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「家族がきほん」て書いているが、俺も気づくのが遅すぎた方だから無念さ残り。 午前中にホームセンターに玄関鍵を変えるのに買いにいった。FMでは今日はハロウィンだと、NYは今年はブシュとケリーの合成マスクが売れていると言ってた。合間のニュースでイラクで見つかった死体と指紋が一致したと。 帰って取り替えてると隣の家から幼い子の声が聞こえてくる。昼食で母に隣のおじさんはひ孫まで見れといいね。そうだねと軽く頷き「孫も見ないで・・」と。 ドコモショップで父の携帯を解約。当たり前の対応されて家族だけの非日常、まわりは日常だ。 ハロウィンは元はアイルランドの「収穫と先祖に感謝」する行事だと「tkFM」で昭和型の「福山ちーにーちゃん」が言ってた。栗フェアでモンブランを四つ買って帰り、一つ遺影に。 救助された幼児の病室での映像をわざわざマスコミに流す必要があるのか「元気でよかった」より怒りが込み上げる。病室は家に帰れないからの代わりの所だ、私は父に付き添いそうかんじたし、担当看護士さんらに励まされた。 それをあの担当医はマスコミからの依頼があったのかもしれないにせよ撮るとは。患者のプライバシー、人権はと思う。 自然を恐れ敬っていた時代から変わらないのは、家族への感謝、思い。
2004.10.31
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地震。人質事件。まだ何も解決出ていない。 最近思うこと、というか思った事は『家族がきほん』 人質になった若者はイラクに行く前に家族に連絡したのだろうか。家族に話して、納得したなら、例え、物見遊山でも構わない、他人は無知だ、なんだと言うが(私も思った)その家族納得していればいいのでは。でもそうではなく、彼は一人で行ってしまった、 イラクに行ったことより愚かな事は、誰が一番自分の事を心配するかに気付かなかった事。 四月の人質事件のもやもや感はここから来ていたと再認識した。彼らがどれほど崇高な志だろうと、18そこらの若者とジャーナリスト志望、ボランティア活動家(この言葉もどうだろうが最近新聞によればそうなのだ)止めるのが普通の家族のはず。そこにある危険を家族で話し合ってなかったのかと。 「劣化ウランを調べる」「イラクの子供を救う」「ジャーナリストとして」それがどれほど大儀であっても、覚悟ができてないまま行った事、行かせてしまった事。 頭でっかちになって、何が大事が見えていない感があった。『純真真っ直ぐ君』になっていませんか。 救出された子は病室で大声で泣いているそうだ。あたりまえだ、子供だもの、医者や看護婦がいっぱいの環境だもの。この後「マスコミ」に引っ張りだすのは止めてあげてほしい。だれかが「お母さん、お姉ちゃんの分も立派な大人に」といっていたが、『普通』でいいと思う。あまり好奇な目でみないで。後は家族と共に。 (新聞なども時間がたったら実名はふせるよう考慮してもらえないかな)
2004.10.30
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ハイパーレスキューの救助を見ていて、漫画「め組の大吾」を思い出した。大吾はレスキューになり活躍するが、大きな迷いを抱く「人を救う才能は”非常時”だ、皆が本当に望むのは災害がない日常」と。悩み休暇中の所へ同僚が現場へと頼みにきて「望まれない才能、でもそれでも人を救うのが使命だ」彼らはまた出動する、自分達が必要とされない日が来るために。 自衛隊、消防、警察、に感謝。今後、仮設住宅の建築、ライフラインの復旧工事、など仕事として入る方も誇りを持って『グッジョブ』をお願い。 先週号の話になるがあまりにもタイムリーなので紹介。 週刊モーニングNO47掲載 安野モヨコ作『働きマン』 主人公は雑誌編集者 松方弘子。高速道路で起きた多重事故現場へ出向く、騒然の現場、死者多数、警察、消防、野次馬の中【本当に何もできない】。けど「どうにもできない怒り、何も出来ない無力さ」を必死に伝えようと使命燃えて取材する。編集部での紙面会議で編集長が一枚の写真を選ぶ それは野次馬が携帯のカメラで撮っている構図【逃げまどう人々、命がけで救う人々、テレビでも観るように携帯のシャッターを押し続ける人々】【伝えたいのは何だ?あおられただけで後続車に殺意を抱く運転手自分だけ前に進めばとルールを無視するドライバーそして生死の境を「写す」ことでしか認識できない人々今の世の中はだいぶ狂っている本当はみんなそう感じている、だけどどうしていいかわからない何もできないそれがこの一枚に込められているんだ!】 そして記事を書き上げる松方。 (マンガ喫茶とかには先週号がおいてあると思うので面白いから読んでみて下さい) 今回の地震を雑誌がどう伝えたか気になったのでいろいろ立ち読み。キチンとした記事もあるが、あら探し、どうでもいい記事が多かったような。漫画のような熱気を感じる記事を書く人がいないのかな。
2004.10.29
