとってから東京に引き取るというのは、どうなんだろうか。 手紙は、最後の「田舎帰れ」の件は別として、改めて、主婦の姉やマッサージ師はこの問題に絶対に巻き込まないこと、主婦の仕事の邪魔はしないこと、という二点を約束するよう求め、それが守れないならこちらも自分の利益のために動かざるを得ないということを予告して結んだ。 夫からは返事は来なかった。 自分で「文書で」と言っておきながら、何の返事もよこさない。この夫は、こういう奴なのだ。予想はしていたが、改めて歯がみする思いをさせられた。 このとき夫は、何をしていたのか。頭の中が真っ白になってまた仕事が手につかなくなり、社長に相談していたようである。そして、ついに社長がこの件に乗り出してくることになる。 非常識と禍根の決着戦がここから始まる。
2002.08.07
別居からまる四ヶ月たった。夫は、主婦の母親と姉に対して約束したことを以て、「これで協議離婚に応じていただけるのですね」などというワープロ打ちの手紙を主婦に送りつけてきた。 主婦にとって離婚自体は、腹を決めたようだったが、手紙には養育費の金額や公正証書の作成についての具体的な段取りが書かれていないことで、返答に迷っていたようである。 私は、主婦から相談されたとき、「結論を急がず、取り決めるべきことはしっかり話し合った方がいい」と回答した。 理由は三つあった。ひとつは、主婦の言う通り、決めるものも決めないまま離婚はできないだろうということ。もうひとつは、養育費に止まらずさらに踏み込んで慰謝料の交渉にまで持ち込んで欲しいと思っていたことである。 そして三つ目は、もしこのまま主婦が離婚してしまったら、その後、私が公私にわたって主婦の面倒を見なければならないということへの心配だった。私個人は夫をとっちめたいが、夫婦関係自体は修復の可能性はないものか、という思いがまだ私の心の中にはわずかではあるがあった。 何より私は、この時点で、主婦のことをよく知らなかった。仕事もたしかに真面目にやってはいるが、仕事で頼りになるから女性として素晴らしいということにはならない。たとえば、将来配偶者にできるのか、と問われれば私は頷くことはできなかった。 そう、もし配偶者となれば、彼女の姉と私は親戚になってしまう。姉はこの時点で籍は入っていなかったが、マッサージ師と同居している。あの酔っぱらいとはいかなる形でも金輪際関わりたくない私としては、これはどんなことがあっても受け容れられないことであった。 また、このまま離婚となると、私自身、道義的な後味の悪さを全く感じないといえば嘘になるし、この時点で見たことはないが、夫婦の一粒種である息子を可哀想に思う気持ちもあった。 主婦は夫に対して、「具体的に養育費の金額を決めたいので、そちらで出せる額をまず知らせて欲しい」という返事を出した。もっともな内容である。しかし、夫からは返事がなかった。 それどころか、子どもの世話で団地に顔を出す姉に対して、あろうことか私への中傷を復活させているらしい。曰く、「女房に仕事という誘惑を与えて家庭を壊した」だと。 けっ、要するに、またいつものアレだったわけだ。 つまり、「これで協議離婚に応じていただけるのですね」という突き放した手紙を出すが、本当は別れる気などない。主婦が「別れないでください」と返事をするのをこいつは待っていたわけだ。それが、案に相違して、「具体的に養育費の金額を決めたい」という返事が来たから、今度はこっちに八つ当たりをしていると。 こいつはホント、何もわかってない男だね。そんなことやってもダメなのに、いつまで同じパターンをくり返すつもりだろう。 夫が返事をしないので、主婦は団地に何度か電話をした。もちろん用件は、養育費についてである。 電話は、かけてもかけても留守番電話だった。メッセージを入れてももちろん何も言ってこない。何回目かの電話でやっと夫の母親が出たと思ったら、「(夫は)友達と遊びに行って疲れたから早寝した」などと言って取り次がなかったという。そして、その後も夫からは連絡はしてこなかった。 私は、こういう卑怯で不誠実で物わかりの悪い夫を軽く懲らしめてやろうと考えた。 その数日後、私は主婦と一緒に納品に行った帰りに、駅の公衆電話から団地に電話をした。といっても、団地の番号を忘れてしまった私は、主婦にかけてもらい、つながってから受話機を受け取った。 相変わらず留守番電話である。私は構わずメッセージを入れた。「今度の土曜日、あなたの連れ合いと二人で団地にお伺いします。あなたは私といろいろ話したいようだから、そのとき、ゆっくり話をしましょう」 といっても、私は本当に団地に行く気はなかった。本当に夫と会う気なら事前にわざわざこんな予告はしない。たぶん、夫のことだから、こういうメッセージを入れておけば、土曜日までの数日間ビクビクして仕事にならず、土曜日にはプレッシャーからどこかに逃げ出すだろうと読んでいた。 そう。つまり、夫が逃げることをあらかじめ読んだ上で、からかったのである。 案の定、土曜日、夫は母親と子どもを連れて朝早くからアポなしで主婦の姉&マッサージ師の家を訪ね、遊園地に無理矢理姉たちを付き合わせたそうである。団地を留守にするだけではなく、わざわざ遊園地に付き合わせたところを見ると、自分一人だけでいるのが怖かったのだろう。 私は夫が予想通り逃げたのが面白くなって、土曜の夜、また団地に電話した。もちろん留守番電話だったのでメッセージを入れた。 「今日はお伺いしたのにお留守でしたね。ますます会いたくなってしまいましたよ。明日、なるべく早い時間にお伺いします」 翌日、夫はまたしても母親と息子付きで朝飯時から姉の家に駆け込み、この日は夜までどこにも出かけず居座ったそうである。2kに四人家族で、ただでさえ手狭になってきていたアパートに、さらに他人の三人が押しかけて一日中居座ったというのは、私だったら光景を想像しただけでストレスが溜まってしまう(笑) この連チャンで、さすがに姉がネをあげた。「逃げてばかりいないで会ったらどうだ」と夫に諭したという。 では夫は、私や主婦と会ったのか。いや、会わなかった。 次の週、また団地に電話をしてみるとやはり留守番電話だったが、今度はメッセージが入らないようになっていた。 夫よ、そんなに私が怖いのか。だったら最初から中傷なんかするな。
2002.07.22
この頃、主婦の母親と姉は、団地を訪ねて夫と話し合いをもっていた。母親の話によると、夫はそこで、婚姻継続を困難とする協議離婚を前提に、養育費の公正証書、団地明け渡し、借金返済などをすべて約束したという。 しかし、夫は気が弱く、かつええ格好しいだ。約束を履行する固い意志もないまま安易に返事をしていたのではないだろうか。 げんに、その後、この約束は覆された。当初、自分の立場もあって夫に理解を示すかのような論調だった主婦の母親は、「(夫は)つくづく誠のない人間だ」と激怒。以来、母親は夫と激しく対立し、こんにちなお、主婦の息子(つまり孫)の欠点はすべて夫の遺伝と判断している(笑) 主婦は手紙で、夫にそれらの要求を行っていたようだ。 私は、万が一のことを考えて、自分のことで弁護士に相談をすることにした。 まだ仕事に穴を開けたわけではないから、損害賠償を云々という段階ではない。ただ、この後、おそらくひと山あるだろうと私は予想していた。これ以上仕事に影響が出てくると、納期の関係からまずい。だから、理論武装としての用意だけはしておこうと思った。 名誉毀損の件は、とるに足らないことだからどうでもよかったのだが、あまり夫が訳のわからないことを言い続けたら、主婦の要求との取引のために使えるかどうかを知っておきたかった。 主婦のアパートは、とにかく気味の悪いところだ。もちろん、夫が私を探っている可能性もないとはいえない。 そうだとすると、もし私が、主婦にスケベ心を起こしたら、その瞬間にしっぽを捕まれ、夫からは「夫権の侵害」で訴えられる可能性がある。 しかし、私が潔白を貫いたならどうか。逆にこの夫を名誉毀損でとっちめられる。この時点で、どっちを目指すかは言うまでもないだろう。私個人は後者への期待感でウズウズしていた。 この件に限らず、我々日本社会に生きる大衆には、「裁判」と「金」で責めることがいちばん効果的だ。それは逆に、自分が責められないように日々「李下に冠を正さず」、そして、言いがかりにも負けず、逆にこっちが責めることができるような理論武装をしておくことが大切である。 法律相談は、ある政党の議員団が行っている地元民向けの無料法律相談を使ってみた。議員でも政党人でもない一般大衆である私でも利用できて大変便利なサービスだ。私は、原稿料の回収裁判や、借地の更新料をめぐる地主との争いなど、法的な争いを過去に何度か経験している。そのたびに、必ずこの無料相談の世話になっていた。おそらく、利用回数はその地区では一番多いのではないだろうか。 もっとも、しょせん無料だから、過剰な期待をしてはならない。ただ、本や、最近流行しているテレビの法律相談番組のように、一方通行の情報ではなく、自分の方から弁護士に具体的に質問できるので、より現実的な回答が得られる点で、今後の方針を立てるのに役立った。 さて、相談を受けてくれたのは、ひからびた白髪の弁護士だった。私が席に着くなり、「まだ、あなたの後に待ってる人はいるの?」などと質問し、私が、「あと三人ほどいるみたいですけど」と答えると、苦虫をかみつぶしたような顔をしていた。 ま、これが無料相談なのだ。 私は、経過と質問したいことを端的にワープロでまとめておき、出力したものを見せて回答を求めた。 老弁護士は、「口頭試問みたいだねえ、ほっほっほ」などと言いながらそれを読んでいた。「それで、どうですか。まず仕事の損害賠償は?」「実際に妨害が原因で仕事がコケてみないと話ははじまらんだろうねえ」「ですから、請求できるんですか、できないんですか」「邪魔されて仕事ができなくなった、ということならできるよ」「そりゃそうでしょうね」「賠償請求は時効まで三年ある。どっちみち今日明日のことじゃないし、まず、そんな争いにならないように、今はその仕事をがんばりなさい」 あのね、センセイ。そりゃそうだけどさ、それだったら弁護士じゃなくても言える答えでしょう。一応、弁護士らしいエッセンスをちりばめて答えてくれてもいいんじゃないのか。「名誉毀損はどうですか。複数の証人と『虚名の保護』の原則から言って免れないでしょう」「あんた、かなり法律詳しそうだけど、そこまで知ってたら、別に相談に来る必要ないんじゃない?」「シロウトではわからない部分で、相手が反撃しうることなどを知っておきたいんですよ。この先、つまらないことで足下すくわれないともかぎらないし」 センセイは、もう冷めてしまったお茶を一口飲んでからー「そういうことなら、いちばんいいのは、今までのことは忘れで、今後、その夫に関わらないことだよ」と言う。「メールを盗み見したり、自分から夜中に女房を送り出したり、義兄をそそのかして脅かそうとしたりなんて、あなたがここに書いてあることが事実なら、この夫という人の言い分を聞くまでもなく、この人はちょっとおかしい人だな、と思うよ。行為をひとつひとつ洗い出せば、あなたの指摘通りに罰することもできるかもしれないよ。 でも、トラブルが起こってから償ってもらうより前に、回避する方が先決だとぼくは思うよ。あなたが今後もこの人に関わっていろいろ追求していると、その夫はもっといろいろなことをしでかすかも知れない。そうなると泥仕合になり、もっとあなたの傷が大きくなるんじゃないのかなあ」「できれば私もそうしたいと思います。でも主婦は今、仕事を覚えつつあるんです。私は、一度しかない人生の価値観はとことん追求すべきだと思います。自分のわずかな手助けが、その人の自己実現につながるのなら、やっぱりほうっておけないじゃないですか」「なるほど。そうかぁ」 センセイは、う~んと腕を組んでソファにもたれかかった。 何か真剣に考えてくれてるみたいだ。今度こそ、胸にストンと落ちる話をしてくれるのかな、と少し期待したが、残念ながらそうでもなかった。「今は女性も社会進出する時代だからなあ。その主婦という人は、なんでそんな夫と結婚したんだろうねえ。また、そういう人を正義感で成敗するという、あなたのような心意気も今時めずらしいなあ。うん。小説みたいな面白い展開だね。なかなか考えさせられる話を聞かせてもらったよ。この紙、もらっていい?」などといって話を切り上げてしまった。 無料相談だから不熱心というより、私の関わっていること自体が、その程度のことなのかもしれない。ストーリー的には面白くても、当事者の立場に立って考えるのはばからしい、ということなのだろう。 でもセンセイ。そんなばかげた父親によって、母親と引き離されている四歳の息子の存在は現実なんだ。主婦だって、追い出されたものの離婚しているわけではない。女は姓の問題もあるし、そういう中途半端な状態は一日も早く解決しなくちゃならない。かといって、夫の軍門に下ってしまったら何の解決にもならない。私の夫に対する「強面」は、この主婦には必要だと私は考える。 関わってしまった以上、やっぱりここで引くことはできないでしょう。
2002.06.24
午前中、二度電話が入った。留守番電話のメッセージが回ると切れる。二度目は、「チッ」という舌打ちが入っていた。感じからして夫ではない。 ちょっと席を外した昼休み、今度はメッセージが入っていた。夫の会社の社長だった。用件があるなら、本人と正々堂々とやれ、というような主旨で、かなりイライラしていた。 主婦の話によると、夫は別居前後のゴタゴタで仕事にならず、この社長に迷惑をかけていたらしい。といっても、別にそれは主婦の責任でも、もちろん私の責任でもない。夫が勝手に仕事に引きずっているだけの話である。おそらく、このときも仕事に影響し、社長は我慢できなくなってこっちに電話してきたんだろう。それとも、また人任せの好きな夫が涙を流して社長にご出馬願ったのか。 でもな、社長。勘違いすんなよ。正々堂々としないで逃げ回っているのは夫の方なんだよ。 私は会社に電話をすると、さっそく社長が出てきた。「ああ、いま昼休みで出かけているんで、携帯で連絡を取って電話させるように言いますから」 留守番電話のメッセージとはうってかわって、まことに穏やかなロ調だった。心の中ではどう思っても、表面でソフトに対応するのは、社会人として当たり前の態度かもしれない。だが、私は社長のこういう態度から、「ダブルスタンダード」という言葉をイメージした。 その後、三〇分ほどしてから、夫が電話をよこした。「何かご用件ですか?」 うっ、すましていやがる。「電話をよこしたのはあんたんとこの社長の方だよ」「かけたという証拠はあるんですか?」 おい、ふざけんなよ。「まあいいや、せっかくだからあんたへの用件をいっとこう」「何でしょうか」「あなたを訴えます」「そうですか。どうぞ」「おい、何の件でどういう理由か聞かなくていいのか?」 夫は黙ってしまった。どうやら、いつにない頑張りもこのへんが限界らしい。「マッサージ師の電話はどういうことだ」「……」「マッサージ師の話は記録にとらせてもらった」「……」「彼女の身内を巻き込むなって、あれほど言ったろう」「……」「だいたい、自分の問題で周囲に涙の大安売りで相談しまくることを、恥ずかしいと思わないのか。年を考えろよ。四〇近い人間のすることか」「……」「事実無根の中傷が名誉毀損にあたることぐらいは、こないだ慌てて昼休み返上の電話をかけてきたところから察するに、わかっているようだな」「……」「かりに事実であっても、その人に都合の悪いことを公表すること自体、『虚名の保護の原則』から言って、名誉毀損になることはわかっているのか?」「……」「わかってんのかきいてんだよ!」「……わかっています」「ということはだ。マッサージ師が、団地の権利ドロボーだの、間男だの、電話で脅しているだのと私に言ったことは、事実関係を検証するまでもなく、名誉毀損にあたることはわかるよな」「……はい」「名誉毀損とは、複数の第三者が証人になれば成立するわけだ」「……」「マッサージ師、同居の姉、団地の近所の人の話も聞いてるよ。あんた、近所の人にも言いふらしたな。どうする。今、こっちが確認できるだけでもう複数になったぞ」「……」 正確に言うと、「団地の近所の人」には、夫ではなく夫の母親が言いふらしていた可能性もあった。「まあ、前にも言ったけど、法的にどうというより、夫婦の問題から逃げ回り、責任を転嫁したり周囲を巻き込んだりするその態度がそもそも私は許せないんだ。トバッチリを受けた被害者という立場からいっても、こっちが文句を言うのは当然のことだろう? なぜ正々堂々と対応しない」「……」「あんたの女房は、あんたの願いむなしく、仕事が成功しつつある。しかし、今、あんたの妨害で仕事ができなくなっている。聞いていると思うが、今は母親の家にいる」「……」「いいか。間男呼ばわりする前に、まずウチの仕事を見に来い。あんたは女房の仕事の実態を見る責任がある」「……」「もちろん、あんたにそれを邪魔する権利はない」「……」「邪魔をするときは、当然、私が応分の責任をあんたに求めることになる。ここを忘れるなよ」「……」 もう私の独壇場だった。 夫はウンともスンとも言わなくなってしまった。 私の頭には、西日が差す窓を背に、受話機を持った風采の上がらない夫が、周囲の目もはばからず涙を流しながら黙ってじっと電話を聞いている光景が浮かんだ。「まあ、夫婦の問題に限って言えば、あんたにも言い分はあるのだろう。それは否定しない。しかし、だから私に何をしてもいいということにはならないんじゃないのか? 仕事はすでに始まっている。時計の針を戻すことはできないんだ。自分の言葉に責任を持て。女房に仕事をさせてやってくれないか。どうなんだ?」 私はそう言って、夫に返事を促した。 そして一分近くの沈黙後、やっとという感じで口を開いた夫は一言。「そちらの要求は、文書でお願いします」「!」 おい、お前は、今言ったことを聞いていなかったのか。 それとも、いちいち社長にでも相談するのか。 おそらく、夫の頭の中はパニックだったのかもしれない。もともと自分のことなのに自発的に即答できない人間であることはわかっていたが、こっちも時間がないのだ。「わかった。じゃあ、送るよ」 電話も、これ以上、長話になって「仕事の邪魔をした」などと社長にインネンをつけられては困るので、送る気もなかったが、そう言って電話を切りあげた。 夫は、会社のファックス番号を私に伝えた。 どうせこいつのことだ。文書を送っても返事をよこさないだろう。 期待して、また裏切られて時間を損しても困るのはこっちだ。 言うだけのことを言ったのだから、もう彼女を戻してもいいだろう、と私は判断した。
2002.06.21
