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2004.10.15
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頭部打撲と、左足の膝の骨折、じん帯の損傷。命に別条はないが、車にはねられ5mほど飛ばされたらしい。
「気が付いたら、5mほど飛ばされてた」そう息子から聞かされたとき、もしもの場合もあったのだと、体が震えた。

私は夫からの連絡で事故を知った。
声のトーンは、状況の明暗を印象つけてしまうので、それを知ってか夫は声をこわばらせながらも
「意識があるから大丈夫」と、いつも通りの口調で私に伝えた。
だから、息子が「生きている」という点では一応の安心を得た。「意識がある」「足を痛めている」以外の情報はないままに、
息子の衣類を鞄に放りこんで、余計な心配を早く安心に変えるために、大急ぎで病院へ向かった。

事故の第一報を受けたのは夫だった。担任からの連絡を受け、どうせまた遅刻か欠席の件だろうと


「本人は無事ですか!?」
「確認ができてません。交通事故としか聞いてませんので、病院へ連絡を入れてください。
学校側からもすぐ病院へ向かいますので」

そして夫は病院へ電話を入れ、看護師に息子の具合を聞いた。

「どんな状態なんでしょうか!?」
「まだ診察中なのでなんとも言えません」

子どもの無事を確認できないまま、夫は数十分過ごした。「知らされない」という空白は、恐怖だ。
どんな想像も可能にし、空白は不安にすりかわる。
病院側では日常でも、私達には非日常なので、この温度差が受け手にはこたえてくる。
無事なのかどうなのか、それだけを早く確認したいのに。

しばらく時間が流れてやっと看護師から「意識はあります。足を痛がっています」と聞き、安心したらしい。

怪我の具合は確認できてないけれど、「怪我」という言葉ひとつ聞いてさえ、
昨日までの息子との関わり方に反省の意味を込めて舌打ちをするのだから、もしも生死を彷徨っていたなら、
私の精神も生死を彷徨うのだろう、数秒足らずのそんな想像にすら参ってしまった。
長男とは、親子関係が破綻してるのではないかと思える場面がしばしばあるが、
そんな小さな亀裂が埋まるほどの親としての情が、その中に流し込まれたようだった。


すぐに息子の傍に行けるものと思ったら「少しお待ち下さい」と看護師さんに制された。
しかし、一瞬でも息子を確認できた。あぁ、無事なんだと無性に嬉しくて、その姿が痛々しくて、目が熱くなったが、
それでも「言葉」で確認したい。

「どういった状況なのでしょう?」
「まだ分かりません。今診てもらってますので」

カーテン1枚を隔てて、待っている。
何もなければそれでいいし、あったとしても知ることができればそれについての対処も考えるだろう。
分からないままでいるのは辛い。早く確認をしたい。何がどうなってるか。

名前が呼ばれ、先生の説明を聞き、やっと状況を把握する。息子は、「なんともない。だいじょうぶ」と、私に言った。
頭から血を流し、骨折をし、「だいじょうぶ」でないわけがないが、その言葉にうなずいた。
本当は親の方から「だいじょうぶ」という言葉を、掛けてあげないといけないのだ。
しばらくして夫が到着した。私に言ったように息子が夫に声を掛ける。深いため息をついていた。夫は安堵したのだ。

加害者が謝罪に来ていたので会った。車を運転し息子をはねたのは、19歳の青年だ。
中学生か高校生のように見える。通勤途中での事故だったらしい。
信号機が黄色だったからそのまま走行したとのこと。赤を確認しなかったことになる。
息子の状態に安堵したばかりなので、加害者と事故の様子を確認したあとは頭が回らず、
この手の専門家でもある私の両親に電話を入れた。
この電話で私は今日2つ目のショックを母から受けた。

妹が交通事故で死にかけた、というのだ。車も破損し、前はぺしゃんこに潰れ、煙が上がっていたなどという。
そんなこと私は全く聞いていない。いつ、どこで、どんな状況で、今妹はどうなっているのか、
姉の私が何も知らないだなんて、こんな薄情な話しはない。私は母に怒鳴った。
「アンタ、知らんかったの!?」と、母は言った。
母から聞かないで、いったい誰が私にそのことを伝えてくれるというのだ。
息子の状態を聞かされていないあの心の不安感がどっと押し寄せ、バクバクと心臓が鳴った。

事故は2ヶ月前に起きたらしい。(2ヶ月も前~~!?)
父から話を聞くと、サンキュウ事故という名が付くほど頻繁にある事故で、
走行中に無理な形で横切られた車と衝突したのだ。幸い、エアーバックが開いたから助かったものの、
それがなければ即死だったらしい。とにかく母は妹の無事より、車がぺちゃんこ、妹が死にかけ、
という強烈な言葉を何度も繰り返すので、聞く側は顔面蒼白になる。それにしても知らせてほしかった。
すぐに妹と電話で話し、今聞いたのよ~~と嘆いた。

そういえば昔、家が火事で焼けたとき、会社にいる父に母は、
「家が燃えた~~~~。うぎゃ~~~!!うぎゃ~~~~!!!」とだけ言って、電話を切った。
父は、誰かが死んだんだと覚悟をして、家に向かったらしい。なんてむごい電話をするんだろうと、
当時中学3年生の私は思った。

話が母の話に急カーブしてしまったが、7つの顔を持つ両親(主に父)の専門の一つが、保険がらみのことだ。
今回面倒だったのが、保険の出し渋りだった。被害者の方にも過失があるので保険が出ないかも、
と言ってきた。(被害者の方にも過失?何を言ってるんだ!)
詳細は省くが、父に電話を一本入れてもらったら瞬時にケリが付いた。息子のことで頭がいっぱいなので、
こういった煩わし手間が省かれることはありがたい。

18日に膝の手術をすることになった。
剣道部である息子は、部活のことを気にしていたが医者から剣道ができるのは半年経ってからと言われて、
初めて悲愴な表情を見せた。
低いうめき声をあげて、息子は足を見つめていた。

「今までの予定を変えたらいいやん。この間に新しいことを始めて、半年後に繋げたらいいやん。
ピアノを習うとか・・・」(息子は、保育士になる夢を持っている)
「・・・うん、そうやな」頷くことで、半年間の計画を修正するように努めたんだと思う。
年末のスキーも、2月のマラソン大会も、剣道の試合も、クラブの主将になることも、たかが半年間のことなのに、
全てが流れた。

事故をきっかけに、ささくれだった互いの物言いが少し変わった。
こんなことでもない限り、私は息子と「話し」ができなかったんだろうか。
これが、親としての私に対する罰として与えられたきっかけのように思え、私は事故を、それを受けた息子の痛みを、
忘れないように自分へ刻み付けた。












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Last updated  2004.10.16 14:06:40


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