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闘病中だった父が一度だけ呟いた『どうして、こんなになちゃたかな』 死を覚悟しての言葉に何も返せなかった。地震に遭われた方、子供が勝手に行って人質になってしまった両親は『どうして・・』の心境だろう。 生きている事が辛いと思うことがあるが、生きていく。
2004.10.28
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イラクでまた人質になったそうです、ほんと平和ぼけですか、物見でいったらしいです。『だから、遅すぎたんだ』と後藤隊長のどなり声が聞こえてくるようです。(パトレイバーファンでないと解らないと思いますが、『機動警察パトレイバー 劇場版”2』より) 昨日はボランティア精神を邪魔すると思って書きませんでしたが、このような平和ぼけの人に警鐘をならす為言わせてもらいます。物見気分でいくなら止めてください、写メやカメラでジャーナリスト気分で撮るなら行かないください。感謝されたいだけなら行かないでください。自己啓発(逃避)の為なら行かないでください。数日のボランティアに廻される仕事は雑務作業です、満足に食事も取れず、汚く、きつい仕事です。ガレキでもそこは元生活の場です、あなたの行動次第では住民の怒りふれる事もあるでしょう、それで怒鳴り返すなら行かないでください。 お金だけの協力だって傲慢ではないと思いますが。
2004.10.27
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神戸大震災の時、関連企業へ復旧要員としていった人達から聞くと、現場は大変だったと。 家、財産、仕事場、生活の基盤がずたぼろになり、家族や友人が亡くなったり、負傷している人、極限状態の精神、そして冬の寒さ。感謝の言葉より大声、怒声が飛びかう。 よほど心と体がタフでないと出来ない。 僕は時間も、心も弱いので募金で協力させていてだきます。
2004.10.26
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(日記が前後になってしいました・10月26日分) 朝の通勤途中に聞いていたラジオから、『小泉さんは靖国の英霊に敬意を持って参拝しているというなら、国の為に死んで英霊になったもの達が望んでいるのか解っていない。残された家族を『国』が面倒みてくれるからと、戦場で死んでいったのに、(その子供が今は)老人から介護料や長期入院の比率引き上げして苦しめるのはおかしい』『人生の晩年この国に生まれて良かったと思えないのは、かなしい』と 確かにその通りだと思った。僕らの老後は自己責任でも良いけど、大変な時代を生きてきた老人からまたここで負担をかけるのか。富裕者層だけを保護するような国家でいいのか。 地震でショック死する老人もいる。人生の晩年災害にあえばだれだった「私の人生は」って悲観し生きる希望を失う。阪神大震災は仮説住宅で孤独死した老人もいた。台湾では災害があった時は避難所への『心のケア』の専門医を派遣するシステムを阪神大震災を教訓に出来ているそうだ。不満もあるけど日本政府に頑張って貰いたい。僕らの僅かしか協力できないのだから。「この国で良かった、安心だ」と思える対応を望む。
2004.10.25
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夕焼けきれいだ、温かいうどんでお腹をみたしたからおもえるのだろう。 あの夕日が落ちる方には多くの被災者が暗く寒い夜を迎えるのだ。 家に帰りホームセンターで購入した、L字金止めで母一人にの寝室になってしまった部屋のタンスを固定する。 老夫婦も同じようなものを買っていた、あのおじいさんも今頃付けているのかな。 僕らは僕らの生活を守るでの精一杯だ。こんな時、何もできないからこそ政府にはしっかりとした策をだして欲しい。文句を言いながらも納税したるのだから。よその支援してないで。
2004.10.24
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久しぶりにパチンコやって惨敗してふて腐れた帰り道夕方、やたら小鳥が電線に留まってた。100羽くらい.ここまで多いと気持ちわるいな、地震の前触れか?なんて冗談に思っていたら、午後6時前かなり大きな揺れを感じた。 ひゃーホントに来た。即NHKかけたら震度4くらいだった。震源は新潟県、で震度6だそうだ。 「南関東直下型地震」が言われているので心配だ。年間有感地震が多い茨城県ですが、震度4クラスが一ヶ月に三度もあるとさすがに不安になる、母の寝室のタンスを固定する防災グッズを明日は買いにいこうかな、同じ考えの人が多いから無いかもな。
2004.10.23
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晴天、どのくらいぶりだろうか、台風だったりどんより曇りの長かったから。葬式で使った部落のテントとシートも渇いたから畳んでしまおう。 明日から仕事に復帰です。気分を変えるためにも髪を切りに。もう坊主もいいでしょう、円形脱毛も気にせずに。きちんとした床屋で久しぶりに顔そり。1000円床屋にはないから気持ちいい。ウトウトしながら、ああ死に化粧もこんな感じかなと思っていたら、チョッと切れて血がでたみたい。すいませんとあやまったいる、いいよ生きているからいたいからと思った。 本屋で『相続・贈与マニュアル』なる本を購入。なんかいやらしくて嫌だか、始めないと案外時間は短い。誰かに頼むとしてもまったく知らない訳にはいかないから。 やることだらけだ。悲しんでだけ良い孫とは違うな。
