2006年02月17日
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■粗悪本批判に対する共感と違和感

 株式投資に関する本が多数出版されており、これらの中には、著者が実際に儲けたと謳って読者の関心を呼ぼうとしているものが多数ある。たとえば、投資の初心者だった主婦が株式投資で大儲けした、といった種類のエピソードは、一般読者にとってかなり魅力的に映るらしい。
 しかし、この種の本の中には、投資の常識を知らずに書いたとしか考えようのないものもあるし、これは役に立たない、あるいは、それ以上に、有害だ、と言いたくなるようなものが少なくない。
 もちろん、そのような本に対して違和感を持つのは私だけではないので、この種の本に関する批判を聞くことも多いのだが、批判の中で、「これはどうか?」と思うのは、「この著者は本当に自分で株式投資をしているのか」とか「本当にそんなに儲けているのか、疑問だ」という種類のコメントだ。
 内容が粗末な本に対する批判には、共感したい気分にはなるのだが、一方で、それでは、「著者が実際に儲けたのなら、その著者を信用していいのか?」という別の疑問が湧いてくる。


■偶然か、必然か

 たとえば、ある分析手法とトレードのテクニックで1年間に1億円儲けた、という個人投資家が居た場合、その投資家のノウハウは信用してもいいものだろうか?
 そのノウハウに興味を持つことは構わないし、そういう話を聞けば、実際、筆者も興味を持つだろうが、その実績だけで、その投資家の腕なりノウハウなりを、今後も有効なものだと判断するのは難しいと言わざるを得ない。
 一つには、その投資家が、どのくらいの投資元本をどのような形でリスクに晒したのかによって、儲けの額が、「滅多に起こりえないくらい多額」なのか、「まあまあ起こってもおかしくないくらいの額」なのか、という問題がある。
 たとえば、2億円使って1億円稼いだのか、1千万円で1億円稼いだのかでもちがうだろうし、何銘柄に何回投資したのか、それらはどのくらいのリスクの銘柄か、どんな投資ウェイトだったのか、によって、「1億円儲ける」という事態が起こりうる確率は異なるから、実際の投資の様子を調べてみなければ、どれくらい感心していいのかが分からない。
 たとえば、昨年株式投資を始めて、実質的には1、2銘柄に集中投資していたような人が、1年間で投資資金を2倍にしたとしても、それは数人に1人くらいの確率で十分起こり得ることだから、「良かったですね。それは立派だ!」とは言えても、そのノウハウが特別に優れたものである公算が大きいと、統計的に言うのは無理だ。



■「100人のピーター・リンチ仮説」

 統計的に、どれくらいのレベルで「偶然では起こりにくいくらい」だと判断するかについては、いろいろな基準があるが、金融研究の世界では、だいたい100のうち2か3あり得るかどうか、というくらいの基準を採用することが多い。(注:「平均から2標準偏差の外側」というレベルで、大雑把には、平均から2標準偏差の中に全体の事象の約95%が入るとされており、その外側には、約5%の事象があって、半分が上に外れているので、「100のうち2から3」、ということになる)
 では、ある投資家の運用成績が、確率的には、100人に1人か2人というくらい優れていた場合に、この投資家ないしは、彼(彼女)が使ったノウハウは、優れていると判断してもいいのだろうか。
 少し意地悪かも知れないが、たとえば、同じ程度の投資家が100人いて、それぞれがばらばらに投資しているケースを考えてみて欲しい。この場合に、投資成績は1位から100位まであって、たぶん上位の1、2位の投資家の投資成績は「例外的なくらい素晴らしい」だろう。資質は平凡でも、素晴らしい結果を出す人が、「ほぼ必ず」いるのだ。
 ピーター・リンチとは、かつて米国のフィデリティ社でマゼラン・ファンドというミューチュアル・ファンドで優れた運用成果を収めた有名なファンドマネジャーの名前だが、たとえば、同じような能力で同じような仕事の仕方をしたファンドマネジャーが100人いた場合、時間が経過すると、誰かは、ピーター・リンチのように優れた成績で有名になる、といった事態は、ほぼ必然的に起こるはずだ。書籍などで知る限り、ピーター・リンチは優れたファンドマネジャーだったと思うが、他のファンドマネジャーと、資質や方法論が隔絶して異なっているという感じはしない。
 統計的には、たとえば、ある基準で「事前に」選んだ投資家が、「100のうち2か3」以上に相当するような基準があるとすると、その基準は、平均を上回る期待リターンを持っているかも知れない、つまり、有効な投資手法であるかも知れない、ということが言えるに過ぎない。
 つまり、優れた投資成績を挙げた人を、後から見つけてきて、この人は実際に儲けているから優れているに違いない、と言っても無駄なのだ。
 しかし、考えてみると、「カリスマ投資家」として紹介されたり、本を書かされたりする人の多くは、このような、後から選んだ好結果の持ち主である。


■投資環境が変わるとノウハウの有効性も変わる

 前記の、「事前」と「事後」の問題まで考えると、多くの所謂カリスマ投資家が、統計的には偶然の好結果の持ち主と区別が付かないのだが、さらに、過去の実績で統計的に投資家の腕あるいは運用手法の有効性を判断しようとする場合、暗黙のうちに、「過去に有効だった腕ないしノウハウは、将来も同様に有効なはずだ」という仮定を置いているという問題もある。
 株式市場では、投資銘柄評価の上で重視されるポイントが時々入れ替わる。これは、直感的にいって、投資ノウハウにとっての環境は変化しているということであり、過去の実績で、将来の投資結果は予想できないということだ。
 厳密に考えると、過去の実績で、運用ノウハウの良し悪しを判断することは非常に難しい、ということがお分かり頂けるだろう。
 年金運用など、機関投資家の運用世界では、「過去のパフォーマンスは将来のパフォーマンス予想の参考にならない」ということが、ほぼ常識化している。

 また、自分が誤った影響を受けないことと共に、他人に悪い影響を与えないことも大切だ。好結果を出した場合に他人に自慢することは株式投資の楽しみの一つだが、自慢のし過ぎには注意する方がいいかも知れない。自分の腕がいいと本気で思っていたりすると、常識のなさをさらけ出してしまうかも知れないから、これは、他人のためばかりではない。  

以上





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最終更新日  2006年03月01日 23時01分31秒
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