主婦がアパートを出て一週間が過ぎた。母親のところから、二日に一度ぐらいの割合でこちらに連絡を入れてくる。 この日も、夜の七時過ぎにかかってきた。「取説の方は納品したから、あとはいよいよトレースだよ」「約束の期日をかなりおくれてしまってるけど……」「今の時点では、ギリギリまで待ってもらうしかないな。まだ入稿ではなく、向こうが初校の目安として決めている日程だから、それほどせっぱ詰まっているわけではない」 トレースの他に、問題集のレイアウトも依頼されていたが、主婦は母親のところでラフを作っているという。 仕事には納期があるから必死である。「どうだい。そっちの生活は落ち着いたの」「うん。母親が何か張り切っちゃって」 背後では、母親が何か冗談を言って笑ったような声がして、ジュウッという料理の音も聞こえてくる。 実の娘が団地を追い出されて別居の挙げ句、アパートまで出なければならないそのときの状況を考えると、母親の「張り切り」は一見奇妙に見えなくもない。 だが、私には何となく理解できた。 離婚して娘に苦労をかけたという負い目のあるこの母親は、私から見て、どこか彼女に遠慮しているところがあった。 その娘が今、苦境に陥り自分を頼ってきたのだ。もちろん、事態の解決は求めているが、それはそれとして、頼られる自分に、親としての存在意義を確認できた快感が心のどこかにあったのではないだろうか。「これから食事か」「うん。まっすぐ帰ってきてもこの時間が精一杯」「新宿から一時間以上かかるからなあ」 主婦の派遣先は、その新宿まで半時間はかかる東京・日本橋だった。「ああ、姉とは電話で話したわ」「この間のマッサージ師のことを謝罪したのか?」「謝罪というか、言い訳。止めたけどダメだったとか、私は寝てしまっていたとか」「謝罪になってないじゃないか」「悪いと思ってないんじゃない? 逆に、何で籍が入ってないことをあなたに喋ったのかって怒ってた」 ふん。やっぱりマッサージ師は酔っちゃいなかった。聞くべき所はしっかり聞き取り、姉に告げ口をしていたわけだ。 それにしても、姉よ。私は主婦から聞いたわけじゃない。夫がペラペラしゃべったんだよ。お前も姉なら姉らしく妹を信用しろよ。「あんたからは、マッサージ師の名前すら聞かなかったもんなあ」 実際、名字を知ったのも夫の口からで、主婦からは、「マッサージ師」としか聞いていなかった。主婦は下の名前は本当に知らないらしい。いちいち名前を言わなくても「マッサージ師」だけで話も通るし(笑)「今回のことがなくても、なんでお姉ちゃんはあんな人と暮らしているのかって母親と言ってるわ」「まあ、あれじゃあな」 ヤツの泥酔したガラ声を思い出し、私はブルッと頭をふった。「あの日の翌日、母親が姉の家に行ったら、マッサージ師がいたらしいの」「うん」「ご機嫌ですねえって母親が皮肉を言ったら、『いやあ、昨夜はちょっと飲み過ぎちゃって二日酔いが』って言ってたって」「すごいな。麦茶を飲み過ぎて二日酔いか」「氷入りが効いたんじゃないの?」 自称虚言癖野郎をバカにした後、今後についての話もした。「とにかく連絡はきちんととっている、というこちらの行動は記録に残したい。ダメだとは思うが、そっちはポケットベルをならして欲しい。私は電話をかけてみる。向こうが出なければしつこくやってもいいと思うが、まあ、常識の範囲で一日一回程度かな」「私は手紙を書いて要求を伝えておこうと思う。子どもの親権とか養育費の公正証書。あと、こないだの渋谷の話では、借金も向こうが払うといっていたので、そのへんも詰めなければならないし」 彼女も、どうやら本気らしい。 ところで、借金、というのは前にも聞いたが、金額や内訳は確認しなかった。「何の借金なんだ」「家電などをローンで買った分。六〇万」「げっ」「私のヤリクリがヘタだから」「一応、共働きなんだろう? ヤリクリというより、計画性のない買い物と生活をしていないか?」 主婦は小考してー「夫にはまだ、欲しいものはお金を貯めてから買う、という習慣があるようだけど、私は堪え性もなければ、家庭に対するビジョンとか計画性もなかったのかもしれない」「マイホームの資金とか、貯金は?」 主婦は、大きくかぶりを振って「そんなの、全然」「子どもだってこれからお金がかかるんだし、将来を考えて自分の家を持ちたいとか思わないのか」「そういう話はなかったなあ」「結婚して何年になるんだ」「七年かな」「それで何の計画もないのか。夫も四〇近いんだろう。なんか人生甘く見てないか? いや、人生観は自由だから善し悪しを説くつもりは全然ないよ。でも、個人的に言わせてもらえれば、小さい子どもを保育園に預けて夫婦してはたらいて、その結果が六〇万の借金というのはちょっと理解しがたいんだよ。派遣の給料だって悪くないんだろう?」「洋服の衝動買いやパチンコなんかで使ったのもあるし。夫にお小遣いもあげていたし。全然残らなかったな。だからね、私が別居して、私の給料から夫にあげていたお小遣いがなくなって、夫もさぞかし困っているだろうと思うのね」「夫の母親と別に住んでいたときには、月に一〇万円も送っていたらしいな」「うーん、あれは大きかった。でも、一緒に暮らしてからはそれもないし」「もし、万が一のけがや病気で夫がはたらけなくなったら、当座の生活はどうするつもりなんだ。夫の勤務先は零細版下屋だ。会社の補償もあまり期待できない。会社自体がバブルもはじけたこのご時世、いつ倒れるかわからないんだ」「そういうことも考えてなかった。このままではいけないとわかっていても、それを見ないようにしていた部分もあるわ」「……」「今にして思えば、なげやりだったのかもしれないし、刹那的にそのときが楽しければいいというか」「おたくは、経済的にもおよそ将来を考えた家庭生活とは言えないんじゃないのか」 私だって、こんな説教をひとさまにできるほど堅実な人間ではない。しかし、思わずそう言いたくなるような無頓着な生活がちょっと理解しにくかった。 私のように独り者ならまだいい。子どもを持てば、育てる責任が出てくる。生活にはお金もかかる。それに対する計画性や見通しをつけることは、夫婦として当たり前のことだろう。やっぱりこの夫婦、ダメになるべくしてなってるんじゃないのか。
2002.06.18
誰がどこから見ても、無意味で有害で非常識なマッサージ師の電話。しかし、言うべきことだけは言っておこうと思い、ばかげた反応をこらえながら私はひとつひとつ噛んで含めるように話した。 それは、このようなことだ。夫婦間には、姑への対応という、たとえ身内といえども、よその家の人間が知ったかぶって指図すべきものではないデリケートな問題があること。主婦は疎外感もあって仕事をしたいという気持ちが高まっているのに、話し合いもせずに仕事を妨害する夫の態度は解決に資さないこと。そればかりか、私に対する迷惑と損害を招くものであること。姉やマッサージ師が干渉することは、主婦を苦しめるだけであること。夫の案に相違して、夫さえ邪魔しなければ仕事はメドが立っていること。そして、いちばんの被害者は私であること。 この酔っぱらいがちゃんと聞くかって? 電話の会話を録音すると断っていたし、何より、この男は「酒に飲まれた自分」を作らないと相手と対せないだけで、本当に酒に飲まれているわけではないと私は判断していた。ちゃんと意図も自覚もしっかりしている。要するに、こいつの気の小ささは夫以上なのだろう。 さすがに、2時間近くかけた私の辛抱強い話で、マッサージ師の酔いも若干さめてきたようである。こんなに長い時間まともに話し相手をしてくれた人は初めてだなどと言って機嫌がよくなっていた。 けっ、かわいそうに。やはりこいつは、普段は誰にも相手にされていない、つまはじき野郎だったんだな。 私は、こいつの考えを念のために聞いておこうと、結論を問うた。「今まで言ったように、私は今回トバッチリを食っている立場なんだが、あなたは、今後、いったい私にどうしてろと言いたいんだい?」 こいつは、終始、訳もわからずわめいていただけだから、自分が問われると必ず一瞬黙る。このときもちょっと間があってから、こんなことをぬかしやがった。「それはですよ。……それは、今まで通り、黙々と彼女の面倒を見てやることだな」 おい、ふざけんなよ、マッサージ。「そんなに面倒を見させたかったら、まずあなたが邪魔しないって約束してもらいたいものだね」 すると、このつまはじき野郎は、「それはアナタ次第だよ」などともったいぶっていた。 なんなんだか。 結局、二度と邪魔はしないという確約はとれずじまいだった。 マッサージ師との電話が終わると、私はすぐに主婦に電話をし、その経過を話した。「マッサージ師は、ただ悪のりしているだけの邪魔者だな。今後、二度とこの問題では出てこないで欲しいね」「ごめんなさい。私の方からも、一切事情も話さないようにするから。姉とも距離をおくわ」「で、夫はどうした」「だめ、ポケットベルも電話も何度かけてもつながらない。電話は話し中にされているし」 そうか、やっぱり、と私は思った。「夫はな、単純なマッサージ師が電話してくれるのを見越して、わざと『相談』したんだよ。だから、今晩の展開もわかっているから電話にも出ないんだ」「マッサージ師に、こっちを脅かしてもらうっていうこと?」「だろうな。といっても、自分から『かけてくれ』とは言わない。涙を流して訴えて、マッサージ師の義憤を煽り、マッサージ師が自主的にかけるように仕向けたんだ」「そんなことまでするとは……」「マッサージ師にかけさせれば、その非常識はかけた本人であるマッサージ師にあり、自分には責任がない思ってるんだろうな。ある意味、今回はマッサージ師も夫にハメられた被害者かもしれないね」 主婦の、返事にならないうなり声が聞こえる。「あんたの夫は、たんなる小心者ではないな。前向きな知恵も教養もないくせに、そういう計算だけははたらくきたない奴だ。男として、人間としていちばん許せないタイプだな」 この後、暫し沈黙があった。 私が沈黙したのは、マッサージ師のくだらない電話を止めなかった、主婦の姉に対する怒りを抑えることができなかったことがある。 このままでは、姉への罵詈雑言をぶつけないと気が済まない。しかし、今はそいつの妹と話をしているのだ。まてよ、そうだ。そもそもこいつが元凶じゃないか。 そんな思いから、主婦に対して優しい言葉をかける気にはなれず、さりとてののしることもできず、どう対応していいか迷っていたのである。 一方、主婦は、さすがに私に迷惑をかけっぱなしで、このままではまずいと考え、ある対応を提案しようかどうしようか、迷っていた。「あの、いったん切って、母親に電話していいかな?」 主婦が沈黙を破った。「いいけど、なんだい、こんなに遅く」「あの、しばらく、このアパートを離れて、母親のところに身を寄せようかと思うの」 さすがに私にとっても意外な提案だった。「仕事を諦めるのか?」「そうじゃないのよ。つまり、あなたと行動をともにしていると、あなたにとって不利だと思うのね」「というと?」「たしかに今回は、もともと夫婦の問題はあるんだけど、あなたにとっては、すでに始まっている仕事の問題もあるわけよね。たとえば、夫に邪魔されて仕事に支障が出れば、損害賠償とかの問題も出てくる場合もあると思うんだけど、それは夫婦の問題とは別に、あなたと夫の問題になるわけよね」「ああ」「でもね、あなたが私と行動をともにしていると、その部分が見えにくくなって、夫婦の問題で私に有利に働くように、あなたが脅かしでそういうイチャモンをつけているように見られてしまうと思うの。だから、マッサージ師も、あなたに対して何の権利もないのに干渉してくるのは、あなたと夫との問題という視点が希薄で、あくまでもたんなる夫婦の問題という意識しかないと思う」 けだし、その通りである。「なるほどね。もちろん、あんたを助ける駆け引きに使うという気持ちは否定しないよ。ただ、仕事を邪魔されたために損害が生じるようなことがあれば、それはそれとして、夫にはきちんと賠償を求めていくことにはなるね。私の中傷をしているならそのことも含めてな」 主婦は、ええ、と頷きながらー「夫は、今までにも私に協力するようなことを言いながら邪魔してきたわけだから、同じ状態でズルズルいっても、今後もたぶん改善は期待できないでしょう?」「う~む」「私が母親の所にいったん身を寄せて、二人が分離した形で、それぞれきちんと交渉して話をつけておいた方がいいと私は思うの」 交渉の道筋としては正論かもしれない。しかし、問題は、我々の仕事がすでに始まっている、ということである。 主婦の母親の住居は東京の郊外である町田のはずれにあった。彼女の現在のアパートまで二時間かかる。外注とのミーティングは確実に支障をきたすだろう。また、彼女の母親もマッサージを自宅兼治療院として開業しており、彼女がパソコンを設置できるスペースはなかった。「でもな。例のトレースの仕事が二三〇万、カーナビの取扱説明書の仕事が四〇万、今月から始まったモバイル雑誌の連載だってあるんだぞ。今、あんたが仕事場のアパートを離れたら、仕事は確実に滞る。それできちんと約束の期日に納品できなくなったらどうするんだ。夫に対して、本当に損害賠償でもしなきゃならなくなるぞ」 主婦は、キッパリと言い切った。「そういう現実を断った上で夫と交渉してください。それでも夫がノラリクラリした態度をとったら、それはあなたにどうされても仕方ないでしょう」「わかった。そこまで言うなら、そうしよう」 その日の朝、まず私は、団地に電話をした。誰も出なかった。次に夫の会社に電話をした。しかし、ミエミエの居留守を使われた。午後、再びかけるとまた同じ人間に居留守を使われた。ちなみに、この居留守を使った女は、現在、その会社から独立してフリーランスでDTPの仕事をしているようだ。彼女には何の責任もないが、私は今後、どんなに人手に困っても彼女に仕事は発注しないつもりだ。 主婦は、派遣が休みの水曜日だけ半日アパートに戻り、郵便物などの確認と、私が引き継げるものの引き継ぎを行うことにした。私は弁護士に一連の経過を説明し、損害賠償を含めて相談をすることにした。 そうとは知らない夫は、以降、まともな交渉を避け続けた。リアルに言うと、母親と息子まで巻き込んでかなりみっともなく逃げ回った。その様子はまた次回以降で……。
2002.06.07
マッサージ師から電話があったのは、夜の一二時も近い頃だった。 間もなく日付も変わろうかという時刻に、面識もない人間が、かける道理もないのに酔っぱらって電話をしてくるのは、それだけでも非常識であると私は考える。 もし本気で夫婦の問題を心配しているのなら、いくらなんでも、こんな連絡の仕方はないだろう。 以下の会話は、会話中にマッサージ師の許諾を得た上で録音したものから、要約的に再現している。なぜそのままではなく「要約」したのかというと、マッサージ師の話には意味の通じない単語や文節の羅列が多すぎるので(笑)、ストーリー上、意味のあるところだけを文字にしている。「ワタシはね、彼女の義理の兄でね。いろいろアナタの話は聞いてますよ」 マッサージ師は、まず、そう自己紹介した。「ああ、そうですか。でも、おっかしいなあ。彼女に義理の兄はいないはずですが」 酔っぱらいは、この先制パンチでもう逆上していた。単純な男だ。「だからね、そうやって……、そうやって人のことをばかにするな! アンタが何を知ってるか知らないけどね。だからさ、ぼくは義兄なんだよ」「籍、入ってないんでしょう」 私が切り返すと、酔っぱらいは暫し黙った後、「ほー、ほぅほぅほぅ。そーですか。そうですか。あなたは紙切れの書類で、人間の結びつきがわかるとおっしゃる。ほぅほぅほぅ」などと論点を都合よくずらしてきた。 こいつは酔っぱらってはいるし不真面目でもあるが、自己の意図や自覚に基づいて話しているな、と私はここで判断した。根っからこういう人間なんだろう。「あなたが義兄と自己紹介するから、それは違うでしょうと言ってるだけです。紙切れだろうが何だろうが、我が国には婚姻制度があるんだから、そのルールの下ではあなたは『義理の兄』とは言わないでしょう。こっちは、あなたとは面識のない人間なんだ。自己紹介ぐらい正確に、正々堂々としましょうよ」 受話機からは、ウィスキーをグラスにつぎ、かき回すような音が聞こえてきた。それを飲んだのだろう。グラスをテーブルにおいたような、カタンという音が聞こえてきた後、酔っぱらいは再び口を開いた。「それでね、今、アナタはいみじくも『正確に』と言ったね。だからね、そこで聞くんだが、アナタは彼女と肉体関係はあるのかね。いいからいいから、ここだけの話、全部言ってみたらどうか」 ここで私も頭に血が上った。こいつが興味本位なのは予想していたが、いきなりかよ。「あろうがなかろうが、そもそも何であなたに言う必要があるんだ」「だからね、ぼくはさ、彼女の夫婦関係を心配してね。わかるでしょう。幸せを考えるとね。だからさ……」「それが、こんな夜中に酔っぱらって電話をすることなのか。自分のやってることがわかっているのか」 グラスをテーブルに叩きつけるような、ガチャンという音がしてー「だからね、言ってるだろう。こっちが紳士的にやってれば……。じゃあオマエは何だ。俺はゆるさんぞ。毎晩毎晩、俺のかわいい舎弟のポケットベルをならしまくって電話もかけまくってるというじゃないか」「ポケットベルの番号は知らないし、電話もかけたのは一度だけだが?」「おっ、そうきましたか。ではかけてないという証明をしていただきましょうか」 なるほど。主婦の言う通りだ。「マッサージさんよ。あなたは挙証責任という日本語も知らないのかい。いいか、よく考えてみろ。事件があれば、事件があったことを立証するのは、まず『事件があった』とする側の責任なんだ。でっち上げで『この人は私の財布を盗みました』とだけ言われたら、言われた方はどうやって盗んでないという証明をするんだ。盗んだ事実がなければ、盗んでない証明もできないだろう。たとえば、盗まれたとする側が、いつ盗まれたとか、具体的に状況を提示したところで、初めて疑われた者はそれについてアリバイを述べたり、論理的なおかしさを否定したりという話になるんだろう。 それと同じことだ。ポケットベルや電話を、いつ、何度かけたという具体的な提示やその証拠がなければ話は始まらないだろう。かけてない者がかけていない証明をどういう形でするんだ」 またしても、カランッというグラスの氷の音がする。「だからね、証明とかね。アナタのそういう杓子定規がね。……だからね、やっぱりね、アナタが電話をどこにかけたとかいう記録とかがあるでしょう?」「NTTから送られてくる、どこにかけたという記録の明細で気が済むのなら、いつでも見せてやるよ。さて、そこに夫のポケットベルの番号がありますかねえ」「おっ、そうですか。アナタはそんなものを証拠というわけですね。かけてないと胸をお張りになって、証拠はNTTの紙切れだけなんですね。ほぅほぅほぅ」「おい、自分が直前に言ったことを忘れんなよ。ふざけてるんなら切るぞ」 すると、酔っぱらいは今度は恫喝的な口調になった。こっちが脅かされているという気持ちになったかどうかは別として……「おい、テメエな。いつまでも調子ブッこくなよ。これからでも、そっちに行けるんだぞ。今日だけじゃないぞ。月夜の晩だけじゃないんだからな」「ご勝手にどうぞ。ただし、来たら即刻警察に引き渡すからな!」 酔っぱらいは黙った。「だいたい、どういう立場と用件でこの電話をかけてきているんだ。誤解して貰っては困るが、私が夫とどういう話をしようが、あなたには全く関係のないことだ」「だからね……」「黙って聞けよ。たしかに夫婦の問題は夫婦で話し合うべき。しかし、それとは別に、私はあの夫に迷惑をかけられている。それはそれとして私から夫に文句を言うのは自由だろう。夫婦の問題にしても、私と夫の問題にしても、あなたにいちいち事情を話す必要ないし、あなたが出しゃばる立場でも筋合いでもない」「ほぅほぅほぅ、そうですか。『筋』とおっしゃる。あなたはその筋の方でしたか。えらいこと聞いちゃいましたねえ」 このばかげた会話は、全てテープから起こした事実である。 このようなばからしいやりとりがしばらく続いたが、堂々巡りに業を煮やした私は、酔っぱらいをちょいと揺さぶった。「マッサージさんよ。だいたい、ポケットベルをならすだの、裁判だのということは、夫からあなたが事情を聞いていなければ知り得ないことだ。あなたのそうした『証言』は、はしなくも、夫が私の名誉を毀損している証拠になるんだが?」 すると、酔っぱらいは急に慌てだした。「え? ポケットベルなんて言いましたっけ? なんだかよくわかんないなあ。あの、それはぼくの虚言癖なの。今までのは全部忘れてよ」 夫が、こいつを援軍につけたがる理由がわかった。 こいつが夫以上に間抜けだからだろう。夫は、自分が格上でいたいから、自分にとって与しやすい奴としか付き合わない。夫にとって、このマッサージ師は間抜けだから話しやすかったんだろう。 しかしな、夫よ。肝心なことを見落としていないか。 お前より間抜けの援軍では戦力にならないだろう(笑) もちろん、こんな電話はすぐに切ってもいいのだが、中途半端な余韻を持たせておくと、またかけてくるとも限らないので、面倒だがトコトンやりあわなければならない、と私は考えた。「せっかくかけてきたのだから、少しは話してやってもいいが、その酒だけはやめてくれないか」 すると、酔っぱらいは今度はこうとぼけた。「え? 私がいつお酒を飲んでいるんですか? 私は今、麦茶を飲んでいるんですよ。酒を飲んだという挙証責任を出しなさい。ふぇっふぇっふぇっ」 酒の力を借りないと、人と話ができない人間は悲しい。 受話機からは、またしてもカランという氷の音がした。
2002.06.06