2004.10.17
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60歳でなくなった父は、よく言えばみんなに送ってもらえたからと思うようにしている。父の叔父さん達(僕の祖母の弟達)は元気で、いろいろ気にかけてもらう。地区の皆さんもよくしてくれる。父は案外外面がよかったようだ。そんな風に死んでからも父の事は新しい発見がある。 坊さんは葬儀でありがたい話をする、『人は二度死ぬ。一度は肉体の死。もう一度は故人を知っている人がいなくなる死』だそうだ。2度目死をむかえないように皆さんが故人の事を残して伝えた下さいと言われた。 高台の集合墓地にある家の墓は、父が建てたものだ。地場産業石材業を始めてきちんと家族を養い、家も新築した父。多分僕は越えられないと思う。夕日がきれいだ、明日は久しぶりにきちんとした晴れだ。
2004.10.16
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さて初七日の法要も済み、喪中も過ぎました。 悲しみよりも喪主、家長として、ばたばたはらはらした一週間だった。9月11日緩和ケア入院から10月11日の葬儀までの一ヶ月は僕は父の生と死をただ眺めるだけだったから。いろんな思いがあった、いろんな事言いたかった、甘えたかった、泣きたかった。インホームドコンセプト、いいのか悪いのか解らない。後で知ったが父は初めの手術の前に統計的な余命宣告は「2年半」と言わたそうだ。それを知っていれば・・・・。いい訳かも知れない、出来なかった事は出来なかった。家族をもっと不安にさせまいと父の正真正銘命をはったやさしさだったのだ。なんとなく察しながら父の病状に目を背けた僕の罪は一生消えない、嘆いき悲しんでも骨になった人は戻らない。僕が出来ることは残った家族を守ること、お世話になった部落の皆さんに父の代わりに協力する事。 みんなに支えられ生きて、みんなに見送ってもらって死ぬのが人間だ。 生きたくても生きられない苦しみ。 権利の生、義務の死。死ぬ権利なんてない、本気で死にたのなら、誰にも迷惑かけずに自殺ください。どこで自殺しても、誰かに迷惑かかりますから、残念。
2004.10.15
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槇原敬之 Expiorer より 『Tag Team』 目を背けたくなるような姿 自分の人生の時間使い 僕が築くそのために 見せてくれるきとくな仲間さ かくも家族というものは よく考えられて組まれた Tag Team~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ ありがとう、おとう。 今までありがとう。 がんばります。
2004.10.08
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UFJ銀行刑事告発横浜国際競技場の名称権で日産スタジアムになるそうな、TOYOTAカップは何処でやる、豊田?国立?熊の射殺相次ぐまた地震あり10時ごろ震度3くらい
2004.10.07
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三日ぶりの晴れ・この時期には珍しく富士山が見えた。 お、地震だ、つくば内陸部直下型か。
2004.10.06
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なんだか嫌な事件ばかり。 長雨で・
2004.10.05
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ベストジーニスト堀江さん?阪神井川ノーヒットノーラン、髪を切れ。
2004.10.04
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パリーグプレーオフ第一ステージ、西武が日ハムに2勝1敗で優勝決定ステージに進出。結果として三戦とも面白い白熱した試合だった。
2004.10.03
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イチロー大リーグ安打記録更新。激アツです。土浦花火競技会、NHK中継、中途ハンパな終わり方だった。
2004.10.02
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茨城 デジタル地上波NHK県域放送開始。 中日リーグ優勝。
2004.10.01
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