数字の扉&言葉の窓

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2007.07.16
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テーマ: 論理の窓(20)
カテゴリ: 言葉の窓
帰納法というと、「数学的帰納法」を思い浮かべる方も多いのではないでしょうか?

では、普通の帰納法というと何でしょう?

「いくつかの例について成り立つことを調べ、そのことから一般的なことを結論づけようとする推論方法の一つが、帰納法である」ということですが・・・・

では、次の帰納法は正しいだろうか?

「最近の大学生の佐藤さんは、分数ができない。」
「最近の大学生の井上さんは、分数ができない。」
「最近の大学生の藤田さんは、分数ができない。」
したがって、
「最近の大学生は、分数ができない。」


しかし、このような間違いを、私たちはよく行っているようです。

たとえば、血液型などはどうだろう?
「あの人は、血液型がA型だから、きまじめで、神経質な人よ。」とか
「あの人は、血液型がO型だから、のんびりとしていて、あまり物事に頓着しない人よ。」とか、よく会話に出てくる。

しかし、この血液型と性格の関係は、いったいどうやって立証されたのだろうか?
ただ、なんとなく、そのように言う人が多いから、そうだろうと信じているにすぎない。
誰かが、ある程度のサンプル数(それは1000人かもしれないし、100万人かもしれない。)から統計をとって、A型はまじめ、O型は無頓着と結論づけたのかもしれない。がしかし、もし100万人のサンプルを取って調べていたとしても、それで果たして、60億人すべてにあてはめることなどできるだろうか?

さらに、この帰納法の結論には、もうひとつ欠点がある。
「まじめである」とか「無頓着である」とかいうのは、 あまりにも基準があいまいであるということだ 。そのため、全く同じ反応であっても、ある人から見たら「まじめ」と写り、ある人からは「無頓着」と見える可能性も否定できない。また、基準をしっかり立てて判断したとしても、ある特定の人物のある面は「まじめ」だけど、ある面は「無頓着」というように、人間は両面を持っているものではないだろうか?

このように、 帰納法が有効な結論に達するには、たくさんのサンプルをとった場合のみであり、さらに、基準が誰が見ても明らかなものである場合に限られなくてはならない と思うがどうだろうか?


演繹法にだまされるな。





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最終更新日  2007.07.27 00:30:21
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