いつものように地図トレースで旧式Macintoshと格闘している私のところに、主婦が電話をかけてきた。そして、いきなり謝罪をしている。 おいおい、今度はいったい何が起こったのだ。「さっき、姉の同居人から電話がかかってきて、大変だったの」「セクハラのマッサージ師か」「ええ。夫のことで言いたいことがあるって」「何を言いたいんだ」「犬や猫じゃないんだから、夫を裁判にかけるのはやめろって」 バカか。犬や猫じゃないから裁判なんだろう。犬や猫が裁判するか?「それで、あなたのところに電話するときかなくて。あんまりしつこいのであなたの電話番号を教えてしまったの。だから、もうじき電話がかかってくると思うんだけど、私では抑えきれなくて。本当に悪いと思ってる」 実は血の気の多い私は、以前からシャクの種だった姉の同居人と、電話とはいえ直接対決できるということで、内心は欣喜雀躍状態だった。しかし、常識的に考えれば、マッサージ師が私のところに電話をする道理などはどこにもない。私はひとまず冷徹に回答した。「まあ、マッサージ師がそんなにかけたいのなら、かりにあんたが電話番号を教えなくても、今度はあんたの姉から聞き出して電話をしてくると思うよ。姉は私の番号を知っているからね。だから気にしなくていいよ」「ごめんなさい」 他人任せにしてしまう悪癖については、主婦も夫も似たもの同士だと私は思っている。「で、その『裁判』とやらだけど、あんたの夫がメールを公開して誹謗した件なら、もうカタがついたって言っただろう。あんたの夫が昼休み返上で、私に平謝りの電話をしてきたことをマッサージ師は知らないのかい」「それが、マッサージ師によると、『訴えると脅かされている』って夫が涙流して相談に来たんだって」 出た。また涙か。「『訴えられたらどうしよう』というぐらいのニュアンスで、私に電話してくる前に相談しただけじゃないのか?」「それが、マッサージ師の話では、それを相談されたのは昨夜だって言うのよ。夫があなたに電話したのはそれよりずっと前のことだから、ちょっとおかしいのね」「それは間違いないのか」「マッサージ師は、私が夫と一昨日、渋谷で会ってることも知ってるわ。だから、相談が昨夜というのは本当だと思う」 ということは、夫がマッサージ師に、すでに決着がついていることをデタラメに「相談」しているか、もしくは、マッサージ師が、あえて決着済みと知ってて、わざとデタラメな話をしているのか。「それさ。マッサージ師が、あんた方夫婦の問題について、自分が蚊帳の外におかれてたから、すでに決着済みのことをわざと持ち出して、それを口実に参加したがってるんじゃないの?」「それはそうかもしれないけど、ただ、問題はその件だけじゃないのよ」「というと?」「デタラメの相談はほかにもあるの。たとえば、夫は迷惑と言っているのに、あなたが連日ポケットベルを鳴らすから、夫はノイローゼになりそうだって相談しているらしいの」「夫がそう言ってるというのか」「ええ」「バカな。私はあんたの夫のポケットベルの番号を知らないよ」「そうよね」「団地への電話だって、保険証の件で一回かけただけ。あんたにお願いしたポケットベル連絡も、こないだのメールの公開の件と姑の件だけだろう。都合二回でノイローゼになるのか。そんなに気が小さいのなら、ポケットベルなんかやめちまえって言いたいね」「だから、私からも『それは事実じゃない』って何度も言っているのに、マッサージ師は聞かないのよ。それならポケットベルをならしていない証拠を出せって」「それを言うなら、連日ならしているという証拠を出すのが筋だろう。マッサージ師は挙証責任という日本語も知らないのかい」 私には、マッサージ師の知的水準の程がここで判断できた。「あの人には理屈が通用しないの。いつもそうなんだけど、今日もお酒が入っているし。それで、私も私なりにがんばったんだけど、どうしても納得させられなくて」「酒か。そういえば、姉夫婦は毎日毎晩飲んだくれているんだったな。ビール瓶が転がっていて、二、三軒向こうからでも酒の臭いがしてくるんだっけ」「そう。マッサージ師は普段は気が小さくて自分の意見を堂々と言えないような人なんだけど、家に帰ってくると、姉を相手に酒を飲んで、いろいろ話ができるからそれが何よりの楽しみらしいの。世間の誰にも相手にされないから、そこで初めて人間らしさを実感できるのかしら」「姉を相手に演説でもするのか」「うぅん。何を言いたいのかよくわからない独白。文節をひとつ言うと、その後に『だからね』『それでね』という接続詞がくり返されるの」「くぁー。そんなものをこれから私は相手にしなきゃならないのか。それにしても、そんなんで、マッサージ師はよく社会人として生活ができるなあ」「もともとデザインか何かの仕事をする会社にいたんだけど、マッサージ師に転職したの。手に職とはいうけど、あの人の場合、人間関係とかわずらわしくなってドロップアウトしたような感じもするし。母親と離婚した私の父も、マッサージ師とは何度か会っているんだけど決してよく言わないし、私も今までなるべく関わらないようにしようと思っていたの。だから、そんな人に電話番号を教えて、またあなたに面倒かけてしまうのが本当に申し訳なくて」「何にせよ、夫はいろいろ相談をしているようだから、当然、姑問題も相談しているんだろうな。夫婦の問題としてはそれがいちばん大きいんだからさ」 ところが、「でも、その話だけは出なかった。それはしていないみたい」と主婦は言う。 なるほどね。夫は、自分に都合悪い話はせずに、自分が同情してもらえそうなことだけを相談しているわけだ。 今にわかったことではないが、汚い奴だなあ。「夫が、マッサージ師に具体的にどういう相談をしているかはわからないが、今の時点で言えることは、少なくとも相談の事実はあったということだ。ポケットベルとか、裁判とか、真偽は別として夫から聞いたのでなければ知り得ない経過をマッサージ師は知っているからな」「ええ」「それだけでも見逃すわけにはいかないな。あんたの身内を巻き込むのはやめろって、私は夫に注意していたんだ。それでも姉のところに相談している。これは許さない」「はい」「私は、とにかくマッサージ師の電話を待つよ。そっちは、夫に連絡をとって、いったいどういうことなのか聞いておいてくれないか」「わかりました」 主婦との会話を終えて受話機をおいてから一分もたたないうちに、ベルが鳴った。 再び受話器を取ると、泥酔した中年男の声が聞こえてきた。
2002.06.05
私のお節介で、夫婦は別居以来初めて、直接会って話をすることになった。場所は、彼女の派遣先にやや近い東京・渋谷と決まった。 不器用で相手任せの仮面夫婦は、ここ数ヶ月、私を間に挟んでせめぎ合い(?)を繰り広げてきた。しかし、いい大人が、自分たちのことでアカの他人を巻き込むのは非常識だし無責任だ。何にせよ、当事者同士が話をする方がいいに決まっている。 二人が話し合う前日、私は夫に言ったことと同じことを彼女に電話で伝えた。「姑の問題が大事ならきちんと話すこと。その内容は夫から姑に話してもらうようにした方がいい。そして次の機会に、今度は姑も交えて話し合えばいいんじゃないだろうか」「でも、それは正直言ってちょっと心配だわ。以前も夫は、私が姑の行動に不満を言ったとき、それをそのまま姑に伝えてしまって、逆に関係がまずくなってしまったことがあるし」「あんたには悪いが、間抜けな夫だよな。しかし、今度は夫婦関係がかかってるんだから、ちゃんとやってもらわないとな。ちゃんとやってくれるさ」「だといいけど」 正直言えば、私も不安だった。というより、期待はしにくかった。しかし、それでもやはりやってみなければ道は開けない。私は、昼休みをつぶして電話をかけてきた夫の誠意をとりあえず信じようと思った。 しかし、やはりそれは叶わなかった。 主婦は帰ってくるとすぐに電話をくれた。「どうだったんだ」「俺たちは別れるしかない、と突っ張っていたわ」 ……またか。そうやって突き放した態度をとり、主婦の方から「やり直しましょう」と言ってくれるのを待っているわけだ。この期に及んで、こいつはまだそんなクサイ一人芝居をやっているのか。なぜ自分の言葉に責任を持ち、自分から前向きな発言をしないのだろう。なぜ相手が言ってくれるのを待っているのだろう。 夫に、別れたいという自発的意志があるのなら、もっと早く交渉を進めて決着をつけているだろう。今まで何もせずにいたのは、もし離婚をするなら相手の責任にしたい、自分は頭も下げたくない、主婦の言い分も聞きたくない、ということしか考えられない。 自分は何一つ傷つかず汗も流さず、周囲が何でも自分の思い通りに動いてくれると思っている、その世間をなめきった了見こそが、今回の沙汰を招いたことにまだ気がつかないのか。 夫よ、地球はお前のために回ってるわけじゃないんだぞ。 この時点で私の頭にはすでに血が上り、受話機を持つ手は震えていた。が、いったん深呼吸して気を落ち着けてからその先を尋ねた。「そ、それで、養育費の話はしたのか」「出すとは言ってたけど、具体的には何も言わなかった。はじめに養育費ありきじゃないだろうとか何とか言って」「奴の気は確かなのか。離婚する以上、『ありき』もハチノアタマもなかろう。奴が離婚すると言ってるんだから、だったらということで養育費の話に行き着いているのだろう。理屈にならない言葉遊びでごまかすんじゃないよ」「そ、そうよね」「それとも何か。子どもは渡さない、とか何とか言ってるのか」「……そういうことは言ってなかった」「だったら養育費の話をしたっておかしくはないじゃないか」 話している私の声はだんだん大きくなっていたようだ。主婦を叱ったわけではないのだが、私の興奮に圧倒されたのか、彼女の方は遠慮したような話し方になっていた。 しかし、もう私の勢いは止まらなかった。「それで、姑問題はどうした」「それが……」「どうしたんだ」「向こうが逃げ腰で話が進まなくて、そこまで話せなかった」 カチンときた。私はとうとう主婦を腹の底から出した大声でどやしつけてしまった。「だったら……、だったら、今日はいったい何のために行ったんだぁ!」 こいつらは人を巻き込んで何ヶ月も時間をかけて何をやってるんだ、という怒りがついに爆発してしまった。「すみません」「自分たちの結婚生活についての話だろう」「はい」「何の具体的な話もなく、俺は別れる、養育費ありきじゃない。そんなシャラクセエご託だけ聞いてスゴスゴ帰ってきたのか」「すみません」「離婚するにしても、つけなきゃなんないけじめがあるっていってたのはどこのどいつだ!」「……」「今回の問題の根底に姑問題があるってことをきちんと言わなければ、こっちがいつまでも悪役のまんまなんだぞ」「そうですね」「人に迷惑をかけて何とも思わないのか。それでも血の通った人間か!」「申し訳ないと思ってます」「それを夫婦としてとらえろよ。人間らしくなれよ。自分の過失による他人様の心の痛みと向き合えよ」「はい」「いいか。これは夫だけじゃなくてあんたも含めた共同責任だ。俺はあんた方の犬も食わないもんのとばっちりを受けた被害者なんだよ」「どうすればいいんでしょうか」「もう一回、夫に連絡しろ。そして、姑問題を話し合う機会をもて。夫だって、今日、その問題が出ることは覚悟していたはずだ」「……」「何もすぐに姑を交えて三者会談しろとは言ってない。しかし、今、夫婦間でその話をしないでどうする。何を逃げているんだ」「そうですね。すみませんでした」 主婦は、ポケットベルから夫を呼び、夫からの電話で「改めて姑の話をしたい」と伝えた。しかし、夫はそれを拒絶したという連絡が主婦から折り返し来た。自分の母親には事情を話さず、聖域におきたいのだという。 そうか。夫よ、そういう了見ならこっちにも考えがあるぞ。 私は、再び主婦に、夫に伝えるようにこう言った。「夫婦の問題の根底に嫁姑の問題がある以上、それに触れることなく離婚云々はおかしい。私は今回とばっちりを受け、もう我慢の限界に来ている。私は抗議をする資格もあるし、自分の生活や精神状態を守る権利もある。自分の母親に話しにくいというのなら、私から夫の母親に直接事情を話してもいい」 これに対して夫からは、少し考える時間をくれ、という返事が来た。 だが、夫の側から「少し時間」がたってから来た「返事」は、この件とは全く無関係な、そして予想だにしない暴挙だった。
2002.06.03
私はこの夫婦の子どもを、この時点で見たことはない。しかし、電話越しに声を聞けば、その存在をイメージし、今おかれている立場に同情してしまう。普通の血の通った人間なら誰でもそうだろう。 そのことで、私は主婦と何度か口論になったことがある。しょぼくれている主婦を見て、「それなら子どもを連れてこい」と怒鳴り、主婦はそれに対し、「仕事も軌道にのらないうちにそれをやってしまっては負けになる。だいいち、こんなアパートに連れてきても育てられない」と言い返すのだ。アカの他人の私の方が、子どもに対しては感情的で、主婦の方が腹がすわっていたのかもしれない。 しかし、別居もまる三ヶ月となり、いつまでも成り行き任せというのもいかがなものかと考えた私は、夫に夫婦の話し合いを行うことを勧め、さらに主婦に対しても、改めて意見を聞いた。 主婦は、話し合いはもちろんやぶさかではないが、こういう状態になってしまうと、結論として夫婦生活を続けることは難しいだろうと言う。このまま戻れば、しこりも残り、今まで以上にやりにくい。だからといって、お互い理解し合うために腹を割って話し合える人間でないということは、一連の対応でよくわかったという。 私は、それならということで、このとき、初めて離婚を仮定するアドバイスをした。「とにかく、夫と話してみないと展開はわからないけど、話し合ってもどうしてもダメだというのなら、子どもをどうするのか、引き取るなら養育費をどうするのか、ということはきちんと話しておかないとごまかされるぞ」「それはもちろん。父親として当然の責任でしょう」「ただ話すだけじゃダメだ。お金が絡むことだから、養育費の約束は公正証書にしておくことを勧めるよ」「公正証書?」 主婦は、初めて聞いた言葉であるような反応をした。「あの男は言うことがころころ変わる。口約束では、『そのときはどうかしていた。僕であって僕じゃなかった』などと言って反故にすることなど屁のカッパというタイプだ。そういうインチキ野郎は、公正証書で抑えつけておいた方がいい。法的効力が発生するから、いざとなれば何か差し押さえられる」「はぁ」「養育費というのは子どもの権利なのだから、あんたが遠慮したり、あの男がとぼけたりできる性質のものではない」 電話口で、メモをしている音が聞こえてくる。そして今度は、逆に主婦の方から問われた。「前から聞こうと思っていたんだけど、団地を追い出されたことがどうしても納得いかないんだけど……」「そりゃ、そうだろう。あんな形で追い出されればなあ……」「もちろん経過もなんだけど、それ以前に、あの団地はもともと私が権利を持っているものなの」「ほう」「姉が公団住宅の募集に応募して当選したもので、マッサージ師と同棲するまで数年間住んでいたの」「それをもらったのか」「団地の建て替えのときに、希望する居住者はさらに一戸分の居住権が得られるということになって、それで私は姉からその権利を譲り受けて公団に住むことになったの」「そこに夫が転がり込んできたと」「そう」「自分のものでもないのに追い出したと」「そういうのって、権利を主張してもいいのかな」「法的にはわからないけど、自分が夫の立場だったら恥ずかしいな。もともと自分が居候だったくせに自分が居座るなんて。嫌なら追い出すんじゃなくて、自分が出て行くべきだろう。何勘違いしてるんだ、あの男は」「まあ、おおもとは姉の権利だったものだから、ちょっと聞いてみようかな」 私はうっかりしていた。これは止めるべきだった。 姉は定期的に主婦の様子をうかがう電話をしていたが、主婦が団地の権利の話をしたとたん、「それは、あなたの考えなの?」と聞いてきたという。 これはすなわち、影で私が糸を引いているのだろう、という勘ぐりを意味する。姉はそこにこだわった。「どうして団地の権利の話なんかするの? 何か利用価値があるの? あれはあなたのものなんだよ。誰にも渡す必要はないんだよ」「渡す必要がない」相手は、表向きは夫と解釈できる。しかし、「あなたの考えなの?」という疑問は、明らかに私を疑っていた。 姉よ、私が団地の権利を欲しがっているとでも思っているのか。私を中傷するにもほどがあるぞ。あんたの妹のために決まってるだろう。それ以外にそんな話が出るわけないだろう。 私の父親の遺産は正負あったが、「正」として不動産が二つあり、私は住むところだけは困っていなかった。わざわざ家賃の要らない都心まで乗り換えなしの一戸建てをおん出て、昔牧場で、今もJRが走っていない東京の田舎の公団住宅を乗っ取らなきゃならない理由など見あたらないだろう。中傷するのなら、せめて私についての身辺調査ぐらいはしてほしいものだ。 こういう表現は変かもしれないが、私は夫に対してはわりとストレートな気持ちで腹を立てた。夫が私を中傷するのは、主張の真偽や論理的整合性は別としても、立場を考えれば当然である。だからある意味、素直に受けてたてた。 しかし、主婦の身内の私に対する中傷は、どうにもやりきれない空しさや無念さを私に与えた。この姉は主婦の身内なのである。それが必死に主婦の足を引っ張り、私をおとしめる。そこからは、筋違いで不毛な嫉妬や猜疑心しか見えてこない。何て屈折しているのだろう。人の厚意が素直に評価できないほど人間として崩れている。悲しいことだと思った。
2002.05.31
電話は留守番電話にしていた。私はベルで目が覚めたが、起き抜けではきちんと話せる自信がないので出なかった。 メッセージを入れたのは、やはり夫だった。「また電話します」とだけ入れていた。背後の音から察するに、すでに団地を出ているようだ。 まだ七時前。通勤時間は一時間程度と聞いている。ずいぶんとはやいご出勤である。 もっとも、その話は以前、主婦から聞いていた。夫は真面目な労働者らしい。朝は一番に仕事場に入り、お湯を沸かしてみんなのコーヒーを仕込み、部屋の掃除まできちんとするという。夜もサービス残業・風呂敷残業を全く厭わない。とにかくよく働く。三食とも外食のときがあり、「食事も栄養剤で済ませたい」と言っていたそうだ。もちろん趣味はない。たまの休日の秋葉原見物が何よりの楽しみという。 じゃあ、根っから勤勉なのかというと、どちらかというと勤勉に見られたいというのが正確なところらしい。仕事が忙しくなっても、グチのひとつも言えない。できないときはできないと言った方が実は会社のためにも自分のためにもなるのだが、黙って引き受けてしまう。そして過酷な労働に心身とも苦しむ。プレッシャーから過換気症候群になって、救急車で運ばれて入院騒ぎを起こしたこともあるらしい。 こんなところにも、夫の気の小ささがうかがい知れる。そして、これは典型的な一昔前の日本人労働者の姿でもあると私は思った。こういう人間は、使う側からすると使いやすい。「働け!」と尻を叩かなくても働いてくれるからだ。 ついでに言えば、夫の会社の社長は、会社を倒産させて、お天道さまがまぶしい身だった。現在の会社も妻を社長にし、自分は役員にも入っていない。員数あわせで夫も役員に入れられていたそうだ。しかし、役員はボーナスが「役員報酬」になるため、基本的には支給されなかった。まったく、社長にとって夫は実に頼もしい下僕なんだろうな。 昼の二時過ぎになって、また電話がかかってきた。「すみません、遅くなりました」と夫。「今、仕事中じゃないの?」「いえ、昼休みだから大丈夫です」 昼食をすっ飛ばしてまでかけてきたわけだ。 なるほど、「勤勉に見られたい」「小心」な夫らしい。 今回のことで過換気症候群になられては困るので、私は咎める言葉は使わず、とにかく夫の話を聞くことにした。「このたびは、いろいろご心配をかけてすみません」「話は間接的に聞いただけなんだけど、実際にはどうなの?」「正直言って、彼女の姉のところで今回のことで話をしたのは事実です」「あ、そう。やっぱり」「でも、わざわざパソコンを持ち込んでということはありません。それは義姉の作り話です。私もそれは直接聞いていませんが、たぶん脚色が入っていると思います。そういう事実はありません。それは信じてください」 私に対して、ここのところ口の重かった夫が必死に弁解していた。「まあ、こっちはその場面を見てないからねえ。確かめようもないんだけど」「もちろん、私に非がなかったとは言いません。話をしたのは事実です。ですから、それについて責任をとれというのなら仕方ないと腹をくくっています」 証拠のない話なら「責任」と言っても何とかなると思ったのか、夫はやけに潔かった。 私は、「メールのデータは盗み取ったのか」と聞こうと思ったが、考えるところあって、今回はやめておいた。 ひとつは、姉のところに確認をとってからでないと、こいつらは口裏を合わせた上で証拠隠滅をはかると思ったからである。もうひとつは、ここで私が大人しく引き下がることで、これを夫に対する貸しとして、主婦の交渉を有利に進められれば、という読みもあった。「まあ、今回は別にいいけど、今度このようなことがないようにしてほしいね」「はい、わかっています」「その代わり条件、というわけでもないんだけど、夫婦の話し合いの機会をもって欲しいんだな」「……はい」 夫の声が少し低くなった。「彼女があなたの母親に何を言ったか知らないが、彼女があなたの母親に不満を持っていることは確かなようだ」「ええ」「ズバリ、同居が早かったとまで言ってたよ」「ええ」「そこでだ。まずこの問題は夫婦の問題としてきっちり話し合う。その上で、今度は家族の問題、もしくは家庭の問題として、場合によってはあなたの母親も加えて話をする、という段階的な道筋を作っていったらどうだろう」「そうですね」「それには、あなたがイニシアチブをとらないとダメだよ」「はい。そうですね」 夫はこの時点で、確かに「そうですね」と回答していた。「あなた、自分の問題なんだからさ。もっとしっかりしなよ」「はい」「わざわざ、昼休みつぶしてまで電話かけられる誠意があるんだったらさ、それを自分の女房に対しても見せたらどうなの」「そうですね」「まあいいや、今日の件はそういうことだから。とにかく仕事がんばって」「はい、わかりました。すみませんでした」 私が、訴えるぞ、と息巻かなかったことで、夫はホッとしていたようである。 ところで、この電話はもとはといえば、主婦が夫に連絡をしてから、夫が私のところに電話をかけてきたわけだが、そういう光景を奇妙に思う人もいるのではないだろうか。直接連絡をできるぐらいなら、当事者同士で話をしろよと。 実はこの頃、まだメッセージ付きのポケットベルが使われていた時代で、主婦はポケットベルで夫を呼び、用件を伝えていたのである。もっとも、今回だけは夫から主婦のところに電話がかかってきて、私がどのくらい怒っているかの「下調べ」をしていったという(笑) なんだかんだいってもまだこの頃は、不器用な仮面夫婦が、私を介してコミュニケーションをはかっていたということだろう。
2002.05.28
夜、例のごとくトレースをしていると、主婦から電話がかかってきた。また姉にあれこれくだらない話を吹き込まれたらしい。用件は決まっている。自分たちのところにも様子を知らせろ。私のアドバイスは受けずに、自分たちの世話になれという話である。 そんな電話を受けること自体がまず愉快でない。と同時に、高度な集中力を必要としている仕事の最中に、そんな電話を受けるとコンセントレーションが壊れてしまう。この姉の電話で、主婦だけでなく私の方も仕事が進まず、大変迷惑していた。「私のところで止めておけばいいんだけど、いろいろ言われると、ついあなたに相談してしまって、ごめんなさい」 主婦は、そう言い訳をしながら私のところに電話をしてくる。 たしかに、姉妹間のあれこれは姉妹間で解決して欲しかった。私の所に話を持ってこられれば私も気分が悪いし、いずれにしても仕事に影響があるのは迷惑である。 しかし、私に話を持ち込む主婦の立場や気持ちもわからないでもない。もともと私と主婦は深い付き合いでも長い付き合いでもない。主婦の心の中には、私をどれぐらい信用していいのか、という不安はつねにあって当然である。まるでそれにつけ込むように、姉が妹の心をかき乱すような電話をしてくるのだ。私への信頼を確信するために、主婦が私のところに電話をしてくるのは仕方ないことだろう。 ただ、この用件では、いつも話の展開が決まっていた。「あんたの母親から、姉に言ってやってもらえないのか。余計なお節介はやめろって。こんなんじゃ、お互い仕事にならないだろう」「母親が言うには、姉がいろいろ言ってくるのは、妹のことを思えばこその善意なんだから、と言って取り合ってくれない」「善意かどうかの問題ではなく、それがもたらす結果を正視してほしい」「それも言うんだけど……。こんなこと言って申し訳ないんだけど、子どものいないあなたには、子を思う親の気持ちはわからないって母親は言ってる」「またそれかよ。そりゃあないだろう」「ごめんなさい」「私に子どもができない限り、私はあんたの母親がどんなにデタラメをやっても絶対に意見できないという理屈になる。そんな逃げ道作ってどうする」「そうよね」「だいたい、本当に子を思うのなら、なおさら姉妹が禍根を残す反目を起こさないように、余計なお節介に一言してやることが大切だろうが。それはあんたのためにも、そしてあんたの姉のためにもなるんだよ」「私も一応、そう言うんだけど、母親は『私はそうは思わない』と言い張って会話を閉ざしてしまうの」 主婦の身内は、自分の論理が破綻しそうなところで思考を停止し、対話を遮って逃げてしまうところがあった。そのことで発生する禍根や迷惑はどう責任をとるつもりなのだ。そんな覚悟も見識もないくせに、私を中傷するから私は腹が立つのだ。 自分の意図や自覚や願望がどうあれ、現実は歴然と存在する。私たちがこの社会に生きている限り、一切の幻想を優先せず、現実をありのままに見て、それに噛み合う対応で合理的に対処しない限り解決の道筋は見えてこない。勝手なことを言って、都合が悪くなったら逃避などというのはまともな大人のすることではない。 今回も、例に漏れずこのやりとりになった。私はいつも最後は決まって、「結果を出してみんなを見返してやろう」とお互いを励ますことばで閉めていた。 が、今回はそれだけでなく、まだ話に続きがあった。「あの、それでね。ちょっと気になることを聞いたんで、それも話しておいて方がいいかな、と思ったんだけど」「何?」「夫がね、やっぱり姉の所に来て、いろいろ言ってるらしいのね」「そうだろうな。だからそこでネジを巻かれた単細胞なあんたの姉は、あんたのところに電話をしてくる。で、夫はどんなことを言ってるんだい?」「それがね。怒らないで聞いてくれる? パワーブック(ノート型のMacintosh)を姉たちの家に持ち込んで、私たちの文通のデータを実際に見せて、『この一言が気に入らない』『これは楽しそうだから許せない』『きっとこれはこうである』とやってるらしいの」「何だって!」 夫よ、とうとうやりやがったな。「故ナク封緘シタル信書ヲ開披シタル者ハ一年以下の懲役又ハ二百円以下ノ罰金ニ処ス」(刑法第一三三条)という「信書の開披」を。 これは、手紙のやりとりを第三者が勝手に他者に見せるプライバシーの侵害を戒めた法律である。民法じゃないよ、刑法だよ。泥棒や人殺しと同じ範疇にある過ちなんだよ。「文通の検閲」の提案を勝手にしたかと思えばすぐに引っ込めた夫だったが、何のことはない。主婦に黙ってメールのデータを盗み取り、自分のノートパソコンに保存し、それを他者に見せて誹謗していたわけだ。「女房を幸せにする男気はないのか」などというトンチンカンな私への質問も、姉たちに見せることを前提とした質問だったのだろう。 悪口ぐらいは言っていると思ったが、わざわざパソコン持参で「プレゼン」とは念が入っているじゃないか。 この場合、メールのデータの勝手なのぞき見とコピーが、この法律でいう「封緘シタル信書ヲ開披」かどうかという司法的解釈を巡る論争はどうでもいい。そんなものは、それこそ裁判になったら明らかになることだろう。 そんな解釈がどうあれ、実質としてこいつが自分の言動すら守れないプライバシーの侵害と、それをもとに私の外部的名誉を毀損していること自体がもう問題なのである。 そう、これは私に対する立派な名誉毀損である。 私は主婦に、私が怒っていることを夫に伝えるように言った。 翌日、夜型のフリーライターは絶対に寝ている朝の七時頃、電話のベルが鳴った。
2002.05.27
主婦から電話番号を聞いた私は、翌日、団地に電話をすることにした。新聞有料検索の請求の件は、私の方からは今の段階で触れないことにした。 団地に電話するのは、実はこれが初めてだった。そして、「私から夫に電話をかけて話をした」のは結果的にこれが唯一の機会であった。最初で最後というやつだ。 電話をかけ、私は名乗ったが、夫はそれほどビックリした様子はなかった。まだ虚勢笑いは残っていたが、かなりそちらの方も控えめになっていた。別居生活が続いて疲弊し、私を通じて何か打開策を求めていた部分もあったのかも知れない、とそのときは思った。 私はまず最初に、主婦が腹痛を起こしたことを報告した。「保険証がないからね、医者に診せなきゃならない場合、どうしようかと思っちゃった」「……そうですか」 お世話かけます、という謝礼の言葉は出てこなかった。もとより、自分から「保険証を渡しておくべきでした」などとは言うような奴じゃないとは思ってたが。 大人しくはなったが、やっぱり情も常識もないダメな奴である。「まあ、今回は大事に至らなかったけど、いつまたけがや病気にならないとも限らないでしょう?」「……」「やっぱり、保険証を持ってないとね」「……」「住民票まで移してる訳じゃないけど、彼女がもう二ヶ月、アパートに寝泊まりしているのは事実なんだし、自分の保険証を持っててもおかしくないよね」「……」「あのね、離婚するかどうかという夫婦の問題とは別でしょう。今、暫定的でも何でもあのアパートにいるのは事実なんだからさ。その実情に応じた措置とらないと……」「……」「団地には入れない。保険証も出さない。これ、ちょっと人道的にもおかしいんじゃないの?」「……」 ここまで言っても、夫は「保険証を渡す」とは言わなかった。だいぶ私の方は頭に血が上っていたが、一度深呼吸してから話を続けた。「保険証は健康保険なんでしょう?」「ええ」「彼女の分を発行してあげてもいいんじゃないかと私は思うんですよ。ぜひお願いします。会社に言っていただけないでしょうか」 私は精一杯ていねいな言い方をした。何で私が下手に出る必要があるのか。しかし、これが奏功したようだ。夫は即座に回答した。「そうですね。わかりました。会社にいっときましょう」 最後の「しょう」のところは語尾上げで答えやがった。有料検索の請求免除といい、どうやらこいつは自分がお願いをされる展開になることに意義(勝利感?)があるらしい。 私は、この男のこういうところが我慢ならない。夫よ、お前はいったい何様なんだ。なんで自発的に「保険証を発行します」と言えないのだ。こっちが改めて頼んで実現するような性質のことではなく、発行して当たり前の話じゃないか。 私は腹が立ったのをぐっと抑えて、今度は仕事の話をした。主婦が大きな仕事を抱え、何人もの外注を使いながら、自分でも高度なトレース作業を行っていることを伝えた。 夫は、やはり黙ってそれを聞いていた。自分の思惑通りに進まず、女房がどんどん仕事を覚えていくことへの焦りか、先日、私が一方的に糾弾したため、私に対して逆らうようなことを言えずにこらえているのかはわからなかったが、とにかく黙って聞いていた。 しかしなあ、夫よ。それでは私や主婦に言ってきたりやってきたりしたことを考えたら平仄が合わないだろう。何か一言あってもいいんじゃないのか。あんたの独り相撲に対して、こっちは少しずつ結果を出してるんだよ。その報告なんだ。あんたはそれと向き合う責任がある! 私は、話していていよいよイライラする自分を抑えられなくなっていた。今日は我慢したつもりだけど、こりゃあ、やっぱり穏やかに話すのは無理だな。 強い口調で責め立てようと一瞬スッと息を吸ったが、そのときである。受話機越しに子どもの声が聞こえてきた。 私は、思わず息を止めて受話機に耳をぐっと押しつけて聞くと、息子が何かオモチャを夫に見せに来て話している。夫はそんな息子に、「わかった、わかった、あっちいってなさい」などとたしなめている。 そういえば、主婦が引っ越しをする前日も、私が主婦と話していると息子がやってきたっけ。いずれ事情を知るであろう息子は私をどう思うだろう。きっと経過がどうあれ、自分の家庭崩壊に手を貸す疫病神のように思うんじゃないだろうか。息子よ、ごめんな。 電話の相手が息子にわかるはずはないのだが、ふとそんなふうに思った私は、声を荒げることなく、そのまますっと息を吐いてしまった。夫に対して言いたいことはヤマほどある。しかし、父子関係をぶっ壊すつもりはさらさらない。せっかくの父子の時間は大切に使って欲しいと私は思った。「じゃあ、用件もすんだので電話は切ります。息子さんと遊んでやってください」「そうですね」 夫は、アッサリすんで安心したようだった。おい、夫よ。お前に配慮したわけじゃないぞ。息子に感謝しろ。
2002.05.24
私の家からアパートまでは、自転車で急げば一五分程度の所にある。私はアパートに着くと、いつもの中指ポーズをしてから主婦の部屋のブザーを押した。背後に気配を感じたので振り向くと、相変わらずメガネババアが建物の影から顔半分をのぞかせていた。 バアさん、夜遅いのにご苦労だな。私は、ババアに詰め寄るふりをしようと二・三歩歩いていったら、ババアはサッと隠れた。ババア。急いで走って骨折や心臓麻痺起こしても責任はとらないからな。 主婦の部屋のドアが開いた。「あら」「あら、じゃないよ。腹痛いって言うからとんできたんだろ」「う~ん。まあ、とにかく中入って」 五畳半程度のフローリングには、机2つと本棚、冷蔵庫などがおいてあるので、スペースの関係からソファはない。ロフトが寝室というが、寝相も寝起きも心配な私には真似できない環境だ。私は彼女が座ってない方の椅子に腰を下ろした。「で、大丈夫なのか」「ちょっと横になったら少しよくなった。でも休んじゃったから、今日までの約束だった作品が仕上がらないかもしれないんで、そのチェックのために起きてるんだったら休んでと言いたかったの」 主婦は寝間着になっているわけでもない。本当に「ちょっと横になった」だけなのだろう。大したことはなさそうだった。「で、原因は何だ。思い当たることはないのか」「うん。卵かけご飯を食べたからかな」「卵かけご飯?」「朝ご飯とかでやるでしょ?、温かいご飯には生卵かけると美味しくて、あまり噛まずに食べちゃうのね。それ食べると、よく胃が痛くなることある。今回もそれだと思う。あと苦手なのはね、カキがダメね。ナマもフライも。なぜか調子悪くなるのね。あとはねえ……」 食い物の話は聞いてないよ。「まあ、大事に至らないんだったら何よりだ」「すみません」「しかし、今後、本当に不慮の事故とか急病にならないとも限らないぞ。保険証はないんだろう?」 主婦は、そうねえ、という表情で頷いた。「夫に言って、保険証を発行してもらわないとダメだな」「じゃあ、明日でも電話して、といいたいとこなんだけど……」 あまり連絡を取りたくなさそうだ。「どうしたんだ」と私が尋ねると、主婦は2通の封書を私に渡した。差出人はどちらも夫になっている。 私は、主婦に確認をとってから中を見ると、1通目は手書きの請求書が出てきた。金一万八〇〇〇円也。ニフティからの書類のコピーも同封されている。二通目はその催促である。女房への手紙でありながら慇懃無礼に、「いったい、いつになったらお支払いいただけるのでしょうか」などと書いてある。 といっても消印は一〇日とあいていない。最初のは五月の一〇日過ぎだ。二通目はこの日だった。「なんだこりゃ」「あのね、予防接種の原稿作るときに、過去の新聞記事の有料データベースを利用したんだけど、私のもってるIDは家族用なの」「……それで」「だから、その請求書が夫の所に行ったので、今度は夫が私にその請求をしてるわけ」「ふーん」 と一見、大人しく聞いている私の頭には、とっくに血が上っていた。「あんたの夫は、女房に成功して欲しくないわけがない、と確かに言ったぞ。まあ、それが上辺の言葉だけというのはわかっていたが、こういう公然とした嫌がらせは許すわけにいかないな。しかも、額が一万八〇〇〇円か。こいつのセコさと人間性が表れているな」 とうとうこの瞬間から私は、夫の人格批判を公然と口にするようになった。「まあ、使ったのは本当だから仕方ないわ」「いや、そうじゃない。仕事で使った以上、私に請求するのが筋だ。私と仕事をしているのはわかっているわけだから。仕事以外に新聞記事のデータベース検索を二万近くもするとは考えにくいわけだし。いずれにしても、まずはあんたに何に使ったのかを確認したっていいんじゃないのか。なぜ、夫婦でそのくらいのコミュニケーションができない」「ああ、そういえばそうだ」「おい、しっかりしてくれよ。あんたは、今や私の仕事をしている人間なんだ。あんたから払う必要はない。こっちからこいつにガツンと言ってやってもいいが……」 私は、小考して「ただ、向こうからあんたに来た請求書だから、あんたが事情を話すか、もしくはシカトして払わなきゃいいだけの話で、何も言われてないこっちからいきなり『俺に払わせろ』というのもおかしな話なんだよなあ」 主婦も、かぶりをふってそれは辞退した。「ああ、そこまでしてくれなくていいです。夫婦のことにそこまで巻き込んでも悪いし。といっても、かなり巻き込んじゃってるけど。私が夫の家族IDを使ったのがそもそもの間違いってわかってるから」「じゃあ、払うのか」「うぅん。引っ越しなどでお金は使ってしまったし、先の見通しが立たない今は一万八〇〇〇円でも大金だから、謝って許してもらうしかない」「謝れるのか。これも妨害工作の一環だぞ」「たぶんね。でも、それはそれ、これはこれ。使って払わないのはこっちが悪い」「だから、私から払うって言ってるんだよ」「あなたに工面してもらったら、仕事の費用だから、といっても向こうは絶対そうとらないで、あなたの丸抱えっていう言い方をするに決まってるから」「……」「今の私には大金だけど、それこそ一万八〇〇〇円ぐらいでそんな口実を作ったら、あなたのためにも私のためにもならないでしょう」 なるほど、そうだな。あの夫ならそうなんだろうな。「じゃあ、私がいったんあんたに金を渡して、それをあんたが払えばいいじゃないか」「それでは、会社のお金なのに私のお金と言うことになってしまうからもっとよくない。私の気持ちがすまないし。とにかくこれは気にしないで、私から電話してみる」「そうか。じゃあ、その件はそうした方がいいな。ただ、保険証の件はやはりこっちでかけよう。大きな仕事を仕切っているということも、こっちから報告した方がいいしな」 主婦は翌日、夫に電話をして、金を待ってくれるように話したところ、夫は「なら払わなくていい」ということでアッサリ片がついたという。 だったら、何で催促までするんだよ。 きっと夫は、主婦が泣きを入れたことが嬉しくて仕方なかったのだろう。その「勝利」に意義があったので、もとより金は二の次だったのかも知れない。しかし、そんなことで女房の頭を下げさせるのがそんなに楽しいのだろうか。 夫はその後まもなく、家族IDを一方的に解約してしまった。主婦は、私が用意したニフティともうひとつのプロバイダのIDを使うようになったから別段困らなかったが、このことは、「夫婦」が夫の独り相撲で壊れていったことを象徴する出来事だったように思う。
2002.05.23
地図のトレースを請け負って以来、主婦が元気をなくしている。理由は外注にある。 そのひとつは、「外注の選び方」だ。 在宅ワークを支援するなどとうたったサイトで募集をしたところ、二三人の応募があったが、採用したのはたった三人。うち一人は、そこからさらに別の外注に丸投げ発注するという「ブローカー」だったためのトラブルが生じて途中でご破算。結局、二人しか残らなかった。 その使えない応募者たちに対する労力と脱力感といったら表現しがたいものがある。ある者は、マシン環境自体がプロのものではなかった。ある者は、さんざん自己PRをしながら、結局ひとつも仕上げることのないまま向こうから白旗を揚げた。 自分から素直に降参するのはまだましだった。ある女性は、すでに既婚者なのに代理人代わりに父親まで連れてきた。その父親は「発注数が少ないから一晩でやってやる」などと気勢を上げていたが、その後連絡をしても居留守を使ってなしくずしに脱落した。またある「在宅のプロ」を自称する者は、「ヨーロッパは世界の中でも比較的簡単だ」などと御託を並べながら、海岸線の細かい入りくみを無視したギャグマンガのようなタッチのものを提出してきた。学習教材の地図なんだよとやり直しを命じると、「こんな細かい仕事をやらせるのはどうかしている」と逆切れして自分をいっそう惨めにしていた。どいつもこいつも口先に結果が伴わない恥知らずばかりだ。 もっとも、たいていはそうだろうけどな。地図というのは、見るときは感じないかも知れないが、あんなに細かい作業を必要とするものはない。細かい海岸線、色の塗り方、緯度経度に合わせた設定……。個人のホームページに公開する画像のレタッチ程度の作業とは訳が違う。 それにしても不思議なのは、「在宅ワーク」サイトの募集では、やったこともなければやれそうにもない者の応募が後を絶たないことである。 包丁を買ったからといって、コックや板前になれるわけではない。バットやグローブを買ったからといってプロ野球選手になれるわけではない。こんなことは当たり前だ。道具を使いこなす職能がなければその仕事でお金は取れない。 それなのに、なぜ「在宅ワーク」なる連中は、パソコンを買ってソフトの使い方の一部がわかるだけでプロになったと錯覚できるのだろう。その厚かましさは、現代社会の荒廃の一端だと私は思っている。安直な発想、貧しさ、勘違いさせる者たち……、責任追及の矛先は本人達以外にも向けなければならないだろう。が、とりあえず仕事を発注する者としては、何より安直な応募者それ自体が迷惑この上ない。 主婦から言われた「二人」というノルマは達成しているが、私は応募者全体の水準からこの「二人」すらも不安になり、この募集とは別のラインで美大の大学院生(男性)を採用。また、当初は予定していなかった私自身も、泥縄だがMacintoshを購入して制作に携わることになった。「在宅ワーカー」の話ではないが、シロウトの私がやるのは厚かましい話だ。しかし、「やれるか、やれないか」ではなくやらねばならなかった。 さらに、「ブローカー」に採用されていた主婦2人が、「どうしても私たちにやらせて欲しい」と直接訪ねてきたため、「主婦のやる気」に弱い私はその人達にも引き続きお願いすることにした。これで合計7名だ。数だけは何とか格好が付いてきた。 主婦の仕事ぶり自体は先方の評判がよかったようだ。制作に入って間もなく、二〇点程度の発注の追加を頼まれた。さらに、他の学習教材の仕事も手伝うことになった。 これで受注額は、二三〇万を超えることが確実となった。このうちおよそ半分を外注に発注する。 これでも、主婦の気持ちは晴れなかった。今度は、「外注の使い方」である。 私が自宅で、主婦から譲り受けたアップルのLC475を使い、フリーズ禍とたたかいながらノッタラノッタラとトレースをやっていると、彼女から電話がかかってきた。「やっぱり、外注さんを使うことに自信がなくて……」「なぜ。作って欲しいものを指示すればそれでいいじゃないか」「だって向こうは年上だし、大学も美大とか出ているし、仕事のキャリアも私などお呼びもつかない専門家だし。本当だったら立場が逆でしょう。どうも気後れしちゃって。『こういうふうにしたらいいんじゃないでしょうか』とか言われると、何も言えなくなってしまって……」 なるほど。そういうこともあるのか。「使われる」側のフリーライターで、かつ出版社や編プロの担当者よりも年上というケースが徐々にふえてきた私にとって、あまり経験したことも考えたこともない「苦悩」だった。「だってさ。文芸書の編集者は、自分では小説を書かなくたって、小説のプロである作家に注文をつけるだろう。学歴や経歴が作品を作るわけでもないし、こちらの意図に沿って作品を作れるかどうかが彼らの仕事人としての真価なんだから、余計なことは考えないで必要なことだけを言えばいいんだ。そうしないと、逆に彼らの方が戸惑ってしまうんだよ」 私はありきたりの説得をし、その場はおさまった。 が、1時間ほどすると、また電話がかかってきた。「あの……」 なんだい、まだ気が済まないのか、と言おうとしたが、何となく様子がおかしい。「どうしたんだ」「ちょっと……、おなかが痛いので……」 話すのも苦痛な様子である。 これは大変だ、と咄嗟に思った。家出のような別居をしている彼女は、医者に診せようにも保険証を持っていないはずである。「座っていられないのか」 返事がない。うなり声になっている。えーっ、どうしよう、どうしよう。 私は急いで主婦のアパートに向かった。
