つ・ぶ・や・き

つ・ぶ・や・き

PR

×

お気に入りブログ

★★kenkei&みつ のぐ… kenkei324さん
東方神起 TOHOSHINK… foods.foodsさん
失敗しない通販情報 タチバナ19号軍曹さん
フィスラーの圧力鍋… Mikkoママさん
満足のいく家をつく… HIROCHAN SUZUKIさん

キーワードサーチ

▼キーワード検索

バックナンバー

2026年08月
2026年07月
2026年06月
2026年05月
2026年04月

コメント新着

王様@ 潮 吹 きジェットw サチにバ イ ブ突っ込んだ状態でジェット…
ボーボー侍@ 脇コキって言うねんな(爆笑) 前に言うてた奥さんな、オレのズボン脱が…
もじゃもじゃ君@ 短小ち○こに興奮しすぎ(ワラ 優子ちゃんたら急に人気無い所で車を停め…
通な俺@ 愛 液ごちそうたまでしたw <small> <a href="http://hiru.kamerock…
ダル伊藤@ ズ ル ム ケ自慢の奴涙目w 包.茎の方がピストンしてる時に、皮がこ…

カテゴリ

カテゴリ未分類

(0)

文明・文化

(25)

科学

(15)

環境

(18)

日本文化

(74)

食文化

(60)

料理

(18)

文学

(11)

映画・テレビ

(29)

家電・自動車・工業製品

(25)

その他

(84)
2006年01月12日
XML
カテゴリ: その他

 私はもうずいぶん永いことスキー場には足を運んでいないのですが、今はボードが全盛で、スキーは少数派らしいですね。1970年代から1980年代にかけては、スキーは庶民、特に若者のレジャーの王者でした。若者はだれもが車の屋根にスキーキャリアを取り付け、ユーミンの「サーフ&スノー」をカーオーディオで流しながら、まだ夜明け前の高速道路をスキー場に向かったものです。ゲレンデでは「白い恋人たち」のメロディーが流れ、カラフルなスキーウェアが乱舞していました。時代的背景も、サッポロオリンピックや、関越高速道の新潟と関東をつなぐ関越トンネルの開通があり、シーズン中のスキー場は、都会並の人口密度になるほど隆盛を極めたのです。私もスポーツ用品店「アルペン」で海外ブランドもののスキー用品を嬉々として購入し、スキーに行ったものです。苗場プリンスホテルや、当時はたくさんあったスキー客向けのしゃれたペンションでのアフタースキーも今では楽しい思い出です。私はボードはできませんし、最近のスキー場のファッションなどもわからないので、もうスキー場に行くことはないかも知れません。ちょっと寂しいです。
 スキー場もいいですが、私は山スキーにも憧れていました。あんまり上手でないので憧れのままで終わりましたが、ユーミンの「ブリザード」の世界をイメージしていました。

 吹雪の急斜面を一組の恋人たちが滑り降りていく。
 舞い飛ぶ雪にさえぎられて、視界が開けない別世界の中で、
 彼女は、懸命に彼の後を追って滑る。
 「ふもとで会おう」と約束したけれど、離れたくない、ついて行きたい。
 かすかに前方から聞こえてくる、彼のストックに付けてある鈴の音だけを頼りに…。

曲の内容はこんな感じです。現実にこんなことができる場所はないと思いますが、空想の世界で夢を膨らませていた若かりしころでした。






お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

最終更新日  2006年01月12日 20時02分31秒
コメント(0) | コメントを書く
[その他] カテゴリの最新記事


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: