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2007年11月22日
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テーマ: 精神の世界(126)
カテゴリ: 宗教
既に種種の法行を見てきたが、マンガラ佛には今一つの昔の行が伝えられている。

佛がまだ菩薩だった頃、或る佛の塔を見て「私はこの佛のために生命を棄てなければならない」といって、炬火を巻くような風に全身を巻かせ、宝玉の把手のある値十万両の金の鉢に熟酥を入れ、それに一千の燈心をつけて火を燃やして、それを自分の頭に上せ、全体に火を燃やして、塔の周囲を右廻りして終夜を過ごした。

こうして太陽の出るまで辛抱していても、毛の穴ほどの熱をも受けず、恰も蓮の台に上った時のようであった。これは、法というものはよく己を護るものを護るからである。

このように伝えられている話は、何を意味するのか。ここに現実界の法を読む者がいるだろうか。とはいえ、やはり現実界を巻き込んだ悟りをここに読み取らなければならない。

即ち心に基づいて現実界に何かが起こるのではないということ。或いは現実界に生じる一切の出来事は、仏心に量れば何一つ真実の出来事ではないということ。言い換えれば、現実に人は様々な思想想念に基づいて行為を起こすかに見えるが、思想想念によっても引き起こされる真実の出来事というものは何処にも存在しないという悟りが、ここでもまた示唆されているのである。





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最終更新日  2007年11月22日 14時05分41秒
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