2002.05.22
この日、主婦を伴って訪ねたデザイン制作会社は、新聞では「社員募集」であったにもかかわらず、主婦が「外注応募はあるか?」と強引に尋ねて実現した面談だった。 そうやって無理に訪問したところだからたいした話はでない、という予想と、いや、それでも面談に応じたぐらいだから、何か仕事の話があるかも知れない、という期待が五分五分だったので、主婦を一人でいかせず私も同行することにした。 その会社は他社のようにテナントやマンションの一室ではなく、一軒家を借りていた。奥の部屋に通され、ソファにかけると、その視線の先には「社長室」という表札がかかっていたが、この日は最後まで社長は出てこなかった。 間もなくして、髪を短くしたちょっと気むずかしそうな感じのするやせぎすの若い男性がやってきて名刺交換をすると、こちらの話も聞かずに、いきなり具体的な仕事の話を始めた。「それでですね、今日来ていただいたのは、この仕事をお願いしたいと思っているんです」と言って彼がテーブルの中央に開いて見せたのは、学校の副教材に使われる世界史に掲載されている数々の地図だった。「この地図を作っていただきたいのです。使用ソフトはイラストレーターです」 もしかしたら仕事の話が、とは思ったが、いきなり……である。拍子抜けするとともに、逆に一抹の不安もちょっとだけよぎった。この人は、我が社を信用できるのだろうか。それとも、誰もなり手のいないノコリカス仕事なのだろうか。 彼はこちらの戸惑いを察したのか、手短に仕事の内容を伝えると、条件の話に入った。「最初にトライアルとして、小さい地図を五〇〇〇円で作っていただきます。三日以内に作ってきてください。それでできると弊社が判断したら、正式にお願いします」 彼は持参した書類の一番下にある一枚の紙を取り出し、それまで説明していた本を脇に置いて今度はそれを開いた。「外注プロダクション(MAC制作・編集・執筆)に関する請負契約書」と書かれた紙だった。「契約書はこれです。まあ、仕事を請け負ったらちゃんとやるというのは、社会人として当たり前だとは思うんですが、それが順当に行われないケースは弊社に限らず少なくないようです。そこで弊社では、お仕事をお願いする際には、この契約書に基づいてやっていただこうというわけです」 金額はまだ鉛筆書きだが、「一点一万八〇〇〇円、一八〇万保証」と書かれている。つまり、何点発注するかは未定だが、とにかく一八〇万円の支払いは約束します、ということである。わざわざ「タダ払い」することはあり得ないから、一八〇万以上の発注になることは確実だった。 彼は私が契約書を手にとってそれを確認しようとするのを見ながらー「まあ、そんなに特別なことは書いてないです。ごくごく当たり前のことですよ。ちゃんと仕事をするなら、とくに気にされることはないと思います。私どもも発注金額に縛りをつけます。だからそちらも責任もってやってくださいよ、ということです」 なるほど、たしかにそのほとんどは「そんなに特別なこと」ではなかった。が、よおく見ると、一箇所、ちょっと待てよ、というところがあった。 契約書の第8条には、請負者の作成したものに不備があって、発注者が手直しを加える必要が生じた場合、「五〇%、または三〇%の契約代金の減額を求めることができる」とある。うーむ。ちょっとここで私は考えてしまった。 たしかに我々の仕事は、いい加減な仕事をやったら、両社の話し合いで値引きをするケースもなくはないが、このように契約書として数字を明記しているのは初めての経験だった。しかも、減額の対象となる「不備」は、「発注者が手直しを加える必要が生じた場合」とある。 これはどういう意味か。極端に言えば、本当は商品として成立する水準であるものをこちらはお納めしているのに、発注者がその理想の高さゆえに気にくわないから直した場合でも減額ができる、ということである。しかも、機械的に「五〇%、または三〇%」という数字を当てはめてしまうのだ。 これは請負者にとってリスキーであり、解釈によっては奴隷的な契約ですらある。 よく、フリーランスのクリエーター達が、「我々は契約書のない仕事で弱者だ」というが、それは一面的な見方である。逆に契約書のない曖昧さに守られている面もあることを見落としてはいないか。契約書を作るということは、「弱者」としての立場を金額とルールによって巧妙に明文化されて逃げ道がふさがれてしまうのである。 契約書はいったん持ち帰り、「トライアル」の提出時に署名・捺印することになった。 当時、Windows版の「イラストレーター」は市販こそされていたが、分版処理の機能(いわゆるCMYKモード)がなかったため、プロ用には使えなかった。となると制作はMacintoshのみとなるため、その時点でMacintoshを所持すらしていなかった私は、戦力になれる見込みが全くなかった。これでは主婦もさすがに不安なようである。 しかし、一八〇万円保証の仕事は、この時期、ノドから手どころか足まで出したいほど欲しい仕事だった。先立つものがないと会社として機能しない。やっぱりこの仕事は逃せない。 私は、主婦に事情を聞きながらも、仕事を受ける方向で説得することにした。「どうする」「全然不安」「そうか……。どういう条件ならやれる?」「一人ではとてもできない。最低でもあと2人はいないと無理でしょう」 「三人なら期日までにできるか」「技術的なことはわからないけど、労働力的にはそれぐらいはほしいと」「わかった。じゃあ、外注を頼もう。そのコーディネートも含めてやってくれるか」「えっ、私が人を使うってこと?」「そうだよ」「できるかなあ」「大きな仕事をするにはそういうことは当然ある。むしろ、その機会がこんなに早く来たのは恵まれている、というくらいの前向きな気持ちをもつくらいでないと。あんたはすべてが新しい経験なわけだから」「今やっている、カーエアコンの取説の仕事は……」「そっちはWindowsでもできるから、こっちで引き取る。ほかの細かいのもこっちでやる。とにかくそっちは、地図に全力投球してくれ」「わかりました」 電話での会話はこれだけだった。 今から考えると、本当に無謀だったと思っている。
2002.05.10
ゴールデンウィークがあけたこの日、主婦に命じた「予防接種」をテーマとした5万字の原稿ができあがった。1ヶ月で完成したことになる。こう書くとスンナリできあがったように見られてしまうが、途中、カミナリを落としたことは2度ほどある。それでも「スンナリ」の方か。むしろ、よく2度で書き上げられたと思う。 シロウトが、いきなり決まったテーマで、読み物をたった1人で構成するのはやはり難しい。ただ5万字うめればいいわけではない。 主婦は休みの日には図書館通いをして経過と現状と関連データを集め、問題を整理し、さらにいろいろな媒体での専門家のコメントを集め、その傾向を探った。科学的認識と価値判断の両面から考えなければならない問題は、書き方に慎重を要する。 主婦のいいところは、仕事に対して素直なことだった。性格が素直というより、自分のすべき事に対しての判断がニュートラルだった。特に若い女性にありがちな“自意識肥大症”を患っておらず、「シロウトの自分は、ひとりよがりのポリシーを振り回すのではなく、学ぶのがスジ」と冷徹に考えていたのだと思う。 できあがった原稿のための提案書を私はパワーポイントで作り、2~3の出版社に話を持ちかけた。さらに郵送で数社にプレゼンと原稿の一部もいっせいに送った。 私は以前、自分の原稿でそういう持ち込みを行ったことがあるが、複数の出版社が手を挙げてくれたために、出版してくれることになった一社以外は不義理をしてしまったことがある。自分で勝手に売り込んでおいて、「ヨソが決まったからいいです」というのは、考えてみるとずいぶん不遜なやり方だ。自分が出版者側ならやはり不愉快に思うのではないか。「天秤にかけてると思われちゃうと、この業界は狭いし、足下見られるよ」とアドバイスしてくれた先輩ライターもいる。 しかし、この時点でははやく結果を出したかったので、この方法もやむを得なかった。 この原稿を作成している間も、何パターンかの営業活動とその準備は行っていた。 もっともポピュラーなのは、新聞や求人雑誌の募集広告から「外注応募」の手紙を出すことだ。主婦との話では、クライアントも一から作ろう、ということだったので、この作業を欠かすことはできなかった。中には、とくに「外注募集」と明示していないところにいきなり主婦に電話をかけさせ、アポを取ったものもあった。 主婦の当面の練習と、あわよくば作品実績としての評価を得る機会を得るために、私が当時編集委員をしていた、ある国との親善などを目的とする市民団体の機関誌レイアウトもボランティアで引き受けた。 レイアウトに限っていえば、主婦は実績が全くないわけではない。派遣先では親会社のチラシを作っていた。が、いかんせん、チラシは一枚ものだ。だから雑誌を練習したかった。 そこの団体の事務局長は、「本当にボランティアでいいの?」と心配していたが、手伝い自体は歓迎してくれた。なあに、こっちも考えがあってやってるんですよ。 さらに、原稿までは書かなかったが、ムックや書籍の企画を作り、いくつかの出版社に持ち込んだ。結果的に、このプロジェクトだけは直接仕事につながらなかった。 今にして思うと、いきなり出版社に持ち込まず、その分野に強い編集プロダクションに間に入ってもらえば仕事として結実したのではないかと思う。 しかし、出版社の担当者との商談を主婦に経験させることができたので、負け惜しみではなく、これはこれで意義はあったのではないかとも考えている。ちなみに、商談には私が行ったことも1度だけあったが、それ以外は主婦一人で行かせた。そうやって彼女を鍛えたのだ。 といっても、全く放任というわけではない。私はこの頃、セールスマンのように「名刺を少しでも早く使い切れ!」と繰り返し彼女にハッパをかけていた。出版物のプレゼンではあまり必要ないのかもしれないが、本人の自信につながればいいと思い、見込み客と営業マンという設定でロールプレイングも何度も行った。 私はこれでも、自動車に次いで厳しいといわれる金融関係の営業マンとしての経験があった。前職の成約に比べれば、書籍の企画をまとめる方が何倍もチョロい。これは強がりではなく正直な感想だ。 彼女は、派遣以前は軽印刷の現場を、それ以前は練り物屋や学校事務補助などの「下働き」をしていたので、そもそもこうした営業の経験自体がなかった。しかし、この仕事をするからには、仕事場で引きこもって原稿を作るだけではいけない。企画を持ち込み、仕事の依頼があれば自分からも提案をし、ギャラの交渉も行わなければならない。 インターネットのSOHO関連サイトにある求職者登録には、主婦の個人名で登録させた。ここは、データ入力やテープ起こしの仕事が多かろうと思い、あまり期待しなかったが、意外にもその後何件か、そこそこ大きな仕事につながった。「パソコン教えます」のチラシも作り、近所の銀行の掲示板に貼ったり、団地に投函したりした。これは、上記のはたらきかけむなしく仕事がなかった場合のアルバイトのつもりだったが、この仕事はやらずにすんだ。何件か照会は来たが、曖昧な返事をしつつ、最後には「生徒が一杯だ」などといって断ってしまった。 こうやっていろいろな営業活動をしているうち、私は自分がフリーライターに成りたての頃を思い出した。自分は独り者だったし、そのときの主婦より若かった。何よりバブルの頃だったから、広告出稿も多く、仕事もまだうまみがあった。 当時の私よりも切実な立場である主婦は、大変だなあ、と改めて思った。 こうした営業活動の中で、ポツリ、ポツリとオーダーが入ってきた。カーエアコンの取扱説明書の執筆、IT雑誌の取材と執筆、専門学校の入学案内のCD制作、そして、学習教材の図版トレース。 実はこのトレースの仕事こそが、その後の、夫婦の問題にも仕事のあり方にも重要な影響をもたらすものになった。
2002.05.06
ゴールデンウィークになると、行楽地に出かける家族連れのために、やれお天気がどうだとか、電車や飛行機の予約がどうだとか、といったニュースがテレビや新聞で報じられる。 この時期になって、主婦が沈みがちだ。原因はひとつ。ずっと子どもと会えないことにある。しかし、それで仕事が進まないのは困るし、そういう状態を作る夫は、私からすれば、自分の啖呵を守らずに仕事の妨害をするゆゆしき者である。 私は、主婦に夫に連絡を取って話をつけるように命じた。そして、うまく話が進まないようなら夫から私に電話をするように伝えて欲しいと念を押した。主婦も、子どもの歯の治療その他で、連絡を取らなければならないことがあるという。 まあ、これまでの経過から見て、その電話で即、話がうまい方向に進むとは私は思っていなかった。しかし、だからといって何もしなければ何も始まらない。こういう夫には、何よりも理詰めで逃げ道をふさぐしかない。それには、ねばり強い努力も必要である。「何とかしなければ何ともならない」。これは、女優の岡田可愛さんにインタビューをしたときに言われたことだ。一見精神論だが、実は理にかなっている至言だ。 夜の9時過ぎに主婦から電話がかかってきた。やはり、たいした話はできなかったようだ。「夫は、『別れる』って……」 私は、さして驚かなかった。「紙切れ一枚」なんて言う奴だ。軽々しく「離婚」だの「夫婦は終わった」だの言える奴なんだ。「まあ、そう言うだろうね。そう言うことで、あんたが全面的に詫びることしか解決の道はないよ、ということにしたいわけだ。離婚そのものは本気じゃなくて、まだ様子を見てるんだろうな」「ええ。そうみたい。じゃあ、具体的に離婚の話をするのかと思ったら、そうでもなかったし」「全く何も変わっちゃいないね」「ご期待にそえなくてすみません。夫には電話をするように言っておきました」「するって言ってた?」「ええ。気の小さい人なので、そういう約束は守ると思います」「私は、あんたの代理人としてではなくて、私の意見として話をするからね」「はい」 その1時間後、夫から電話がかかってきた。相変わらず、びくびくしたような話し方で、明るく振る舞おうと不必要に笑っている。全く、どこまでもイライラする奴だ。「メールの件ではご迷惑をおかけしました。いろいろ考えるとこありましてね。ちょっとインターネットの方は休んでみようかと思いまして。あなたも言ってたじゃないですか。モデムを壊せって。モデムは壊さないけど、ちゃんとやめましたよ」「モデムを壊せ」は、こいつが文通を検閲したいというから、ふざけるなという主旨のメールを送ったときに私が書いたもの。3ヶ月近くも前の話だ。けっ、それで逆手にとったつもりか。「まあ、それならそれでもいいでしょう。こっちも、だいぶ奇妙なメールをもらって嫌な思いをしましたからね」 すると夫は、そんなこともありましたかねえ、というようにあしらうような笑い方をしてー「ああ、そうでしたねえ。何しろあの頃は、もう、何がなんだかわからずという感じで、ただ息をしているだけのような日々でしたからね。今もあんまり覚えてないんですよ」 このノー天気な一言で、私の堪忍袋は少しだけ裂けた。「女房や子どものことを考えたら、そんなことは冗談でも言えないだろう」「……」 私の一言で、夫からはすぐにうすら笑いが消えた。「仕事だって、自分の女房に成功して欲しくないわけがないって啖呵切ったのはあなただろう。忘れたとは言わせない。何しろメールなんだから。言った、言わないではごまかせない」「……」「だけど協力もないまま邪魔はする」「……」「彼女の姉たちに私を中傷しているんだろう?」「……」「なんで私が悪者にならなきゃいけないんだ?」「……」「こっちは、今でもガラスの2~3枚たたき割りたい怒りを抑えながら電話してるんだ」「……」 私が何を問うても無言のまま、受話器からは忙しくタバコを吸う音だけが聞こえてくる。。もう夜は10時過ぎだ。夫の母親も息子も寝ている。もしかしたら、夫は部屋の電気も消して電話しているかも知れない。 私はこのとき、電話回線の向こうにいる夫の光景を思い浮かべていた。真っ暗な部屋で一人、ふるえながらタバコを吸う夫がいる。月明かりに照らされた相好は涙で光っている。寂しそうだ。 しかし、夫よ、みんなお前のまいた種なんだ。ここで追及をやめるわけにはいかない。「子どものことを考えたらどうなんだ」「……」「彼女の身内を巻き込むことで、彼女の肉親との関係に禍根が残るかも知れない。彼女の立場や胸中を忖度できないのか?」「……」「それとも、自分さえよければそれでいいのか?」「……」「あなたは兄弟がいないから、そういう配慮や情が理解できないんじゃないのか?」 一人っ子だから情がない、とか非常識だとは毛頭思わない。しかし、イライラしていた私は、夫の沈黙を破りたくてちょっと煽った言い方をしてしまった。 夫はここで何か言いかけたが、結局何も言わなかった。後から主婦に聞いたところによると、夫には異母兄弟はいるが、一緒に生活していたわけではないらしい。まあ、どちらにしても、主婦の姉妹仲に影響を与えるような迷惑をかけてはいけないし、そこに配慮できないのは人間としておかしい。「とにかく理由を聞かせてもらいましょうか。彼女を団地に帰さない理由は?」「……」「黙ってないで、答えたらどうなんだ。そのことでこっちも迷惑してるんだぞ!」 長い沈黙で、ついに私が声を荒げた。なんだかここまで来ると、ドラマに出てくる刑事の取り調べシーンのようだ。ようやく夫はボソボソッとー「……それは……、私の母親に、許せないことを言ったからです」 と返事をした。「ほう、それは初耳だね。今までさんざんメールやその他、やりとりしていろいろな経過があったけど、そんな話はただの一度も出てこなかったじゃないか。彼女からもそんな話をされたことはないぞ」「……彼女は言った側だから、黙っているのでしょう」「で、なんて言ったの?」「いえ、それは夫婦の問題ですし。……今は言えません」「いつ言うの?」「いずれ、時が来たら」 夫は、「夫婦の問題」に逃げ込めて安心したのか、少し余裕をもった。そんなことで持ち直されるのもシャクなので、私は核心部分に触れた。「しかしねえ、どっちにしても、じゃあ、どうするんだって問題はあるでしょう。このまま息子から母親を奪ってしまうのか? あなたの母親はあなたの息子の母親ではないんだ。こう言っては何だが、あなたの母親だっていつまでも孫に責任を持てるわけではあるまい。そういうことも考えているのかな?」「そうなったら、私と息子で暮らします。男2人、気楽なもんです」 こいつ、何を寝言いってんだ。 まあいい、そういう了見なら、ちょっと脅かしてやろうじゃないか。「そうですか。彼女と別れて、子どもはあなたが引き取るということだね」「そうですね」「しかしねえ、あなたに子どもが育てられるかな。あなたは幼稚園の月謝も渋ったそうだが、今は教育に金も手間もかける時代だ。いい塾がどこか、いつも情報収集のアンテナを張り巡らせ、ときには自ら勉強も見てやらなければならない。 学校にはいじめだってある。あなたの子どもじゃあ、どうせいじめられっ子だろう。そうなったらどうする。親として、学校に対して、相手の親や子どもに対して、そして何より息子に対してどう向き合っていくつもりだ。 もちろん、日々の健康に気を配るのは基本だ。女房の姉だって自分の家庭があるんだ。そもそも離婚したら親戚でも何でもなくなっちまうんだから頼れないんだぞ。そのへんはいったいどう考えるんだ?」 それに対して、夫は何と答えたか。「……じゃあ、やっぱり息子は女房が育てた方がいいですね」 しょえーっ! 少しは意地を見せろよ(笑) いつも逃げてばかりの夫だったが、ちょっと起こりうる話をしただけで我が子の子育てからも逃げてしまうとは……。なんて小心……、というか無責任な人なんだろう。 私は、ここで「言質を取った」という態度をとらず、その件も含めて、この先のことをよく夫婦で話し合うように夫に言って電話を切った。ここで私が「お前が『女房が育てた方がいい』と言ったんだ」と責めて、子どもを取り上げれば主婦の鬱は解決するかも知れないが、私がそこまでするのはいかがなものか。これは夫婦の問題であるし、やはり夫婦で話し合えばいいと思った。 彼女に電話の内容を伝えたが、彼女は呆れ、珍しく怒りをあらわにしていた。「仕事を自宅に持ち込んで欲しくないからアパートを借りる、という話から始まったのに、いつのまにか『鬼嫁』になってしまっているわけね。理屈と膏薬は後からいくらでもつけられるっていうのは本当だわ。だって、そのことを言われたことがないし、身に覚えがないもの。本人にはっきり言わないで、『それが原因だ』と言ったって不毛でしょう。まあ、デッチアゲなんでしょうけどね」 デッチアゲならもちろん、そうでなくても、この嫁姑の不仲の責任は夫によるところが大きいのではないかと私は改めて思った。こいつ、どうしようもない奴だ。
