2006年06月16日
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■補足的理論の試み

 しかし、市場参加者の個人間の差と、これがもたらす価格形成への影響に関しては、理解の枠組みが、今のところほとんど提示されていないように思える。確かに、たとえば、利口な人とそうでない人がいるマーケットや、そういった人が時間によって入れ替わるマーケットの振る舞いを説明することは、今までの理論モデル的な研究でも、不得意とするところであった。
 こうした点を補強する試みとして筆者が注目しているアプローチは、アンドリュー・ローの「適応的市場仮説」(Adaptive Markets Hypothesis)だ(詳しくは、彼の論文、” The Adaptive Markets Hypothesis : Market Efficiency form an Evolutionary Perspective” , August 15, 2004 をご参照下さい)。
 大まかに説明すると、彼は、個々の人間は、(1)「最適化基準」よりも緩い「満足化基準」で意思決定しており(かつて、ハーバート・サイモンが考えたアプローチだ)、また(2)最近の経験に強く影響される(「CBDT」と呼ばれるケース・ベースの意思決定理論の世界に近い)と考える。従って、投資家は、リスクとリターンとの厳密な最適化といった意思決定ルールではなく、(3)直近の経験に影響されやすいいくつかの単純なヒューリスティックスに基づいて意思決定し、その決定原理は満足化原理的だ、と考える。
 この場合、ヒューリスティックスとは、「PERが安い株を買う」とか、「逆張りよりも、順張りを好む」とか、「利益予想が上方修正された株を買う」とか、その投資家の一つないし数個の判断基準だ。
 ここで、同じヒューリスティックを持つ投資家を集合的に眺めると、生物の「種」のようなものだという比喩で考えることができる(ローの論文タイトルに「進化の視点から」とあるのはそのためだろう)。
 たとえば債券市場の価格形成の歪みを利用するヘッジファンドのような「種」は、価格の歪みの背景にいる市場参加者を間接的に餌として、あたかも餌を捕食するようにリターンを獲得していたが、イナゴも増えすぎると、餌がなくなって困るように、徐々にハイリスクで利幅の薄いポジションを取らざるを得なくなり、破綻のリスクが高まる。

 日本の株式市場で例を探してみよう。日本では、過去長きにわたってバリュー投資はアクティブ・リターンの源泉となりつづけていたので、1990年代の中盤頃までに機関投資家の中でバリュー投資家の数は非常に増えていた。ちなみに、「バリュー投資家」という種が、アクティブ・リターン(市場平均を上回るリターン)を挙げて繁栄できることの背景にある原理は、下手なグロース投資家がグラマーストックに投資を集中し、グラマーストックの株価が高くなり過ぎることなどに伴って「負けてくれる」からである。
 ところが、1997年頃から、ほぼ3年間、電気・精密などグロース投資家が好む銘柄が好業績を上げ、かつ、継続的にアクティブ・リターンを挙げるような投資環境が生じた。この状態は、最終的には、2000年初頭のネットバブル崩壊で終止符を打つことになったが、この過程では、グロース投資を標榜する機関投資家が圧倒的に増え、彼らの運用資金量も急増した。もともとはバリュー型の運用スタイルを採用していた運用会社でも、グロース投資に投資スタイルを切り替えるようなケースもあった(運用会社としては「定見のなさ」を露呈する危険な選択だが、日本の運用会社の場合、親会社から来た素人経営者が時々驚くほど大胆な行動をとる)。
 この段階で、機関投資家の世界では、バリュー運用はほとんど絶滅しかけたのだが、その後の状況を、わずかに残ったバリュー投資家から見ると、大量のグロース投資家(の資金)という間接的な「餌」と、現実に割安株と割高株の評価の大きな差という直接的な「餌」、それに、何よりも、バリュー投資家自体が減っていたから、同一種内の競争が緩和されていた。
 その後、アクティブ・リターンのベースではバリュー投資が急速に盛り返し、通常の機関投資家の資金運用に加えて、ヘッジファンドや証券会社の自己ポジションなどでも、バリュー投資的な効果を使ってロング・ショート運用を行うような、バリュー投資への参入が相次いだ。現状で、バリュー投資の効果がまだ残っているのかどうかは正直なところ判断に迷うが、競合する同種の投資家が増えたという点で、過去数年ほどの妙味は無くなっていると考えるべきだろう。
 株式市場に対して、こうした世界観を持った場合、投資家はどのようなことを考えたらいいのだろうか。幾つか考えてみた。
(1) 投資家は(自分も含めて)、主に最近の体験に影響されるので、最近成功している投資手法の資金と投資家の数は拡大する。
(2) 自分と同類の投資家が増える時は、自分の投資に利益が増える(自分の投資手法のフォロワーがまだまだ居るかどうか後方を確認せよ)。
(3) 自分が参加しようとするのと同類の投資手法を採用する投資家が先にいる場合、自分の参加は、彼らに利益をもたらす(前方の混み具合もまた確認しなければならない)。
(4) 自分が相対的に利益を得る時に相対的に損をする投資家・投資資金の存在と大きさを確認せよ(十分な量があって、ピークを付けている状態が理想だ)。
(5) 直近を含む過去の一定期間に成功している方法は、必ずしもそれ故に有望とはいえない(場合によっては、むしろ警戒すべきだ)。
(6) 特定の投資手法を持つ投資家グループの増減(生物でいえば同一種の個体数の増減)は市場に影響を与える(たとえば、上昇相場が続くと、投資家のリスク拒否度が低下する。別の例としては、バリュー投資家が増えると低PER株のPERがそうでないときよりも上がる)。


 ただし、自分は、先回りしているように感じていても、実は、最後に近いフォロワーであったりするようなことがあるのが、マーケットの世界の難しいところでもあり、面白いところでもある。





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最終更新日  2006年06月16日 23時53分36秒
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