2007年08月03日
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■その6.「APT(裁定価格理論)」



 APTは、前述のように、ステファン・ロスやリチャード・ロールが、CAPMの市場ポートフォリオ観測問題に対する批判から出発して、考案したものだ。

 先ず、個々のリスク資産(たとえば株式の特定の銘柄)のリターンの変動が、複数個のリターンに影響するファクター(お互いに無関係な変動リスクをもたらす)とその銘柄固有の変動によって説明できると仮定する。そこで、市場の参加者は、銘柄固有のリスクを分散して低下させることができるようにポートフォリオを組むが、この際に、複数のリスクファクターの個々のファクターについて、リスクを負担することに対する超過リターンを求めて裁定取引を行うことが可能なので、個々のリスク資産の期待超過リターンは、個々のリスクファクターに対して市場が与えるリスクプレミアムとその銘柄の当該リスクファクターに対する感応度を掛け合わせたものを、全てのリスクファクターについて足し合わせたものになる。

 言葉だけで書くとかえって難しいので、ファクターが1番から3番までの三つあるとして、j番目のファクターのリスクプレミアムをbj、j番目のファクターに対するその銘柄の感応度をβjと表すと、n番目の銘柄の期待リターンRnは以下のようになる。


 Rn=β1b1+β2b2+β3b3+(リスクフリーレート)


 スッキリとした形で、もっともらしいと思われないだろうか。この結論を導くための条件は、ある程度の数の市場参加者が、リスクファクターの構造と、個々の銘柄のリスクファクターに対する感応度を知っていて、リスクファクターについて取引をすればいいだけであり、しかも、個々の投資家がどのリスクを重視するかについては、ばらばらであっても構わない。

 APTにあっては、CAPMの「市場ポートフォリオ」が理論上特別な位置を占めるわけではないし、S&P500とか、TOPIXといった、個々の市場あるいは投資家の平均を表すポートフォリオが、必ずしも、平均分散の意味で、最も効率的なポートフォリオであるとは、限らない。つまり、理論に基づいて、市場平均を上回る効率のポートフォリオを作ることができるかも知れないのだ。

 ここまでの話なら、この理論は、何となく、いい感じだと思わないだろうか。

 なお、教科書的な話を一つ補足しておくと、APTとCAPMは相互に矛盾しない。リスクファクターが一つで、これが市場ポートフォリオのリターン変動ということなら、CAPMはAPTの一つのケースだ、ということになる。

 さて、理論としてはスマートだし、応用上も期待が持てる印象を与えるAPTなのだが、いざ、現実の投資にこの理論を応用しようとすると、いったい何がリスクファクターなのか、ということが問題になる。そして、この問題について、「定番」と言える結論はない。



 多数の銘柄のリターンのデータを力ずくで統計分析して、リスクファクターを割り出す試みがなされたこともあるが、観測する時期や統計分析の方法によってリスクファクターの数が変化したし、ある時期の1番目の(一番大きなリターンの説明力を持つ)ファクターが、別の時期の1番目のファクターと同一なのかどうかも分からないし、また、そのリスクファクターが、具体的に何の意味を持つのか(たとえばインフレのリスク等)が、結局のところ、よく分からなかった。

 「今後の研究が待たれる」とでも締め括ってもいいのだが、考えてみると、研究者があれこれ調べてみても分からないようなリスクファクターを、株式市場の市場参加者が理解していて、しかも、その理解が基本的に共通のものだ、というような状況は、現実のものとしては、想像しにくい。

 また、CAPMのインチキ応用で、株価指数に対する感応度として定義されたβ値を推定するのも難しかったのに、個々の銘柄の、複数のリスクファクターへの感応度を正しく推定する、ということも簡単ではあるまい。

 加えて、ある意味では決定的な困難かも知れないのは、行動ファイナンスの研究を踏まえると、市場での合理的な「裁定」という行為自体が、有効に機能しない可能性が大きいことだ。株価指数先物と、株価指数を構成する現物株式といった、低コストで明確に裁定できるものの場合は、確かに裁定は機能するだろうが、裁定関係が明確でないものどうしの裁定が有効に機能するかどうかは大いに疑わしいし、非合理的な投資家が居た場合でも、必ずしもこうした投資家が市場から淘汰されるわけではないことが明らかになっており、APTにおける裁定の有効性も、かなり怪しい。

 しかし、APTの場合も、何らかのリスクファクターを決めてモデルを作り、これをデータに照らして検証したとして、説明力が全くなくても、それは、リスクファクターの決め方や、銘柄毎のリスクファクターに対する感応度の推計の間違いによるものかも知れないという言い訳が可能なので、APT自体は、決して反証されないという、CAPMの場合と同じ、構造を持っている。

 あるリスクファクター構造が市場参加者の間で共有されているとすると、こういうことが起こる可能性がある、ということを示している点で、APTの論理構造は、将来、重宝なものになる可能性があるから、APTを忘れてしまうのがいいとまでは決めつけないが、APTも、CAPMと同様、今のところ、現実の資本市場の振る舞いを説明できている理論だとは、とうてい思えないし、個人投資家が、これらの理論を理解して、市場平均よりも高いパフォーマンスを獲得することができるようになるとは、思えない。

 今回は、理論をデータで反駁するということが、いかに難しいことであるかということと、そうであるならば、理論の前提や推論過程のリアリティーを厳しく問うべきではないか、ということについて、納得していただけると、筆者としては、嬉しい。

<< その5.「CAPM(資本資産価格モデル)」(2)へ
その7.「アノマリーの研究」へ >>





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最終更新日  2007年08月17日 15時53分52秒
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