2002.04.29
中堅の建築関係企業に勤めていた主婦の姉は、姉なりに妹を助けようという気持ちを持っていたようだ。飲んだくれで甲斐性もないパートナーのマッサージ師との生活は裕福とは言えないのに、自分の小遣いから彼女に少しばかりだが工面したり、ときどき団地に行っては主婦の息子の面倒を見たりしていた。 しかし、身内である自分を第三者扱いし、他人の私にあれこれ相談することにたいしては愉快でなかったらしく、どうもその点で私に嫉妬していたようである。事あるごとに私を中傷し、私のアドバイスを悪意に解釈して主婦を迷わせていた。私を信用するな、という「アドバイス」を受けたと主婦から何度聞かされたかわからない。 しかし、今回のことは夫婦の問題なのだから、いくら実の姉であろうが「第三者扱い」は当たり前の話である。主婦が私にあれこれ相談するのも、いきさつからいってこれまた当然だし、夫についていえば、私から好きこのんで関わっているわけではなく、向こうから勝手に絡んできて、こっちは大変迷惑しているのである。 主婦の姉が、私に嫉妬して中傷する道理などどこにもない。だから、私はこの人たちが実にうっとおしかった。 ある日の夜、私が自宅の仕事部屋にいるとき、電話がかかってきた。私はてっきり主婦だろうと思って電話をとると、声は主婦より少し高めで、東北訛りが抜けない話し方で不用心に尋ねてきた。「妹がおりましたら、妹にかわっていただきたいんですけどぉ」 主婦の姉だった。何でこっちに電話してくるんだろう。「いませんが」「あら、そうですか。アノ、アパートにかけたら居なかったもんで、てっきりそちらかと思ったんですが。ではもう帰ったんでしょうか」「いえ。『もう』も何も、妹さんは最初からここには来ていませんが」「ああ、そうですか。アノ、アパートにかけたら居なかったもんで、てっきりそちらかと思ったんですが」 だから、それはもう聞いたよ。「どうして、アパートか私の家か、というふうに考えるのですか」 お前、一緒に暮らしているとでも思ってるんだろう、と続けたかったが、主婦の姉であることに免じてぐっとこらえた。「いえ、私が聞いたところでは、妹が仕事を一緒にやってるということだったもんで。それでそちらにいると思ったんですけどね」「もう夜の9時過ぎですよ。仕事場ならともかく、ここは私の自宅ですからねえ……」 そんな非常識なことはしませんよ、と私は言いたかったのだが、粗忽な姉は身勝手に引き取ってー「そんですよねー。今はコンビニとかやってますからあ、夜の9時でも買い物とかしますしねえ。じゃあ、もうちょっとしたらまたアパートの方にかけてみます。どうも失礼しました」 私への中傷を許することはできないが、この人は本来個人的には憎めない、ただの「おバカさん」なのかもしれない。 そもそも主婦は、アパートに来て以来、1度も私の部屋に入ったことはなかった。そればかりか、私の、仕事部屋ではなく自宅の電話番号もこの時点で知らない。彼女の自主的な「酒断ち」は長く続き、私が初めて彼女と酒席をともにしたのは、何とこの2年後、ある出版社の忘年会の二次会だった。 無給で仕事のヘルプまでする一方で、そんなふうに距離を置いた関係にあるのを奇妙に思う向きもあるかも知れない。しかし、もともとの出会いのきっかけやこれまでのいきさつを考えれば、ちょっと臆病だけどそそっかしい人なら、おそらく誰が私に成り代わってもそうなるのではないか。 人間の出会いや信頼関係が、単純な打算か愛かの二分思考法でしか語れないと思ったら大間違いだ。成り行きやそのときどきの損得勘定を超えた判断の積み重ねで、思ってもみない展開を止められなくなる場合もある。 私がこの件で自分の意志を貫こうと意地を張っている理由の一つには、憶測と中傷とレッテル貼りが三度の飯より好きな俗世間の大衆を裏切ってやろうじゃないか、という途方もない、だけどクリーンな反骨精神もあったつもりだ。 その日の夜、今度は私から主婦に電話をした。「あんたの姉さんから電話がかかってきたよ」「あ、聞きました」「なんで、あんたの姉さんはうちの電話番号を知ってるんだ。また『とっておきの方法』か?」「いえ、緊急の場合の連絡先ということで、派遣先とあなたのところを教えてしまったんだけど、迷惑ならもうかけないようにいっときます」「いや、本当に緊急ならいいんだよ。立ち入ったこと聞くが、急用だったのかね?」「今度の休みに遊びに行くとか……」「急用じゃないわけだ。それでもこっちにかけるということは、うがった見方をすれば、私とあんたが半同棲でもしているかどうか探りを入れたという気もするが……」「まさか、そんな……」「そうでないとしても、夜、自宅の私の部屋にかけてくるということは、節度を持った関係であるとは思っていないんじゃないのか」「……」「団地を追い出されてから数日間、姉の家でいったいどんなふうに、自分の気持ちや経過の説明をしたんだ」「仕事の話はしたけど、それだけじゃないと思っているかも」「それだけじゃないって?」「私も結構浮ついていたというか、団地を追い出されて興奮していたところもあったし、もう夫婦は終わりで私は新しい生活を始めるんだ、ぐらいのことは言ってしまったかもしれない」 かもしれない、というのは、主婦の場合、とぼけたりごまかしたりしているわけではなく、本当に忘れてしまっていることが多い。こういう都合の悪いことの「物忘れ」は、人間が生きていく上で大切な能力かもしれない。しかし、こういうときに発揮されちゃうとやっぱり無責任だと思うよなあ。「でも、あんたが引っ越してだいぶなるし、あんたが今、余計なことさえ言わなければ、向こうに野卑な妄想をさせるような情報は入らないんだろう?」「うーん。でも、姉は息子の面倒を見るために団地に行っているので、そのときに夫から相談を受けることはあるかも」 でたー、またしても夫か。 たしかにそれがあったなあ。 夫が被害者ヅラしてあることないこと姉に言って涙を流して、姉とその連れ合いの好奇心や「義憤」を刺激することはあり得るわなあ。 私はそれを確かめるべく、というより、半ばそうであるという前提に立ち、「彼女の身内を巻き込むのはやめろ」という主旨のメールを夫に送りつけてやった。 すると、1~2日おいて、夫からは多数を対象とする体裁をとったこんなメールが届いた。「各位殿。私、思うところありまして、インターネットを休養する所存でございます。つきましては、今後、メールのやりとりも一切行いませんので、ご配慮のほどをお願い申し上げます」 おいおい、夫よ。いくらお前のこれまでの行為がユニークだからって、「各位殿」はないと思うんだけどなあ。「各位」も「殿」も役割は同じだから普通は並べて書かない。だいいち、「殿」は目上に対しての私信にはほとんど使わないし、「各位」は敬意を表す表現だ。 だいたい、いくら複数を対象としたそぶりを見せても、私のメールを受けてからでは、私対策がミエミエじゃないか。また逃げるのかい。夫よ、しっかりしてくれ! 私は「ご配慮」をせずに、その旨、忠告する返信を送ったが、もちろん返事は来なかった。 そのことを主婦に話すと、主婦は今度は自分の母親にそれを伝えたという。すると母親曰く「そういうことをするから、夫が意固地になるんだ」 やはり、私の本当の敵は、彼女の身内なのか。
2002.04.21
主婦は今の夫とは2度目の結婚になる。今回の夫の態度は論外としても、2度目とも円満な夫婦関係を築けないとなると、主婦の側にも、相手の選び方、結婚生活の描き方で問題はなかったのだろうか、ということを勘ぐりたくなってくる。 私が主婦と現夫との関係を見る限り、「会話のなさ」は救いようがなかったし、それは主婦の側にも責任があるように思えた。 その点、彼女の言い分によると、「遠慮」なのだという。不満や要求があれば、一応は申し立てる。しかし、そこで伝わらないと、ぐっと抑えてしまうらしい。 いい妻でいたい。家庭をまるくおさめたい。なら自分さえ我慢すれば……。無神経で非常識な姑に嫌な思いをしても、低次元な威張り屋の夫でも、子どものために我慢しようと思ったという。 しかし、我慢というのは無限にできるものではない。吸収したり消したりするものがないと、不満がどんどんふくらんでいずれは破綻をする。そんなことは誰でもわかるはずだ。 では、なぜ彼女は、「我慢」という先の見通しのない選択をするのか。 最初私は、もっぱら、彼女生来の八方美人の性格によるところが大きい、と思っていた。つまり、主婦は、根が無責任で刹那的でいい加減な人だから、問題とまじめに向き合わずに先送りしているだけなのだろうと考えていた。 結果としてそういう面は確かにある。ただ、彼女がアパートに来た頃から、私はもう少し踏み込んだ見方をするようになった。少なくとも、彼女がそのような人生観を持つに至ったものは何かまでを見る必要がある、と考えるようになった。 彼女の日常は、決して「我慢」の人ではなかったからだ。先日の町工場の件もそうだったが、無神経な物言いをする人なのだということがわかってきた。だからこそ、結婚生活での「我慢」が私には奇妙に思えた。 主婦のアパートに、主婦の母親から冷蔵庫と電気釜が届けられた日のことだ。主婦は母親に電話をしたところ、口論になってしまったという。相談相手のいない彼女は、そのことで私のところに電話をしてきた。「別居はお前が悪い。でも自分はお前の母親だから、娘が悪くても娘をかばうものだと思ってお前を助ける」といわれたというのだ。 実の母親にそういわれたことで、主婦はかなりしょぼくれていた。私は、その母親の意見に当然ながら真っ向から反論した。「しかし、それはおかしいな。夫があんたの姉を使って団地を追い出したのは歴然とした事実だし、別居まで何の解決の努力もしなかったじゃないか。夫も十分『悪い』よ。そういうことは説明したのか」 主婦は絞り出すような声で、唸るような頷き方をして……「でもね、夫婦げんかのときに、夫よりあなたの方がいいと私が口走ったから、それが悪いと……」「おいおい、それで有責なら、夫婦は喧嘩もできないよ。そう言ったとして、その言葉尻だけを見て、意味を考えなくてもいいのか。だいたい、いきなりそういう話が出たんじゃなくて、喧嘩には当然これまでについてのいろいろな言い争いがあって、それなりの脈絡や売り言葉はあるんだろう。そこは見なくていいのか」「……でも、それでも言ったことが悪いと」「結果責任かよ。だったら、こっちが夫から貰ったふざけたメールの数々は何だ。夜中に自分の女房を見ず知らずの男に送り出す結果責任は問わなくていいのか。そだろ? それじゃあ、あんたの母親はちっとも自分の娘をかばったことにはならないし、だいいち経緯をちっとも客観的に見てないじゃないか。何なら、夫のメールを全部、あんたの母親に送りつけてやろうか。悪いけど、その意見はまことに奇妙だな。おかしいぞ、おかしい!」 私の興奮により、逆に自分がなだめる側に回ったことで、主婦は少し落ち着きを取り戻したようだ。「たぶん、メールは送られても、『私は見たくない、聞きたくない』というんじゃないかな。そういう人だから」「意固地な人なのか」「……たぶん、今回の解釈は、私に対して、自分の人生の辻褄を合わせる意味もあるんじゃないかと思う」「何だ、心当たりがあるのか」「母親は、父親が浮気をしたことが許せなくて、父親がやり直すことを望んだにもかかわらず、自分の一方的な意志で強引に離婚をしてしまったの。だから、私や姉に対してどこか後ろめたい気持ちがあるのかもしれない」「うん、それで?」「そんな自分の離婚を正当化するには、被害者意識を持った側の価値観を絶対化したいんだろうと思う。今回の私たち夫婦の場合だと、夫の側がそうなるから。夫の言い分を正当化することは、かつて自分のしたことを正当化したい意志が働いているんだと思う」「なるほどね。それであんたの方が悪いと。でもね、状況はお母ちゃんの場合と、あんたの場合で同じというわけではないだろう」「母親の場合には、浮気の他に暴力もあったと聞いてるし」「いや、そういうことじゃなくてさ、何よりも、まだあんた方の場合は離婚してるわけじゃないんだからさ」「あ、それもそうだ」「どうなるにしても、これから夫とは話をしていかなければならない。そんなときに、あんたが悪いなんて、あんたの母親が考えているのはどうかと思うね。身内がそんなことでは、あの夫の軍門にくだることになるんじゃないのか」 まあ、こうした母親の誤解も、もとをただせば、2月1日、いきなり夫がこの母親を呼びつけ、大げさに「夫婦の危機」を訴えたことが原因になっている。事情を知らないまま、「夫の苦悩」を見せられたら、誰でも夫の側に立ってしまうかもしれない。 教養も常識も思いやりもない小心な夫だが、安っぽい涙を人前憚らず流しては、周囲の同情を買うことだけはうまかった。 こいつはもしかしたら案外策略家であり、直球勝負の私の方が案外足下をすくわれるかもしれない。私はこのとき、ふとそんな感じがした。「それにしてもさ、他人の私がこんなこと言うの僭越なんだけどさ、夫婦の考え方の違いや気持ちの離れ方に、加害者とか被害者とかあるのかい」「……」「傷つくことを言われた。だから顔も見たくなくなった。それならそれでいいですよ。でも、そこで夫は被害者になっちゃうのか。だったら、反対に、あんたに傷つくようなことまで言わざるを得ないほど追い込んだ夫の責任はどこで問うんだい」「たぶん、母親はそういうことも『聞きたくない』と言うと思う」 主婦は、苦笑しながらそう言う。「いったい、あんたのお母ちゃんは私のことをどう思ってるんだろうねえ」「別にどうとも……。もともと母親はどちらかというと人嫌いの方だから、そんなに気にしないで。ただ、なぜあなたという人間が登場して、私があなたを信頼しているのか。なぜそんなに私の面倒見てくれるのかが理解できないみたい」「だから、それは文通時代のいきさつを知らないからだろう」「ええ」「知ろうとしないのなら、たとえ親であってもこの件は干渉しない方がいいだろうな」 冷たいようだが、今回の件で、身内が敵である夫の援軍になるのはむごいし非常識な話である。不承不承当事者にさせられた私には、知りもしないで余計な口を挟むな、と言える資格ぐらいはあるだろう。 私は話をしながら、ちょっとあることが気になった。「あんた、最前から、自分の母親を『母親』と呼んでいるが、いったい直接会話しているときはなんて呼んでるんだい? おかあさんとか、かあちゃんとか言ってるの?」「う~ん。そういわれてみると……。いつも直接用件を言うから、そういうの言ったことないなあ」 おいおい。何が「そういわれてみると」だよ。その母娘関係、差し出がましいけどちょっとヘンじゃないのか。屈折してないか。そもそも実際にそんな会話、可能なんだろうか。 私はこのとき、こんなふうに考えた。主婦は、事情はどうあれ、自分から父親のいる家庭を一方的に奪ってしまった母親に対して、気持ちのどこかで素直に飛び込めない何かがあるのだろう。母親の意固地な面も、そうしたわだかまりを氷解しにくくしているのかも知れない。 いずれにしても、主婦が、「我慢」を通して家庭を維持しようとしてきたのは、こんな生い立ちも遠因としてあるんじゃないんだろうか。 そう分析したのは、実は自分も似たようなことをしていたからだ。 私の父親は遙か昔に他界したが、生前は「お父さん」と呼んでいたものの、亡くなってからは、父親の話を肉親にするとき、「親父は」「お父さんは」といった主語を長い間、つけられなかった。「誰のこと?」といわれると、父親の遺影を指さして済ませる。他人のことを言えない。私も屈折していた。 母子家庭の子弟として、どれだけ肩身の狭い思いをさせられたか。そんな恨みを、亡くなった父親に対して私は心に抱き続けていた。 だが、私は主婦のこうした心の闇を知ってから、自分の父親のことを話すとき、「父親は」と言えるようになった。現在も悩み続ける彼女に比べれば、相手が死んでしまった私の場合は、ある意味、気が楽だと思えたからだ。まだ、「親父は」という言い方はできないでいるが、これも時間が解決するような気がする。 こうしてみると、「お父さん」「お母さん」というありきたりの呼び方も、子どもの親に対する信頼と愛情が伴ってなければ言えない、意外と値打ちのある表現なのかもしれない。 私はこのことで、少しだけ主婦にシンパシーを感じた。
2002.04.13
