言葉のパレット

言葉のパレット

PR

×

Keyword Search

▼キーワード検索

2005.01.09
XML
カテゴリ: カテゴリ未分類
(8日の日記の続きです)

目覚めた時間は9時30分だった。チェックアウトまで30分しかない。
今ごろ家では大騒ぎになっているだろうか・・・。
初めての無断外泊だが、まさか家族は深夜から私が出かけていたとは夢にも思うまい。
となると、私は朝から飛び出したことになり、行方不明の時間もせいぜい2~3時間に過ぎない。
何故か損をした気分だった。こんなことなら早朝に飛び出していればよかった。
7,500円も支払ってしたことといえば、眠ったことだけなのに。ただ眠っただけなのに・・・。(それがホテルというものだ)

私は3冊の本を持って家を出た。
三浦綾子「道ありき」

桐島洋子「渚と澪と舵-わが愛の航海記-」

愛読書をあげるなら「アンネの日記」と三浦綾子、千葉敦子の著書が私のそれにあたる。
単純に読書として楽しみつつも、教本というか指南書というか、「私の人格に影響あれ」という読み方も片方ではしている。が、なかなか自分の中に根ざさない。水はけの悪い土のように、多少は染みても吸収できない意志の弱さを自分の中に感じてしまう。あぁ。

この日、「道ありき」を最初に読むのは当然のことだった。
内容を熟知していても、あらたにここに書かれている言葉に触れることは、とても大切なことだった。
凄まじい真実の記録のこの本を読んだときには既に三浦綾子は亡くなっており、私は彼女の夫に会いに、その講演先にある東京に足を運んだ。そうやって間接的ではあるが、三浦綾子の人生の一部である人に触れることは、三浦綾子の「時」の中に一瞬間でも紛れ込んだような不思議さを自分の中に残せたということだった。それでよかった。この「道ありき」に出てくる三浦綾子の亡くなった恋人・前川正は、私にとって本の中の人としての納まり方をしていないただ一人の人物である。

読書としての客観的な読み方ではなく、ページをめくる度に苦しみ、悩み、ヒィヒィいいながら読んでいた。
時間的には遮断されているが、それを超越したもう一人の登場人物に、私はなっていた。
譬えていうなら「ネバー・エンデイング・ストーリー」のバスチャン(だっけ?)状態。
私は日常を、本の中の昭和20年代に置いていた。
こういう読み方は、藤沢周平の作品を読むときにも出てくる。


余談だが、昔テレビで「武田信玄」を見たときに、あまりに夢中になった私は、西田敏行扮する
山本かん助が切り殺されたときの次の朝、職場でこういった。

私 「昨日、西田敏行が殺されたんです・・・」
K 「ええぇぇ~~~!どこで!?」
私 「草むらでした!」

私 「何者かにです!」
K 「通り魔やったん!? で、どこ刺されたん?」
私 「刺された箇所は分かりませんけど、血が出てました」
K 「えぇ~~! そこまでテレビに写ってるん!?」
私 「はい!」

これが大河ドラマの「武田信玄」の話だと分かったときには、えらくK先輩から怒られました。
虚構と現実の狭間に落っこちるとは、こういう状態のことをいう。(笑)

さて、井上ひさしは文章家として、また戯曲家として大変好きな作家なのでよく読む。
桐島洋子も知的で躍動的な文章を書く。が、数年前に見た彼女のHPに、
拉致被害者の横田夫妻のことを「被害者の鑑(かがみ)」と書いてあった。
あと二つ、これと同類のことが書かれていた。彼女の本を読んで感銘を受けた私だが、
この「被害者の鑑」には落胆してしまった。言い換えれば「模範的な被害者」ということだ。
「鑑」も「模範」も「被害者」という言葉と横並びにさせる語句ではない。大きな欠落を桐島洋子の中に見たようで、がっかりしたのを覚えている。
必ずしも「文は人なり」ではないな。佐藤愛子にも感じた。
しかし、生き方とそれを表現する文章力には圧倒されるので、なんとなくその本を鞄の中に詰めた。

結局私は、10時から18時まで、ずっと「道ありき」を読み、トイレと食事と泣くを繰り返しながら過ごした。
そして、スーツケースの出来損ないを引きずり、店を出た。
歩きながら、どうせいつかは夫と仲直りをするのに、そこに行き着くまでのこの惨めったらしい時間をどう過ごせばいいのやら・・・と、情けない気持ちでいた。
家族の状況を知ったのは、この後だった。てっきり持ってくるのを忘れたと思っていた携帯電話の振動を、足元にあるスーツケースの出来損ないを通じて感じたからだ。

恐ろしい留守電が入っている。娘のパニックと息子(長男)が私を罵るメッセージだ。
ここに紹介できないほどの怖い内容で、ドラマでいえば私の立場は完全に一本線の抜けた悪役だった。
駅まで迎えに来てくれた夫には悪態をつきまくった私だが、その代わり子どもたちには平身低頭して詫びている。相手を見て態度変えるこの私は、「道ありき」を読んでもやはり人格になんら影響されなかったということだ。うぅ・・・。
しかし、私の中に残った三浦綾子の人生の一部は、今も大切なところにしまわれている。
時々それを取り出しては浸る時間に、私は本の中の三浦綾子と前川正に再会している。

一瞬ドラマチックに思えた真夜中の家出だが、30才を過ぎてするには、ちょっと恥ずかしいものがあったかな。ふふ








お気に入りの記事を「いいね!」で応援しよう

Last updated  2005.01.17 09:18:08


【毎日開催】
15記事にいいね!で1ポイント
10秒滞在
いいね! -- / --
おめでとうございます!
ミッションを達成しました。
※「ポイントを獲得する」ボタンを押すと広告が表示されます。
x
X

© Rakuten Group, Inc.
X
Design a Mobile Site
スマートフォン版を閲覧 | PC版を閲覧
Share by: