今日は朝から大雨。兵庫県北部に警報がでるような大雨で、京都市内も風雨がすごかったです。大文字の送り火だったら絶対に中止になったであろう大雨でも、祇園祭の山鉾巡行は催行されました。
でもさすがに「動く美術館」な山鉾を飾るタペストリーや人形などの装飾品・ご神体は透明のビニールシートがかけられて濡れないようにガードされていましたが、鉾をひっぱったり山を担いだりするボランティアの引き手の皆さんは傘地蔵のような傘をかぶっただけなので、全身ずぶぬれ状態。各町内の裃姿の役員さんたちは唐傘をさして歩いておられるものの、裃の肩や袴の裾や足袋の足元は濡れ放題。籤改めのときは、粽を献上する二人に籤を差し出す正使役の人は、それまでさしていた傘を置いて、シャワーのように振りそそぐ雨の中、役目を果たしておられました。
今回の山鉾巡行を見るに当たっての私の一番の目的は「注連縄切」を見ることでした。一昨年だったか、初めて山鉾巡行を見にいったとき、長刀鉾が動き出すときに注連縄を切るものとばかり思っていて見逃したので、今日はちゃんと「これより神域」の四条麩屋町の交差点へ。南北に立ててある斎竹に結び付けられた注連縄を見ると、がぜん期待感がふくらみ、いまかいまかと長刀鉾が来るのを待ち構えていました。ギャラリーもやはり、ただ前を通るだけの沿道よりは多かったですが、でも籤改めや、最初のスタート時点の四条烏丸や辻回しの四条河原町よりは空いていました。やはり私のように、ここで注連縄を切るとは思ってない人が多いのかもしれません。
いよいよ長刀鉾がやってきて、山鉾巡行の役員さんらしき裃姿のおじさま2人が、まず塩をまいて清められました。それから所定の位置に長刀鉾が停車すると、私の後ろのほうから「待ってました!」という歌舞伎の大向こうさんのような声が。お稚児さんの胸にかけてある太鼓を外し、鉾の中から台を出して取り付け、懐紙の束を置いて、その上に注連縄を置き、やはり鉾の中から取り出して太刀を、お稚児さんの後見役(?)らしき人が二人羽織のような状態で(刀も2人の4本の腕で持ってます)、一刀両断で注連縄を断ち切ると、おおお~というどよめきとやんやの拍手喝さい!お祭のクライマックスだけあって、感動的でした。
でも母の話によると、今年はこのお稚児さんがなかなか決まらなかったそうです。衣食住すべて男手で世話するとか、地上に足をつけてはいけないとか、いろいろとややこしくて面倒なしきたりや、何分「名誉なこと」なので、親戚その他へのご祝儀や、家によっては畳替えまでされるなど、出費も多いそうで、このご時世ですから年々なり手を捜すのが大変になってきているようです。今年のお稚児さんは、話がきたときお父さんは辞退されるつもりだったそうですが、役員さんたちはまずお祖母さんを説得され、それでやっと決まったのだとか。10歳くらいの男の子が、顔を白塗りにして、この蒸し暑い中で重くてあちこち締め付けられる金襴の着物を着て、高くて狭くてガタガタ揺れる鉾の中で2時間もおとなしく我慢するっていうのも、なんか限りなく「苦行」のようなもんでしょうねえ・・・。今年に限らず、お稚児さんの成り手不足は続きそうに思いますが、最後の「生き稚児」ですから、長刀鉾まで人形のお稚児さんになるなんてことのないように、この伝統が続いてほしいと願います。
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