月が改まり、この日、町工場の社則制作費が支払われた。私はその中から経費など会社としての取り分を抜き、残額を2で割って彼女に渡すことにした。わずか1万1000円だ。すくねー しかし、金額は問題ではない。彼女との仕事は始まったばかりだ。彼女も不安に違いない。だから支払われたものは早く精算することで、彼女の信頼を得なければならないと私は考えた。 週末の夜、私はその支払いと今後の打ち合わせのために彼女を連れ、大衆価格のチャンポンで有名な店に入った。そこは夜中までやっているので、夜型の私にとって大変ありがたい店だった。 彼女とはこれまで、ファミレスに2度入ったが、実は私はファミレスの、ハンバーグやスパゲッティといった食べ物があまり口に合わなかった。時分時や打ち合わせのような時間がかかる場合、食べ物を頼むことがあるが、正直いつも迷ってしまう。だから、主婦との打ち合わせ場所はここにしてもらうことにした。 逆に彼女は、この時点で言わなかったが、あまりチャンポンは好きでなかったらしい。それが何度もそこを使うことで、次第にチャンポン好きになっていったようである。人間、その気になると食い物の好みまで変えられるのかね。 注文し終えた私は、お金の入った茶封筒を鞄から出してテーブルの上に置き、指先でスーッと押し出すように彼女に渡した。 彼女は一瞬、間をおいてからそれを手に取り、中身をたしかめてから、「本当にいいの?」という表情をした。そして私がうなずいたことを確認してから、泣きそうな顔になって2度3度頭を下げ、鞄の中に丁寧にしまい込んだ。 たかが1万1000円ぐらいで大げさだって? いや、これは私の事情も斟酌したからだと思う。この仕事の次に来たのが、名刺のデータ入力。これも主婦のために受けた細かい仕事だが、彼女は派遣の仕事のため結局ほとんどできず、私が処理した。 また、この時期は彼女の文章力の練習のため、私は彼女に課題を出し、文章を書かせて添削も行っていた。新たな営業の準備も、派遣業のある彼女は一部しかできず、顧客リスト作りなど私が多くを受け持った。 要するに、私個人の仕事は止まってしまい、一方で彼女との新たな取り組みの準備を私がかなりの部分一人で行っていたということ。私はこの時点で無給で彼女に賭けたわけだ。「何でそこまで」と思う? でもね、資本のない個人がシロウトを一人抱えるとこうなるのは誰でも同じこと。つまり最初から予想していたことだ。私は数ヶ月は投資だと割り切っていた。彼女が戦力になれば、私の打算は結実するのだから。 あとは、それほどまでに夫に対して頭に来ていた、ということもある。もう絶対に許せなかったな。電話越しではあるが、息子のナマの声を聞いてからはとくにそう思った。口先でいい加減なことばかり言っているこんなボケナス野郎には、結果を出して、逃げ道をふさぐしかないと思ったのだ。 彼女に書かせた比較的短い自由課題の文章は、いささかかたい感じがしたが、まずまずの出来だった。誰でも書き込んでいかないと表現はまるくならない。いずれ慣れてくれば何とかなるだろう。 私はここで、主婦にいきなり長い課題を出すことにした。「今、どんなことに関心ある?」「関心て、趣味とか?」「いや、生活上のこととか、株とか政治とか芸能人とか、何でもいいよ」「うーん。やっぱり子どもの健康のことかな」「健康?」「息子の予防接種、させた方がいいのか、させなくてもいいのかって。させる必要がないものはさせない方がいいのね。副作用とかが問題になっていて、いつも新聞や雑誌で取り上げられるテーマなんだけど」「なるほど。じゃあ、それで1冊分、原稿書いてみて」「え? 一冊分て……」「うーんと、10万字をメドね。いきなりは書けないだろうから、こういう内容を書きますよっていう目次の構成案をまず週明けまでに考えてみてよ。いいね」「は、はい」 10万字といえばA5版の新書が出せるヴォリュームだ。 私はできあがった原稿で、出版社に持ち込んで企画出版として交渉しようと考えていた。もっとも、私としてはまだこの段階、採用されるかどうか、また彼女が書けるかどうかの結果は別にどっちでもよかった。ただ、モノがないとプレゼンはできないし、彼女には1冊の本を書くという苦労をさせてみたかった。論より証拠で原稿を書かせてみないと。途中、彼女には「あなたはスパルタだ」と言われたが、今考えるとたしかにそうかもしれない。 この業界、自称ライターはごまんといるが、いきなり10万字の作品を仕上げろと言われて、できる人はどれくらいいるだろう。でも、それをクリアできるぐらいでないと、即その道でお金を取れるようにはならないと私は思ったし、当時の彼女にはそれくらいの覚悟はできていた。 このほかにも、都内の駅立ち食いそば紹介だの、今で言う“癒し系”のホテル特集だのといったムック用の企画もいくつか作った。彼女とは実際に立ち食いそばをはしごしたり、各ホテルにリサーチしたりもした。結果から言うと、それらは実らなかったが、出版社に対してプレゼンする機会ができたことで、彼女は実践の経験を積むことができた。 10万字の予防接種について言うと、結局は5万字程度しか書けず、1冊の書籍の原稿としてはちょっと中途半端な分量に終わってしまった。が、せっかく書いたものを無駄にしてはいけないなと思い、機会を見つけては交渉を続け、5年後(!)に保健関係の出版社が発行する雑誌で、彼女は本職の医者達に混じって医療ライターとして健筆をふるうことになって努力は結実した。
2002.04.10
町工場の社則の仕事は無事納品した。当初、主婦を窓口にしたところ、ちょっと話がこじれかけ、私が取りなして何とかおさめた。細かい仕事だったので、私が少し文句を言ったら、彼女がそれをそのまま先方に伝えてしまったのである。 ちょっとびっくりしたね。いくら私が、「なんでえ、こんな安い仕事でいろいろ注文つけやがって」と言っていても、それをそのまま客に伝えるとは思わなかったよ。 といっても、これだけでは、彼女が“子どもの使い”しかできない人間である、とは言い切れない。商談は、先方の要求によっては、こちらの都合や主張をきちんと断っておかなければならない場合もある。相手が取引先とのコミュニケーションに慣れていないという場合は、とくにこちらが要求を出し、言いにくいことを言わなければならないこともある。今後、付き合う気がなければ喧嘩してしまうこともあるかもしれない。 ただ、今回の場合、彼女がそうした「総合的」判断を自覚した上で伝えたわけではないことが問題だった。そうした判断ができるほどの経験を、彼女は積んでいなかったわけだ。しかし、彼女に仕事の窓口を任せた以上、そのへんのさじ加減と交渉術もきちんと覚えてもらわなければならない。原稿さえ書ければいいというものではないのだ。 一方、夫の方はまだ何も言ってこないようだ。主婦の話によると、主婦の姉がときどき子どもの様子を見に行っているという。 この姉からすれば、妹のため、甥のためという善意をみなぎらせての行為かもしれない。しかし、そういう中途半端な気遣いが、このファッキンな夫を支えて状態を長期化させてしまう、ということを考えて欲しかった。私にとって、というよりも結局のところ主婦にとって、これからも出てくる、この人やパートナーのマッサージ師の思慮の浅い非常識な「善意」が、事態の解決を引き延ばし、混乱を招いたようにも思う。 私は、すぐにでも夫のもとに乗り込んで、どやしつけてやりたい気持ちでイライラしていた。しかし、彼女の仕事の面倒を見る、という役割自体、始まったばかりだし、あまり他人の夫婦の問題に口を挟んでもどうなのだろうか、という遠慮もあり、そうした実力行使はしなかった。 たとえば、乗り込んで子どもを無理にひっぱってきても、彼女と息子の住む場所や生活環境を用意してやれる余裕は、そのときの私にはなかった。また、もしかりに無理して用意しても、悪口と猜疑心でしか他人を見られない世間から、「何でそこまで」と、逆に私の「非常識」さをとやかく言われるだけであり、それはそれで夫を利することになるのではないか、と考えた。 ただ、やはり子どものことを考えると、ずるずるこうした状態を続けるのはどうかとは思う。そこでその旨、夫にメールを書くことにした。「子どものことを考えて、この不正常な状態に終止符をうつ気はないのですか?」 ところが、夫からの返信はそれには全く触れておらず、またしてもピントのぼけたことを書いてきた。「あなたには、女房を幸せにするという男気はないのですか?」 おいおい、夫よ。お前、気は確かか? お前はれっきとした夫なんだぞ。 罵詈雑言を浴びせたい衝動にかられた私だったが、それをぐっと抑え、精一杯冷静に返事をした。「今回だけは見なかったことにしておきます。自分の立場をもう一度自覚して、二度とそのような落書きはされることのないように願いたいものです」
2002.03.26
彼女との初仕事は、私の自宅近所にある町工場の、社則の編集と清書だった。資料を見て朱を吸収した社則を入力し、マイクロソフトの「ワード」でレイアウトする。 こういう仕事は、本来データ入力の看板を掲げている人がすべきものだったが、彼女の作業のスピードも知りたかったし、慣らし運転としての仕事はあまり重くないものを、と考えていたので、ちょうどよかった。 夕方、彼女のアパートにその資料を持って行く。私はババァののぞき見とパトカー事件以来、彼女のアパートに行ったときは、ベルを押す前に必ず、背後をゆっくり睥睨してから、左手の中指をつき立てるポーズをとることにしていた。どこで誰が監視しているかわからないが、もし監視していたら、俺は正々堂々といつでも対決してやるぞ、という私なりの意思表示だった。 そういうパフォーマンスをやっていたことを主婦は知らない。主婦の肩を持つという意味ではなく、これまでの夫の態度は、男として、人間として許せなかった。その怒りをささやかに表現したものだったから、別に主婦が知らなくてもいいことだった。 部屋は、彼女の姉が送ってきた衣服と靴の入った段ボールが山積みされており、アパレルメーカーの倉庫のような状態だった。東京のはずれでマッサージ業を営む主婦の母親に預かってもらうため、段ボールはそのまま宅配便に送ってもらうという。それと引き替えに、母親からは冷蔵庫と電気釜が届くらしい。生活用具が揃うことで、いよいよここでの生活も本格化するのだろうか。 夫に対して腹が立つことには変わりはないが、私も俗人だ。こういう光景を見ると、もう少しうまいやり方はなかったのだろうか、などとまた後悔の念が擡げてくる。「やっぱり、引き金は今回の文通かね」 主婦は、“そんなことない”というように首を振る。「それにしても、仕事を誘ったのは無理したかも知れないなあ」「そんなこと言ったら、思いあたるフシなんて……」 と言いながら、主婦は指折り数え始める。「まず、ひとつは姑との同居。いろいろ手のかかる人なんで。それならそれで、夫は事前に教えてくれるべきだったと思うし」「そだよな、実の息子なんだからな」 別の「引き金」が出てきて、正直私はホッとした気持ちではあった。「ふたつ目は、息子が生まれた後、退院して寝ていたら、夫が『何で寝てるの?』と言ったことかな。結構、がっかりきたなあ。そりゃ、産後のきつさは男の人は体感できないけど、それならそれで、見たところから判断して、『ゆっくり休め』とか、『家事は自分がやるから』とかぐらいはいえるでしょう」「そうだね。まあ、どっちも、夫がコミュニケーションもできず愛情も足りない人間だからだと思うね」「そしていちばん大きかったのは、二人目を流産したこと。今にして思えば、それまでたまっていた不満を抑えていた気持ちが切れたというか、消えてしまったような気がしたみたい。それとは逆に、仕事に対する気持ちは何かぐんぐん湧いてきた。今、復帰しないと社会から取り残されてしまうんじゃないかというような気持ち。子どもがダメになったから、あとは仕事しかない、という気持ちだったのかも。……それと」 主婦は言いにくそうに目をつぶり、軽く体を揺すってから……、「姑との溝が深くなっちゃった。流産したのを私のせいにされたし。疲れないようにごはんの支度を合理化しようとしたら機嫌わるくなるし。扱いはほとんど子生みの道具という感じ。そういうことがあるたびに、ますますやっていけないなと思った」 うーむ。毒蝮の名前も読めない無学のクソババアか。なんて人非人なんだ。さすがに、夫の母親だけのことはあるな。自分も女でありながら、母性保護にそれほど冷淡になれる神経は、およそ人間のものとは思えない。そんなに手のかけた飯が食いたかったら、テメエの得意な天ぷらでもバケツ一杯揚げて、ヘソから飛び出すほど食ってろ!「流産はいつ?」「派遣の前だから、1年ぐらい前かな」「そうか」「現実に2人目ができていたら仕事なんて絶対に無理だったから」 流産自体は、統計的には平均して百人中15人ぐらいの割合であり、多くはないが、「まれ」ではないという。しかし、妊娠した時点では当然生まれる前提で喜ぶわけだから、その落胆ぶりは大きい。だから、夫婦生活そのものまで絶望してしまうのだろうか。「夫婦は紙切れ一枚」という夫の言い草は無責任きわまりないが、別人格の他人同士であることは確かだ。 日常の小さな不満が少しずつ蓄積し、ちょっとしたふるまいや気遣い、言葉のかけ方がうまく2人の心をつなげられないことをきっかけに、信頼関係に一気にきしみが生じることもあるのかもしれない。 いずれにしても、そこから仕事への復帰があって、私との文通の前にはデザイナーとの“プロジェクト”があったわけだ。そう考えると、けだし、考えや行動には彼女なりに平仄が合っているように思えてきた。「で、そういう話は夫としてきたのかね」「正直言って会話はほとんどなかったなあ。喧嘩してるわけじゃなくて、朝は早くから会社に行ってるし、夜は遅いし。変なこと言ってへそ曲げられてもと思ったから、朝はあまり余計なことは言わなかったし、夜はパソコンいじってるし。少し、遠慮しすぎたのかもしれない」「今回の夫の態度に弁解の余地はないけど、夫婦の関係に限って言えば、あんたにも責任はあるだろうな」 何しろこっちはそのとばっちりだからな。
2002.03.19
主婦は、引っ越しといっても、仕事に使うパソコンと本棚、それに当座の衣服だけしかもってきていなかった。部屋がそれほど大きくないということと、まさかそう長く「住む」ことにはならないだろうと考えたからだろう。 しかし、引っ越しから一週間。夫はウンともスンとも言ってこなかった。主婦が謝って全面降伏をしない限りだめということらしい。ずいぶんと偉い夫だこと……。 そこで、主婦の姉が彼女の団地に行き、彼女の衣服や靴などを主婦の代わりに整理して、主婦のアパートに送ることになった。 姉とそのパートナーのマッサージ師は、この件で張り切っている、というより不謹慎にはしゃいでいた。ことにマッサージ師は、普段から夫にコケにされ、主婦からも敬遠されていたため、自分の存在価値を示せる絶好のチャンスと思い、燃えていたようである。 しかし、私に言わせれば、自分の頭の上の蝿も追えない奴の無責任な馬鹿騒ぎでしかない。 マッサージ師は、主婦や夫に言わせると「アル中」だそうである。めっぽう気が小さく、またあまり知的でもないため、普段は陰気で口数も少なく、シラフでどうどうと人と渡り合えない。まともな友人もなく、主婦の姉を相手に、酒を飲みながら堂々巡りの「マイ・ワールド」話をしているのが生き甲斐ということだった。2kの都営住宅にはビール瓶がゴロゴロ転がり、玄関にはすでに酒の臭いがしみつき、数メートル手前からでも臭って来るという。 子どもの教育やしつけも熱心とは言えない。小四になるマッサージ師の娘は人が来ても挨拶一つできず、自分の親父と主婦の姉のセックスの様子を言いふらすことだけは一人前という。この娘に責任があるわけではない。多感な時期に入りつつある娘に配慮できないケダモノ感覚のご両人が親としておかしいのである。 主婦の話によると、姉は、このマセた娘に気を使うあまり、自分の娘をないがしろにしているように思えることがあり、現に姉は実の娘に「私と(マッサージ師の連れ子の)どっちがかわいいの?」と聞かれることもしばしばだったという。娘にこんなことを言わせる母親はおかしい、と私は断言しておく。 さらに奇妙なのは、マッサージ師は前の女房に逃げられたのだが、今になってその前女房が気安くマッサージ師の家に出入りしているという。それじゃあ、マッサージ師の娘は胸中複雑だろう。「そんなにフランクな仲ならなんで離婚したの?」と。それだけでなく、「育ての母」をやっている主婦の姉の立場もない。このマッサージ師というのは、心の機微を斟酌できない人間としてダメな奴なのだろう。 とにかく、自分の家庭もちゃんとしていないこんな人たちに、妹夫婦の仲裁などおこがましい話だったということをここでは言っておきたい。というのは、この人たちが「おこがましい」分際で無責任なお節介をしたことが、この後の取り返しのつかないこじれを招くからである。 主婦の姉は、こんなふうに自分たちを冷淡に見つめる私を当初から直感的に嫌っていたようだ。私はそんなゲスな人たちに嫌われてもいっこうに構わないのだが、姉たちが私に対する中傷を繰り返し主婦に吹き込むことで、主婦が「迷い」を生じたことが少なからずあったことも確かだった。 さて、団地に行った姉は、全く使っていないものも含めて、あまりにも多くの衣服や靴が出てきたことにビックリしたという。主婦は軽度の買い物依存症だった。後でわかったが、リボ払いで買い物をしまくったため、借金も若干あった。 姉とマッサージ師は、当初は主婦の一時的な熱病のようなものだと思っていたようだった。しかし、主婦の服を整理して、少しだけ認識を改めたらしい。「ずいぶん、ストレス溜まっていたんだね」 姉は妹のシグナルに気づくことがやや遅れたことを、少し後悔したという。 主婦は当時、パチンコにも入れあげ、もともと吸わなかったタバコにも手を出すようになっていた。アルコールの量も相当だったらしい。デザイナーの一件で言い出した「酒断ち」は、彼女にとってはかなり重い決意表明だったわけだ。タバコの方は、後に私がやめさせたが、ま、とにかく彼女の苦悩のシグナルは、この時点で身近にいればはっきり認識できる輝度でチカチカと点滅していたということであろう。 こういう状態を見ようともせず、ロクな会話も交わさずに、「文通」や「仕事」を責める夫は、夫としての責任を果たしているといえるのだろうか。
2002.03.17
主婦は、私の会社の名前を名乗るSOHOとして、アパートで仕事をすることになった。そう、私の会社の窓口をやってもらうことになる。そして私たちは常時、インターネットを使って連絡を取り合う。経済的に彼女はまだ派遣社員から完全に足を洗えない状態だったし、私もあまり使いそうになかったので、改めて事務所を借りることはしなかった。また、くだらない詮索をされないためにも、そのくらいの距離(同じ場所で仕事をしない)は必要だと考えた。もっとも、そうした配慮も後になって夫に歪曲されるのだが……。 私としては、これだけでもずいぶん助かった。なぜかというと、フリーライター稼業は生活が不規則である。いろいろな所から仕事の電話がかかってきても、昼間は寝ていて電話に出ることができないことがある。締め切り近いのに原稿ができていないと、わざと出ないときもある(笑)。そんなことばかりしていると信用を失う。しかし、もうこれからは彼女が窓口になってくれるのだ。 では、彼女が派遣をやっているときはどうするのか。彼女は携帯電話を使って窓口になってくれた。この話の当時、携帯電話はまだ一部の人にしか普及していなかった。派遣先に、「文化人」というオリジナル名刺を持つ見栄っ張りの変人が、当時としては珍しい携帯電話を持っていて、安く譲ってくれたのだという。彼女はその電話を使って、週の半分の昼間は派遣先からクライアントと連絡を取り合った。 それにしても、派遣社員が仕事中に何度も携帯で、その会社と無関係なビジネスの会話をするというのは非常識な話だ。だから改めて思うのだが、彼女はその派遣先に対しても、ずいぶんよくしてもらったのではないかと思う。 この日、さっそく私は車で彼女のアパートまでパソコンを持って行った。Macintoshは彼女が持参したが、Windowsマシンの方がなかったので私の方で持ってきたわけだ。今も昔もMacintoshは少数派。やはりWindowsマシンでないと仕事がしにくいだろうと私は考えた。 ベルを押し、戸口で彼女と二言三言交わしたとき、人の視線を感じたので振り返ると、分厚いめがねをかけた老婆が3メートルほど後ろで、こちらの様子をうかがっていた。なんだか気持ち悪いバアさんだ。私は主婦に聞いた。「あの人は、このアパートの管理人か何かなの?」「いえ。さっきも新聞屋さんとかいろいろきたとき、その都度様子をああやって見てたみたいだけど、自分のことは名乗らずにああやっているだけ。このアパートに住んでいるわけでもないみたい」「なんだか気持ち悪いね」 私はパソコンを車からアパートに運んだ。すでに部屋はある程度片づいていたので、彼女に指定された場所にパソコンを置き、コンセントを入れて立ち上がることを確認してから、その日は長居せずに帰ることにした。その間、ものの10分程度だと思う。 アパートから出てくると、私の車の前にパトカー(ミニパトではない)が止まっており、警官がナンバーを控えている。私が慌てて車のところに駆けつけると、警官は「これ、あなたの車なの?」と尋ねてきた。「はい、そうですが」「いやね、今、110番があってさ。一応、駐車禁止ではあるから来たんだけどね」「だって、まだ10分程度しか止めてませんよ。誰が110番したんですか」「いや、それはまあ……。とにかく、駐車禁止だからさ。まあ、気をつけてよ」 警官は、一応職務として私の免許証番号だけ控えていった。キップはきられていない。「あのババアかな」 もしかしたら、夫が監視しているのかも知れない。どっちにしても薄気味悪いアパートである。早く彼女をここから出してやらなければ……。
2002.03.09
いよいよ、主婦の引っ越しの日がやってきた。 主婦はこの前日、翌日の引っ越しのために半月ぶりに団地に帰った。夫は、威張りくさったままで、満足に口もきかなかったという。 私の所にも電話で「明日引っ越します」という連絡が入った。「前にも言ったけど、私は手伝わない方がいいと思うんだ」「わかってます」「そのかわり、来たら仕事で手助けするよ」 と話しているときに、受話器ごしに子どもの声が聞こえてきた。「おかーさん、おかーさん、おいでよ、こっちだよ」 主婦の息子が、久々に母親が帰ってきたから嬉しくて離れず、電話もかけさせてくれないようだ。画面はなくてもはしゃぎぶりは伝わってくる。「ごめんなさい。こういう状態なもんで」 いや、それは当然だよ。それでいい、それでいい。今晩はどんどん遊んでやれ。 それにしても、この夫は、自分の血を分けた4歳になったばかりの息子のこうしたふるまいを見て、心が痛まないのだろうか。こいつにとって、いったい何が大事なのか。自分のことだけしか頭にないのか。まあいい。主婦は腹を決めたようだし、私が結果を出せるようにできるだけのことをしてやろう。息子はしばらく寂しい思いをするが、こんな夫が家父長的にのさばる家庭のままでは、教育上も人格形成上もよくない。 主婦の話では、夫は息子の幼稚園の費用も出し惜しんだというから、こいつには一般的に見ても愛情がないのだろう。夫よ、こっちには、間男や破壊カルトのグル呼ばわりされた怨みもあるんだからな。明日から怒りを込めて、お前には真似できない理性的態度で粛々と追いつめてやる。こっちが本気出したからって、狂うなよ。 引っ越しは、保育園のお遊戯会を観た後、息子に見つからないように荷物をまとめて静かに行われた。途中、小学校4年の主婦の姉の娘がむじゃきに「どこ行くの?」と声をかけたが、主婦には息子の叫びに聞こえて胸がいっぱいになり、こたえられなかったという。夫は別として、普通の心を持った人間には胸の詰まる話だ。 その日、私は彼女を尊重して、アルコールなしで焼き肉屋で食事会をした。考えてみれば、彼女との食事はひと月前の印刷展示会以来、まだ2度目だった。「その程度の付き合い」で、しかもそんな短期間にここまできたのは、彼女がいかにせっぱ詰まった状態だったかを物語っている。 正直、「私が何でここまで関わるか」という点で、私自身に疑問がないわけでもなかったのだが、この期に及んで威張りくさるファッキンな夫を確認し、また無邪気な子どもの声を耳に入れてしまった以上、後に引けなくなってしまった。ここまで引きずるかどうかは別として、このシーンだけを切り取ったら、たいていの人はそうなってしまうと思う。 よし、ここまできたら、こっちも乗りかかった船だ。やってみるよ。だから、主婦も頑張れよ。 外は、一頃の厳冬期は過ぎ、そろそろコートなしでも過ごせる時期になっていた。店を出た私は、覚悟を決めることを自分に確認するように、店が閉まって静かになった商店街をゆっくり一歩一歩踏みしめるように歩いた。 道は、月明かりと街灯の淡い光でうるんだように照り輝いて見えた。それは、怒りと希望が混在した私の、そして主婦のこれからを示しているようだった。
2002.03.08
アパートでは、主婦が引っ越しをするための掃除を行っていた。私は、彼女に念を押した。「私も話を持ちかけた責任もあるし、仕事をするんならその限りではヘルプできる。ただし、夫婦の問題は当事者で解決して欲しい。そのために仕事に悪影響を及ぼすようなことがあっては困る」「わかっています」「ビジネスは、うまくいかなかったからお金をいただかなければいい、というものではない。失敗すれば取引先にも迷惑をかける。こちらも信用を失う。この業界は狭い」「わかっています」 ワンパターンの返事だが、彼女としては、そう答えるしかなかったのだろう。 仕事の面に限って言えば、彼女の力が未知数ながらも、そして具体的にどう進めていくかも決まっていなかったにも関わらず、内心、なんとかなるような気がしていた。この仕事を、どこかで私自身がナメているからかもしれない。 私は今も昔も、自分が文章を書いてご飯を食べるような才があるとは全く思っていない。ヘタクソといわれたことはあっても、うまいと言われたことはない。でも、何とか今までこの稼業を続けている。 私がこの仕事を始めた頃は、まだ現在のような軽チャー路線ではなく、硬派でかつ面白く読ませる新聞社系週刊誌に元気があった時代だった。記者も社外ライターも、編集長やデスクにぼろくそに言われながら、悔し涙を流して何度も何度も原稿用紙に書き直して文章力を鍛えていった時代である。原稿用紙に手書きでというのはアナログだが、そうした作られた原稿には、デジタルな作り方ではできない、読み物としてのリズムがあった。 それが、時代的には80年代後半からだと思うが、ワープロ、そしてパソコンを使ったデジタルな文章作成の時代になり、そうした鍛錬の経験があまりない、もしくは全くない世代のライターや編集者によって媒体が作られるようになってきた。文章のうまさよりも短期間に少ないコストでたくさんの情報が入った原稿こそがよし、とする方向に進んでいた。文法さえ間違わなければ、文章がヘタでも致命傷にはならない。何しろ私だってやれるんだから。彼女のセンスは一級品とは言えないが、まあ現在の書店に並ぶ媒体程度の仕事ならこなせるだろうと思っていたので、技術的な不安はあまり感じなかった。 ただ、彼女にはもうひとつ大きな問題がある。ほかでもない。夫である。私はこちらを心配した。夫は軽印刷しか知らない人間。本作りには関わるが、あくまでも縁の下の力持ちであり、ライティングなどは別世界のようなものと感じているのではないか、と主婦は言う。威張り屋で嫉妬深い夫なら、自分の威厳を守るため、主婦がライターとして一人前になることは何としても阻止したいだろう。「くり返すが、夫は大丈夫なのか。私に対する妨害なら返り討ちしてやる。しかし、私が心配するのは、そこであんたが挫折してしまうんじゃないかということだ。それならはじめからこの決起自体、やらなければよかったということにならないか?」「ええ、その挫折は私にとって最悪なことぐらいわかっています」「そう、ならいいけど」「今だって、家に帰ろうと思えば帰れないわけではありません。万が一、暴力で向こうが阻止するなら警察を呼んだっていいんです。それをしないのは、今戻ってもこれまでよりもさらに居づらい状態になることがわかりきっているからです。こうなった以上は、前に進むしかないと思っています」 彼女は、仕事で結果を出すしかない、と腹をくくっていたようだ。「そうか、わかった。では今後の打ち合わせを兼ねて、いっぱいやろう。陰湿な夫や、セクハラマッサージ師に気を使ってきたんだ。気持ちを切り替えてがんばるために気晴らしも必要だろう」 ところが、主婦はかぶりを振って言う。「いえいえ、お酒は断ちました」「仕事が軌道にのるまでか? 夫とのことで何らかの決着をつけるまでか?」「どちらも、かな。それより、断酒のきっかけはデザイナーさんのことで嫌な思いをさせてしまったんで」「お詫びの気持ちか」「そんなことで『お詫び』になるかどうかは別として、何かで示さないといけないでしょう」 彼女を最寄り駅まで送って家に帰ると、夫からしょぼくれたメールが来ていた。てっきり長電話で私が説得してくれたと思ったらしい。彼女に仕事が長続きするはずがないだの、母親がいなくなって自分が子どもに対して無力なのがわかっただのと、お得意の「察してくれ」モードのつまらない文章が書かれていた。だったら本人に言えよ。 私は返事として、「今日、アパートに行ってきた。痛くもない腹を探られるのは心外なので、私は引っ越しは手伝わない。あなたが彼女を応援するという話が本気なら、あなたが手伝えばいい。夫だろう。女房を応援してやれよ」と書いてやった。 すると、夫はこんな返事をよこした。「引っ越しは手伝いません。『痛くもない腹』といいますと、私があなたを訴えるということですか? 大丈夫ですよ。そんなことをするつもりはありません」 おい、夫よ。お前は「痛くもない腹」の意味もわかんないのか。お前の言いぐさでは、訴えるのは勘弁してやると言わんばかりだが、お前が私を訴える根拠は何もないんだよ。それどころか、くだらない中傷をそっちこっちにばらまくのなら、こっちが訴えることもできるんだぞ!
2002.03.05
長電話のやりとりは、私がポンポン詰問調の質問や確認をし、主婦が暫く沈黙した後答える。それが奇妙な回答のため、「本当にそうか?」「そうじゃないんだろう」「よく考えてみな」というような反問を入れてさらに沈黙が続くという繰り返しだった。私の性分として、こういうずるいグズは苦手だった。 長電話自体は、毎日、朝から晩まで電話帳をめくって電話による“飛び込み”をしている墓地やマンションのセールスの人たちに比べれば、たった1日の、それも数時間の出来事に過ぎないことかも知れない。愛し合っている者同士のささやきなら、そんなことは苦にもならないことかもしれない。 しかし、私の場合は内容が内容だったから、それらと比べることはできない。彼女が潔く回答しない態度によるストレスは、さすがに、「こんなこと(人たち)に巻き込まれていいのだろうか」ということを考えさせられ、クラーイ気持ちになった。 これまでは、たんに夫だけが問題だったが、この間の出来事により、主婦のことをどこまで信用できるのか、ということまで考えなければならなくなったからだ。 もし、ここで私が撤退すると、夫から、「女房にちょっかいを出した」だの、「家庭を壊した」だのと、あることないこと吹聴されることは間違いない。こいつは製版屋に勤務している。業界という枠組みから見ると、ライターと全く接点がないわけではない。いや、もし私の知らないところで言われたとしても気分が悪い。今後、どこかでそれが漏れ伝わって、私の人格が疑われ、信用を損なう原因となるかもしれない。この夫ならそういうことをやりかねない。主婦も、きっと以前よりも居づらくなるだろう。離婚するにしても、今回のことを口実にされて条件が悪くなることは間違いない。 かといって、私は夫から彼女を奪いたいわけでもないし、これ以上がんばることで得られるものもない。彼女に仕事をやってもらうことが私にとってメリットになるかどうかは、まだこの時点では未知数である。この沙汰を仕事のネタに使うにも、まだこの程度では作品にならない。引くにしても進むにしても、少しもいいことはないのだなあ、と改めて気づいた。 人間というのは、行き詰まると、「あのときああすればよかった」という「れば・たら」の結果論で後悔しがちだが、俗人の私も例外ではなかった。仕事の話だけならこっそり進めていれば、こんなことにならなかったかもしれない、とか、夫からメールが来たときシカトしておけばよかったかもしれないとか、いろいろ考えるが、やはりそういう後悔は先に立たずで、考えれば考えるほど最後はむなしくなる(笑) どっちにしてもいいことがない場合、最後は価値判断でどちらかの結論を出すしかない。ひっきょう私が考えたことは、私にとってこの夫は、わざわざ手間と時間と精神力をかけて打倒する値打ちのある相手かどうか、ということだった。 普通の人なら、何の留保もなく、ない、と答えられるだろう。 しかし、このときの私は、正直迷いがあった。といっても、主婦に仕事をやらせようという打算はその点においてそれほど大きなものではない。もっぱら自分自身の生き方というか、哲学のようなものに拠る「迷い」だった。 この頃の私は、女性に対しては幻滅しながら、一方で、というかその反動で、夫婦や家庭生活に対して気高い理想をもっていた。(この項は次の日記に続く)
2002.03.03
主婦から電話がかかってきたのはその日の10時過ぎだった。「夫から、あなたのところに電話してくれって伝言があったんですけど」「夫は何か言ってなかったか」「いえ、別に何も」 きっと夫は、笑いをかみ殺しながら電話したんだろう。それにしても、自分の女房に嫉妬している男への電話を依頼する夫の神経というのは、やはり私には理解できないが、ま、今回はこっちの頼みを聞いてくれたからそのへんは突っ込んじゃ、いけないよな。「アパートを契約したんだろう」「しました」「この間、最後に見たところか」「ええ」 やっぱりそうだったのか。「なぜ、いわなかったんだ。不動産屋はウチの近くじゃないか」「私は、そのとき家賃と交通の便から、ここがいいかなと言ったつもりだったんだけど」「『いいかなと言ったつもり』だけじゃ、わからないだろう。ここに決めたと言わなければ、意志をはっきり確認することはできないよ」 この主婦の言い訳を聞いたとき、さすが、メールで中途半端な喧嘩に熱中する仮面夫婦だけのことはあると思った。 その言動の本質は、夫婦ともに、他人任せで自分が責任を負いたくないというずるさと弱さを見て取れるのだ。 主婦は、夫からの拷問を受けても私を諦めず、また、家を追い出されてもくじけないなど、本来、シンの強い人間である。 そういう、夫婦の関係もかえりみないで動ける「行動派」が、一方で、初めて私と会ったときは夫の「命令」が出てからであったり、メールの検閲などという夫の無茶苦茶な条件には唯々諾々と従ってそれを私に伝えたりした。 つまり、相手の責めは理不尽でも逆らわずに受けておいて、一方で大胆な行動に出る。 この主婦は、夫の言動を口実に自分の行動を正当化しようという意識が、自覚的か無自覚かはわからないが、はたらいているのではないだろうか。 主婦の場合は、夫のように奇妙であからさまな言動に走らないだけであり、自分の意志をはっきり表明し、言葉に責任を持つことができない点では、「似たもの夫婦」であると私は考えた。「それで、契約したのにどうしてアパートに来ないんだ」「まだ、夫とは完全に話がついていないからです」「こっちには毎日のように電話をしてきたくせに、急に来なくなったし、おかしいじゃないか」「……あ、今はストーブがないから、行っても寒いだけだし」 とってつけたような理由を慌てて言い出したことに、私はカチンと来た。「あんたの夫から聞いてるんだぞ。デザイナーと会うんだろう」「……」「だから、バツが悪くて会えないのだろう」「……」「そういう両睨みは面倒見ませんと言ってあるはずだ」「スミマセン」「じゃあ、私との話もこれっきりということでいいな」「いえ、ちょっと待ってください」「なんだ」「会うことは会うのですが、別に2人きりで会うわけではありません。会社を辞めてしまうというので、送別会をするからと呼ばれたんです」「わざわざ派遣社員が出る必要あるのか」「……それは、やっぱりお世話になったので」「うそつけ」「……」「自分でやましくないと思うんだったら、それをそのままこっちに言えばいいだけのことで、連絡をしなくなったのはおかしいね」「それは、やっぱり話したら悪いと思ったからで」「だからやっぱりやましい気持ちがあるからじゃないの? 別にいいんだよ。こっちも面倒なことには関わりたくないし、はっきり言って欲しいな」「……それなら送別会は出ません」「いやね、そういうことを言ってるんじゃないんだ。私は別にあなたとは夫婦でもなんでもない。拘束し合わなければならない関係ではないんだから、お世話をやめようが、逆にあなたの方が私に不義理をしようが、お互い恨みっこなしだ。だから、送別会に行こうが、デザイナーにどういうことを期待してようが私に対して、あなたが何も恥じることもない。その一方で、私がどう判断するかは私の自由だ」「……」「ただね、私が嫌だなあと思うのは、そうやって相手の顔色で物事を判断するあなたの態度そのものだ。『反対されたから送別会には行かない』というふうにあなたがしてしまうことで、あなたは自分自身を悪人にしないまま、私にもデザイナーにも顔を立てることができる。そんなふうに、自分に対して無責任な八方美人ぶりを恥じないところが、人間として信用できないと言ってるんだ」「じゃあ、いったいどうすればいいんですか」「わからない人だな。だから、そうやってすぐ指示を仰ぐだろう。それがいけないんだ」 世の男性の中には、こういうずるい女性をいいと思う人もいるようだが、私は苦手だ。しかし、人のよい私は、ここでもすぐに電話を切らず、彼女に何度も何度も自分の考えを話し、彼女が自覚的に答えを出すように諭した。その結果、なんと7時間の超長電話に。もちろんそんな長電話後にも先にも経験がない。新記録だな。 で、彼女は結局、送別会には行かないことになった。 翌日、夫には、長時間に及んだことだけを書いたメールを出しておいた。すると、またしてもすぐに返事が来た。自分のために説得してくれたと思ったらしい。「長時間の電話、ご苦労様です」 早とちりすんな。お前の思惑通りの展開じゃねえんだよ。
2002.03.02
デザイナーと会うという彼女の日程を私に報告してきた夫は、今度は私を味方に回そうという作戦を一人前に立てていた。私はこの男の“脳内戦略”に乗るつもりはさらさらなかったが、いかんせん、情報に乏しい立場であることを再認識し、適当に話を合わせながら夫の言い分をいろいろ聞いてみることにした。「女房は若い頃から仕事を転々としてきたんですよ。そして困難があるといつも逃げてきた。きっと彼女の生い立ちによるところが大きいんでしょうね」「というと?」「彼女の両親は離婚しましてね。父親の浮気らしいんですが、母親がそれを許せないということで離婚した。子どもがいれば我慢するというのもひとつの選択肢だと思うんですがねえ。我慢ができない血統なんでしょう。彼女の結婚歴がそれを物語っている。彼女にとって、私は2度目の結婚相手というのはご存じですよね」「そういえばメールに書いてあったなあ」 メールをのぞいているんだから、こっちが「ご存じ」なのをお前だって「ご存じ」だろう。 「正確には、彼女は前の亭主と夫婦である間に私と知り合った。つまり不倫ですね。私の方がいいという気持ちはありがたいんですが、彼女もずいぶん罪なことをしたものです」 だったら、お前が止めたらよかっただろう、と言いかけたが、すぐにこいつの本心がわかった。そうか。こいつは、自分の女房の過去を晒して自慢をしているわけだ。他人の女房が、自分の方がいい、と言って家庭をぶっ壊して自分の所に来てくれたことが誇らしいらしい。家庭を壊された前夫がどんなにか悲しんだだろうに。そんなことは知ったこっちゃないわけだ。だからこそ、今度は逆のことをされるかもしれないという不安からうろたえていたわけだ。なるほどね。 まあ、こいつの特異な価値観は今更措くとして、彼女が辛抱のきかない人間である、というのは私も何となく感じていた。正確には、課題に向き合ってそれと噛み合う解決策を導き出すことができない、ということである。不倫といい、今度の夫との冷戦といい、会話が足りないとか、自分を理解してもらうための忍耐力が足りないとか、彼女の側にも問題点はいろいろあるのではないか、と私は考えた。夫はこの点に限ってはよく見ているなとそのときは思った。傍観者的としてはよく見ている。夫が傍観者では困るのだが……。 もっとも、この夫も両親が離婚しており、あとでわかったことなのだが、仕事もいくつか変わっている。要するに自分と境遇が似ているから、「こうではなかろうか」と斟酌しやすかったに過ぎない。 夫の話は自分の女房だけでは飽きたらずに、彼女の身内の人物評にまで及んだ。「彼女の母親は、今回のことも、男から男を踏み台にしてのし上がってやればいいという割り切った考え方のようです。生き様を考えると、そういう考え方になるのも仕方のないことですがねえ」「あ、そうですかね。私は彼女の身内まではわかりませんがね」 わからない、というよりどうでもいいと思って興味がなかったのだが、夫は得意になって解説を続けた。「彼女の姉も同じですよ。彼女の比喩によれば、同居する男は光熱費。どういう意味なんでしょうねえ。いずれにしても、あまり重要な存在ではない、ということでしょうなあ」「たしか、お姉さんの連れ合いというのは、マッサージ師と聞いていますが」「ええ。そうです」「彼女はあまりその人を好きではないようだが」 主婦の話によると、マッサージ師は、彼女が居候中、皿を洗っていると尻をじーっと見つめたり、セクハラとしかいいようのない言葉を彼女に投げつけたりしているらしい。「ああ、その人はねえ、籍が入っていないただの同居人なんですよ。酒がないと人と話せないつまらない人間です。あまり気にしないでください」 夫は、その男をコバカにしているようだった。 それにしても、この夫の考え方というのは特異で低次元ではあるがある意味わかりやすい。自分より矮小な人物だと思っている彼女の前夫や彼女の身内については流ちょうな批評をし、自分と共闘できると思った人物には、昨日まで嫉妬してカチンコチンになっていたくせに今や友達モードだ。こいつには、自分と他人の関係は、敵か味方、勝ちか負けという二分法しかないんだろう。 その後、夫はまたしても私にとって初めて聞く話をした。「それにしても、私が解せないのは、デザイナーさんが本命なら、どうしてあなたの家の近くにアパートなんか借りたかということなんですがねえ」「もう手続きもしたんですか? 私は聞いてませんが」「あ、そうですか? 私はてっきりあなたとご相談してそうされたのかと思いましたよ。ますます真意がわかりませんなあ」「それはどこですか?」「いや、詳しくは知りませんが、駅の近くの1DKの部屋だと言っていましたねえ。そうですか。それもご存じなかったんですかあ。うーむ。はっはっは」 自分の女房の行動を他人事のように不思議がることもおかしいのだが、そうした自分の奇妙さはさておき、夫は私が知らなかったことがまたひとつ見つかったことで、ますます上機嫌な様子だった。 彼女が借りたという部屋は、部屋探しの最後に行った独身者向けのアパートのことだろう。私の家からは20分ほど歩いたところにある。しかし、手続きをしに来たのなら、一声掛けてくれてもよかったのではないか。これは明らかに私を避けている。いよいよ私は腹が立ってきた。 私は「共闘」したつもりになっている夫にこう頼んだ。「私のところに電話するよう、彼女に伝えてください」
2002.03.01
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